モニターの不健康な明かりが、その小さな部屋の光源の全てだった。締め切った窓、一部の隙もなく閉じられた扉。
その部屋で唯一動きをみせるのは、中央でモニターの前に座す一人の男。
手入れを面倒くさがって傷んだ髪は、頭の後ろでまとめられて馬の尾のように伸びている。
服装は萌え絵の描かれたTシャツとジャージ。片付けるのも手間で壁にかかったままのスーツには、埃がかぶりつつあった。
どこに出しても恥ずかしい社会不適合者。そう自身のことを評しながらも、男が今モニターに向かって取り組んでいるのは、れっきとした仕事のためだった。
モニターに映るのは、様々な数値や資料、画像にその他もろもろ。見る者が見なければ何をしているのかすらわからないそれは、ウェブデザインと呼ばれるものだ。
企業や個人、団体のウェブサイトを見栄えよく作り上げるその仕事は、近年の生産人口の激減と技術力を身につけている人材の少なさのせいもあり、需要は供給と釣り合わないほどに多かった。
平均学歴が小卒以下のこのご時世、何かを作り出すことが出来る能力というのは重宝されるものだ。
そのため、報酬もそれなりにある。毎日朝から晩まであくせく働いたりせず、ときたま舞い込む依頼をこなして男は生活をしていた。
もとよりローンもなくなった実家暮らしだ。妻や子などという養う必要のある者もいなければ、定年退職した親もまだ介護が必要なほど耄碌していない。男は埼玉地区の小都市で、特に不自由ない生活を送っていた。
ひと仕事を終え、出来上がった全体を確認する。特に文句のない出来だ。先方の依頼通りに完成している。
男は伸びをすると、集中していたせいですっかり冷たさを失ってしまったイチゴオレをひと口飲んだ。口の中でまとわりつく妙な甘さが頭の回転を鈍らせていく。
「あー終わった終わった」
部屋には男以外に誰もいない。下の階にはのんびりと老後生活を満喫する両親がいるが、男の言葉はそこまで届かない。ただの独り言だ。
生気のない瞳に青白いモニターの光が反射し、さながら濁った水晶玉のような男の視線は、そのまま虚空をさまよう。
生活に不自由はない。
けれど、それは毎日が楽しいということとイコールになるわけではない。
思い出したように仕事をこなしては、残りの時間を全て
齢28にして既に余生。
目的なき生をすり潰し続け、時折排出する遺伝情報をゴミ箱へと放り投げる毎日は、彼の精神を着実に蝕んでいた。
脳への刺激を求めて久方ぶりにメールボックスを開くと、山のような広告メールで画面が埋め尽くされた。
仕事依頼のメールが埋もれたら面倒だと思い、件名を確認しながら下に下にと流していく。
そこで、彼は懐かしい名前を見つけた。
「モモンガさんだ」
ユグドラシルがサービス終了だから最後にみんな集まりませんか、というような内容。
日付を確認すると、もう何日も前に約束の期日は過ぎていた。
「……あー、サービス終了したんだ。あれ」
三年ほど前に辞めたオンラインゲームのアイコンを叩く。
重厚な文字で「YGGDRASIL」と書かれたそれは、彼がかつて心血を注いだオンラインゲームだ。
「そいや、まだ消してなかったなぁ」
何年も前に読んで大ハマりしたライトノベルを読み返すように、数年前に放送し終えたアニメの設定資料集を何気なく開くように。
彼の指は懐かしさを求めて、いつの間にか、ユグドラシルでの思い出を詰め込んだファイルを開いていた。
一年経っても記憶は残っているようで、どんどんと展開されて広がっていく、海のような量のスクリーンショットに写っている彼らの名前を、彼は自然と諳んじる。
──げっ、
その中からピンク色のスライムを発見して、彼は苦い顔をしたあと、小さく笑う。
楽しかったんだということを思い出して。
彼──ペロロンチーノがユグドラシルを引退した理由は、実に単純明快だ。
一世を風靡した超大作ゲームでも、何年も続いていれば型落ちする。十年ほどの運営のうちに、同じような内容で、より高い品質のゲームがいくつも生まれた。
要は、違うゲームに乗り換えようとしたのだ。
いくつかユグドラシルと同じようなゲームを遊んで、飽きて、また遊んで、飽きて。
彼がユグドラシルで感じていた楽しさが、ゲームの内容に由来するものではなく──かけがえのない友人たちによるものだと気づいたその時にはもう、ユグドラシルへは戻れなくなっていた。
いや、戻ろうとすれば戻れたに違いない。
最高の装備を友人に譲っていようと、キャラデータが既に無かろうと、仮に
けれど、戻ったとしてかつてと同じように皆と触れ合うことは出来ないだろうと、無意識に思っていたのだろう。
理由がなんにせよ実際のところ、ユグドラシルを辞めてからナザリックには一度も戻っていないという結果があるだけだ。
