オーバーキャパシティ   作:れんぐす

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幕間──その時黒歴史が動いた

 ぶくぶく茶釜が戻ってきた日から五日後、休暇の取れた彼女は再びナザリックの地を踏んだ。

 彼女が生み出した二人とともにナザリックを散策したぶくぶく茶釜は、鈴木悟に顔を合わせに円卓に来た。鈴木悟にとって最高に嬉しい知らせも携えてだ。

 

 

 

 「そうですか!ペロロンチーノさんがシャルティアに会いたいと!」

 

 「うん。こないだ帰った次の日、仕事中に山のように通知が来てさ。『あの写真はなんなんだー』とか、『生きてるシャルティアに会えるのかー』とか。……めんどくさいから放置してるけど」

 

 ぶくぶく茶釜は眼鏡型情報端末をプロジェクター代わりに使って、円卓の上にメールのタブを投影する。

 直近二十件近く、送信主は『ばか』だった。きっとペロロンチーノさんだ。

 

 「あいつならここに永住してもおかしくないけど、シャルティアちゃんが迎えにいくの?」

 

 「そうですね。まず最初にシャルティアに会わせてあげたいですし、シャルティアに行かせましょう。ただ、シャルティアが単独で行動するのは色々と怖いので誰かを連れて行かせます。頭のいいシモベが望ましいですね」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは階層守護者において、タイマン最強のNPCだ。モモンガの姿の鈴木悟でさえ、周到に準備をせずに彼女に勝てる勝算はない。

 しかし行動は外見の幼さに引っ張られたのか、少しばかり短絡的なところがある。万が一のことが起きた時には上手く対処できない可能性が高い。

 相性的に連れていかせたいのは、知能に優れるアルベドかデミウルゴス。だがアルベドには鈴木悟の業務を補佐する役目があるし、デミウルゴスがいなくなればナザリックを防衛する指揮官が不在ということになる。他に候補はいるだろうか。

 

 ギルド武器を手に取り、コンソールを円卓上に投影してNPCの名前を確認していく。

 茶釜さんも懐かしそうにそれを目で追う。

 

 「メイドの子はやっぱり数が多いね。ぴったり四十一人作ったんだっけ?」

 

 「そうですよ。ホワイトブリムさんとヘロヘロさん、ク・ドゥ・グラースさんがひとりひとり丁寧に四十一人創られましたからね。それぞれ名前もありますし、メイド服もワンポイントずつ違いがあるみたいです。けど、今回は飛ばしましょう。後でじっくりと……あっ」

 

 一般メイドの一覧を飛ばすために素早くスクロールした弾みで、ページの一番最後まで送ってしまった。

 

 そこに載っていた名前を見て、ぶくぶく茶釜は「おおっ?」と楽しそうな声を上げる。

 最下部に名前が載っているのは、ナザリックでも殊更特殊な役割を担っている者たち。

 桜花聖域の領域守護者オーレオール・オメガ、ナザリックの最終兵器ルベド、そしてもう一人。

 

 「これ、モモンガさんが作ったNPCだよね!パンドラズ・アクター!」

 

 宝物殿の領域守護者であるパンドラズ・アクターだ。

 ……努めて頭に入れないようにしていた黒歴史の名前が、偶然ぶくぶく茶釜の目に触れてしまったことに鈴木悟は後悔を禁じ得ない。次の彼女の言葉はもう予想できる。

 

 「会いに行こう!私、モモンガさんが作ったNPCちゃんと見たいし。それに、今見たところ設定的にはすごく頭がいいみたいだし今回の仕事を任せられるんじゃない?」

 

 「えぇ……勘弁してくださいよ。あれはもう封印したいくらいの黒歴史なんですけど……」

 

 「それを聞いてなおさら会いたくなったよ」

 

 パンドラズ・アクターの設定については自ら創ったNPCだけあって、何も見ずともかなり鮮明に思い出せる。

 かつて鈴木悟がかっこいいと思っていたもの全てを詰め込んだ負の記憶。

 

 NPCが自我を持っている今、彼はネオナチの制服にドイツ語を混ぜて喋り、仰々しい敬礼もしてくれるはずだ。全て過去の自分が設定したとおりに、忠実に。

 

