日本国召喚の二次創作   作:magnet

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忍び寄る影

 『・・・・・・・ュ―スをお届けします。最初のニュースです。周辺国に対し、侵攻を繰り返してきた第三文明圏の列強、パーパルディア皇国が、フェン王国の攻略に失敗し、派遣軍は事実上壊滅致しました。今回の戦闘により、パーパルディアは、海上総戦力の実に三分の一を失った模様です。パーパルディアを退けたのは、東の果てにある文明圏外の二国家、フェンと日本の二ヶ国連合です。どのような兵器を使用したかは不明ですが、今回のパーパルディアの敗戦は、第三文明圏の情勢に、大きな影響を与えると考えられています。変わって次のニュースです。グラ・バルカス帝国、通称〈第八帝国〉は、・・・・・・・・』

 

 

 魔信を聞いたクロアは跳ね起きる。

 

 耳を疑う。

 

 何が起こっているのだ、と。

 

 「おい、ロキア、聞いたか今の。」

 

 「何だぁ、休みぐらい普通に寝かしてくれよぉ。」

 

 「皇国が、フェンで敗戦した。」

 

 「なっ・・・・・・」

 

 ロキアと呼ばれた青年の開いた口は塞がらない。皇国が敗ける様な軍隊を派遣した訳ではない事を此の二人は良く理解している。特に、二人の出身の属領クーズは其の力を身を以て知らされた上に敗戦し、植民地となっている。

 

 とは言え、二人は未だ若い名も無き軍人。

 

 貴重な休日を犠牲にしない為にも、二人はデュロの街に遊びに行った。

 

 しかし、属領出身の二人にとって暗い何かを心の奥底に抱かせ続けるには十分であった。

 

 皇軍は、敗けた。

 

 此の事は大きく刻みつけられたままだった。

 

 

 

 約三か月後。

 

 春も曙。

 

 傷は掘り返される。

 

 いつもの魔導士キャンディー氏のCMが急遽として緊急音によって遮られる。

 

 『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします!番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします!』

 

 クロアとロキアの二人は跳ね起きる。アナウンサーの声は鬼気迫っている。

 

 『第三文明圏の列強国、パーパルディア皇国が占拠していたアルタラス島で武装蜂起があり、元アルタラス王国軍と見られる武装勢力がパーパルディア皇国アルタラス統治機構を打倒、独立を宣言いたしました。アルタラス島に進駐していたパーパルディア皇国軍は全滅に近い被害を受け、パーパルディア皇国アルタラス統治機構は、武装勢力に降伏しています。今回のアルタラス王国の再独立に先立ち、日本国が、ルミエス元王女を君主としたアルタラス王国正統政府の承認を呼び掛ける声明を発表しており、専門家の間では、武装蜂起についても日本国の関与が考えられると指摘されています。繰り返します・・・・・・・・・』

 

 「おい、聞いたかクロア・・・・・・・・・」

 

 「ああ・・・・・・・・・・」

 

 クロアは言葉を反芻している。

 

 三か月前、彼とロキアは魔信を聞いた後、酒場の店主に聞くところ、同じ第三文明圏のマーズ王国からも絶叫に近い魔信があったと聞く。

 

 亡国の王女、ルミエスの物である。

 

 『・・・・・・・・・であり、現在、我が国はパーパルディア皇国によって、不法に占拠されています。よって、アルタラス王国は日本国内において、臨時政府を置き、私ルミエスを長として、ここにアルタラス王国の正統政府を宣言いたします。』

 

 『我が国アルタラス王国と日本国は、安全保障条約の締結に向け、話し合いを進めています。パーパルディア皇国は、ただちにアルタラス王国から撤退しなさい。さすれば、無益な殺生はいたしません。』

 

 『アルタラスの民よ!私の声が聞こえているなら、〈その刻〉に向けて準備をするのです!!我が国の民なら誰でもわかる方法で、〈その刻〉を知らせましょう。』

 

 そして其れは今、現実となった。

 

 詳細によると、皇国の全艦隊の三分の一は全滅に近い被害を出し、フェンに揚げた陸上戦力の大部分は消滅した。

 

 彼女は今や、元ではない本物の王女である。

 

 クーズと同じ様に一人の例外を除いて王族皆殺しの為、いずれは女王となるのであろう。

 

 そして未来の女王はこうも言ったらしい。

 

 『パーパルディア皇国の支配に苦しんでいる人々よ!!フェン王国に攻め込んだパーパルディア皇国軍は、本日、日本とフェン王国の二ヶ国連合に敗れました!列強パーパルディア皇国軍は確かに強い。しかし、最強ではありません!!負けない訳ではないのです!!時期が訪れれば、あなた方の〈力〉が必要となるでしょう。今は準備をしていただけませんか!!』

 

 ・・・・・・・・と。

 

 ・・・・・・・・・クーズ。

 

 彼の胸には傷口から深い何かが込み上げてくるような感覚を掴む。

 

 衝動が、彼を突き動かす。

 

 「おいロキア、行くぞ!!」

 

 「行くって、何処へ?!」

 

 クロアはロキアの手を引き、デュロの皇国陸軍基地のワイバーンロードの竜舎に駆け込む。

 

 人がいない絶好のチャンスである。

 

 「早く跨がれっ!行くぞっ!!」

 

 「行くってどこへだよ!」

 

 人気の無い静まり返る滑走路を加速する。

 

 地べたに描かれた遠大な魔法陣がワイバーンロードの飛翔力を加速させ、遂に二人を乗せたまま其の爪を大地から離す。

 

 空の向こうへ、東へ東へ。

 

 属領出身の二人は駆け上って行った。

 

 

 

 二人がデュロからワイバーンロードを引き連れて姿を眩ませた事が基地を騒がせてる頃、日本国の渡島半島と五大都市札幌の間にある余市警備所からは一隻の船が出港していた。

 

 海上自衛隊大湊地方隊所属、ミサイル艇『わかたか』である。

 

 哨戒機が西方の、旧日本国海上のガハラ神国を迂回して猛スピードで突っ込んでくる何かを捉えたのである。

 

 恐らく、周辺国には付近海域を戦場になる事は通告してあるので、パーパルディア皇国のワイバーンロードであるかと予想される。

 

 しかし、単騎なのだ。

 

 基地は大部隊が来る前の斥候かもしれないと予想が立てたが、待てども暮らせども東部の艦隊も出港していると言う報せは無い。

 

 兎にも角にも、撃ち落とす事となった。

 

 『わかたか』は海を行く。

 

 

 

 遠く向こうに、霧に包まれた島影らしき物がポツリと見え始めて来る。

 

 「おいクロア!どこに向かってんだよ!!」

 

 「分からないのか。日本国とやらだよ。」

 

 ロキアは絶句する。少なくとも今彼らは、敵国の領分を侵そうとしている。

 

 いくら属領民とは言えど。

 

 「おい!引き返せっ!!死にたいのか!!」

 

 「今逃したらクーズは絶対独立できないっ!!行って、向こうの王様に何とか掛け合って、支援してもらうんだ!」

 

 「そう言う事じゃないっ!!正気かお前!?相手は皇軍相手にほぼ殲滅戦をやってのける様な化け物だぞ!?いくら皇国のワイバーンロードとは言え、撃墜されるのが関の山だ!」

 

 「其の為に此れを持って来たんだっ!!」

 

 クロアはロキアに軍用の高性能の魔信を差し出す。

 

 「日本の騎か船が見えたら其れで呼びかけるんだ!其れで保護してもらえっ!!」

 

 「!!いくら離反者、しかもクーズの元王子とは言え、そんな簡単に行く筈が―――」

 

 「ルミエス王女、―――いや、ルミエス女王はいずれ他の属領にも独立をさせる様な発言をしている!少なくとも魔信で其れを話せば撃墜されないっ!!傀儡政権を作るには『元王子』何て言うのは好都合な材料だからなっ!!」

 

 「文明圏外だぞっ!?魔信持ってるのかよ!?」

 

 「魔信は今や何処にだってありふれている!其れに、皇軍を叩きのめすような強国の日本が高性能の魔信を持ってない筈が無いっ!!」

 

 クロアの此の予想は若干外れていた。

 

 日本に魔法は無いのである。

 

 よって高性能の魔信も無いのだ。

 

 其れは後に二人に悲劇をもたらす事になる。

 

 

 

 『わかたか』内部では既に未確認飛行体の撃墜を止む無しとしていた。

 

 此のまま航行を許せば大都市札幌に被害が出かねない。

 

 近付く飛行体に向けてFCSは攻撃目標を定める。

 

 艦前部に設置されている62口径76ミリ単装速射砲が、既に其の砲身をもたげている。

 

 狙った獲物は、逃さない。

 

 電子制御は少なくとも、此の第三文明圏のあるフィルアデス大陸に敵を持ってはいなかった。

 

 「撃ちぃ方始め。」

 

 合図と共に、砲術士は未確認の飛行体に其の砲弾を撃ち込んだ。

 

 

 

 「おいっ、下で今何かひかっ―――」

 

 次の瞬間、二人は爆炎の中を彷徨う。

 

 放り出される。

 

 「なっ、何がっ―――」

 

 落ち行く二人に辛うじて見えたのは、飛散するワイバーンロードの首、手、足―――。

 

 悲鳴を聞いた覚えも、上げる暇も二人には無かった。

 

 宙を二人は返る。

 

 一転して海洋に見えたのは、灰色の艦が奇形の砲を一門、かつてワイバーンロードが飛行していた方向に向けて構えている姿であった。

 

 「なっ!まさかあんな所から・・・・・・・・・。」

 

 クロアは絶句する。遥か真下から高速移動する物体に的確に砲を命中させるなど、皇国の戦列艦を以てしても不可能だ。

 

 しかし、其れをやってのけた―――常識外の日本の戦力を前に、落下を続行しながらもクロアは戦慄し、中々自分が今落ちている事に感覚が回っていなかった。

 

 ロキアの叫びが彼を現況に引き戻す。

 

 「クロアっ!!このままじゃ俺達も狙われるぞっ!!」

 

 「着水態勢を取るんだっ!そうすれば速く海に潜れるっ!!」

 

 下に向けて手を伸ばそうとしたまさに其の時、突風が二人を巻き上げる。

 

 二人は更に東へと吹きつけられて行った。

 

 渡島半島はもう目前に迫り始めていた。

 

 

 

 艦橋で目視確認を行っていた要員が、青い顔をしてCICに駆け込んで来る。

 

 「どうした。」

 

 「・・・・・・・取り逃がしました。」

 

 「んなっ!!」

 

 青さは艇長にも感染する。

 

 「ばっ、馬鹿なっ!当たらなかったのか?避けたと?」

 

 「いえ、ワイバーンロード自体は撃墜したらしかったのですが・・・・・・・・・当たり所が悪かったらしく・・・・・・・・」

 

 要は当たったのは良いものの、乗員は爆風で吹き飛ばし狩りきれなかったのである。

 

 其の後、二人の乗員は風に吹き飛ばされて東の方へ流された事を知る。

 