画面をスクロールする彼の指は、やがて少女の画像に止まる。
──鋭い八重歯、銀の髪。白磁の珠肌に薄い頬紅。
真紅のボールガウンドレスに身を包んだ、絶世の美少女。
シャルティア・ブラッドフォールン。
絵の得意なギルドメンバーに頼んでデザインをしてもらい、彼のロマンと性癖の全てを注ぎ込んで作った、吸血鬼のNPCだ。
我ながらよくもここまで大量に撮ったものだと呆れるほどの枚数、様々な背景で様々な表情のシャルティアが、スクリーンショットのスペースを占領していた。
運営に怒られる
詰め込んだ設定を思い返せば、今となっては恥ずかしくなるほどの黒歴史の結集だ。
「……懐かしいなぁ」
甦る鮮明な記憶と、久しく聞いていないギルドメンバーたちの笑い声に、彼の口元がほころぶ。
「うげっ」
表情筋を久しぶりに動かしたせいで攣ってしまった情けない顔の筋肉を両手でほぐしていると、部屋の外で階段をドタドタと上がってくる音が聞こえてきた。
──親、ではないはずだ。
少なくとも最近になって杖を買おうかという算段をし始めた母ではないし、父は外気の汚染に由来する疾患によって走ることが出来ない。
なら誰か。
「姉ちゃん!?」
「そうだぞ愚弟!麗しきお姉ちゃんのご帰還だ。讃えろ!」
部屋の扉を派手に殴り開け、蛍光灯の安っぽい後光と共に無限の静謐を破壊した
その指には手のひら大ほどの大きさのカードが挟まれている。
「こっち帰ってくんなら連絡してくれりゃいいのに。……そんで、何その爆発してる髪。役作りの一環か何か?」
「黙れ小僧ぶっころす。あと今ちょっと時間惜しいからこれ読んで、聴いて、反応よろしく。アデュー」
「は?え?」
まるで手裏剣のように投擲されたそのカードを、彼はなんとか両手で掴む。
彼が驚いているのもつかのま、背中を向けた
「…………は?」
◇◇◇◇
『……こほん』
小さく可憐な咳払い。
この部屋にいるのは彼一人だが、魔法使い予備軍の成年男子の咳払いとは似ても似つかないものだ。
『……えー、こほん』
少しの空白の時間の後、もう一度小さな咳払い。
声の源は摩訶不思議な動く写真、嵐のように来て突風のように去っていった姉の置き土産。
『ペ……ペ、ペ……』
食い入るような目で見つめる彼が、悩みに悩んで魂を賭して造り上げた少女が、写真の中で、もじもじと指を所在なさげにしながら、ためらうように唇を動かす。
『……ペロロンチーノ様っ、私のこと、見てくれているでありんすか?』
──ペロロンチーノ。懐かしい名前だ。
彼がかつて翼を持ち矢をつがえていた頃の名前を、写真の中のシャルティアは呼ぶ。
──唇が言葉に同期している。
──表情がなめらかに移り変わっている。
──そもそもこの写真はなんなんだ。
気になるところはいくつもある。しかし彼の疑問点は、シャルティアが喋り、そして話しかけてくれるという興奮と感動の波がさらっていった。
『……ペロロンチーノ様がナザリックに最後に姿をお見せになってから、一千とんで五十二日が経過しんした。そのうちの一日たりとも──いいえ、今まで一秒だってペロロンチーノ様のことを忘れたことなどありんせん』
写真の中のシャルティアは笑顔だ。
作り笑いの下手な、見た目相応の年齢の、とり繕った笑顔。
『つま先から髪の毛の先、ドレスの装飾のリボン一つに至るまで、この身この血──全てペロロンチーノ様にお創り頂いたものでありんす。ペロロンチーノ様にかくあれかしと造られたわらわは、されど不敬にも今までずっと、ペロロンチーノ様に隠し事をしてありんした』
「……な──?」
なにを、という声が喉からもれる。
シャルティアの口から紡がれる次の言葉が待ち遠しくて、唾を飲み込む。
プログラムの集合体でしかない、ゲームのNPCからのメッセージをごく自然に受け入れているだけで正気の沙汰ではないだろうに、今の彼は、このシャルティアとなら会話すらできると感じていた。
『ペロロンチーノ様は、私をお創りになる際に
そこでいじいじとしていたシャルティアの口調が毅然としたものに代わり、その真摯な視線が彼と合う。
『私が一番に愛した人は、ペロロンチーノ様──御身でありんす。創られてから幾千日、ずっと、ずっと己が感情を騙しつつ仕えておりんしたが……言うならば今この時しかありんせん。私は、今までずっと御身をお慕い申しあげていたでありんす』
シャルティアはまくし立てるように言い切ると、元々白い肌をさらに青白くして頭を抱える。
『あぁ……言ってしまいんした……。身を盾にして散るべく創造された身でありながら創造主への恋心を打ち明けるなんて、とんだ不敬を!──アルベド、私の首を今すぐここで掻っ切ってくんなまし!』
