魔法使いは黒猫に横切られる   作:鴨鶴嘴

4 / 9
3話 春は青だと彼は言う

 先を歩こうとする俺の肩の上に、手のひらを置かれて振り向く。

 

 “その格好のままトルリッカの街中に入るのは、あまりオススメ出来ないかな。今着ているもので悪いけれど、このローブを少しの間貸すよ”

 

 トルリッカの町を視界に収める、まだ途中の街道で、ここまで快適に運んでくれたワパパから下りた理由に合点がいったのと同時に、自分の今の身なりを失念してトルリッカへと行くことばかりに気が向いていた自分が恐ろしいと、肝を冷やした。極端な話、裸の男が町で服を求めることの難易度の高さを再認識し、同性の同行者がいたことはありがたいことだと思った。

 

「助かります、本当に」

 

 彼の着ていた紺碧の空のような色をしたローブは、正直なところ俺の趣味じゃないけれど、袖を通せば足元まで隠れてくれるのは助かった。服が若干だぼついているが、道行く他人には兄のお下がりを背伸びして着る弟とでも思わせておけばいい。服のことはもう、問題ではなくなった。

 トルリッカの、まずは番兵が立つ関所へと進む。

 

 “緊張してるの?大丈夫、大丈夫だから~、なんてね”

 

 ガチガチに緊張しているのが動きに出ていたのか、何でもないように笑って言う彼の気さくな言葉に俺は苦笑いで応えて、関所を通過する。

 番兵の矢のような視線を浴びたときには覚悟したものだが、呼び止められることはついぞ無かったのでほっとひと安心した。……喉元過ぎればなんとやらで、こんな警備でいいのかと、町の治安が心配になる。

 

 “彼らは、別に仕事をサボっているわけではないよ”

 

「はぁ……そうなんです?」

 

 何か含みのある言い回しに、俺は続く説明を待ってみたが、会話はそこで途切れてしまった。

 街中に入ってからというもの、口数も減ってオンとオフが切り替わった様子の彼は、人々の往来の隙間を迷いなく縫って進んでは振り返り、俺はその背に離されまいと追いかけた。

 

 “この道に入ったら、人も落ち着いてくるんだ”

 

「そうですね。それで、この先には何があるんですか」

 

 “魔道士ギルドがある。そこならある程度融通が利くし、お茶でも飲みながら、これからの君の話をしようと考えていたんだ。もちろん、君が良ければだけどね”

 

 彼が魔法を使うのは俺も知るところなので、魔道士ギルドの名前が出てもなんら不思議だとは思わなかった。……商人ギルドや冒険者ギルドがファンタジーの定番だけど、やっぱりあるのかな。

 浮わついた思考を、一度振り払う。第一の目的であった服は一時的とはいえ達成し、次の見通しが無い現状をどうにかしたいと歩きながら考えていた俺は今、生きる指標とも言える何かを得たいと望んでいる。そして俺はそのヒントを、彼との対話に求めていた。

 

「それで、何も問題ありません」

 

 “そう、助かるよ。じつは長旅の後でかなり金欠だったんだ。保存食はまだあるけど……味がちょっとね”

 

「にゃー、にゃー!」

 

 いつの間にか彼の肩から下りていた黒猫が、先に歩いて鳴いて呼ぶ。

 立ち話は非合理的、話はギルドに着いてからにしてくれよ。そう、猫に咎められているような気がしたのは顔を見合わせた隣の彼もきっと同じだったようで、二人は小走りで黒猫の後を追って、コロッセオを思わせる立派な外観の、魔道士ギルドの中へと入っていった。

 

 魔道士ギルドの中には、二種類の人間がいた。各々のローブを着た魔法使いと、統一された制服を着る人達だ。

 周りの視線を浴びる中、受付へと真っ直ぐ向かうと、眼鏡を掛けた制服の男が顔を上げた。

 

「ん?黒猫の魔法使い殿じゃないか!噂はかねがね、退屈しない旅のようだな。今はトルリッカに来ていたのか。……そうそう、最近は新人も少なくて手が足りなくてな。頼みたい依頼があるんだが、どうだ?」

 

 “先約があるから、その後なら。それと部屋を一つ貸して欲しい。あと、バロンさんはいる?”

