青い空に白い雲。目下真下は渓谷だが、これはこれで美しい景色である。
それはさておき、最近私の騎獣になった白額虎だが、ずっと寝ていたせいか外に出たがる出たがる。勝手に散歩して来いとも言いたいが、仙人界と違って人間界は空気が淀んでいるらしく私という空気清浄機がいないと体調を崩してしまう。それもわかっていて白額虎も自重しているが、精神的にも幼いのだろう。家の中では狭いからと子猫になって窓から空を見上げる後ろ姿を見てみろ、可哀そうだろうが。親バカの罵るがいい、ウチの子はカワイイ。
「眠りの中でも見ていましたが、実際に風を感じるというのはまた別格ですね」
黒点虎の額の点がないバージョンというか、もうそれは真っ白な化け猫と言わざるをえないのが白額虎の本性なのだが、黒点虎と違い普段は目を閉じており、耳も垂れている。言ってみればスコティッシュフォールド(特大サイズ)なのだ。千里眼と順風耳の能力は兄と同じなのだが、どうやら能力が強いらしく普通に見聞きするだけで能力が発動し、見えすぎ聞こえすぎな状況のため、セーブするために目を閉じ、耳を垂らしているらしい。いや、可愛いから良いんだけど。
そうして一人と一匹が空中散歩と洒落込んで、いまは西岐の首都
「人がたくさんいて、活気もあって楽しそうです」
初対面のときはものスッゴク固い口調であったが、黒点虎の泣きも入ったため頑張って話し方を強制したのだが敬語口調になってしまった、どこの道化師だ。衰弱していたので、あのとき言葉を話すのも初めてだったらしいが、どうやらあれはどこかの爺さんの話し方を真似たらしい。女の子なのだから、・・・せめて性別の壁は超えないでほしかったよ。
「実質、財政管理がおかしい王都よりもこっちのほうが福利厚生もしっかりしてるし、活気があるのは無理ないかな」
「一度王都である朝歌を視てみましたが、歩く人々はあまり元気がなさそうでした」
「まあ、あそこは魔窟で人の世なのに人外がゴロゴロいるからね。しかも、少しずつだけど翳りが濃くなってる。盛者必衰、何事も終はあるものだから仕方ないかもしれない」
まあ、人の世だけには限らないけど、と心の中で呟いたのはご愛敬である。さて、現在は原作開始のおおよそ40年前くらい。今はまだ、治世は安定しているほうだが、次の代の王に切り替わった頃からたぶん妲己が顔を出す。今は都の民も元気がないくらいで済みそうだが、その頃には餓死者が出始めたり、貧富の差が如実に出て国は乱れるだろう。
「まあ、暗い話は置いておいて、甘いもの食べたり、買い物したりしよう。初めて見る物も一杯あるだろうし」
基本の衣食住は家の周辺で事足りるのだが、時には要りようなときもある。生成する能力は便利といえば便利なのだが、前世で知っていることだけなので、この時代の食文化やら文明はさっぱりなのだ。原作もあまりふれていないことだし。そして、今は紀元前11世紀なのだから、日本でいえば縄文時代から弥生時代の合間くらい。まだ見ぬ食べ物が私を呼んでいる。食い意地が張っていると言われれば、そうだろうと答えるだろう。
こっそりと都に降り、白額虎は白猫となってもらい市街を散策する。この頃の貨幣といえば貝貨か亀の甲であるが、幾らか持ち合わせている。生成ってこういうときは便利だよね。
物見遊山して、買ったものを持ちながら家屋がない方へと向かう。別に生成した異空間に放り込んでも良いが、騒がれるのはまずい。しかも、この西岐は大諸侯がいる邑であり、情報伝達も早い。面倒くさいことになることは受けありである。
そんな危機管理を以てして、河辺に来たのは良いが、原典でも原作でも有名なシーンの場所に来てどうするよ。適当に行ったのがまずかったのかもしれない。
「大きな川ですね」
「黄河の支流の一つで確か渭水って呼ばれていたはず。人の暮らしに水は欠かせないからね」
山際を走る大河に滝、一際存在感のある大岩と風光明媚な場所ではある。たしか、前世でもそれとされた観光地があると聞いたことはある。人目もないしもういっそここでやってしまおうかと一応周りを見渡すと、人影が見えた。
どうやら一人のようで、年齢は年若く少年といえるくらいで頭にターバンをしていて、土汚れており動きやすい服ではあるが破れなどはなく明らかに平民の物ではない。そして、狩りでもしていたのか弓矢を背負っていた。
「すまない、邪魔をしたか」
「いえ、たまたまいただけですから」
口調は上品とは言えないが所作の良い佇まい、そしてここは西岐である。嫌な予感しかしない。
