再び夜は廻る   作:kurohane

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二日目(3)『狂気と恐怖』

 放心状態になっていた私が、男の人に連れて来られたのは、以前不思議な小石を拾った、あの空き地だった。

 

 

「……ふう、ここまで来られればもう安心だろう」

 そう言って、男の人は私の手を放し、「大丈夫かい?」と私に呼び掛ける。

 

 

「こ、来ないで……っ!!」

 

 私は我に返ると、飛び退いて男の人と距離を取る。

「お、オイオイ待ってくれ誤解だ!! あの状況じゃ逃げるのが最善手だよ!! それともあの化け物を止める方法が本当にあったとでもいうのかい!?」

 やけに大げさに、男の人が困った顔で身振り手振りで止むを得なかったと説明する……だけど違う!!この人は……この人はわざと、サキとチャコを見捨てて私をここに連れてきたんだっ!!

 

「違う!! あの時おじさんは、このお人形を見てなんでそんな物をもってるんだって言ってた……!! サキとチャコにも『手と足と首』があるって言ってた……!! おじさんは、あのハサミのお化けが『手と足と首のある物』を切るといなくなるって分かってたんだ!!!!」

 

 私は必死に早過ぎる鼓動を鎮めようとしながら、男の人へ精一杯の敵意を向ける。そうしなければ、またさっきみたいに動けなくなってしまう……恐怖に負けて、『自分』を手放してしまう……!!

 

 

「──なのに、君がその人形をあの化け物に見せる前に無理矢理ここへ連れてきた、か……。上手く言いくるめればお友達と一緒に仲良くバラバラにしてあげられるかなと思ったけど、つい口が滑ってしまったみたいだ」

 

 

 そうだ……この顔だ。

 まるで、取って付けたように、優しい顔を張り付けただけみたいな、お面のような顔。

 チャコがこの男の人に吠えていた理由……!サキが私に言い掛けた何かの言葉……!!

 

 それは全部──

 

 

「そうだよ。僕こそが『コトワリさま』だ」

 

  

「ふざけないで!! おじさんは……おじさんはコトワリさまなんかじゃないっっ!!!!」

 

 男の人の言葉に、私は叫ぶ。私はとっくに恐怖と、怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 その言葉に、男の人は大笑いする。状況が状況でなければ、釣られて笑い出してしまいそうなくらい、可笑しそうに、愉快そうに。

「オイオイ、ふざけてなんかないよ!! 現にこの街でバラバラで見つかった死体は、全部僕が殺した連中さ。あのハサミの化け物に獲物を取られたことは一度も無いよ?」

 男の人が、とても自慢にならないことを、平然と自慢するかのように私に教える。

「そんなの……そんなの自慢にならないよ!! 人を平気で殺してっ!! バラバラにしてっ!! そんな酷いこと……何の自慢にもならないっっ!!!!」

 そう私が叫ぶと、男の人はちょっと傷付いたような顔をする……だけど、この顔も違う……ただのお面だ!!

 

 

「酷いなぁ……完全犯罪というのは、ただ殺せばいいってもんじゃないんだよ? ちゃんと後始末をして、僕が犯人だって証拠を消さないと警察に捕まってしまうからね。その点僕は完璧だった!! 今日君達二人と一匹に気付かれるまで、それこそ『コトワリさま』という化け物の仕業だ、なんて噂が立つ程だからね……!! そして狙った獲物は逃がさない──」

 

 どうやって隠してたんだろう……そう言いながら、男の人は背中から鉈を取り出す。

 この街で見かける、大きな鉈を持ったお化けの持っているものよりは小さい鉈だけれど、薄っすらと黒く汚れていて、刃だけは私の腕なんて一振りで切り落とせてしまいそうな程、私の懐中電灯の光を受けて鋭く光っている。

「──勿論、君もだよ……ハルちゃん?」

 

「う…………」

 私がその鉈を見て僅かに怯むと、男の人はふと何かを思いついたような顔をした後、口を開いた。

 

 

「……ああでも、あのサキちゃんっていう子と、チャコちゃんっていう子犬はあの化け物に取られちゃったかな?」

 

 

「…………っ!!」

 男の人の言葉に、私ははっとする。

 そうだ、サキは……!?チャコは……!?

