百合は好きだけど難しい……幸せになってほしいです。
プロポーズ大作戦
「まだ焼き上がらないの?」
「もう焼ける。というかなんでアンタここにいるんだ」
「にへへ〜、ゴースが焼く菓子は美味しいからなの」
んふふ、とご機嫌でかまどの前に腰を落ち着けた湖の乙女―ニミュエ。別名をヴィヴィアン。この人、少し前にガウェイン卿の相手したあと他の騎士と駆け落ちしたんじゃなかったっけ。なんでいるんだ、本当に。
「ゴースが怪我したって聞いたけど、案外大したことなかったのね」
「大したことだよ大惨事だ。本当に殺されかけたのに首が少し切れただけで済んだのはいい。でも、お陰で大黒柱が危うかったから下手したらぺしゃんこだったんだぞ」
あのとき、私が斬られた一撃は途中止まりだった。大黒柱は相当太かったのに、しっかり補修しないとすぐ折れそうなほどスパッと切れて、折れそうになっていた。こっちも首の皮一枚。
そんな半端な一撃とはいえ、相当出血してめちゃくちゃ吹っ飛んで、全治一週間近くかかるどす黒い痣を作るほど。本当に強烈に叩きつけられた。あの騎士は人の皮被った化物だと思う。
振り上げられた剣は結局、あの王様が捻じ伏せて降ろさせたらしいし、あの子には無理しないでほしい。どう考えても大怪我する。あんな細い体のどこにそんな力があるかわからないんだけど、円卓って化け物集団なの?
「ありゃあ、それは困るの。私はゴースのご飯食べられなくなるの、嫌よ?」
「全く、自分のことばっかり」
「そりゃあ私も湖の乙女ですもの。マリアナは他人と交わることを楽しみにしていたけれど。貴方を後継者にするだけで満足したのは、結構驚きなのよ?」
かまどの中でサンドケーキが甘い匂いをさせ始めた。ニミュエはそれをとても楽しそうに、クッションを抱えて眺めている。
このクッションも、椅子も、前の住人で私の魔法の師匠である湖の乙女の遺産だ。ボロボロの雑巾みたいになって腹を空かせていた私を見かねて、四季折々の仕事と魔法を教えてくれた。魔法は使えなかったら教えなかったらしいが、幸か不幸か私にも適正はあったらしい。
お陰で火をおこすのには困らないし、木の実を傷つけずに取ることができる。危ないと思ったら茨の垣根で家を守ることだってできた。
「もうすぐ冬だ。草花が眠る季節。人も篭りきりで春を待ち、糸を紡いで歌う季節なんだよ、ニミュエ」
「わかっているの。でも、たまには寄る辺になって頂戴。あのマーリンはもう私には興味ないみたいだし、ここにはあのガウェイン卿は来ないんだもの」
彼女はフランスに居たはずなのに、また戻ってきた。多分これからも度々戻ってくる。そのたびにセーフティハウスになると思うと頭は痛いけど、それでも、友人を匿うのは問題ないだろうと思いたい。
「陛下、そろそろ」
「もう少し、もう少しだけ居てはくれませんか!」
ぎゅう、と手を掴まれては、動けたものではなかった。アグラヴェイン卿の視線が痛い。
「私のような呪い師が、一体なんの参考になるというのですか」
「なるんですよ!生糸の染め方も、その生糸の作り方も!食事だってそうです!」
この国王、テコでも動かない。なんでこんなに力が強いんだ……!
