札幌市立
幌市露譜高校戦車道チームの使用するガレージの前には、肩を寄せ合い空の彼方を指さすレーニン、スターリンとヴォロシーロフの巨大な銅像が立ち、広大な訓練場を睥睨している。今日はその前に、巨大な戦車と隊員達が並び、部隊長による訓示が行われていた。
「聞け!同志部長陛下のお言葉だ!」
騒めきが静まった部員達を前に、一際大きな戦車の上に立つ部隊長が檄を飛ばす。
「昨年の全国大会におけるプラウダの勝利は、科学的社会主義の優位性とソヴィエト軍事科学の優秀性を証明した!黒森峰の無敵神話が崩壊して以来、各校は打倒黒森峰を掲げ戦力の増強に励んでいる。無論我が校も例外では無い。かつてソ連をして、この世界の支配者と成した奇跡の技と力を我らは復活させた。私に従う者には、もはや黒森峰に怯えぬ世界を約束しよう!」
部員達が一斉に立ち上がり、万雷の拍手と喊声をもってこの宣言を迎えた。今眼前に居並ぶ重戦車群がその言葉の証明だ。かつてクリーク元帥の命によって開発が進められた鉄の猛獣たち。状況の急変により開発は中止されたが、もし順調に開発が進展していればティーガーショックなどと言う物が起こることは無かったであろう。それらが今や、聖グロリアーナ女学院の戦車隊に向かってその牙を振るおうとしていた。
一方の聖グロリアーナ女学院である。ダージリンがルクリリ達マチルダ隊を率いて大洗との練習試合に出向くことになったため、幌市露譜との練習試合にはローズヒップが部隊を率いて臨むことになった。演習場の地図を広げて参加部隊員達を前にローズヒップが作戦を説明する。
「今度の相手の幌市露譜高校は、毎度性懲りも無くスチームローラー作戦を使ってくる所ですわ。プラウダと違って柔軟性に欠けてますから、最初の突撃を躱してしまえば後はクルセイダー隊でかき回せるのですわ」
やや手狭な演習場の中央には川が流れており、南北二カ所に仮設道路橋が架けられている。春の雪解けで川は増水しており、さらに中央に広がる沼地の部分を除いて急傾斜の河川堤防で固めてあるため、渡河できる場所は無いと考えて良さそうだ。聖グロリアーナの初期配置は黄色丸、幌市露譜の初期配置は赤丸の地点である。
「アッサム様から頂いた昨年までのデータですと、数両KVが有る他はT-35とT-28が主力ですから、クルセイダーだけでも楽勝ですわね。ちょうど今、札幌市は雪解けで演習場がぬかるんでいる時期ですから、この時期にKVがまともに動けるルートは演習道路の周りだけですわ。ですから、F3かI6辺りで拘束してしまえば、突っ込んで攪乱しているうちにD4に陣取らせたTOGの砲撃で側面を狙撃できますから、KVでもイチコロですわね。前線を食い破れば後はフラッグ車まで一直線ですわ!」
普段の言動で忘れられがちだが、ローズヒップは学業優秀で頭は良い。クルセイダー隊の隊長を任されているだけのことはあり、戦術眼も確かだ。これで普段の言行がもう少し落ち着いていれば、大洗に連れて行ってもらうことも出来ただろう。
「ローズヒップ様、聖グロリアーナの戦車道は陣形と優雅さを保ってこそ。そのような戦術はダージリン様のお叱りを受けてしまいますわ」
インディペンデンス車長のトワイニングから異議の声が上がる。普段から機動力を生かした作戦行動が当然のクルセイダー閥と違い、彼女にとっては考えに上ることすら無い作戦だろう。
「クルセイダーにはクルセイダーの戦い方という物がありますの。そういうのはお遅いチャーチルとマチルダに任せておけばよろしいのですわ」
「げげっ、マジですの!?皆KVだなんて聞いてませんですわ!」