 

 

「大丈夫かなぁ、サキちゃんとチャコちゃん。サキちゃんは必死にポシェットから『手と足と首のある物』を出そうとしてたけど、あの調子じゃちゃんと探せたかどうか……」

「あ…………」

 

 

 ドクンと、私の鼓動が大きく跳ねる。

 

 

 それを合図にしたかのように、私の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。

 それに気付かれてしまったのか、男の人がとても可笑しそうに笑う。

「サキちゃんは途中で僕が『コトワリさま』だって気付いてたようだけど、肝心なところで頭が回らないよね。隣で吠えてたチャコちゃんを化け物に差し出せば、すぐに助かっただろうに」

 …………!!

「ち、違うっっ!! サキは……サキはそんなことしない……っ!!」

 チャコを撫でて嬉しそうな顔をしていたサキが……公園で、チャコに危ないことはしないでと約束していたサキが……チャコをハサミのお化けに差し出すなんてこと、するはずない!!

 

 

 

 

「うん。だから死んじゃっただろうね、サキちゃん。あのお化けにバラバラに切られて」

 

 

 

 

 早過ぎる鼓動を立てていた心臓が、突然凍ってしまったかのような感覚に襲われる。

「な……にを……」……言っているの?

 

「いやいや、ハルちゃんでも分かるだろう? ハサミの化け物に襲われながらじゃ、サキちゃんは落ち着いて『手と足と首のある物』を取り出せない。かといってサキちゃんは優しいから、化け物にチャコちゃんを差し出したりはしない。だからあの時点で、サキちゃんがあの化け物を追い払うのは絶望的。ましてやあの場所の近くには身を隠すような所も無い。だからサキちゃんに残された選択肢は三つ。心を鬼にして、チャコちゃんを化け物に差し出すか、なんとかして逃げ切るか……自分を囮にしてチャコちゃんだけでも逃がすか」

 

 心臓だけじゃない。全身が、凍ってしまったかのように、動かない、動けない……息すらも、まともに、出来ない。

 

「仮にポシェットから『手と足と首のある物』を取り出して差し出せたり、チャコちゃんを差し出して難を逃れたり、上手く逃げ切って化け物を撒けたなら、今頃ハルちゃんの名前を呼びながら、血相変えて追い掛けてくる頃じゃないかな? なんならもう少しだけ待ってみるかい?」

 

 誰も来ないと思うけどさ、と男の人が続ける言葉が、やけに遠くに聞こえる。

 

 

 

 

 サキが。

 

 

 サキは。

 

 

 サキは、

 

 

 サキは、死んでしまったの?

 

 

「そんなはず……ない……」

 

 

 でもサキが。

 

 

 サキが、来ない。

 

 

 サキも、チャコも、来ない。

 

 

 助けに来て、くれない。

 

 

「遅いなぁー、心配だなぁー、どうしちゃったのかなー?」

 

 

 心配する言葉が、だけど心がこもっていない言葉が遠くで聞こえる。

 

 

 サキは、どれだけ待っても、来ない。

 

 

 私が手紙を置いて、どれだけ連絡を待ってもユイが、来なかったように。

 

 

「左腕はもう無いから……バランスを取って、右腕から切ろうか」

 

 

 目の前にいるはずの男の声が、すごく、すごく遠くで聞こえる。

 

 

 じゃあ、サキは…………

 

 

 …………サキは…………?

 

 

「もしもーし? ハルちゃん、聞こえてるー? ……まあいいか」

 

 

 男の人が、鉈を上に大きく振り被る。

 

 

 サキは、死んでしまったの?

