閻魔大王だって休みたい   作:Cr.M=かにかま

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五年だと!?
私がびっくりですよ! いい数字なので書いちゃいました!
五周年わーい!

※今までにないくらいの超蛇足な内容です!


五周年特別短編 〜未来へ繋ぐ招きの左手〜

 

–––誰かの声が聴こえる。

 

それはきっと今の自分の声ではない。

 

もっと先の時間から語りかけてくる声。

 

本来であれば聴こえるはずのない可能性の声。

 

何故このタイミングで語りかけられてきたかはわからない。

 

けれど何か重要な意味があるに違いない。

 

–––少し大人びた弟の声。

 

–––兄に対して何を語るのか。

 

 

 

来世と現世を巻き込んだ未曾有の大事件以来、特に大きな事件も起こることなく月日だけが経過している。

この天地の裁判所の復旧も完了し、秩序も少しずつではあるがかつての形に戻りつつあった。

 

雑務室という狭い世界に篭りっぱなしのヤマシロにとっては毎日変わり映えのしない日々を送っている。

今日に至るまで現世の問題ごとよりも来世、つまり天地の裁判所に勤める鬼たちであるヤマシロにとっての身内や部下に当たるものたちの問題の処理に追われていた。

現世と来世の境界は既に安定し、異常現象も片付き、彼女とのいざこざも一応は解決という形にはなっている。

 

あれから五年の月日が流れた。

依然として五代目閻魔大王ヤマシロは雑務をこなす日々に変わり映えはしない。 日常が淡々と続いてるのだ。

側近の鬼娘二人が問題を起こすわけでもなければ、馴染みの死神がひょっこりと現れるわけもなく、ペンガディラン図書館の面々に弟が巻き込まれてるわけでもない。

雲が流れ、現世から旅立った魂が立ち寄り天国、もしくは地獄行きの切符をこちらから判決し渡す。

 

変わらない日常、平和な日常のはずなのにヤマシロはどこか空虚だった。

 

「–––あんまり難しく考えんじゃないぞ、兄ちゃん。 世界の流れってのは案外単純さ」

「.....意外だな、お前が仕事中に話しかけてくるなんて」

「そんくらい兄ちゃんが危うく見えたもんでね、こっちとら世話焼きな性分なんだよ」

 

いつの間にやら住み着いた雑務室の物陰に潜むギョロ目。 どういった生物でどういった存在なのかは未だにわかっていない。

 

「そう、世界の流れなんて簡単さ。 それこそ堰き止めることも変えることだって容易い」

「.....」

 

「どうするかは兄ちゃん次第だが、間違った方向に進まないことだけは祈ってるよ。 兄ちゃんの正義を信じてそれが間違ってたとしても俺は止めることはできないだろうからな」

「.....敵わないな、あんたには」

 

フッと表情を緩ませる。

もしかしたら父もこんな気持ちだったのかもしれない。 変わることのない日々を退屈に感じ、何か大きな変化を求めた。 あり得る、あの短気な父ならあり得てしまうのが何とも言えない。

筆の走る速度が上がる。 少しだけ文字が汚くなるが、不特定多数の人物に読まれることはない。 いつもの面々に通じればそれでいいのだ、問題はない。 一通り作業を終わらせ、軽く伸びをしてヤマシロは煙管を片手に立ち上がる。

 

「ちょっと外の空気吸ってくるよ」

 

ギョロ目からの返事はなかった。

 

 

 

天地の裁判所。

この巨大な施設の大改修は三年前に終わり、かつての完全木造建築の姿はなく鉄筋コンクリートを入れた近代的モダン様式の構造へと変わった。

時代の流れと共に現世が変わるのであれば来世も変わる。 それが世の常であり、逆らうことのできない世界の流れだ。

 

道行く天地の裁判所勤めの鬼達、ヤマシロの部下に当たる者たちとすれ違い様挨拶をしながら当てもなく天地の裁判所五棟内を歩き回る。

 

