公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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宇喜田っていいやつですよね。


ヤツの名は宇喜田!!

 俺、宇喜田孝造(うきたこうぞう)は自分の進路に悩んでいた。

 

「やっぱり……不良やめるしかねぇのかなぁ」

 

 俺は地元の荒涼高校3年生でバリバリの不良をやってる。だから学校なんてものは好きではないが今の世の中普通に生きるならせめて高校を進学する必要があることぐらいは馬鹿なりに分かってはいる。だが度重なる校内暴力や路上でのケンカ、それによる出席不足で自分の進路はハッキリ言って絶望的。ムシャクシャして更にケンカに走ってしまう悪循環に俺は陥っていた。担任教師も匙を投げる始末だ。もちろん全ては自分がまいた種だと言うことは自覚しているが後悔したところで後の祭りだった。唯一の救いは家族だけが見捨てないでくれていることだがそれもいつまで続くか分からなかった。 

 

 そんな荒んだ俺は最近、町の不良グループから誘いを受けている。なんでも今なら幹部候補生として迎えるとの事だが俺の気は乗らなかった。だいたい不良に幹部もくそも無いだろうしそもグループに属したからといって自分の境遇が好転するわけがない。むしろ悪化するに決まっている。

 

(なんだよラグナレクって。将来はヤクザにでもなれってのか? アホらしい)

 

 だがそうなるといよいよ真面目に更正しなくてはならなくなるが文机に向かって黙々とペンを走らせる自分を想像するだけで目眩がしてしまった。

 

「お、おいッ 三年の宇喜田先輩だぞ!」

「やべぇっ逃げろッ!」

 

 

 学校ではこの通りすっかり不良が板についちまった俺の人生だが少し前までは輝いていた。元々ガタイが良かった為スポーツは得意だった。その中でもとりわけ柔道は無類の才能があると自負し大会でも何度か優勝の経験もあった。ゆくゆくは国体、ひょっとするならオリンピックも夢ではないとまで持て囃されていたのだ。

 だがそんな夢のような時間はすぐに終わっちまった。鳴り物入りで町一番の名門道場に通ったが勝つためにあらゆる手段を使う俺のプレースタイルは受け入れられなかった。あえなく破門を言い渡され挫折、そして現在の俺に落ちぶれちまった。

 

 

 

 

 不良を辞めることを真剣に考える切っ掛けになったあの日、俺は喧嘩で人生最悪のボロ負けをした。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「え……あれ?」

 

 

 範馬刃牙(はんまばき)

 

 イラついていた俺に廊下でぶつかってきた後輩。故意か偶然かは問題ない。いつも通りに投げ飛ばす獲物が出来た俺は範馬を校舎裏に連れ出し憂さ晴らしをしようとした。

 

 甘かった。

 女みたいなやせっぽちだと、手軽な獲物だと勘違いしていた。

 

 投げ飛ばすために奴の学ランの襟を掴んだ。其処からは何度も繰り返した工程。俺がミスる訳ない。

 

 だが次の瞬間、宙を舞っていたのは範馬ではなく俺だった。

 何が起きたのか理解できずに地べたに仰向けになっている俺を範馬がゾッと擦るような瞳で覗きこむ。

 

「先輩、まだやりますか?」

「……い、いや……もう、いい」

 

 

 それなりに不良をやってると超能力が身に付く。目の前の存在が獲物なのか格上なのか、それを察知する能力だ。

 だから分かった。理屈ではなく本能が、こいつには絶対に勝てないと告げた。

 

 範馬は「そうですか、それでは♪」と笑顔で良い放ちそそくさとその場を去っていった。

 

 残ったのはその場で寝っ転がっている間抜けな俺一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から俺はその辺の雑魚をボコボコにしてもただ虚しいだけの毎日を送った。どれだけ勝利しても範馬に負けた時の自分の情けない姿や声が頭から離れなかったからだ。今日も学校の屋上で恥辱の歴史を思い出しながら俺はこれからの事を考えていた。

 

(とりあえず出席はしようと思うがどうせ今からじゃ留年だろうな。はぁ~なんでもっと早く真面目にならなかったんだよ俺)

 

