ご都合主義的がっこうぐらし! 作:ハイル
キーンと、耳に圭と美紀の声が響く。その声にピクリと反応して、先ほどまで食事をしていた「ソレ」がこちらにのそのそと近づいてくる。
やばい、やばい、何かやばい!!
「走れ」
「……え?」
「で、でも……」
「いいから、早く!!!」
二人の手を取って元来た道を走って戻り始める、頭の中が熱く沸騰しそうであった。一体何が起こっている、あれは、俺の見間違いでなければ、人間が人間を食っていた、のか……?
いや、先ほどのあれは人間なんてものではない、そう、ホラー映画などでよく見る……
「せ、先輩!さ、さっきのっていったい……はぁはぁ」
「わからん、けど、何かとてつもなく、やばい気がする……!」
先ほどの悲鳴を皮切りに、けたたましくなる防災ベルの音、人々の叫び、そして、車の衝突音……どうやら、先ほど見た何かは幻覚でもなんでもないらしい。
「なに、なになに、何が起こっているの……?」
「じ、事故……?」
と、その時だ。
「や、やめろ、くるなー!!!うわあああ!!」
「っ!!」
電柱のそば、スーツを着た男性が先ほど見た、「何か」に襲われそうになっていた、いや、あれは別の個体!?
「ぐあ!!」
!肩を噛みつかれた!!!
見たところ、あの「何か」、か細い女性のように見えるが……男性の必死の抵抗もむなしく、力で負けてしまったようであった。とても女性の出している力とは思えない。
断末魔のように上げていた声も、やがて小さくなっていき、そして……
「……ゴふッ!」
大量の血を吐いて倒れた。「何か」はそのあとも、男の体を貪り食らう……その光景は、あまりにも刺激が強かった……先ほどから、カチカチと歯が鳴る音が聞こえる……
「……ぁ、俺が、きえ…ごふ……ごふ……ぁ、ぁぁ……」
苦しそうにもがき叫ぶ男性。圭と美紀が不安そうに俺の腕を掴んだのがわかった。呆然とその様子を見ていたが、やがて、男は動かなくなった。
「し、死んじゃった……の?」
「!見て!」
むくりと、起き上がったのだ。
とんでもない量の血を吐き、肩がえぐれてしまっているのに、男は平然と起き上がった。
「ぅ……ぁぁ……」
そう、やつらと同じ「何か」となって……
「せ、先輩……」
震えた手で痛いくらいに腕にしがみついてくる圭と美紀。呼吸が乱れ、見ただけで焦っていることが見て取れる。そして、それは俺も同様だということに今気が付いた。
汗が吹き出し、吐き気が、すぐそこまで迫っていた……
「に、逃げるぞ」
再び駆けだすと、さっきまで、そこで見ていた、「やつら」がこちらに気が付き、追いかけてくる。けれど、足はあまり早くないのか、すぐに、やつらを引き離すことができたようだったが……。その時は無我夢中で、ただ、ひたすらに走った。
公園までたどり着くと、二人をベンチに座らせて自分自身も荒れた呼吸を整える。公園は先ほどまでの光景が嘘だったのではないか、と思えるくらいいつも通りの風景で……。子供が数名砂場で遊び、母親が後ろで立ったまま旦那の悪口を言って井戸端会議をしている。定年を過ぎたおじいさんが犬のリードをもったまま眠っているし……本当に、怖いくらいにいつも通りだ。
「ゆ、夢……?」
「美紀?」
「そ、そうだよ、夢だよ、圭。こんなの、だって、おかしいよ……こんなの、映画や物語の世界だけだって絶対……」
焦点のあっていない瞳で唇を震わせる美紀。
それを見て、圭は何と答えていいのかわからず、ただ黙って俺の方を見た。
「せ、先輩もそう思いますよね?だってこん、ふぇふぇふぇ!?」
ぐにぐにっと、ほっぺたを引っ張ってやると、慌てたように俺の手を両手でぺしぺしと叩いてくる。ほっぺた、柔らか!
