伯邑考の葬儀は身内で済ませて、緘口令を引いた。紂王に罪人とされたのだ。紂王から身柄を渡されたわけでもないため、公けに葬儀を行うのは拙い。西岐は知らぬ存ぜぬで通し、空の棺で葬儀を済ませたと報告した。唯一私を目撃した妲己もこの件に関しては閉口しているようだった。
月日は幾らか過ぎ、西岐に姫昌が戻ってきたことも周知されつつある。今朝、姫昌は次男と四男である姫発と周公旦を連れて豊邑を見回ってくると聞いて、西岐城で帰りを待っていたわけだが、何故か姫昌は擦り傷だらけで姫発と苦笑いをしていて、周公旦は一人憤っている。
「姫昌、なんかボロボロになっているけど・・・」
「暁姉上、聞いてください!」
「わかった、わかったから旦。ちょっと落ち着いて」
周公旦とかいつまんで姫発から話を聞くと、どうやら少年が爆走して姫昌を突き飛ばし、怪我をさせたため少年は速攻土下座で謝り、姫昌は許したが決まりに煩い周公旦が罰を受けるべきと少年を牢へ入れたとのこと。
「旦、法に従うのも重要だとは思うけど、子息とはいえ大諸侯である姫昌の決定を遮って意見を通すのも法に触れるからね」
「う・・・」
「そもそも紂王が乱心している今、法とか民に示しがつかないとかは現状その中心が機能していないのだからあまり意味がないのよ。しかも相手は少年、反省もしている前途ある若者を罪に着せるとか鬼畜の所業よ」
「ぐッ」
段々とダメージを受けてしょげる周公旦を姫発は呆れるような目で見ている。いつもとは逆の構図だから面白いといえばそうだけど、周公旦は根は善人だから後々自分の行いに胃を痛めることになる。こういうときは伯邑考がフォローを入れるんだけどなぁ、幽霊になって出てきてほしいくらいだよ、本当に。
「姫昌はその少年、武吉を釈放するってことで良いのかな」
「ああ、そのつもりだ」
「反省って意味も込めて一晩牢屋にいてもらうってことにすれば良い。その方が民も納得しやすいでしょ」
姫昌は穏やかに許すなんて言うもんだから余計に周公旦は許せないのだと思う。ああ、武吉に怒っているというわけじゃなく、軽く見られていないかってことについてね。この情勢だから余計にそう思うのもわからなくはないが、西岐でそんな目で見る人はいないと思うけどね。
「しかし、」
「旦もそれくらいにしろよなあ。おやじとあねきの決定に逆らうのもどうかしてるぜ」
「ぐぬぬ」
そうして姫発が周公旦を諫めていると、少し離れたところから大きな破壊音がした。ついでに、仙道の気配もするので、おそらく彼が来たのだろう。何事かとその場にいる全員が音のする方に視線をやっているとそう時間が経たないうちに、兵が一人やってきて頭を垂れる。牢が壊され、武吉が逃げ出したとのこと。姫昌の指示で数人の兵で無理のない範囲で追跡するように依頼して、その場を解散した。
その夜は満月が大きく照らしていた。豊邑も昼間の賑やかさとはうって変わって民は眠りにつき、静けさが満ちている。なんとなく懐かしさに浸りながら月夜でも見ようと白額虎に乗り上空を満喫していると、見知った二人があらわれた。
「久しぶりですね、祷暁に白額虎」
「白ちゃん、祷暁ちゃん久しぶり~」
無表情で口角と片手をあげて挨拶をする申公豹は兎も角、黒点虎は白額虎の頬に額を擦り付けるのは止めた方良いと思う、白額虎がイライラして、あ、引っかかれた。それでもニコニコしている黒点虎に白額虎は明らかに引いている。
「これは黒点虎の自業自得ですね。いい加減妹離れしてほうが良いとあれほど言っているのに」
「大丈夫ですよ、白額虎のあれは半分は照れ隠しです」
「そして、半分は鬱陶しいと思っているのですね」
「・・・その通りです」
会うたびに、身体はどうだ元気にしているかは兎も角、猫を撫でまわすようなスキンシップに呆れているのは間違いない。いまだに妹可愛いを全身で表している黒点虎を放っておくようで、申公豹はこちらを見た。
「そういえば祷暁、珍しく怒ったみたいですね」
「なんのこと?」
「あの禁城でできた大穴は、貴女のせいでしょう」
そういえば妲己にキレたときかと思い浮かべる。よくよく考えれば、制約はあるものの創造の力がある(外聞は宝貝としている)が、消失を創造するって方向に力を使ったのはこれが初めてかもしれない。