 「た、大変な事になった・・・・・・・・・。」

 

 万が一、魔法でテロ行為など行われたら―――艇長の脳裏には、大都市札幌の中心で白昼堂々と爆破テロを行われると言う最悪の事態を想定し、一気に血が逆流する。

 

 事の次第は至急本部に伝達され、海自、海保を挙げての夜通しの大捜索を行われる事になる。

 

 また、陸上では自衛隊や警察に動員が掛かり、北海道では一時ひと騒ぎする次第となった。

 

 

 

 丁度其の頃、日本の南にある新大陸では植民が進んでいた。

 

 転移以降、『文明圏』と呼ばれる三つの大陸以外にも多くの大陸や島々が見つかっている。

 

 其の内、無人の大陸を発見し現在に至るのであるが、周辺国に領有者がいないのを確認し、日本政府が植民を行っている大陸も存在する。

 

 此処、『ベルアデス大陸』も代表的な植民地の一つである。

 

 新大陸開発に乗り出す者、先の戦争、ロデニウス統一戦争で村を失い、森を焼かれたロデニウス大陸のエルフたち等が主な植民者となっている。

 

 其の内の一人、茅森は一本の電話を受け取った。

 

 「もしもし。」

 

 『お元気?』

 

 電話の相手は本国の積年の友人の水澤である。

 

 「丁度良い。話したい事があったんだ。」

 

 『こっちもそうなんだけどね。そう言えば、パーパルディアとの戦争は知ってるでしょ?』

 

 「ああ知ってる。何かあったのか?まさかパーパルディア如きに東京大空襲なぞ不可能だろう?」

 

 『いや、そうじゃなくて北海道の方。』

 

 「何?里がどうかしたのか?」

 

 此の二人の出身は北海道であった。

 

 『パーパルディア皇国兵がどうも上陸したらしくてね、街をひっくり返して大騒ぎしてるんだそうだよ。』

 

 「どうやって侵入したんだ、そいつらは・・・・・・・・・・」

 

 『海自が仕留め損ねたらしいね。札幌は今、大騒ぎしてますよ。鬼ごっこ楽しそ―。行って確かめて来てくれません?』

 

 「俺はごめんだな。」

 

 彼は読書机から立ち上がり、笑いつつ窓の外の海を眺める。

 

 『そうですか。ではそちらの方は他の人に頼むとしませう。』

 

 「まあ分かった。どうせ明後日には一旦本国に帰るから、こっちからも一つ頼んでいいか?」

 

 『何おう?』

 

 電話からは問いの声が聞こえて来る。

 

 「実を言うとだな、俺がお前のも含めて新大陸の所領経営をぼちぼちやってのんびり暮らしているのは知っての通りだと思うんだがな。」

 

 『はい。』

 

 「お前、アニュンリール皇国と言うのを知ってるか?」

 

 『?聞いた事はありますね。クワ・トイネの軍人さんに聞いたのですけど、文明圏外の大国だとか。』

 

 「聞いた事があるなら話は早いのだが、あそこは神聖ミリシアル帝国とやらと比べてどうなんだ?」

 

 『パーパルディアにすら劣ると言う話でしたが・・・・・・・・・・其れこそ、ロデニウスレベルだと。』

 

 「・・・・・・・・・・本当なのか?」

 

 『ええ。』

 

 「・・・・・・・・・実を言うとだな、南方の商人からある品を買ったのが事の始まりなんだ。」

 

 『はあ。』

 

 「『呪いの首飾り』と言う魔獣制御用の道具を買ったんだが、其の製造元と言うのがアニュンリール皇国だったらしくてな。海上で其の領土のすぐ近くまで接近して、本土にドローンを揚げてみようと思ったんだな。」

 

 『あそこは鎖国中でしたっけね。ブシュパカ・ラタン以外では取引不可能だった筈です。』

 

 「で、暫くドローンを航行してみたんだが何も無い。そう思って引き返そうと思ってたんだが、引き返し際にとんでもない物が映ってだな・・・・・・・・。」

 

 『何が?』

 

 彼は写真を間違っていないか、もう一度見直す。

 

 「あのだな、・・・・・・・アニュンリール皇国がもしロデニウス大陸と同レベルだとしたら帆船が妥当な所だろ?だがな、映ってたのは鉄製の艦、しかも超弩級に値する戦艦だったんだよ・・・・・・・・。」

 

 電話の向こうからは懐疑で首がメキメキと折れて行く音が聞こえる。

 

 『・・・・・・・・・んな馬鹿な。所詮は文明圏外の大国ですよ?そんな訳が・・・・・・・・・・・。』

 

 「お前、大分中央世界の考え方に毒されつつあるな。考えても見ろ。大国が自身の文明圏以外に、大した興味も持たない世界なのに鎖国する国なんて隠したい事があるからに決まってんだろうが。」

 

 『・・・・・・・・・確かに。其れで、如何しろと。』

 

 「お前、確かムーに行くんだろ?」

 

 『ええ。大学の方で、出張みたいな感じで。』

 

 「其処で調べて来てくれんか?多分、此の世界に来てからムーは長いと思うから、何らかの認識があると思うんだ。」

 

 『其れは怪しいですね、・・・・・・・・・第一、ミリシアルのレベルに入ってるんだったらムーは既に其の事をお上に知らせているでしょう。其れが無いという事は、あれだと思いますけどね。』

 

 「頼まれてくれるな?あんなのが近海をうろつき回ったとしたら、折角の石油プラントもパーだ。其の関係で入れ代わり立ち代わりに俺は本国に陳情しに行く。」

 

 『・・・・・・・・・了解。しかし、厄介な国が近くにあったものですねえ。』

 

 「全くだ。」

 

 電話が切れる。

 

 彼は再び海と、其れと彼との間にある大陸の地に目を向ける。

 

 窓の外では、『ギムの悲劇』を逃れたエルフ族達が彼の所領で作物を耕している。

 

 唯、のんびりとした風景であった。

 

 

 

 結局のところ、北海道を逃げ回った二人のパーパルディア皇国兵は間も無く海岸の洞穴の中で確保された。

 

 彼等は連行され、東京でクーズ人の捕虜と引き合わせられ、身元が漸く確認される。

 

 同時に、戦争中のパーパルディアには重大な材料の一つとされた為、日本の庇護下に収められる事となった。

 

 彼等は都内に部屋を宛がわれ、暫くの間其処で過ごす羽目となった。

 

 「・・・・・・・・・凄いな。」

 

 「ああ・・・・・・・・・・・。」

 

 彼等は高層マンションの窓辺に寄る。

 

 窓一面に果てない建造物群が並ぶ。都市に抱かれる様にして、幾つもの大きな緑地帯が見える。其の向こうには、彼らが宛がわれている部屋と同じくらい、いや、其れ以上にも及ぶ高層ビル群が建ち並んでいる。それらは彼らが皇国で見る事は決してなかったものであった。

 

 日の暮れるに従って燦然と輝く都市が、日本の隔絶した、絶大なる国力を物語る。

 

 「なあ、ロキア、俺の判断は合ってたのか・・・・・・・・・?」

 

 「どうしてそんなに不安そうな顔をする?此れだけの国ならパーパルディアに負ける筈無いだろ。」

 

 クロアは独立以降の事を心配しているのだった。クロアが予想する以上に日本の国力は大きい。凄まじい。

 

 下手をすると、文明圏など比じゃないかもしれない。

 

 いずれにせよ、独立したら日本の属国にならざるを得ないかもしれない。

 

 しかも、話に聞けば此の国も皇帝の国、寧ろそうならない方がおかしい。

 

 ルミエス王女は一体どうだったのだろうか。

 

 一抹の不安がクロアの内心を捉えて放さないのだった。

 

 

 

 早朝、既に水澤はムーへと向かうプロペラ機に乗り込もうとしていた。

 

 電話が鳴る。

 

 「はい、もしもし。」

 

 『済みません、外務省の柳田と申しますが。』

 

 「ああ、柳田さん。如何いたしましたか?」

 

 二人は新世界に於ける資源の輸出入に関して面識を持っていた。

 

 水澤は若干大学生であるが、茅森と同じ様に新大陸や島に所領を沢山手に入れており、其処から大量の魔石や石油と言った資源を採掘していた。

 

 魔石の大部分は魔法の使えない本国ではなく、未だ国交の無い中央世界の神聖ミリシアル帝国やムー大陸、ロデニウス大陸、其れこそ絶賛戦争中のパーパルディア皇国のあるフィルアデス大陸等の諸国に輸出されている。

 

 茅森や水澤が国交も未だ無い中央世界に詳しいのは其の為であった。生来の趣味もあり、新世界から沢山の書籍を掻き集めているせいでもある。

 

 『実は、少しご相談したい事がございましてね。』

 

 「はい。」

 

 『北海道を騒がせたパーパルディア皇国兵の話はご存知だったでしょうか。』

 

 「はい、地元です故羨ましいな、と。」

 

 『羨ましい?』

 

 「あ、こっちの話ですので。」

 

 『其れでですね、何とか確保はしたんですがね、其の二人はパーパルディアの属領のクーズの出身、しかも元王子だと申しておりまして。しかも、フェンの戦いでの捕虜に奇跡的に元クーズ人がいて、確認も取れたんです。』

 

 「クーズ・・・・・聞いた事ありますね。確か良質な魔石鉱山のあるところでせう?」

 

 『貴方が御存知かどうかは知りませんが、―――我が国はパーパルディア皇国から植民地解放を行おうとしているのですが。』

 

 「なっ・・・・・・・・。」

 

 第三世界にも取引の相手がいる水澤にとっては其れが皇国の解体、引いては皇国の『実質的な死』を意味している事をたちどころに理解する。

 

 パーパルディアは解放されたアルタラスも含めて計73ヶ国の属領によって構成され、尚且つ皇国の製造業や食料生産は大部分を其の属領に押し付けているからである。

 

 此の水澤と言う青年、普段は極めて保守的な人間であるが、たちどころに此の会話の危険性を理解する。

 

 「柳田さん、此れは過剰防衛とすら言い兼ねない物じゃありませんか・・・・・・・・・?幾ら何でもフェンの虐殺があったとは言え、・・・・・・・・・・下手したら憲法に抵触しかねない。私だって報復は山々ですが、此れは最早、皇国解体等と言うのは防衛の枠を超えている気が致します。若し私がマスコミに此の事をだべってしまったら・・・・・・・・・・・。」

 

 『貴方ならそんな事は為さらないと思いましてね。』

 

 「・・・・・・・・・」

 

 見抜かれていた。

 

 資本家となった青年は腹を括り、柳田、もとい外務省の片棒を担ぐ事になる。

 

 「・・・・・・・・・・分かりました。乗り掛かった舟です、どうなるか分かった物じゃありませんが可能であればお引き受け致します。」

 

 『有難うございます。』

 

 電話の奥ではホッと息を吐く声が聞こえる。

 

 「で、結局私は何を引き受けるので?」

 

 『件の皇国兵にはいずれ、クーズ王国を再建してもらう事となるのですが、彼らのバックアップをお願いしたいのです。其れこそ、魔石つながりで突出して新世界とつながりの強い貴方にしかお頼み出来ないので・・・・・・・・・・。』

