再び夜は廻る   作:kurohane

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三日目(2)『未探索の場所へ(サキ視点)』

「――……ひっ!?」

 

 団地を抜けた先の十字路から、橋の方へと向かおうとした矢先。

 左から聞こえた、赤ん坊のような泣き声に反射的に懐中電灯の光を当てた私は、こちらへ這ってくる、赤ん坊のようなモノ達に思わず短く悲鳴を挙げた。

 赤ん坊のような泣き声を挙げながら道路の方へ這ってくるソレらは、時間と場所を抜きにしても、どうみても生きている赤ん坊ではない。肌も、目も、頭に僅かに生えている産毛も真っ白で、これでは赤ん坊ではなくて白ん坊といった方が正しい気さえする。

 

 私は慌てて脇に避ける。赤ん坊のようなお化け達は私には目もくれず、大きな口で泣き声を挙げながら、車道の方へとハイハイしていき、そのまま消えていった。ポシェットに付けてある鈴も鳴らなかったし、どうやら私を襲おうとして現れたわけではなかったみたいだ。

 そういえば、私の住んでいる団地では、夜間、赤ん坊の泣き声が五月蠅いという苦情の張り紙があった。……もしかしなくとも、あの赤ん坊みたいなお化け達の泣き声だったのかな……。

 

「幸先悪いなぁ……」

 私は早くなったままの鼓動を少しでも落ち着かせるために溜め息を一つ付いた後、正面に向き直って歩き出す。まあ、幸先が悪いとはいっても、ハサミのお化けの現れたあの時よりはいいか……。

 橋を渡り始めた私は、お化けの姿や気配がないかを確認しながら進む。

 目指すのは、以前、ハサミのお化けが現れたせいで夜の間に行けずじまいだった、橋の向こう……この街の町立図書館だ。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 ――……静かだな、と思う。

 

 別に、まったく音が聞こえないわけじゃない。

 私の歩く足音が聞こえる。電灯がヴーン、と微かに低く唸るような音を立てている。その電灯に、小さな虫達がぶつかって、パチパチと小さな音を立てている。川の方では、ぱしゃん、っと魚か何かが水音を立てる。遠くの方では、虫やカエルの鳴き声も聞こえる。

 

 それなのに私が静かだと感じてしまうのは……やっぱり、昨日はほぼずっと一緒だったハルとチャコちゃんが、今日は隣にいないからだろう。

 そんなことを考えてしまった私は、自分の首を横に振り、その思考を頭の隅に追いやる。

 

「……ハルに頼りっぱなしでは、いられない……」

 

 

 

 

 ――それが今日、ハルとの別れ際に、夜会う約束をしなかった理由だった。

 

 ハルは……優しい。……だけど……優し過ぎる。

 初対面の時、私をコトワリさまからかばってくれた時もそうだし、お化けに対しての対応や考え方もそうだし……昨日の一件で、何一つ私を責めなかったことは、最たる例だ。

 私がハルを頼れば、ハルはきっと喜んで引き受けてくれるだろう。

 

 だけど……それじゃダメだ。

 たとえハルが私を守ってくれても……私がハルを守れなければ、ハルを危険な目に遭わせてしまう。昨夜なんて、特にそうだった。

 それに、夏が終われば……ハルは遠くの街へ引っ越して、この街からはいなくなってしまう。

 そうなれば……私が望もうが望むまいが、私は一人で、夜を過ごさなければいけない。

 

 こうして夜、家の外に出ざるを得なくなってから半年経った今でも、怖くて怖くてたまらない夜を……独りぼっちで、歩かなければいけない。

 

 

 

 

 チリンチリン……

 

「……っ?!」

 

 遠くに踏切が見えてきたくらいのところで、背後から聞こえた鈴の音に、私ははっと我に返り――鈴の音がした背後に振り返る。

 

 

 街灯に照らされる、何かをひきずりながらこちらに向かってくる、黒くて大きい、何か。

 

 

 

「――……あっ!?」

 

 『ソレ』がなんなのかを理解する前に、この橋の上では、何も隠れる場所がないことに気付いて私は愕然とする。ここには、身を隠せそうな看板も茂みもない。

 ――……完全に、無防備だ……っ!! 