「そうだといえば、どうなるの。妲己に私のことでも密告する?」
中立、いや客人とはいえ申公豹は妲己側の仙道だ。何を企んでいるかは知らないが、妲己は黙秘しているようなので、これが聞仲やら果ては元始天尊に知られると面倒くさい。その問いに、申公豹は心外なという面持ちで首を横に振った。
「いいえ、そんな私の美学に反することはしませんよ、ただの知的好奇心です。思えば、貴女が力を攻撃に回したところをみたことがないので、珍しいと思った次第です」
「以前に説明したとおり、私の力は攻撃できないからね。何なら全部教えても良いけど」
「それでは面白くないのでお断りします。それに今日来たのはそれだけじゃないので」
ふと下を見る申公豹の目には西岐城があり、今は夜でもあるので静かだ。どうせ物見雄山をしに来たのだろうが、御年5千歳の考えていることを私に考察しろというのが無理なことだ、つまりわからん。
「ところで話は変わりますが貴女、妲己と交友でもあったのですか」
「は?」
「いえ、妲己が貴女に似た人相の女性を探すとか言っていたので。まあ、私は客人ですし、どうでも良いのですが」
「・・・ありがとう」
「いえ、気にしないでください」
彼にしては珍しく(たぶん)忠告をしてきた、律義なものである。その殊勝さをどこかの誰かにも見習ってほしいくらいだ。そうして、申公豹とは別れたが、黒点虎はずっと渋っていた。白ちゃん白ちゃん五月蠅いから最後は申公豹に拳骨を落とされるほどであった。・・・黒点虎、申公豹の言う通り妹離れしようぜ。
そうして、一夜明けると次は西岐城で道士が器物損壊で捕まり、すぐに釈放されたと噂が広まった。
ああ、気が重い。嫌な予感もしたので、城内でこそこそしていると姫昌に捕まった。そう、この西岐城の主である姫昌である。原作の名シーンとなる場所にこれから行くであろう姫昌にだ。
「祷暁、これから道士に会いに行こうと思う。共に行ってはくれないか」
「姫昌、西岐は安全だし、1人で出歩いても大丈夫でしょ」
「周公旦たっての願いだ。一緒に行ってくれるな」
「・・・ハイ、ワカリマシタ」
姫昌、断言しないで断れないから。
そんな強硬手段に屈した私は姫昌と渋々と豊邑の街へと繰り出すこととなった。考えてみて、衣食住を握られている私はその城の最高権力者に縋りますよ、ええ。
ついでに白額虎は西岐城でお留守番です。彼女には周公旦の癒しとなるべく派遣した。彼はあの見た目で動物好きだ。白額虎の可愛さに彼はそのお堅い顔を緩ませることだろう(親バカ)。
「すまないな。本来ならこういうことに巻き込むのは本意ではないのだが」
民たちに代わる代わる挨拶されながら目的の人物へと歩みを進めるが、人気のない道に出たとき、彼にしては覇気のない謝罪をしてきた。
「今更よ。どうせ私も好き勝手動くわ。・・・それに、迷っているんでしょ」
「わかるか」
「姫昌、何年の付き合いと思っているわけ。幽閉期間も一緒にいたくらいで何が貴方に起こっているのか間近でみている私が考えつかないわけないでしょ。それに、私はすでに妲己に喧嘩を売ったみたいなものよ」
「しかし、それは伯邑考が。そしてそれは西岐の問題で」
「あのねぇ、赤ちゃんだった頃から世話していたくらいなのよ。それを無残にも故郷にも返さないあちらの行為に、私が怒らない道理はないでしょう」
そう、私は個人的に怒っているのだ。紂王の暗君さや妲己の残忍さで世が乱れるのは正直どうでも良い。でも、私の守るべき領域を侵されて黙っているわけにもいかない。今の私はそうなのだから。
決意が固いことを知ったせいか、姫昌はそれ以上は何も言わなかった。ただ、諸侯であるからこそ、友である私が巻き込まれている一種の罪悪感に駆られているようだ。本当に、真面目というかなんというか。
「・・・すまない」
「違うでしょ」
謝罪の言葉なんていらなかった。
「・・・最期まで付き合ってくれるか」
「勿論、私は友情にはトコトン厚いわよ」
それこそ、本当に最後まで、この物語の終わりまで付き合おうではないか。
そうして再会した。物語の主人公に。
次話のネタばれ
「・・・おぬし、祷暁ではないか」
「なにこの道士、記憶力チートじゃないか」