 「もしかしてモモンガさん、一度も会いに行ってないの?宝物殿に閉じ込めっぱなし?」

 

 「……まぁそうですね。エクスチェンジ・ボックスの関係でアルベドが何度か出入りしてますが、私自身は行ってませんしアイツを外に出してもいません」

 

 「それダメじゃん!きっと寂しがってるよ?」

 

 実に説得力のあるぶくぶく茶釜の笑顔に、鈴木悟の顔面が引きつる。

 しかし、パンドラズ・アクターに会っていないのは会いたくないのが理由だけではないのだ。言い訳にしかならないが、会えない理由はある。

 

 「でもほら、宝物殿って即死級トラップが山ほど仕掛けてあるじゃないですか。人間の私たちが行ったらバタりですよ。行けませんって」

 

 宝物殿はナザリックの本質的な最終防衛地点だ。例え玉座の間が敵に占拠されようと、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンさえ完全な形で残っていればギルドは存続できる。敵が攻めてきたらスタッフを宝物殿の奥深くに隠すのは、ユグドラシル時代に何度かおこなったことだ。

 そのため、宝物殿には猛毒ガスを始めとして様々な罠が仕掛けてある。凄まじく面倒な仕掛けを解除しなければ生身のまま先には進めないし、パンドラズ・アクターに会うことも出来ない。

 

 

 「……でも、それなら彼の方から来てもらえばいいんじゃないの?」

 

 「うっ」

 

 不思議そうな顔をした彼女の当然のツッコミに、鈴木悟は言葉を詰まらせる。

 そうだ。実際のところ、アルベドに呼ばせればいいだけなのだ。

 

 しかし、渋る。面と向かえば冷静さを保ってなどいられるはずもない、恥ずかしすぎる記憶がパンドラズ・アクターには秘められているのだから。

 

 汗をだらだらと流しながらウンウン唸る鈴木悟に、ぶくぶく茶釜はけらけらと笑いつつ近づき、耳もとで囁いた。

 

 「あたし、パンドラズ・アクターさんに会いたいなぁ♪モモンガおにいちゃん、お願い♡」

 

 「ちょ、ちょっと!それはずるいですって茶釜さん!本職の人の声なんて……」

 

 「ねぇ、お願いっ♡……ぷふふっ」

 

 「笑ってるじゃないですか!」

 

 「うるさーい!いずれは顔をあわせるんだし、さっさと男らしく覚悟を決める!ほら、モモンガさん早くアルベドのとこに!玉座に行こう!」

 

 強引なぶくぶく茶釜に肩を揺さぶられ、鈴木悟は仕方ないかとため息をつきつつもスタッフを杖にして立ち上がる。

 パンドラズ・アクターの姿を思い出すと、今から胃がきりきりと痛んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 「……パンドラズ・アクターを、でございましょうか」

 

 「……うむ。すぐに玉座の間へ来るように伝えろ。そのためにギルドの指輪を使ってもよいとな」

 

 「ご命令とあれば即座にお伝えいたします。ですが……」

 

 ナザリックでパンドラズ・アクターと唯一顔を合わせたNPCであるアルベドは、なにやら言いにくそうな顔で鈴木悟とぶくぶく茶釜の顔色をうかがう。

 

 「どうしたのアルベド?何かモモンガさんには言いにくいこと?」

 

 鈴木悟本人作成のシモベということで意見を言葉にしにくいアルベドを気を遣ったのか、ぶくぶく茶釜がアルベドに尋ねる。

 

 「いえ、滅相もございません。──しかしパンドラズ・アクターは、モモンガ様、そしてぶくぶく茶釜様に不敬な態度を向ける可能性がございます。守護者統括として、ナザリックのシモベを統べる使命を持つものとして、それを見て見ぬ素振りをするなどということはできません」

 

 「……あちゃー」

 

 鈴木悟は頭を抱える。パンドラズ・アクターが、対面した唯一のシモベであるアルベドにこうも危惧させるほどの存在だったことに。

 ぶくぶく茶釜は困ったように頬をさすり、「……それなら!」と言った。

 

 「パンドラズ・アクターが私たちと話をしてる間は、アルベドは席を外していてもらえるかな?見て見ぬふりができないなら、見なければ考えずにすむでしょ?」

 

 「そういうものでございましょうか?」

 

