ご都合主義的がっこうぐらし!   作:ハイル

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第3話

「はぁ、はぁ……」

 

「はぁはぁ……ううっ……」

 

「頑張ったな、二人とも、頑張った……」

 

ガチャンとドアのカギを閉めると、改めて部屋の中を見回し、やつらが居ないことを確認する。

流石に、ここまでは入ってきていないらしい。

 

「っう……!!」

 

「圭、大丈夫か、トイレなら、そこに……」

 

「だ、大丈夫です……」

 

嘔吐しそうになっていた圭の背中をさすってやると、圭は無理をした笑顔を作って返してくれた。

 

俺たちは、あれからやつらに見つからないよう、物陰に隠れながら俺の住んでいるマンションの604号室に避難してきていた。

マンションはセキュリティが厳重で、周りに高さのある門や塀もある。

ここまでは、今のところ、まだやつらが入り込んでいないようだった。そう、今のところは……

 

息も絶え絶えの二人を居間に案内し、冷蔵庫の中から未開封のペットボトルを二つ、二人に渡してあげると礼を言って蓋を開けるなり、一気に飲み干し始めた。

今朝から飲みかけにしていたペットボトルの水が残っていたので、自分もそれを口にする。乾ききった喉を通る水が、気持ちがいい……

 

ようやく落ち着ける場所についたためか、圭は大きく息を吐くとぐったりと俯き、疲れた様子で膝を抱えた。

美紀は先ほど河川敷でゾンビに触られた足が気になるようだった。来る途中も何度かハンカチで拭っていたが、落ち着ける状況になったために余計気になるのか、同じところを何度も何度もこすっている……。

 

「美紀、シャワーを浴びてよく洗うと良い」

 

「せ、先輩……わ、私、これ……」

 

泣きそうな目で俺を見る美紀、やつらに触られたから感染すると思っているのかもしれない。

 

「……少なくとも、俺が今日見てきたやつらは全員噛まれて感染していた、だから、触られたくらいでは何ともないはずだ」

 

「……そ、そうだよ美紀、それに、感染してたら、もうやつらになっているかも、だし……」

 

「やつらに……」

 

圭は言ってからしまったという顔をして口をつぐんだ。

しかし、事実、今まで見てきたやつらは少なくとも、噛まれた場合、すぐに奴らになっていた。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

 

ぽんぽんと、美紀の頭に手を置いて何度か撫でてやると、少しだけ安心してくれたのか震えは少し収まった。

我ながら、ひどく適当な慰めだと思った。だって、本当に大丈夫なのかなんてわからないのだから……。

 

そのまま美紀を風呂場に案内してやり、再び居間に戻ってくると圭がテレビの電源をつけていた……が。

 

「先輩……このテレビって壊れてるんですか?」

 

「まさか、今朝もちゃんと見れてたよ」

 

ざざざと、テレビはどこのチャンネルも砂嵐になってしまっている。

何かおかしいと思いコンセントなども確認するが……特に異常は見つからない……

 

「……あ、そうだ!私、ラジオ持ってます」

 

そういって、ごそごそと圭が鞄から取り出したのは、ポータブルCDプレイヤー、最近見かけないが、確かにあの手のはラジオの機能もついている。

ついていたイヤホンを外し俺にも聞こえるようしてくれた……が

 

『ざざ……ザザザ……』

 

「あ、あれ、おかしいな……どこの局も入ってこない……」

 

こちらも先ほどのテレビと同じように、入ってくるのはだみ音だけ……。

……普通に考えてこのような緊急時に国や警察が何一つ放送を行わないとは思えないし……こんな短時間で情報網が全て壊滅するとは思えないのだが……。

 

「先輩ダメです、携帯は電話もネットもつながらなくて……」

 

「ネットもか……」

 

これはいよいよ雲行きが怪しくなってきたぞ……。

カーテンを少し開けて窓の外を見ると、のろのろと歩く奴らが数体目につく。夢ではない、だけど、あまりにも非現実的すぎる。

 

「先輩……」

 

「……そう不安そうにするなって、少なくとも、ここは大丈夫だ」

 

笑って、そう自分に言い聞かせるように伝える。

実際、ここがどれだけ安全なのかは俺にだってわからない。食料や多少武器になりそうなものもあるが、それでも完全に安全だとはいえない。だけど、今は少しでも彼女たちの不安を拭ってあげたかった。

 