演習当日、目の前に並ぶ幌市露譜高校の戦車を見てローズヒップは叫んだ。今目の前に並ぶのはフラッグ車のT-35を除いて皆KVだ。通常の交戦距離では、クルセイダーの6ポンド砲での撃破は些か厳しい。乱戦に持ち込んで至近距離から弱い所に打ち込むか、それこそTOG2*の17ポンド砲に頼るしか無いだろう。しかも、お馴染みのKV-1,KV-2の他に見たことも無い巨大なKV戦車が並んでいた。
「審判さん、あのKVを使うのは問題ありませんの?」
一際大きい戦車を指さしながら、審判に異議を申し立てる。なんせ、そこに並んでいるのはKV-220ことОбъект220が2両に、KV-5が1両なのだ。こんな戦車World of Panzersの中でしか見ることは出来ないだろう。
審判が口を開く前に、幌市露譜高校の部長が割り込んできた。
「KV-220は試作車2両分がレニングラード防衛戦に参加しているから問題ない。KV-5も1941年の時点で試作車両の部品製造が始まっているから問題ないとロシア戦車道同盟で判断された。これを見給え」
勝ち誇った顔で1冊の書類を突きつける。
「何々、戦車道技術適合基準証明。・・・この戦車は1941年時点の赤軍装甲規格を満たした材質で製造されています。・・・ウラルワゴン工場、ロシア戦車道同盟。随分と灰色な代物ですわね」
「言い掛かりは止して貰おう。これは文科相の承認も受けた正式な物だ」
雲行きが怪しくなりかけた所で、審判がその空気を強引に打ち切る。
「もうよろしいですね。それでは試合を開始します。一同、礼!」
審判の合図と共に双方のチームが初期位置への移動を開始する。今回の練習試合は公式戦の規定に合わせ、参加車両数10両のフラッグ戦だ。なお、敵のフラッグ車のT-35に対抗して、此方のフラッグ車をインディペンデンスにすることにした。
「さあ、気を取り直して始めますわよ!ちょっと敵の編成が予定よりも重いですけど、近寄れば抜けますからやることは変わりませんわ。むしろ、デカくて遅くなった分当てやすくなったと思えば良いのですわ。バニラとクランベリーは予定通り南北の橋を通過して索敵、TOGはD4の射点に移動、他は私に続いてC7まで前進ですわ」
似たもの揃いのクルセイダー隊は敵の陣容に特に萎縮すると言うことも無く、ローズヒップの指示に従い部隊は散開していく。バニラ車は北の橋に、クランベリー車は南に向かい、単独で索敵行動に入る。ローズヒップ麾下ジャスミンを始めとした主力は、中央C7付近に進出して索敵情報を待った。
「こちらクランベリー、南の橋を通過しました。敵影はありませんので、さらにH4地点まで前進致しますわ」
「こちらバニラ、北の橋を・・・待ち伏せですわ!」
バニラ車が北の橋を通過した瞬間、次々と砲弾がバニラ車の周囲に着弾する。敵は既に北部に防衛線を引き、此方が来るのを待ち構えていたようだ。
「幌市露譜にしては展開が早い、撤退しますわ。リミッター解除!橋を全速力で突っ切りますわ!」
方向転換したバニラ車が速度を上げて一本しか無い橋を一気に渡りきり、その後ろを追いかけるように砲弾が次々に着弾する。
「あっ、橋が・・・!KV-2まで居たとは危なかったですわ。」
通過直後、一際大きな爆発の連続と共に道路橋は崩落した。敵は北部にKV-2を2両とも配備していたようだ。他にも明らかに76mmを超える砲弾と見られる着弾が混じっていた。
「こちらバニラ。敵はKV-2が2両と新型KVを含む部隊。砲撃密度から考えておよそ5両程度と思われます」
「分かりましたわ。バニラはそのまま南下して本隊に合流、本隊はこれより南の橋を通過して攻勢に出ますわ。クランベリーは敵を発見したら接触を維持しつつ、本隊が到着するまで待機。TOG2*は作戦通り隠蔽を厳にして、南を撃てるように待機ですわ」
