【黒猫ウィズの潜入大作戦にゃ!】
物質をカードにすることは、難しいことじゃない。
ある程度の知識とそれなりの経験、それが魔法に関わる物ならば、出来てしまうことなのにゃ。
私には一人の弟子がいて、私が黒猫の姿になってからは、彼とは師弟でありながらも人と猫の関係を装う、ちょっと不思議な間柄が続いているにゃ。
今は、道端で拾った男の子をトルリッカのギルドに連れ込んだところ。ギルドに入る少し前に弟子と打ち合わせをして、トルリッカのギルドマスターであるバロンの執務室に勝手に隠していたある物を、私が取りに行く手筈になっているのにゃ。
「では引き継ぎまして、私がお二人を───」
来たにゃ、弟子からのGOの合図。肩から降りた私は人からは認識されにくい影を歩いて、バロンの執務室を目指す。黒猫の姿になっている私のことを、不審がるような職員は少ないのにゃー。にゃははっ!
あっという間に執務室の中には入れた。バロンが留守なら簡単だけど、全部思い通りとはいかないのにゃ……。ペンを握っているバロンの姿が見えてから、私は気配を殺して慎重に、気付かれることなく目的のバロン人形(サンタコスver.)の側まで近づけたのにゃ。ちなみにこれは私の弟子がクリスマスにバロンにプレゼントした物、無駄に器用なのにゃ。
「いかんな、集中が切れてしまった。……ん?どうして黒猫がここに」
「フシャーーッ!」
なんでこういう時に限って勘がいいのにゃ!?最悪過ぎるにゃ!私はバロン人形が大事そうに抱えるプレゼント箱のマジックテープを剥がして咥えると、急いで出口に向かったのにゃ。
「待てっ!……と、猫に言ったところで無駄か。一体なんだったのだ。……あの黒猫はたしか、彼の魔法使いがトルリッカに来ているのか」
ぬいぐるみの事には気付かない、残念なバロンだった。
間一髪の逃走劇の後は、弟子と合流しようと窓の外の石を歩いて渡りながら部屋の中を確認している。ちょっぴり怖いけど、これぐらいのスリリングは何度も経験しているからへっちゃらなのにゃ!───見つけた。けれど部屋の中は揉め事が起きているようなので、とりあえずほとぼりが冷めるまで外から中の様子をみていると、私の弟子と目があったにゃ。
『ありがとう。悪いけど、廊下側に回って尾行して』
まったく、師匠使いの荒い困った弟子にゃ。口パクでの簡単なメッセージを受け取った私は、プレゼント箱をその場に置いて別の窓から廊下に出ると、扉の影で尾行相手が来るのを待つのにゃ。
───危なにゃい!
勢いよく開けられた扉を辛うじてバックステップで躱し、出てきた人物を睨み付ける。まったく、教育のなってない職員にゃ!私には目もくれず歩きだした彼女の後をつけると、よっぽど怒っていたのか、ブツブツと呟く独り言から中で何が起きていたのか推察することが出来た……今は猫でも四聖賢、これでも賢い方なのにゃー。
「ああ、この失態がアナスタシア様の耳に届いたら私は、しかし。……私に気があるサリハンなら、話を合わせてくれる筈。言い訳ならなんとでも───」
……まさか、アナスタシアの名前をここで聞くなんて。思ってもみなかった。
トルリッカに間諜を送って、何を企んでいるの?
彼女はただの末端に過ぎない、だからこれ以上の情報は見込めないだろう。そう判断した私は、急いで弟子の待つ部屋へと向かったのだった。
【真夜中の脱走】
前もって入念に調べておいた夜間警備員のルートは、既に頭の中にインプットされている。
予定では、一、ニ、三、四、五……来た!ランタンを持った警備員が、何も知らずに廊下を歩いてやってくる。この警備員が通り過ぎる瞬間を俺達は祈りながら、柱の影でじっと息を潜めていた。
この学校は、俺のような人間が居ていいところでは無かった。
毎日与えられる膨大な量の課題、米粒のような小さな文字で埋まった本の十数頁を暗記しろという座学、出来なければ席を外される実技。これが毎日毎日繰り返されて、気が休まるのは食事と睡眠のときだけであった。
「辛いな」
「あぁ……」
食事のスープとパンを食べながら愚痴を溢すと、横で食べていたレックスが気の無い返事をした。……食事のときに、する話題じゃなかったと後悔する。
「このパン、スープに浸すと美味しいな」
狙っての発言かは分からないが、シュンリがパンの話を始めた。美味しそうに頬張るので、俺も真似してパンをスープに浸してみると、確かに悪くはなかった。
「実は今日、親から手紙が来てたんだ。元気にしてるか?って」
「こっちも似たような文面の手紙が一昨日にあったな。返事を書く時間が惜しくて、まだ書いて無いけど」
「はははっ、そっかー」
「シュンリは無いのか?」
「俺?俺はその……特殊でね。親とは連絡が取れないんだよ」
「悪い……そうとは知らず。ごめん」
「いやいや、謝る必要無いって。ただ、ずっと遠くにいるだけで、二度と会えないってことでも無いし。たぶん」
シュンリが親を亡くしていたことを、俺は初めて知った。シュンリの言う遠くってのは、おそらく天国でまた会えるとか……そういう希望的なもので。そういえば、ギルドマスターからの推薦状で魔法学校に入ったのだと、前に一度話していたことがあった。今思えばそれも、親を亡くしていた境遇故だと思えば、合点がいく。
それに、俺はシュンリが弱音を言っているところを、これ迄に一度だって聞いたことが無かった。きっと、かける思いや意識の高さが、俺とはまったく違うのだ。
