聖グロリアーナ女学院戦車隊隊長ダージリンの懐刀オレンジペコは、演習場に一歩足を踏み入れたとたん思わず立ちすくんだ。TOG2*が圧倒的な重量感で彼女の全身を押しつぶしたからだ。
隊長のダージリンは、ティーカップを傾けて、演習コースで訓練をこなすTOG2*にじっと見入っていた。
「TOGを見ておいでですか、ダージリン様。」
「ええ、TOGは良いわ。何事にも動じず、いつもじっと橋の上で耐え続けて私たちを守ってくれる。」
「はい。あのTOGに比べれば、私たちの戦車は小さなものなのかもしれません。」
ダージリンとオレンジペコの視線の先では、新入生の乗ったマチルダやクルセイダーに混じって、TOG2*がその巨体で練習コースを塞いでいた。実際全長10mを誇るTOG2に比べれば、マチルダやクルセイダーは小さいのである。
強力な新戦車導入に際し、聖グロリアーナ戦車隊は色めきたった。わけてもTOG2*は、現在聖グロリアーナに所属するどの戦車よりも大きく、重く、チャーチルの次に厚い装甲と最強の火力を持ち、どの戦車よりも遅いという優雅さを兼ね備えた最高の戦車だ。車長には一体誰がなるべきか。聖グロ最強の主砲となった17ポンド砲の砲手は誰が勤めるべきか。操縦手はどうする。これまでよりも重い砲弾の装填手は。
「TOG2*の車長は本郷さん。インディペンデンスの車長は石川さんにお願いするわ。操縦手はそれぞれの持ち主で、後は適当に1年生を引き抜いて。1年生の指導、しっかりお願いしますわ。」
隊長であるダージリンの方針は既に決定していたが、当然の如く隊員達からは異議が唱えられる。
「そんな、こんなにも優雅で強力な戦車を1年生に乗らせるのですか?持ち主はともかく、他は納得できません。宝の持ち腐れになります。」
「まて、戦車の事を一番よく知っている持ち主こそ車長にするべきだろう。それが操縦手というのはどうなんだ。」
「とろすぎて紅茶をこぼさずに済みそうな戦車ですわ。ダージリン様にお似合いですの。」
「残念だけど、今の状況ではこの2台の公式戦への参加をお姉さま方がお許しにならないわ。だから、原則として2年生は乗せられませんの。本郷さんと石川さんには悪いけれど、1年生が来年度以降公式戦に出られるように鍛えて欲しいの。それから、操縦手はその戦車を一番上手く扱える方が勤めるのがよろしいのではなくって?」
「それから、車長になった二人には名前を差し上げないければならないわね。今後本郷さんはリプトン、石川さんはにっと・・・トワイニングと名乗りなさい。」
「「へっ?」」
生涯二度と見せることの無いような間抜け面をさらした女学生が2名そこにはいた。周囲のメンバーも顔こそ平静を保っているが、明らかに目が笑っている。それもそうだ、名誉ある紅茶名を頂けると思いきや、リプトンだのトワイニングだのとは。確かに紅茶に関係ある名前ではあるがあんまりではないか。そこにそっとアッサムが耳打ちする。
「ダージリンは新戦車の車長を務める栄誉と、公式試合に出られないであろう貴方方のことを慮ってニックネームを授けました。同時に貴方方が不当な妬みにさらされないように配慮して微妙な名前を選ばれたのですよ。」
「でも、さっき日東って言いかけてました・・・。」
「気のせいです。ダージリンが面白がって微妙な名前を選んだなどということはありません。いいですね?」
「アッハイ」
かくして、新戦車2両は何事も無く聖グロリアーナ女学院の戦車隊に迎え入れられたのである。
「おい、そこのTOG!マチルダ隊に遅れているぞ!隊列を崩すな!」
「すみません!」
最近良く見られるようになったのが、TOG2*に向かって叱責を飛ばすルクリリの姿である。聖グロリアーナ女学院の戦車道は、戦列歩兵さながらの見事な横隊を形成しての平押しを特徴とする。TOG2*とインディペンデンスは歩兵戦車としての特性からルクリリ率いるマチルダ隊に配置されることになったが、鈍足で鳴らすマチルダ(24km/h)と比較してもTOG2*(13km/h)は遅すぎた。一方不整地走破性能はTOG2*の方が圧倒的に上である。こんなにも速度差があっては統一された行動など不可能といっても良い。単独での練習ではすばらしい性能を示すTOG2*も、集団での練習に移るととたんにその馬脚を現した。慣れないながらも隊形を必死に維持するマチルダ隊の新入生の中にあって、TOG2*は全く陣形を維持できずに脱落していた。
新入生の訓練も進んできたある日のこと、ルクリリは意を決してダージリンにその点を相談することにした。
「ダージリン様、意見具申を許可して頂きありがとうございます。」
「ルクリリの言いたいことは分かっています。TOGが遅すぎる、そのことに私の注意を喚起したいと言うのでしょう。」
続いてTOG2*の車長であるリプトンが補足する。
「左様です、ダージリン様。TOGに対してマチルダの速度は約2倍です。しかも不整地では機動力が逆転します。これは統一された行動が不可能であることを意味します。」
「つまり、どうしろと貴方は言いたいのかしら?」
「僭越ながら申し上げます。TOGはインディペンデンス共々、速力・不整地走破性能共に近しいチャーチル隊に所属させたほうがよろしいのでは?」
数日後
「リプトン、トワイニング。貴方達をマチルダ隊から外します。貴方達は今後、私の直属として動いてもらいますわ。」
「「はい。ダージリン様。」」
これまでの練習の結果、TOG2*がマチルダ隊に所属するのは不都合が多い事が判明している以上、TOG2*がマチルダ隊から外されるのは妥当な判断といえた。
TOG2*の持ち主であり、操縦手を勤める横浜が質問する。
「ダージリン様、今後TOGとインディペンデンスはチャーチル隊に所属するということでよろしいですか?」
「違いますわ。」
「しかしダージリン様、インディペンデンスはマチルダ隊との共同訓練で特に問題ない成績を残しています。TOG2はともかく、インディペンデンスを外す理由は何でしょう。」
インディペンデンス車長のトワイニングの質問に答える形でダージリンが答えを明らかにする。
「TOG2とインディペンデンスで独立した部隊を組んでもらいます。指揮官は私、部隊名は
これ以上無いドヤ顔で部隊名を披露するダージリンを見てトワイニングは悟った。陸上戦艦ってことですね、と。
※リプトンもトワイニングも紅茶に関わる歴史上の人物の家名ですが、この作品はフィクションです。いかなる実在の人物・団体とも関係ありません。もちろん実在のブランド名とも全く関係ありません。だから問題ない。いいね。