 そんな今更な後悔をしていると不意に一人の男が屋上に現れた。

 

「やあ宇喜田。君も屋上でサボりかい?」

「武田……」

 

 不良をしていて良かった事など殆どないが唯一と言っていい事がこいつ、武田一基(たけだいっき)との出会いだった。

 俺と同じ学年の不良仲間で件の不良グループ、ラグナレクに所属している。

 

「気は変わったかい? 君がラグナレクに入ってくれたらボカァーとてもうれしいんだけどねぇ」

「だから俺は気が乗らねぇって言ってるだろ。お前もそんなやつらとつるむのは程々にしとけよな」

 

 こいつは最近俺をそのラグナレクに誘っている。こいつにとっちゃ不良仲間として俺と一緒にやっていきたいだけだろうが真面目になろうと決意した俺にとってはありがた迷惑この上ない。

 

「強情だねぇ……キサラ様に会えば気が変わると思うけどね~」

「お前が言ってる女ボスか? ケッ、女の下に付くなんて俺は御免だね!」

 

「そお? すっごく強い女の子なんだけどね。可愛いし。あっ綺麗な雲が流れているよ~」

 

 この通り妙に飄々として馴れ馴れしい態度で初対面の時は投げ飛ばしてやろうかとも思ったが今ではこうやってよく一緒につるむ仲になっている。だがこの態度からは想像できないが武田は元ボクサーでこいつのパンチは俺でも見えないくらい速い。まともにやり合えば多分、俺が負ける。

 

「俺が言うのもなんだけどよ、武田お前……いつまでこんな事してるんだよ」

「……急にどうしたんだい? キミらしくないじゃない」

「俺らもう三年だぜ? 当然だろ」 

 

 俺は武田のことは嫌いじゃない。人の事を言えた義理じゃないがせめてヤバそうな連中とつるむのは止めてこいつにこれ以上道を踏み外してほしくはなかった。

 

「……例えば、何か劇的な、奇跡のようなことが起こればそれも或いはだけどねぇ。僕は今の生活のほうがしょうに合ってるよ」

「でもよぉ……お前の実力なら今からでもジムに行けばプロだって夢じゃねーだろ」

 

 武田は将来を有望されたボクサーだったらしい。何があったかは知らないが今のような不良になってしまっている。

 

「宇喜田……君とボクは相性が良いからこのままの関係でいたい。だけどそれ以上言うと、こうなるよ?」

「ん…………うッ!?」

 

 武田の手には俺のシャツの第一ボタンが握りしめられていた。

 奪い取られた。この一瞬で。

 

 高速の右ジャブ

 

 これで左のほうが速いだなんで反則だ。出会った時からポケットの中に忍ばせている左手がもし自分に向けられたらと思うと寒気がする。

 

「す、すまねぇ……悪かったよ」

 

 基本、俺たちの関係には差がある。武田の子分になったことは無いしつもりも無いが腕っぷしの勝負になったら勝ち目は無い。結局向こうが我を通そうとしたら俺は退かざるをえない。暗黙の上下関係、情けない限りだ。

 

「とにかく……ラグナレクは今、腕に自信がある人材を探していてね。君も気が向いたらいつでもボクに言ってくれよ」

「……わかったよ、考えとくさ」

 

 流石に気まずくなったのか武田は屋上をから去っていった。

 

 拳を握り締める。

 悔しかった。情けなかった。

 

「ダセェな、俺」

 

 誰もいない屋上で俺は静かに呟いた。

 

 

 今日も自分の我を通すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 結局あの後学校をフケた俺は適当に町をぶらぶらと歩いていた。

 

「ん?」

「ニャァーオ」

 

 猫だ。

 歩道の脇にそっと置かれたダンボールの中にいる子猫がこちらを見つめていた。

 

「へっ、強く生きるんだな」

 

 一瞬グラッともきたが猫のことを心配するほど今の俺は余裕がある訳じゃない。

 

「ニャァー」

 

 背中越しに猫の悲痛な鳴き声が聴こえる。なんとなく俺の歩幅は小さくなっていく。

 

(まて宇喜田、お前もう2匹も捨て猫拾ってきたろ! 3匹目は流石に不味いだろ……)