 

 「現地に独立運動家とかはいないんですか?彼らと合流させるのが主眼になりますね。」

 

 『恐らくそうなるかと。現地にも適宜貴方の『伝手』で資金の横流しや、―――可能なら武器も、―――ああ、此れは絶対秘密ですよ。此れをすっぱ抜かれたら戦争どころの話じゃなくなるかもしれませんので。』

 

 「分かっています。」

 

 最終的に、此の水澤と茅森は『新世界技術流出防止法』に適用されないコンパウンド・ボウと言う、此の世界に有らざる近代の強力な矢を第三文明圏の文明国、リーム王国を仲介として反乱軍に与える事で属領に負ける筈の無い皇国兵を『アルーニの戦い』で敗北に追い込むのである。

 

 柳田と水澤は未だ脆弱な属領の反乱予備軍への支援を決する。

 

 『では水澤さん、件の事、頼みましたよ。』

 

 「私は暫く日本を留守にするので茅森が担当する事になります。また、茅森からアニュンリール皇国についてご相談もありますので、其の点も宜しく。」

 

 『アニュンリール?了解しました。戦中なので、お気を付けて。』

 

 電話は切れる。

 

 彼は再び茅森に電話を入れて後の事を押し付けて、自分は優雅にムーへの長旅へと向かって行った。

 

 

 

 仕事を押し付けられた事に不平を残しつつも、茅森は船を乗り継ぎながら植民地『ベルアデス大陸』から東京へと向かっていた。

 

 ロデニウス近海。

 

 漁船を一回り大きくしたくらいの船のヘリから、彼と付き人としてついて来たエルフのルーシャと並んで蠢く海原を眺めていた。

 

 「・・・・・・・・・・相変わらず慣れませんね、機械動力船と言うのは。」

 

 「酔ったか?」

 

 「いえ、慣れないだけです。」

 

 茅森は笑いつつも聞き直す。

 

 「其れで、本当にお前たちはアニュンリールについて何も知らないんだな?」

 

 「ええ。そう言えば、長老が生きていた頃に、『魔獣使い発祥の地』とは言っていたかもしれません。」

 

 「やはり其れだけか・・・・・・・・。」

 

 ルーシャもロデニウスのギム近郊の出身である。

 

 茅森は沈思黙考する。傾げた頭の中ではアニュンリール皇国に対する疑念が、右脳を左脳を脳幹をと飛び交っていた。

 

 彼等は極めて慎重に、尚且つ団結して何かを隠しているのは確かであった。

 

 特に、初期型の超弩級戦艦は彼に暗い疑念を思い抱かせるには十分である。

 

 若しや、話に聞く『ラヴァーナル帝国』の残党か?

 

 彼はかぶりを振る。

 

 星の裏側には大山脈があり、其れが内海を造りだしていると聞いた彼と水澤は、其処こそが神によって星を落とされた古の魔法帝国の跡地、クレーターと見ていた。

 

 「なあルーシャ、『魔獣制御』って言うのは高魔力がひつよ―――」

 

 彼の言葉は其処で静止した。

 

 彼は海中をじっと見つめて離さない。

 

 「どうしましたか?何かいるんです?」

 

 ルーシャも海中を見つめ、固まる。

 

 「なあルーシャ、・・・・・・・」

 

 「はい・・・・・・・・」

 

 「此の世界にはあんな魚、いるか?」

 

 「いえ。」

 

 彼等は海中に黒いソーセージの様な、細長い何かが隣を尾けている事に漸く気付く。

 

 ぶっちゃけ茅森に言わせれば、其れこそまさに戦間期から第二次大戦の間に動いていた大日本帝国の潜水艦其の物であった。

 

 彼は操舵室に慌てて駆け込む。

 

 中は静まり返っていた。

 

 「・・・・・・・・・状況は理解しているな。」

 

 「ええ。つい三十分程前からずっと、傍に並行していて・・・・・・・・・・まさか、パーパルディアですか?」

 

 悲壮な声で船長は茅森に尋ねる。

 

 答えは求められていないが。

 

 「いや、恐らくはアニュンリールの可能性があるな・・・・・・・・・取敢えず艦長、全速前進してくれ。恐らく嫌がらせだろう。心臓に悪いから早く行ってくれ。」

 

 「わ、分かりました。」

 

 船が飛ばすと、レーダーからは徐々に消えて行った。

 

 彼は船外のルーシャの下に戻る。

 

 「お前確か俺よりは目が良い筈だな?潜水艦はどうなってる?」

 

 「センスイカンと言うんですか、あの鋼鉄の魚は・・・・・・・・・さっきまで触角に付いた目を上げていましたけど、あの鉄魚も西の方へと引き返し始めましたよ。」

 

 「そうか、良かった・・・・・・・・・・。」

 

 しかし、アニュンリール皇国の奴らは何を考えてるんだ?―――此の疑念は彼の奥底に残ったままだった。

 

 

 

 其の頃、潜水艦『ネメシス』はロデニウス近海を西方へと抜けていた。

 

 「艦長、目で見て漸く気付くとは流石蛮族ですな。」

 

 「うむ・・・・・・・・。」

 

 しかし、艦長は先程まで見ていた船が尋常じゃない速度で東方へと抜けて行ったのを思い返していた。

 

 あの速度に加速、いくら小さいとは言え、帝国のエンジンより優秀なのか?―――彼の抱いた疑問は部下の言葉に一蹴される。

 

 「目視でしか気付けないとは、いやはや蛮族と言うのは本当に哀れですな。」

 

 「ああ、まあ、そうか。」

 

 まさか東の蛮族如きが高性能な機関を有している筈が無い。―――彼は口の中で微小にそう呟き、言葉の実体を舐めて確かめる。

 

 彼等はフィルアデス大陸から見て中央世界を挟み、更にムーの西方へと転移した〈第八帝国〉ことグラ・バルカス帝国に所属する潜水艦であった。

 

 同じ純粋な機械文明国家の転移が東にあり、尚且つ其の国が戦闘を行うに当たって彼らの調査を命じられていた。

 

 だが、日本が予想以上にフェン、アルタラスと飛び石作戦をしてしまった為、彼らは追いつけないでいた。

 

 今回もアルタラスの戦闘を報告することはならず、基地に戻れば情報局からお説教があるのは目に見えているので艦長は溜息を吐かざるを得ない。

 

 しかし、燃料も限界である。此れ以上ロデニウス近海に留まれば、燃料切れになって身動きが取れない。

 

 西方へ、西方へと彼らも抜けて行った。

 

 其の上空を、プロペラ機が空高く、華麗に優雅に抜けて行った。

 

 青空には白い雲が広がっている。

 

 

 

 乗り継ぎと途中の中央世界での宿泊を経て、ようやっとの事ムーに到着した水澤。

 

 現地大学生との会合もそこそこに、ムー首都オタハイト随一と言われる書店で飛び回っていた。

 

 目的は当然、植民地の茅森に本国での業務を押し付けた引き換えである、アニュンリール皇国についての調査である。

 

 結果として、彼は行き詰まっていた。

 

 途中宿泊した神聖ミリシアル帝国の書店でも現地の酒場でも、碌にアニュンリールの情報は得られない。

 

 逆に言えば、極めて不可解な情報も其処から得られている。

 

 アニュンリールはいずれの世界会議にも帆船の艦隊で遥々出席している。

 

 『いずれの』、である。

 

 時間軸関係無く、である。

 

 明らかに何十年も、百年も前の会議にも同じ帆船で出席している。

 

 彼は、此の世界に於ける『世界会議』には、各国の自慢の艦隊が護衛として派遣されるのを神聖ミリシアルの港湾管理者から聞いて知っている。

 

 しかし、アニュンリール皇国の船には進歩が無い。

 

 過去も今も不便な帆船のままなのだ。此処ムーの艦隊には空母が加わったり、其れこそ最近は『ラ・カサミ級戦艦』と言う、日本で言えば記念艦三笠に匹敵する船が加わっている。

 

 要は、進化しているのだ。

 

 しかし、其れがアニュンリールにはない。おかしい。

 

 水澤は茅森の直感と写真が正しいと感じ始める。

 

 其れと同時に、此の世界の危機感の欠如とでも言う物にも疑念を抱き始める。

 

 神聖ミリシアル帝国で寄った酒場には、其れこそ千鳥足で酔っ払っていたミリシアルの軍人もいたのだが、アニュンリール皇国なぞ『文明圏外』の一言で片付けてしまっていた。

 

 何が、起こっている。

 

 水澤は調べ続ける。

 

 「取敢えずは歴史書が必要かな・・・・・・・・・・・・。」

 

 結果として、財力に物を言わせて本を買い込み過ぎ、飛行機が貨載ギリギリになってしまった事で引率の教授に殴られ、そしてお説教される羽目になった。

 

 

 

 外務省に呼ばれたクロアとロキアの二人はある人物と顔を合わせていた。

 

 「・・・・・・・・・・・此方の方が今後あなた方の支援を行って下さる、茅森さんです。」

 

 「どうも。」

 

 二人は目を剥いていた。同世代であり、とても支援者に相応しい力を持っている様には見えなかったからだ。

 

 しかし、彼は分かり易い肩書を示す。

 

 立ち上がり、名刺を両手で渡す。

 

 其処には、『大日本総商』会長と書かれていたが、当然彼らは日本の文字は読めないので其の隣に書かれている現地語の方を読む。

 

 「商会の会長さん・・・・・・・・?お若いのですね。」

 

 「南方にある『ベルアデス大陸』植民地で魔石鉱山を運営していましてね。」

 

 此処に来て二人は漸く理解に至る。

 

 魔石取引の商会の長ならば、確実にフィルアデス大陸にも伝手があるからだ。

 

 また、クーズは魔石でかつて潤った国である。彼が今後、独立実現以降の日本政府の代弁者となるのだろう。

 

 「今は此処にいないのですが、帰国次第友人の『帝国商事』会長の水澤と言うのも加わります。こいつもまた、魔石を採掘しています。どうか以降、お願い致します。」

 

 「はっ、はい。」

 

 「では、現在のクーズの現地事情についてに御説明致しますが・・・・・・・・・・」

 

 話はトントン拍子に進んで行く。

 

 

 

 二人を茅森の差し向けた黒塗りの高級車で赤坂の高層マンションへと返した後、部屋には柳田と茅森の二人が取り残される。

 

 「柳田さん・・・・・・でしたな。水澤が世話になっております。」

 

 「ああ、はい、此方こそ今回はこの様な形で御迷惑をお掛けしてしまって。」

 

 「いや、其れでですね、水澤からは貴方の事を『新世界の国家を直接担当する事が多い』と聞いたのですが、どうです、アニュンリール皇国と言うのは御存知になってますか。接触はありませんで?」

 

 「名前は聞いた事がありますね。何でも、文明圏外の大国だとか。」

 

 「此の写真、見て頂けませんかね。」

 

 彼は一枚の写真を柳田に差し出す。

 