北の橋の通過が不可能なのは明白だ。それに、報告から考えれば南の部隊の方が質に於いても数に於いても与し易いとローズヒップは判断し、南側に部隊を動かして攻勢に出た。南側の敵を素早く蹴散らし、敵に対応の暇を与えずに各個撃破すれば良いのである。
「おっかしいですわね。全然出てきませんわ」
当初の想定ではこちらを発見した敵は即座にスチームローラー作戦を仕掛けて突撃して来るはずだったのだが、I5付近に陣取った敵は防御を固めて応射してくるだけだ。なんとか作戦通りに敵を引きずり出そうと、地形の起伏や廃屋などを利用して何度もヒットアンドアウェイを仕掛けて挑発しているのだが、一向にKV達が突撃して来る気配が無い。
「暇ですね」
TOG2*の車内で紅茶を飲みながら花子が呟く。他の乗員の表情からも同意する様子がうかがえる。敵が前進してこないため、射撃どころか目標を捉えることも出来ないのだ。ちょこまかと忙しく動き回っているクルセイダー隊以外では、のどかなティータイムが現出していた。
「うーん、今年の幌市露譜はまるでマジノみたいですわ。北も南もガチガチに固めちゃってやりづらいですわね。今年の部長さんは随分統制力がありますのねー」
そう言いつつも挑発を続けている内に、我慢できなくなってきたのかついに前衛のKVが動き出した。一両、また一両と、釣られるように次々に前進を開始し、ついには集団がバラバラになって此方に突撃してきた。
「ようやく崩れましたわ。全車突入してやっつけますのよ!えーと、こんな言葉を知ってます?囲んで棒で叩くですわ!」
クルセイダー隊がバラバラになったKVの隊列の間隙にタイミングを合わせて突入し、近接格闘戦を試みる。擬装待機していたTOG2*の乗員達も配置につき、射点について照準器に敵が見えるのをじっと待ち始めた。
「飛び出してきた割には勢いが無いようですが・・・?来ましたわね。目標先頭車両、撃て」
ようやくつり出せたKVに対し、車長のリプトンの号令に合わせて17ポンド砲が火を吹き始める。装薬量の多い17ポンド砲の発砲炎はとても激しく、発砲地点を容易にばらしてしまう一方、遠目に見ても頼もしい。だが、中々命中しない。敵までの距離もさることながら、敵が視界に対して横向きに移動していることに加え、地図上は射線が通っているように見えても意外と植生などの障害物が多く照準が困難だ。おまけに周囲を走行しているクルセイダーに当てないように気を遣いながらの射撃なので、思うようなタイミングで射撃が出来ない。段々と現状に焦りが募ってきた。
「え?リプトン様、敵後方に増援です!」
操縦席の窓を開いて双眼鏡を突き出していた花子から報告が上がる。幾ら地形を盾にしていたとはいえ、激しい発砲で位置が露呈していたにも関わらず北側の敵部隊がTOG2*に対して何らリアクションを起こしていなかった時点で気がつくべきだったのだ。
「急いでローズヒップ様に報告を!」
「うむ、かかったようだな。カセグレン作戦の第二段階に入る。絵里香の第一梯団に合図を送れ。全車主砲斉射の後突入だ!」
それはちょうど、ジャスミン車が1両のKV-1の背後を取って必殺の一撃を叩き込もうとした瞬間だった。KV-1の周囲に次々と砲弾が着弾し、激しく地面を抉る。土煙が晴れた後に見えたのは、横転して白旗を揚げるジャスミンのクルセイダーと、KV-5を中心に突撃を開始した敵の第二梯団だった。
「げっ、拙いですわ!全車急いでDラインまで撤退ですわ!」
それまで一見してクルセイダー隊に翻弄される一方に見えた敵の第一梯団は、即座に増速して陣形を再編し、クルセイダー隊を囲い込みにかかった。
