プレアデスちゅーぶ・始動
廃都市といえど僅かに残る住民のために、インフラは死んでいない。地下化された電線にはきちんと電気が通っているし、上下水道も生きている。
ナザリック地下大墳墓の入口が顕現した、その廃都市の地下鉄の廃線の一区画。数十年かけて拡大を繰り返したせいで迷路のようになった挙句に住民がいなくなったせいで使わなくなったそこにも、電気は通っていた。
各地へ根を伸ばす大きな施設であるが故に多区域への送電の中継地点として利用されていたため、ここの電力をシャットアウトすると、ここを経由して電力を届けている地域に届かなくなるためだ。
そして、雨風の影響を受けないために施設のほとんどの機械は生きている。衛星電波を受信する設備もその一つだった。
従って何が言いたいかと言うと。
「ふーん、これが『コンピュータ』ってやつっすか」
「そう。そしてこれはインターネットに接続済」
ジャンク品を集めて作り上げた薄型パソコンを操作するシズ・デルタを囲み、プレアデス全員が物珍しいものを見るために、ナザリックから比較的遠い駅の駅長室に集結していた。メイドたちの手で小綺麗に整頓した部屋の中はLEDライトが照らしていて、昼間のような明るさを保っている。もちろん、万が一のことを考えて認識阻害の魔法も使用済みだ。
魔法的な光を湛えるパソコンにマウスはついているが、シズが電気信号を直接送信し、その通りに画面が動くためにマウスは今は繋げただけとなっている。
「シズ、モモンガ様にご報告はしたのかしら?」
「まだ。……このコンピュータがきちんと動くかを、確かめてからにする」
メガネを持ち上げながら尋ねるユリに、シズは平たい口調のまま見向きもせずに返答する。
それはまるで、遊んでいるところを咎められた子と親の姿だ。
「いちおう探知とか、そのたもろもろの対策は……できる限り、した。……けど、あんまり怪しくないと逆に変だから、じっけんする。……サイバー警察とか、あるみたいだから」
「そのインターネット……?を監視している治安維持組織ですわね。聞いた時にはわたくし達には関係のないものかと思っていたけれど……集められる時に情報は集めておくものね」
この中で一番コンピュータに興味を持っていないソリュシャンが、駅長室の備品を物色しながら言う。
プレアデスがここ数週間で得たリアルの情報の一つに、治安維持組織のものがあった。
強化外骨格を装備した鎮圧部隊、企業の中に入り込んで国家の害を為すことを監視する部隊、噂には暗殺のための部隊があるとも。そしてインターネットを監視するものは、サイバー警察と呼ばれていた。
外交関係の問題が多発して国家間の行き来が難しくなったこの現代、インターネットでテロの計画を立てるテロリストの対策として立ち上げられたらしい。
悪いことをしなければ目をつけられはしないだろうが、万一嗅ぎつけられればナザリックの隠匿が危うい。そのため、ナザリックから距離をとった場所でシズはインターネットへの接続実験を行おうとしていたのだ。
ナーベラルは少しだけ不安そうに、けれど興味もあるような浮ついた態度で、座ってコンピュータを操るシズを見下ろす。
「……でもそれって、やっぱりモモンガ様にお伺いを立ててからの方がよかったんじゃないかしら」
「大丈夫。……実験が済んだらすぐする。時間はとらない」
「シーちゃん、なーんかこの前からやる気に満ち溢れてる気がするっすねー。モモンガ様の腕の中で覚醒したっすか?」
ルプスレギナの言葉に、シズを除くプレアデス全員が耳敏く反応した。
「それってぇー、こないだの上映会のときの話のことぉー?」
ぶくぶく茶釜の出演したアニメの上映会の後、至高の御方がシズを抱きしめていたことを思い出したエントマが、陰のある顔つきでシズに睨みを効かせる。