 

「……っ!!」

 

 とにかく、逃げないと……っ!!そう考えた私は、まずは橋を渡り切るべく、全力で踏切の方へと走り出す。踏切の向こうへ行けさえすれば、身を隠せる場所があるかもしれない……!!

 だけど、普段はともかく、私を捕まえようと追ってきている時の『ソレ』の動きは存外速い……逃げ足の速さには自信がある私でも、どんどん何かを引きずる音が迫ってくる……!!

 私が踏切に辿り着いた時にはもう、すぐ後ろに迫って……!!

 

 

 

 

 カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン……

 

 

 

 

「――えっ!?」

 私が丁度踏切に入ったその時、踏切の警報機が鳴り出す。これには私だけでなく、私を背後に迫ってきていた『ソレ』も驚いたようだった。

 私は急いで踏切を渡り切り、背後を振り返る。すると、今まさに『ソレ』が踏切に差し掛かるところだった。

 

 

「――危ないっ!! 踏切の警報機が鳴り出したら踏切内に入ったらダメなんだよっ!!」

 

 

 ――咄嗟に私はそんなことを口走っていた。

 

 必死だったから、咄嗟に『ソレ』を足止めさせる口実にしたかったのか、それとも単純に『ソレ』に危険を知らせたかったのかは、自分でもよく分からなかった。

 私の声を聞いたのか、それとも元々止まるつもりだったのか……『ソレ』は警報機の鳴り出した踏切を渡ろうとせず、踏切の手前で止まった。暫くして、私と『ソレ』を隔てるように、遮断機が降りて来る。

 

「………………」

 どうやら『ソレ』は、遮断機や警報機を無視してこちらに渡ってくる気は無いみたいだ。だから私は乱れに乱れた呼吸と、まだ全力で駆けているような早さの鼓動を落ち着かせようとしながらも、『ソレ』の姿を踏切越しに見ることが出来た。

 

 

   

 

 『黒くて大きい何か』としか形容しようがない風貌。強いていうなら、夜に溶け込むような黒色の身体は、ナメクジのそれが一番近いだろうか。

 その身体から、タコやイカの足から吸盤を無くしたような触手がにゅっと何本か伸びていて、そのうちの何本かは、薄汚れた白い大きな袋の口に巻き付けるようにして、袋を持っている。

 そして、『ソレ』の正面からにゅっと伸びているその先端……白地に横一直線に黒で線を引いたお面とも、ぴったりと閉じた目ともとれるものがあるその部分が、『ソレ』の顔にあたるのだろう。

 

 

 この街と、この街の隣街で、夜道を歩いている子供を攫うと噂されているお化け――

 

 ――それが、『よまわりさん』と呼ばれている、この異形のお化けだ。

 

 

 

 

「……昨日といい今日といい、一人になった途端にこれだもんなぁ……」

 

 踏切越しに対面することになった『よまわりさん』を見ながら、呼吸を整え終えた私はそう感想を漏らした。『よまわりさん』としては、昨日家に帰る途中に攫おうとしてしまったので、今日はちゃんと今から出掛けるタイミングを狙った、というだけなのかもしれない。

 『よまわりさん』は踏切越しに私をじっと見ていて、微動だにしない。

 

 ……まったく感情が読み取れないけれど、少なくとも『よまわりさん』の今現在の予定は、電車が通り過ぎて遮断機が上がり次第、目の前にいる私を飲み込んで、あの隣街の廃工場に連れていくことなのは間違いないだろう。

 街で出くわした際の『よまわりさん』の行動は、さっきのように突然現れるのは共通事項として、少し離れた場所からじっとこちらの様子を見ているか、すごい勢いで向かってきて相手を飲み込み、隣街の廃工場に連れていくかのどちらかで、街の中では怪我をさせたり、ましてやこちらの命を奪うような行動はしないらしい。