 「うん!それにパンドラズ・アクターはモモンガさんが直接作ったわけだし、実質は親子みたいなものだよ。いちいち不敬だーなんだーやってたらもたないって」

 

 「……承知いたしました。ぶくぶく茶釜様がそう仰せとあらば、これ以上私の口から申し上げることはございません」

 

 ぶくぶく茶釜の説得を受け、アルベドはモモンガの顔色を再度うかがってから玉座の間を去った。

 

 アルベドの背中が扉の向こうに消えてから、モモンガは大きな大きなため息をつく。

 

 「……アルベドにあそこまで言われるのかぁ。どんなキャラに仕上がっちゃったんだろう、あいつは」

 

 「私は逆に楽しみになってきたなー」

 

 「他人ごとだと思って……。あっ、そういえば茶釜さん、ギルメンのメアド誰かの持ってます?」

 

 パンドラズ・アクターが来るまで話を変えたくなり、鈴木悟はメールアドレスについて思い出す。

 

 「えーっと、あんちゃんとやまちゃんのは持ってるはずだよ。他の人のは持ってないかな。そいや、モモンガさんは全員の把握してるんだっけ。みんな集めるんだったらメール出さないの?」

 

 「ナザリックが現実になってから確認したんですけど、何かの衝撃でデータが飛んじゃってまして。今は復旧中です」

 

 「うわぁ……」

 

 同情と苦笑をぶくぶく茶釜からもらい、鈴木悟は彼女と顔を見合わせて乾いた笑いをこぼす。

 

 「あんちゃんとやまちゃんのメアドなら教えたげるから、早くココのこと知らせなよ」

 

 「助かります。これでペロロンチーノさんも他の人のメアドを知っててくれれば、ちょっとずつ繋がっていけますね」

 

 「あいつなら、たっちさんとかウルベルトさんの知ってるかもね。──モモンガさん、なんかメモある?二人のメアド書いちゃうよ」

 

 そう言われてポケットを探った鈴木悟は、ポケットで唯一手に触れた財布を取り出して中を確認する。とっさの時に使うために一枚だけ財布に忍ばせていた名刺が目に付いた。

 

 「……名刺しかないですね。これでいいですか?」

 

 「モモンガさんが気にしないなら、それでいいよー」

 

 ぶくぶく茶釜は鈴木悟の名前が書かれた名刺を受け取り、「ほほーん……」と呟いてから空いているスペースに二人のメールアドレスを書いた。

 そして嫌な予感を感じさせる笑顔と共に鈴木悟に手渡す。

 

 「はいっ、さとるお兄ちゃんっ♡」

 

 「ぶっ──ちょっと、茶釜さん!」

 

 「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様。パンドラズ・アクターを連れてまいりました」

 

 本職声優の突然の妹ロールに驚いた鈴木悟が抗議をしようとした時、玉座の間の外からアルベドの声が聞こえた。

 鈴木悟は慌てて玉座に座り、名刺を胸ポケットに仕舞う。ぶくぶく茶釜は楽しそうに笑いながら玉座の隣に立った。

 

 「……うむ、入れろ。アルベドは扉の前から離れ、第九階層にて待機せよ。玉座には誰も近づけさせるな」

 

 「畏まりました、モモンガ様」

 

 

 玉座の間の扉が重々しく開き、そこに二つの人影が姿を見せる。そのうちの一つであるアルベドは、優雅に礼をすると去っていった。

 そして残ったのは鮮やかな黄色の軍服を羽織った、すらりとした『影』。『影』は帽子を両手で深く被り直すと、軍靴をコツコツと鳴らしながら玉座の前へと歩んだ。そして階段の前で止まり、膝をつく。

 

 「……元気そうだな。パンドラズ・アクター」

 

 「はいッ!──元気にやらせていただいています。私の創造主たるモモンガ様も、アインズ・ウール・ゴウンの前身たるナインズ・オウン・ゴール(九人の自殺点)の一柱であらせられるぶくぶく茶釜様も、まことにご機嫌麗しく」

 

 一言喋る事に仰々しい身振り手振りを『影』──パンドラズ・アクターは交えつつ、深く頭を下げた。

 鈴木悟がたまらず目をそらしてぶくぶく茶釜の横顔を見ると、今にもクスクスと笑いだしそうな彼女がいた。

 

