彼の王の話   作:宵闇@ねこまんま

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カルデアに召喚されたシバの女王の物語。
思い続けた彼の王と、カルデアに生きた彼の人の姿が重なる時、過ごす今、そして未来にその影が垣間見える。


第1話

 懐かしい声。

 遠い昔、一時ではあったけれど、私の人生において最も満ちた瞬きの日々。

 あの声が、私を呼んでいる気がした。

 あの時交わした言葉、約束、誓い。それらが流星のように脳裏を巡っていた。

 必ずや、お力になります。

 そっと目を開いた私の前に立っていたのは――。

「ティテュバ――じゃなくて、シバの女王……」

 あどけない瞳でこちらの様子を窺っていたのは、いつか、別の私として出会った少年だった。

 あの人ではない、でもどこかあの人に似ている少年は驚きと喜びがぐちゃぐちゃに混ざったような顔をしていた。

 あの人がそんな顔を浮かべることなんて想像もできないのに、何故だか、彼が笑ったらきっとこんな顔なんだろうと、自然に思えた。

「お久しぶりですねぇ、マスター。召喚していただき感謝いたします。ミドラーシュのキャスター、と名乗るのは今さらですねぇ。はい、シバの女王、貴方とこのカルデアに呼ばれ、召喚に応じましたぁ」

「えっと……よ、よろしく!」

 少年が差し伸べる手には快く応じた。たっぷり30秒、少年、藤丸立花はその手を握り続けた。

「あの……マスター?」

「ちょっと、弟子! しっかりしなさいよ!」

 固まったままの藤丸立花の尻を子気味の良い音で叩いたのは、袈裟を身に纏う美しい女性だった。その眼は魁星のように爛々と輝き、好奇心旺盛な子供のようにこちらを見つめている。

「まったく、ボーっとしちゃって。疲れてるのかしら? ごめんね、いつもはもっとハキハキしてるんだけど」

「いいえ、気にしてませんよ。それより貴女は?」

「アタシは三蔵、玄奘三蔵法師よ。クラスは貴女と同じキャスター。で、新しいキャスターが召喚されたっていうから、同じクラスのよしみ、もとい暇つぶしでカルデアを案内しようと思ってね」

 溌剌とした様子の三蔵法師は、半ば強引に私の手を取る。

「あはは、結構強引な方ですねぇ」

「そうなんです……法師様は強引な方です。まるでおとぎ話にでてくる王様……あぁ、死んでしまいます……」

 三蔵法師の背後から、にゅっと顔を覗かせたのは馴染み深い肌をした女性だ。表情を薄い布で隠してはいるが、その眼は三蔵法師とは逆に輝きがまったく見えない宵闇のように暗い。そっと視線を落とすと、その手も三蔵法師に握られていた。

「貴女は、もしかすると同郷の方かしら」

「シバの女王陛下にそう言っていただけるのは恐悦至極ではありますが、何ゆえ貴女様の国の正確な所在は不明ですので、なんとも……。ただ、同じく砂漠の民であったことは確かです。申し遅れました。私はシェヘラザード、ただの語り部であります……」

「シェヘもキャスターなんだ! だから、連れてきたの!」

「そんな理由で……危険な世界へ私を連れだしたのですか……。それに、あぁなんということでしょう。シバの女王……『女王』。あぁ……死んでしまいます」

「貴女はそればっかりね。だいたい、英霊なんだから王様なんてザラじゃない。いい加減気にしすぎよ」

「気にしすぎる、のは当然でありましょう。彼ら彼女らは、その一言一言が大国という名の巨人が振りかざす大地の剣と同義……か弱い語り部はただただ頭を垂れることしかできないのですから」

「シバ、シェヘのことは気にしないでね。いつもこんな感じだからさ」

「だいたいおかしいではありませんか。キャスターという地味なクラスに召喚され、他のクラスと比べて平和な暮らしが送れるという未来は召喚されて二時間で潰えました。やれ賢王だ、やれ魔術王だ、今年の夏にはフランス王妃までもがやってきて、私の夢描いた安全で平和な生活は蜃気楼であったと確信いたしました」

「魔術王……」

 シェヘラザードの言葉に、マスターの肩がピクリと動いた気がした。

「王様なんて、どこのクラスにだっているわよ。三騎士に呼ばれなかっただけマシだと思いなさい。王様のいないクラスなんて――ルーラーかアルターエゴぐらいじゃないの?」

「そうですね……もし許されるなら、来年の夏辺りにルーラーにクラスチェンジして浜辺で1人本を読んでいたいものです。海? 死んでしまいますから無理です。アルターエゴ? あの魔性菩薩様は王と変わらない、むしろ理性のタガが外れてる分あっちの方が厄介ですから死んでしまいます」

