大きな音を立てたり、走ったりして青黒い影のお化けを刺激しないように注意しながら、私とサキは鍵の束を持った白い髪の女の子の後を追い掛ける。
(どうしよう……。やっぱりあの様子だと、地階に脱出の手掛かりがあるとは気付いてないみたい……)
(まあ、そうだろうね……。さて、どうするかな……)
図書館内は静かなのに加えて、本来の夜の図書館と違って、この『鏡映しの図書館』は非常に明るい。私は最初、窓の外が明るいのと、照明が明るいからだと思っていたけれど、よくみたら天井の照明は明かりが灯ってない。この『鏡映しの図書館』では、本来暗くなっていないとおかしい、明かりの無い場所ですら、暗くならずに見通せるようになっているみたい……。
『どこまで行っても本だらけ……。本の中身が鏡映しになってなければ、のんびり読書も悪くないのにな……』
机に置かれた、開かれたままの本をちらりと見た白い髪の女の子が、そんな呟きを漏らす。青黒い影のお化けが怒り出さない程度の声だったけど、まったく他の音が無いこの場所ではよく通る。
……裏を返せば、うっかり音を立てればすぐに気付かれてしまうかもしれない。気付かれてしまって、白い髪の女の子から走って逃げようものなら、今度は青黒い影のお化けに襲われてしまう。……絶対に、物音は立てられない。私とサキは、細心の注意を払って、白い髪の女の子を追う。
(……どこかで鍵の束を置いてくれればいいんだけど……)
(望みは薄いかな……。あの子は鍵の束を使うべき場所が分からないだけで、鍵の束自体は脱出の手掛かりになると思ってるようだし……)
サキの言う事ももっともで、このままだといつまで経っても鍵の束は白い髪の女の子が持ったままになりそう……。
(……何か、良い方法は……)
キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!
突然、静寂を打ち払うように、何かの叫び声とも、鳴き声とも取れる、甲高い声が鏡映しの図書館の中に響き渡る。私とサキは咄嗟に耳を塞ぐ。
白い髪の女の子が顔を向けている先には、女の子に向かって叫び声とも鳴き声とも取れる音を立てている、青白い鳥のようなお化けが、口を目一杯広げてその声を出している。
(み、耳がおかしくなりそう……何あのお化けっ!?)
サキが顔を顰めながら、その異様な光景に驚く。
(そうだ……この図書館にはあのお化けもいたんだった!! こちらを見つけると、甲高い鳴き声を挙げる、青白い鳥のようなお化け……!!)
そして、あのお化けに見つかってしまうと……――
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!!
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチッ!!
――周辺にいた青黒い影のお化けが一斉に怒り出して、隠していた鋭利な刃のような腕を振り回しながら、『青白い鳥のようなお化けに見つかった相手』に向かって行く……!!
四方八方から自分に向かってくる青黒い影のお化けを、白い髪の女の子がどこか呆れた様子で見渡す。
「あ、あの女の子も襲われちゃう……っ!!」
慌てて女の子に駆け寄ろうとした私を、サキの両手で私の視界を遮ることで引き留める。
「……これで手間が省けたね」
――その直後。
――……ザシュザシュザシュザシュザシュグシャグチャドシャビチャグシャアッ!!
青白い鳥のようなお化けの鳴き声に紛れて、何か鋭利なものが、何かを引き裂いて、抉って、突き刺して……。そんな生々しい音が、女の子の方から聞こえる。
「――――っ!!」
その光景を見ていなくても、何が起きたか分かってしまうその音に、私は悲鳴を挙げそうになったけど、必死にそれを押し殺した。私の視界を遮っているサキから、息をのんだような気配を感じた。
生々しい音が鳴り終えるのと同時に、青黒い影のお化けが腕を振り回す音と、青白い鳥のようなお化けの挙げていた甲高い鳴き声が……止まった。
辺りに静寂が戻り、元通りの何一つ音の聞こえない鏡映しの図書館に――
『……【図書館内では静かにしましょう】……【走らないようにしてください】……』
――静かに、白い髪の女の子の声が響いた。
「……嘘でしょ……?」
サキが、呆気に取られたような声を挙げ……私の視界を遮っていたサキの手から、力が抜ける。
「…………っ!?」
私は慌ててサキの手を除けて、白い髪の女の子の安否を確認すべく、そちらに目を向ける。
『……それがこの場所の決まり事。それをあなた達が破ったのであれば、その罰を受けるのは私じゃない……あなた達のはずだよ?』
そこには、赤く濡れた短刀を持った、白い髪の女の子が立っていた。
その周りには、赤い何かが飛び散っていて…………白い髪の女の子に殺到していたはずの青黒い影のお化け達は……どこにもいない。
白い髪の女の子が、青白い鳥のようなお化けに顔を向けると、青白い鳥のようなお化けはぶるぶると震えながら、どんどん姿が薄くなっていき……消えてしまった。
赤く濡れた短刀から、赤い何かを振り払った白い髪の女の子は、何事も無かったかのように歩き出す。
(………………)
(あの女の子、お化けを……ぜ、全部……やっつけちゃったの……?)
