激しくも熱い試合が終わり、双方が集い挨拶を交わす。戦車道の試合は礼に始まり、礼に終わる。挨拶は実際大事だ。
演習場にぽつんと生えた棗の木の下に設けられたティーテーブルに、勝者であるローズヒップと、敗軍の将である幌市露譜高校の馬場部長は相まみえていた。少し離れたところに目を向ければ、他の面々も思い思いの組み合わせで同じようにテーブルを囲んでいる。つい先ほどの試合中までは不倶戴天の敵同士であったが、試合が終わればもう友達である。いつしか語る言葉も打ち解けて、双方ロシアンティーを傾けながら武勇を称えあっていた。
「今回の戦術はお見事だったのですわ。まさか、KVにクルセイダーが包囲される事があるなんて思いもしなかったのですわ。結局、最後までお釈迦様の掌の上に居たような気分だったのですわ」
クルセイダー隊は聖グロリアーナ女学院戦車隊の猟犬である。自らが獲物を追い立てる猟犬であることを自認している彼女たちにとって、獲物と見做していた相手に追い立てられる羽目になったのは、良い経験であっただろう。
「いや、1年生でありながらクルセイダー隊を任せられるだけの事は有る。見事な統率と判断力であった。さらに経験を積めば、先代のアールグレイ殿に勝るとも劣らない指揮官になれるだろう。それに、最後に賭けに勝ったのは貴方ではないか。まさか、聖グロがあんな事をするとは想像の埒外であったがな」
試合そのものは、最後まで幌市露譜の作戦通りに推移した。編成と地の利を生かし、敵を欺き、判断ミスに付け込む。完璧と言って良いほどに決まった作戦は、最後の最後で戦車を沈めて橋にするというローズヒップの暴挙によりあえなく失敗した。
しかし、馬場部長は姿勢を正し、真剣な目つきで問いかける。
「だが、聖グロリアーナ女学院は優雅さを旨とする校風。紅茶を零して勝利する位ならば、紅茶を一滴も零すことなく敗北することを選ぶ、それを伝統とするはずだ。今のダージリンはどうか知らぬが、OG会は貴方を許しはしないだろう。幸い聖グロリアーナとプラウダ、延いては我が幌市露譜との関係は良好だ。どうだ、いざとなったら私の下に来ないか。その手腕を我が幌市露譜あるいはプラウダで生かして欲しい」
ローズヒップは特に悩む素振りも見せずに即答する。
「お言葉は嬉しいですけど、ダージリン様が何とかしてくれますから大丈夫ですわ!」
「そうか、今代のダージリンは随分と信頼されているのだな。まあ、あの場外戦術の得意な腹黒格言策士のことだ、OG会相手にも上手く立ち回るだろう」
基本的に常に表情が硬い馬場部長も、僅かに笑みをこぼした。
「所で、うちに良い軽戦車がある。T-50-2と言うのだがな。とても良い軽戦車なのだが、こちらのドクトリンでは持て余していてな。貴方なら大いに役立ててくれるだろう。今日の記念に差し上げようと思うが、どうかな」
中々魅力的な提案ではあるが、ローズヒップの心は決まっていた。
「厚意はありがたいですけど、それもお断りしますわ。私クルセイダーが大好きなのですわ!」
「・・・と、こんな感じで大勝利だったのですわ!」
所変わって、戻った先の聖グロリアーナ女学院の学園艦。ダージリン達の前での遠征報告会である。ダージリンを中心に、アッサム、オレンジペコを始めとした名前持ちが並び、後ろには大勢の一般隊員もティーテーブルを囲んでいる。ダージリンとアッサムは一見平静を保ってローズヒップの報告を聞いているが、そのこめかみには青筋が走り、目が笑っていないのは明白だ。オレンジペコやニルギリ達も苦笑いを隠せていない。ルクリリはいつもの通り澄ました顔でティーカップを傾けているが、何の事はない、居眠り中である。