「はいはい、戯言はそこまでにして。シバ、行こう」

 片手にシェヘラザード、もう片手に私の手を握った三蔵法師が召喚室から出て行こうとした時、マスターがそれを呼び止めた。

「待って三蔵ちゃん! シバと、少し話がしたいんだ」

 振り向いた私が見たのは、先ほどまでのおどおどしたマスターではなく、真剣な表情で、まるで大きな問題に立ち向かうことを決意した者のように、精錬な瞳をした藤丸立花であった。

「――なぁんだ。ま、仕方ないか」

 三蔵法師は私の手を離した。自動ドアが開き、三蔵法師とシェヘラザードが出て行こうとすると、扉の向こうには一人の少女が立っていた。

「あらマシュ、弟子に呼ばれたのかしら。ま、いいけど。じゃあね」

「あの、法師様。そろそろ私のお手もお放しになっても――」

「それは駄目」

 召喚室から二人が消え、入れ替わりに一人が入ってきた。

「久しぶりですね、マシュ」

「シバの女王さん……先輩……」

 マシュは相変わらずの、満天の星空を映したような純粋な瞳をしている。その瞳からは、今にも星粒が零れそうに煌めいていた。藤丸立花は、そんな様子のマシュに頷きかける。

「シバの女王。召喚したばかりで悪いんだけれど、少し話があるんだ」

 思い詰めた様子の藤丸立花に、私は頷くしかなかった。

 張り詰めた空気が流れる中、藤丸立花はそっと私の手を取り、その手を引いた。

 三蔵法師とは違う。

 ゆっくりと、一歩一歩想いを逡巡させながら歩いているようだった。

 そうして連れて行かれたのは。

 藤丸立花の、自室であった。

 

@@@@@

 

 

「改めて、召喚に応じてくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそ。この場所に呼んでいただき感謝しています。それで、お話というのは?」

「――先に謝っておきたいんだ。セイレムから帰ってきたあとなんだけど、マタ・ハリから、シバと話したことについて聞いた」

「それは――まぁ」

 なんとも返答しがたいことだった。

 マタ・ハリとは、セイレムという特異点で情報交換をした。藤丸立花が言っているのはそのことだろう。それを勝手に聞いたことを謝っているのだろう。

 確かに、情報一つとっても立派な交易品となる――だが、別に怒ることでもない。

というより単純に、恥ずかしい。そしてそれ以上に、胸がざわめく。

「シバがマタ・ハリに求めたことについても聞いた。勝手に聞いて、ごめん」

「いいんですよ。終わったことです」

「それに関わることで、話したいんだ」

 藤丸立花は、大きく深呼吸をした。それでも、喉に詰まった言葉は上手く吐き出せないようだ。そんな藤丸立花の手に、マシュはそっと手を添えた。

「先輩、お願いします」

「――シバの女王。お願いがある。お願いといっても、断られたら、たぶん俺は礼呪を使ってでも話を聞くだろう。シバにとって、メリットがないのは確かだし、君の過去を暴くことになるかもしれないから。だけど、お願いだ」