 これが廃工場の中での遭遇で、『よまわりさん』が『あの姿』になった場合は、この限りではないようだけど……。

 以前、廃工場で私を助けてくれた、『左目に眼帯を付けた、赤いリボンの女の子』も、「『よまわりさん』は悪いお化けじゃないんだけど、夜お外をお散歩するなら攫われないように気を付けた方がいいよ。廃工場の中の『よまわりさん』は、とっても怖いから」と言っていた。

 

 なんにしても、踏切のおかげで助かった。ただ、日中なら遮断機が降りた後、そう長く待っていなくてもすぐに通り過ぎるはずの電車が全く来る気配がないことと、警報機の音のリズムと音程がどこか不安定で、なんとなく不安を煽られるのが気になるけれど……。

 そもそも、電車の本数の少ないこの路線で、こんな時間に電車が走っていたかどうか……――

 

 

「――……あ、ごめん『よまわりさん』。私、もう行くね」

 

 と、そんなことを考えていたら、電車が通り過ぎて、遮断機が上がってしまうかもしれない。そう思った私は、『よまわりさん』に頭を下げた後、正面の道を進もうとして――

 

 

「……こっちは駄目か……」

 

 ――街灯に照らされている道の先に、塔のようにそびえ立つ、あの鯨の頭のようなお化けがいるのを見て、道を直進できないことに気付く。

 仕方なく、向こう側で『よまわりさん』が電車が通り過ぎるのを待っている踏切まで戻って、その脇道の方へ進むことにした。

 『よまわりさん』は先程の言いつけを守ってくれているようで、遮断機を越えてこちらに来ようとはしないけど、じっとこちらの様子を伺っているので、早く『よまわりさん』の視界外へと逃げたい……。

 

 

 私は『よまわりさん』が向こう側にいる、踏切手前を左に曲がると、警報機の音に紛れて、何か金属を打ち鳴らすような音が聞こえるのに気付く。

 みると、駐車場のある道の手前に、大きな鉈を持った、みるからに凶暴で、近付いたら鉈で切り掛かってきそうなお化けが鉈を引き摺りながらうろうろしている。さっきからキンキン鳴っているのは、引き摺っている鉈が地面を跳ねている音みたいだ。

 出来ればあの手のお化けは相手したくないけど、また踏切に戻った時に電車が通り過ぎてしまったら……そう思うと、また『よまわりさん』の待つ踏切に戻るのも気が引ける。

 

 

 ――どうせ帰り道はここを通るだろうし、ケチらずに使うかな……。

 

 私はポシェットからペンライトを一本取り出すと、スイッチをオンにする。

 私は、鉈を鳴らしているお化けに気付かれないように少しだけ距離を縮めてから、思いっきりペンライトを振ってペンライトを光らせた後、鉈のお化けに向かって地面に転がすようにペンライトを投げた。

 

 カラカラと音を立てて、光りながら転がっていくペンライトに、鉈を持ったお化けは何事かと驚いたようで、その光るペンライトを追い掛ける。そして、転がり終えて止まったペンライトを物珍しそうにじっと見始める。鉈を持ったお化けの動きが止まったので、先程から聞こえていた金属音も途絶える。

 

 私はその隙に、鉈を持ったお化けの背後を通り過ぎると、そのまま駐車場を走り抜ける。

 これくらいなら、今の私でも対処できる。

 

 

 ……問題があるとするなら、あの投げたペンライトを帰りにどう回収するか、だけども……。

 

 

 

 

 ・

 

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 ・

 

 

 

 

 駐車場を通り過ぎた私は、町立図書館の方へ行く前に、昼間よくお遣いでお肉や野菜を買いに来る、小さな商店街に来ていた。

 