「おッ、ヤマシロの坊主じャないの」

「赤夜さん」

 

珍しい男と遭遇してしまった。 人生の大半を睡眠で費やしてる最強の天邪鬼が裁判所内を闊歩しているのだ。

ヤマシロの記憶が正しければ、平欺赤夜が最後に起きてたのは五ヶ月前だったはず。

 

「お前、仕事はいいのか?」

「休憩ですよ。 さすがに雑務室に篭りっぱなしは身体に悪いのでね」

「.....ふゥん、それなら一杯付き合えよ。 あんたとは前からサシで話したいと思ッてたんだ」

「.....わかりました、お付き合いしましょう」

「お、ゴクヤマの野郎と違ッて物分りがいいじャねェか!」

 

そう言うや否や赤夜はヤマシロの肩に腕を回し、背中をバシバシと叩いてくる。 赤夜のおじちゃんに連れられて向かった場所はヤマシロですら知らない天地の裁判所の一室だった。

 

「.....こんな場所があったのか」

「オレ専用の部屋だ、寝心地もいいし一部の奴しか知らねェから雑務の催促に追われる心配もねェぞ」

「なにその素敵部屋」

 

平欺赤夜は上機嫌に酒を注ぎ始める。

蝋燭の火が静かに揺らめいてることからどこから風が入り込んできていることがわかる。

静かに乾杯をし、先に口を開いたのは赤夜だった。

 

「なァ、お前さんは閻魔大王いつまで続けるつもりでいるんだ?」

「.....?」

「何言ッてんだこのおッさんッて言いたげだな、オイ」

 

溜息を吐く赤夜は杯に追加の酒を注ぐ。 トクトクトク、と心地の良いリズムが部屋の中に響く。

 

「.....オレ自身閻魔大王のシステムについてはそんなに詳しくねェけどよ、ゴクヤマは早々に引退しやがッた」

「.....その節はどうも父がご迷惑お掛けしました」

「ンなに、寝る時間が増えたッてもんだ。 気にしちャいねェ」

 

ヤマシロの杯に赤夜が酒を注ぐ。

 

「まァ、あいつはお前がいたから引退できたんだろうよ。 だが、お前にャガキはいねェだろ? それどころか番い相手すら」

「赤夜さんもたしか独身だったような」

「オレに釣り合う女がいねェだけだ、そこんとこ勘違いすんなよ」

 

逆ギレである。

部屋の隅にある戸棚に手を伸ばし、スルメを皿に盛ってヤマシロと平欺赤夜の間に置く。 慣れた様子だ

 

「.....もしかして、親父もここに来て飲んでたんですか?」

「あァ、隗潼のやつもな」

 

道理で今まで知らなかったはずだ。

先代の天地の裁判所ヒエラルギーのスリートップが牛耳ってるのだから。

 

「で、どうなのよ?」

「.....続けれることなら続けますよ、まだやり残してることだってあるんですから」

「.....まァ、お前さんがそう言うならいいかァ」

「.....?」

 

くちゃくちゃと音を立てながらスルメを頬張る。

 

「あァ、そうだ。 ついでと言ッちャあれだが、少し道案内頼んでもいいか?」

「道案内?」

「.....まだ天狼の奴の墓参りに行けてねェんだ。 顔くらい出しておきたくてなァ」

 

 

 

かつてこの場所には酒呑童子の暮らす里があった。 今となっては更地に立つ二つの墓標が佇むのみ。

亡者や地獄に生息してる生物達もこの場所に辿り着くまでの険しい道であるために誰も近くことはない。

マグマによる大地の添削はより一層道中を厳しく険しいものへと変貌させていた。

 

しかし、そんなもの現役閻魔大王であるヤマシロ、史上最強と謳われる天邪鬼平夜赤夜には関係ない。

 

