思いつきアンソロジー   作:小森朔

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 お互いにお互いを化物かもしれないと思ってるショタ太公望くんと変人お姉さんの交流の話。

原点回帰のつもりで書いた息抜きです。
ちゃんと妖精國とヤンデレ妲己ちゃんも進めています。

(1/5 フォントのにじみ具合を修正し、加筆しました。)


大海に沈んだ石

「改札を抜けるとそこはジャングルであった。いや、ジャングルと違うけど」

 

 しかも改札ですらなく、潜ったのは商店街の看板ゲートである。何一つかすってない。

 

 

 迷った。人生どころかよく使う駅の周りで。

 しかも今日は休日である。いつもよりダイヤが少ないから、帰るタイミング間違えるとやばい。キッツい。

 そのくせ周りは木、木、木。まさに森。やめてくれ方向音痴にはつらいんだ。

 

「いや、どこだよ此処。地図使えないな?」

 

 スマホは故障、というかさっきから電池の減り早すぎて電源切れたし。

 

『まずいなー、迷ったなー、と思ったときには、なぜか駅チカには絶対にないはずの森にいた。』は小説の導入みたいだけど、実際なると笑えるものではない。

 普通に茂みとか繁ってる。木がわさわさしてるだけじゃなくて生えてないところに茂みできてる。ガチの森じゃん。

 

 

 いや、てか、なんで森なんだろう。だからどこよ、此処。

 

 

「はーーーぁ、どーしょっかねー」

「うわぁッ?!」

「ん?」

 

 

 気を紛らわそうと思って大きめの声で独り言を言ったら、近くで悲鳴が上がった。

 声がしたほうを見れば、小学生くらいの子供が尻餅をついている。子供いるんだ、ここ。すごい森なのに。一人で山やら森に行かせる親、最近めっきり減ってると思っていたけど、生き残ってたか。

 

 一方、転んだ少年はといえば、おかっぱ髪のちびっ子である。身動きはほぼしていない。いきなり出てきたように見えたんだろう私を、目を見開いたまま見ている。

 

 身なりはよくわからん感じだが、なんとなく育ちがよさそうな子供だ。体格は悪くない。むしろ肉しっかり食べれば大きくなるだろう。育てよ若人。

 というか、見た目きれいな坊っちゃんだ。そう思う程度には顔つきが整っていた。あと手足長いからダンスとかスポーツに向いてそうだな、とぼんやり考える。

 

 それに、胆力もありそうだ。目を白黒させてはいるけど、案外油断はしていないらしい。退避行動をとらない辺り、この辺の野山に害獣でもいるか、不審者が出たことがあるのか。たぶん、わざと(……)尻餅をついて驚いた様子のまま距離は保ったままだ、これは。警戒体制でいるのだからまた大した子供もいるもんだ。

 

 しかし、顔もだけど髪もサラッサラ。子供の髪ってなんであんなにきれいなんだろう、羨ましいな。

 

「んー、キミ誰?」

「あ、貴女こそだれですか?!」

「え、知らん」

「知らない?!」

 

 

 警戒が解けたな、と感覚でなんとなくわかった。さっきまでよりも、子供の体の強張りがとれている。

 

「あの、嘘ですよね、記憶喪失、とか……?」

 

 

 ぱっちりお目々をぎょっとさせているのが、どうもギャグキャラっぽいんだよなぁ。

 

 

 しかし、このお綺麗な顔立ちの子は、実際はよくわからん服を着ている。中国の時代劇に出てきそうな服だ。

 特にあれこれ手を掛けて染めてなさそうな布で上下を作っている。だから設定的には特権階級ではなさそう、ぐらいしかわからん。

 しかしまあ、こんな服を好きで着ている子供なんか今時早々いない。子役とかだろうか。たしかにこれだけ顔立ちが整ってるんだったらテレビドラマに居そうだな。

 

 

「いや、普通に正気だし、さすらいの迷子してるだけだよ、私」

「迷子はさすらってるんじゃなくて道を見失ってると思うんですが」

 

 子供がジト目になった。軽い動作で身を起こし、私と少しだけ距離を詰める。

 うん、やっぱりさっきのはポーズだったんだな。んでもってその動作の滑らかさは怖いからやめようか。

 

 

 どうもヤベーところにリスポーンしちゃったなと思った。これなんだっけ、リアル正気度チェックが必要か? 