 日中に来ても、決して賑わっているとはいえないまばらな人通りで、お店が潰れてしまったのか、日頃からシャッターが閉まっているお店も多いこの商店街は、今は夜だから、すべてのお店のシャッターが閉まっている。

 どのお店もシャッターが錆付いていて、お店の看板も塗装が剥がれかけているので、こんな感じにすべてのお店のシャッターが閉まっていると、ぱっと見てどれが普段開いている店なのか分からなくなる。

 隣街でショッピングモールが建設途中の土地は、元々は古い商店街があったらしいけれど、隣街のショッピングモールが完成したら、この街の商店街も潰れてしまうかもしれない。

 切れてしまっていたり、切れ掛かっているのに直されていない街灯が、普段お世話になっているこの商店街の現状と、行く末を示しているようで、寂しい気持ちになる。

 

 

 そんなことを考えながら、T字路に差し掛かった時だった。私の持っている懐中電灯の光に、妙なものが照らし出される。

 

 

「え…………?」

 

 

 ――何かが、いる。

 

 

 青黒くて、大きな……『よまわりさん』とも、他のお化けとも違う、何か。

 それは私の懐中電灯の光に気付いたのか、それとも、元より私がここに来るのをずっと待っていたのか……ゆっくりとこちらに向き直る。

 

 

 

 

 ――顔。

 

 

 

 

 髭を生やした……喩えるなら、だるまさんの顔を怖くしたような、大きな大きな……顔。

 でも、決してだるまさんじゃない。

 だるまさんとの決定的な違いは……爬虫類のようにぎょろぎょろと動く、青く光る眼。

 その眼が、ゆっくりと私を見据えると――

 

 ――ニタリと嗤った。

 

 

「――――っ!?!?」

 

 

 私が声にならない悲鳴を挙げて後ろを振り向いた先で、更にニタニタ嗤う大きな顔と目が合ってしまう。別のお化けに挟まれたわけじゃない、私の目の前にいたはずの顔のお化けが、私の背後に回り込んだんだ……まるで、私が来た道を戻ろうと駆け出すのを最初から見透かしていたように……!

「っ!?」

 驚いて一瞬固まってしまった私の目の前で、青い大きな顔のお化けは高く、上に跳ねる。

 

 

 ドスン!!

 

 

「ひっ!?」

 私は短く悲鳴を挙げて、反射的に飛び退いた。大きな音と地響きを立てて、私の立っていた場所に青い大きな顔のお化けが降ってきた。そして、『よく避けられたな』と私を馬鹿にするように、また目を細め、口端を吊り上げてニタニタと嗤う。

 

「……こ、この……バカにするな……っ!!」

 

 そんな青い大きな顔のお化けの態度に、若干恐怖よりも怒りが上回る。私は悪態をつきながら尻餅を付いた姿勢から立ち上がり、青い大きな顔のお化けとは逆方向へ駆け出す。

 

 

 ――だけど、それがまずかった。

 

 

 ガララ……!!

 

 

 私の足元で鈴の音と、マンホールが開く音がした次の瞬間、『何か』に右足を掴まれて、私は無残にも転倒する。咄嗟に手をついたから顔から転ぶのは防げたけれど、私の両手の手のひらと、左の膝を、ざらざらしたアスファルトが削る、嫌な感触と痛みが走る。

 

「痛った…………。……あっ!?」

 

 手のひらと左膝の痛みに涙目になった私は、何が起きたかを理解して、慌てて自分の右足を見る。僅かに開いたマンホールから出た、真っ黒な手が、私の右足をがっしりと掴んでいる。

 だけど、このお化け自体は、問題ない。このお化けは、私の足を掴むだけだ。さっきのように転んで怪我をする原因にはなるけれど、このお化けは私をマンホールの中へ引きずり込んだり、私の足を引き千切ったりは、しない。

 

 

 

 

 ――じゃあ、目の前にいる、ニタニタと嗤っている……青い、大きな顔のお化けは?