 「なっ!!此れは・・・・・・・・・・・」

 

 「此れが果たして文明圏外と言えるんですか?」

 

 写真には堂々たる超弩級戦艦が写っていた。

 

 「此れを一体何処で?」

 

 「ああー・・・・・・南方の海域でドローンを運用していたら流されましてね、気が付いたらアニュンリール皇国の領域だったんですよ。」

 

 「そんな、・・・・・・・・・・では此れは、アニュンリール皇国の戦艦だと?ムーは兎も角として、西方には未だ未接触のグラ・バルカス帝国があるのですが・・・・・・・・・。」

 

 「此れは独自に俺が商人伝いに手に入れた〈魔写〉と言う物です。」

 

 別の写真の様な物を見せる。

 

 「良くご覧下さい、旗が違います。神聖ミリシアル帝国の物も一応検討したのですが、全く違いましてな・・・・・・・・・。」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「こんな物が付近の海域をうろつき回っていては、果たして安心して石油の確保が出来ると思いますか?」

 

 「本国に戻って来たのは若しかすると・・・・・・・・・・」

 

 「陳情に来たのです。今は予算もまあまあ潤沢ですし、何とかベルアデス植民地に艦隊を新設出来ないか防衛省に掛け合いに。」

 

 「・・・・・・・・・・分かりました。此れは一応上にも上げさせて頂きます。」

 

 しかし、此れは戦争で大忙しなので暫く棚上げされる事となった。

 

 フェン事変から始まったパーパルディアとの戦争が、未だ、続いている。

 

 

 

 三か月後、運命の日が訪れる。

 

 クロアとロキアはあの日と同じ様にけたたましく響く魔信の声で目を醒ます。

 

 『・・・・・・・・・番組の途中ですが、臨時ニュースをお知らせします!先日戴冠式を終えたアルタラス王国のルミエス女王が、全世界に向けて、緊急記者会見を行った演説映像が届きました!』

 

 魔信では埒が明かないと思ったのか、クロアが即時の判断で使い方を覚えた機械魔信―――テレビの電源を入れる。

 

 同じ様に画面が騒然としていた。

 

 映されているのは恐らく、アルタラスの王都であるル・ブリアスの王城、アテノール城の大広間だろう。二人は何回も其処でルミエスが冠を載せる姿をテレビを通じて魅せられ続けていた。

 

 改めてよく見ると、気品のある美しい女性である。

 

 『今から行う発表は、当事国の日本の了解を得ております』

 

 透き通った綺麗な声である。人混みの大広間をスラリと通って行くのが画面上でも感じられる。

 

 『今月六日、アルタラス王国とパーパルディア皇国を結ぶ海域で、日本国とパーパルディア皇国の海戦が行われました』

 

 漸く、戦争の行く末が見えて来た。

 

 二人は気付かぬ内にゴクリと唾をのむ。

 

 『この海戦に、日本国は海上自衛隊護衛艦隊20隻を投入。一方、パーパルディア皇国は主力戦列艦及び竜母艦隊約六百隻を投入いたしました』

 

 ロキアの喉がヒュッ、と鳴る。日本の国力は否応無く其の身に叩き込まれているものの、あまりに数が多い。果たして日本は勝てたのだろうか?

 

 結果。

 

 結局の所。

 

 結果として。

 

 『結果、日本国の被害はゼロです。一隻の撃沈も無く、一隻の被弾すらなく、一人の死者も出ていません。対するパーパルディア皇国は約五百五十隻が撃沈され、残りの五十隻は敗走。この戦いをもって、パーパルディア皇国海軍はほぼ全滅いたしました。加えて、皇国海軍本部も消失し、バルス海将が死亡したと言う報告を伺いました。』

 

 「マジかよ・・・・・・・・・・。」

 

 「あのバルスが・・・・・・・・」

 

 沿岸部の属領民にとっては〈皇国の剣〉として恐れられ、忌み嫌われたパーパルディア皇国海軍の海将。

 

 彼等は絶大なる日本の軍事力の前に、呆気に取られる。

 

 しかも戦力比三十倍と言う相手を、片手を振り上げただけで叩き潰してしまってる様なものだ。その上で敵将の首までくびり取り、あまつさえ指揮能力すら壊滅させている。

 

 悪魔的な程の強さである。

 

 『また、これに先立ち、日本国はパーパルディア皇国本土の陸軍基地、皇都防衛隊を空から攻撃し、全滅させました。なお、この両攻撃には、我が国の基地が使用されています。これがどういうことか、皆さんにもおわかりかと思います』

 

 「・・・・・・・・アルタラスの女王様は日本の皇帝陛下と同盟を結べたんだな・・・・・・・・・・・・。」

 

 「もう、パーパルディアは手出し出来ねえぞ、二度と。」

 

 ルミエスのミスリードに引っ掛かったのは、一人や二人ではなかっただろう。

 

 演説は続く。

 

 『皇都防衛隊陸軍基地と海軍本部の消失。現在、エストシラントは丸裸です。この損失を埋めるため、各属領から属領統治軍の引き上げが行われているという情報を得ています』

 

 チャンスだ―――二人は目を合わせる。

 

 女王は更に声を張り上げる。

 

 『パーパルディア皇国の統治に苦しんできた人々よ!今が動くときです!!第三文明圏の、闇の時代の終わりを告げる太陽が、天高く昇っています!!闇を打ち払う光を味方につけ、輝かしき安寧と未来を勝ち取るのは、あなたたちです!!今こそ力を合わせ、自分たちの国を!!自由と平和、そして何よりも、誇りに満ちた自分たちの国を取り戻すのです!!』

 

 『パーパルディア皇国よりも、日本国の軍のほうが強いことは、今回の戦いで明らかとなりました!!皇国は愚かにも、日本に宣戦布告しています!そして彼らは、日本には勝てない!!』

 

 『ともに戦うのです!!そしてパーパルディアを倒そうではありませんか!!あなた方が自分の国を取り戻すという行為そのものが、この戦いを大きく左右します。驕り高ぶった巨人の足元を打ち崩すため、戦うのです!!皇国が海軍という半身を失った今なら、勝つことができるでしょう!!属領を虐げてきた彼らは、列強の座から転落します。アルタラス王国も、日本国を全力で支援することを、ここに宣言します!!』

 

 現地の報道陣がざわつき始める。

 

 最早クーズの独立どころの話じゃない。

 

 皇国が、崩れる。

 

 二人は圧巻の演説を前にして、茅森からの電話を完全に無視してしまっていた。

 

 茅森たちも動き出す。

 

 

 

 二人は演説後十分ぐらいして、漸く茅森の電話に気が着いた。

 

 差し回された黒塗りの高級車が二人を連れて来たのは、いつも会談や折衝を第三文明圏やムーと行っていた外務省庁舎ではなく、気品ある佇まいのどことなく日本風の香りのする近代的建物であった。

 

 二人には邸宅の様に見える此の建物は『飯倉別館』と言い、普段は首脳会談や外相会談に用いられて来たところであった。

 

 案内されるがままに入ると、其処では並べられた椅子と談話する人々がいた。

 

 内、何名かは誰がどう見てもアルタラス人である。彼らの民族衣装をまとっている。

 

 茅森が近づいて来る。

 

 「どうもどうも。急に失礼しました。呼びつけるような形になってしまい、申し訳無い限りです。」

 

 「いえ・・・・・・・・・あの、日本国はお強いですね。」

 

 一瞬、茅森は疑問顔をするが、理解し直したかのように「ああ、そうですね」と何気なく呟いた。

 

 「そんな事よりクロア殿、・・・・・・いや、殿下、面白い事になっておりますよ。」

 

 彼は着席を促す。

 

 レジュメが配られる。

 

 題にはこうある。

 

 『アルタラス王国を起点とした対パーパルディア独立戦争を行う連合への加入について』とある。

 

 クロアもロキアも必死になって読み落ちる。

 

 「殿下、此れは確実に重要な事です。此の連合にはいずれほぼ全て、いや、七十三あった皇国の属領の全てが加入するでしょう。最後まで戦ったと言う事実は、戦後のクーズの外交にとって確実に有利に働きます。そして尚且つ、」

 

 茅森はレジュメのど真ん中を指す。

 

 「此の外交声明には、あなた方がクーズ王国の亡命政府として認められている。正式に、です。」

 

 クロアとロキアは驚きの顔を上げる。

 

 茅森は笑って答える。

 

 「今までの努力の甲斐がありましたな。各国の大使や要人と顔を合わせた事が、今此処に来て豊満な果実となっている。ルミエス女王陛下の発表後、女王陛下御自身も含めてすぐにあなた方をクーズの正統政府と認める声明を寄越しています。しかも、」

 

 茅森はある紙を取り出す。

 

 「大国中の大国、ムーからもです。」

 

 二人は喜びと驚愕がゴタ混ぜとなり、目が回っていた。

 

 水澤がスーツ姿で駆けて来る。

 

 「遅くなって申し訳無い、殿下、閣下。此れから調印なんですがね、其の後諸々の会合を行いつつ四時には記者会見する事になったのですけど、詳細はこんな感じで。」

 

 水澤は幾つかの文書を与える。

 

 「此れは・・・・・・・・演説文?」

 

 「そう。しかも、『独立完了』した後の、ね。」

 

 水澤は経緯を話す。

 

 「今さっき現地から魔信が入ったんだけど、向こうで午後三時には反乱が起こるらしくてね。」

 

 二人は唖然とする。話はもうそこまで進んでいたのだ。

 

 「長くとも三十分あれば非武装の統治機構なんて陥落するから、陥落直後に此れを発表してクーズ正統政府の存在を向こうにも知らせる事にした訳なんです。尚且つ、戦勝国としてのクーズを宣言して頂きます。」

 

 「せ、戦勝国って・・・・・・・・」

 

 「アルタラスとの連合を組む事の正式な宣言です。しかも七十二ある属領の内の中で、最初に。」

 

 話は水面下で一気に動いていた事を身に沁みてクロアとロキアの二人は感じる。

 

 周りの人間達が次々と着席し始めている。

 

 茅森は言う。

 

 「クロア殿、ロキア殿、もうここからは貴殿らは単なるクーズ人独立運動家等ではなく、れっきとしたクーズ亡命政権の政府首班であらせられる『王子殿下』と、其の最高輔弼者である『補佐官閣下』となられる。お若いあなた方には暫し申し訳無いが、其の体を保って頂きたい。」

 

 茅森や水澤の方が未だ若干若いのは置いておくとして、二人の顔つきはガラリと変わる。

 

 覚悟は済んでいた様だ。

 

 最後に水澤が付け足す。

 

 「申し忘れておりましたが殿下、今後即位するまでの間、外交文書に調印する際は名前の前に『クーズ王子』を付け加えて頂きます。以降、御了承下さい。」

 

 最後に水澤が席に着くと同時に、在日アルタラス臨時大使との会談が始まった。

 

 

 

 中央暦1640年8月22日。

 

 午後四時。

 

