「・・・平和だなぁ」
そう独り言をもらしてしまうのも無理はない。これぞ農村と言える窓からの風景に木造の家屋の温かみが視界を彩っている。それに加えて今日は小春日和だ。朝に畑の収穫と洗濯は終わっており、洗濯物はすでに軒下に干してある。もうすぐ時間は正午というところ。長閑な風景に平和だなと思っても過言ではないだろう。しかし、悠々自適に農村生活というが、一人暮らしというのもあってやることはたくさんある。
ちなみに両親は随分昔に儚くなってしまった。顔も朧気なくらいだが、少なくとも母親はとても良い人だった。赤子の頃に泣かないにも拘らず空腹やオムツがわかる凄いお人だった。あ、私の名前は姓は黄、字は祷暁っていう東アジア独特の名前ですが誰も呼ばないのでそのうち忘れそうです、ぼっち乙。
「あー、そういえば小川の仕掛けそのままだ」
行きたくないなー、とか愚痴をこぼしつつお昼ご飯の確保のためも渋々外へと向かう。今は晴れているのでぼんやりとしていたいが夕方から雨が降るのだ。チートが告げているから間違いない。雨の増水で仕掛けが流された方が面倒くさいのだ。家があるのは小高い山の麓付近で仕掛けのある小川は徒歩で1時間はかかる。雨も降るしさっさと行って帰ってくるのが一番だろう。
はあ、と溜息を吐きフードを被って小川までの道を歩き出した。そして仕掛けを放っておいておけば良かったと後悔したのは、かかった川魚を火で炙ってのんびり昼飯を食べているときだ。
「・・・そうか、ここコミックの世界だったけ」
頭に手を当てて眉間に皺を思いっきり寄せる。どれだけ経ったか忘れたが、こんなことを忘れるなんて自分はなんて馬鹿なんだと呆れる。魚を採り小枝を重ねて火を起こしている最中は気づかなかったが、焚き木をしている近くの130㎝くらいある岩の上に黒髪の少年が倒れていた。美少年とは言えないが、そこそこ顔は整っているがどこにでもいるようなあどけない少年だ。しかし、見覚えがある。似たような顔は前にも見たが、確か、今は呂望といったはずだ。
どうしたもんかなあ、と悩むこちらをよそに泥と汗にまみれて力尽きたように眠る少年を見る。何分か悩んで原作開始はここから60年は経った後だと思い決断した。別に今関わったってさほど影響はないだろうと。それよりこんな人里から徒歩1時間も離れた場所に主人公という名の疫病神とはいえ少年を放置するのは良心が痛む。しかも、自分が生きる理由となっている母の遺言には他人に優しくしなさいというのもあった。普段人と関わらない分、それをここで実行せずにどこでやれという状態だから仕方ないのだ。
というわけで少年を起こすことにした、小川に落として。
案の定、少年は息が吸えないという生命危機に陥って急激に意識は回復した。良い子は真似しないでね。ついでに万が一そのまま溺れたらチートで助ける予定でした、嘘ではありません。
「ごっほ、ごっほ、何がどうなって・・・」
「おー、少年目が覚めた?」
「目が覚めたのって、こっちは死にかけ・・・誰だお前」
すぐさま川の中で立ち上がり、せき込みながらこちらを見つめる目は無垢で生きる光に溢れ自分を映していた。こんにちわ、主人公。とそう心の中で呟きつつ、彼の問いに答えた。たぶん、この時に私は完全な傍観者という立場は捨てたのだろう。ここで生きている、そう今度こそは応えられるようにと。
小川に落とした実行犯と被害者という出会いであったが、この呂望という少年は変わり者だったらしい、何故あれで敵意なく対面できるのか理解しがたい。ちなみに岩の上にいたのは独りで羊を放牧していたが狼に襲われ、羊は逃がしたがここまで追われて小川に入って撒いたは良いが力尽きて寝てしまったらしい。いや、12歳で狼に襲われて無傷の方が凄いよ、何て言えばこれくらい頭を使えばどうとでもなるとのこと。最近の子供はませているな。
あと、私のこの見た目に忌避感がないのは珍しいとも思った。なんせ私は黒髪は良いが金目なのだ。初めて鏡を見た瞬間絶句したのは言うまでもない。なんだ、この金ぴかは。元がこうだからしょうがないが時々物を売り買いに村に行くにも目立つため幻術あるいはマントは必須なのだ。人里から遠く離れ見た目10歳そこそこな女が私なのだが、何で村に住んでないのか呂望に訊かれたのでこの見た目だからと説明したらすぐに納得された。
そうか、やっぱり珍しいのか。下手にこの時代に表に出れば親がいないと分かれば人攫いに遭うから気を付けるようにという母親の言葉は間違いではなかったらしい。まあ、基本なんでもできるチートだからどうにでもなるけどね。
そんな縁も意外に長く続き、月に2、3回はこの小川の近くで会うようになった。子供と子供が揃うと何をするかって元気に遊びだすのだろうと勝手に思っているが、私と呂望が会うと河原で日向ぼっこをしながら寝るという元気さの欠片のない、ありのまま言えば幼げのないことを私たちはしていた。考えてもみろ、10歳前半の、わかりやすく言えば小学生が2人集まってやることと言えばお昼寝だぞ、しかも毎回である。
しかし、それも何回か続けば慣れてきたし、話すことと言っても、やれ大人たちが手伝えと五月蠅いやら、畑の作物が育たないなど余計に子供らしくない会話をボツボツするくらいで、ほぼ無言である。精神年齢がとてつもない私からすれば非常にありがたいことだった。
そんな日々が突然途切れるのに気づいたのは、いつものように仕掛けにかかった魚を採りに行こうとしたときだった。
河原を歩いていると、喫えた匂いが遠くからするのに気づいた。いつも呂望がまったりと歩いてくる方向からだ。深く溜息を吐いて、その方向へと足を延ばした。結果はわかりきっていたのに。
明らかに焼けたであろう村には人の存在はなく、既に炭と化しており微かに燃え残っている家の柱や煤ではないこびりついた黒が地面を汚していた。所々に転がる躯は、必死に抵抗したのであろう、農耕器具や鈍器を握りしめられているが無残に折られ、壊され、見せしめのように首を駆られて事切れていた。
(「最近、大人たちがピリピリしている。なんか軍がどうだとか人狩りがどうとか言ってた」)
(「へえ、物騒だね、気を付けてね」)
(「お前がだよ。村から離れて住んでる癖に呑気だな。親の顔がみてみたい」)
(「めっちゃ美人だよ、私に似て」)
(「整っているのはわかるけど、残念美人っていうんだろ、それ。まあ、その・・・物騒なことがあるから気をつけろよ」)
(「ハイハイ、心配性だな呂望は」)
数日前に交わした会話を思い出し、荒らされた村から変わりない空を見上げる。
「馬鹿だな、呂望。気を付けるのはお前だって言ったじゃん」
独りでに空に雲が湧き、焼け果てた村に雫が落ち始めた。その雫は自分を濡らさず、地面に染み入っていく。私が村を去るころには雨は上がり、視界には村の存在はなく、周囲に広がる草原と同化しており一際大きい岩があるのみとなった。だってほら、一瞬でこんなこともできるんだよ、私にとって家や姿を隠すくらいわけないんだから私は大丈夫なんだ。
すでに呂望は元始天尊が連れて行ったのだろう。聡明とはいえ、子供の彼が一人でここからそう遠くへといくことはないのだろうから。
「バイバイ呂望。なるべくなら―――もう会いたくないな」
そう一人の帰り道で呟くくらいは許してほしいものだ。