「ガアアアッ!」
狼を模したデストロイ、『ウルフデストロイ』とでも呼ぶべき怪物が咆哮し、その自慢の爪でシーズの肌を引き裂こうと飛びかかってくる。
「ふっ!」
シーズは前転し、ウルフデストロイのジャンプの軌道を潜り抜けるようにかわす。ウルフデストロイも受け身を取り、お互いの位置が入れ替わった。
ウルフは、またすぐに攻撃に移ろうとはせずにジリジリと時計回りに歩きながら次の攻撃の機会を伺う。シーズも同じように動き、束の間の膠着が訪れる。その様はまるで剣客同士の果たし合いであった。
実際、これは命のやり取りである。攻撃を仕掛けるべきか?様子を見て相手の力量を測るべきか?それとも…逃げるべきか?一回の判断ミスが敗北…すなわち『死』に繋がる。
シーズはバイオコマンド、スパイダーデストロイとの戦闘で
これは『狩り』ではなく『戦闘』である。
「ガウッ!」
ウルフはジャンプせずにシーズに真っ直ぐ突撃してくる。右手、左手、右手、左手と、鋭利な爪の連続攻撃を繰り出す。一回でも当たればひとたまりもない威力を持っているだろうことは誰の目から見ても明らかだろう。だが、ウルフはその爪の威力を
「はっ!」
左右交互に攻撃し続ける。そのワンパターンな動きをシーズは読んでいた。彼はウルフの左手による攻撃をかわした後、すぐその後に右手の攻撃が来る事を予測し、振りかぶって来た右手を素早く掴む。そして、ウルフの左頬めがけて一発、二発と拳を打ち込む。そのまま流れに乗って三発目を打ち込もうとするシーズ。
「グウアッ!!」
だが当然ウルフもやられっぱなしにはいられない。すぐさまシーズの拳を受け止め、右手を拘束していたシーズの左手を振り払い、シーズの膝辺りを爪で引っ掻く。
「ぐあっ!」
ダメージによって脚の力が弱まり、踏ん張りが利かなくなったところを見計らって、ウルフはシーズを軽々と放り投げた。シーズはコンビニ店外に常設されているゴミ箱に叩きつけられる。破壊されたゴミ箱からコンビニ弁当の空容器やペットボトル、まだ中身が残っていた炭酸飲料の缶が散らばる。シーズが引っ掻かれた膝を見ると、赤黒い血が滲んでいた。
「グウウウ……」
「なら、これでどうだ!」
シーズは『LOCUST』のキューブと、昼に倒したスパイダーデストロイのキューブを入れ替える。
『SPIDER』
『KICK』
『WIND』
『CCC!RIDE A CHANGE!』
茶色のフードがシーズの顔を覆う、その影には無機質な複眼が敵の姿を捉えていた…。
「ハッ!」
シーズは左手から白い糸を出す。咄嗟の出来事に反応し切れなかったウルフはそのまま簀巻きにされる。もがいてももがいても、糸の拘束は緩まず、むしろ強まっていく。
「ホントはこういう手は使いたくないけど…!」
『CCC!RIDE A BREAK!』
ベルトのレバーを操作した後、シーズは左手から放たれていた糸をグッと引っ張る。すると釣られた魚のように、あるいは弾むヨーヨーのようにシーズに引き寄せられる。
「どりゃああああーー!!」
無防備なウルフに突き刺さる必殺の右回し蹴り。ウルフはビルの壁に叩きつけられ、アスファルトに力無く転がり落ちると、霧のように消えていった…。
「……あれ?」
ここでシーズはとある違和感に気づく。と同時に、夜見川に貰ったスマートフォンが描かれたキューブが振動を始める。シーズがそれに触れると、そのキューブから音声が発せられた。
「カイくんかい?こっちは終わったところだが…」
「その声…夜見川さん?はい、終わりましたよ…でも」
「分かっている…無いんだろう?デストロイが死んだ時に残すはずの…『キューブ』が」
そう、シーズが感じていた違和感とはこの事である。先程確かにウルフデストロイを打倒した。したのだが、その戦利品とも言えるキューブが無かったのだ。
「気になるが、とにかく今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれたまえ」
「はいーー」
シーズが通話を終了しようとしたその時、シーズは背後から気配を感じ取り、バッと振り向く。そこには2メートル50センチはあろうかという巨躯で毛むくじゃらな熊の怪人と、全身が翡翠で作られたかのように錯覚させる美しい緑色の体毛を持った鷹の怪人がゆっくりとこちらに近づいていて来ていた。