不意に「あの、シャンプーが……」という美紀の申し訳なさそうな声を聴こえてくる、そういえば、風呂場のやつが切れていたのを思い出した。

棚に替えが入っていることを伝え、ついでに、彼女たちが着れそうな服をクローゼットから漁り始めた。

その間、圭は無言で映らないテレビとラジオのチャンネルを切り替え続けていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、小さめの奴だったんだけど、大きかったな」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

美紀がシャワーを終えたので、俺の出した黒い長袖と灰色のゴムひものズボンを着てもらっているのだが、どうにも、彼女のサイズに合っていなかったらしい、ブカブカっとしてしまっている。

袖はテロっとしており、彼女も服が気になるのかベッドに腰かけながら、首元を引っ張ってすんすんと匂いを嗅いでいる……洗ったものなのに変なにおいとかするのだろうか……

 

「足はどうだ?」

 

「今のところ、何ともないです。痛みや違和感も特に感じません」

 

「そうか、良かった……!!?」

 

そういって、ススっと、ズボンをまくって白く、綺麗な生足を見せてくれる美紀。その光景に、思わず目を逸らすと

 

「え、あ!」

 

美紀もそれに気が付いたのか、慌てて足を戻して顔を赤くしながら手を膝に押し込んだ。

それから少し気まずくなったが、俺がやつらへの対策として、玄関の方に段ボールに本を詰めたものを並べようと提案したところ、黙って頷き、作業を手伝ってくれた。これで仮にやつらの侵入を許してもいくらか時間稼ぎになるはずである。

 

並べ終わると、ちょっとした達成感から美紀は、お疲れ様です。と言って今日久々に見る笑顔を浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

シャワーを浴びていると、今日あった出来事が一つずつ、鮮明に脳裏によみがえってくる。

突如あふれ出した「あいつら」に、一瞬で地獄とかした街や公園……。

きっとこんなこと、誰にも予想が出来なかった。そして、これから生き残るためには、そんな予想もできないことに備えて、もっともっと先の事を考えなければならないだろう……情報網は駄目だった、電気やガスもそのうち止まってしまうだろう……ならその先は……。

 

「ふぅ…」

 

いや、こういう時に一人で考えても駄目だ。彼女たちとも話し合いながら、確実な答えを探していこう。

ガシガシとシャンプーで乱暴に頭を洗うと気持ちを切り替えて今日の晩御飯のことを考え始めた。食料、何が残っていたっけな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねー」

 

「何?」

 

「良かったね、先輩がいてくれて……」

 

「……うん、良かった」

 

そういって圭はベッドの上から天井を見つめてつぶやいた。

 

私と圭のシャワーが終わり先輩がシャワーを浴びている間、圭はお宝本でも探す?なんていってふざけていたが、私が乗ってこないのを見てベッドに倒れ込むと今のような状況に至った。

 

そう、今はそれどころじゃない。

 

昼間に現れたあいつら、あれは感染病なのだろうか。だとしたら、治す手段は?感染経緯は?一体なぜ、そんなものが……。

考え始めたらキリがない、思考の連続……。

 

「……きっと、何とかなるよね。警察や、自衛隊の人が、あんなやつら全部倒して私たちを助けてくれるよね?」

 

「うん、これだけの騒ぎになったんだから、きっと……」

 

圭がゴロンと体勢を変えると、ベッドのすぐ傍に座っていた私の横に圭の顔が来るような形になる。

 

「私たち、大丈夫、だよね?」

 

「……」

 

ぐすっと、涙ぐむような声に変わる。

でも圭のその問にたいして、私は何も答えることができなかった。

わからない…私だって……もしかしたら……今日、触られたところから、徐々にウィルスが侵攻するかもしれない……

 

何も答えられず、俯いていると圭が手を宙でバタバタさせて、ばたんと、大の字になる。

 

「あーあ、こんな形で、先輩の家に来たくなかったな~……」

 

「……うん、そう、だね」

 

「……美紀、先輩の枕の匂い、さっき嗅いでたでしょ?」

 

「うん、ちょっとだけ……!!?え?え!?」

 

「あはは、冗談だったのに」

 

ケラケラとそういって笑う圭。

耳の先まで赤くなっていくのが自分でもわかる。すぐに、そうやってからかって!

 

「生きようね、美紀。私たち、絶対に」

 

「……圭?」

 

ぎゅっと、優しい笑みを浮かべて私を抱きしめてくれる圭。すると、自分の震えが収まったことに気が付いた。

私、震えてたんだ……あぁ、そうか、私だったんだ。圭は、突然、ふざけたようなこと言ったのも、自分の事じゃなくて、全部私のために……

 

「うん絶対に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がった俺は、あまりの良い雰囲気に滅茶苦茶居間に戻りづらかった。


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