「この中に戦車を所有されている方はいらして?」
聖グロリアーナ女学院戦車隊隊長ダージリンの美声が響き渡る。
ここに集う乙女の中には中学生時代から戦車道を嗜む者も比較的多いものの、流石に個人で戦車を所有する者はそう多くはない。戦車道と言う競技の存在故個人の戦車保有は許されており戦車の流通もそこそこ有るが、その保有や維持には面倒がつきものなのだ。だが、流石は戦車道でも名を馳せる名門校の乙女たちだ。ちらほらと掲げられた手が見える。
「まあ、今年の新入生は豊作みたいね。」
ダージリンがそう独り言ちると、
「データによれば中学戦車道で使用される戦車の約32%はドイツ製となっております。我が校で使用出来る戦車は少数かと。」
とアッサムが返す。
「ちなみに、残る34%はソ連製、20%はアメリカ製、残る14%に英国は含まれます。」
聖グロリアーナ女学院は英国文化を色濃く伝える学校であり、戦車道に於いても英国製の戦車が使われている。戦車と言えばドイツとソヴィエトの2強と相場は決まっているのだが、もちろん英国にも優れた戦車は存在する。現在聖グロリアーナ女学院では、主にチャーチル・マチルダ・クルセイダーが主力として使用されているが、強力な重戦車を保有するプラウダや黒森峰と言った強豪校に対しては些か非力であることは疑いようもなかった。故にダージリンを含めた歴代の隊長は強力な戦車の導入を強く望んできたのだが、聖グロリアーナ女学院においてはOG会の力が強く、そうした試みは殆どが頓挫させられてきたのである。そうした状況に在ってダージリンが打ちだした手の一つが、私有戦車の導入である。戦車道連盟の児玉会長が後に明言したとおり、高校戦車道でも私物の戦車の使用は認められている。そこで、生徒達が持って居るであろう私物の英国戦車を部隊に組み込んで使おうというのだ。戦車の購入と違い、金を出すOG会からの干渉を抑えやすいとの目論見から発案されたのだが、個人での戦車保有率から考えるといくら裕福な生徒の多い聖グロリアーナではあってもあまり成果の出そうな案とは言い難かった。
「ダージリン様、新入生のうち戦車を保有する者は12名、うち英国戦車は3両です。」
「こんな言葉を知ってる?「戦車は天から降ってこない。自分で導入しなければならない。」のよ。」
なお、現時点でオレンジペコはノーブルシスターズには加入していないので、突っ込み役は不在である。
「具体的には、FV214コンカラー・A1E1インディペンデンスそしてTOG2*になります。」
「まあ、素敵な戦車ばかりね。でも、コンカラーが使えないのは残念だわ。」
「ですが、17ポンド砲を装備するTOG2が加わるのは大きいかと。」
実際現在の聖グロリアーナ女学院の主力火砲は2ポンド砲と6ポンド砲で有り、独国製最新鋭超重戦車「虎」の正面装甲を遠距離から貫くことが出来る17ポンド砲を搭載した戦車は喉から手が出る程欲しかったのだ。
「チャーチル・ブラックプリンスが有れば良かったとお思いですか?」
「卒業する時にはお返ししなければいけないでしょう?それに高望みはよくないわ。「今日なし得ることに全力を注げ。」まずはあの子達を使い物になるようにしましょう。」
そう言いつつスコーンに手を伸ばすダージリンであったが、微妙に残念そうな表情をしているのは付き合いの長いアッサムには隠し切れていなかった。
「わっがひのもぉとはしーまぐによ~」
やや調子の外れた横浜市歌を機嫌良さそうに歌いながら学園艦を歩くのは、今年入学したばかりの戦車乗り、横浜花子である。聖グロリアーナのタンクジャケットに憧れて入学した彼女は今人生の絶頂に居た。なんと、私物として所有していたTOG2*を、これまでチャーチル・マチルダ・クルセイダーしか使用してこなかった聖グロリアーナでも使用することが許されたのである。これを望外の喜びと言わずしてなんと言おうか。
彼女がTOG2*を持っているのは実はそれほど意外なことではない。WWIで戦車を開発した戦車開発チームによって作られたTOG2は、戦友たるウィンストン・チャーチルのごり押しによって少数ながら先行量産が行われていた。結局軍はTOG2を受け入れはしなかった物の、TOG2の抜きん出た不整地走破性能は注目され、農業用トラクターとして一時は出回っていたのである。なので、TOG2はボービントンに一台しか存在しないわけでは無く、手に入れようと思えば手に入る、そういう車両だ。
彼女がTOG2と出会ったのは2年前の初夏の事だった。軍事マニアの父に連れられて英国旅行のついでにボービントンのタンクフェスに参加した彼女は、そこに鎮座する1台の素晴らしい車両に目を奪われた。それは戦車と呼ぶにはあまりに偉大で気高く、そして長すぎた。それはまさに英国面そのものだった。
TOG2の圧倒的な存在感に心を奪われた花子は、しばし放心し、そしてその場から動こうとはしなかった。閉館時間が過ぎても動こうとはしなかった彼女を警備員が排除しようとしたとき、奇跡は起こった。暗くなった館内に突如として流れ始めた007のテーマ曲とともに、ゆっくりと走り込んでくるロールスロイス装甲車。もちろん乗っているのは英国紳士の中の紳士だ。彼は問う。
「美しいお嬢さん、TOGは好きかな?」
「はい、とても。」
「TOGの何処が好きかな?」
「長いところ。」
「あなたは動かないときも撃破されたときも、TOGを永遠に愛すると誓いますか?」
「誓います。」
思えばこの出会いは必然だったのだ。横浜港に1台の戦車が届くのは、その半年後の話である。
続く
初SSと言う事で至らぬ事が多数あると思います。