「もうそろそろで到着しますわ。 疲れたりしてないですか?」

「ハッ、誰に偉そォな口利いてやがる! こんなのウォーミングアップにもならねェよ!」

「それもそうっすね」

 

閻魔と鬼にかかればハイキングコースだ。

ヤマシロに至っては浮遊しているため地形は関係ない。

 

「一応仕事も増えてるだろうからさっさと戻りたいところですね、ペース上げますよ?」

「ドンとこいッ! つーか、帰りが遅れれば遅れるほど休憩時間増えちャうぜェ、ヤマシロォ」

「.....ぺ、ペース上げますよ!」

「真面目ちャんめ」

 

–––閻魔ッてのはこんなのばッかなのかねェ、と赤夜は苦笑いする。

 

一切休憩を挟むことなく、二人は時間にして20分ほどで目的の場所に到着する。 この二人だからこそ出せたタイムであって本来であれば片道一時間を要する距離である。

 

「赤夜さん、ここだ」

「あァ」

 

ヤマシロ自体来るのは久々ではない。

毎年彼の命日になると亜逗子、査逆、煉獄、ヤマクロを連れて墓参りに来ている。 その後、その場の流れで飲み会になってしまうのは酒呑童子の集落特有の雰囲気に呑まれてしまってのことなのか、彼に対する弔いが酒を飲み交わすことだと言い出した赤鬼が原因なのか今となっては定かではない。

 

「隣のは、たしか千里の野郎の娘のだッたか?」

「酒井田銀狐さん、仲が良かったって天狼さんが。 俺は会ったことないけど」

「.....そッか」

 

そう呟く赤夜の表情はどこか悲しげだった。

平欺赤夜の身の丈をちょっとばかし越える巨大な瓢箪を二つの墓標の前に置く。

 

「無銘酒ですまねェが、こういうのには慣れてなくてなァ。 仲良く飲んでくれや」

 

膝をついて手を合わせる赤夜に続いて、ヤマシロも手を合わせる。

果たして彼らは無事輪廻転生を果たしたのだろうか。 閻魔大王として多くの魂を導く者として特定の魂に執着するわけにいかない。

こうして上司であると同時に友人として手を合わせることしかできない。 死後の世界はここであるというのに、何ともおかしな話である。

 

「.....千里ィ、お前にも聴こえるか知らねェがよ、せめて娘は大切にしやがれ、馬鹿野郎がッ」

 

–––赤夜の声が震えていた、そんな気がした。

 

 

 

閻魔大王に休みはない。

赤夜はまだ残ると言ったため、ヤマシロ一人で裁判所まで飛んで戻った。

 

(あの人にも色々あるんだな)

 

あまり詮索するのは良くない。 普段寝てるだけの男にもそれなりの人付き合いはある。

ヤマシロよりも長く生きていれば尚更そうしたことが多いのであろう。

 

ヤマシロが雑務室に戻ると、昔馴染みの死神が何故か迎えてくれた。

 

「よォ、閻魔大王は今外出中だから俺が代わりに、って本人かよ」

「何してるんだよゼスト。 俺の代わりに仕事してくれてるなんてことはありえないし、本当に何してんだよ」

「.....なぁ、兄弟、もう少し俺に優しくしてくれていいんだぜ?」

 

項垂れるゼストをどかして、ヤマシロは座り慣れた椅子に座る。

ゼストの言葉と机の上に積み上がった書類を見るに、誰かがやって来て追加の仕事を持ってきたのだろう。

詳しいことは最近棲みついたギョロ目に聞けばいい、ゼストよりは信用できるだろう。

 

「じゃなくて! 兄弟! ちょっと相談があるんだよ!」

「なんだよ」

「畠斑さんところにもうすぐお子さんが産まれるらしいんだよ」

「そうなのか、そいつはめでたいな」

「だろ」

 

部下の喜びは上司の喜びである。

天地の裁判所の福利厚生システムは充実しており、現世からこちらにやって来る魂達から話を聞いて改装記念に本格的に実施することとなった。

 