「痛いか?」
「い、いふぁいです」
「つまり、そういうことだ。しっかりしろ」
本当に痛かったのか、涙目になった目でこちらを見上げる……でもはぁはぁと頬を抑える姿は満更でもなさそうな気が……って、こんなことしてる場合じゃない。
さっきまで目の前にいた「やつら」、あれは人から人へと感染するものなのだろう。
何故あんなやつらが居るのかは不明だが、近いうちにパンデミックによる大混乱が起こるのは間違いない……だとしたら今のうちに……。
「じゃ、じゃあ、ど、どっきりですよ!きっと!」
「え?」
圭が手を合わせてそういう。
「ほ、ほら、テレビとかで、一般人にもドッキリを仕掛けるような番組ってありますよね?それと一緒で……」
「……あんなドッキリ、放送できると思うか?」
「じゃ、じゃあ、映画の撮影とかで……」
「どこにもカメラマンも何もいなかったのにか?」
「……えっと……えっと……その、はい」
?圭が目を閉じて顔を突き出した。なんだ?
「えっと、外れたから、先輩がほ、ほっぺた、むにむにするんですよね?」
「へ?」
「馬鹿なこと言ってないで」
「いた、いたたたた!痛いって美紀!」
「圭、私も見た、はっきり見たよ……あれは、きっと……「きゃああああ!!!」!!」
ばっと、悲鳴のしている方に振り向く。
すると、そこには先ほど見た、「何か」になった子供の姿が目に映る!!
「どうしたの、カイト!ねぇ!カイト!!?」
「ぅぁ……ああああ!」
きゃーと、近寄った母親らしき女性が今度は噛みつかれる。
それからは、もう、地獄絵図のようであった、人々の悲鳴と、叫び、それを聞きつけたかのようになだれ込んでくる「やつら」。
俺はすぐに二人を立ち上がらせると、再び、駆けた。騒ぎが起きているのと反対の方向へ……
河川敷のあたりまで来ると、騒ぎが大きくなってきているのがわかる。先ほどから、引っ切り無しに悲鳴や怒号が飛び交い、電子的なサイレン音や、或いは爆発が起こったんじゃというような大きな衝撃音……まさに混沌とした光景が広がっていた。
内心、バクバクとなった心臓と、今にも美紀と同じように夢だと思って逃避してしまいたいような気持があったが、目の前の後輩二人は、俺以上にに不安と恐怖に顔の色を青くしていた。
人間、自分よりも焦っている人が居ると、どこか冷静になれるもので、この状況下でも頭の中だけは落ち着いていた。落ち着け、落ち着け……俺がしっかりしてあげないと……。
「……まずは、俺の家に行こう。幸い、ここからすぐ近くだし、マンションの6階だからさっきのやつらもそうやすやすとは上がってこれないだろうしな。テレビもあるから、あいつらに関する情報が入手で……」
「先輩!後ろ!!」
はっとした!ばっと振り向くと暴走したトラックがすぐそこまで迫ってきていた。
咄嗟に芝生の方に身を投げ出し、二人も同じように反対側の芝生に飛びこむと何とか、難を逃れた、が、猛スピードのまま突進したトラックはそのまま河川の方へと突っ込み……爆発した。
一体何が、と見るとごうごうと燃える炎に近づき、もう「奴ら」が集まりはじめている……運転手が、やつらに襲われたのだろう、ここも、やばいなすぐに逃げないと……
「きゃあああ!!」
「美紀!!?」
視界に半分移っていた美紀の姿が消える!
下!
美紀の足を、何かがひっぱっている!
「こ、この、美紀を離して!!」
「ぅぁ……」
「離れろ、圭!」
そう叫び、持っていた教科書入りのバッグを思いっきり投げつけてやると、うぅと、そいつはわずかによろめいた。
その隙をついて、近くに居た圭が美紀の手を握り、思いっきり引っ張り出す。
「立てる?美紀?」
「う、うん、あ、ありがとう、圭、先輩」
「話はあとだ、走れ!」
結構全力で鞄をぶつけたというのに、ゾンビはむくりと何事もなかったかのように起き上がり始める……くそ、普通の人間じゃ、ない、明らかに。
「もう嫌だよ……どうして、どうして、こんな……」
「今は、走れ!」