魔法使いは黒猫に横切られる   作:鴨鶴嘴

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5話 眠れる森のラリドン

「本当に、ここでいいんですよね?」

 

「ええ、馬車は快適でしたが、体が鈍ってしまうのはいけない。ちょうどいいウォーミングアップってところです」

 

「それなら……僕はここまでですね。ラリドンは、ここまでくればそこまで遠くない筈です」

 

 馭者の男は思案げに、言葉を選んでいる様子だった。

 

「王都に戻るんですよね。……どうか気をつけて、またいつか会いましょう」

 

「やははっ!……ええ、またいつか」

 

 手綱を巧みに捌いて馬車を旋回させると、街道を引き返す馬車の姿が小さくなっていく。懐から一枚、無垢のカードを取り出した俺は、眺め、また懐に戻す。

 世界には、目に見えない力が数多く働いている。魔力もその内の一つだ。無垢のカードに魔力を少し通せば、魔力は力の方向性を失って魔素となって霧散し、霊脈のありか、魔素が集まる方向へと流れていくのを知ることが出来るのだ。ただし、魔素を知覚出来ればのはなしなのだが。学校で学んだことが、今の俺の血肉になっていると実感する。

 さておき、早速森の中へと踏みいっていく俺は、キノコの魔物の横を素通りしながら、人の手が入った形跡のある林道を観察しながら進んでいく。

 

「平和だな」

 

 先ほどから魔物が襲ってくる気配はなく、見て分かる程、暢気そうな面構えをしている。それらから、この土地の陰陽のバランスがとても安定していることがよく分かる。

 俺はこの魔素で満ちた森の管理者であるギルドマスターの力量の一部に触れて感銘を受けるのと同時に、たしかな手応えを感じていた。この森なら……。

 

「ん?……おいおい、珍しいところから来るなァ!?その林道はもう使ってねーのに、よくきたな!」

 

 リンゴを収穫していた農夫が目を丸くして、それから人好きのする笑顔で話しかけてきた。

 

「魔法使いですから……実戦も兼ねるつもりでしたが、この森の魔物は皆、大人しいですね。こんなことなら、正規の道からくれば良かった」

 

「へ~、なりを見て魔法使いだろうとは思ってたが……殊勝なヤツだな、ご苦労さん!ラリドンのギルドマスターはスゲーのよっ」

 

「ですね。ラリドンに来た甲斐があるというものです」

 

「……お前、なかなか話が分かるな。マスターはこの先道なりでT字に突き当たったところを右に行った先のギルドにいるか、そこの職員に聞いてみればいい。……まっ、余計なお世話かもしれんがな」

 

「いえいえ、ありがとうございます。それと、リンゴを二つ売ってもらえませんか?」

 

「あいよっ!」

 

 投げられた二つのリンゴをキャッチして、銅貨を支払う。すると、もう一つリンゴが飛んできて、辛うじてキャッチする。

 

「こいつはオマケだ」

 

「ありがたく、いただきます」

 

 リンゴを持った手で手を振って、一口齧りつく。蜜が滴り、スッキリとした酸味が堪らなく美味しかった。

 

 ◆

 

 ギルドは情報どおりの場所にあり、一目で分かった。問題なのは、中に入ってからだ。

 

「ラリドンを拠点に魔法使いの活動をしたいと思う。そこでまず、ここのギルドマスターにお会いしたい」

 

「何だと……貴様。ロレッタ様には会わせんぞッ!」

 

 受付の男がカウンターを拳で殴り、不穏な空気が流れる。女性陣はやれやれ……と呆れた様子で、遠巻きでこちらを観察してくる男の魔法使い達の目は、真剣だった。

 

「は?……失礼。それは、何故でしょうか」

 

「こほん。マスターは今、森で瞑想をしておられる。何人も、この瞑想を邪魔をすることは許されないのが、ここのルールなのだ。よって、従ってもらうぞ」

 

「今が無理なのは分かりました。マスターの管理者としての職分も理解しているつもりです。では、いつなら会えますか?」

 

「黙らっしゃい!新参者のお前の都合など知るか!この依頼を全て終えてから、話を聞いてやろう」

 

 横柄な職員もいるんだな、と依頼の紙の中から面白いものを見つけたのでさっと一枚を抜き取って、カウンターの上に置かれた判子で受理の欄に朱印を押した。

 

「勝手に判子を──」

 

「ルールは把握しました。ではこの『広域:森の生態調査』の依頼を受けますさようなら!」

 

 依頼書を別の受付(女性)に渡した俺は、脱兎の如くギルドを飛び出した。一拍置いて、周りの理解が追いつく。

 

「森だと、ハッ!?そんなことさせてたまるかッ!破棄だ破棄──」

 

「いやいやいや、駄目でしょ。職員がそんなことしちゃ」

 

 遠巻きに事の始終を観察していた魔法使いの一人が、言葉を発した。その鶴の一声で受付の男は小さく「はい……」と返事をして、取り上げようとしていた依頼書を横目に恨めしそうに眺めながら、事務仕事に戻った。

 

「さすがは、ロレッタ様親衛隊筆頭魔道士……ッ!」

 

「叡王からわざと降段して、今は一級魔道士らしいぜ。なぜって?本部から召集があっても、ラリドンから先に進めなくするためだよ。クレイジーだろ?」

 

「ロレッタ様親衛隊(ファンクラブ)からの除名権限持ってるし、ビビるのも無理ないよな。はぁ……ロレッタ様尊い」

 

「……ロリコンなんて、底なし沼で溺死して微生物のエサにでもなってればいいのにボソッ」

 

 妙齢の受付嬢の独り言が、このどよめきを締め括った。




書いてない短編(フラグ回収)とかあるけど、いつか…。

BEASTARSって漫画おすすめ。

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