 丁度、皇宮パラディス城大会議室でパーパルディア皇帝ルディアスが玉座の上で、「お、・・・・・・・おのれぇぇぇぇぇぇ!!!」と怒りの言葉を吐き出す事しか出来ないでいる其の頃。

 

 かつての属領クーズでは、統治機構が〈クーズ王国再建軍〉の手により壊滅させられていた。

 

 

 クーズ王国再建軍軍長であるハキはかつての統治機構でひっ捕らえられた統治長官を筆頭とする職員たちを見張っており、一つの山を越えてポカーンとしていた。

 

 口汚く罵っている統治長官の言葉も、独立へ駆り立てた亡霊を蘇らせるには驚く程力が無かった。

 

 実感が無いのかもしれない。

 

 「おい!!ハキ!!凄い事になってるぞ!ちょっとこっちまで降りてこい!!」

 

 何だ何だと思って下に降りてみると、統治機構に置いてあった魔信がえらく荘厳な情景を描き出している。

 

 「済まん、俺にも見せてくれ。」

 

 人々と同じ様に、折り重なる様にして小さな水晶の画面に見入る。

 

 『・・・・・・・・・・であるからにして、今此処にクーズの独立と自由の回復を宣言させて頂きます。また、我々はアルタラス王国と意を共にし、『連合』を形成し、最後の最後まで此の戦争に於いて日本国を支援し、パーパルディアに独立を認めさせる事を、私、クーズ王子クロアの名を持って宣言します。』

 

 「おい!此れ今どこでやってんだっ!?」

 

 「あの日本国の首都らしいぜ。其れにほら、王子が生きてたんだ!」

 

 部屋にいるクーズ人は皆、涙を流す。

 

 クーズ王族はかつて、一人の幼子を除いて壊滅させられ、そして其の一人も連れ去られた。

 

 植民地にはよくある事で、洗脳教育をしたり、人質にしたり、または娼館に払い下げるなどして見せしめにする為である。

 

 さしずめ、パーパルディアの今回の場合は自らの兵員にし、いずれは属領統治軍に配属して其の手で同じクーズ人を屠らせようとしたのだろう。其の手段が実行された場合有効で、少なくともクーズ人の独立勢力を二つに裂いたり意気消沈させるには打ってつけの役割である。

 

 日本国さえ現れなければ、其れを実行に移す事も可能だったのであるが。

 

 演説が終わる。

 

 現地に飛んだ神聖ミリシアルのアナウンサーが息せき切った様に言う。

 

 『今回の独立や、亡命政権の樹立に関しては、どうも日本国があちこちで関与しているらしく、情報が錯綜しております。また、今回の独立宣言は既に大国ムーが承認済みとの情報もあり、此方は在日本ムー大使館より確認が取れております。第三文明圏のリーム王国などによる承認も続き、いずれ第三文明圏はパーパルディア皇国を除く全ての国が承認するものと思われます。』

 

 「凄い・・・・・・・俺達の独立を、列強ムーが・・・・・・・・・・・。」

 

 「世界が俺達を国として認め始めてるんだ・・・・・・・・・・・。」

 

 漸くハキやイキアにも実感が湧きつつある。

 

 クーズは独立した。

 

 此の感覚が水が流れ落ちるかの様に、体内に注ぎ込まれるのをハキは注意深く感じ取り、何としてでも此の独立を奪わせてはならぬ様、今度はクーズの守り手としての意を強く固め王子の帰還を待つ事となる。

 

 

 

 会見後、記者会見による正式発表で疲れ切った二人は飯倉別館の割り当てられた部屋に茅森と水澤を引き連れて戻る。

 

 すると其処には、やけに神妙にした顔の柳田を始めとした幾人かの官僚や自衛官が席に着いて二人を待っていた。

 

 全員立ち上がり、二人に礼をする。

 

 「殿下、記者会見お疲れ様でございました。」

 

 「いや、此方こそ全て事前に用意して頂いて恐縮です。」

 

 「お疲れのところ申し訳無いのですが、此処に於いてクーズ独立の最終フェーズへの移行を御説明させて頂きたいと思います。お席にお着き下さいまし。」

 

 水澤がレーザーポインターを片手に立ち上がる。

 

 フッと室内は照明が落とされる。

 

 「我々、私や茅森を始めとした臨時政府支持者は、クーズ独立にあたり現地情報などを集めている際、リーム王国は御存知になられていると思われますが、かの国が此の数か月日本から随分と輸入を行っている事を知りました。彼等は既にフェンの戦いの時点で皇国へ戦争を仕掛ける機会を伺っていたようです。」

 

 一同は驚愕する。

 

 「元々そう言うハイエナ的な評判が絶えない国です。寧ろ、此の時代の国家としては至極まともな感性を持っています。此れを利用しない訳には行かないと思った我々は、陰ながら独自にリーム王国に軍資金を援助したり技術開発思想を供与したりしていました。そして、今此れは最終段階に入ろうとしています。」

 

 彼は図表やグラフを示し、一堂に向き直る。

 

 「直接的になりますが、我々は彼らに武器輸出を行います。」

 

 「ちょっと宜しいでしょうか?」

 

 自衛官が手を上げる。

 

 「はい。」

 

 「武器は『新世界技術流出防止法』によって真っ先に輸出禁止目録に載せられている物の一つでしょう?」

 

 「其の意見は至極真っ当ですが、抜け道がございます。」

 

 再び画面が変わる。

 

 映されたのは、ロデニウス大陸で使用されている弓矢よりも遥かにごつい其れであった。

 

 「此れは俗に『コンパウンド・ボウ』と呼ばれる物です。和名は化学弓ですね。名称の通り、使われているのは合成化学や複合材料を駆使して作られている物になります。当然、此の世界に現存する中では、弓矢としては最も強いものの一つです。多分。」

 

 「たかが弓矢でしょう?其れこそ、某少年名探偵漫画では何度となく小道具としてボウガンが用いられてますけど、実際にパーパルディア皇国兵と戦える程の力はあるんですか?」

 

 「弦は合成繊維、両端に滑車が付いております。此の弓によって引き出される矢は材料の柔軟性と強靭性を活かし、至極早く、通常の矢を超える速度で撃ち出します。至近距離で射る場合、哺乳類生物の殆どは貫通出来るレベルです。また、フェン王国で回収したリントヴルムと言う地竜の皮膚で試してみましたが、十分に貫通し皮下の肉に突き刺さる事を確認しています。」

 

 自衛官は自らの予想を遥かに超えるレベルの実力に対し、暫し絶句する。

 

 柳田が手を上げる。

 

 「水澤さん、ちょっと待って欲しい。そんなに強力な物を輸出するとして、本当に大丈夫なんですか?悪用される可能性が・・・・・・・・・・。」

 

 「其れは此方で確認済みです。コンパウンド・ボウは第三文明圏では製造が不可能です。材質はもとい、滑車部分が製造不可能なのです。これ等の物は、独立間もない旧パーパルディア属領国家群に対して武器を供与する条件で輸出致しました。」

 

 水澤は実際に現地にスパイを送り込み、リーム王国の兵器研究所をしっかりと監視下に置いていた。

 

 「ですので、此方側としては我が国や第三文明圏がおかしくならない程度に部品を輸出する事で対応します。また、既にリーム王国には現地商人を介して今回の皇国侵略資金を捻出しておりますゆえ、都合が悪くなれば資金回収を名目に恫喝致します。且つ、此の資金提供によって皇国への本格的なワイバーン部隊派遣を確約させています。また、」

 

 画面が切り替わる。

 

 「既にリーム王国では初期の複合装甲に関する研究が進んでいたのを幸いとして、彼らに『衣類を輸出する』と言う名目で合成繊維を、合成素材を大量に輸出しています。パーパルディア製の銃では此れを貫くのは不可能です。」

 

 最後に水澤は渋い顔をしつつ、もう一枚別の画像を見せる。

 

 室内の日本人たちがざわめくのをクロアとロキアは感じ取る。

 

 「水澤さん、・・・・・・・いくら拳銃とは言え、知られなければ良いと入っても拳銃は・・・・・・・・・・・」

 

 「良く写真をご覧下さい、特に左の方を。」

 

 まじまじと見つめていた自衛官が驚く。

 

 光沢が金属のものではない。

 

 「こ、此れは、・・・・・・エアガンですか?」

 

 「はい、正しくはエアソフトガン、右はモデルガンですがね。」

 

 何と無く、室内の人間達が気まずい雰囲気をしている理由がクロアとロキアにも察せられる。

 

 「最悪、リームの実力が前述のコンパウンド・ボウや複合装甲兵器を用いても弱り切った皇国に勝てなかった場合、これ等の制限装置―――例えば、ガス圧エアガンは高圧ガスに耐えられる様に改造したり、カーボンナノチューブの弾丸を尖らせたり―――等して外して現地反乱軍に供与します。尚且つ、此れは極めて危険な代物なので、一旦トーパ王国で荷下ろししてから直接、王子殿下の現地入りの時に並行して輸送します。また、リーム王国が火力不足の場合、『花火用』として高性能火薬を輸出します。」

 

 法律ギリギリ、と言うよりは一部既にはみ出している様である。

 

 「其の輸送の件なのですが、そちらは主にトーパに縁のある百田二等陸尉が対応して頂けると伺っておりましたが・・・・・・・・?」

 

 先程まで弓の威力に呆気に取られていた陸自の自衛官が立ち上がる。

 

 「王子殿下、補佐官閣下、お初にお目に掛かります。今回、臨時政府及び緊急装備護送役の百田太郎二等陸尉です。」

 

 二人は其々に握手する。

 

 「今回の護送はパーパルディアの監視の目を避ける為、―――とは言えど、海軍がほぼ全滅した今となっては大した意味は無いかもしれませんが、―――フィルアデス北端のトーパから上陸します。」

 

 百田は受け取ったリモコンで画面を切り替える。

 

 二人は映し出された地図に感嘆する。

 

 大陸の詳細が映し出され、国境線や都市、等高線なども事細かに書き込まれている。

 

 「我々は三日後にはもう室蘭港から出発し、トーパに向けて、フェンで鹵獲した皇国の大型戦列艦を改造した『大日本総商』の木製機械動力船で、―――要は偽装商船ですね。武器や人員を載せて上陸いたします。既に向こうでは『帝国商事』が運搬目的で自衛隊の車両と、護送用の82式指揮通信車と96式装輪装甲車を揚げて頂いてるとの話ですが・・・・・・・・」

 

 水澤は、ばっちぐ―とサインを出す。

 

 「―――御協力感謝致します。実際のルートは此れを予想しています。」

 

 百田がリモコンのボタンを押すと、大陸地図の上に赤い線が走る。

 

 途中で大きく曲がり、フィルアデス南方の大陸中央寄りの場所、クーズに向かっている。

 

 「現在想定しているルートはこの様に、トーパに上陸してから衛星国、ネーツ公国を通過しながら海沿いのパーパルディアの戦列艦の大砲の届かない一本奥の、なるべく直線の街道を最高速度に近い状態で走行し、また、途中海外線から要所々々で商船からガソリンの補給を行い南下、リーム王国に入った時点で西進し、現地の皇国侵略軍に並走しつつ、少し先んじる形でクーズに向かいます。」

