ご都合主義的がっこうぐらし! 作:ハイル
「じゃ、後よろしく若狭さ~ん」
「え?あなたたち、何言って」
「正直、あーしたちは内申点上がるから園芸部に入っただけで、土とか泥臭いのまじ勘弁なんだわ、じゃ、そういう事で」
「ちょ……!」
鞄にたくさんついたストラップをジャラジャラとさせながら彼女たちはそういって校門から出て行ってしまった。
目の前に残ったのは、とてもじゃないけれど一人で運ぶ気になれない肥料や新しい菜園の道具……。
そう、顧問の佐倉先生に運ぶように言われていた…
こんなの、一人で運べるわけないじゃない!
そう怒りをぶつける相手は既にここにはいない。
ぎゅっと自分の服の裾を握りしめると、目をつぶって、ただただ怒りに身を震わせた。
……しばらくすると、そのまま立っていてもどうしようもないことに気が付いた。
仕方がない、運ぼう。全部、私一人で!半ば、ヤケになっていた。
「はぁ、はぁ」
肥料の袋は思っていたよりもずっと重かった。
両手で抱えて、落とさないように前を見ながら歩いているが……情けないことにプルプルと腕が震えて足元がおぼつかないのが自分でもわかった。でも、私がやらなきゃ。私しか……
「おい、大丈夫か」
そんな時だった。
不意に自分の持っていた肥料の袋がすっと軽くなった感覚を覚えた。いや、軽くなったどころではない、持っていないのだ。見ると、私よりもいくらか背の高い男子生徒が代わりに肥料を持ってくれていた。
「え?あ、あの……」
「女の子一人に持たせるなんて、先生も酷いなぁ……これ、どこに持ってくんだ」
「えっと、屋上に……」
「よしきた」
それから、彼は何一つ文句言うことなく、肥料や道具を運ぶのを何往復も手伝ってくれた。普段、あまり話したことがない生徒だったけれど、見かけたことはある。名前は……何だったか。
「へぇ、屋上って、こんなになってたんだな……初めて入った」
「普段は園芸部くらいしか入れないものね」
「あぁ、手伝って得したよ」
雑用をして、得も何もないだろうに。クスリと、彼の人の良さに自然と笑みがこぼれる。
すっかり日も落ちてしまったが、無事に仕事を終えられた達成感と、爽やかな疲労感で気分は良かった。
「……綺麗だ」
「え?」
ドキッとした。急に何を言い出すのかと。
でもすぐに気が付いた、それは私に向かっていったのではなくて、この屋上から眺めた真っ赤な夕焼けを見て、そうつぶやいたのだ。
「普段からこんな景色を独り占めしてるのか」
手すりに手を置いて、夕焼けを眺める彼。私は自分の服の裾をぎゅっと、握り言葉を、勇気を振り絞る。
「……良ければ、何時でも見に来てね」
「え?良いのか?」
「ええ、その代わり、園芸部の仕事も手伝ってもらうけどね、ふふ」
「はは……お安い御用さ」
その後、風に吹かれながら、二人で真っ赤な夕焼けを見つめる。夕焼けが赤くて良かった、だって、きっと今の私は……。
「……さん、りーさん!」
「……!あ、ああ、ゆきちゃん、どうしたの?こんな時間に」
「りーさん大変だよ!とにかく早く起きて起きて!」
……懐かしい夢を見た気がする。それだけに、今の現実が少し受け入れがたい。でも、彼女がここまでするということは何かあるはず、起きなければ……重い瞼をこすって、嬉しそうに今度は佐倉先生、ことめぐねぇをおこしにかかるゆきちゃん。
「めぐねぇ!大変だよ!起きて起きて!」
「大丈夫、起きてたわ……ふわぁ……恵飛須沢さんは?」
「くるみちゃんはさっき起きてもう行っちゃった」
「そう……」
思い出すのは、スコップを持った黒いツインテール姿の彼女。
屋上で、あんなことがあったにもかかわらず、昨日の夜までずっと一人で戦い続けてくれたであろう彼女……今日もほとんど寝ずに周囲を警戒していたのだろう……