 

 森林。知らない植生。子供一人。手が後ろに回りそう。

 いや、違う。嫌だけど、そんなことで済めばまだいい。明らかに生きるために邪魔になりそうな状況が混じっている。ARではない生身では、あるはずのない、存在してはいけないものが。

 

 

「そういうこともある」

「そういうことしかないですよ!」

「そうかなぁ」

「そうですよ」

 

 そういうことはないと思うんだけどなぁ。

 

 

 そう思うとこの子供もなんとなく怪しい気がしてきたが、不審がられるのはまずい気がした。だから、いつも通りでいようと決める。

 

 とりあえずはこれも子供だ。

 素性知らなくても普通に釣竿携えてるだけの子供だ。すぐ向こうに湖、沈められるようなことしなきゃオッケーでしょ。

 

 

「迷子にちゃんと声をかけてあげるのはえらいよ少年。けどこんな不審者に声掛けるのよくないよ、危ないぞ」

「不審者の台詞じゃないですよそれ」

 

 

 ジト目がますますじっとりする。

 居心地悪いなぁ。

 

 

「まあ、いいじゃないか」

「よくないです。だから、貴女は一体」

「人生に迷って気付いたら此処にいたわけよ。少年、ここどこ?」

「やっぱり行方不明者じゃないですかァ! どちらのご出身ですか。覚えているなら、連絡をするとかできますよね!」

「あー……うん」

 

 ごもっとも、なんだけども。

 形容する方法にもよるし、どう説明したものかわからない。

 

「それもそうなんだけどさ、ここはどこかねぇ。なんか植物とかもあんまり見覚えないんだけど、地名くわしく教えて貰える? あの海、何て言う?」

「東海です」

「そっかぁ……思ってたよりだいぶ遠いなぁ」

 

 少なくともそれが日本じゃないことくらいはわかる。というかなんとなくここの位置がわかっただけに頭が痛い。

 パスポートとか持ってないし、どんな次元跳躍だ。

 

 まず、ここまできてそれぐらいわからないでもないし。それでもって範囲が広すぎる。東シナ海、どんだけ海岸線が広いと思っているんだ。植生的にはギリ米作れそうな、そうでもないような感じがするけど。

 

「覚えてるんですか、それなら話も早いでしょう! すぐ連絡するように文を、」

「ここからだとたぶん無理じゃないかなぁ。そもそも海隔てた国だし」

 

 

 どこか紫がかって見える黒い双眸が、信じられないものを見るように私を見る。よせやい、照れる。

 

 と、思ったのは意識的なことであって、実際のところはこの子の方が信じがたいんだが、それを言ったところで利益はない。

 この辺りの位置を把握したところで中原から豊葦原まで帰れるわけがない。できれば夕飯までに帰りたいけどこりゃ無理そうだ。

 

 

「え? じゃあ、どうやってここまで……」

「それがわからないんだよね」

「やっぱり記憶喪失じゃないですか!」

「まあまあ。あ、そうだ飴ちゃんたべる?」

「へ? あ、飴、ですか……?」

「そう、飴。柑橘系。一口目はちょっとモサモサするけど」

 

 

 意識して彼の言葉を削る。子供で正直だけど、だからこそ突っ込みを入れられると非常に苦しい。わからないものはわからないし、自分の現状を否が応にも理解させられて怖くなってくる。

 

 で、取り出たるはボン◯ンアメである。パッケージフィルムはもう剥いである。

 唾液もそんなに出てない状態でオブラートごと食べると、結構口のなかがモサモサするよね。

 

「きれいな箱だなァ」

「ん、見たことないの?」

「ええ。飴なんて早々買えません。……それに、箱だけでかなり高価でしょう、それ」

 

 残念、100円ちょいです。

 

 きな臭いワードめちゃめちゃ出るなー、とは感じるが口が裂けても言えんので、ひとつ口に放り込んでモサモサさせながら、少年にもひとつ差し出す。

 

「これ、外のつるつるしたやつごと食べられるからね。で、まあ、帰るには帰るからさ。私は、えーっと……(メイ)だよ」

「明らかに今決めた名前なの、ちょっとどうかと思うなァ」

「どうせこの場限りだからいいんじゃないかね。さてそろそろ行くわ」

「どこに?!」

 

 じゃ、と手を振って適当に茂みの方へ足を踏み出した。

 行く宛がないよりも、適当に迷子になった方がよほど気楽だと思って──

 

 

 

「……あれ?」

 

 三歩も踏みしめて、気づくと私は駅の植え込みの近くにいた。一瞬、なにか音が遠くなった気がしたのとか、景色がマーブルに攪拌されたのとか、気のせいか。

 

 それでも、不思議なこともあるものだなぁ、で済ませてしまうことにした。ポケットのアメ箱、さっきの夢らしきものを見る前より確実に軽いんだけども。

 

