「大和ちゃん」【艦ショート!】   作:春宮 祭典

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今日もいつも通り、7時に目が覚めます。

 

冷蔵庫から作り置きのおかずを取り出して、順番にレンジへ。お米は炊飯器のタイマー機能で、もう炊けています。全部のおかずが温まったら、たった一人の食卓に並べて朝食をとる。食べ終わって洗い物を済ませたら学校の準備を———ああ、そう言えば、学校からは一週間のお休みを貰っていました。部屋着のまま部屋で一人、空母の皆さんから送られてきたメッセージに返信しましょうか。

 

「はぁ……驚くほどの無趣味ですね、私」

 

お昼までの行動を思い返してみても、これだけで片付いてしまいます。これ以外に何をしていたかと言えば、今のように、食卓に半身を預けてぼーっとしているくらいです。普段は学校で一日のほとんどを費やしていますし、休日でも夕方遅くまで弓道部の皆さんと練習しています。

 

「部活もしてはならない、とは一体何があったのでしょうか?」

 

一応練習メニューは加賀さんに伝えていますので問題ないとは思いますが、やはり、気になるものは気になってしまいます。ですが、それより、何よりも。

 

私、鳳翔の無趣味さにこれからどう過ごそうか、今から気が滅入ってしまっていることが一番の問題なのです。他の皆さんのようにゲームセンターや、カフェなどに足を運べばいいのですが、今までそういうことがなかったものですから、どうしていいかわからないのです。こんな事なら飛龍さんのお誘いに一度くらいは応じておくべきだったのかも知れません……

 

ピンポーン。

 

「ひゃいっ!?」

 

突然、来客の告げるチャイムが鳴って、驚いてしまいました。誰も見ていなかったかあたりを確認しますが、当然、この部屋には私しか居ませんでした。ほっ、と胸をなでおろすと同時に、先ほどの行動が恥ずかしくなってしまい、ため息をついていると、

 

「鳳翔候補生。居るか」

 

外から聞こえてきた問いに、私の体が緊張します。鳳翔候補生、とは私のことです。

 

現在の海軍に所属する艦娘は襲名制のようなもので成り立っていて、同じ時期に同名の艦娘が在籍しないように、次の艦娘となる私たちを候補生と呼びます。私たちは艦娘の養成学校で学び、襲名中の艦娘が除籍されると、名前を受け継いで艦娘になります。

私は鳳翔候補生です。その名の通り、軽空母鳳翔の候補生となります。ですが、現在現役の鳳翔はこの日本にはいません。はい、残念ながら昨年の夏に……いえ、今はそんな物思いに耽っている暇は無いのでした。

 

「鳳翔候補生、参りました。ご用件とは何でしょうか?」

 

ドアを開けて、来訪者が軍の人間だとわかったので、手を後ろに回して応対します。階級章的には中佐あたりでしょうか。私達艦娘には階級のようなものはありません。なので私は、基本的に軍の関係者の方々には敬語で対応するようにしています。

 

「率直に言おう。本日より、鳳翔候補生にはこの部屋で他の候補生と同居してもらう」

「……え? そ、それは、どういう———」

「部屋は空いているな?」

「は、はいっ」

 

有無を言わさぬ中佐の迫力に、思わず返事してしまいましたが、幸いにもいくつか、何も置いていない部屋はあります。中佐はそれを聞いて満足そうに、「うむ」とうなずき、恐らく通路の奥で待機していたのでしょう、そちらへ向いて「来い」と一言だけ発しました。

 

コッ、コッと靴が通路の床を叩く音が聞こえます。新しい空母の方でしょうか、それとも巡洋艦や駆逐艦でしょうかと、意味のない予想を浮かべながら、私は候補生の到着を待ちました。何しろ、ドアの前の大柄な中佐が居るのですから、首を出して見るわけにもいきません。

 

「あっ———」

 

中佐がスッと体をずらし、新しい候補生が私の目の前に立ちます。背丈は私より少し低い位でしょうか。それでもその存在感は私を圧倒する程神々しいものがありました。桜の花びらが舞い散る錯覚を覚えつつ、目の前の候補生が口を開くのをじっと待ちます。

 

「————」

 

一つ息を吸って、まだ少しぎこちない動作で海軍式の敬礼。たどたどしくも美しく、あざとくも凛々しい姿に、彼女の将来の姿が今から幻視されてくるようです。実のところ、この時点で私は目の前の彼女が何の候補生なのか、ある程度察してしまっていました。

 

「戦艦、大和———の、候補生、です。どうぞよろしくお願いします、鳳翔さん」

 

まだ寒いというのに、心地よい一陣の春風が吹いたような気がしました。私は何も口に出せないまま、目の前の彼女から目を離せないでいました。そこにいつも通りのぶっきらぼうな声で中佐が割って入ります。

 

「彼女は我らが日本の希望の旗となる存在だ。だから候補生の中でも信頼のある貴様に大和候補生を託す。来週から艦娘養成学校の中等部に編入予定だ。来週まで貴様には休暇を与えているな」

「は、はい」

「その期間を利用して大和候補生に色々と教えてやれ。その為の休暇だ」

「り、了解しました」

 

中佐は「ふん」とだけ鼻を鳴らすと、そのまま去っていきました。彼は昔から必要なこと以外を口に出すことが嫌いでした。なぜこんなことまで知っているかと言うと——ええ、一種の腐れ縁です。

そして後には玄関で借りてきた猫のようにきょろきょろとあたりを見回す彼女と、突然の同居人にどうしたらいいのか戸惑っている私が残されました。

 

「あ、あの……」

「は、はい、何でしょう?」

「その、お名前は……?」

「あ、そうでしたっ。私が名乗ってませんでしたからね。私は軽空母鳳翔の候補生です。これから不安なこともあるでしょうけれど、遠慮なく私を頼ってくださいね?」

「鳳翔さん、ですか。これから、どうぞよろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる彼女ですが、その丁寧な仕草は同時に聞こえた「く~きゅるる……」という音にかき消されてましまいました。

 

「あっ……これは、その……」

「……もうお昼時ですからね。とりあえず荷物を部屋に運びましょうか。私はその間にお昼ご飯、作ってますから」

「はい……すみません……」

「これから一緒に暮らすんですから、遠慮はいりませんよ。あ、左側の部屋が空き部屋になってます」

 

これからの自室となる部屋に消えていく彼女を見送った後、私はいつもより分量の多い二人分の昼食の準備に取り掛かりました。なんだかそのことが私にはとても嬉しいことのように感じられました。

 

「おいしい……これおいしいです!」

「そうですか。それはよかったです」

 

目をキラキラさせて炒飯を頬張る姿はこれまでの大人びた、凛々しい振る舞いとは違った、年相応の様子で、少しほほえましい気分になりました。しかし、流石は超弩級戦艦ですね。多めに作っておいたのですが、あっという間に無くなってしまいました。

 

俗っぽい言い方になってしまいますが、なんだか妹ができたみたいですね。

 

「……これからよろしくお願いしますね、大和ちゃん」

「はいっ」

 

私たちはすっかり打ち解けて、大和ちゃんは早速率先してお手伝いをしてくれます。

 

「あ、私拭きます」

「あら、ありがとうございます」

 

ええ、本当に、これからの生活が楽しみになりました。


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