「それで何か贈り物がしたくてさ、招き猫を考えてるんだよね」

「招き猫を?」

 

招き猫。

千客万来、一攫千金といった願いを込められて作られた商人の間で重宝されてるまじない品。 いわゆる呪具。

来世でも死神印の死者を招き入れる猫又がデザインされた小判の代わりに骸を持った招き猫は存在する。

 

「.....不吉じゃねぇのか?」

「いやいや、死神印のは渡さねぇよ!? そんくらいの常識は弁えてるし!」

「なら、いいけど」

 

ホッと一息、何故昔馴染みにここまで疑われてしまうのか甚だ疑問である。

 

「子供さんの福を招くって意味でな、名前はまだ決まってないらしいけど決まったら俺が書く予定だ」

「だから現世で書道教室に通ってたのか」

「子供かぁ、俺に子供ができたらレイって名前がいいな」

 

無邪気な笑みを浮かべながらゼストはまだ見ぬ自分の子供に想いを馳せる。 まずは相手を見つけることが先決なのではとヤマシロは思うが、あえて何も言わないことにした。

 

「兄弟は縁談話とか結構あるみたいだけど、いい人は見つからない感じ? ていうか六代目誕生はいつになりそう?」

「まだまだ現役するつもりだよ、親父の引退よりも早い段階で引退とか記録更新したくねぇ」

「張り合うなよ」

 

ため息を漏らすヤマシロはやれやれといった様子で書類に手をつけ始める。

慣れたものだが、量が量であるため少しでも減らしたほうがいいと判断した。 幸い、ゼストの話に付き合いながらでも作業をするのはお手の物だ。

仕方なくゼストの話を聞きながら雑務を進めることにする。

 

「それでさ、こっちの招き猫じゃ変な力が働きそうだから現世産のモンを買ってきたんだけどさ、見当たらないんだ」

「管理不足なんじゃないのか?」

「影の中に収納しておいたんだぞ、俺以外に取り出しはできねぇ」

 

正直ヤマシロには死神の能力には詳しくない。

 

「そういうものなのか?」

「そういうモンなんだ」

 

天井から身を影に収めながら最近伸ばし始めたという髪を床に向けながら話す。 態勢が怖い、本人曰くどうなら血は上らないらしい。

 

「で、考えうる場所は全部回ったんだけど客観的な意見が欲しいわけよ」

「お前が行きそうな場所を俺が言っていけと?」

「さすが兄弟、話がわかるぜ!」

「その前にお前が行った場所にもう一回行って確かめてこいよ、それこそ一回行った場所で見落としてる可能性だってあるんだからよ」

「ん、一理あるね」

 

書類に目を落としてるヤマシロは気がつかなかった。

–––ゼストがニヤリと怪しげな笑みを浮かべたことに。

 

「俺はこの書類済まさなきゃいけねぇから、とりあえずおま」

 

「よし、まずはここだ!」

「.....お前さぁ、ヒトを巻き込むのもいい加減にしろよ」

 

気づいた時には物陰喫茶[MEIDO]の資材倉庫だった。

裁判所改装の際に冷蔵室を導入したことをよく覚えてる、目の前に冷蔵室の扉があるため間違いないだろう。

 

「まぁまぁ、だから移動が一瞬で済むように影の中に兄弟を入れたろ?」

「お前にとっては普通かもしれねぇが、俺はまだ慣れてねぇんだよ!!」

 

常日頃から影に潜ってるやつが言うもんだからタチが悪い。

ヤマシロにそんな能力はないため、慣れないのは当然である。

 

「現世の食糧を持ってきてここに来たのが昨日だ」

「.....あとでドラゴンソーダ奢れ、それでチャラだ」

「はいよ、閻魔様」

 

なんやかんやで捜索に協力してくれる義兄弟の返答に喜ぶ死神。

ゼストは一通り探した、それでも見つけれなかった。 考えられるパターンとしてはここにはないか、ゼストが見落としているか、誰かに持っていかれてしまったかの三パターン。