信じられない、という顔をしたまま固まっているサキに、私がそう尋ねると、サキは無言で頷いた。あ、あんなにたくさん……青黒い影のお化けが襲い掛かってたのに……全部……?!
(これは……鍵の束をあの子から奪うのは無理かも……)
半ば感嘆するかのようなサキの呟きに、私も同意せざるを得なかった。
その後も、白い髪の女の子は、まるで散歩でもするかのように先へ進んでいく。
……白い髪の女の子も、手に持った鍵の束が脱出の手掛かりだと考えているのは間違いないみたいで、どこかに鍵の束を置いていくつもりはないみたい……。かといってあの白い髪の女の子に見つかったら、すぐにあの短刀で襲われてしまうだろうし、青黒い影のお化けがいるこの場所では大きな音を立てられない……。
私とサキは、青黒い影のお化けに近付き過ぎたり、周囲を見渡して何かを探している青白い鳥のようなお化けにも見つからないように注意しながら、白い髪の女の子の後を追い掛ける。
(……どうしよう、サキ……)
(うーん、どうしようと言われても……さっきの出来事からして、ちょっとやそっとの不意打ちじゃ返り討ち。他のお化け達のせいで走るのは厳禁……。もどかしいけど、あの子が地階に辿り着いて、あの扉の鍵を開けてくれるのを待つしか……)
まるで打つ手なしだよ、とサキが溜め息を付いた。
だけど……幸い、もうすぐ図書館のホールをぐるっと回り終えて、私とサキが鍵を探していた、あの事務室に辿り着くはず……。そうすれば、一階に脱出の手掛かりが無かったと分かったあの女の子が地階に行って、扉の鍵を開けてくれるかも……。
そんな淡い期待を抱きながら、それでも細心の注意を払って白い髪の女の子の後を追い掛ける。
『――さて。この辺りなら、ちょっと騒いでも大丈夫かな……?』
不意に、そんなことを呟いて……白い髪の女の子が、立ち止まった。
次の瞬間には……女の子の姿が、消えてしまっていた。
「え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった私が、そんな声を漏らした、一瞬後――
――ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!
――サキのいたはずの場所から、ガラスのような何かが大きな音を立てて割れる音がした。
『……間抜けな鏡。後ろをコソコソ付けているのを気付いていないと思ったの……? しかも、サキの鏡像を利用するなんて』
弾かれたように私が視線を向けた先には、白い髪の女の子が、短刀を何かに突き刺した姿勢で立っていて……床には、粉々に割れた鏡の破片のようなものが大量に散らばっている。
そして、隣にいたはずのサキの姿が……忽然と消えてしまっていた。
『……あれ? 貴女は……鏡像じゃないの……?』
白い髪の女の子が、私の方へと顔を向けて……きょとんとした声を挙げた。
「――――っ!?」
突然の出来事に、何があったのかを何一つ理解できなかった私は、ただただ、反射的に――白い髪の女の子から逃げるために、走り出していた。
気付かれてた!?いつから!?
それに、サキは……サキはどこに行っちゃったの!?
『待って!! そっちに行ったら――』
背後から、白い髪の女の子が私を呼び止めようとする。混乱した私はそれに構わず、あろうことか、不用心に本棚の影から飛び出してしまう。
「あ…………」
そこに、あの青白い鳥のようなお化けがいて……
……ぐるん、と回転した頭が……私の方へと向いた。
キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!
先程も聞いた、あの叫び声とも、鳴き声とも取れる声が辺りに響き渡る。
「っ!?」
周囲で項垂れるように佇んでいた青黒い影のお化け達が、殺気を帯びた真っ赤な目を私へと向けて――鋭利な刃のような腕を、一斉に広げる。
私は慌てて周りを見渡す。何か隠れられそうな場所は――無い……!?
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチッ!!
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!!
四方八方から、怒り出した青黒い影のお化けが、刃物のような腕を振り回しながら、私に向かってくる……!!