そう理解した瞬間にストンと心に収まったそれらは、難解な数式を解く為の方程式のようなもので、それによって俺の思考は一つの解を導き出した。
そうだ、脱走しよう。
閃いた瞬間、憂鬱だった頭の中が、急に明るくクリアになったような気がした。
明確な目標が出来ると、普段は思い付かないようなアイデアが湯水のように湧いてきて、活力が漲ってくる。
これならいける。入念な下調べによる裏付けで、作戦の成功を確信したとき、俺の頬は紅潮し、心の底から笑顔を浮かべていたと思う。
「レックス、俺はここを脱走しようと思う。実はもう実行に移すだけで、作戦を幾つか考えてあるんだ」
「脱走か。……実は俺も、前から考えていたんだ。シュンリは?あいつには声を掛けた後なのか」
「あいつは、いいんだ」
「そうか……俺もそれがいいと思う」
◆
警備員のランタンの明かりは、道を折れて遠退いていった。その隙をついて西へ走り、外壁に辿り着く。そこで俺の得意な氷を生み出す魔法で氷山を形成し、容易く塀を乗り越えることが出来た。
後は手紙でレックスの親に手配してもらった馬車の荷台の樽の中に隠れて、ノクトニアポリスから脱出する手筈になっていた。
「……レックス様とアドニス様ですね。話は全て聞いております。さ、お早く」
町の指定の場所に着くと、優しい笑顔を浮かべて迎えてくれた男性の姿があった。後は馬車に乗って、樽の中に隠れて、そして外へ出れることが出来れば!後は何とでもなるんだ。
「良かった、いこうレックス」
振り向くと、目を見開いて絶望するレックスの姿があった。
「あぁ……
体当たりを仕掛けたレックスが、目の前で地面に倒れ伏して、動かなくなった。
「なんだ、もうバレてたのか」
無感情なその言葉を聞き終える前に、俺は体を反転し、全力で走り出した。それから直ぐに背に鈍痛が走り、意識が暗転する───
「私の声が聞こえるか?」
ベッドの上で寝ていると、なんだか懐かしい声が聞こえてくるので、ふと目が覚めた。
「お父様?僕は……。うッ、頭が、とても頭が痛いよ」
とても苦しい。鉄製の輪で頭を締め付けられているような痛みに、涙が零れてシーツを濡らす。
「命があるだけでも、幸運だと思え。お前が私にあの様な手紙を寄越さなければ……今頃はきっと」
「手紙?なんのことを言ってるの。それよりも、頭が割れそうで、酷く痛いんだ。水、水を……」
「駄目だ。これはお前の罰なのだよ。思い出せないことを含めてな……もう二度と、私を失望させないと誓えアドニス」
「はい、誓います。だから、水を下さいお父様……うぅ」
「……水差しとコップを」
「承知しました旦那様。直ぐにお水をお持ちしますわ」
【五分間ファンタジー】
“ちょっとだけ、冒険してみようか”
黒猫の魔法使いがそう言って窓辺に立つと、フェルト生地のプレゼント箱をどこかから取り出した。……まさか、窓の外からでは無いだろう。きっと例の魔法の一種だ。
“開けてみてごらん”
彼から投げ渡されたのを両手でキャッチし、ドキドキしながら赤いリボンを解いて箱を開けてみる。けれど、中身は白い綿詰まっているようにしか見えず、肩透かしをくらった俺は溜め息をして少し、ガッカリした。
「あの、綿だけですけど……」
“綿の中に、硬い物がないかな?指を入れてみて”
言われて綿の中に指を入れてみると───あった、確かに硬い何かがある。それを摘まんで取り出してみると、光沢のある乳白色が保護色のような働きをしていた、宝石でつくられた一つの鍵があった。
「うわっ!……凄い。言われなったら、気づきませんでしたよ」
“無駄にこだわったからね、オーダーメイドでその鍵を作るのは、高かったよ。それはさておき、鍵は、鍵だけでは何も意味を為さない物。対となる鍵穴が無いと何も始まらないよね”
彼は懐から一枚のカードを取り出すと、カードが眩く輝いた。光が消えると彼の手には古びた一冊の本が現れて、怪しげな文字が刻まれた革ベルトが十字に本に巻かれており、本を開くには中央の鍵を外す必要がある作りになっていた。
“開けてみて。大丈夫、それはただの白紙の本だから”
テーブルの上に本が置かれ、鍵を外して革ベルトを側に置く。本を開いてみると言われていた通り、白紙が続く本だった。頁を捲る、頁を捲る……。
何も無いかと思われた本には、ある頁から細工が施されていた。突然、頁同士くっついて捲れなくなった異変に気付き、分厚くなったそれをまとめて開いてみると、紙をくり貫いて作られたスペースにはめ込まれた、謎の液体の入った瓶があったのだ!
「凄い、ロマンだ……!まるでそう、ナショラルトレジャーな気分」
“このロマンが分かるなんて、やっぱり君は見込みがあるよっ!”
「にゃーん……」
肩を組んで叩き合う二人。彼の黒猫が呆れた鳴き声をしたような気がしたけれど、今はこの液体が何なのか、それだけが知りたくて堪らなかった。
“それはある友人から分けてもらった香水なんだ。少しだけ、栓を抜いてから匂いを嗅いでごらん”
俺は慎重に栓を抜き、手で扇いで匂いを嗅いだ。それはそれは、とてもいい香りで、何だか気分がふわふわと、心地良くなっていく……。
「何だか……眠くて……くぅ……」
“よし、上手くいった。後は……向こうで……”
「ふにゃー……」
・・・・・。
・・・・・。
微睡みの中で、暖かな光が君を包み込んだ。