ご都合主義的がっこうぐらし! 作:ハイル
「……あいつらについてわかってることは、まぁこんなもんか」
簡単な即席ラーメンでその日の晩御飯を食べ終わると、俺たちは今日起きたこと、現在の情報を一度整理することにした。
美紀が大学ノートに丸っぽい女子らしい字で、情報を書き連ねていく。
情報をまとめていけばいくほど、わからないことだらけであった。
何故、この町に突然あのようなパンデミックが?一体どこまで被害が広がっているのか……
「外国なんかは、意外と平気だったりして」
「外国か……例えば?」
「えっと、ドイツとか、イギリスとか、あとオーストラリアあたりも良いですね!」
「圭……それって全部圭が旅行で行ってみたいって言ってた国だよね」
「ははは。バレた?でもどうせ行くなら楽しいこと考えていきたいなって」
「そうだな」
少し逃避に近いような気もするが、二人の様子を見るにそこまで精神的に参っていないようで安心する。軽口を言い合えるような間は大丈夫だろう。
続いて「あいつら」についての話になった。
脳のリミッターが外れているからか普通の人間よりも力が強いこと、人を見つけると襲い掛かってくること、噛まれるとあいつらになってしまうこと。
後は臭いだの、動きが遅いだのと書いていると、ピタリと、美紀のペンが止まった。書くことがなくなったらしい。
「まるで、映画みたいですね……」
「映画ならB級の匂いがぷんぷんするな」
「あ、それからこれは憶測なんですが……」
「ん?」
美紀がすすっと、控えめに手を挙げて発言する。
「やつら、先輩が頭にバッグをぶつけたときに、動きが鈍くなったような気がします。他の部位でどうなるかはわかりませんが、大抵の創作物と同じであれば、頭が弱点かもしれません」
「頭か……となると、倒しきれなかったのは、バッグじゃ威力が足りなかったから?」
頷く美紀。何体もの頭をかちわれるような武器がいるな……しかも、あまり短いものだと、頭を狙った時に噛まれるリスクが高まるためリーチの長い得物が良いだろうが……家にそんなものあったかな。せいぜい物干しざおと旅行土産の木刀くらいしかないが……
「先輩……これからどうしましょうか」
「しばらく、ここに留まって様子を見よう。そのうち軍や自衛隊なんかが助けに来てくれるかもしれないし」
「そうですね」
「ただここにずっといることは出来ないと思う。見ての通り、食料の備蓄はそれほど多くないし、情報網が壊滅している以上、ライフラインが何時切れてもおかしくない状況だからな」
そういって、食料としてかき集めた即席麺やスナック菓子などを見つめる。
一人なら1週間は持っていたであろう食料だが、3人だと3日、切りつめても5日が限界だろう。
もし隣の人が居ないなら……ベランダから侵入して何かを……って、それは最終手段だな。この状態じゃ仕方がないとは思うが、人として何かを失う気がする……。
「次の避難場所を考えておく必要があるな。近くにあると言えば、スーパーやホームセンター、病院にショッピングモールくらいだけど……」
圭が一つ唸ってから声を出す。
「その中ならホームセンターが良い気がします。武器になりそうな物やサバイバルグッズなんかも豊富そうですし」
「確かに、籠る分にはもってこいの場所だと思うけれど……当分はやめた方が良いと思うぞ」
「え、どうしてですか?」
「きっと同じようなことを考えてホームセンターに行く人、多いと思うんだ。それで、武器を調達する前に襲われてあいつらになってしまって、また同じような人が来て……って感じで待ち構えているあいつらの数は相当なものになっていると思う」
「う~ん……じゃあ、病院、とかですかね。万が一怪我をしても、すぐに対応してもらえますし」
「……いや、病院もやめた方が良いだろうな。今回の件で噛まれた人が大勢病院に集まっていると思うし、下手をしたらホームセンターよりも危険かもしれない」
そう思うと、中々良い避難場所というのは見つからないものである。
初めに自宅を選んだのはそういう意味では最善だったかもしれない。
他の避難者もいないから無用な衝突も起きないし、内部からの感染の危険性も少ない。
と、考えていると俺の意見を聞いた圭が頭を垂れて落ち込んでしまった。
「って、ごめんな、なんかさっきから否定的な意見ばかりだな」
「いえ!先輩がちゃんと考えてくれるので、助かります!ただ、あまり良い意見を出せなくて駄目だな私って……」
「そんなことないって、ホームセンターはもう少し騒動が落ち着いたら行く価値は十分にあるだろうし病院だって……美紀?」
「……学校」
「え?」
「先輩、私たちの学校の学校案内って、まだ持ってますか?」
「え、あぁ、確かその辺の紙袋に」
そういって立ち上がると、棚の横に立てかけていた紙袋から学校案内を取り出し美紀に渡す。
それを机の上に広げて見せてから、何ページかめくってとある1ページへとたどり着く。
「……ほら、見てください!浄水設備に発電設備。それに、備蓄倉庫もあります」
「あ、そっか!それに、学校なら、私たち以外に生き残ってる生徒や先生がいるかも!!」
学校、巡ヶ丘高校か……。そういえば、そんな施設もあったな……発電機とか、使うことがないから覚えていなかったが、確かに二人の言う通り、生活の拠点となるライフラインは充実している。充実しすぎなくらいだ。