後ろを振り向けば、後ろからは白い髪の女の子が、短刀を手にこちらに走ってきている……!!
逃げる……どこへ……?!
隠れる……何に……?!
刃のような腕を振り回している青黒い影のお化けが、もう目の前に――
――次の瞬間、誰かが私の左肩を掴んで、ぐいっと後ろに引っ張った。
「――――え?」
――私の立ち位置と入れ替わるように、白い髪の女の子が前へ出る。
『話は、最後まで聞いて欲しかったな……』
――溜め息混じりにそう呟いた白い髪の女の子が、私に向けていた視線を前に向ける。
――私の立っていたその場所に殺到する、青黒い影のお化け達を。
――白い髪の女の子がその短刀で、あっという間に……バラバラに切り裂いた。
・
・
・
『一階には【鏡】はなかった……。可能性があるとすれば、下の階かな……』
「――話を逸らさないでっ!! 質問に答えてっ!!」
『……話を逸らすも何も、話を聞いてくれないのはサキの方だよ? なのに質問には答えてと言う。サキ、少し落ち着いたら? 言ってることが滅茶苦茶だよ?』
「…………っ!! この……っ!!」
「…………あれ?」
気が付くとそこは、サキと一緒に鍵の束を探していた、あの事務室だった。
私は事務室の壁にもたれかかるようにして、床に座り込んでいた。目の前では、私を庇うように前に立っているサキと……サキと対峙するように、あの白い髪の女の子が佇んでいた。
あれ……?私は、白い髪の女の子に見つかって……逃げようとして、青白い鳥のお化けに見つかって……お化け達に取り囲まれて……。
そんなことを考えていると、白い髪の女の子が、サキに向けていた顔を、私の方へと向ける。
『ほら、サキがあんまり騒ぐから、お友達が起きちゃった』
白い髪の女の子の呆れたような声に、サキが驚いたように私の方へと振り返る。
「ハル!? 良かった気が付いて……!! ハル、大丈夫!? 怪我はしてない!? あの子に何かされなかった!?」
サキが私に向き直って座り込むと、私に慌てて矢継ぎ早に質問を投げかける。
「あ……え、えっと……」
『だから私はその子をここまで運んだだけ。サキの大切なお友達だもの、変なことはしないよ』
私がしどろもどろになっていると、白い髪の女の子が溜め息混じりにそうサキに話す。
「アヤメには聞いてないっっっっ!!!!!!!!」
有無を言わせず、サキが白い髪の女の子に顔を向けて怒鳴る。隣で聞いた私がびっくりするくらい、サキの声には怒りが篭っていた。
『……それより、その子の名前、ハルっていうんだ。いい名前だね』
対する白い髪の女の子は、そんなことを言いながら、私に顔を向ける。
「――――っ!!」
「さ、サキ落ち着いて!! その子は本当に何もしてないの!! 逆に、私をお化け達から助けてくれたの……!!」
今にでも白い髪の女の子に掴み掛かりそうな勢いのサキを、私が慌てて宥める。
「………………」
サキが少し困った顔で私の方をチラっと見た後……白い髪の女の子に視線を戻す。
「……ハルを助けてくれたことは、感謝してる……ありがとう。……だけど、それ以上は助けなんて要らない。……私はそんなこと、望んでない」
サキが白い髪の女の子に感謝を伝えながらも、そう牽制する。
お化けだから……?いや、それだけじゃない気がする……。それに、サキも、この白い髪の女の子も、お互いのことを知っているような口ぶりで話してる……?