「……夜見川さん、新手が来たので切ります!」
「新手!?今そっちに仲間を二人向かわせてるから、到着まで持ちこたえて…って聞いてる!?」
夜見川のその言葉も聞かず、シーズはまず熊の怪人に突進する。ウルフに負わされた傷などどこ吹く風か、一点のブレもない走りだった。その勢いを手に乗せ、一発、拳を熊の胴に叩き込む。
一方、熊怪人の方は、敵意剥き出しの者が向かって来ているというのに、両腕をだらりと下げたまま、その場に突っ立っていた。それが体格差故に生まれた余裕なのか、それともこの怪人の戦法なのか、今の時点では本人にしかわからない。
だが、側に立っていた翠色の鷹怪人には、若干の動揺を与えたのか、わずかに仰け反った姿勢を取っていた。
「…………」
「…えっ!?」
シーズは、バックステップして熊怪人との距離を取る。何故なら、全く効いていないからだ。人間を超越する威力のパンチを食らったというのに、何のリアクションも取らず、熊の怪人はあいも変わらずその場に突っ立っていたのだ。
『勝てない』、そう言った負の感情が脳裏をよぎるシーズ。だがここで引いては、この恐るべき怪物に人間が殺されてしまう。という考えで負の感情を何とか押し殺そうとする。熊の怪人は手をクイッ、クイッと曲げ、シーズを挑発する。
「うおおおおっ!」
シーズはその挑発に乗り、また突撃する。今度は一発だけじゃなく、連続して拳を叩き込み、ワンパターンにならないよう蹴りも織り混ぜる。攻撃の度にウルフに受けた傷が悲鳴をあげるが、シーズは攻撃を止めない。
しかし、熊怪人には一向に効果が無かった。殴ったり蹴ったりしている『手応え』は確かにある。しかし、そのダメージをものともしていないのだ。
その様子は、格闘技において初心者が達人に稽古をつけてもらっているかのようだった。だがそれとはまるでわけが違う。熊怪人は、拳を握りしめ、思い切り振りかぶる。やっと攻撃に移る気だ。
シーズはそれを察知し、両腕でガードの構えを取る。
「今のパンチとキック…中々良かったぜ?」
「えっーー」
刹那、丸太のような腕が振るわれ、シーズの腕を襲う。
「ぐあああああっ!?」
その威力はまさに暴風とでも言うべきか、シーズの身体をいとも容易く20メートル先まで吹き飛ばした。シーズは何とか受け身を取ったが、熊怪人の一撃をガードしようとした両腕は、電撃が走ったかのように痺れていた。
「ーだが、俺を倒すにはまだ至らねえようだなぁ?」
「くっ……!」
ズシリ、ズシリと熊怪人は二本の足でゆっくりと近づいてくる。人間は恐ろしい事が起きる事よりも『それ』が起きるのを分かっていながら『それ』をただ待つことしか出来ない事に最も恐怖心を抱くという。現に、シーズは恐ろしかった。恐怖していた。こんな化け物に自分は本当に勝てるのか?いや、自分は生きて帰る事が出来るのか?負の感情が止めどなく溢れてくる。
その時だった。今までまごまごと成り行きを見守っていた鷹怪人が熊怪人の腕を掴んだのだ。
「ダメです!アイダサン!」
女性の声だった。
「何でだよシオン!こいつは多分『ヤミガワ』に訓練つけてもらえって言われたんだろ?」
「ここまで敵意剥き出しで訓練する人なんて何処にいるんですか!多分、私達を敵だと思ってるんですよ!」
「おいおい…そんなバカな話あるわけないだろ?『ヤミガワ』ならとっくに俺達の事を話してあるはずだぜ?」
『ヤミガワ』、シーズにとって聞き覚えのある名前を発しながら言い合いをする熊と鷹。シーズは恐る恐る聞いてみることにした。
「あの…ヤミガワって、あの夜見川清ニ?」
「おう、よく分かってんじゃねえか」
「……あの、私達の事を…その、夜見川さんは、話してくれましたか?」
「いや…全く…」
「全く聞いていない」、シーズのその言葉を受けた二人の怪人は顔を見合わせる。その時、夜見川と峨山が怪人の姿でその場に合流した。
「いやー遅くなってごめんねー!でも遅れたおかげでカイ君と仲良くなれたでしょー?」
何が起こったのか知らない夜見川は、呑気に手を振りながらシーズ達の方へと歩いてくる。
「夜見川…」
「夜見川さん……」
「あれっ、何だいこの雰囲気は…」
流石の夜見川も、自分が何か悪い事をしてしまったのを察したのか、手を振るのをやめ、ピタッとその場に硬直する。
「「そこに正座!!」」