 

 

 

 

 だがしかし。

 

「あれ、あのときの記憶喪失の」

「あれ、またあったね。あと今日も迷子だよ」

 

 それから、なぜかあの夢の続きを見て、会うことはわりと多かった。

 踏み込むときはだいたい昼間とかで、あの駅周りに行ったときばっかりだ。

 

 最初の三回くらいはお互いに不審がっていたけど、そのうちそれも面倒だな、というところまで落ち着いた。お互いに面倒がりなところがあったのと、人間の慣れの問題だろう。

 

 

 

「またかぁ。少年、釣りの成果あった?」

「はい、大漁ですよ」

「いいねえ、私も夕飯魚にしようかな」

 

 駅に行けば大体迷い込むのもあったけど、なんなら用事が済んだ帰りにも迷い込んだ。ひどいときには日に三回くらい立ったままあの夢を見ていたかもしれない。

 それでも、目が覚めれば二分と立っていない。夢で三時間以上は釣りをしててもだ。

 

「やあ元気か少年。元気無さそうだな、飴いる?」

「……ちょっと色々あって。あ、飴はください」

「きみ、結構図太いよね」

 

 慣れたら慣れたで色々持ち込んだけど、たまに弾かれるものもあった。金属のものはダメそうだったので、今度は箱入りのハードキャンディーを二人でからころ言わせて、釣りをして。

 

 だいたい少年は釣りをしてたし、私もなんとなくそれに倣った。やったことなかったし、あんまり得意ではないけど、これにしたって少しは慣れた。

 

 

 

 けど、だいたい森で会う少年はちょっとずつ姿が違うので、やっぱり幻覚かなにかとか、見ちゃいけない生き物の類いだと思う。

 ついでに少年の背丈と髪の毛もどんどん伸びていって、三つ編みが長くなった。どの段階か知らないけど、背中の一部以外は折を見てきれいに切り揃えたらしい。

 世間一般としての良し悪しはわからんが、そういうのも似合うからいいな! と誉めておくことにする。

 

 

 あるときは、呼び方に不満を告げてきた。竿はしっかり掴んでいるが、まだかかっていないから余裕があるようである。

 

「いい加減少年呼びは止めませんか、そろそろ元服なんですよ僕も」

「へー、そろそろ成人か。早くない? まあいいや。少年老いやすく学成りがたしだもんな」

「……なんですか、それ?」

「あー……なんか偉い人の言葉だったと思うよ」

 

 不満げに口許をへの字にする姿は、やっぱり年下で成人もしてない子供でしかない。

 隣にいるのは化物かもしれない。それでもなんとなく、なんとなくだけど、彼との付き合いは放棄しない方が嬉しいなと思った。その方が人生が楽しそうだったし。

 

 ちなみに、名前が子牙に変わったらしい。

 どうせ釣り友程度なんだし、今まで通りに少年でいいや。

 

「いや、変わってませんよ。小名で呼ばれなくなっただけです」

「うーん、似たようなもんじゃない?」

 

 まあ、そういうことらしいが、いいや。

 

 

 

 

 あるときは暗い顔と言葉でうずくまっていた。少年は釣竿も放置で凹んでいる。

 

「……実家継がずに遊学したい、です」

「そっか、悩め悩め若人。やりたいことやったほうがいいけど、適正はあるからね」

 

 ……あ、すげぇのかかったっぽい。大物かもしれない。

 

 しかし魚ばかりにかまけるわけにはいかないので、釣り上げてから、ちゃんと彼を見た。器用にも頭を半分埋めたまま、上目遣いにこちらをうかがっている。

 

「ついでに、それ忘れないようにしような。そういう誠実な悩みはわりと大事だから。大人になるとどうでもよくなることあるから」

「そう、かなァ」

「そうだよ。私が保証したげる。違ったら恨んでいいよ」

 

 親と夢の天秤に顔を曇らせて膝を抱えた少年も、もうそこそこでかくなっていた。なるほど、留学もしたくなるわけだ。したいことがあるのはいいことだし、自分のことだけじゃなくて家族のことも考えているのは十分に孝行者だ。

 

 あの少年が大人になる、のは。コマ送りのわりに、思ってたのよりはずっと早かった。

 

 

 

「修行? そりゃまた、随分だなぁ」

「ええ、とある人に見込んでいただけまして」

「そうかそうか、じゃあ立ち止まらないどきなよ。振り返ろうが後悔しようが構わんけど」

「なんでですか?」

「まあ、じきにわかる」

 

