公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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刃牙アニメ制作快調ッ!! とチャンピオンに書いてましたがなんだか心配です。

「すまないみんな……どうしても予算が足りなくなっちまったんだ!」

とか言い出しそうで不安です。


魔拳! 2

 中華街に居を構えるそのビルは外見的には普通の商業ビルであるが実際はここ最近に渡って横浜中華街を荒らし回っているマフィアのアジトであった。勿論表向きは正規の手続きを踏んだ真っ当な会社として登録されているがそれは完全なフェイクである。

 マフィアと言う存在は世界で日本以外その存在を基本的に違法と位置付けられている。つまり日本のヤクザのように堂々と往来で代紋を掲げることは決してありえず、組織の名前も単なる名称でしかなくその実態は地下組織のように闇に潜っている。

 このビルを根城にしている破落戸たちもそんなマフィアである。彼らは大陸からやって来た新興のマフィアでありながらもその過激な手段と冷酷さで次々と中華街を自らのシマとして勢力を拡大させいずれは横浜全土の裏社会を支配せんと企んでいた。

 

 

「テメーらはガキの使いかッ あぁ!? ミカジメ断られたから帰ってきましたでマフィアのメンツが立つと思ってんのか!!」

 

 ビルの一室で部下たちに怒鳴り散らしている白スーツの男はこのマフィアたちのボスである。

 名前は周 張(シュウチャン)と言う。

 彼には野望があった。

 元々彼は大陸で活動していたマフィアだったが何処の世界にも上がいれば下が存在するように勢力争いによって元いた組織は崩壊しかつてのボスも殺された。着の身着のままこの日本まで流れ着いた彼は自分を破滅に追い込んだ大陸の組織に復讐を誓い手始めにこの横浜中華街を支配して確固たる組織を築こうとしていたのだ。

 

「で、ですがボス。住人の奴らみんな白眉(はくび)の奴の呼び掛けに応じて一斉に俺たちに逆らい始めてます」

「中華街全部が敵に回っちゃ俺たちに分が悪いですぜ」

 

「ぐぐぐぐ……ッ 白眉の老いぼれが~~!」

 

 たが、完璧に遂行していくであろう野望にも陰りか見え始めていた。

 

 馬 良(ばりょう) 通称白眉と中華街の住人たちから慕われている一人の老人によってボスの復讐計画はその序盤で頓挫しかかっていた。彼はマフィアによる暴力を背景とした不当な要求に苦しむ中華街の住人たちに呼び掛け、マフィアとの対決姿勢を鮮明に打ち出した。当然マフィアたちは白眉を排除しようとしたがそこは馬家、馬 剣星の伯父であり達人の一人や二人簡単に捻ることが出来る白眉には自慢の暴力をもってしても敵うはずもなく、今日まで辛酸を舐め続けてきた。

 

「いいかッ 明日にでも白眉の店に火をつけろ! 奴はここの住人どもを扇動して俺たちのチャイニーズマフィアに楯突いてきた。その報いを受けさせてやれ!!」

「しかしボス、白眉の所にいる奴等は馬も含めてみんな強いですぜ。もし報復されたら……」

「馬鹿野郎! 報復が怖くてマフィアなんなやってられるかッッ それに聞けお前ら。火をつける時にコイツを一緒に放り込めば馬も、その取り巻きも問題にならねぇ」

 

 ボスは部下たちの前に大きな木箱を置き蓋を開けた。するとそこには大量のダイナマイトがぎっしりと敷き詰められていた。

 

「いいかッ 白眉さえ始末出来れば残りの住人なんざ簡単にこっちに転ぶ。そうなりゃここは俺たちの物だ! それに、俺たちには頼れる用心棒もいるしな」

 

 マフィアたちは部屋の隅でソファーにずんぐりと腰掛けている男に目線を流した。

 