「……ナザリックのためにやる気を持って奉仕するのは、当然。モモンガ様に抱きしめていただいたこととは、関係ない」
「さりげなく自慢されるのは……ちょっとだけ癪に障るわね。──まぁ、わたくしたちもシズと同じように何かしら手柄をたてればよいのだから、別に構わないけど。そういえばユリ姉にシズ、モモンガ様へお願いするご褒美はどうすることにしたの?」
ユリはソリュシャンに嘆息した。
彼女はユリとシズに、褒美について尋ねつつも、机の上に置いてあった男性駅員の家族写真──の中央の赤ん坊を見て、舌なめずりをしたからだ。
「ボク──いえ、私はまだ考えている最中よ。これはモモンガ様への直接のお願いができる機会、慎重に考えて使いたいもの。……ソリュシャンなら『産まれたての人間の赤子』ってお願いするのかしら?」
「まさか。もっと有意義な使い道を考えるわよ、ユリ姉様。……話を私に振ったということは、まだ候補も出来ていないのね?」
ソリュシャンは写真から目を外してユリに微笑む。
「……まぁ、そういうことになるわ。シズはどうなの?」
コンピュータとにらめっこをしていたシズは、その問いに珍しく感情を見せた。口角をわずかに上げた、ニヒルな笑みだ。
「……モモンガ様のお膝の上で、お昼寝の権利。……それ言ったら、モモンガ様、いいぞって仰った。いずれ私のために、時間を作るって。──どやぁ」
「な……なな、なんですってぇ!?」
誇ったようなシズの言葉に、他のプレアデス全員が恐れおののき二の句をなくす。
モモンガ様という存在はナザリックにおいて天上の存在、神にも等しいもの。横に並んで歩くことはおろか正面に立つことさえはばかられる御身に、こともあろうか膝の上での昼寝を申請したのだから当然の反応と言える。
「ってか、それOKもらえたっすか。よくまだ首繋がってるっすね!ユリ姉みたくチョンパされてないのが不思議っす!」
「……ちょっとルプー?私の首は種族的に元々切り離されたものなのだけれど。まるで罰を受けて首をはねられたかのように言うのはやめて頂戴」
立ち直りの早かったルプスレギナがユリのことを茶化し、それでユリも平静を取り戻す。
「モモンガ様は、寛大。……そして優しい。ユリ姉も思い切ってお願いをするべき。うじうじして先延ばしにしてたら、モモンガ様もこまる。……みんなも機会をもらえたら、そうするといい──きた。接続成功。敵の追撃なし。ミッションクリアー」
シズは小さな体で大きく伸びをしてそう言うと、インターネットのブラウザ初期ページを表示させた。
「敵ってぇ、何かと戦ってたのぉー?」
「アクセスを始めてから、ずっと変なのに追尾されてた。けど、撒いた。もう大丈夫。ダミーもばらまいてる。……逆探知も完了、完全にクロ。サイバー警察まちがいなし。やつらはそれなりに有能、今後も注意はおこたらないようにする」
シズは席を離れると、ユリに座るように勧めた。ユリは困惑しつつもコンピュータの前に座り、プレアデスはそれを囲むように集まる。
画面のブラウザ初期ページは最大手のもの。ここ最近のニュースや天気、誇張された広告がところ狭しと並んでいた。
「ここに文字を打ち込むと、それについての情報がでる。ユリ姉、やってみて」
「いいのね?……ええと、じゃあ初めは『アインズ・ウール・ゴウン』でいいかしら」
ユリが言うと、シズが電気信号を発信してその通りに『アインズ・ウール・ゴウン』の文字を打ち込む。ほどなくして検索結果が表示され、『ユグドラシルWiki―アインズ・ウール・ゴウン』というページが一番上に出てきた。
「ユグドラシルってぇー、ナザリックがあった元の世界のことじゃなかったかしらぁー?」
「Wiki……というのは分からないけれど、至高なる御方々の居られるもう一つの世界だけあって、どうやら確かに意味のある情報が表示されそうね。シズ、それを開いて頂戴」