しかし、学校にも、多くの「あいつら」がいることが予想される……そのうえ、やつらの中にはもともと親しかった生徒が居る可能性もある。
そういうやつを見たときに、俺は躊躇いなく攻撃することができるのだろうか。
「先輩?」
「そう、だな……よし、じゃあ次の避難場所は学校にしよう。ただ、暫くはここに滞在するってことで良いか?」
「はい!」
「わかりました」
色々と不安要素はあるが、二人の意見を無駄にしたくなかったのと、
俺自身、ここに居るよりは希望があると思い、その意見を受け入れることにした。
それが最善なのかはわからないが、少なくとも、次の目的があるのは良いことだと思う。
「今日は疲れただろうし、もう寝るか。一応寝袋があるから、二人でジャンケンしてどっちがベッドで寝るか決めてくれ。負けた方が寝袋な」
「え?先輩はどうするんですか」
「俺は床で寝るよ、毛布もあるし」
収納スペースの上に放り込んであった寝袋を取り出し、丸まったのを解いていくと青い寝袋が姿を現す。
「あ、じゃあ、私と美紀が同じベッドで寝るんで、先輩、寝袋使ってください」
「それじゃあ狭いだろ」
「大丈夫ですよ、これくらいなら」
「え、うん。まぁ……」
そういって、圭がベッドに寝転がると、ポスポスと美紀を隣へと誘う。
圭に倣って、美紀は控えめに背中から布団に寝転がった。確かに、寝れなくは無さそうである。だが、これでは寝返りの一つも打てないだろうに……。
「ほら、大丈夫ですよ」
……どうしようか。床で寝て、寝袋を開けておけばどちらかが観念して使ってくれるだろうか。
「そうか、じゃあ悪いけど、今日は二人で寝てくれるか?」
「はい」
少し考えた結果、今日は圭の言うとおりにした。
寝にくかったとなれば、明日からは俺の言うとおりにしてくれるだろう。
寝袋のチャック部分を外し上下に分離すると普通の布団みたいな形へと変わる。あんまり密閉されていると、暑いんだよな寝袋って。
夜。
外から空き缶のゴミ箱が倒れたような音や、扉を一心不乱に叩くような音、悲鳴のような叫び声なんかが聞こえていて、とても穏やかな夜とは言い難かった。
特に車の防犯ブザーの音がピーピーうるさくて、嫌になる。
圭と美紀は、二人とも横になり、圭のポータブルプレイヤーのイヤホンを片耳ずつつけて、騒音を聞こえないように防御している。
「……」
俺も同じように音楽を聴こうかと思ったが、それだと、いざという時に起きられない気がして抵抗があった。
……そういえば、学校の案内を見て思い出したが、屋上の菜園にいたであろう若狭のやつは無事なのだろうか。
普段しっかりしてはいるが、ピンチの時は意外と脆い奴だからな……もしかしたらもう……。
考えていて気持ちが悪い何かがこみ上げてきそうだったので、咄嗟に口元を覆い、大きく息を吐く。
考えるのはやめよう。今は、まず自分の身だ……。
早朝。起きたら美紀の顔があった。
「……?」
むくりと起き上がろうとしたとき、んん、と寝袋の掛け布団が俺の方に引き寄せられてしまい、美紀が寒そうに身体を震わせる。
「ん……」
美紀が再び暖を求めて、ほぼ無意識に俺の方へと潜り込んでくる。
「っ!?」
「……すぅ……すぅ」
そしてそのままピタリと体をくっつけると、再び規則正しい寝息が聞こえてくる……
じんわりと暖かい体温に改めて見る整った中世的な顔。真っ白な透き通った肌に、同じシャンプーやボディソープを使ったとは思えないほど良い匂いがする。
……圭の所から落ちたのか、いつの間に……。
「すぅ……すぅ……」
「……」
朝のアレも相まって、ムラムラとするような気持ちが起こっていたが、隣に圭もいるし、そんな(一瞬の)ことに流されてこれからの生活に支障をきたしたりしたくない……。
そっと寝袋を抜け出すと、軽く顔を洗って、小便をするとアレはだいぶ収まった。
冷蔵庫に入っていた二人の名前の書いていない飲みかけのペットボトルから水を飲み干し、窓から外を覗き込んでみる。太陽がちょうどでたような、そんな時間だ。
「……心なしか、あいつらの数が少ないな……」
昨日、見た時よりもあいつらの数はかなり少なくなっていた。まさか、太陽の光と共に滅んだとか、1日たったから、崩れ落ちたとか?
などと楽観的なことを考えていたが、30分、1時間と経つにつれて、あいつらの数は徐々に増えていく……。
「先輩?……何を見てるんですか?」
「ん?ああ、おはよう圭。いや、あいつらの数がさっきまで少なかったから、もういなくなったのかと思ってさ」
「本当ですか!?」
「あ、いや、でもだんだんと元に戻っているみたいだ」
布団を飛び出し、ぶかっとしたパジャマを着た圭が外を眺めると、俺の話を聞いて残念そうに息を吐いた。
肩の部分が片方するりとずれ落ち、吐いた息でガラスが曇る。朝のテンションもあるだろうが、何だか色っぽく見えた。
「どうかしましたか?」
「い、いや、もしかしたら、あいつら、死ぬ前と同じ行動をとってるのかもな」
「……同じ行動、ですか」
咄嗟にごまかすためとはいえ。我ながらそれっぽい言葉が出てきたと感心する。
「そうそう、だから、今朝や夕方なんかは通勤や帰宅ラッシュになるし、逆に早朝や深夜なんかはあいつらが少ないのかもしれない」
「生前の記憶、というやつでしょうか……でもそれって、何だか、悲しいですね」
「……」
圭のその言葉に、俺は否定も肯定もせず、黙って外を見続けた。