「はいっ!」
…………………………………………。
異様な光景が広がっていた。アスファルトに正座したジェントルマンを数人の男女が囲んでいたのだ。正直なところ、通行人に通報されても文句は言えない絵面だ。だが幸か不幸か、デストロイ騒ぎのおかげで都会だというのに通行人は一人もいなかった。
「さて…何でこんなことさせられてるかわかるか夜見川?」
熊の怪人は変身を解いていた。背丈は変身時より若干縮んだがそれでもなおカイが見上げなければ顔が見えないほどの大男、
「ハイ…確かに私は藍田くんと六波羅くんの事について、カイ君の事を話していませんでした…」
その夜見川の姿は情けないという言葉では余りある程の醜態を晒していた。ウルフデストロイ出現の直前、暴走する峨山を諌めたその威厳ある姿はどこにも無かった。
「もうっ!うっかりカイ君の事を殺しちゃうところだったんですよ!」
鷹の怪人の人間態は、身長146センチ程度の小柄で茶髪な女、
一方、峨山はというと、ガリッ……ガリッ……と音を立てながら手元で何かを弄っていた。
「でもさ!何も俺だけを責める事は出来ない筈だよ!藍田君達が怪人態のまま近づかなければ余計な誤解は生まれなかったし、カイ君も無闇に突っ込まなければよかったじゃないか!」
「クソっ、見苦しい抵抗を…怪人態に変身するには時間が若干かかるだろ、もしそこのシーズがデストロイとの戦いを終わらせて無かったらどうする気だ」
「………ならこれで決める、というのはどうです?」
突然、峨山が割り込んで100円硬貨を親指に乗せる。
「今回の一件、私も正直連絡を怠った夜見川社長に非があるように見受けられますが…社長の言い分にも一理あります。でしたら、この100円硬貨が地面に落ちて、桜の花が書かれた方が表なら藍田達の勝ち、100と書かれた方が表なら社長の勝ち、という事でどうでしょう?」
「よーし!乗ってやろうじゃないか峨山君!」
コイントスのルール説明を聞くや否や峨山の誘いに乗る夜見川。
「よろしいのですか社長?やめるなら今のうちですよ?」
「ああ!『男に二言はない』!やってやろう!」
「藍田も?」
「正直やり方が気に食わねーが…いいぜ、やれよ」
「では……」
ピン、と100円硬貨を親指で弾く峨山。硬貨は空中で回転しながら、アスファルトへと落ち、少し転がった後、静止する。表になったのは…桜の花であった。
「うそーん!?」
「では、この場は社長が悪かったという事で…罰は晩御飯を奢って貰うという事にしましょうか」
「まっ、まってよおおお〜、僕今月奢ったりなんかしたらピンチなんだよね!何とか!許して!もらえないかな〜?ねっ!この100円玉に誓うから!」
「……社長、気づきませんか?その100円玉、何かがおかしいという事に」
「えっ…?」
夜見川はすぐに100円玉を調べる。そして、あっと声を上げる。なんとその100円玉には両面とも『桜の花』が描かれていたのだ。
「峨山くん、きっ、きみ!これはっ!」
「ええ…イカサマコインですよ」
「いつのまにこんなものを…」
「私は昔からジッとしているのが大嫌いで。さっきもヒマだったのでついこんなものを作ってしまったんです」
そこまで言うと峨山はカイの方へ向き直り、コツ、コツ、と靴を鳴らしながら近づく。
「…こんな事をしたのも、カイ。貴方向けの説教をする為なんですけどね」
「えっ…?」
「今、夜見川社長はロクにコインの確認をせずにその場の勢いで勝負に乗って、こんな目に遭いました。貴方も、闇雲に突っ込まずに、藍田達が敵かどうか、まず社長にデストロイの特徴を伝えるべきだったのでは?」
「それは…」
峨山はため息を吐いた後、こう続ける。
「カイ、貴方は言いましたよね。復讐の為に戦うのは間違っていると。立派な考えだと思いますよ、ええ」
「でも、貴方一人でデストロイと戦う訳ではありません。例え戦う目的が違えど、私達は共に戦う仲間なんです」
「…だからもっと、敵に挑む前に、踏み止まる事も覚えてください。…貴方までそれで死なれるのは、困るんですよ」
そう言うと、峨山は踵を返し、何処かへと立ち去ってしまう。
「あっ、ちょっ、待ってくれよ峨山くーん!奢りの件はどうなるんだい!ねえー?ちょっとー?」
それを追いかける夜見川。カイと藍田と六波羅はその場に取り残される形になってしまった。