 

 画面が切り替わる。

 

 「走行予定の街道に関しては、既に現地調査により車列通過のみならば耐えられる様です。国境を通過するので、第三文明圏では『大砲を搭載している』との判断が下され兼ねない戦車、装甲戦闘車は重量・燃費関係もあるので今回は使用いたしません。また、未だに国交の無い国も通過する為、トーパ王国の商会に身分を偽装します。実際の所は『帝国商事』トーパ支店、と言う所属なので強ち嘘とも言い切れないのですが・・・・・・・・・水澤さん、そちらの方も万全と見て良いですね?」

 

 「はい。現在、既に装甲車も指揮車も上からもう一枚塗装を被せて、トーパに置いた支店の所属に見せかけております故、特に問題はありません。まあ、自動車と言う時点で悪目立ちするのは仕方ないと思って下さい。」

 

 「了解しました。」

 

 詳細な説明は未だ未だ続く。

 

 

 

 数日後。

 

 夜。

 

 クロアとロキアの二人は既に、『大日本総商』の所有する偽装商船―――『ディスア号』の上であった。

 

 付近海上には日本本国程の大都市は無く、満天の星々が空を埋め尽くしている。

 

 デュロで見慣れた筈の空と海を眺めながら、二人は急転する情勢に体を流されない様に息を整えていた。

 

 既に深夜である。乗船した人々は船室の柔らかな寝台の上で眠りに堕ち込み、『武器』やガソリンタンクを満載している船倉の真上の甲板は二人だけの世界となっていた。

 

 「なあクロア、・・・・・・・じゃなかった、殿下か。」

 

 「人前じゃないしな。」

 

 「クロア、・・・・・・・・・俺たちの戦いも終わりに近いんだな。」

 

 「ああ、・・・・・・・・・だけど、大丈夫だろうか。いくら皇国が半身をもがれているとは言え、此のまま行かせてくれると良いんだが・・・・・・・・・・・。」

 

 「言い出しっぺが随分と弱気だな。」

 

 「言わないでくれ、此の数か月間、天地がひっくり返るかのような出来事ばかりで段々、自分の事が信用出来なくなって来てるんだ。」

 

 「・・・・・・・・・・そうか。」

 

 ロキアは俯く。

 

 二人は黙り込む。

 

 北半球の夜の海風が、人のいない広い甲板に冷たく吹き込んでいる。

 

 クロアは幼い頃の事を思い返していた。

 

 彼はもう両親の顔さえ思い出せない。

 

 幼い時に、彼が窓際で見た花の咲き誇る小さな庭。

 

 其処で花を摘んでいた小さな少女の顔ぐらいが、彼に思い出せる家族の全てであった。

 

 幸せだったのは覚えている。

 

 しかし、其の幸せを皇国は自らの体に組み込む為に奪い取った。

 

 此の世界ではそうして行かなければ生きてはいけない事など、皇国兵になってからは理解していた。

 

 だが、人間から『報復』が忘れ得ぬ事もまた、彼は十二分に理解していた。

 

 心の奥底、自らの中である。

 

 考えれば考えるだけ、彼の胸の内には油を火に注ぐかのように黒い空気が膨張して行く。

 

 残りの空間は、灰色の余白に埋め尽くされているだけだった。

 

 皇国兵になってからは、彼の苦労は尽きなかった。其れこそまさに、属領出身の者の命など戦場では軽い。

 

 皮肉にも、其の境遇が改善されたのは現皇帝、ルディアスが即位してからの事であった。有能と認められ皇国の工場、デュロの正規兵として漸く配属された。

 

 其処で同じクーズ出身のロキアと出会い、彼は今此処に至るのである。

 

 ロキアが首を上げる。

 

 「なあクロア、俺は思うんだ。俺らの小さい頃、クーズは自分たちの自由と流れる日々で幸福だった。魔石も沢山輸出した。でも、皇国は其れを何の事も無く奪って行った。俺達は不幸になった。」

 

 「ああ。其れこそ復讐したいほどにな。」

 

 風が、二人の間を流れ去る。

 

 「俺達は、皇国のせいで不幸になった。」

 

 「貧乏にな。だから、」

 

 ロキアは言う。

 

 「せめて、俺達は幸せになろうじゃねえか。今まで皇国がたらふく食い込んで来た分、俺達が、今のクーズ人が幸せに生きる権利がある、いや、べき?どうだろう・・・・・・・・・。」

 

 最後の失速がありつつも、彼の言葉はクロアにゆっくりと受け入れられて行った。

 

 クロアの目には星が映りこむ。

 

 「そうだな・・・・・・・・俺達が幸せにならなきゃ、だよな・・・・・・・・・・・。」

 

 頭がゆっくりとまとめ上がりつつある。

 

 クロアは言う。

 

 「何としても、・・・・・・・・・・其れを俺らが固めなくちゃな。」

 

 「ああ。」

 

 時が移ろうごとに東からは光条が射し込む。

 

 白み始めた世界には、遂に赤く煌々と輝く太陽が昇り始めている。

 

 船の舳先の向こうには既に、第三文明圏と暗黒の大陸を結ぶ地峡が見え始めていた。

 

 

 

 更に時計の針は回転して行く。

 

 「何ですとっっ!?」

 

 早朝、急な電話を受け取った水澤は、慌てて緊急用の魔信を用いて現地護送部隊に連絡を入れる。

 

 尚、魔信は洋上の偽装商船を中継している。

 

 『はい、こちら百田ですが。』

 

 「大変な事になりました!」

 

 水澤は事の次第を一気に口から吐き出す。

 

 「今さっきリーム王国内の間諜から連絡が入って、時間が無い事を理由にもう進軍が始まってしまったとっ!!」

 

 『何と・・・・・・未だリームの国境を抜けたばかりですよ?』

 

 「ええ、恐らくもう皇国侵略軍に追いつくのは不可能です。よって、侵略軍を囮に使う作戦も断念せざるを得ません。ワイバーン部隊の一部を護衛用に付けさせる積りでいましたが、其れもパーと見て間違いありません。対空防御は全て現地のあなた方にお任せします。」

 

 『分かりました・・・・・・・・リーム内での火器の行使は?』

 

 「・・・・・・・・其れは契約に無いとの事でリーム宮廷を恫喝して認めさせます。と言うか、其の点は既に現地の商会員を通して既に交渉を命じています。問題無く行使してもらっても構いません。」

 

 『お心遣い感謝致します。』

 

 「其れと、既に街道の方はリームが進軍を開始しているので目立ちます。作戦シータを発動し、街道を途中から西に逸れ、出来るだけ人目を避けて『カルークの森』の中の古道を通過してアルークに入ります。道幅は確認しておりますが、なにぶん『種族間連合』の時代にはもうあったと聞いています。最悪、装輪装甲車が身動き出来なくなりかねないので森に入る前にガソリンを満タンまで補給し、森をノンストップで通過し切って下さい。多分、停まると沈みます。」

 

 『了解しました。』

 

 「ご武運を。」

 

 水澤は黒電話型の魔信の受話器を置く。

 

 目に黒い光が宿る。

 

 「お、おのれぇぇぇぇリームめぇ・・・・・・・・・うちの国の人間を危険に晒しやがって・・・・・・・・・かくなる上は、」

 

 再び彼は魔信を取り、リームに置いた出先機関に電話を掛ける。

 

 室内に若し人間がいたとしたら、ボソボソ小声で喋ってる中、彼が「爆破」と呟いていた事だけは確認出来ただろう。

 

 

 

 遂に旅も最終工程に入る。

 

 指揮車を先頭に何両もの輸送車が続き、しんがりをに装輪装甲車が務める。

 

 水澤は『幅はある』と言ったものの、一列になってギリギリである。

 

 指揮者の後ろを付く輸送車にクロア、ロキア、そして魔法要員として派遣されたルーシャが乗る。

 

 このまま行けば、昼の内にはクーズに着くだろう。

 

 既に戦場となっているパーパルディアに入っている。商会の外装は剥がされて久しい。現地の人々から見れば、「汚い」の一言を頂戴するであろう其の迷彩柄の肌を丑三つ時の闇に溶け込ませている。

 

 緊張状態で眠れないでいるのは自衛隊員だけではない。当然、クロアたちも警戒していた。

 

 既に旧皇国属領アルークに入っている。

 

 クロアが呟く。

 

 「ルーシャさん、何か分かりますか。」

 

 「いえ、さっきからずっと耳を良くする魔法を使っていますが、人間の足音は猟師の其れだけです。弓矢が射られる音しか聞こえません。」

 

 「そうですか。幸いです。」

 

 ルーシャは先程から手持ちの荷物を身から離さないでいる。雇い主の茅森から預けられたらしい。

 

 道は続く。森も続く。

 

 大陸南部に珍しく、果てしなく続く針葉樹林の森は陽の光を遮り、其の薄暗さの中に幾万に及ぶ生命を宿らせる。

 

 勿論、人間も。

 

 やはり朝は来り、また、赤く輝く陽が大地を照らし始め、其の目を背けたくなるほどの力強い光は細く、散乱するかのように針の様な葉の隙間から森の中を満たして行く。

 

 と、其の時。

 

 「いたぞーっっ!!」

 

 天から声が降って来る。

 

 輸送車の中からでも、森の葉に覆われようとも、第三文明圏にいる者ならば誰をも恐怖させる事の出来る其の咆哮が露骨に響く。

 

 其の乗り手であったクロアとロキアは、身を震わせる様な衝撃を背筋に走らせる。

 

 『皇国のワイバーンロードに見つかった!!総員っ、戦闘準備!!』

 

 クロアとロキアは幌から顔を出す。

 

 細く大量にある葉を越して、天空に浮かぶ其の大きな翼は陽の光を遮っていた。

 

 

 

 後少し。

 

 森を抜ける直前、遂に彼らは皇国の空の守護者たちに見つかってしまった。

 

 リームによる皇国侵攻と言う、商人伝いに聞いた其の情報を鵜吞みにはしなかったものの、アルーニとパールネウスの防衛隊戦力は普段の二倍くらいに跳ね上がっていた。

 

 其の内、クーズ臨時政府及び属領支援兵器護送団を見つけたのはアルーニのワイバーンロード部隊であった。

 

 数が多い。

 

 パールネウスの戦力もわざわざ出張り、空に舞っている騎数は軽く六十を超えている。

 

 森の上を朝日差す中、彼らは自由自在に舞う。

 

 幾度も撃ち出される導力火炎弾が森を焼き、既に護送団は空に露見している。

 

 『撃てえぇーーーっっ!!』

 

 自衛隊も応戦する。

 

 96式装輪装甲車と82式指揮通信車の12.7ミリ重機関銃が火を噴く。

 

 轟音と共に撃ち出される光弾が空を飛び交い上空を網羅し、次々と射線に近い順からワイバーンロードを叩き落として行く。

 

 輸送車の要員も、幌の後ろから、側面の窓から、89式5.56ミリ小銃が角かハリネズミの如く突き出され此方も曳光弾を含みながら早朝に向かって有り余る火力を吐き出す。

 