 

「結構冷えるな」

「わかる」

 

冷蔵室からわずかに漏れてる冷気は資材倉庫内に広がっている。 裁判所の外は溶岩の広がる地獄、太陽の化身八咫烏の生存適正温度なのだ。

人工的に冷やしているとはいえ、倉庫外との気温差は明白である。

 

「.....ないな」

「だな、じゃあ次の心当たりに行ってもいいか?」

「その前にドラゴンソーダ」

「へーい」

 

閻魔大王、約束事はしっかりと守り守らせる男である。

 

資材倉庫から影を伝って外に移動し、正面に回ってから店に入る。

 

「いらっしゃいませ、あ、閻魔様! お疲れ様ッス!」

「おう、笹雅君席は空いてる?」

「もちろんっすよ! こちらへどうぞ!」

 

案内された席に座り、ドラゴンソーダを注文する。

 

「ゼストは?」

「俺はいい」

 

ドラゴンソーダが届くまで暇なので店内を改めて見渡す。

五年前に比べ、来客は増え内装も随分と明るくなった。 ここから眺める地獄の景色は絶景で、地獄側の壁面は全てガラス張りとなっている。

時折噴火する火山も風情がある。 心地良いクラシック音楽が店内を駆け巡っており、入り口の戸棚の上には見事な招き猫が飾られている。

 

「.....ん?」

 

そこでゼストが動きを止めた。

 

「あった」

 

どうやら探し物は見つかったようだ。

しかし、あれが本当にゼストの失くしたものかどうか確かめければならない。

 

「間違いないと思うんだけどなぁ」

「なんか特徴ないのかよ、それか目印というか」

「裏面に五の漢数字が彫ってある」

 

たしかめるために招き猫を手元に持ってこないといけない。 スタッフに一声かけようと思ったが、肝心のスタッフがフロアにいない。

笹雅も注文を取ってからまだ裏から出てくる様子はない。

 

いくら閻魔大王といえど客目のあるところで堂々と店の置物かもしれないものを黙って触ろうなんて思えない。

早いところ確認して雑務作業に戻りたいがための焦燥感がヤマシロの判断能力を鈍らせていく。

 

「とりあえず俺見てくるわ」

「待て! 堂々と盗みはマズイ!」

「どうした兄弟!?」

 

–––堂々と店のもの(かもしれない)ものに手を出そうとしてる昔馴染みの肩を全力で掴んでいた。

五年前に比べヤマシロは強くなった。 脳波がヒトより上手く扱えないなら、地力を鍛えればいいじゃないということで雑務の合間に筋トレを欠かさず行ってきた賜物である。

現世でぶらぶらと遊び歩いてるゼストとの力の差ができたのは必然的である。

 

「落ち着け、一旦落ち着けゼスト」

「落ち着くのは兄弟だろ!? どうしたんだ、お前なんでよくわかんないテンションになってんの!?」

 

「–––お待たせしました! ドラゴンソーダになります!」

 

「ちょっといいか!?」

「は、はいぃ!?」

「落ち着けっての!」

 

天地の裁判所最高責任者である五代目閻魔大王が鬼気迫る表情でウェイトレスさんに迫る、翌日の号外にでもなりそうな一場面だったがゼストが諌めたことにより、大事にはならなかった。 ドラゴンソーダも無事ヤマシロの元に届いた。

 

「あの招き猫、ですか?」

「あれをちょっと調べたいんだけど持ってきてもらってもいい?」

「構いません、けど。 .....今まであんなのあったかしら??」

 

わざわざ仕事を中断してまで二本角を生やしたウェイトレスさんに招き猫を取ってきてもらった。 少し高い位置にあったため、背伸びしてやっと届いたようでぴょんぴょん飛び跳ねる様子が店内を和ませたのは内緒である。

 