こうなったのは焼き菓子を届け始めて、城内が忙しいからと毎度直接届ける羽目になったから。直接会えば、そりゃ少しぐらいは会話だってする。そこからどんどん話を広げられては、場所が場所であることも相まって下手に断れないんだ。
いやまさか、農民生活の話聞かれるとは思わなかった。別の人を探せばいいのにと思う。
……でも、少し楽しいのは確か。話し相手で、こんなに楽しそうにしてくれて、意見が合うと肯定したりそれは違うと否定してくれる人は居なかった。対等であろうとしてくれる人は、居なかった。
「そ、そういえば、もうすぐ祝祭があります。あなたもぜひ、城の祝祭に来てはくれませんか!」
「祝祭……」
何か怪しい。怪しいけど、一応出てみたいし、いいかもしれない。人が多いところなら、まず乱痴気騒ぎでも起きない限り抜剣するようなことはないだろうし。
「では、お言葉に甘えて」
「ええ、ぜひ!」
すでに少し後悔し始めたけど、これ大丈夫かな。
胸が踊る。随分時間があるのに針仕事でそれなりのドレスを縫い上げる程度には、私も浮かれてしまっていた。
彼女の顔がちらついて、これを着た反応を見たいと思ってしまうのだから私はどうかしてる。ネジが一本か二本、飛んでいるかもしれない。
祝祭の日、招かれるままに城に行くと、比較的狭いホールに数人の騎士と彼女がいた。
随分アットホーム、と言うか、どっちかというと身内だけで何かするみたいな、そんな感じだ。
「ゴース!」
「陛下、本日はお招き下さり恐悦至極に存じます」
招かれた以上ちゃんと淑女の礼をして、感謝の意を示さねばまずい。公式なのか非公式なのか、未だによくわからない。
「これは公式な場ではないから安心してください」
「ありがとうございます。……でも、なぜ」
「それは、ですね……伝えたいことがあったんです」
真剣な顔をして、国王陛下、いやアルトリアは私を見据えた。いつもよりも強い力の宿った目にどきりとする。
「ゴース、私と共に人生を歩んではくれませんか」
「な、嘘……」
心臓が早鐘をけたたましく鳴らす。
嬉しい、嬉しいけど、彼女にはギネヴィア王妃がいる。彼女を愛しているのでは、ないのか。
「私は王です。王妃は、それなりの血筋であらねばならない。……ですが、私の心は貴女と共に在りたい。これから先、私のすべてをあなたに捧げると誓いましょう。然るべき手段で貴女を相応しい立場にし、ギネヴィアと離縁しようと思っています」
頭が追いつかない。めちゃくちゃだ。でも、ありえなくはない。3年。3年も子がなければカソリックでも教皇の許しの元、離縁することはできる。でも、本当に?
そこで、傍らにいた騎士と姫君と思しき女性とが示された。
ラーンスロット卿。ランスロットとも訳される。彼は確か、伝説では彼女と出奔した騎士だったはずだ。
「不実であることは否めません。しかし、私も彼女も別の相手を愛している。愛人になれ、というのは簡単でしょう。でも、それではあなたの心は手に入らないではないですか」
教皇からの許しは、契約が偽りだったときのみ下りる。そして、その偽りは彼が子をなせない体質であったことを隠すということでカバーできる。
体裁は悪くなる。でも、やりようとしては無くも無い。公認で離縁の手続きができれば、ランスロット卿とギネヴィア妃は決して王を裏切れなくなるけれど、彼らが結婚の許しを得ることはできる。下賜する、というととても胸糞悪いけど、それでも二人は愛し合っていて、逆境に負けないと言うなら、あるいは。
「でも、私は……」
信じたい。だって、彼女は私にいつも誠実で居てくれた。これ以上ないくらい私と対等に居て、私に向き合ってくれた。
「絶対、絶対に幸せにしますから!」
その瞬間、迷いなんて吹き飛んだ。
真っ赤な顔で、大きく叫んだアルトリアの決心はどれほどなのかなんて、わかるに決まってる。死ぬほど覚悟してもなかなかできないことを、必死に口にしてくれたのだから。
この時代のこの国だから。女同士で愛するのは難しいけど、それでも求めてくれるというのは凄いこと。建前は男でも、本質的にはそうだからそれは難しいことに変わりない。ならば、
「……あなたの気持ちはわかりました。でも、お付き合いする期間が欲しいです」
ちゃんと、顔が赤いのは誤魔化せているかな。
私はね、王であるなら近付かなかったと言ったのに告白してくれた、そんな貴女が大好きです。
でも、まだ私には覚悟が足りてないんだ。貴女からちゃんと添い遂げる覚悟のきっかけを頂戴。
追記
泥をかぶる、内乱があるのも覚悟の上、のあたりが丸っと抜けていましたすみませんでした……
ローマ、がカソリックでは偽りに基づいた契約であると証明し、かつ次の相手が居れば婚姻が解消できます。逆に言うと、それが難しい。家同士の結びつきもありますし。(なお確認のために該当するカソリック資料がうまく見つからず、この時代でも適用されていると想像した話ですので悪しからず)
浮気自体は中世には頻発していたしありえるんではないか、という話です。このあとの出費、火消し、その他はギネヴィアの実家も巻き込んで(養子とか貴族としての教育とか)すると思います
そのうち改題しようかと思案中