結果として、太公望が西岐の城に仕えることとそしてなり、姫昌に突撃をかました武吉少年は太公望の秘書として働くこととなった。
この武吉少年は姫昌が言うようにとても真っすぐな子で母親想いだ。姫昌と私で改めて面接をしたのだが、給金を決める際に使用用途を訊くと、ほんとどを身体の弱い母のために家に入れるといったとき、私は涙腺が緩むのを禁じ得なかった。何この子、良い子過ぎる。母親のためと言う彼の言葉を、その面接中に影から聞いていた初対面で死罪を言いつけた周公旦が計り知れない精神ダメージをくらったのを私は見逃さなかった。
一方の太公望は仕え始めてからは兵士の訓練を主に見ているのだが、時々私も連れ出すのは止めてほしい。そういう私は農業や治水、工業に携わっているのだが、元々西岐にきたらそんな仕事ばっかりやっていたから、あまり変わらない。
白額虎のことも紹介した。黒点虎の妹であることも教えたが、どちらかというと申公豹のことを思い出すらしく太公望は最初は苦手意識があったようだが、今では猫じゃらしで戯れるくらいには仲が良い。時々、おふざけが過ぎて引っかかれているけど。四不象は同じ常識人として、騎獣仲間としても仲は良好なようだ。武吉少年に至っては邪見にできるほうが珍しいだろう。
そうして、私たちは太公望と武吉少年とも交流しつつ、時は少し過ぎていった。
良い天気だなぁ。見上げる空は青く透き通っている。こういう日は日向ぼっこに限るのだが、残念、私の周りはむさ苦しい集団しかいない。
「しかし意外だの。おぬしが白兵戦に強いとは」
「私の母が鍛えに鍛えぬかれたからね。十になる前に熊を狩ったのは懐かしいわ」
「おぬし、どこを目指しておるのだ」
白々しい目をこちらに太公望は向ける私の周りは死屍累々、いや死んではいないのだが、ほとんど気絶、良くても息絶えである。それ加えて肩には子猫になった白額虎もいるので、よりシュールさは増している。周囲の人物の反応はというと、太公望の隣にいる四不象に至っては怖いっスって青い顔をして怯えているが、その隣の武吉はキラキラした目をこちらに向けている。姫昌は慣れているので、いつもと変わらずといった様子である。
そういえば仙人骨があったであろう母はそれは滅法強かった。武成王の血縁と言われて納得するくらいには女傑だったことを思い出す。私を産んでから身体が弱っていたとはいえ、鉄扇で滝を割るとかなかなかお目にかかれない光景だったなぁ。
「そういえば呂望」
「なんじゃ、というかいつまで幼少の名で呼ぶつもりだ」
「気が済むまで。で、説明したけど私の宝具使うと0か100しかできないから、対仙道だと肉弾戦しか無理」
「確かおぬしの宝貝は、造る能力だったか」
「そんな感じ。周囲の気を吸収して物質、現象をつくる宝貝だから仙道の魂も気として吸収してしまう。封神することはできないから、特殊な宝貝を使う仙道だと戦いにならないからね」
「わかっておる。というより、参加自体反対されそうじゃが」
「は? 戦力増強するなら、反対意見なんてでないでしょ」
「いわゆるフェミニストがおるからのお」
遠い目をして頭を掻く太公望は何故か空を見ている。つまり、仙人界にいる人物のことを言っているようである。
「む?」
その遠い目が何かを捕らえたようで、ついでにキィーンという稼働音がする。着地点は太公望の後ろ、誰もいない空間だから放っておいたけど、着地の衝撃で太公望と四不象は軽くふっとんだ。人の丈三倍はある丸いフォルムに某青狸のような手足に細目を書いただけのボウルを乗せて黄色いスカーフを巻いた姿は力が抜けるが、胸元の元始という文字で仙人界のものだと一見してわかった。そういえばこんなロボあったな、という原作知識でもなんじゃこりゃと言わざるを得ないものだった。
そんな呆れるようなロボでも武吉少年は流石は男の子というふうに興味を持っている。太公望の説明では、元始天尊の宝具ロボである『黄巾力士』というらしい。黄巾といえば漢の時代にあった黄巾の乱からきているのだろうが、紀元前11世紀な昨今では時代を先取りしすぎではないかと頭の隅で思ったが、黙っておく。
「太公望に伝令―――武成王がピンチ! すぐ朝歌に向かえ―――!!」
「何?」
黄巾力士はピポパポと電子音を鳴らしながら、無機質に伝言を伝える。こうなると携帯電話があった平成の時代は便利だったんだと痛感する。最初はカバン並みの大きさだったらしいが、これよりはマシだろう。というか、携帯もできない。
武成王がピンチということは、彼は朝歌を去ったということだろう。人情に溢れる彼が裏切るとなると、彼にとって大事な人が亡くなったのか・・・。
「姫昌、わしは武成王の助っ人に行ってこようと思う」
太公望は姫昌にそう告げると、姫昌も同意する。そういえば、彼を極刑から庇ったのは武成王だった。太公望は四不象に乗り、武吉は走っていくようだ。
私はどうするか。こちらには仙道はいないから置いていくのは原作知識はあるとしても置いていくのは少し不安である。でも、私の、なにより母の血縁である一族だ。少し悩んだが、その後の戦闘は大きいし、苦戦もするからついていくことにした。
「姫昌、私も彼を迎えに行くよ。たぶん、彼は一族を率いているから一人とは考えにくい。人数は多い方が良いと思う」
「そういうと思いましたよ。私は待ってますから、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
白額虎に大きくなってもらい、それに乗る。ちなみに余談だが、跨るのではなく横に座る形だ。二人に少し遅れて空を駆けると、ふと薄くではあるが懐かしい気配がした気がした。それは朝歌の方向からするようだった。
「賈氏・・・」
その少し前に紂王との対決で敗れ倒れ込む黄飛虎が妻の名を呟くと、その傍らにそっと束ねられた黒髪と耳飾りが置かれた。その気配に飛虎は目を向けるが、その緑のような靄はふと笑ったように思えると風に掻き消され見えなくなった。
艶めく黒は汚れすらなく、飛虎の傍らに寄り添うようにいた。その髪と耳飾りを掴むと飛虎は立ち上がり、その場を後にした。緑の靄はそっとその背中を見送ると西を見つめた。
「我は見守っておるよ」
それはそう言うと泡のように薄らぎ、空気に溶けてしまった。その微かな気配に反応するのは二人いたが、逢うのはまだ先の話である。