「……」
「ところで、丈槍さん、大変なことって何かしら?もしかして、かれらが……」
「ううん!違うよ!私ね……先輩になったんだ!!」
ムフーと、鼻から息を吐くゆきちゃんを見て暫く思考が止まる。
しかし、徐々に言葉の意味を飲み込んで行き、めぐねぇと顔を合わせると笑顔が咲く。ずっと続いていた絶望の中に、かすかに光が宿ったような気がした。
「……いきなり、物騒だな」
「良いから、少しでもおかしなことしたら、首を飛ばすからな」
丈槍由紀が居なくなった後現れたのは、黒いツインテールに、特徴的な八重歯、そして、茶色いスコップを持った氷のように冷たい顔をした少女であった。
彼女は俺たちの姿を見るなり、まず、俺に向かって襲い掛かってきた。
持っていたスコップを躊躇なく振り下ろし、俺がそれを受け止めたのとほぼ同時に足払いを仕掛けてきた。
素直に転んだ俺に向かって、スコップの先端を突き付けるなり、冒頭のようなやり取りを行う羽目になる。
……油断した。あの丈槍由紀の様子を見て、すっかり気が抜けてしまっていた。
ここはまだ向こうの領地(ナワバリ)、食料にも限りがあるし、口数を減らすため、或いは危険があるとみられれば殺される可能性だって、あったじゃないか……。
「そっちの二人も、おかしな動きをしたらこいつがどうなっても知らないぞ」
「……」
「せ、先輩……」
「大丈夫だ。俺は神谷、この高校の3年生で、決して、怪しいものではない……!」
言ってから、しまったと思った。またやってしまったと。
俺の言葉を聞いてシャベル少女の瞳はますます冷たいものへと変わる。
「怪しいな……お前ら、3人ともやつらには噛まれていないだろうな」
「あぁ」
「どうだか……足を怪我してるみたいだが、そっちのデコも?」
「で、デコ!?私のはただの捻挫です!」
「そ、そうか……「あー!くるみちゃん!何やってるの!」!」
すっと、スコップが視界から消える。
どうやら、丈槍由紀が戻ってきて助かったらしい……。
「……別に、ちょっと、テストだ」
「テストって………か、神谷君!!?」
ドアの奥から入ってきた人物を見て、まさかと思ったが、まさかであった。
こげ茶色のストレートロングヘアーを左耳の周りだけバレッタでまとめ、黄色い左目の下には泣き黒子……桜色のカーディガン身に纏った同級生、若狭悠里。
「若狭。元気か?」
生きていたのか!とか、よくぞ無事で!?みたいな大層なセリフも頭の中には浮かんできたが、口から出たのは普段会っていた時と特に変わらないしょうもない一言であった。だが彼女は……
「……うん、うん、元気……」
俺の一言を聞いて、笑顔で返してくれたと思ったら、徐々に顔を歪ませ、なぜか泣き出してしまった。後ろにいた大人の女性が若狭の肩をそっと抱く。なんだ、どうしたんだ一体。俺と若狭が知り合いだとわかったからか、先ほど襲い掛かってきたスコップ少女はバツの悪そうな顔を浮かべて視線を外していた。
生き延びていたのは、同級生の若狭悠里、恵飛須沢胡桃、丈槍由紀に、教師の佐倉慈の4人であった。正直、もしかしたら誰も助かっていないかもしれないと思っていたので、彼女たちの発見は、俺や圭たちにとっても大きな希望となった。
そして、それは彼女たちも同じだったらしい。他の生存者の出現に、恵飛須沢以外の3人はとても喜んでくれていた。特に
「じゃあ、みーくんと、けーちゃん!!」
「みーくん?」
「けーちゃん?」
「あとねあとね……かーくん!」
「かーくん……?」
この丈槍由紀は、普段からこういった性格なのかはわからないが、俺たちが来たことを本当に嬉しそうにしてくれている。それにしても、俺もこれからその変なあだ名で呼ばれてしまうのだろうか……変にむず痒い。