 

 

 俺の家には俺が拾ってきた捨て猫が現在2匹いる。昔から捨て猫を見ると見逃せない性格で、そんな猫を見つけると猫を引き取ってくれる団体に渡したりどうしても無理なら自分の家で育てていた。

 

「ニャーニャー」

「……ぐっ」

 

(止まるな俺ッ 心を鬼にしろッ)

 

「ニャァーオニャァーオ」

「分かったッ分かったよッ! だからそんな声で鳴くな!」

 

 俺はひとまず近くのコンビニにミルクとキャットフードを買うため駆け込んだ。

 

(あーあー、また親父とお袋にどやされるな。小遣いもペット代で消えるな、トホホ)

 

 目当ての物を買い猫がいる場所まで戻るとそこに女がいた。

 

(しめたッ、上手いことあの女が拾ってくれりゃ問題無しだぜ!)

 

 そんな淡い期待を込めて少し離れた所から観察していると女は猫が入っているダンボールをあろうことか蹴りながら引きずり路地に消えていった。

 

 俺はその一部始終を見て激怒した。

 

「あっ、あの女ぁ~~ッ。よくも猫を足蹴にしやがったなッ。いくら女でも許さねぇ!」

 

 猫を助けるために女が消えた路地に駆け込んだ俺は、動物虐待女を成敗する気で満々だった。だがそこで見た光景はまさに俺の予想外であった。

 

「こらァ! 何してんだ……て、お? 

 

「可愛いなぁお前♪ よ~~しよしよしよし~一人なのか? お姉ちゃんが来たからもう大丈夫だニャ~♪ …………ふぇ?」

 

 女はギギギと音が聴こえるように首を此方に向けて俺を真ん丸と見開いた瞳で捉えた。その手には子猫が抱き抱えられ整った女の顔に押し付けられていた。

 

「……見たか?」

 

 さっきまでの猫なで声とはうって代わり地獄の底のような声だった。

 

「ああ」

 

 女はパッと顔が紅くなったかと思えば涙目になり必死の取り繕いをのたまった。

 

 少し可愛いと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は何故か近くの公園のベンチに座りながら猫に餌をやっている。横には気持ち悪いほど笑みを浮かべながらキャットフードにかぶりつく猫を眺めているさっきの女も一緒だ。

 

「その格好……うちの学校の制服だよな?」

「ああそうだが……て、お前もうちの生徒かよ」

 

 確かに女の顔は未成年のようだが服装は帽子にTシャツに片足が全て露出している極端なダメージジーンズと、とても全うな学生とは思えない。少なくとも平日の真っ昼間にする学生の服装ではない。たぶん不良だろう。

 

「猫、好きなんだな」

「ぐっ!? ……い、言っとくけどこの事を誰かに言い触らしたら……」

「しねーよ、そんなこと。猫好きなんてなんの不思議でもねぇ」

「ならなんで路地裏なんかに来たんだよ。アタシをつけて来たんじゃないのかよ」

「俺はストーカーじゃねェッ。それは、ほら、あれだ。俺もお前みたいにその猫見つけたからよ、近くのコンビニで餌でも買ってやろうかと思ってな……」

 

 自分で言って恥ずかしくなる。なんで見ず知らずのこの女に俺のピュアな行動を打ち明けないといけないんだ。

 

「あんた……あんたも猫、好きなのかい?」

「ああ好きだぜ。家で飼ってるからな。見るか?」

 

 俺は携帯のフォルダにある愛猫の写真を女に見せると女はパァーと顔を綻ばせて携帯をひったくった。

 

「か、可愛い! お前のネコ超可愛いな!」

「だ、だろ?」

「やっぱネコは可愛いよなぁ! 癒されるよなぁ!」

「そりゃ良かったよ。ところでお前、この猫どうするんだ? 飼うのか?」

 

 俺がそう言うと女はとたんに不機嫌な顔をなっていく。

 

「無理だよ……家のマンションじゃ飼えないし……いやまて、いっそのことアジトで……ダメダメッ! それじゃ私の威厳が……」

 

 と、よく分からない独り言になってしまったので俺は見かねて助け船を出すことにした。

 