 

 獲物がまんまと罠に掛かった、と悦ぶように、ニタニタと嗤う……このお化けは?

 

 

 

 

「――は、放してっ!!」

 

 恐怖で頭の中が真っ白になった私は半狂乱になって、私の右足を掴んでいる、マンホールから伸びる黒い手を叩く。だけど、私の足を掴んだまま、びくともしない……!!

 

「放してっ!! ……放せっ!! この……っ!!」

 

 手で叩いても、持っていた懐中電灯で叩いても……まるで、痛いという感覚を持ち合わせていないかのように、黒い手は私の右足を放してくれない……!!

 

「放せっ!! ……やだ……放してよっ!!」

 

 滲んだ視界に映る、ニタニタと嗤っていた青い大きな顔のお化けが、ぐるんとひっくり返り……赤い、怒った顔に変わる。

 それが何を意味するかなんて、もう考えている余裕なんて無かった。

 もう、考えてすらいなかった。

 

「放して……放してよぉっ!! ……やだ……やだぁ……っ!!」

 

 赤い大きな顔が、有らん限りの怒りと殺意を湛えて、私を睨みつける。さっきまで青い顔でニタニタ嗤っていたのが嘘のような、焼け付くような殺気を帯びた、赤い眼。

 私がここにいることを。私が息をしていることを。私がここに存在することを。全てを否定するかのような……赤い、赤い、殺気。

 

 その赤い殺気が、高く高く、宙を跳ぶ。落下地点は――――決まっている。

 

 

 

 

「――もう、いやだっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 その瞬間、私の頭上を、その赤い顔のお化けではない大きな影が通り過ぎて――

 

 

 ――――ガンッ!!

 

 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

 

 赤い顔のお化けを、大きなハサミの刃で捕らえると、その先にあったシャッターのしまったお店の看板に叩きつけ――

 

 

 ――――ジャキンッ!!

 

 

 野太い悲鳴を挙げて暴れる『ソレ』を……真っ二つに『断ち切った』――

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

「……あれ?」

 

 私ははっと我に返ると、涙に滲んだ視界のまま、慌てて辺りを見渡す。

 ……当然、そのままではまともに何も見れない。私は涙を拭って視界を元に戻した後、まず目に付いた、明かりが付いたままの懐中電灯を拾い上げる。

「あれ……? 私は……」

 マンホールの蓋は、いつの間にか閉まっていて……私の右足は、先程までマンホールから伸びた黒い手が掴んでいたことをまざまざと見せつけるように、赤く手の跡が残っていた。

 私は懐中電灯で、そのまま正面のお店のシャッターを照らして――

 

「うわっ!?」

 

 真っ赤に血塗れになったお店の看板と、大量の血が伝って、真っ赤になってしまったシャッターを見て、悲鳴を挙げた。お店の看板とシャッターを真っ赤に染めても足りないようで、シャッターの前にも大きな血溜まりが出来ている。お化けの血だからか、不思議と錆びた鉄のような臭いはしなかった。

 あの大きな顔のお化けの姿はないけれど……かろうじて覚えている先程私が口走った『言葉』と、あの出来事から察するに、そういうことだと思う……。

 

 

 ……コトワリさま、だったのかな……?

 ……それとも、『コトワリさま』として行動した、ハサミのお化け……?

 

 

「……あっ、『手と足と首のある物』……は切った後か……」

 

 

 私は咄嗟に、『コトワリさま』に渡さないといけない『手と足と首のある物』のことを思い出して、慌ててポシェットから取り出そうとしたけれど、血濡れのシャッターの前に、今日出掛ける前に念のためにと忍ばせておいたフェルトの人形がバラバラになって落ちているのをみて、既に『コトワリさま』がバラバラにした後だと気付く。

 あれ?でも私はポシェットから出して渡した覚えが無いんだけど……?