ナーベラルが指をさしたページを開こうと、カーソルが移動する。その白い矢印がページの文字と重なった瞬間──
──シズはそれを開くのをやめて、突然届いた《メッセージ/伝言》に応答した。
「どうしたの。…………うん、うん。……わかった。……え?…………りょうかい。じゃあ、代わりにそれを」
通話を終わらせると、待たされてやきもきしているプレアデスメンバーにシズは「ごめん」と一言前置きして、伝えられた内容を告げる。
「……オーレオールから、それは開かないようにって。開くにしても、モモンガ様にお伺いを立ててからにしてって。だいぶ、あせってた」
「──至高なる御方々の情報に触れることは、ナザリックのシモベとしての最高の栄誉。軽はずみに触れるのは慎みなさいということね」
「でも所詮は人間の集めた情報だしー、まっかな大ウソしか書いてなかったりしたら私たちが混乱するかもしれないからかもしれないっすね!」
「どっちでもいいですわぁー。……でもシズ、終わり際に何か言ってましたわよねぇー?代わりにぃ、とかなんとかぁー」
「うん」
シズは検索条件を変更し、ウェブページから動画に切り替える。さらに検索ワードに『侵攻』を加えて再検索した。
サムネイルに骸骨の王──オーバーロードの姿のモモンガが大きく映っているものを選び、シズはそれを再生した。
すぐに、プレアデスの中から驚きの声が出る。
「……これってもしかして、ナザリックが大侵攻を受けた時の記録映像じゃないのかしら」
「よく見て、シャルティア様が戦っていらっしゃるわ!」
「本当ですわぁー!今度はコキュートス様もぉー!」
「カッケーっす……!」
「……オーレオールから、こっちなら見ていいって」
画面上で繰り広げられたのは、かつてナザリックが千五百人の大侵攻を受けた際の記録。
死にものぐるいで戦い、そして倒れていく階層守護者たちの懸命な姿に、プレアデスたちは拳を固く握りしめながらも胸を震わせる。
そして侵略者の軍勢が第八階層に到達した瞬間、プレアデス全員が黄色い声を上げた。
「やっ、やまいこ様……!?」
「あ、あれウルベルト・アレイン・オードル様っすよ!!やっぱ最高にクールっす!」
「弐式炎雷様の勇姿が……!」
「……ホワイトブリム様も、いる!」
「ヘロヘロ様もいらっしゃるわね」
「源次郎様のお姿も見えますわぁー!」
各々敬愛する至高やそれぞれの創造主の姿を見つけ、駅長室の温度が高まる。
画面の中で、激戦が始まった。
都合のつかなかったメンバーを除けば四十名を切っているナザリック陣営に相対するのは、未だ五百を優に超える戦力を抱えた侵略者たち。
お互いの最奥で超位魔法発動のための魔法陣が展開され、超位魔法発動のための準備時間を四分の一に短縮する砂時計型アイテムが砕かれる。そんな中、相手の超位魔法発動を邪魔しようと幾重もの魔法が互いに撃ちあわれ、しかしそのほとんどが魔法の防壁に阻まれて消え失せる。
かろうじて防壁を通過した魔法も、奥に控えた魔法詠唱者たちが唱えた魔法によって相打ちとなって霧散していった。
ほぼ同時に──わずかに侵略者側の方が早く超位魔法が発動される。
侵略者側が発動したのは、《パンテオン/天軍降臨》。
魔法が解放されると同時に高レベルの智天使が六体出現し、ナザリック陣営へと鉄槌を加えるべく一直線にナザリック側の超位魔法発動者へと向かっていく。
プレアデスの面々はその天使が属性的にナザリックの天敵であることに気づき、思わず目をおおった。
しかし、それは圧倒的なまでの力でねじ伏せられる。
数秒遅れてナザリックの──モモンガの超位魔法、《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》が発動した。