「なら俺がこの猫預かるよ。知り合いにキャットショップでバイトしてるやつがいるからそこを当たってみるぜ」

「ほ、本当か!?」

「女に嘘はつかねぇよ。つってもどこまで出来るか分からねーがせめて殺処分にはさせねい事だけは約束するよ」

「お、お前……見た目に依らず良いやつなんだな」

「見た目は余計だっつーの」

 

 見た目に関して俺は結構気にしている。昔からスポーツで好成績を残してきた俺だが女にモテたことはただの一度も無い。身長は高いがルックスはゴリゴリの四角顔で柔道のトレーニングで筋肉質を遥かに越えた重量級になってしまい武田みたいな爽やかモテ男とは対照的だ。ちくしょー。

 

「なら連絡先交換しとこうな。アタシは南條(なんじょう)キサラだ……て、あ!」

「ん?」

「いや、その、お前……アタシの名前知らないのか?」

「知らないぞ? なんだ、有名人なのかお前」

「あ、いや~はは……知らないならそれでいい。余計な詮索はすんなよ。つうかアタシが名乗ったんだからお前も答えろよな!」

「あ、あぁ……宇喜田だ。宇喜田孝造、よろしくな」

「そっか、ありがとう宇喜田♪ じゃあな!」

「!?」

 

 その時、俺のハートは矢で射ぬかれた。

 

 去り際に振り返りながら、久しく言われていない言葉。帽子を外して煌めいた子供のような満点の笑顔。

 俺は気づいてしまった。あの女……

 

(めちゃくちゃ可愛い!!!)

 

 何故今気づいてしまったのか……きっと帽子を被っていたり猫の方に気がいっていたからだがそれにしたって俺は馬鹿だ。もっと愛想よくしとくべきだった。

 

「ニャニャニャ!」

 

 そんな俺をまるで嘲笑うかのように猫が俺を見ながら呑気にミルクを舐めていた。

 

 

 

 俺は猫が入っている段ボールを抱えながらキャットショップに向かっている。流石に電車は迷惑と思い徒歩での移動だ。かなりの道のりで辺りは日が沈みかけているがキサラとの約束プラス初恋相手な為に投げ出すわけにはいかない。

 

「やれやれ、武田に見られたらまた笑われちまうよ。……ん?」

 

 近道のために公園を横切ると突然人影が俺の前に現れた。

 

 

「荒涼の宇喜田だな」

「探したぜぇ」

「ヒヒヒ」

 

「なんだテメーら? 俺になんか用か?」

 

「決まってるだろ……名を上げる為だぜ!」

「お前を倒しゃラグナレクの中でより顔を売れる」

「俺たちの為に潰れて貰うぜ!」

 

 自慢じゃないが俺は不良としてそこそこ名が通っている。最初の頃はそれに優越感も感じたが現実を見なくちゃいけない年になり喧嘩もそんなに強くないことを知ってしまった今になっちまえば虚しいだけだ。

 

「今日は止めろ。こっちは猫運んでんだ。お前らに割く時間はねぇんだよ」

 

「あぁ猫だあ~~?」

「こいつは傑作だぜ! あの荒涼の宇喜田が猫好きだなんてな!」

「テメーの用事なんて知るか! 猫ごとやっちまえ!」

 

 不良共は構わず殴りかかってきた。

 

「クソッ……どいつもこいつも不良やりやがって、俺もだけどな。だが猫は関係ねーだろッ猫はッ。まとめてぶん投げてやるぜ!」

 

 俺は喧嘩が強い。武田ほどじゃないが柔道の経験を活かした投げ主体の俺の喧嘩は投げの宇喜田なんて通り名が付くほどだ。何が言いたいかというと、範馬や武田は無理でもこんな奴ら敵じゃねぇ。

 

「喰らえッ肩車!」

「ギャー!」

 

 中でも得意技なのがこの肩車だ。体格的にもほとんどの奴を持ち上げられる俺の肩車を避けれた奴はいない。相手は三人だが既に二人。俺が負けるわけがない。

 

 

「だ、駄目だッ強ェ!」

「逃げろ!」

「ああッ待てテメーら!」

 