 しかし、なにぶん敵方の数が多過ぎる。

 

 次から次へと集結してきており、多数放たれる導力火炎弾は古道に沿わざるを得ない自衛隊の車両に次から次へと降り掛かる。

 

 幌にあっさりと燃え移り、幾つかの輸送車は火事に対応して其の手を失う。

 

 しかし、散開も出来ない。沈んで身動きが取れなくなっては本当に殲滅されてしまう。

 

 さながら、線路上の列車と同じなのだ。

 

 其の様子を見ていた空の皇国兵達は、「導力火炎弾にすら怯まず向かって来るとは・・・・・・・・・」と此方は此方で絶望的な捉え方をしていた。

 

 結果、攻撃は決死の物となる。

 

 撃ち落とされるのも、光弾に身を引き千切られるのもいとわずに皇国兵は車列に向かって来る。

 

 既にクロアたちの乗る輸送車も幌が火に焼かれ、空からの応戦に追われていた。

 

 必死で各員は銃弾を射だし、非戦闘要員のルーシャに至っても『ファイアーボール』を撃ち出し、古道の上を光と弾丸、炎と血肉で覆う。

 

 一気に三騎ほどがクロアたちの車両を狙って急降下する。

 

 「撃てぇえええーーーっっ!!」

 

 一斉に三人の自衛官が小銃を光らせる。

 

 しかし、弾が切れた其の一瞬。

 

 何と、背後の森へ急降下したもう一騎のワイバーンロードが大きく口を開く。

 

 人間から見れば夥しいほどの魔力を用い、其の上顎と下顎の間に火球が渦巻き始める。

 

 逃げられない。

 

 逃げ場が無い。

 

 其の車両の人員と、其れを見つめる後ろを付く輸送車の運転手は絶望する。

 

 しかし、突如としてルーシャの手持ちのバッグから紫色の光が溢れ出す。

 

 とっさ、クロアは中の其れを取り出していた。

 

 茅森の買い上げたアニュンリール皇国の『呪いの首飾り』が、黒い業火の様な魔力に包まれながらも紫光をクロアの手の中から縦横無尽に放っている。

 

 突如、其れはクロアの掌中で水を得た魚の様に跳ね、宙を意志を持つかのように狙いを定めて飛び、ワイバーンロードの首に巻き付き紫光で其の巨体を覆ってしまう。

 

 ワイバーンロードの眼が黒々とした雲の様な物で満たされて行く。

 

 覆ってしまう。

 

 頭を、騎乗している皇国兵に振り向ける。

 

 首筋がピクリと動いた次の瞬間、「プギャッ」と言う呆気ない断末魔と骨と肉体が擦り潰される音が森にこだまして行く。

 

 再び其のワイバーンロードが首を振り向けると、其の口には潰された皇国兵の其れが残るのみだ。

 

 クロアと其の両目をじっと合わせる。

 

 「・・・・・・・・・・・」

 

 ワイバーンロードの黒く濁ってしまった瞳に、紫の燐光が勝手に魔法陣を描き出して行く。

 

 六芒星を囲む円環が出来上がった時、ワイバーンロードは唐突に空に上がる。

 

 「若しかして、・・・・・・・・・あれは、皇国のワイバーンロードを襲いに行ったのか・・・・・・・?」

 

 ロキアの言葉は的中する。

 

 さしもの皇国兵も面食らっている。

 

 寸隙が出来る。

 

 『い、一斉掃射っ!!撃てぇえええーーーっっ!!』

 

 気付いたら、誰もが宙へ向けて自らの銃を向けていた。

 

 引き鉄は、引かれる。

 

 護送団の全力射撃は交互に交差し、指揮車が割り振りしてる訳でもないのに各員がそれぞれほぼかぶらずに狙いを定めていた。

 

 大量の弾丸が一斉に空を切り裂き、上空でまるで踊り狂うかのように『呪いの首飾り』に操られたワイバーンロードの対応に追われるパーパルディア皇国兵に襲い掛かる。

 

 束の間も無く、届いた銃弾が彼らの血と肉を引き裂き、『カルークの森』に霧散させる。

 

 掃射が終わった時、『呪いの首飾り』に操られたワイバーンロード唯一匹が高空を狂い舞っているだけだった。

 

 

 

 『・・・・・・・・・・・・・』

 

 魔信が、途絶している。

 

 司令室が沈黙している。

 

 聖都パールネウスの陸軍基地では、誰もが青褪めていた。

 

 今回のワイバーンロードの全力投入は、皇国軍最上部に何の許可も取っていなかった。

 

 リーム王国の万が一の侵攻に備えて皇国中から掻き集められた八十騎に及ぶワイバーンロードは、本件を以て消滅してしまった。

 

 「しょ、将軍?!」

 

 焦点の定まらない目をしたモラス司令官は、「やってしまった、大切な皇国兵の命を、・・・・・・・まさかこんな事に・・・・・・・」とこれまた焦点の定まらない口走り方で、窓の傍まで行き、そして其の窓を開いた。

 

 「!!」

 

 止める間も無く、まるで操り人形の糸が切れたかの様に前倒しになり、窓から墜ちて行った。

 

 此処は五階である。次の瞬間から、窓の下からは騒ぎが始まっていた。

 

 今回の戦闘での作戦を練った参謀であるクリアルは必死に考えを取りまとめる。

 

 このまま行ったら、俺は身の破滅だ・・・・・・・・―――属領出身から此処までのし上がった彼は、自殺してしまった将軍と違い後ろ盾の寂しい男であった。

 

 此の戦争で勝とうが負けようが責任を問われ、今の地位を失うのは目に見えている。いや、若しかしたら処刑、襲った日本国に、皇国の生贄として引き渡されてしまうかもしれない。

 

 少なくとも、彼らの周りの将校たちも今後の前途は暗くなる。

 

 青い顔が並んでいる。

 

 巻き込める。

 

 彼は其の策を採用する事にしたのだ。

 

 彼もまた、皇族レミールと同じ様に最後まで生き残る事を決意する。

 

 「・・・・・・・・なあ諸君、将軍がああなってしまったんだ、今から俺が君たちの取りまとめ役となる訳なんだが・・・・・・・・・」

 

 『カルークの森』で皇国の残存戦力を大きく失った事は、こうして隠蔽される運びとなった。

 

 

 

 『カルークの森の戦い』、其の日の昼頃だった。

 

 クーズ再建を担っていたイキアとハキは皇国の再侵略に備えて、属領統治軍無き後の、予め現地独立勢力がすぐは使えない様に破壊されたクーズ北端の基地跡の復旧させようとしていた。

 

 しかし、突貫で作った基地の図面を前に頭を痛めていた。

 

 あーだこーだと議論は出るものの、やはり建築の専門家がいないと話にならない。彼らは既に、皇国がこの二十年で破壊し続けて来た街の復旧で忙しかった。

 

 また、基地内のワイバーン用滑走路を使用可能にするには、魔法陣を復活させなければ飛翔力を出せる様にはならない。

 

 それらの専門家や実働部隊は、クソの様な統治を受けて来たクーズには存在し得ないものであった。

 

 「仕方ない、・・・・・・・・・街の方が復旧するまで濠を掘ったり壁を直したりする方に集中しよう。」

 

 「そうだな・・・・・・・・今はそうするしかない。兎角、人手が足りない。」

 

 イキアとハキはかつての属領統治軍司令部を出て、お昼を食べに基地を出ようとした。

 

 しかし、監視塔が急を告げる。

 

 『北方から何かが、大きな何かが隊列を組んで接近してるのを発見!!繰り返す!!何か巨大なものが此方に北方から向かって来ているっ!!』

 

 「きょだ、巨大・・・・・・・」

 

 ハキもイキアも顔から血が引けて来た。

 

 まさか、リントヴルムでは。

 

 彼等を恐怖へと駆り立て、監視塔へと追いつめる。

 

 「まっ、まさかっ、皇国がもう戻って来たのか!?」

 

 「そんな筈無いっ!!奴らの皇都は丸裸なんだぞ!?しかもエストシラントはフィルアデス南端っ、日本の海軍がうろついてると言うアルタラス王国の目と鼻の先なんだぞっ!?」

 

 二人は監視塔の梯子を駆け上がる。

 

 「どうだっ!!何か分かったか!?」

 

 イキアが監視係に尋ねるも、「未だ遠くてはっきりと姿までは・・・・・・・・・」と言った。

 

 誰が割り当てたかは知らないが此の監視係、皇国の魔石鉱山での奴隷的労働で非常に目が悪く、かつ皇国の圧政で碌に眼鏡も変えない様な状態であった。

 

 其れでも、独立の歓喜が彼に望遠鏡を持たせ、必死に北方を警戒させていた。

 

 何とか発見する事は出来た訳である。

 

 「平野を物凄いスピードで移動しています。砂煙が尋常じゃない量上がっています。恐らく、凄い巨体です。量も多い、十以上は見えます。」

 

 巨体の一言がパーパルディア皇国陸軍の恐怖の権化、地竜リントヴルムを想起させ監視塔の一同を震え上がらせるが、物凄いスピードと言うのに引っ掛かっていた。

 

 リントヴルムはそう言える程の速度は持っていなかった筈。

 

 何かがおかしい。ハキは尋ねる。

 

 「方向はどっちだ?」

 

 「僅かに北東北のあっちです。多分、『カルークの森』の古街道につながってるルートじゃないでしょうかね。」

 

 「どれどれ、見せておくれ。」

 

 「はいどうぞ。」

 

 監視係から望遠鏡を受け取り、指差す方向を見渡すと、確かに巨大な砂煙が舞っている場所が見て取れる。

 

 彼は目を凝らす。

 

 よく見ると、砂を巻き上げているのは地竜ではなく、もっとごつい、何か。

 

 極めて汚い彩色に彼は目を傷めた。

 

 もう一度よく目を凝らして見てみると、其れは金属で出来ている様にも見えた。そして、其のごつい何かの周りを楽しそうに、遊んでいるかの様に跳ねまわる黒馬が何匹か、各一人ずつ乗っている。

 

 旗も付けている。ハキは其の旗に既視感を感じ、更に目を凝らしてじっと見つめる。

 

 一本は単純で認識し易かった。白地に赤い円である。もう一方は、・・・・・・・―――ここで漸くハキは既視感の正体に思い至る。

 

 「あ、あれは、統治機構の魔信でみ、見た・・・・・・・・。」

 

 「どうしたんだハキ!?一体何が見えたんだ!?」

 

 もう一方の旗はクーズ王国の旗であった。

 

 かつて、皇国の赤竜旗によって踏みにじられた、あの旗・・・・・・・・・・。

 

 少しハキにとって年代物に映った其の旗は、護送団が黒馬を入手するに至ったクーズの地方の農家の物であった。

 

 此の案は、クーズ敗戦後も暫くクーズで暮らせたロキアの発案であった。

 

 クーズの神話に於いて、かつて魔族との戦いでは英雄が黒馬に乗って、黒鉄の長い魔杖を背に背負ってやって来たとある。

 