それは黒き風の姿をして智天使たちを呑み込んで消し去り、一直線上にいた敵軍の列を一瞬にして屠った。
プレイヤーならまだしも、傭兵NPCに即死対策がされているものは少ない。もちろん、召喚された天使になどされているはずがない。
結果として即死対策をしていたプレイヤーを残し、傭兵NPCはその数を半分にまで減らした。そして《パンテオン/天軍降臨》はなんの意味も為さず、ただ無駄に終わった。
「モモンガ様、危機一髪でしたわぁー!」
「……あなたは本当にそう思うの?エントマ」
「えぇー?どういうことですのぉー?」
首をかしげるエントマに、ユリは画面に釘付けになりつつも熱を持った言葉でナザリックの戦略を告げる。
「至高なる御方々は、愚かな侵略者たちが使う超位魔法が一体何か、始まる前から既に見切っていらしたということ。それに対して最も効果的な超位魔法を、一瞬だけずらした最高のタイミングで発動することで完璧に上書きしたのよ」
「……ナザリックの軍師ぷにっと萌え様は、『勝負は始める前に終わっている』って仰ってた。まさしく、そのとおりの結果」
よく見れば、骸骨の王のすぐ隣には杖を手にした蔦植物系の異形が立っている。プレアデスはそれが誰かすぐに気がついた。ナザリックの諸葛孔明とも呼ばれた天才軍師、ぷにっと萌えその人だ。
「……なるほど。流石はモモンガ様にぷにっと萌え様。ユリ姉もよく気がついたわね」
ナーベラルが感心してユリを見る。ユリは少し照れて「……いいから続きを見ましょう」と少し強く言った。
風が吹き去ってからすぐ、空中に一つの黒い塊が生まれた。それは徐々に大きくなり、形を成していく。それが地面へと落ちた瞬間、形は完全なものとなった。
無数の触手を生やした、山羊の脚を持つ巨大な肉塊。それが奇声を上げて、侵略者へと攻撃を開始した。
プレアデスを束ねても立ち向かうのは絶望的に見えるその怪物に、意外なことに侵略者は冷静に対応を始めた。
しかし、そんな中ナザリック陣営から降り注ぎ始める魔法やスキルでの爆撃には対応しきれず、ほころびが次々と出てくる。
第十位階の魔法が直撃して、吹き飛ばされる者。
純銀の一閃で切り伏せられる者。
魔法を避けようとして飛びのき、そのせいで山羊の化け物にはね飛ばされる者。
黒い触手の化け物がやっとのことで倒されるころには、侵略者側の戦力はかなり落ちていた。
しかし、未だ数では勝る侵略者の軍勢が徐々に押し始める。このままでは次の超位魔法を待たずに突破される──
その時、ユリはあるものを見つけた。
ナザリック陣営の中心に控える骸の玉体の側に、枯れた翼がついた桃色の胎児のぬいぐるみのような生き物がフワフワと漂っているのを。
「あれは……第八階層守護者のヴィクティム様よね?」
話には聞いていたものの、姿を見るのは初めてであるプレアデスたちは、一斉にヴィクティムへと注目する。
ヴィクティムはモモンガの指示を受け、ふわふわとした動きで激戦区へと移動し始めた。
間もなく流れ弾がヴィクティムの頭に当たり、体力ゲージがみるみるうちに減っていく。
「げっ、モモンガ様なにしてるんすか!意味わかんねーっす!玉砕なんてやってる場合じゃねーっすって!」
「ルプー静かに」
しかし、敬愛する御方の奇行に動揺したのはルプスレギナだけではない。エントマもナーベラルも浮ついた気持ちを抑えられず、二人で左右からこっそりとシズの腕を抱いて不安を紛らわせる。
たった二桁しかないヴィクティムの体力ゲージが尽きてその姿が掻き消えた瞬間、異変は起きた。
白い羽が第八階層中に舞ったかと思うと、侵略者の動きが目に見えて鈍くなったのだ。剣の動きはのろのろとして、プレアデスでもはっきりと見て取れるほどに落ち、魔法は詠唱の時間が倍も長くなっている。