 

 

 喧嘩は直ぐに終わった。不良共は一人を残し一目散に逃げていった。

 

「勝負あったな。ほら、お前もとっとと帰りやがれ」

「く、クソッ。この古川たかし様を舐めやがって! もう許さねぇ……ッ」

 

「うわッ。て、テメー!?」

 

 不良の一人は激情しポケットからナイフを取り出した。その瞳は明らかに常軌を逸していた。

 

「ヒッヒッヒッ、俺を舐めるからだぜ~~古川たかしの名をあの世で思い出しやがれ!」

「うおおおお!?」

 

(懐にッ ヤバい……死)

 

 俺は死んだと思った。テレビや本で言われる死ぬ間際の走馬灯が本当に流れてきた。

 

 思えばくだらない人生だった。

 

 未来のメダリストと煽てられ調子にのって勝手に挫折してバカを散々やって家族にも迷惑をかけた。こんなどうしようもない俺の最後が猫を助けて死ぬのは案外マシな死に様かもしれない。

 

 

カッ! 

 

 

 そんなことを思っていた俺の思考は突然鼓膜をつんざき響いた破裂音のような音で現実に引き戻され、後一歩で腹を切り裂いただろうナイフはギリギリ逸れてシャツと皮膚だけを切断した。

 

「……ッッ おいおい、テメーがでかい声出すから外しちまったじゃねーか!」

 

 普通のおっさんだった。声の主で俺の窮地を救ってくれたのはどこにでもいるおっさんだった。

 

「あンた、それくらいにしてやんなよ」

「……はァ!?」

 

 おっさんは咥えタバコをぷかぷか吹かし能天気に佇んでいた。この殺伐とした状況ではおっさんの方が異常に見えた。

 

「なんの喧嘩か知らないが刃物までだしゃ殺し合いだ。どっちに転んでもなんの得もない」

 

(その通りだ……ッ。死んじまったら終わりだ)

 

「な、なんだジジィ! テメーも古川様の魔剣の餌食になりてーかァ!」

 

 俺がおっさんの言葉に納得していると不良がナイフをおっさんに向け勢いよく突きだした。

 

「危ねぇッ、逃げろおっさん!」

 

 見ず知らずのおっさんを巻き添えにするわけにはいかなかった。だがおっさんはまるで動じずに紫煙を吐いていた。

 

 諦めたのか? 

 

 だがそんな俺の予想はおっさんの行動でによって裏切られた。

 

 

 

 恐らくは

 

 

 その後のおれの人生において

 

 

 最大の衝撃!!! 

 

 

 

 

 

「ジジィはねーだろ」

 

 

 

 

 それを目にした! 

 

 

 

 

 ナイフが男に到達するかしないかの瞬間、不良の視界から男が消えた。一瞬で獲物を見失った不良は思考がその場で硬直した。その硬直が不良の明暗を分けた。

 

「あれ……? どこに──」

「反省しな」

 

 ポキッ──そんな軽い音が夜の公園に響いた。

 

「ウギャァ──!? 指がァ~~!」

 

 一拍おいて不良は自分のナイフを持つ手の小指が男に握られあらぬ方向に曲がっていることに気付き絶叫した。

 

(指折りだ……ッ。嘘だろ……あんなの実戦で使うやつがいるのかよ)

 

「ひぃ~~~~、離せっ離しやがれ~~ッ!」

 

 不良はなんとか男に握られた小指を離そうとするが引いても押しても小指に激痛が走り罵声を浴びせることしか出来なかった。

 

「そのナイフは飾りかい?」

「ッッもう許さね~~!」

 

(馬鹿ッ、あのおっさんなんで挑発してんだよ!)

