日本の市場ではトライデント・アウトカムズの1強
(ただし、東京・沼津・北海道のみ事務所があり人員が割けないため、全国展開はできない)
この町もロスと似たようなものなのか。ケビンは射撃訓練中に考えていた。最初に赴任したロサンゼルスでは繁華街以外の場所ではしょっちゅうサイレンが鳴り、バイクのエンジンが唸り、銃声も響いていた。無論、これには理由がある。当時、ロスを二分するマフィア勢力同士の抗争があり、どちらの勢力も市街地を縄張りにしていたため、とてもじゃないが住人は大手を振って歩けなかった。手を焼いた市長と州知事はトライデント・アウトカムズに彼らの駆逐を依頼。半年後にようやく鎮圧し多額の報酬をもらった思い出がある。しかし同時に戦争とはまた違う命の奪い合いに衝撃を覚えたのは言うまでもなかった。
(もっとも、この町じゃヤクザよりもカタギの方が怖いが)
沼津では金を持った法人が不法な施設部隊を所持し多くの人間の人生を狂わせようとしたり、でっち上げの勲功のために事件を起こす元エリート等ロスのマフィアよりも性質が悪かった。そんな連中にもうろたえない自分の大概だと冷静に思う。訓練を終え、事務所に上がると、予想通り千歌が遊びに来ていた。
「・・・今日もいるんじゃないかなって思ってたけど、やっぱりいたのね千歌ちゃん」
「梨子ちゃんと曜ちゃんとで行こうと思ってたんですけど、用事があるからって」
「来るのはいいけど、電話の一本は入れなさい。時間取ってあげるから」
呆れた顔でエドワーズ特製スコーンと淹れたての紅茶を置く。
「っで、今日もだらける気?」
「ん~実は、疑問がありまして」
「何の?」
「いろいろあるんですけど、どうして迷彩柄の服を着てないんですか?だって軍隊系の基本ですよ基本!」
「民間軍事会社はプライベートはともかく、任務中は着てはダメなんだ。正規軍と勘違いされてしまうからね。国際法で禁止されている。だから普段着にボディーアーマーってのがポピュラーになってんだ」
「へぇ・・・それと、トライデント・アウトカムズの求人ってあります?」
「無い。必要になったらヘッドハンティングが基本だ、陸軍辞めて、ここに来たのもCEOのヘッドハンティングからなんだ」
「優秀な人って声が掛かるって言うけど、ホントなんですね」
「俺からもいい?千歌ちゃんはもう3年生でしょ、あの3人が卒業して時間があるからって、ここでダラダラしてていいのか?」
「えへへ・・・実は、英語も教えてもらおうと」
「なんだろう、このデジャヴ」
出された大量の宿題を応接机に広げる。ケビンは依頼が無いため、仕方なく引き受けることにした。
夕方。宏美が近所の店での取材を終え事務所に帰ってくる。
「あら千歌ちゃんいらっしゃい。何してたの?」
「宏美さん。実は宿題を手伝ってもらってて」
「今終わったんだ・・・全く、スクールアイドルやるくらい勉強も頑張ってほしいよ」
満面の笑みの千歌と違い、ケビンは少し疲れた顔をしていた。なんでも、ほとんどケビンが指示したとおりに写しただけという、もはややる気がないのが見え見えな方法で宿題を終わらせたのだ。
「あ・・・まっまあそんなこと言わないでさ、取材先で干物もらったの、今晩これ食べましょ?」
「そうだな。よし千歌ちゃん、そろそろ帰らないとお姉さん達が心配するから帰んな」
千歌を見送り、二人は事務所を閉める。夕飯の途中、宏美の口から気になるキーワードが告げられた。
「読者モデル?雑誌のアレか?」
「東京じゃ結構あるんだけど、Aqoursの人気上昇でここ最近、沼津でもスカウトが来てんのよ。どこも有名雑誌の名前上げて雑居ビルに入ろうとするのよ」
「でも大抵は騙しなんだろ?ビデオ撮って売って人生破壊しようとするクソッタレ共」
「記者ってさ、雑誌には顔載らないからわからないじゃない。だからそれを利用して若い子達騙して金づるにするってどう思う?はっきり言って冒涜よ」
「そうだな。地方雑誌に載ってる宏美の記事読むけど本質を書いてるし、読んでてスッキリした気分になれる。そんな記者もいるんだからやめて欲しいよな」
片づけの途中、インターフォンが鳴る。警戒したケビンはPx4を握り、カメラの映像を見て誰かを確認する。
「どちらさん?」
『すいません、まだ開いてますか?』
玄関を映した映像からスーツ姿の男が見える。ケビンはPx4をしまい、警戒しながら下に降りた。
「もう営業時間が終わってますが急用です?」
「娘がいなくなったんです。探していただけませんか?」