『サキ……。……サキが、今も【主様】や私達を憎んでることは分かってる。だけど、サキは……このままじゃいけない。そのことは、サキ自身も分かっているはずだよ』
「………………」
白い髪の女の子が、サキを諭すように話し出した。サキは……何も答えない。
『私はあの子達と違って、無理矢理サキを【主様】の所へ連れて行くつもりはないし、ましてやサキのお友達や、全く無関係な子を連れて行くつもりもない。……だけど、サキには分かって欲しいと思ってる。サキ自身がちゃんと納得して……その上で、【主様】にもう一度、会って欲しい』
「………………」
サキは……頑なに何も答えない。ただ、静かに怒りを湛えた冷たい目で……白い髪の女の子を睨んでる。サキと白い髪の女の子が何のことを話しているのかまるで分からない私は、ただおろおろと二人を見ているしかなかった。
『……キリも、サキのことをずっと心配してる。……まあ、サキを迎え入れることだけは、ずっと一人だけ反対してるけど。どうしてもサキのことになると頑固なんだよね……』
「……キリを、悪く言わないで」
白い髪の女の子の言葉に、サキが一言だけ返した。白い髪の女の子が、微かに驚いた後……溜め息を付いた。
『……キリも、サキを説得してくれたらいいんだけどな……。サキ、私がハルちゃんに何もしていないのと、下の階に【鏡】があるのは本当だよ? 私は一足先にここを出るけど、ちゃんと無事にここから出て……それからでいいから、もう一度考え直してみて』
そうサキに伝えると、白い髪の女の子は手に持っていた鍵の束をサキに投げ渡す。サキは何も返さずに、無言でそれを受け止めた。
ふと、思い出したように白い髪の女の子が、私に視線を向ける。
『――そうそう、ハルちゃん。私の名前は【アヤメ】。覚えてくれたら嬉しいな。前髪を留めてる、紫色の髪留めが目印だよ?』
そう言って私に微笑んだ後、『アヤメ』と名乗った白い髪の女の子は、逆手に持った短刀に、鍵の束を手放して自由になったもう片方の手を添えて……短刀を振り上げる――
『じゃあ、またね。サキ、ハルちゃん』
――サキが私の視界を遮るように間に入ったその直後……ドッ、という鈍い音がした。
それに若干遅れて、カランカラン、と何かが床に落ちる音がした。
「え…………?」
一瞬、何が起きたか分からなかったけれど……サキが遮っていた私の視線から退くと、そこには、赤い水溜まりと……その赤い水溜まりに落ちた短刀があった。
「……そんなの、考え直すまでもないよ……アヤメ」
サキが、投げ渡された鍵の束と、その赤い水溜まりを複雑そうな顔で見てそう独り呟いた後――ハッとした顔をして、私に慌てて向き直る。
「えっと……ごめん! 今のお化けの女の子の言ってたことは気にしないで! ……あ、それよりも……どこら辺から説明すればいいのかな、この状況……」
困り顔で「えーと、まず私が図書館の中に引き摺り込まれた辺りから話せばいい?」と私に尋ねるサキは、まるで別人みたいに……いつも通りのサキだった。
・
・
・
「――図書館の中に入った直後に私と合流して、ずっと一緒に行動してた……!? おかしいよ、それ……だって私は気が付いたらよりによって男子トイレなんかで倒れてて、慌ててトイレから外に出たら、この部屋で物音がしたから覗き込んだら、気を失ってるハルと、ハルの様子を見ているアヤメ……さっきのお化けの女の子がいたんだから」
「え……!? じゃ、じゃあ私とずっと一緒に行動してたサキは……!? ……あれ? サキ、膝の怪我……」
その後。私とサキは、図書館の外でばったり出くわすまでの経緯と、この『鏡映しの図書館』に入ってからの出来事を情報交換した。だけど、私がサキと一緒に行動していた点だけは、サキと意見が食い違ってしまう。
「膝を怪我している足が逆だった……? ……ってことは、鏡に映った私の姿を利用した偽物、ってことなのかな……? 図書館の外にいた、脚立を引き摺っていたハルが偽物なら、私の偽物がいても不思議じゃないし……」
そこまで言い掛けたサキが、「……あれ?」と首を傾げた。
「……? どうしたの、サキ」
「偽物の私は、鏡映しみたいに怪我をした足が左右逆になってた……だけど、あの偽物のハルが脚立を引っ張るのに使ってた腕は確か……。……いや、なんでもない。ハルの話を聞く限りでは、私が外で見た、脚立を運んでたハルは偽物なのは間違いないだろうし」
私にはそう返しながらも、サキはどこか腑に落ちない、といった様子だった。
「……それで、とにかくこの世界を作り出している元凶の『鏡』は、この図書館の地階にあるんだね? 私の姿を真似たお化けが、ハルを一切襲おうとしなかったというのが気になるけど……その『鏡』のある場所に行かないことには、脱出の手掛かりは掴めそうにないし、行くしかないか……」
サキがそう言った後、溜め息を付いた。
「結局、また私のせいで厄介事に巻き込んじゃった……。……ごめんね、ハル……」
サキが申し訳なさそうに私に謝る。
「え!? う、ううん……気にしないでっ!! サキ、とにかくこの図書館から出よう?」
「………………。……そうだね、早くここから出よう」
いろいろあったけれど……本物のサキと合流できたし、『鏡映しの図書館の鍵の束』も入手できた。私とサキは、地階で鍵が掛かっていた扉の先に進むために、地階へと向かう。
……あの白い髪の女の子達のことは……サキは話さなかったし……私も聞かなかった。