『──ええ、わかったわ、シャルティア。すぐ楽にしてあげるわね』
『待て待て!お前たち、早まるな!これはペロロンチーノさんが見てるんだぞ!どんなショッキング映像にする気だよ!』
撮影されている視点がガタガタと揺らぎ、シャルティア以外の声が男女で聞こえた。そのうちの一つに、彼は心当たりがある。
『……あー、ペロロンチーノさん。シャルティアの邪魔してごめんなさい』
懐かしい声だ。思い起こすのはギルド一番の苦労人で、心優しい骸骨の王。
「モモンガさん……?」
『これを見てくれているということは、茶釜さんがペロロンチーノさんに渡してくれたってことだと思います』
映像の端に人の姿が映る。ごくごく平凡な容姿の、中肉中背の男だ。なんとなく顔色が良く健康そうに見える以外は、どこにでもいる社会人という印象。
男は名前を名乗らなかったが、その声と温厚そうな表情から、彼はアインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガその人であると確信できた。
『今から話すことは簡単には信じられないと思いますけど……。私たちのナザリックがリアルに来ました』
『ユグドラシルのサービス終了と同時にです。なんでこうなったのかは全く分かりませんけど。……それで、ギルドメンバーの皆さんに声をかけて回ろうって守護者たちと話してて。ペロロンチーノさん、生まれ変わった久しぶりのナザリックに、是非一度遊びに来てくれませんか?』
◇◇◇◇
「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様。シャルティア様がお見えです」
執務室の扉が小さく開き、ホムンクルスのメイドが朗々とした声で来訪者の存在を告げる。
「おおっ、待ってま……待ちわびたぞ。通せ」
もとより呼び出していたため、鈴木悟は用件を聞かずに入室許可を出す。
それを受けたメイドの手によって扉が開かれ、漆黒の令嬢が姿を見せる。
「失礼いたします、モモンガ様。第一階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン、お呼びと聞き及び御身のもとへ参りんした」
シャルティアはスカートをつまんで優雅に挨拶をすると、ちらりと部屋を天井まで見渡してから部屋の入口で立つ。
「シャルティアちゃん、こないだは転移の魔法ありがとね!んでもって相変わらず可愛いっ!美容の秘訣はなに?教えて教えて!」
「茶釜さん、落ち着いて下さい。──シャルティア、そう遠くては話もしづらい。もっと近くに寄るといい」
シャルティアは端正な眉をピクリとさせて僅かな──嫌悪感を表すときと似た何かをチラつかせると、軽く一礼をした。
「……それでは、お言葉にあまえさせていただくでありんす」
満面の笑みでシャルティアに飛びつこうとするぶくぶく茶釜──風浦久美を腕で押しとどめ、鈴木悟はシャルティアを執務机の前に立たせる。
「さて……シャルティアにとってはとても良い報告だ。といっても、ここに呼ばれた時点で想像はついているだろうがな」
「おおかた、予想はついてありんす。ついに、ということでありんしょうか」
「あぁ。──ペロロンチーノさんがナザリックに戻る日取りが決まった。そして、茶釜さんをアウラとマーレが迎えに行ったように、シャルティアにはペロロンチーノさんを迎えに行ってもらいたい」
「弟をよろしくね、シャルティアちゃん!」
シャルティアであれば飛び上がってガッツポーズくらいしてもおかしくはないだろうと考えていた鈴木悟だったが、思いのほか冷静で淡白な反応であることに多少驚く。
「承知致しんした。謹んで拝命しんす。……ところで、モモンガ様が白だと仰られれば血の色でさえ白くなるとわらわは心得ていんす。けれど──」
シャルティアの目がスッと細くなり、直後鈴木悟の視界からその姿が消える。
何が起きたか考える間もなく、爆風を伴って突進してきた紅い塊が、鈴木悟とぶくぶく茶釜との間を強引に裂いた。ぶくぶく茶釜は華麗な宙返りでシャルティアとの距離を取ると、変わらない笑顔でシャルティアに対峙する。
まるでぶくぶく茶釜から鈴木悟の身を守るように立つ完全装備のシャルティアに、鈴木悟は息を呑む。
「……あなたは誰?ぶくぶく茶釜様ではないわね」
「えっ、やだなぁシャルティアちゃん?何言ってるのかお姉さんわからないなー」
「黙れ。あなたからはぶくぶく茶釜様の気配を感じない。モモンガ様を欺いて何をしようとした?答えろ。でないとこの場で殺す」
広くない部屋でレベル100のシャルティアが全速を出したことで机の上の書類が吹き飛んでいることに、鈴木悟は乾いた笑いが出た。