「どうだ?」

「これだ、俺の買ったやつは。 ちゃんと小判の代わりに赤子を抱いてるし」

「こだわりすぎだろ」

 

たしかに招き猫の裏面には漢数字の五が彫られている。 書かれているのではない、彫られているのだ。

ヤマシロはドラゴンソーダを飲みながら首を傾げる。

 

「つーか、お子さんの名前はどこに書くつもりだったんだよ」

「この赤子のおでこあたりにでも」

「ちっせ」

 

目的を済ませ喫茶店を後にして、とりあえず雑務室に戻ることにした。

 

「–––少しお待ちくださいませ」

 

が、二人の前に立ち塞がる人物がいた。

 

「あんたは、店長の荒井さん!」

「その招き猫はうちの商売繁盛、現世支部店出店の足掛かりのまじない品、いくら閻魔様でも店長のこの俺に無断の持ち出しはやめていただきたい!」

「元々あんたのじゃないけどな」

 

まるで食い逃げ犯に迫るような気迫。

世界を救った二人でも足が竦むような圧が場を支配する。

 

「荒井さん、申し訳ねぇがこいつは俺の大切な仲間の出産祝いに渡すモンなんだ。 退いてくれないか?」

「ゼストさん、残念だ。 あんたとは仲良くしていきたかったんだが」

 

「–––どうやら、お互い退くことはできない信念があるみてぇだ」

 

「–––道が違えば商売敵、俺の夢の邪魔は誰にもさせぬ!」

 

バチバチバチバチ、と二人から発せられた闘気が激突する。

店内にいた者たちが野次馬根性を見せて三人の近くに群がってくる。

 

「おい、ゼスト、真淵も落ち着け!」

 

「–––兄弟! ここは俺に任せて先に行け! 招き猫を頼む!」

 

「お前それこの場面で言うことじゃないだろ!? 他に言うのに相応しい場面あるだろ!!?」

 

ヤマシロの声は届かない。

ゼストと荒井真淵の拳はぶつかり合い、激しく応酬し合う。

 

荒井真淵、本来戦闘に関してはド素人であるため喫茶店の経営者になったはずなのだが、何故かゼストと渡り合っている。

これが商人魂というやつなのだろうか。

 

–––これ以上面倒になる前にヤマシロは招き猫を抱えてその場を後にしたのだった。

 

 

 

「.....持ってきちまったけど、どうしようこれ」

 

雑務室の机の上に鎮座する招き猫を見ながら頭を抱える。

さっさとゼストに返して雑務を片付けなければならないというのにあるだけで落ち着かない。 部下である畠斑瑶代夫妻の第二子出産、そのことはヤマシロの耳にも届いていたが、いかんせん他のことに気を取られすぎていた。

 

仕事が忙しいとはいえ、部下の祝福もまともに祝うことが難しい状態になってしまうとは。 上司としてあるまじき行為だ。

煙管を吹かせていると、コンコンと扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼します閻魔様」

 

雑務室に入ってきたのは大量の書類を持った枡崎だった。

 

「.....その紙束はなんだ?」

「えっと、非常に申し上げにくいのですが亜逗子様のあれこれですね」

「あれこれってなんだよ、あの馬鹿」

 

側近が迷惑しか掛けない件について。

 

「私もお手伝いします」

「いつも悪いな」

「いえ、ところでこちらの物は?」

「あぁ、ゼストの奴が持ってきた招き猫だ。 なりゆきで仕方なく預かってる」

「....死神の」

 

枡崎仁、彼はあまり死神に対して友好的ではない。 彼の父親が昔死神に騙されて汚職を被らされたとか、雑務中にそんな話を聞いたことがある。

 

「処分しておきましょうか?」

「やめてくれ、一応正式な贈り物になるんだ」

 

後でゼストに何を言われるかわかったものでもないしな。

 