 その次にあった時にはまたふっきれた顔をしていた。遊学もすると決めたらしい。

 

 顔つきもなんとなく大人になっていて、これが青春ってやつなんだなと実感した。少年、めちゃくちゃ健全な齢の重ね方をしている。

 

 そんなに真面目に生きられない性分としては、ちょっとだけ、ほんのちょっぴり羨ましくなった。

 

 

 

 

「おや、お久しぶりです。しばらく見ませんでしたが、お元気でしたか?」

 

 少年が高そうなチャイナ服着てる。というかもうがっつり青年になってる。

 ついに声も変わったかぁ。でも、うん。彼らしいから似合っている。釣竿は相変わらずだ。もはや釣竿で判別してるところさえある。

 

「やっほー、元気元気。というか少年、きみ、春先の筍より成長早くない?」

「……ええ、そうですね。そういえば、貴女に前に言われたことがちょっとわかった気がします」

 

 彼はかなり疲れたような顔をしていた。

 学問とかがうまく行かなかったんだろうか。でもうまく行かないのは仕方ないこともある。私がどうこう言えるものじゃない。

 

「そっかそっか、それなら次は成長し続けることだね」

「また、難しいことを言うなァ」

「がんばれ。まあ無理ならしなくてもいいよ」

「努力はしますよ。貴女が言うんですから、きっと必要なんでしょう」

「信頼してくれるねぇ、嬉しい限りだわ」

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、用事がない時期だって当然あるわけで。

 年末年始でごたつく駅はいやだったから、しばらく外出も控えて、あの駅周りに遊びに行くのをやめた。

 

 

 

 

 で、久々にいったらもう改札を通った途端に意識を飛ばされたっぽい。

 

 またなんかいつもと雰囲気が違う場所で、花が咲き誇って穏やかな土地である。

 少年もちゃんといるけど、彼の方は私を見つけて驚いているようだった。……嫌な予感は、いつもよりひどく強まった。

 

 

「久しぶりだね少年! あれ、なんか見ないうちに随分でかくなった?」

 

 

 気分をいつも通りに、と声をあげたが、これについては嘘はいってない。

 

 なんか第三次成長してないかレベルででかくなってる。あと筋肉ついてるから殴られたら痛そうだなぁと思った。途中からでかい釣竿使い始めてたもんな、そりゃ筋肉つくわ。納得。

 

 

「……どうして」

「ん?」

 

 

 しげしげ眺めていた私とは反対に、私を見た少年はうつむいてしまった。肩が震えている。

 

 

「どうしたよ少ね、」

「貴女はッ!」

 

 ガッ

 

 

 どうしたどうしたと近寄った途端、がっつり両肩を掴まれた。

 そのまま万力のような握力で締められてガクガク揺さぶられたんだからたまったものじゃない。痛い痛い痛い。

 

 

なんでっ、仙境まで来てるんですかッ!!!

「え、なにそれ知らん……怖……」

 

 

 少年、もとい子牙くんは凄い形相である。目をかっ開くな。叫ぶな。怖い。

 しかし、仙境。仙境ってあれだ。たぶん避けようがないヤバワードだ。彼も彼で焦ったような、恐怖を抑えているような顔で問い詰めてるわけなので、これは聞かなかったことに出来なさそうである。

 

 

 

――それはつまり、死んでるのと同義じゃないのか。

 

 

 

 脳裏にそんなことが過った瞬間、ぶわりと冷や汗が出る。

 体から何か色々なものが抜けていく感覚だ。汗だけじゃなく、力の源になってるものが。

 

 

 

 心臓が痛い。

 肺が痛い。

 体に空気があんまり入ってこない。

 両手足から力が抜けそうになっていく。

 頭が割れそうに痛む。

 

 

 あれ、手、が…溶けて……?

 

 

 

 

 だから少年がこんなに焦っているのだと、私は長居は出来ない場所に来ていたんだと、ようやく理解できた。

 

 

 

 ただ、彼はまだ気づいていないようで、顔色や反応はほとんど変わらない。肩を掴んだまま、私の言葉を待っていた。

 

 

 あんまりにも無様だな、と思った。

 

 

 たかだか痛み程度に負けて、たまるかよ。昔から見てきた少年相手だぞ、情けないとこ見せるわけにはいかんでしょ。その気力で、萎えた手足にもう一度力を込める。

 大丈夫、動く。まだ平気だ。まだ、なんとかいける。

 

 

 

 だから、その両手をまず両肩まわしで跳ね除けて、一歩だけ引いて、普通に腰に手を当てる。──そうでもして意識しないと、力が抜けて膝から崩れ落ちそうだった。

 