「……あ、あー、すまない。シャルティア。悪かったな」
スポイトランスを突きつけてぶくぶく茶釜との距離を維持するシャルティアの肩に、鈴木悟はおそるおそる手を載せた。
「もうよい、パンドラズ・アクター。ご苦労だった」
鈴木悟がそう告げると、ぶくぶく茶釜の姿がその場で溶けていく。スライムのように変質したのち、やがて形を取り戻したその姿は、まるで軍人のような出で立ちの異形の影だった。
「ナザリックのシモべであれば気づかないはずが無いだろうとは思っておりましたが──」
何故か後ろを向いている異形──パンドラズ・アクターと呼ばれたそれは、両手で帽子のズレを細かく調整すると、マントを翻すキザな立ち振る舞いで鈴木悟とシャルティアへと向き直る。
「流石は第一階層守護者のシャルティア嬢。お部屋に入られた瞬間から私が偽物であると、──気付いておられましたね?」
「おぬしの気配はぶくぶく茶釜様というより、どちらかと言うとモモンガ様寄りでありんす。モモンガ様に変化されていたら少ぅしだけ迷ったかも知れないでありんすが」
シャルティアは得意げに説明をそこまですると、ふと思い出したように胡乱気な視線を異形へと送る。
「というか、どちら様でありんすか?モモンガ様はおぬしのことを知っているようだし、ナザリックのシモべだとは思いんすが……私の記憶にはパンドラズ・アクターなどという名前はありんせん」
シャルティアはスポイトランスを下げると、振り返って視線を鈴木悟へと向ける。
「……パンドラズ・アクターは私が制作した、宝物殿の領域守護者だ。普段は宝物殿に籠らせているから、シャルティアと面識がないのも仕方ないことだな」
「おおっ……御身の口から御紹介に与るとは恐縮にございます。ありがとうございます、我が創造主たる……──ッンモモンガ様ッ!」
変な方を向いて感激している無貌の怪物から距離を取るようにして、鈴木悟へと擦り寄ってくるシャルティアは、困った時にうかべる苦笑いをする。
「……そ、そうなのでありんしたか。道理で気配が似ていると思いんしたぇ。それにしてもなんというか、その……特徴的な守護者でありんすね」
「お褒め頂きありがとうございます、シャルティア嬢。私自身も、モモンガ様から賜りしこの口調や仕草はとても気に入っていましてね。実に優美だと我ながら思うのですよ。そしてこうして他の守護者の方にお褒め頂くというのも、モモンガ様が私を今回の任につけられてこそ──」
褒めてないと思うぞ。
鈴木悟は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ひとつ咳払い。
「……コホン。さて、本来ならパンドラズ・アクターは宝物殿から出ることはない、ナザリックの最後の番人として私が創造した守護者だ。しかし今回はペロロンチーノさんを迎えに行くという事の重要さ故に、お前の護衛として同行してもらう」
踵を揃えてカツンと鳴らすパンドラズ・アクターをチラリと見てから、シャルティアは長いまばたきの後に頭を下げた。
「……畏まりんした。モモンガ様の直接お作りになられた領域守護者をナザリックの外に動かすということはつまり、それほどの危険があるとお考えになっているということでありんしょうか?」
「別にそういうわけでは……いや」
首を横に振ろうとしてから、よく考えるとここで否定することに得がないことに鈴木悟は気づく。
警戒はしていればしているだけ良い。変に緩む方が危険だ。
「そうだ。そうだとも。それほどの大任であるということを自覚しておくと良い」
「しょ、承知致しんした、モモンガ様!必ずペロロンチーノ様をナザリックへとお連れして参りんす!……あぁ、愛しのペロロンチーノ様……今、御許に参りんす──えへ、うぇへへへ……」
ペロロンチーノに抱かれる妄想でも始めたのか、だらしなく口を開けて変な声を出すシャルティア。
しかしハッと何かに気づいたような素振りを見せると、一気にその目は精気を失っていく。
「も、モモンガ様……!もし、もしもペロロンチーノ様がわらわのことを受け入れて下さらなかったら、わらわはどうすればいいのでありんしょう!?」
「いや、それは無いな。きっとペロロンチーノさんも私と同じように、シャルティアのことを愛しているはず──」
シャルティアの萎れそうな言葉を反射的に否定してしまい、鈴木悟は思わず口を手で塞ぐ。
(……そうだ。シャルティアがペロロンチーノさんに抱いているのは、いわゆる恋愛感情と言われるもの。シャルティアからペロロンチーノさんに求めるものも、同じく恋愛感情のはず……。そこでペロロンチーノさんも俺と同じようにシャルティアのことを愛しているから大丈夫だー、なんて言ってもなんの慰めにもならないじゃないか!)