形勢逆転だ。クルセイダー隊は奥深くに入り込みすぎており、今や敵の第一梯団と第二梯団に挟撃される形になっていた。敵の第二梯団は、第一梯団を巻き込むことを厭わぬ射撃を繰り返しており、撤退完了までにさらにもう一両のクルセイダーが犠牲となった。
「馬場部長、どうなさいますか」
「思ったよりも仕留められなかったが、この湿地では他に逃げ場は無い。このまま前進して敵を蹂躙する。全車後に続け」
KV-5とKV-220を中心に陣形を再編した幌市露譜高校の戦車隊は、橋を渡りローズヒップ達が逃げ込んだ北東の丘陵部へ進撃を開始した。
「あーっ、嵌められましたわ!騙されましたわ!うかつでしたわ!」
喉を紅茶で潤しながらローズヒップは考える。恐らく北の橋が落ちたのは意図的な物だ。南北両方面で守勢に回っているとこちらに錯覚させた上で、即座に部隊を移動させたのだ。統制が崩れた振りをしてバラバラに突撃を開始したのも、此方を引きずり込むための演技だったのだろう。おまけに想定していた交戦地点では思ったように泥濘化が進んでおらず、KVは自由に動いていた。
さて、既に2両を失い、防御戦闘がしやすい丘陵部に後退してきたものの、このままでは逃げ場が無いため包囲されて正面からすり潰されてしまう。一体どうしたものか。
「アッサム様は、ここ10年幌市露譜はスタート地点からフラッグ車を移動させていないと仰っていましたわ。確かにフラッグ車の姿は何処にも見えませんでしたわね。どうにかして北から渡れれば・・・」
何か良い案は無いものかと考えながら、アッサムに託されたこの演習場の資料をめくり続ける。資料の中には季節ごとの演習場の状態に関する資料もあり、その中の冬の項でローズヒップはページをめくる手を止めた。
「閃きましたわ!あのうすらデカいだけの役立たずを使えば良いのですわ。トワイニングは急いでリプトンと合流して下さいまし!ちょっと敵のフラッグ車をやっつけてきますから、他の車両はなるべく長く時間を稼いで欲しいのですわ。そちらの指揮はクランベリーに任せますわ」
さて、ローズヒップの指示によりクルセイダー隊による遅滞戦闘が繰り広げられる中、この動きは僅かに察知されていた。
「真由美はん」
「何?まりえ」
「さっきからクルセイダーが一両足りひんと思いまへんか?」
KV-5の無線手を務めるまりえは、早くにローズヒップ車の離脱に気がついたようで、暗に何か敵の策が有るのでは無いかと車長の真由美に問いかける。
「まさか。北の橋は落としてあるから、フラッグ車には行けないわ」
幌市露譜の部隊は通行可能箇所を舐めるようにして平押しを続けており、勝手知ったる地元の演習場で敵の通過を許すような真似はしない。敵のクルセイダーがすれ違うように後方に突破することなど有り得ず、北の橋が通行不可能な以上、奥深くに籠もるフラッグ車の安全は確保されていると見て良いだろう。
「英国面があるやろう?」
「そう言われてみればジャンピングタンクなんて物もあったし、否定は出来ないわね。部長陛下!クルセイダーが1台居なくなっているようです。迂回襲撃の可能性があるため、KV-5はフラッグ車護衛に戻りたく意見具申します」
確かに聖グロリアーナ女学院は英国の色濃い学校である。優雅さを重んじるダージリンらが率いているのならば兎も角、今回の対戦相手ならば英国面の発露たるびっくりドッキリメカを持ち込んでこちらの度肝を抜こうとしている可能性は否定出来ないかもしれない。些か飛躍の嫌いがあるが、そう思った真由美は部長にフラッグ車の護衛を進言し、それは即座に受け入れられた。
「うむ、分かった。そう言えばインディペンデンスも最初から姿を見せていないな。念のため、絵里香の220も連れて行け。由比のT-35は敵の襲撃を警戒せよ」
