魔法使いは黒猫に横切られる   作:鴨鶴嘴

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※一話はウィズ要素が最後だけなので、読み飛ばしても構いません。


1話 デッドラインを横切って

 晴れた日には浜松までドライブをするのが、ストレスを発散するのにちょうどいい距離なんだと、昨晩父から聞いていた。

 

 家を出たのは半刻ほど前のことで、カーラジオから流れる流行りのナンバーを口ずさむ位には、ドライブを楽しんでいたと思う。

 ……それなのに、高速道路での車の故障。アクセルを踏んでも緩やかに減速しているのが速度メーターを見て明らかで、後続の車は堪らず車線を変更して追い越していく。

 焦る心を努めて平静に、深呼吸を一つ。ハンドルの操作には問題はなく、路肩に車を停車させてからハザードランプを付けた。

 こういうときは、加入しているロードサービスの業者に電話をする必要があったはず。一息つく間もなくダッシュボードの中身を物色していると、誰かがすぐに通報してくれたのか、道路巡回車の人が助手席の窓をノックした。

 

「走行していたら急に車が減速しまして……」

 

「エンジンはかかりますか?」

 

 停車と同時に車のエンジンは切っていた。後付けの理由を述べれば故障が原因で火事が起こるのを予防していたとも言えるが、無意識の内での行動だ。

 言われて差したままの車のキーを回すが、間抜けな音が鳴るだけで、エンジンがかかる気配は一向になかった。困った顔で助手席側へ振り向く。

 

「故障ですね。JAFカードはお持ちですか?」

 

「カードですか。父がおそらくは、持っていると思います」

 

「そうですか。ではお父様と今連絡は取れますか」

 

「かけてみます」

 

 携帯電話を懐から取り出した俺は、着信履歴から父親に電話をかける。

 

『はい……どうした』

 

「ああ父さん、実は高速道路で車が故障して───」

 

 話は無事に済んで助手席側から車を降りた俺は、パイロンを置いてくれた道路巡回員の方に頭を下げて、お礼を述べる。

 

「ありがとうございました。一時はどうなることかと……」

 

「いえ。お父様が呼んで下さったJAFの方が来るまでは、ガードレールの外で待っていてください。車内で待つのは事故が起きたときに危ないですからね。それでは」

 

 坦々と注意をすると、黄色い車に乗って去っていった。指示通りに俺はガードレールを跨ぎかけ、ふと思い出して、貴重品と差したままだった車のキーを取りに車内に戻った。

 故障と聞いて、廃車になるのかは一度専門家に診てもらわないと分からないことだけれど、故障車の引き継ぎはスムーズな方がいい。暖房を効かせていたから脱いだジャケットも、後部座席のシートにあるままだ。外は寒いし、これから待つ時間も長くなるだろう。

 

 思い返せば、災難だったな。と、いつかは笑い話になる日がくるのだろうか。ジャケットを取ろうと運転席と助手席の隙間、アームレストに脇を乗せて手を伸ばしている。

 少し緊張感を欠いていたときに、携帯に着信があったので、俺は急いで応答する。電話の相手は、心配そうな母親の声だった。

 

『高速で事故したんだって、大丈夫なの!?』

 

 ……。父さんは昔から、メールでの説明を端折るきらいがある。取り乱す母親に頭痛を覚えながらもどう切り出すかと逡巡している間、その沈黙を嫌って何度も『もしもし』と繰り返す母親が気の毒で、俺はすぐに返事をした。

 

「はい、大丈夫だよ。それと、事故じゃなくて車の故障だから」

 

『何っ、聞こえない!?もう一度言って』

 

 ダメだこりゃ、と苦笑を溢しながら、ふと顔を上げると、リアガラスにうっすらと自分の顔が写っていた。

 高速道路で車が停車している後方は緩かなカーブになっているが、車は完全に路肩に出ているので渋滞にもならず、そろそろ注意を促す電光掲示板も出ている頃合いだろう。そう思うと羞恥の心が湧いてくる。……リアガラスに写る自分の頬に、ほんのり赤みがさした気がする。

 

『もしもし、もしもし』

 

「ごめんごめん、聞こえてる?」

 

『もしもし、もしもし───』

 

 電波が悪い、なんてこと、今日日の携帯電話で起こりうるのだろうか。先程から何度も返事をしても、聞こえている様子がない。……高速道路上だから、もしかしたらあり得るのかもしれない。それともよっぽど気が動転しているとか。母親の心労が祟って、何か起きないか心配になる。

 携帯電話を一度耳から離し、何かの拍子で設定を変更してしまったのかを疑ってみたが、何もおかしな点は無かったので、一度電話を切ることにした。

 

「ごめん、かけ直す」

 

 聞こえているかは定かではないが、一つ断りを入れてから電話を切った。一旦はガードレールの外に出て、それからまたかけ直そうと思いながら。

 

 リアガラスに写る自分の像の、そのさらに奥と自然に焦点が会う。

 何故だろう、胸騒ぎがする。

 遠くに離れた場所に、異常な光景があった。セメントを積んでいるのだろうミキサー車が、白線の間を揺れているのだ。周りの車は車間をとっている。普通車があんなのにぶつけられたら、一溜まりもないだろう。

 

 ───先程から、知覚が研ぎ澄まされている。

 

 俺はこの感覚を覚えている。子供の頃に一度体験しているんだ。

 あの日は前日の雨で増水していた用水路の側で自転車の練習をしていたら、よろけた拍子に用水路に落ちてしまって、時間が引き延ばされたような、としか形容し難い奇妙な感覚に襲われたのだ。あのときは、直ぐに飛び込んだ父親が俺を助けてくれた。

 

 そう、この感覚は走馬灯だ。

 俺は今、生命の危機に瀕していると、直感が知らせているんだ。

 

 生きたい、その一念で弾けるように動き出した俺は、助手席のドアを開けて外に飛び出した。睨むように後方を見ると、カーブで大きく右車線に膨らんでしまったミキサー車の運転手がはみ出しにようやく気づいたのか、慌てて左にハンドルを切り、速度を殺していないものだから片輪が浮いてしまっている。このままだと3秒後には横転して、そして、路肩に突っ込んでくる!