「……ヴィクティム様の特殊能力、だと思う。……死亡時に発動するスキル。ちょー強力な、デバフのおまつり」
再び蹂躙劇が始まった。
侵略者が逆転しようとするとナザリック側は新たな力を投入してそれを許さず、幾つかのワールドアイテムを使用してそれを三度ほど繰り返した時に、立っている侵略者の数はゼロになった。そこで映像は途切れる。
映像が明転し、何やら訳知り顔の人間の男が二人並んで先ほどの戦闘の評論と分析を始めたので、ルプスレギナを除くプレアデスの視線はコンピュータの画面から離れた。
シズをがっちりと挟んでいたナーベラルとエントマも、何事も無かったかのように離れて飄々としている。
「……凄かったわね」
ユリの一言に皆が頷く。
「わかってはいたけどぉー、やっぱり至高の御方々はぁ、規格外よねぇー。源次郎さまもかっこよかったぁー」
「至高の御方々があれほどの敵と戦っていたにも関わらず……あの時に私たちは、第九階層でぬくぬくと通常の警備をしていたのね」
「けれど、それが至高の御方々によってわたくしたちに与えられた役目。ナーベラル、悔やんでも仕方ないわよ」
「けど……」
ピシピシッ、と教鞭をしならせて机を叩くユリ。それを受けてプレアデスはお喋りを終わらせ、副長である彼女の言葉を聞く態勢をとる。未だ画面を見つめるルプスレギナ以外は。
「……はい、この話はここまでよ。今回のコンピュータ起動実験とセキュリティの問題は突破成功、モモンガ様に報告書を提出するわ。シズがやってくれるのかしら?」
「うん、私がやる」
「ありがとう。それじゃあみんな集まっている事だし、プレアデス月例報告会を始めましょう。お茶やお菓子はないから、素早く済ませるわよ」
「はい、ユリ姉様。……とは言っても、外見の関係でリアルに出ていけないエントマと別の仕事を受けているシズ以外は基本的に集団で行動しているし、私から話すことはそんなに無いわね」
ナーベラルは少し考え込むが、思い当たることがないのかそのまま黙り込んでしまう。
「あぁ、そういえばナーベラル。ぶくぶく茶釜様が声を吹き込まれた別の作品を見つけた話を、エントマとシズにしてあげないと」
ソリュシャンが言うと、ナーベラルは突然顔を真っ赤にして猛烈に首を横に振った。
「……あれはエントマやシズに話すべきではないわ」
「そうよソリュシャン。……その話はボクたち──いえ、私たちだけの間に留めておくって話したわよね?」
「そういえば確かにそうだったわね、ごめんなさい。いらないことを言ってしまったわ」
あからさまに何かを隠そうとしている三人に、エントマとシズは疎外感を感じる。
「わたしたちには教えないってぇー、どういうことですのぉー?」
「ユリ姉様たちだけずるい。……円滑な業務遂行のために情報の共有を要求する」
「……必要ないわ。あなた達のためにも、絶対に知るべきではないことだもの。モモンガ様にさえ報告しないことなのだから」
エントマとシズの主張をユリは一刀で切り捨てると、その話は終わりだとばかりに教鞭をピシピシと鳴らした。
不服そうな二人だが、モモンガ様へも報告しない──という理由でなんとか納得したようで言葉を飲み込んだ。
「エントマは何かあった?ナザリックの第九階層で通常の業務についているのはエントマだけよね?」
「えぇっとぉー、ぶくぶく茶釜さまが『妹さんにありがとうって伝えてね』ってわたしに仰られたわぁー。お化粧品のお礼を伝えてってぇー」
エントマは和的なメイド服の袖下の『脚』をわしゃわしゃと動かして言う。
エントマはプレアデスの末妹として創られた存在であり、プレアデス内に妹はいない。しかし別の形態としてなら存在する。
「そう言えば私もぶくぶく茶釜様に化粧品をお貸ししたわ。私のは残念だけどあまり役に立たなかったみたい。──あの子が何とかしてくれたのね」