 

 

 ユイが……死んでしまった時のように。

 

 

 そんなの、

 

 

 そんなのは、

 

 

 そんなのは────

 

 

 

 

「────“もういやだ”っっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 ドンッ!!という音と、微かな地響きと、男の人の悲鳴で、私は我に返った。

 そして、私は咄嗟に『あの言葉』を口にしていたことに気付き、その大きな音と地響きを起こしたのが『ソレ』だと気付く。

 私と男の人は、それぞれ尻餅を付いた姿勢のまま、『あの言葉』に応えて現れた『ソレ』を見上げる。

 

 

「ひっ?! な、なんだっっ!? なんだこいつはっっっっ!?」

 鉈を私の右腕に目掛けて振り下ろそうとしていた男の人が、突然現れた『ソレ』に怯えるように、じりじりと後ずさる。

 地面に突き刺した赤黒い大きなハサミを、ゆっくりと引き抜く『ソレ』は、有らん限りの敵意と殺意をもって、存在しない眼で男の人を見据えるようにして、ハサミを構えた。

「は、ハサミの化け物……!? なんでだ!? あのガキと犬を狙ってたはずじゃ……!?」

 

 

「……違うよ?」

 

 

 私は立ち上がりながら、男の人に対してそう呟いた。

 男の人の慌てふためく様子に、ほぼほぼ手放していた冷静さを、私は徐々に取り戻し始める。

 

「ち、違う……? ち、違うってなんだっ!? なんなんだっ?!?!」

 何が違うと聞かれても……。

 私は少し困ってしまって、『ソレ』に視線を送る。『ソレ』も私の視線に気付いたのか、ちょっとだけこちらに体を向けて、『さて、どう説明したものか』とどこか困った様子だ。

「な、なんなんだ、このハサミの化け物は!? お、お前が呼んだのか……!?」

 私は、真っ先に説明しないといけない、一番大切なことを男の人に伝える。

 

 

「──化け物じゃないよ……神様だよ? そうだよね、『コトワリさま』?」

 

 『本物のコトワリさま』が、男の人に向き直り……ジャキン、とハサミを鳴らした。

 

 

「……は?」

 

 ──オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オオオオオオオッッッッ!!!!!!!!

 

 素っ頓狂な声を挙げた男の人目掛けて、コトワリさまが咆哮を挙げて、ハサミで切り掛かる。

 だけど、男の人は狙ってない。尻餅を付いた男の人の、足元寸での所を切り裂いただけだ。

 

 

「ひっ?! ひっ!? ひっ?!?!? ひいいいいいいいいいいいいっっっっ!?!?!?」

 

 

 綺麗に横一文字に切られた地面と……刃が半分切られてしまった鉈を見て、男の人は悲鳴を挙げてすごい勢いで後退る。大人で腕が大きい分、サキより後ろに下がるのが速いなぁ、とちょっと思ってしまう。

「こ、こここここここ、コトワリさま!? ど、どういうことだ……『コトワリさま』は、この僕のことじゃなかったのか!?」

「そんなわけないよ。コトワリさまは、この街の山の神社にすんでいる、『縁切り』の神様の名前。おじさんのせいで、連続殺人事件の犯人だなんて噂されてた、『慈悲深い神様』の名前」

 “もういやだ”、とお願いすることで、悪い縁を切ってくれる、神様の名前。

 

 

「な、なんなんだこの街はっ!? なんでこんなハサミの化け物が二匹もいるんだ!?」

「だからコトワリさまは神様だよ? ……今ならなんとなく分かるから、説明しようか?」

 

 どうして、コトワリさまとよく似た、ハサミのお化けが現れるようになったのか。

 どうして、ハサミのお化けは『手と足と首のある物』をバラバラにするといなくなるのか。

 どうして、コトワリさまが、ハサミのお化けを直接やっつけたりしなかったのか。

 

 サキと一緒に考えても出なかった答えが、私の中で一つの答えにまとまっていた。

 

 

 

 

「く、来るなっ!! 来るなぁーーーーーーーっっ!!!!」

 

 

 そう言って男の人が叫びながら何かを手に持って掲げ……それを気付いたコトワリさまが、はっと息をのむかのように動きを止めた。

「…………えっ?!」

 男の人が掲げたそれを見て、私は反射的に「自分の右手」を見る。コトワリさまが現れる直前まで、握っていたはずの物が、ない。

 

 

 私が右手に握っていたはずのわらのお人形が……いつの間にか、男の人の左手に握られていた。

 

「な、なんで……!?」

 ここに連れて来られた時はまだ、私はわらのお人形を握っていた……なのにどうして!?