 藤丸立花は、本当に、懇願する様子で言った。

「『ソロモン王』の話を、してくれないか?」

「えぇ、結構ですよ」

 私の返答に、二人はポカンとした様子で口を開けていた。

「本当に、いいのかい?」

「えぇ、ただの昔話ですから。ですが、対価は頂きたいですねぇ」

「対価……?」

「えぇ。マタ・ハリさんからもお話を伺いましたが、より身近にいた貴方たちから、『人として生きたソロモン』のお話を、聞きたいです」

 口にした途端、耳が熱くなる。

 この場所に召喚された瞬間から、探してしまっていたのだ。

 彼の痕跡を、彼がいたという証を。

 藤丸立花は、力強く頷いた。

「交易、成立ですねぇ」

 私がそう言うと、二人はやっと緊張を解いた。

「シバの女王さんは、ドクター……ソロモン王のどんな話が聞きたいですか?」

 勢いよく話始めたのは意外にもマシュの方だった。

「そうですねぇ。では、彼が魔神柱と闘った時から、徐々に遡って聞きたいです」

「それは……ドクターが消える時から、ということですか? 私はてっきり出逢いからかと」

 マシュの言い分も最もだ。だけれど私は首を振った。

「私にとってのソロモン王と一番近いのは、たぶんその時ですから。マタ・ハリから話を聞いた時はにわかには信じられなかったもの。だから、お願い」

「そうですか……。分かりました。私達は、シバの女王さんとソロモン王の出会いからお話が聞きたいです!」

「いいわよ。でも、ほんの短い一時の話よ? それでいいのかしら」

「うん。それで充分だ。俺達は『人として生きたソロモン』しか知らない。そうだとしても、少しでも、あの人について知りたいんだ」

 そうして、ソロモン王の二つの人生が語られた。

 それは過去と未来を縦横無尽に行き来し、時には戦い、時には聡し、時には笑い、時には涙した。

 話が進むにつれて、いつの間にやら藤丸立花の部屋には多くの者が集っていた。

 カルデアのスタッフ、サーバント、そして、レオナルド・ダヴィンチ。

 部屋は人々で溢れ、誰かが話し始めると、そっとその話に耳を傾け、その話が誰かに付け足されると、そっと話はそちらに移り変わる。

 他愛の無い話も多くあったが、それでも、どの話も彼を表していた。

 話は終盤に差し掛かり、マシュが彼と出会い、私が彼と別れると、部屋にはそっと沈黙が流れた。

「私は彼から大きなものを頂きました」

 私が話を始めると、皆がこちらに目を向けた。

「交易品はもちろんでありますが、それ以上に大切なものも頂きました」

「俺達も……今という『未来』を、ドクターから貰った」

「ドクターからは、与えられてばかりでした」

 マシュは、悔しそうだった。

「えぇ。その通りです。彼の王は神がお選びになった、万能の王であると、私はそう思っていました」

「それは違ったのかい?」

 レオナルド・ダヴィンチの問いに、私は首を振る。

「いいえ、その通りでした。だけれど、それは神がお選びになったからではなかったと知りました。彼の王を万能たらしめたのは、その指にかかる指輪でも、神から与えられた知恵でもなく、全てを見通す千里眼でもなく、その生きざまであると、そう思いました」

 私の記憶で佇む彼には、確かに人間らしさがなかったかもしれない。それでも彼の治世が民衆を救えたのは、彼がそういう風に生きていたからであろう。

「彼の王は神の創りし機構であったやもしれません。ですが、万能を捨て顕現した人間性と、その後の人理を巡る戦いに身を置く彼の姿は、紛れもなく私の知る万能の王でありました」

 気が付けば、藤丸立花とマシュの瞳から涙が溢れていた。

 そして、私の瞳からも。

「マシュは言いました。彼から与えられてばかり、と。だからこそ、悔しいのですよね。もう、返せないから」

 マシュは静かに頷いた。

「私は、人理を巡る戦いの後に、その未来に私がいるのか心配でした。それでも常に胸に浮かぶ光景は、私と先輩と、ダヴィンチちゃんとドクター、カルデアの皆さんで笑って『未来』を迎える光景でした。今、私がここにること自体奇跡なのかもしれません。ですが、そこにドクターがいないなんて、考えられませんでした」

 マシュは溢れる涙を拭うことも忘れて、私に語り掛ける。

 それはまるで、私の記憶に潜む、ソロモン王に向けて言っているように。

「マシュ、貴方の気持ちは痛い程分かります。私も、英霊の座を降りた彼とは、もう会えないことを考えると、胸が張り裂けそうです。ですが、私はかれとの約束があるのです」

「約束……ですか?」

「彼が助けを求めたのなら、必ずや、その力になると」

「でも、ドクターはもう」

「いいえ。私がここに呼ばれたのは、セイレムでマスターと出会ったことも要因でしょう。ですが私はそれ以上に――彼に呼ばれたような気がするのです」

 私の言葉に、二人はハッと目を見開く。

「この『未来』は、彼があなた方に与えたものであると同時に、彼が残した財産であるのです。そこに彼の存在はなくとも、私はそれを護るために、ここに呼ばれたのです」

 私は二人の手を取り、力強く握る。

「私は貴方のサーバントであり、彼の王の盟友であります」

 目尻に溜まる涙を拭い、とびっきりの笑顔を浮かべた。

「彼のいない『未来』だけれども、必ずや、守り抜きましょう。彼から与えらたものを返すことはできません。ですから、それを未来永劫守り抜くことを、そのために尽力することを、私は誓いましょう」

 それこそが、ソロモン王との約束なのでしょうと、胸の内で想った。

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、藤丸立花は笑った。

 その笑みはやはり、彼に似ていると思った。

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