「単に勝って帰ってきたと言うのならば褒めてあげたいけれど、これは困ったものね。やっぱり大洗に連れて行けば良かったかしら」
ダージリンが小さな声でアッサムに耳打ちすると、アッサムも僅かにうなずいて同意を返す。
今回の練習試合、ダージリンとしてはローズヒップに経験を積ませるのが目的であって、必ずしも勝つ必要は無かった。敗北してこそ学ぶことの出来ることも多いのである。その点、今回の試合経過からは学ぶべき事は多かった。ローズヒップはああ見えて聡明であるから、今回の練習試合の戦訓をしっかりと汲み取ってくれるであろう。その上、勝って帰ってきたとなれば、普通は文句のつけようが無いはずなのだ。問題は、勝ち方である。
「ローズヒップ、まずは今回の遠征はお疲れ様。今回の試合の経過はとても興味深かったわ。隊長として部隊を率いる上で、色々と学んだことも多かったでしょう。それに、ともすれば初めから勝ちを諦めがちな現状にあって、勝利を諦めない姿勢は賞賛に値するわ」
賞賛から始まったダージリンの言葉に、ローズヒップは相好を崩す。ローズヒップ自身余り自覚はしていないのだが、優雅さを重んじる校風とOG会の干渉による戦車保有の制限から、端から勝利を放棄したあきらめの姿勢が蔓延していることに不満を覚えていたのだ。だが、上げてから落とすのは英国紳士の定番技法だ。ティーカップを置いたダージリンの雰囲気が変わり、続けて厳しい口調で言葉を走らせる。
「でも、それを差し置いても今回の勝ち方は頂けないわ。ローズヒップ、聖グロリアーナの戦車道は?」
「いかなる時も優雅・・・ですわ・・・」
流石のローズヒップも叱責されていることは理解したようで、先ほどとは打って変わって落ち込んだ様子でダージリンに答えを返す。
「そう、私たちがしているのは戦車道であって戦争では無いわ。どんな手を使ってでも勝てばいいという訳では無い、勝利よりも大切な物がそこにはある。元々クルセイダー隊の戦い方は少しばかり優雅とは言えない所があったけれど、今回はやり過ぎよ。特に、TOGとインディペンデンスの乗員を危険に晒したのは頂けないわ。そこはよく反省なさい」
一歩間違えれば戦車と乗員諸共に泥の中に沈める事になっていたのだから当然の指摘であろう。今更ながらそのことに気がついてローズヒップは項垂れる。
「善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり、今後は私達らしい優雅さを保ちつついかに勝利につなげるかを考えなさい。それが無理だと言うのならば聖グロリアーナで戦車道を続ける意味は無い。黒森峰かプラウダにでも転校することをお勧めするわ」
その後も些か厳しい指摘が続き、報告会は解散となった。気落ちしたローズヒップはクルセイダー隊の隊員に囲まれて慰められながら戻って行き、ノーブルシスターズの面々だけが最後に残った。
ほっとため息を吐き出してアッサムが発言する。
「練習試合の目的は十分達成しましたが、最後がいけませんでしたね。ローズヒップもまだ1年ですから仕方の無い面もあるかと。OG会のお姉様方の耳に入らないよう、まずは箝口令を敷きましょうか。後はGI6に情報操作を依頼するしか有りませんね。それから、プラウダと幌市露譜にも手を回して・・・」
「アッサム、そんなことはどうでも良いの」
「ダージリン?」
アッサムが疑問符を顔に浮かべてダージリンに問いかける。そう言う大っぴらに出来ない話をするために残ったではなかったのか?