 先頭を切る一番早い黒馬に乗る其の人物を、ハキは一度見た事があった。

 

 クーズの主権の、独立の象徴。

 

 知らず内に涙していた。

 

 「おい、イキア、街の皆にも伝えろ、あの一団を、あのお方を、クーズ人の手で出迎えるぞ。」

 

 「!?何が見えたんだ、一体・・・・・・・・。」

 

 「王子だ・・・・・・・王子がついにお帰りになられたんだ・・・・・・・・・・・。」

 

 一同は衝撃を受け、ハキの見つめる方向に目を凝らす。

 

 もう近い。砂を巻き上げるごつい鉄の竜と思しきものに、大量の武器が搭載されているのも見て取れる。

 

 先頭を切る二匹の黒馬に跨る人物たちは、其々に大きな旗を誇らしげに振り回している。

 

 彼等は涙を流していた。

 

 轟音は街にも響き始め、遂には街の人々も何事かと表へ出始め、街の北端の住民から次々と王子の帰還が伝播して行き、街は熱狂に包まれる。

 

 クロアにとっては、二十年ぶりの故郷への帰還。

 

 クーズ人にとっては、二十年ぶりの祖国復活の完成であった。

 

 こうして、自衛隊員に多数の火傷患者を出しつつも、クーズ独立計画は此処に完遂されたのだった。

 

 

 

 中央暦1640年9月14日。

 

 聖都パールネウス近郊。

 

 「くそっ、くそぅ・・・・・・・。後少しだったのにぃ・・・・・・・。」

 

 カルマは未だに膝を打ってパールネウス侵攻が断念されたのを悔やんでいた。

 

 「何なんですかぁ、一体・・・・・・・・日本は一体何を考えてるのやら、皇国を生かしておけばぁ、必ずまた成長を始めるに決まってるじゃありませんかぁ・・・・・・・。」

 

 カルマの予測は少なくとも、此処フィルアデス大陸に暮らす者にとっては間違い無く真っ当なものに思える。

 

 パーパルディア皇国の国力は第三文明圏に於いて、突出している。

 

 故に今回侵略して滅ぼせなかった事、そして恐らくは、リーム王国に近接するパーパルディア皇国の領土は南のアルタラス王国を始点として設立された『73ヶ国連合軍』の諸国として独立され、パーパルディアを遥かに凌ぐ絶大なる国力を持つ日本の庇護下に入ってしまう事に未練を抱いていた。

 

 当たり前である。領土は一ミリも取れず、賠償金請求ぐらいしか取れないだろう。

 

 しかも、あの超国家日本の庇護下に入るという事は、少なくとも、リーム王国は以降、二度と南進など出来ないと言う厳然たる事実を示す。

 

 周辺国を親日国やまあまあの規模の軍事国家に囲まれたリームにとって、此れ以上の国土拡大は出来ないと言う八方塞がりの情勢に置かれる。

 

 周りが親日国ばかりの為、此方も親日政策を取らざるを得なくなる。

 

 「くぅー・・・・・・・やはり悔やんでも悔やんでもぉ・・・・・・・・此れだけの軍を整えるのに一体いくらの金が掛かったやらぁ・・・・・・聖都パールネウスだけでも焼いておけば良かったのにぃ・・・・・・・」

 

 「仕方ありません。本国の宮廷に、軍資金を貸してくれた『大日本総商』の主から直々に停戦勧告があったのでは・・・・・・・・そう言えばカルマ様、本国では今、魔石鉱山が水没してしまったという事の方が大変だそうですよ。何でも、事故で。」

 

 馬に乗ったカルマと従者の二人は疾走する。

 

 そしてこの二人は知らない。鉱山水没は未だ未だ始まりに過ぎないと言う事を。

 

 

 

 日本の対パーパルディア制裁戦争が、講和条約の正式締結を以て完全終結して三週間ぐらいの後。

 

 平和と自由を取り戻した第三文明圏の独立の国、クーズ王国。

 

 其の王都の王城で、水澤は地獄の目を見ていた。

 

 元々、水澤は魔石鉱山で財を成した新興資本家の一人である。

 

 此処、クーズを支援するにも下心が無いではなかった。要は魔石鉱山の利権をちゃっかり手に入れておこう、と思っていたのだ。

 

 思って、いたのだ。

 

 ところが、まかり間違って『クーズ王国国家最高顧問』なぞと言う席に柳田の口車に乗って着かされたのが間違いの始まりだった。

 

 利権も頂けるかな、等と甘い予想を立ててしまったが為に、仕事量の多さや分類の多さを舐めてかかっていたのだ。

 

 お陰で、クーズ近代化と再建を両立する為に奴隷以上、皇国時代のクーズ人以上に働かせられ、連日徹夜である。

 

 今は制憲議会の招集についての事と、アルタラス王国を筆頭とした諸国との魔石輸出機構の設立に関する文書をまとめ上げている。

 

 ちなみに、茅森は引き際を心得ていたのか、さっさと植民地に帰ってしまい優雅にクワ・トイネ公国産の上質な紅茶を楽しんでいた。

 

 と言う事を、昨夜仕事中にわざわざ魔信で伝えて来やがった。

 

 彼は机に突っ伏す。

 

 「お、おのれぇぇぇぇぇぇ、・・・あの野郎ぉおおお・・・・・・・・・」

 

 せめて、皇国から搾り取っている賠償金や魔石鉱山のおかげで財源を心配しないで良いのは救いか。

 

 だからと言って仕事が減る訳じゃない。

 

 彼は返ったらまず、茅森の顔を一発ぶん殴ってやる事を心に誓うのであった。

 

 近くの魔信からはお昼のニュースが聞こえて来る。

 

 『・・・・・・・・お昼のニュースになります。まず最初のニュースです。中央世界の神聖ミリシアル帝国は、次の『世界会議』に東方国家群の中の超大国、日本を招待する事を正式発表いたしました。年明けの頃には『世界会議』への指導をする使節団が帝国から派遣される事となる見込みだそうです。此れは、第三文明圏で次々と起こった国際情勢の変動を象徴する事となるでしょう。此れと同時に世界最強の国、神聖ミリシアル帝国と超大国日本との間に国交が結ばれるのも確実視されています。』

 

 『また、今回の報道発表では同時に第二文明圏の変容も表す事となりました。列強から植民地に落ちたレイフォルに替わり、グラ・バルカス帝国が招待されております。彼の国と同じく第二文明圏に領土を持つ大国ムーは敵対的関係に現在はあり、次回の『世界会議』は此の二ヶ国間を巡って大きく難航する事が予想されます。』

 

 『次のニュースです。昨日、第三文明圏の有力国、リーム王国最大の魔石備蓄庫が何らかの原因で爆発を起こし、陸軍基地と海軍基地に飛び火して大火事になった模様です。幸いにして真夜中だった為、中には人もおらず警備隊の火傷だけで済んだ模様です。また、備蓄が月内にも底を突く見通しが立っており、既に日本の大企業二社と契約を交わしたものの量が足りず、緊急の輸入を公募する模様です。尚、此れによって第三文明圏では暫く魔石取引価格は上昇したまま下がらない見通しが立てられています。次のニュースです・・・・・・・・・・・・』

 

 水澤は突っ伏しつつも、ニヤリと其の顔の下半に弧を描いた。

 

 と、唐突に執務室の戸をノックする音が聞こえる。

 

 「ああ失礼、お疲れの模様でしたか。」

 

 「伯爵閣下、そんな事はございません。国王陛下はまたユレジア王女の墓参ですか?」

 

 「はい、時間が出来たので徴兵制に関する件でお伺いを立てに・・・・・・・・」

 

 ハキは国防大臣として、また独立の功労者として騎士爵から伯爵に陞爵していた。

 

 まあ、其れは水澤とて変わらないのだが。

 

 「ああ、其の件でしたら此方に資料が出来ています。其れでですね、身体検査に関する基準作成の割り振りなんですが・・・・・・・・・」

 

 ハキはフムフムと頷いている。

 

 窓の外ではゆったりと、平和そうに小鳥が窓辺に止まり、寝ているのである。

 

 其の窓の下の街の通りは、各国から魔石を買い付けに来る商人と鉱山技師、鉱山労働者によって賑わっていた。

 

 フィルアデスには真の意味で、再び平和な日々が戻り始めていた。

 

 

 

 其の頃、南方の『ベルアデス大陸』植民地に戻った茅森は、やはり優雅に近隣の住民を彼の岸壁に張り付く城に招いて昼食会を開いているのだった。

 

 近隣の住民と言っても、殆どはエルフ族か植民地周辺の隣国の海洋商人達であるのだが。

 

 「やはり、・・・・・・・・・そうですか。」

 

 昼食会の主眼はアニュンリール皇国である。

 

 彼は未だ、アニュンリール皇国についての調査を地道に行っていた。

 

 しかし、やはりアニュンリールについては『文明圏外の大国』以上の認識を得られないでいた。

 

 不思議な魔導装置を生産しているとの情報はあったのだが。

 

 実際に、彼は『呪いの首飾り』の効果を実験して確かめている。あれを使われた魔獣は使用後、使用不可能、要は死んでしまうのである。

 

 彼は何度か中央政府に陳情に行くも、『次の『世界会議』に出席出来るから、其の時に調べてみる』以上の回答を得られないでいた。

 

 唯、茅森の写真の一件以降、急速に日本政府の『興味』がアニュンリールに向かっているのは彼自身は「良い兆候」としていた。

 

 政府の人工衛星は確かに、神聖ミリシアル帝国に匹敵するほどの文明レベルを整えている事を発見したとの情報も確認している。

 

 万が一、敵対する事など無ければ良いのだが・・・・・・・・・―――彼はやや憂鬱そうに首を海へと向ける。

 

 天井から床まで続く張り出しで窓から眺め渡す海は、超弩級戦艦も無く、唯ゆらゆらと己が身を風に揺蕩わせるばかりであった。

 

 

 

 同時刻。

 

 北海道は稚内市。

 

 ある新興企業が軍事用ドローンを転用した、自動運転航空機の寒冷地実験を試していた頃。

 

 フィルアデス大陸とトーパ地峡によってつながる、北方のグラメウス大陸から一機の『天の浮舟』が航行して来ていた。

 

 乗っているのは有翼人、即ちアニュンリール皇国臣民であるダクシルドであった。

 

 彼は本国から『任務』の進行状況に関する報告を求められ、一時帰国する途中であった。

 

 運航途中、突然。

 

 目前に、頭でっかちの気味の悪い、小さな黒い飛行機が目の前を低速で横切って行った。

 

 小さい。

 

 人の乗る空間はあるのか?

 

 ダクシルドは其の薄気味悪さに、思いっきり弧を描く航路で本国へと帰還する。

 

 一方、気味の悪い小柄な飛行機、―――RQ4ーグローバルホークは何事も無かったかの様にゆったりと雲を泳いで行く。

 

 頭でっかちの彼は、マイペースに転移以降日本の東に広がっている広大な海へと空を泳いで行った。

 

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