 

 鉄砲水のように溢れてくる言葉を軽くいなす彼は、とても手慣れていた。

 

「分かった。部屋は応接室が幾つか空いているから案内させよう。それとバロン殿は、休暇中にたまった書類仕事に追われているので、会ってもいいが面倒事は増やしてくれるなよ。我免罪符を得たりと、張り切り出すからな、あの人は」

 

 “あははは……。ありがとう、頼むよ”

 

「では引き継ぎまして、私がお二人を応接室へご案内致します」

 

 綺麗なブロンド髪の女性に案内された部屋は、寛げるだけの広さのコンパートメントのような、椅子と机があるだけの部屋で、南向きの窓から採光している室内には、独特な空気感があった。

 

「直ぐにお茶をお持ちします───私は扉の外で控えさせてもらいますので、いつでもお呼び立て下さい」

 

 お茶の味は複雑で、これが美味しいのかは分からなかったが、胃に温かさが染み入って心地良いと感じた。

 二人とも、喉を潤したところで。彼は開口一番、簡潔に言い放った。

 

 “君は魔道士ギルドに入った方がいい”

 

「それは……何故でしょうか。詳しく聞かせて下さい」

 

 “そうだね。理由は三つある。第一に、君には魔法使いになれる素質がある。……今は裏側に潜めているようだけれど、君からは初めて会った時から精霊の力を感じていたんだ。精霊と契約───絆を結ぶのは、誰にでも出来ることじゃない”

 

「そんな馬鹿げたこと……失礼。その、受け入れがたい話ですね」

 

 “心当たりは……、ありそうだ”

 

「……どうでしょう」

 

 俺は彼の詮索に口を歪めて奥歯を噛むと、お茶の残りを口に含んだ。風味は好きだけど、このエグ味は好きになれそうにない。

 

 “第二に、魔法使いには資格が必要になる。素質があるって、さっき君に話したよね。資格は公的なという意味で、魔道士ギルドに属することでクリア出来るんだけど、稀に魔道士ギルドの外部で精霊使いが生まれることがある。そういった精霊使いは魔道士ギルドに属して魔法使いになるのが一般的だけど、拒否した場合、魔道士ギルドに追われることになる。……精霊の力を研鑽すれば強力な武器にもなるし、一個人がその力を持つには、当然責任が伴うんだ。分かるよね?”

 

 俺は彼の言うことを十分理解することが出来た。

 その上で。俺は息を大きく吸った後、勢いよく机を叩いて立ち上がった。

 

「そんなのは冗談じゃないッ!人権を何だと思ってるんだ!こんなところにはいられない、俺は帰らせてもらう───って言ったら、こうなるんですね」

 

 扉の外に控えていると言っていた女性が、白い布を筒状に巻いて縮めた物を手に持ち、宙に放ると、それはどういう理屈かは不明だが、まるで無重力かのようにふわりと布が広がっていく。おそらくは、魔法の一種だろう。それが、俺の周りを包囲した。

 

 “彼はこちらを試しただけだから、その拘束具はしまってほしい”

 

「抵抗の意思を一度見せたのです。何も問題は無いでしょう」

 

 不敵な笑みを浮かべた女性が白い布を波立たせると、俺の一瞬の抵抗を押さえつけるよう上から布が巻きついて、ついには手足の自由を奪われてしまった。

 

 “一般人の彼に拘束魔法の行使は越権だ。今すぐ拘束を解かないのなら、中央本部へ報告させてもらう”

 

「一般人だと?ハッ、黒猫の魔法使いが聞いて呆れる。精霊の力なら、ヤツから私でも感じ取れるというのに」

 

 その嘲笑には、人間のドロドロとした、負の感情が多分に含まれていた。『黒猫の魔法使い』殿は、一部には蛇蝎のごとく嫌われているらしい。彼は対照的に、平静の声音のままなのが、彼女の神経を逆撫でしている。

 

 “彼は一般人だ。まだ、ね。じゃあ最後に聞くけれど、君は拘束を解く意思が無いと、そう判断していいのかな?”