自己紹介もほどほどにして、俺たちは現在持っている情報の交換を行うことにした。まず、向こうが話してくれたのは、やつらに襲われた「あの日」の事。
4人とも、屋上にたまたま避難していたおかげで難を逃れたこと。夜のうちになぜか少なくなったかれらの隙をついて、バリケードを作ったこと……昨日は久しぶりにシャワーを浴びて、皆で布団の中で眠った事……どうやら、彼女たちは俺たちに比べて相当ハードな生活を送っていたらしい。
今度は、俺たちの現状を話すこととなった。今まで自宅に避難していたこと、やつらの習性について調べていたこと、そして、テレビやラジオから情報が全く入手できないような状況であったこと……希望を浮かべていた彼女たちの表情がみるみると曇っていくのがわかる。特に、先生の、佐倉慈の顔色は良くなかった。
「そう、それじゃあしばらく救助の見込みは……」
「……しばらくは自分たちの力で生き残った方が良いでしょう。幸いにも、この学校は、サバイバルをするには十分すぎる施設が整っていますし、2階の購買には食料だってあります」
「……」
「しばらくすれば、情報網も復活して国からの救援も来るでしょう。それまでは、ここを拠点にして、皆で協力しながら苦難を乗り越えるしかないでしょうね」
「……協力……そうね、そうよね。先生も、そう思うわ。こういった時だからこそ、協力し合わないと……」
そういって、皆で顔を見合わせる。
しかし、そこではたと気が付いた。前を見ても、隣を見ても、女、女、女と、女子しかいないぞ。不意に居心地の悪さを感じて、黙っていると、周りの空気もシンとなり、冷えたような居心地の悪いものになった。
「じゃあ、歓迎会だね!!」
「え?」
その、静けさを破るように丈槍由紀が机に手を置き、そう声を出した。
「みんなで、けーちゃんたちの歓迎会をしよー!」
「歓迎会……?」
「うん!飲んで、騒いで、ワーって!」
歓迎会か、確かにうれしいけれど、つい昨日やっと落ち着いた彼女たちにそんなことをさせるのは申し訳ない。それは隣にいた美紀も同じだったらしく
「……えっと、先輩、私たちは別に構いませんよ……それより、今は使える設備なんかを整理した方が……」
「もーう!後輩が変に気を使わなくて良いの!先輩に任せなさい!!ね、めぐねぇ、良いでしょ?」
「そうね……うん、みんなで仲良くなる良い機会だものね」
「やったー!じゃあ、まずは……「ぐ~」」
誰かの腹の音がなった。かと思えば、きゅ~っと、別のお腹が共鳴し始める。そこで、顔を背けていたが耳を赤くしていた恵飛須沢の姿を、俺は見逃さなかった。後、美紀。
「ふふ、まずは、ご飯にしましょう」
「あ、料理なら私も手伝いますよ!悠里先輩!」
「味見ならまかせてよ~」
「ゆき先輩って……」
がやがやと、周りが騒がしくなる。丈槍由紀、変な奴だなぁ。と思っていたが、これでいて、雰囲気を明るくするムードメーカーなのかもしれない。本当は、空気などを読んでわざとああいった振る舞いを?……と、それは考えすぎかもしれないが、なんにせよ、彼女のおかげで、重かった空気も一変した。
「なぁ」
「ん?」
見ると、恵飛須沢胡桃であった。
先ほどのような冷たい空気はもう纏っておらず、少なくとも、警戒は少し解いてくれたとみても良い。
「さっきは、その、悪かったよ、ごめん」
目を伏せながらそう謝罪をしてくれた。……良い奴だな。
「さっき?なんか謝られるようなことあったっけ?」
「!……お前」
「それより、皆、洗濯なんかもするんだろう?購買まで行きたいんだけど、一緒に行ってくれないか?」
「……ああ、良いよ」
初めはどうなることかと思ったが、、思ったよりうまくやれそうな気がした。
この日から、俺たちのがっこうぐらしが始まったのだった。