 自分が轢殺されてしまう死のビションに恐怖し、俺はガードレールの向こう側の、草原と道路との僅かな段差に活路をみた。あそこにたどり着くことさえ出来れば、俺は生き残れるだろう。ガードレール下に飛びついて、段差に手をかけ、体を転がす。……俺は間に合った。間に合ったんだ!

 仰向けの状態で、頭の前に構えた腕をずらして後方を確認すると、停車させていた車にミキサー車がぶつかる瞬間で、その衝撃で宙を舞ったミキサー車の部品の一部が、とてつもない質量と速度を持って、俺めがけて一直線に飛来してきた。

 

 瞳孔が縦に裂けんばかりに開かれて、次の瞬間には力が抜けて、俺はもう死ぬんだなと、諦めから達観していた。

 

 ───本当に、運がない。さあ、最後には何を想って死のうか。両親には最後に親不孝を、姉はもうすぐ結婚式だったのにな。卒業式で泣いているあの子に近寄れなくて、告白は出来なかった心残り。そうだ、俺が死んだらタマのご飯はいったい誰が───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生きたいか人間。ならば我にその叡智を示せ』

 

「*****、******」

 

『これからお前に三つ問い、一つの問いにつき20秒の考える時間を与える。全てに答えることが出来れば、我の力でお前を生かしてやると約束しよう。挑むか、ここで死ぬか、選ぶがよい』

 

「***……***」

 

『クハハハハッ……恐ろしいか?』

 

「**、******」

 

『そうか。では一つ目の問い。……黄昏色に染まる“ソイツ”の頭を私は三度も斬ってバラバラにすると、その内一つを手にとって、皮を剥いで齧りつき、血肉を啜って笑みを浮かべた。満足した私は“ソイツ”の残りカスを川に捨てると、足早に橋を去った。……“ソイツ”とは何だ?』

 

「***?*****……」

 

『与えられた時間は20秒、だ。なぞなぞの答えを考えるには、短いか?死を受け入れるには、十分な時間だろう?時間をどう使うかは、お前次第。あと10秒……』

 

「*****」

 

『正解だ。では二つ目の問い。……切り立った崖に両手でぶら下がる、今にも落ちてしまいそうな二人の人間と、そこへ駆けつけたあなたがいる。一方はあなたの母親、もう一方はあなたの恋人。あなたには二人を助けるだけの腕力があるが、しかし崖にぶら下がる二人はもう限界で、一人を助けている間にもう一人は崖の下に落ちて死んでしまうだろう。助けられるのは一人だけ。猶予は20秒。あなたはどちらを助けるのが正しいか?』

 

「*************!」

 

『答えようが無いだと、それがお前の答えでいいのか?……全ての物には重さがある。目に見えることが全てでは無く、真実とは、その言葉に真の重さを与えるのだ。あと5秒……』

 

「……*****。************」

 

『正解だ。では三つ目の問い。……実は三つ目の問いの答えを、既にお前は答えている。よって契約は成立し、我の力でお前を生かしてやろう。……クハハハハッ!久しぶりに愉快だったぞ人間!もう二度と会うこともあるまい。───〈叡智の扉〉の鍵は全て揃った。三体の精霊がお前を異界へと導き、未知なる世界がお前を待ち受けているだろう。長生き出来るかは、お前の選択次第だがな』

 

「そんなこと、聞いてないんだけどっ!?」

 

 先ほどまで漠然としていた肉体が突然実体化したので、嘆きはそこそこに自分の体を確認する。……良かった、俺の体だ。前より少し若い気もするけれど。気のせいか、張り上げた声も声変わりする前の頃のようだった。

 体を確かめている最中も、俺の周辺を火と雷と水が尾を引いて飛び交い、(頭がおかしくなったわけでは無い、と思いたい)足元に発生していた上昇気流が急に強まったかと思うと、体が光子に包みこまれて、抗えない光の奔流に乗って流されていく。

 

「まだ聞きたいことが───」

 

 光の奔流は一本の道となって、流星が如く速さではるか彼方へと消え去った。

 

『グルルルルォォ……お前は本当に、運がいい』

 

 ルビーのように妖しく光る眼を細め、獰猛な笑みを浮かべる。黒龍は世界を揺るがす咆哮をし、畳んでいた巨大な翼を広げて飛び立った。

 

 零世界に幾つもの亀裂が走ると、虚は空に。彼方には海が。眼下には陸が。そして虫ケラ共が、わらわらと飛び出してくるではないか……。

 

 

 

 一なる世界は、零に還る。黒龍(じゃあく)(じゆう)を与えてはならない───

 

 

 




なぞなぞの答えは、オレンジでした。果肉をジュルリ
倫理クイズの答えは、人によりけり、とお茶濁し。
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