ナーベラルが言うと、どこか遠く、そして近いところで神楽鈴の音がシャンと鳴った。
プレアデスたちの顔に微笑みが浮かぶ。それは別の任を受けている末妹が至高なる御方であるぶくぶく茶釜のお役に立ったことを喜ばしく思う、姉妹として得意げな表情だった。
そんな良い雰囲気に割って入る声があった。
「よー、みんなおはよーっす。……あれ?今って朝っすかね?陽の光がないから全然分かんないっすけど全然眠くないし、多分朝っすよね」
「……ちょっとルプスレギナ?誰と話しているの?」
ルプスレギナの独り言を訝しんだソリュシャンが、ルプスレギナが独占していたコンピュータの画面を見る。そこに表示されたウインドウには、ルプスレギナが鏡写しのように写っていた。矢継ぎ早に表示されていく無数のコメントには、「夜だよー」「すげぇ美人」「むっちゃかわいい」「こんばんはー」などの反応の文字列が毎秒のように次々と更新されていく。
「あ、夜だったっすか?間違えちったすね。まぁ仕方ないっす。なぜならベータちゃんは夜行性だから!」
「……シズ、ルプスレギナは何を一人で話しているのかしら。ついに狂ったの?」
ナーベラルが聞くと、シズは遠目にその画面を見て、そして顔面を蒼白にした。
「…………全国ネットで、動画つき生放送してる。視聴者、どんどん増えてる……!!」
「…………はぁ!?」
ルプスレギナの首周りには駅長室に置いてあったのだろうイヤホンマイクが回されていて、それはコンピュータへと繋がっていた。
シズは脇から素早くコンピュータの操作権を奪って電気信号を叩き込むと、迅速に放送を終了させた。
突然の終了に、コメントは「放送事故?」「通信障害かな」「まぁ初回だし仕方ない」とにわかに騒ぎ始める。
シズは少し考えた上で「ごめんっす!機材トラブっちゃったので中止っす!」と素早く送信してコンピュータを閉じた。
あとに生まれたのは、睨みつける五人の瞳。そしてその中心で困惑するルプスレギナだった。
「……ねぇルプスレギナ、あなた今、自分が何をしでかしたか分かっている?」
「えぇ……?私そんな悪いことしたんすか?」
「当たり前でしょう。リアルの世界に私たちの事が知れ渡ればどうなるかくらい、あなたにも想像がつかなかったのかしら」
詰め寄るソリュシャンとナーベラルだが、当のルプスレギナは未だ困ったように逃げの姿勢をとっている。
「至高の御方々が私たちのことに気付くかもしれないっす」
「それ以前に不特定大多数の目に触れることが問題なのよ、ルプー。ナザリックの事に気付くのは至高の御方々だけではないでしょう」
「……えー、そうっすか?」
ルプスレギナは頬をかいて、まるでその前提が間違っているとばかりに言った。
「だって、私たちの顔を知ってるのはアインズ・ウール・ゴウンの御方々だけっすよ?大侵攻の時も私たちは第九階層にいただけじゃないっすか」
「でも、モモンガ様のお許しを得ずして実行すべき作戦ではなかったことは確かよね?」
「……そうかもしれないっす」
言葉に詰まったナーベラルの代わりにユリが叱責し、ルプスレギナは反省の色を見せた。
ユリは教鞭で机をピシャリと叩き、騒がしくなり始めたプレアデスを静かに戻す。
「……何はともあれ、すべてありのまま報告書に書いて御身のご判断を待つしかないわ。あなたなりに考えての行動だったようだし、慈悲のある処分を待ちなさい。──シズ、報告書を急いで。本日はこれで解散としましょう」
「わかった。すぐに仕上げて一時間以内にアルベド様に渡す、……まかせて」
シズがコンピュータを抱いて急いで駆けていき、それをもってプレアデス月例報告会は終了となった。
お久しぶりです。
Fantiaにのみ投稿していた幕間的なお話です。
近いうちにペロロンチーノ様編とプレアデスちゅーぶの続きを投稿します。
よろしくお願いします。