 

 いろいろと釈然としないし、助けてくれたのがコトワリさまなのか、ハサミのお化けなのかもわからずじまいだけれど……私の言うべき言葉は、一つだろう。

 

 

「ありがとう……ございました……」

 

 

 私はぽつりと、感謝の言葉を呟いていた……。

 

 

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 

 

「いたた……はぁ、マンホールには気を付けてたんだけどなぁ……」

 

 両手の手のひらと、左の膝の擦り傷は、近くの水道の蛇口の水で傷口を洗って、手持ちの絆創膏を貼ったけれど、チクチクした痛みが走る。その痛みは、先程の私の大失態を責めているようで、私はすっかり意気消沈して、溜め息を付いた。

 

 普段買い物に行っている商店街に夜、あんなとんでもないお化けがいるとは思わなかった。確かに昼間もシャッターが閉まったままのお店が多くて、活気があるとは言えない場所だけれども、あんなお化けが居付くほどの陰湿な雰囲気は感じなかったのに……。

 それに、あの二つの顔を持つ、大きな顔のお化け。見た目は勿論、こちらを追い詰める方法としても怖かった。まさか、まったく別のお化けの特性を利用して、相手の動きを封じて襲おうとするなんて……。

 ……『コトワリさま』が助けてくれていなかったら、あのお化けに潰されて……商店街に大きな血溜まりを作っていたのは、私の方だっただろう。そう思うと、ぞっとする。

 

 

「はぁ……ハルに頼らないようにって一人で無茶をして……コトワリさまやハサミのお化けに頼ってたら、本末転倒だよ……って……あ、あれ……?」

 

 

 そんなことを考えながら、町立図書館の柵の内側をちらりと見た私は、見覚えのある青いリボンを付けた女の子が、柵の内側で脚立を引き摺っているのを見て、自分の目を疑った。

 

 

 頭の上で揺れる、大きな青色のリボン。歩くのに合わせてゆらゆらと揺れる三つ編みの髪。背中に背負っている、ウサギ耳のポシェット。首から胸元に下げている、明かりの点いた懐中電灯。

 右腕一つで脚立を引き摺るようにしてどこかに持っていくその姿は……見間違えようがなかった。

 

「は、ハル……?」

 

 ハルは、私が見ているのも気付かずに、脚立を引き摺って、建物の影へと消えていく。

「待ってハル!! そんなところで何をしてるの!?」

 慌ててハルに声を掛けるけれど、ハルが建物の影から戻ってくる気配はない。

 

 ハルの不可解な行動と、町立図書館の建物から漂う異様な気配に、妙な胸騒ぎを感じた私は、慌てて図書館の入り口の門に駆け寄る。

 だけど町立図書館の柵の内側に入るための門は、『閉館中』の札が下げられていて、施錠してあって開かない。じゃあハルはどこから中に……?

 

「ど、どこかに柵の内側に入れる場所があるはず……!」

 

 そう思って柵の張られた正面から、右手の外壁の方を見ると、外壁の一部にぽっかりと穴が開いている場所を見つける。きっとハルはあの壁の穴から入ったに違いない。

 

 私は図書館の右手に回り、正面の柵の間から確認した外壁の穴をくぐる。

 窓から中が見える図書館の内部を、ハルの青いリボンがぴょこぴょこと揺れながら移動していく。

 見ると、一つだけ窓が開いていて……そこに、先程ハルが引き摺っていた脚立が置かれていた。

 

「…………っ!!」

 

 私は慌ててハルを追い掛けるべく、脚立を昇ると、開いている窓から図書館の中へ――

 

 

 

 

「さ、サキ!! そこで何してるのっ!?」

 

 

 

 

「――え?」

 

 振り返った先には、図書館の塀の穴の前で、確かに今、図書館の中を走っていったはずのハルが……驚いた顔で私を見ていて――

 

 

「は、ハル……? え? なん――」

 

 

 ――混乱した私は、訳も分からないまま背後から聞こえた鈴の音と同時に図書館の中から伸びてきた無数の手に捕まって……そのまま『図書館』の中へと引き摺り込まれた。

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