 

 不良は逆上しポケットからもう一本のナイフを取り出した。

 そして片方の手にナイフを持ち振りかぶったがその瞬間男の足が不良の股間に深くめり込んだ。

 

「はぅ!?」

 

 不良は予想外の攻撃にナイフを落とし地面にうずくまろうとするも握られた小指のせいでそれすら出来ない状況だった。

 

「か……かひゅッ……」

 

 不良の顔には先程まであった殺意が既に消え失せ戦意喪失状態になっていた。

 そのまま男は不良の腕を捻り上げると不良は勢いよく自分から地面に突っ込み動かなくなった。

 

「じゅ……柔道?」

「柔術だ。古流のな」

 

 俺は目の前で起きた光景にただただ呆然としていた。間違いなく不良のナイフに殺られると思ったおっさんがそれを難なく回避したばかりか一方的に反撃も許さないでボコったのだ。それもとんでもなくレベルの高い技術で。

 

(す、スゲェッ。このおっさん、とんでもなく強ぇ!)

 

 俺も柔道をやってきたから分かるがこのおっさんがやったことはかなりのスゴワザだ。

 素人のナイフとは言えそれを軽々と見切る反応。

 指折りというえげつない技をなんの躊躇いもなく実行する容赦の無さ。

 可能にする技術。

 俺が見てきた武道家の中でも文句なくダントツだ。

 

 おっさんは自分が投げ飛ばした不良の安否を確認した後俺の方を向いた。

 

「そこのあんちゃん、とりあえず俺の道場に来い。そのナリじゃ帰れまい」

「え?」

 

 今気づいたが俺は盛大に小便を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっさん、もとい本部以蔵(もとべいぞう)さんの家に連れられるとそこは道場だった。聞けば本部さんはこの道場で武道を教える師範でたまたま喧嘩をしていた俺を見かけ助太刀をしてくれたらしい。道場の稽古場に俺は本部さんから借りた柔道着を着て茶を飲んでいた。

 

「災難だったな。洗濯が乾くまでゆっくりしていけ」

「あ、すんませんおっさん、あいや……本部さん、さっきはありがとうございます」

「不良が慣れない敬語なんか使うな。これに懲りたらもっと青春を有意義に使え」

 

 もっともな言い分だった。ぐうの音も出ない。

 

「だがその猫を守る為戦ったのは見事だった。心意気はな」

「べ、別にそんなんじゃねーよ。ところであんたスゲー強いんだな、ビックリしたよ」

 

 俺は話題を変えようと本部さんに質問した。

 

「武道家だからな。生憎あの場をおさめる弁は持ってない。持ってるのは己の五体と技術のみだった。本来なら恥ずべきことだよ」

 

「そんなことねーよ。現にあんたが助けてくれなかったら死んでたかもしれないからな!」

 

 本部さんは言葉通り少し不甲斐ない顔を見せたが俺にしてみれば命の恩人に変わりはない。

 

「なぁおっさん、頼む! 俺を弟子にしてくれッ」

「いきなりなんだ?」

「あんたの強さッ、俺が見てきたどんな柔術家より上だったッッ。俺は強くなりたい!」

 

 

 俺はこの道場に連れられる間に決意していた。この人の弟子になると。

 

「駄目だ」

「なんでだよ!」

「少なくとも不良同士の喧嘩に勝たせるために本部流柔術は存在してはいない」

 

 これもまっとうな正論だ。だがここで引き下がれない。

 

「もちろん喧嘩には勝ちてェッ、負けたくもねェッ、でもそうじゃねェンだ! 俺は変わりたいと思ってた、不良を止めたらそれが出来ると思ってたが何かが違う。何かを止めるだけじゃ失うだけだって気づいたんだよッ。そんな時に今日のあんたさ、本部さんッッ」

 

「……」

 

「お願いしますッ、今日から不良は止めます! カツアゲもしません! 弱いものいじめも止めて真面目になります! だからどうかッ……俺を弟子にしてくださいッッ!」

 

 気の効いた言葉なんて言えない。嘘も吐けない。今の俺に出来るのは頭を下げてお願いするしかない。

 

「……名前はなんだ」

「え?」

 

「稽古の時におまえでは不便だろう」

 

 それは紛れもない入門の許諾だった。

 

 

「宇喜田孝造ですッ。本日これより本部以蔵師匠の下ッ誠心誠意修行させてもらいますッ。よろしくお願いしますッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 武道家、宇喜田孝造の伝説

 

 そのプロローグ………………

 

 

 まだ始まったばかり

 

 

 




宇喜田、守護キャラルート確定

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