彼は菅野元春と名乗った。高校入学して以来、素行不良になった娘が夜遅くに帰るようになった。昨日も深夜に帰るだろうと寝ずに待っていたが朝になっても帰ってきていない。それどころか主婦をしている妻に帰ってるか聞いても帰って来ないという。行方不明になっていないか心配になった彼は友人である黒澤金剛に相談したところ、ここを紹介してもらったらしい。
「(金剛のジジイからかよ)お嬢さんの顔写真、ありますか?」
写真を見せてもらう。初々しいセーラー服姿のベリーショートの少女がカメラから顔を背けている。
「(だいたい162ぐらいか、少し細身でまるでモデルのような顔立ち)浦の星の制服ですね」
「はい。ウチの家内がそこの卒業生でして、これまた金剛から紹介してもらったオウル・プログラムっていう、入学支援を受けました。勉強苦手なあの子も無事、合格して嬉しいかったです」
「(叔父貴が始めたアレ、やる子いたんだ)そうですか・・・最後にお聞きしたいのですが、彼女を大事におもってますか?」
「はい。私も一緒に探します、無事であってもなくても彼女を抱きしめてあげたい」
「・・・もしそれが偽りなら・・・っと、野暮ですね。今から探しますか?」
「ありがとうございます!」
宏美に事情を話し、3人で聞き込みを始めた。
不良少年達のたむろ場や駅前、風俗街にも足を運んだが彼女の姿を見たものはいなかった。ビルの谷間を歩きながら質問する。
「(変だな、チンピラ達が素直すぎる)菅野さん、ひとついいか?仕事は何をしてる」
「建築屋です。そう、ただの建築屋」
ケビンは足を止める。
「本当か?だったらレッグホルスターにある拳銃はどう説明するんだ」
「・・・バレてましたか。そう、私は元は付きますが国家諜報員でしてね、今でも銃は持ってんですよ。あ、建築屋は本当ですよ」
「さっきの連中はお前の子飼いってところか」
「えぇ。ですが、彼らも知らないとなると、あの子はどうやって姿を消したのでしょうか。娘の顔を忘れたことはないんですがね」
「化粧で顔なんて変えられる。それに、本当に消えたのか?」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ、思ったより身近にいる可能性」
ケビンの電話が鳴る。
「失礼・・・俺だ、見つかったか?そうか、今行く・・・お嬢さんの居場所がわかった。十千万っていう旅館に泊まってるみたいだ」
「え?」
「あそこを経営してる方々の下にいるなら安心だ。車で行こう」
市街地から車で十千万に向かう。入り口に宏美と金髪ベリーショートの少女がいた。
「芙美・・・心配したぞ、母さんも待ってる、さぁ帰ろう」
「父ちゃん、母さんから話聞いてなかったんだ。友達と一緒に十千万に泊まるって言って出かけたんだよ?」
「・・・あ」
ケビンは呆れた顔で質問する。
「アンタ、早とちりでウチに依頼したのか?」
あまりにも予想外の真実に呆然とする。
「ほんのり思い出したんだが、アンタのカミさん、帰って来ないって言ってたよな?あれは泊まりだから帰ってないって意味だったんじゃ」
「そ、そのようですね。でもどうして私に一言声を掛けてくれなかったんだ!?」
「アタシの話、聞いてくれそうにないから。いつも仕事って言って取り合ってくれなかったし、モデルの仕事したいって言っても反対だったし・・・だからプチ家出することにしたんだ」
「そうだったのか。すまなかったな、寂しい思いさせて」
「いいの、読モの撮影、ここでするって決まったから」
彼女によれば一週間前、駅前を歩いていたら某雑誌のカメラマンを名乗る男から十千万の取材をするらしく、読者モデルを探していたらしい。その雑誌を愛読しており且つ、モデルへの夢の一歩として承諾したとのこと。それを聞いた三人は真剣な顔になる。
「ねぇ芙美ちゃん、その男の名刺って持ってる?」
ポケットから名刺を取り出し、宏美に渡す。
「待ってて、ちょっと聞いてみる」
本藤に電話し、名刺に書かれた名前を教える。
「え、ホントそれ?そんなカメラマンは存在しない!?わかったわ」
「答えは出たようだな。どうする、お父さん?」
「相手が嘘をついてるんだ、家に帰ろう。母さんも心配してる」
「・・・」
「芙美ちゃん。悪い事は言わないわ、お父さんと一緒に帰った方がいいわ。もし仮に撮影でアクシデントに巻き込まれたら・・・」
「あの、宏美さん。運の悪さをどうにか出来ませんか?このままじゃモデルなんて出来そうにないんです」
「そうね、とりあえず開運のお守りでも買いましょ」
翌日。何も知らない偽撮影陣は十千万に入場した瞬間、アサルトライフルを装備したケビンとエドワーズに拘束され二度と悪さ出来ないよう、丸腰の状態で中東の戦地へ飛ばされるのであった。その一方で菅野家は家族団欒の時間が今までよりも増えたのだという。