 

「──はは……なに、簡単なことだよハルちゃん。僕はさっき、君の右腕を切り落とそうとして、君の右手を握って、鉈を振り被ってた。ところがその化け物が現れて、僕は慌てて君の手を放して飛び退いた。その時たまたま、君が握りしめたままだったわら人形を、僕の手が掠め取る形になったんだ。僕としたことが混乱していて、今の今まで気付かなかったけどね……」

 

 乾いた笑い声を挙げながら、冷静さを取り戻した男の人が、わらのお人形を左手でコトワリさまに見せつけながら、立ち上がる。

「あ……あ………」

 男の人の説明に、冷静さを取り戻していた私はそれが何を意味するかを理解してしまう。

 ……折角コトワリさまが取り戻してくれた冷静さが、私の中で音を立てて崩れていく。

 

 

「──さて化け物。お前が『本物のコトワリさま』だというのなら、お前もこの『手と足と首のある物』をバラバラにした後にいなくなるんだろう? だったら遠慮はいらない、是非是非このわら人形をバラバラにして、とっとと消え失せてくれ。そうしたら僕は『噂のコトワリさま』として、その子をバラバラにできるからさ──」

 

 

 ──そうすればフェアだろう……?男の人がコトワリさまに語り掛ける。

 

 ギリ……と歯ぎしりのように、コトワリさまのハサミが微かに音を立てる。

 

 

「後、何か忘れてないかなぁ、ハルちゃん? さっきからずっと君が待っているサキちゃんとチャコちゃんは、一体どこで何をしているのやら」

 

「…………っ!!」

 ドクンと私の鼓動が跳ねる。

 コトワリさまが殺気立ってハサミをジャキンと鳴らすけれど、男の人がぐっと見せつけるわらのお人形に、やはり動きを封じられてしまう。

 それだけじゃない……コトワリさまがあのわらのお人形を渡されたら、コトワリさまはお人形をバラバラにして……この場からいなくなってしまう。

 

「残念だったね、ハルちゃん、それと『本物のコトワリさま』? 『本物のコトワリさま』にはこれをバラバラにして消えてもらう。サキちゃんとチャコちゃんはやっぱりあのハサミのお化けに殺されてしまったようだ。これで君を守る物は何もな──」

 

 男の人がそう言いながら、わざとゆっくり私とコトワリさまに見せつけるように、地面にわらのお人形を置こうとした──

 

 

 

 

 

 

 

 ──その時。ジャキン、とハサミの音が鳴った。

 

 

 

 

 

「…………い?」

「…………えっ?」

 

 男の人と、私が同時に驚いた声を挙げ──

 

 ──コトワリさまでさえもこれには驚いたように、ギッと少しだけハサミの刃を動かした。

 ボトボトッ、と微かに、それでいて確かな鈍い音を立てて、男の人の左手首と、左手首ごと切られたわらのお人形が、地面に落ちた。

 

 

「あ、ああ……? あああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」

 男の人が、噴水のように真っ赤な血が噴き出す左手首を右手で押さえながら、突然現れた『ソレ』を見てまた悲鳴を挙げて、腰を抜かした。

 

 そこには……あの大きな黒いハサミのお化けが男の人を睨み付けながら浮いていた。

 男の人の血が、黒いハサミから地面にぽたぽたと滴り落ちている。

 

 

「わんわんわんわんっ!!」

「……チャコっ!?」

 ふと、道の向こうから、小さな何かが吠えながら駆けてきた。……チャコだ!!

 そして、道の向こうから走ってきたのは……チャコだけじゃなかった。

 

 

「ハル……っ!! ……良かった、無事なんだねっ!?」

 息を切らせながら、私の元へ駆け寄ってくる、白い髪の女の子──

 

 

「……サキ……?」

 

 

「ごめん、遅くなった……!! もう大丈夫……ってうわっ!? 何この状況っっ?!」

 私の元へ駆け寄ってきたサキが、この場の状況が把握しきれず、たまらずに悲鳴を挙げた。

 

 

 後から思い返せば……コトワリさまは浮いてるし、ハサミのお化けは浮いてるし、男の人は左手首を切られて悲鳴を挙げているし……一部始終を見てなかったサキがぱっと見て理解できないのは無理もなかっただろう。

 

 

「ハル、何がどうなって……」

 

 

 だけど、この時の私には──もうとっくに、この後のことを考えるほどの余裕なんて無かった。

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