「TOGを使いこなすにはローズヒップはまだ未熟だったわ。本当なら、私のTOGがその逞しい17ポンド砲でマチルダでは歯が立たない重戦車をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、華々しいデビュー戦を飾るはずだったのに。そして、頑迷なマチルダ会のお姉様方も強さと優雅さを兼ね備えたTOGの働きに甚く感激して、マチルダ会をTOG会に改名、マチルダを全てTOG2*に入れ替える、ついでに西呉王子からチャーチルブラックプリンスも召し上げる・・・、そんな計画が脆くも崩れ去ってしまったわ。あまつさえ、あの美しい戦車を泥の中に放り込んで汚してしまうなんて!こんなことなら
涙乍らによく分からない妄想を口にするダージリンに、あきれた様子のアッサムはかろうじて言葉を絞り出す。
「大洗にはローズヒップを連れて行くべきだったと思いますよ」
アッサムが思うに、能力は兎も角として、問題行動の多いローズヒップはまだまだダージリンの下で動かすようにしなければ聖グロリアーナ女学院の名に傷が付いてしまう。延いては、OG会の過剰な干渉を許すことになりかねないのだ。特にクロムウェルの投入を控えた今は慎重に動かなければ。
オレンジペコも困った顔をしながら、一応突っ込みを入れることにした。毎度の事ながら、この上司の相手をするのはKVの1個大隊を相手にする以上の困難を伴うように思われる。
「先ほどのは孫子でしたね。それから、TOGはダージリン様のではありませんよ」
報告会の後、花子らTOG2*とインディペンデンスの乗員達は戦車の洗車の続きに戻っていた。この2両は湿地帯に完全に沈んでしまったため、洗浄の手間がクルセイダー隊とは比較にならないのだ。
「履帯に詰まった泥が中々取れませんね~」
操縦手の花子と装填手の杉田が高圧洗浄機で履帯に詰まった泥を掻き出すが、多数の転輪と装甲カバーの奥に詰まった泥は中々落ちにくい。
「車内の洗浄は終わりましたから、そちらを手伝いますわ」
ハッチから車長のリプトンが顔を出す。車内にもハッチの隙間などからだいぶ泥水が流れ込んでいたが、こちらはもう終了のようだ。砲手の港も機関室から這い出てきて合流する。
「リプトン様も相変わらず硬いですよね~。ルクリリ様程とは言わなくても、もう少し砕けても・・・」
そこにローズヒップを先頭にしたクルセイダー隊の面々がやってきた。
「クルセイダー隊の方は終わりましたからお手伝いに来ましたわー」
「あ、ローズヒップ様、クルセイダー隊の皆様ありがとうございます」
先ほどのダージリンの叱責が多分に堪えたか、罪滅ぼしの気持ちもあるのだろう。ローズヒップの的確な指揮の下、TOG2*とインディペンデンスに群がって車体の清掃を手伝い始めた。
清掃作業も終盤に差し掛かった頃、やや俯いたローズヒップが合間を見てリプトンとトワイニングに声を掛けた。
「その・・・リプトン様、トワイニング様、あの・・・」
いざ声をかけてみると、頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉が出てこない。その場の勢いで彼女たちを危険に晒してしまったこと、聖グロリアーナらしい戦いをさせられなかったこと、反対を押し切って強行したことを二人はどう思っているか・・・頭の中で色々なものが駆け巡って言葉にならず、ただ二人の前で俯いて声にならない声を上げるだけになってしまった。いつものローズヒップらしくも無い。
そんなローズヒップを前にリプトンとトワイニングは互いに顔を見合わせ、そして二人でローズヒップの肩を抱いて語りかける。
「言いたいことは分かります。今は何も仰らないでいいですわ」
「私も作戦には反対しましたが、あの勝利の感触自体は好ましく思いました。これからも一緒にダージリン様をお支えしましょう」
顔を上げたローズヒップの目には僅かに涙が浮かんでいた。
そんな姿を遠く物陰から紅茶を片手に見守る者がいた。言わずと知れたダージリンである。
「ふふ、これなら私がフォローする必要は無かったわね」
「ローズヒップ様はなんだかんだでダージリン様のお気に入りですからね」
もうすぐ今年の戦車道大会の抽選会だ。成長した彼女たちは、今年の戦車道大会でどんな活躍を見せてくれるだろうか。そして、大洗の好敵手も。
さて、いよいよ全国大会。聖グロリアーナ女学院はBC自由とヨーグルト相手に勝利して、準決勝で黒森峰に敗北する訳です。クルセイダーが投入されるのは対黒森峰戦、最終章で明らかになったBC自由の強力な戦力にどう対応するか。悩みは尽きない。