枡崎はヤマシロの側近である赤鬼と青鬼より仕事ができてしまうのが困りものである。 特に書類関係に関しては枡崎が手伝ってくれるのもあって大変助かってる。

自分の仕事も裁判所の仕事もあるというのに彼には感謝するしかない。

 

「あ、閻魔様。 こちらの書類ですが先ほどのと重複致しますのでこちらで片しておきますね」

「サンキュー」

 

超がつくほど優秀だ。

 

滞りなく雑務は進み、書類の山も半分ほど片付いた。 作業中にも関わらず枡崎が書類を外に運んでくれたお陰でさらに効率よく作業は進むことになった。

コンコン、と来客が現れたのは枡崎が戻ってきたすぐのことである。

 

「はい」

「待たせたな兄弟! 招き猫は無事か!?」

「別に待ってねぇ、招き猫は無事だ」

 

返事も待たずに入ってきた。 めっちゃボロボロである。

ゼストの後ろには平欺赤夜の姿があった。

 

「あれ、赤夜さん戻ってたんですか?」

「あァ、ついさッきな。 そこで死神坊主とバカが暴れてんの見たから殴ッといた」

「あの赤夜さんがいい仕事してるだと!?」

 

ゼストの頭にできた大きなたんこぶはそれが原因のようだ。

ヤマシロ、ゼスト、枡崎、赤夜と珍しい面子が雑務室に揃った。 ギョロ目は身を潜めていて声も出してない、まぁ、そもそもこの作品の登場人物ですらない。

 

「それで、赤夜さんはどうしてここに?」

「何、礼でもしようと思ッてな。 てか、それは招き猫ッてやつか?」

「そうです、あんたが今抱えてる馬鹿の所有物です」

 

赤夜は難色を示すような、難しい表情を浮かべた。

 

「.....あまりいい話は聞かないブツだな」

「え、そうなんですか?」

「あァ、現世じャどうか知らんが時空間の所在が曖昧なこの世界じャ良からぬものも呼び寄せることだッてあり得る」

「だってよゼスト」

「.....でもよぉ、俺はこれを畠斑さんのお子さんの祝いによぉ」

「やめとけ。 まじないの力が薄いとはいえ、多少の願掛けや力ッてのは小さくても作用するもんだ。 妙な霊魂呼び寄せて赤ん坊に乗り移るなんてこともあり得んだぞ」

「そのお話、興味深いですね」

 

そういえば枡崎は呪いやまじないの類を研究していたとかなんとか。

 

「んー、せっかくだけど今回は、いや、でも今回限りだからなぁ」

「まぁ、お前の好きにしろよ。 俺は関係ないし」

 

少し雑務室は賑やかになったが、作業の手自体は緩めてない。 滞りなく進んでいる。

 

「赤夜さん」

「ンー?」

「.....さっき飲んでた時に話してたことですけど、俺にはまだ先のことなんてわかんないですし、六代目も考えてないです。 でも、今はこの日常を守っていきたい、そう思えます」

「.....そーか」

 

赤夜は少し笑っただけで何も返さなかった。

 

 

 

「んー、こんなものか」

 

雑務が終わり、伸びをした後に外の空気を浴びようと天地の裁判所の屋上テラスへと足を運んだ。

 

–––時空間の来訪者、招き猫のまじない。

 

ヤマシロが描く未来、現状を維持するための力と能力。

 

そう、すべてなんの問題もない。

 

–––だってヤマシロ、僕の兄はきちんと未来を守れてるのだから。

 

「.....ご主人様?」

「もう大丈夫だよ。 行こうレイ、現世に」

 

大人になった少年は笑みを浮かべる。

小さな少女と共に向かうは現世、あり得ない事態の解決。

 

–––この問題を解決できるのは僕だけだ。

 

世界は今日も回り続ける。

 

それが例えヤマシロ達の知らぬところで何が起こっていようとも。

 

招き猫が招くは望まざる来客。

 

–––閻魔大王の休めぬ日々は今日も続いていく。




これからもよろしくお願いします!!

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