「ペロロンチーノ様も……モモンガ様と同じように……。ということは……」
鈴木悟の脳裏には、誰も得をせずシャルティアの心が傷つくだけの数秒後が浮かび上がっていた。
「あ、あー!!いや、違うぞーシャルティア。そういうことじゃない、違っ──」
「ンその通りですともっ!シャルティア嬢!」
鈴木悟がしどろもどろになりながらも否定しようとした矢先、部屋中に反響するようなパンドラズ・アクターの声高な肯定が、鈴木悟の言葉をかき消した。
(……えっ?)
「至高なる御方であらせられるモモンガ様が貴女を愛しているのと同じように、かのペロロンチーノ様も貴女のことを愛していらっしゃるでしょう。そしてそれは創造主と被造物、云わば親と子の関係!それは尊き、湧き止まぬ愛の根源!たとえ月日がどれほど経とうとも潰えることは有り得まない……そう、私は愚考致します」
まるで歌劇のような動きで愛を表現しようとするパンドラズ・アクターに、鈴木悟は「なんとか訂正しろ」という想いを込めた視線を送る。
(……創造主でも親でもなんでもいいから、言うこと聞いてくれ!)
それに対してパンドラズ・アクターは、深淵まで飲み込むようなその空洞のまなこをわずかに小さくし、すぐにその大きさを戻した。……片目だけ。
状況から考えるに、その仕草はまるで──
(いや、ウィンクなのか!?今の!種族的な問題で全然分からなかったけど、あれはウィンクなのか!?というか何!?俺に任せろってこと!?無理なんだけど、不安しかないんだけど!)
「ペロロンチーノ様ぁ……うぅっ……」
「しかし、です」
パンドラズ・アクターはそこでカツンと大きな音を立てて軍靴を鳴らすと、べそをかくシャルティアに背を向けて、その背を反るようなポーズをとる。
「ペロロンチーノ様と貴女に限りましては、例外かと思われますね」
「……どういうことでありんすか?」
「ペロロンチーノ様はナザリックでも随一とも言える愛の伝道師。であれば当然ながら、シャルティア嬢を創造される際に考えておられなかったはずはございません──道徳的でないからこそ燃え上がる、様々な愛の形を……!」
「……つまりはパンドラズ・アクター、おんしはその、ペロロンチーノ様は私を娘だと考えた上で近親そ──」
「はいストップ!悪いがお前たち、とりあえずここまでにしような!ペロロンチーノさんも待っているだろうからな!」
「は、はいでありんす。モモンガ様!」
シャルティアの背後で帽子の位置を整え、パンドラズ・アクターは一仕事おえたとばかりに頷く。
鈴木悟は冷や汗を背中で感じていた。
「……頼んだぞ、シャルティア。パンドラズ・アクターもよろしく頼む」
「謹んで拝命致します、モモンガ様。このパンドラズ・アクター、至高なる方々の御名に誓って、必ずや!必ずや、シャルティア嬢とペロロンチーノ様を無傷で!ナザリックへと帰還させてご覧にいれましょうッ!その暁にはペロロンチーノ様は我らナザリックの希望の四十一星の一つとして──」
「よしわかった。ならば行け」
「はっ!」
鈴木悟は二人を追い出すように見送ると、扉を閉めたホムンクルスのメイドと目が合った。
彼が薄く自嘲気味に笑うと、メイドも視線で返事を返してくる。
──お疲れ様でございます、と。