KV-5とKV-220は前進を止め、2両はスタート地点に向かって全速力で戻り始めた。それでも前線の戦力比は7対5、圧倒的に幌市露譜有利な態勢である。
一方TOG2*と合流を果たしたローズヒップは、リプトンとトワイニングに作戦を説明する。
「私に良い考えがありますわ!すぐ目の前の川ですけど、アッサム様に貰ったこっちの地図を見ると本来の川幅は狭くて、いま見えている殆どの沼地の部分は冬期には完全に凍結してしまっている場所なのですわ。今年は思ったよりも泥濘化が進んでいないようですから、ここをこう跨ぐようにTOGを入れて、あそこにインディペンデンスを入れて、後はそこら辺に生えてる木を倒してつなげてやれば、多分クルセイダーくらいなら渡せますわ」
指示語ばかりで分かり辛いローズヒップの作戦に、当然両者は紅茶が零れるのも厭わぬ勢いで激しく反発した。沼地に戦車を沈めて渡ろうなど、前代未聞の作戦である。危険な上、成功率はお世辞にも高そうには思えず、優雅さを旨とする聖グロリアーナの戦車道とはほど遠い。
「幾ら何でも無茶な作戦ですわ!インディペンデンスを沼に沈めてそのまま白旗を揚げさせるおつもりですの!?」
「そうです、そのように文字通り泥にまみれた勝利などとても優雅とは言えませんわ。それも勝利すればの話で、とても上手くいくとは思えません。優雅を旨とする聖グロリアーナ戦車隊の一員として認める訳には参りませんわ」
「リプトン様、トワイニング様、今は私が指揮をダージリン様に任されておりますの。指示には従って貰いますわ。それに、私たちはこのままでは負け確ですわ。敵の作戦に完全っにはめられた無様な敗北に比べれば、泥にまみれた勝利のほうが幾分マシというものですわ」
ローズヒップ、言うときは言う娘である。リプトンとトワイニングは渋々ながら指示に従い、戦車を沼に乗り入れることにした。
最初はTOG2*だ。ローズヒップが植生から判断した本来の川の境界を跨ぐよう沼に乗り入れる。車体を沈み込ませつつも、幅広の履帯とトルクの強いモーターが相まって、確実に目標地点に到達する。
お次はインディペンデンスだ。TOG2*の上に近くに生えていた木々を押し倒し、そのまま木々を伝ってTOG2*の上に乗りあげ、そこからさらに沼地へと車体を乗り入れる。インディペンデンスの重量でTOG2*はさらに沈み込み、運転席の覗視孔や搭乗口の隙間などから漏水が発生、上面排気管はひしゃげ、中からは悲鳴が上がる。インディペンデンスは沼に降りた後さらに進もうとするが、TOG2*の様には行かず、すぐに前進が止り履帯が空回りして沈み始めてしまった。
「インディペンデンスはここまでですわね。」
後は、あらかじめ倒して置いた木々をインディペンデンスの先に放り込み、運を天に任せてクルセイダーを渡らせるだけだ。厳しい訓練の甲斐があり、皆戦車から這い出て次々と倒木を運んでいく。標準的な戦車道を嗜む女子は、二人で3tの鉄塊を起こすことが出来るという。優雅という言葉からは少々外れているが、この程度の工兵の真似事は聖グロリアーナ戦車隊の隊員にとってはお手の物だ。
「よし、行っちゃいますわよ~!」
ローズヒップのクルセイダーは、TOG2*とインディペンデンスをさらに沼地に沈めながら渡って行き、余力で最後の木橋を粉砕しながら敵陣へ向けて全速力で突っ込んでいった。そんないっそ清々しいまでの後ろ姿をあっけにとられて遠目に眺めながら、少々疲れた顔でリプトンはトワイニングに語りかけた。
「さて、トワイニング様はこれからどうされますか?」
「インディペンデンスはこれ以上前にも後ろにも動けませんから、沼地のお茶会と洒落込みますわ。それに、これだけ沈み込んでいれば暫くは見つかりそうもありませんし」