 そしてパンドラズ・アクターは音もなく立ち上がると、ぴっちりと靴を揃えて背筋を伸ばし、ネオナチ式の敬礼をする。鈴木悟がかつて設定に仕込んだとおりに、美しく。

 

 「ところで今回はァ──」

 

 敬礼を解き、きびきびとした動きで腕を胸の前に捧げる。帽子の陰からのぞく二つの空洞の視線が、鈴木悟の一身に注がれていた。

 

 「──どのようなご用件で」

 

 ついに鈴木悟はパンドラズ・アクターを向いていられなくなり、かといってぶくぶく茶釜の反応を見るのも恥ずかしく、耳を真っ赤にして俯くしかなかった。

 

 (うわー、だっさいわー……。予想の三割増しくらいでだっっさいわー……)

 

 何も言えずにいる鈴木悟の代わりに、パンドラズ・アクターと鈴木悟を交互に見てニヤニヤしていたぶくぶく茶釜がパンドラズ・アクターに話しかける。

 

 「ぷふふっ…………えーと、パンドラズ・アクター……ふふっ」

 

 「お願いです茶釜さん笑わないでください」

 

 鈴木悟が小声で頼み込むと、ぶくぶく茶釜はコホンと咳払いをした。ニヤニヤしていた顔つきが仕事モードに変わり、声もよく通る麗しいものになる。

 

 「パンドラズ・アクター。キミがもし忙しくなければ、私とモモンガさんから一つ仕事を与えようと思っているの。構わないかな?」

 

 「無論でございます!ぶくぶく茶釜様。至高なる御方々のご命令を差し置いて優先すべきことなぞ、何一つとしてございません。それに私に与えられていた業務も、宝物殿に眠る秘宝を磨き、愛で、そして美しく飾ることのみ。それも最近では三周ほど回ってしまっておりました。そんな中で御身から直接任を与えられるということそれ即ちッ!」

 

 パンドラズ・アクターは大きく体を反らすと、恍惚としたような声をもらす。

 

 「……無上の喜びでございましょうッ!」

 

 人の身で受け止めるにはあまりに恥ずかしすぎる、もはや拷問に近い踊る黒歴史に、頭を抱えて悶絶する鈴木悟の目から涙がこぼれる。

 

 「それならよかった。近々私の弟──つまりはペロロンチーノをシャルティアちゃんが迎えにいくんだけど、それについていって護衛してもらえるかな?」

 

 「おぉ……!おおぉっ……!ペェロロンチィィィィノ様ッッ!」

 

 パンドラズ・アクターは手のひらを天高く突き上げて高い天井を仰ぐと、感極まったようで震え出す。

 

 「爆撃の翼王の異名を欲しいままとしっ!超々遠距離からの狙撃においては右に出るものはいないとまで謳われたっ!あの、ペロロンチーノ様のお迎えをっ!かの御方に創られしシャルティア嬢と共に、この私がッ!」

 

 「…………パンドラズ・アクター。少し、少しでいいんだ。……嬉しいのは分かったから、テンションを抑えてくれるか」

 

 我慢がならなくなった鈴木悟が震えた声で告げると、のっぺらぼうの彼はきょとんとしたように「は、はぁ……」と言った。

 

 「私に役目が回ってきた所以は、護衛兼シャルティア嬢のストッパーを果たせる者に手空きがいないから……といったところでございましょうか」

 

 「まぁそんなところ。あのバカ弟、シャルティアちゃんに何しでかすか分かんないからさ。最低限しでかすとしても、ここに戻ってきてからにして欲しいわけよ。お願いね?」

 

 パンドラズ・アクターは再び音を鳴らして軍靴を揃え、身を乗り出して高らかに宣誓する。

 

 「Wenn es meines Gotter Wille(我が神々のお望みとあらば)!!」

 

 流暢なドイツ語で。

 

 

 「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ」

 

 「おおっ、モモンガ様……っ!?突然取り乱されて、一体どうされたのです!?」

 

 玉座から落ちて転げ回る鈴木悟に、それを見て大振りな仕草で慌てるパンドラズ・アクター。

 自分が少し強引に勧めたとはいえ、この二人を引き合わせたことにぶくぶく茶釜は多少の申し訳なさを抱くのだった。


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