 

 言葉の真意を探り会う、永遠のようにも感じる沈黙の後、その沈黙を先に破ったのは俺を拘束している女性の方だった。

 

「……くっ。覚えていろ」

 

 俺を拘束していた布が膨らんで緩み、足元に落ちると、巻き尺のように女性の手元へと帰り、白い布は元の筒状の姿に戻っていた。

 俺の理解の外側で、どうやら決着がついたらしい。テンプレートのような捨て台詞には、悔しさが滲み出ていた。……ちょっとした俺のイタズラな思いつきが発端で、彼女には悪いことをしてしまったと、少しだけ罪悪感が湧いてくる。

 

 “ちょっと待って”

 

「……まだ何か」

 

 “お茶のお代わりを注いでくれないだろうか”

 

「ーーッ、自分でやれ!!」

 

 ティーセットを乱暴に置いた彼女は、置き土産に彼の頬にビンタを食らわせると、扉の外へと出ていった。

 

「意趣返しのつもりで殴られてたら、釣りが合わないんじゃないですか?赤くなってますよ」

 

 彼と自分の器にお茶を注ぎながら、最後の一言は余分だったと笑いかけると、笑顔な彼はお茶を一口飲んで頬を擦った。

 

 “確かに。ただし、お釣りは多く貰ったよ”

 

「え?」

 

 “彼女は今感情的になって、見張り役を交代してもらおうと、理由を考えながら廊下を歩いている。……つまり、代わりの誰かが来るまでの五分から十分程度の時間、ギルドの中で僕達の会話と行動を把握している人間はいなくなる。そして、その空白は揉み消されるだろう。まさに、価千金だね”

 

 見張り役が交代するなんて、扉の向こう側で起きていることを見てきたとでも言うのか?と疑問に思うが、しかし彼には謎の説得力があった。

 俺はこのとき、鳥肌が立つのを抑えることが出来なかった。───やはりこの魔法使いの男は、普通とはかなりズレている。

 

 “ちょっとだけ、冒険してみようか”

 

 いつの間にか、彼の肩にはあの黒猫の姿があった。

 

 

 ◆

 

 

「君は、魔法使いになりたいのか」

 

「はい」

 

 ここまで案内してくれた黒猫を連れた魔法使いの彼の紹介で、俺はギルドマスターの、バロンというライオンの容姿をした亜人に魔法使いになる際の面倒を見てもらう手筈になっていた。

 部屋に入れてもらい暫く、ギルドマスターの彼は書類の手を休めることなく、俺に質問を投げ掛けてきた。

 

「うむ。では、君は何か好きな物はあるか?」

 

「好きな物、ですか?好物は淡白な味の川魚とかが好きですが……」

 

「そうか、私も川魚は好きだよ。釣りをして、自分で採った山鱒の味は、格別だ。川魚は、君を夢中にさせてくれるものかね?」

 

「いえ、違うと思います。好きですけど、意味が違ってきますね」

 

「ほう、そうかね?」

 

 事務処理の手がピタリと止まって初めて目が合うと、彼の獣の眼光をみて抱いた感情は、恐ろしさよりも優しそうだ、という感想が先行した。だが、怖いものは怖い。口を開いて歩み寄られたら、 真っ先に逃げよう。

 

「うむ。自分なりの答えを持っている者の目をしている。……それは魔法使いになってからも、大切にするように」

 

「はい」

 

「よい返事だ。魔道士ギルドは手段であり、必ずしも答えでは無い。目標を見失っても正してくれる良き友を、学校で見つけてくるといい。推薦状は私が書こう」

 

「え!?ちょっと待ってください。学校って、魔法使いになるには学校に通うんですか。初耳なんですけど」

 

「ワハハッ、愉快。彼からは学校の話は聞いていなかったのか。私は推薦状を書き、馬車の手配を頼まれたのだ。なに、学校といっても年齢や種族の制限は無いし、早ければ二年で卒業だ。しっかり基礎を学ぶのだぞ」

 

「その、遅ければ……?」

 

「……五年目には研修生として、ギルドで一定期間働くことが義務付けられている。そしてそのまま職員になる者も、少なくは無い」

 

 聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした俺は、後ろめたさから急いで言葉を取り繕った。

 

「と、とにかく、頑張って勉強します。バロンさん、ありがとうございました」

 

「推薦状を君に渡そう。宿はこの紙に書いてある場所に泊まってくれ。朝には馬車が来るよう手配しておくので、この後準備が必要なら人も付けよう」

 

 蝋封が施された推薦状と共に渡された紙には、走り書きで宿の名前と簡単な地図が書かれていた。癖のある字をしていて、俺にはとても読めそうになかった。

 