「では、私もご一緒させて頂きましょうか。人事を尽くして天命を待つ。後はローズヒップが上手くやってくれることを祈るだけですわ」
二人は苦笑して車長席に戻り、漏水の続く車内でお茶会の準備を始めるが、TOG2*操縦手の花子が異議を唱えた。別に、お茶会なら浸水が続く車内では無く車外でやれとか、排水作業を手伝えとか言いたいわけではない。
「リプトン様、TOGはまだやれます!TOGに通れぬ道など有りません。この程度の沼地なんてTOGなら乗り越えて見せますわ」
普段は何も考えていないように見えるが、実際大したことを考えている訳でも無い花子が自分の意志をはっきり示すのはそれなりに珍しいことだ。少々面食らった面持ちでリプトンは考える。後をローズヒップに任せてティータイムを楽しんでも問題は無いだろうが、北の敵部隊の動向に注意を払っていなかった事に負い目が無い訳では無い。その事に対する反省を生かすのであれば、ここはもう一働きするべきだろう。
「そう・・・2両戻ったと報告もありましたわね。KVの足で間に合うとは思えませんけれど、万一と言うこともありますわ。そうね、花子さん、TOGの力を見せて頂戴」
「はい!」
力強い笑顔で返事をした花子が操縦桿に力を入れ、アクセルを踏み込むと、600馬力のPaxman製ディーゼルエンジンが唸りを上げ、壊れた排気管から煙を噴き上げる。換装されたMEWモーターは泥の抵抗にも負けずに特徴的な幅広の履帯を駆動し、TOG2*の車体は沼を掻き分けてゆっくりと動き始めた。
「由比様、偵察の空中部員から連絡!北方よりクルセイダー1両がこちらに向かってきます」
「なに?本当に来ちゃったの!?偵察に出た空中部員は全員配置に戻って~。雑兵ちゃん、やられないよう頑張って!」
間もなくして、クルセイダーが勢いを付けてT-35に突っ込んできた。
「敵フラッグ車発見!このままやっちゃいますわよ!」
先手を取ってクルセイダーが発砲するが、既にT-35は車体正面を向けており、砲弾は虚しく音を立てて正面装甲に弾かれた。
「あらら?この距離で抜けないなんて変ですわ。それになんか頭にごちゃごちゃ付いてますわね」
そう、このT-35はただのT-35では無い。正面装甲が70mmに強化され、各部の避弾経始が強化された1939年型だ。しかも、砲塔上部にはTPUAO(戦車用砲撃制御装置)が搭載されており、効果的に指揮管制された主砲と副砲がクルセイダーの接近を阻止していた。
「くっ、中々やりますわね。これは思ったよりも時間がかかりそうですわ」
ローズヒップの顔が焦りに歪み、激しい機動で手にした紅茶が派手にこぼれる。目の前のT-35はその鈍重そうな見た目に反し、巧みな機動で中々側面を取らせてくれず、逆に5基の砲塔群から放たれる砲火はローズヒップのクルセイダーを少しずつ追い込んでいた。
「こちらリプトン、H4地点正面に新型KV2両!このまま交戦します」
リプトンが声を上げ、車内に緊張が走る。無事沼地を突破して敵の増援を防ぐべく南下していたTOG2*の正面に、KV-220とKV-5が現れたのだ。ローズヒップはT-35相手に苦戦中であり、このまま通過を許せば敗北は確定してしまうだろう。リプトンは即座に花子にTOG2*を廃屋の陰に寄せるよう指示し、射撃の機会を待った。敵はこちらに気づいておらず、演習道路をまっすぐ西進してフラッグ車の救援に向かおうとしている。いかにTOG2*が強力な戦車とは言え、まともに相手をすれば勝ち目は無い。まずは待ち伏せによって、確実に片方を葬る事を選択した。
「まずはKV-220から。よーく狙え。撃て!」
永遠にも思える時間、十分に敵を引きつけて放たれた17ポンド砲弾が真っ直ぐに車体の側面に吸い込まれると、KV-220は黒煙を吐きながら僅かに震えて停止し、同時に白旗が揚がった。