「そうか、俺は見ての通り先ほどまで狩りをしていてな」
「はあ」
「事前の占いにも獣は得られないとあったが、意地になって向かったは良いが一向に仕留められず、休憩に川に寄ったのだが」
「そうなんですか、私はこれで」
「・・・ところで、猫が溺れているようだが」
ハッと思い振り返ると、ご主人様ー、とか叫びながらどんぶらこっこ流されている白猫の姿が、っておい。
「白額虎、川辺で遊ぶなってあれほどいったでしょーが!!」
純粋な白猫は好奇心旺盛で、最近もお風呂場で溺れたばかりだ。確実に海川でも同じことが起きるだろうと注意していたのにも関わらずこれである。外出禁止令でも出そうかしら。
「いやです、お外で遊びたいです、あーるーじーブクブク」
「あー、もう溺れながら反論しないの、世話が焼けるなぁ」
溜息を吐きながら川へと飛び込む、助け出して河原に戻るころには、先ほどの少年が火を起こして待っていてくれた、面目ない。
「あなたは天然道士で、その猫は霊獣なんだな」
目をキラキラさせてこちらを見る少年は羨望な眼差しをこちらに向けている、やめろそんな目で見てもなにも出ないぞ。助け出した白額虎は本性を現して隣で寝ている。元は身体が弱かったんだ、熱風を作り疑似ドライヤーでしっかり乾かしたとも。そして、気持ち良かったのかそのまま寝てしまった。
「話でしか聞いたことがないことは本当にあるんだ。世界は広い、本当に広い。・・・兄さんたちもどこかで」
どうやらこの少年は父が亡くなり、上には兄が二人いたが父親はこの少年に家督を譲りたいと遺言に残したようで、兄たちは末の弟を残して去ってしまったそうだ。今は周りに支えられながらなんとかやっており、今日はその息抜きだそうだ。護衛だろう数人の気配も森の奥からするし、日も暮れてきた。
「さて、火を起こしてくれてありがとう。そろそろお暇するよ」
「いや、貴重な話を聞かせてもらった、こちらこそ」
そう言って右手を差し出された。強く輝く意志の籠った目はこれからの動乱に満ちた未来はまだ見えていないが、それでも突き進んでいくのだろう。ふと、その姿に何かがぶれた。精一杯生きていこうとするかつての子供たちの姿が脳裏を過ぎった。私はこういう目には弱いのだろうと自嘲しながらその手を柔く両手で握った。
「姫昌、私は祷暁という天然道士だ。何ができるというわけではないが、私は貴方をあえて友と呼ぼう。これから信頼できる部下や家族はたくさんできるだろうから、いらないかもしれないが」
原作でも100人という子沢山で家臣にも恵まれていたが、彼の友と呼べるのはいなかった。地位などを度外視しているのが一人くらいいても良いのではないか。こっちは原作に巻き込まれる覚悟は(些か不本意ではあるが)できてる。
そう言うと、姫昌は目を大きく見開いたかと思うと、照れたように顔を赤らめながらありがとう、とにこやかに笑い、私も自然と顔を綻ばせた。
夕日に照らされて手を振る姫昌に見守っていた護衛がこちらに頭を下げるのを真下に見ながら白額虎に横掛け、なお上昇していく。
「良かったんのですか、あんな約束取り付けて。相手は若いとはいえ官職、しかも大諸侯の一人ですよ」
「寝ていたのに聞いてたんだ」
「あんな傍で話していたら寝ていても聞こえますよ。で、良いんですか」
「何が」
「主さまは申公豹さまとも最初は関わりたくなさそうでした。太上老君さまとも。・・・誰とも関わりたくないのに、私を引き取ってからですよね。関わりだしたのも」
この霊獣は精神年齢は幼いはずなのに聡い。でもこちらをちらりと見る目はどこか悲しそうでもあった。
「別に白額虎のせいじゃないよ」
「しかし、」
「元はね、私がいるのはお母さまのおかげで、こうして白額虎に出会えたのもまた縁だと思ったの。何かに縛られるよりその時思った行動をしたほうが良いと思ったの。一期一会、出会いを大切にしないとね」
原作に振り回されるのは御免だが、たぶん見過ごすこともできないだろう。それなら、自分は好きに動いた方が後悔もしないだろう。
「まあ、正直引きこもっていたいけど」
「主さま、最後のそれですべて台無しです」
「酷いなー、本心なんだけどなぁ」
「なお悪いです」
そんな言い合いを白額虎と家路につくまで続けてた。その後、紂王が即位し、約20年後には殷の地で黄飛虎と聞仲が出会う。そうして、妲己が宮廷に再び姿を現す。時間は留まることを知らず駆けていった。