「……一人では心配なので、お願いします」

 

「分かった、この後は受付の前の適当な椅子にでも座って待つといい。では達者でな」

 

「はい、本当にありがとうございました!」

 

「行ったか……」

 

「そうですね。では、遅れた分の埋め合わせをしていただかないと、我々の業務も遅れますので。集中してください」

 

 少年と入れ替わるようにして部屋に入ってきた彼の冷笑が、部屋の温度を四度ぐらい下げたような気がする。

 

「ああ……急ぐさ。急ぐとも」

 

 髭を指先でピンと弾くと、ペンを握って書類に向き合うのだった……。

 

 “バロンさんはいい人だったでしょ?”

 

 椅子に腰を掛けて、俺を手助けしてくれる人を待っていると、今さっき外から戻って受付で報酬を受け取っていた黒猫の彼が声を掛けてきた。知り合った仲だから、気にかけてくれているのだろう。

 

「はい、魚の話から始まって、学校の話を聞きました」

 

 “今依頼を受けてきたから、君の門出を手伝うよ”

 

「あ、依頼になってたんですね……」

 

 もし依頼を受けてくれる魔法使いが誰も現れなかったら、どうなっていたんだろう……。不安を押し殺して、バロンから受け取った地図をさっそく彼に渡した。

 

「そこが泊まる宿だそうです」

 

 “うん、大丈夫。依頼内容を口頭で確認しているし、地理には明るいから安心して”

 

 彼は黙って紙を折り畳んでポケットにしまうと、必要になりそうな物を挙げて店へと連れて行ってくれた。

 

 借りていたローブは宿屋で彼に返した。このローブにも慣れて、愛着が湧いたような気がしたが、脱いで畳んだものを冷静に見ると、それは気のせいだったと分かる。

 

 “それじゃあ、今日は早く寝るといいよ”

 

「ありがとうございました。さようなら」

 

 宿屋の固いベッドに寝転がり、夕食も済ましてから時間が経っているのもあって、俺は直ぐに眠りについた。

 何も夢をみること無く、目覚めた朝。俺は新しい服に袖を通すと、外から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。手配していた馬車が来たのだろう。階段を上ってきた宿屋の娘にも案内を受けて、俺は宿屋を後にした。

 

「シュンリさーーん!おたくがシュンリさん?」

 

「そうです」

 

「若いね。魔法使いになるのかい」

 

「ええ、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 

「俺はアーロンだ」

 

「よろしくお願いします。アーロンさん」

 

「おうよ!荷物早いこと乗っけて出発するぞ。それだけか?」

 

「はい」

 

 俺はトランク一つに納めた荷物を馬車に載せて、それからは適当に座る場所を作り終えると馬車は動き出した。

 

「ノクトニアポリスは凄いところだぜ」

 

「…………はい」

 

 あれからかなり走って、馬を休めていると、彼は行く先のノクトニアポリスについて色々と話してくれた。それは為になるし、感謝すべきことだけど、馬車の揺れに酔った俺は、相槌を打つよりも今は深呼吸をして悪い気分を落ち着けていたかったのが本音だ。黒猫の魔法使いが早く寝るといい、と言った真意が分かったかもしれない。

 

「そろそろ見えてくるぞ」

 

「あれが、ノクトニアポリス……!」

 

 俺も馬車に慣れてきた頃。馭者の男が後ろの俺に珍しく声を掛けてきた。言われて馬車から頭を出すと、これまでにいくつかの町を見てきた、そのどれにも引けを取らない繁栄と美しい景色が、目の前にはあった。

 この美しき魔法の神秘は、信じられないことに、人間の手によって御されているのだ。そう思うと、感動で体が震えてくる。

 

「アーロンさんありがとう!最高だよっ!」

 

 

 

 

 

 

「くだらないわ……こんな醜い世界、早く終わってしまえばいいのに」

 

「んふふっ」

 

「何よ……あなたが私を笑うのかしら?」

 

「いえいえ、それは邪推ですよ。貴女と私は利害が一致しているのですから」

 

「……そうね」

 

「耳を澄ますと、聴こえてくるんです。世界が壊れていく音がね」

 

「大層詩的だこと。もう行くわ」

 

「───んふふっ、いい音色だ」

 

 

 

 

 




小難しい話になってしまった。
魔法学校編とか書きたくない。
お餅美味しい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。