 おそらく毎回帰るきっかけになっていたことを思い出す。帰るときは、夕方だった。それからまたねと手を振っていた。なら、それできっといい。これでだめなら、そんときゃそんときだ。

 

 

「ていうか、邪魔なら帰るわ。すまなんだわ」

「え、あの、ちょっと!?」

 

 

 

 焦る声に振り向く。

 そうだ。彼は前よりももっとずっと立派になっていた。どこからどう見ても大人物だ。

 

 だったら、言うべきことがある。

 

 

「子牙くん。立派になったね」

 

 

 

 ──これは礼儀の問題だ。

 不肖の大人である私から、大成した彼を寿ぐ。言葉を考えのすらのもつらい具合になってきたから、気持ちだけでも祝う。もっときちんと伝えなくちゃ、いけないとは思うけどさ。

 

 

「お暇するよ、息災でね」

「っ、梅姐……!」

 

 

 声が震えている。けど、止められはしない。

 それでも、なんか、初めてそんな風に呼ばれたなぁという感慨だけはあった。

 

 

 だが、残念ながらこっちはもう帰る準備万端なんだわ。

 彼としちゃ、自分がいきなりつかみかかったことに後悔してるかもしれない。でも、なぁ。きみが焦るほどのこんなヤバげな場所にあんまり長居するのも、ダメだと思うわけだよ。

 私は生身の人間な訳だ。それを今以上に意識したら、居られると思うか? 

 

 

 ──明確にさよならするのがこっちに戻るトリガーらしいのには気付いていた。

 だから、じゃあの、と告げて、自分がさっき出てきた低めの茂みをそそくさと潜る。森に住みし巨体妖怪アニメのちびっ子もこんなことしてたな、私もう大人なんだが。

 

 潜り終わったら毎度のごとく、ぱ、っといつも通りの駅前である。落とし物を拾っていた体で立ち上がって駅を振り返った。時計の針はほぼ動いていない。せいぜい数分がいいところだろう。

 

「……まあ、うん」

 

 背中がなんとなくザワザワする。もう来んな、みたいな拒否をされてる感覚だ。言い方の問題だったんだろうな、あれ。

 

 

 

「たぶんもう会わないわな、こりゃ。わかってたけどさ」

 

 会わないことを肯定する言葉を口に出すと、嫌な感覚は霧散した。これも、なんか正気度確認した方が良さそうなナニカっぽかったなぁ。

 なんだかんだ元気そうだったからいいけど、ヤバワードが聞こえたらそりゃもう退散一択よ。あっちでなにも起きてなければいいけど、これまで大丈夫だったし、まあ大丈夫なはずだ。

 

 

 

 少年というにはでかくなりすぎた子牙くんは、さっき会ったとき場所を指して「仙境」と言った。

 その上で、夢だろうがなんだろうが、かぐや姫以上のペースで成長しまくってるのも考えると、危ない橋に踏み込もうとしているのは明らかだった。むしろかぐや姫的な成長から疑ってた方がよかった。

 

 ならば、夢から帰って来れなくなったときに逆浦島やるに決まってる。石橋どころか腐りかけの丸木橋だ。こっちだって、どこかが抜けるか、あるいは土台から抜けるかわかりゃしないものを渡る気はない。

 

 

 ──それでも、想う。

 

 ひょろっひょろの少年が、また随分と立派になっていたんだ。子供だからと馬鹿にできない聡明さのまま、あとたぶん善良なままに。善良じゃなかったらどうしよう。や、そこはどうもしないか。

 そんな風に、交流した子供があの場所で立派に育ったのだ。

 

 

 だから紛れもなく、私はいいものを見たのだろう。

 人間一人か、化物一人か何かが成長して完成に至ろうとする途中経過を見届けた。なんでかは知らないけど、付き合わされた反面、面白い見物を見たという報酬があった。

 

 

 

 そう考えると、ちゃんと挨拶できなかったのはちょっと痛いけど、まあ許されるでしょ。もし多生の縁で会うことがあれば謝っとこ。

 

 頑張れ未来の私。わりとムキムキになってた少年の鉄拳制裁は今の私が覚悟しておくからな、痛みの担当はお前だ。

 

 

 

 

 なんてまあ、そんな未来はあるはずもない。

 心に、ちいさな石がひとつ、沈んでいくような感覚がした。




石沉大海:返事のないこと。

久々に書くとこんなんでよいのかわからなくなる罠。
それでもこういう話好きなんですわ。

追記:ミスってるっぽかったので該当箇所修正しましま。
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