「やった!」
車内が一瞬歓声に沸き、砲手の港は思わず手を握りしめた。なんせ、TOG2*に乗ってからの初撃破である。それを横目に即座に装填手の杉田が次の砲弾を装填する。僚車が撃破されたことでこちらに気がついたKV-5が向かってきており、発砲を続けるものの180mmもの厚さを誇る正面装甲にさしもの17ポンド砲も次々と弾かれてしまう。KV-5も負けじとこちらに107mm砲を応射し、盾にしている廃屋がたちまち崩れ始めた。
「装甲が厚すぎますわ!」
聖グロリアーナで最高の威力を誇る17ポンド砲でもKV-5の正面装甲に歯が立たず、港が思わず苛立ちを口に出すと、思わぬ事に花子から返事が返ってきた。
「・・・R2D2!R2D2を狙って下さい!」
KV-5の車体正面には無線手が収まる機銃塔が付いており、その装甲厚は120mmと他の部分よりも薄い。円筒形のため端を狙えば弾かれてしまうが、ちゃんと真ん中を狙えば他の箇所よりも容易に貫通するため、KV-5の弱点の一つと言える。この部位の形が映画スターウォーズに出てくるR2D2と言うロボットの様子に似ていることから、World of Panzersでは一般にR2D2と呼ばれているのだ。とは言え、誰もがそのことを知っているわけではない。お嬢様学校である聖グロリアーナではなおさらだ。照準器から目を離さぬまま、港は叫び返す。
「R2D2って何ですの!?R2D2って何ですの!?」
「知らないんですか!?スターウォーズに出てくるドロイドですよ!」
R2D2を知らないなんて!驚きと共に花子が叫びを返すが、車内は最早場違いな雰囲気に包まれていた。
「スターウォーズ?聞いたことがありませんね、アメリカの新兵器でしょうか?」
「ドロイドというのはスマートフォンの種類のことではないのですか?」
「確か、植民地人共の間で流行っている小説だとか・・・」
「スターウォーズは英国淑女の嗜みですよ!?」
困惑を含んだ花子の叫びが車内に虚しく響き渡る。いくら英国にスターウォーズファンが多いとはいえ、それは無い。聖グロリアーナ女学院、最近でこそ庶民の入学も多いが、歴としたお嬢様学校である。庶民には有名な大作SF映画を知らないのも仕方が無いことなのだ。多分。
一方、T-35とクルセイダーの戦いも佳境に差し掛かっていた。T-35は巧みな操縦と火力の運用によりローズヒップの攻勢を躱し続けていたが、唐突にその終焉が訪れた。雪解けで普段よりもぬかるんだ大地の上で激しい機動をし続ければ、大量の泥濘が足回りに入り込む。T-35の足回りは分割構造と装甲スカートのせいで泥が詰まりやすく、ついに片側の履帯が動かなくなってしまったのだ。
「っ!履帯が動かない!」
操縦手の雑兵ちゃんが悲痛な顔をして叫ぶが、その隙を見逃すローズヒップでは無い。
「止まった?今ですわ!」
急加速して砲弾をギリギリで躱し、ローズヒップのクルセイダーがついにT-35の側面に回り込んだ。そして一瞬の刹那、クルセイダーの6ポンド砲が火を噴いた。敢闘敢え無く、ついにT-35から白旗が揚がったのだった。
「ま‥真由美せん‥ぱ‥い、ごめんなさい、負けちゃいました‥」
「フラッグ車の撃破を確認!聖グロリアーナ女学院の勝利!」
審判の宣言によって練習試合は終わりを告げた。聖グロリアーナ女学院の勝利である。
第5話に続く
※この作品に登場する札幌市は、現実の札幌市とはおおよそいかなる関係もありません。
※幌市露譜高校は、京都府に存在するとされる女子校とも関係ありません。
頭の中で思い描いている戦闘場面を文章に起こすのは、中々難しいものですね。