カイが呆然としていると、今度は藍田と六波羅が歩み寄ってくる。
「まあその…なんだ、悪かったな、いきなり殴ったりしてよ」
「えっ…いや、俺の方こそ話も聞かずに襲いかかってごめん…」
誤解とはいえ、本気で傷つけあった藍田とカイ。その事実が足を引っ張り、二人の間に気まずい空気が流れる。
「……もうっ!」
それを見かねたのか、六波羅が二人の右手を取って、無理やり握手させる。
「仲直りしたいならまず、これ!」
「……ハハッ、詩音には敵わねーな!」
「あはは……」
六波羅が一瞬でそのムードを和ませると、無理やり組まされた手に力が宿る。他人に言われるがままではなく、自分の意思で、相手とわかり合いたいと言う意思の表れなのかもしれない。
「…オレは、藍田 剛。剛って呼び捨てでいい」
「俺は、カイ!俺も…その、呼び捨てで!」
「じゃあ、あたしは六波羅 詩音!あたしも詩音って呼び捨てで!」
こうして、カイは晴れて夜見川達と本当に協力し合える関係になった。これで、彼らの大いなる運命が動き始めた事を彼らは知る由もなかった…。
……………………………。
トウキョウの街のどこかにある廃ビル。その一室にて、一人の少女が何かを貪り食っていた。それは、短く、棒状のお菓子のようなものだった。
「おいしー!でも、ごめんねウルフ。危険な目に遭わせちゃって…」
そう言う少女の目の前には、シーズ達が倒したはずのウルフデストロイがひざまづいていた。
「いいえ…『分身』がいくら倒されようと大した痛手ではありません…ですが、分身とはいえ単体の私に勝ち得る戦闘能力を持った四体のデストロイ、そしてシーズは、我々にとって脅威と言えるでしょう」
「そっかー、私達デストロイも一枚岩じゃ無いんだねー、あっ!ねえねえ!最近ヤツらが作ったバイオコマンドはどうだった!?」
キラキラと目を輝かせながらウルフに質問を投げかける少女。
「いえ…特に問題視する必要もなさそうです。」
「そっか!今日はお疲れ様!ゆっくり休んでね!」
「では…失礼いたします。ああ、それともう一つ…
そう言ってドアノブを回し、退室するウルフ。
「もー!心配症だなウルフったらー!
少女は菓子箱の中からまた白い棒状の菓子を取り出し、口に咥え、咀嚼する。
………いや、少女が食べているソレは、我々がお菓子と呼んでいいものでは無かった。菓子箱と思っていたソレには、『ピースライト』だの、『メビウス』だの仰々しい名前ばかり刻まれている。しかも、『喫煙は20歳になってから。』の表示付きである。
そう、彼女は…白虎は煙草を食べていたのだ。我々がチョコレートの棒を食べるのと同じように、彼女は煙草を食べていたのだ。
さくっ。もしゃっ。ぶちっ。ごくんっ。
人間の常識では到底理解出来ない事が、そこで行われていたのだ。もしこの光景を人間が見たならば、『イカれてる』『拷問か何かなのか』思うことはそれぞれだろうが、賛美するものなどどこにもいないだろう。
「ホントーにこれ…おいしーなぁ…!」
…………………………………………………。
次の日、トウキョウ全体に厳戒令が下された。人間にとっては一体だけでも脅威となるデストロイが同時に8体も出現したとなれば、こうなるのも当然と言えよう。街に通行人はほとんど無く、所々に政府軍率いるバイオコマンド部隊が駐留している。
その光景を、白虎はビルの屋上で煙草を食べながら見ていた。
その時、屋上のドアが乱暴に開き、赤いジャケットを羽織った女が現れる。
「あっ、すーちゃん!みてみて!凄い事になってるよ!」
「ああ…凄い事やらかしてくれたな。どうすんだよ?殺しがやりにくくなったって青龍のヤツがお怒りだぜ?」
「…?むしろ、やりやすくなったんじゃないの?」
「ハァ?」
白虎は広大なビル街に向けて両手を掲げる。思い切り自由を謳歌するかのように。
「だって!私達に散々酷いことしたアイツらに、復讐するチャンスなんだよ!」
恐ろしい事を口走る彼女の顔は、一点の曇りも無い、笑顔だった。
「ハッ……そういう事かよ。」
「ねぇ!せーくんとげーくんも呼んで勝負しない!?」
「…何の勝負だ?」
「決まってんじゃん!」
「誰が一番アイツらを多く殺せるか、勝負しよう!」
曇り空のトウキョウにて、最低最悪のゲームが、人知れずスタートした。
このゲームに、