 無精髭にボサボサの荒く切られた短髪は用心棒と言うより浮浪者が似合っているが、180㎝はある筋骨粒々な体躯に加え数多くの修羅場を潜り抜けてきたマフィアたちが押し黙る程の形容しがたい威圧感を放つこの男の名は馬 槍月(ばそうげつ)。【拳豪鬼神】の異名を持つかつて大陸で馬 剣星と双璧を成した最強の拳法家だ。

 

「……」

 

 ケンイチならば泣き出す程のマフィアたちの視線を一道に集めても槍月は我関せずと言った風に瓢箪に入っている酒を呷った。

 その態度にボスは不機嫌そうに槍月を睨み付ける。

 

「ケッ しかし冷酷な野郎だぜ。テメーの一族を殺そうって男の用心棒になるたぁ俺たち以上の悪党だぜ」

 

「……俺はただ酒が呑めればそれでいい」

 

 挑発とも取れるボスの言葉に槍月は今日初めて口を開いた。およそ情など持ち合わせていないような口振りで再び酒を呷ったが、その心中は誰にも分かりはしなかった。

 

「ふんッ 馬 槍月! お前には高い金払ったんだ。ちゃんとその分の働きはしてもらうからな。テメーらもとっととのダイナマイトを持って白眉のジジイの店に行け!」

 

 ボスの命令に手下たちは大急ぎで爆薬やガソリンをまとめ部屋を出ていった。

 

「ククク……これでこの中華街は俺の物だ……ッ」

「そう上手く事が運ぶかな」

 

「何だ槍月、お前から話しかけるなんて珍しいじゃねぇか。安心しやがれ、お前が出てくれりゃいくら白眉とは言え敵じゃねぇだろ?」

 

 ボスは槍月の横柄な態度を気に入ってはいなかったがその力は高く評価していた。初めて槍月を雇った際に腕試しとして手下数十人をけしかけ一瞬で病院送りにされた事はボスの記憶に新しい。

 

「白眉ならな。今夜は……龍が出そうだ」

「龍ぅ? 酔ったのかおま──」

 

 

 槍月の言葉を不思議がったボスであったが部屋の外で鳴った大きな物音に気付き苛立った。

 

「あの野郎共、まだ部屋の前でチンタラやってたのかよ」

 

 ボスは部屋の扉を勢い良く開けそこにいるであろう手下たちに一喝した。

 

「なにしてんだテメーら! もたついてないで早く白眉の……店……に…………」

 

 ボスは当然そこにはいつも頭の足りない手下たちがいるだろうと思っていた。確かに手下たちはいた。廊下に倒れ泡を吹いてはいるが。

 

「見つけたぞ。馬 槍月」

「だッ 誰だテメー!?」

 

 ボスの背後には既にいつのまにやら中国人の男が立っており未だ部屋の隅に座っている槍月を見据えていた。

 

 

 突然の事態に頭が真っ白になったボスはジャケットの内側のホルスターに取り付けられている銃を取り出そうとするが、そこにあるはずの銃は消え、手は虚を掴むだけであった。

 

「悪いが銃は没収させてもらった」

「い、いつの間に!?」

 

 中国人の男は銃口がへし曲がった拳銃を廊下のコンクリートに捨てた。ガシャンと音を立てて落ちたその拳銃のように、ボスの現実感に亀裂が入った。

 

「ひィィッ 化物ォッ! 来るなァッ!」

 

 己を守る筈の手下たちや最後の頼みの拳銃すら奪われたボスは脱兎の如く中国人の男の脇を走り抜け槍月の元に駆け寄った。

 

「槍月ッ 槍月ッ 仕事だぞ! 俺を守れ! あのふざけたカンフー野郎をぶっ殺──ヘブッ!?」

「死合いの邪魔だ」

 

 槍月は自分の膝にすがりついてきた己の雇い主を虫でも払い除けるような無造作な所作でビンタをした。

 

 しかし槍月が何気なく放った平手打ちがボスに及ぼした被害は甚大であった。

 側頭部に当たった平手打ちはボスの左耳鼓膜を瞬時に破裂させた。更には両顎関節、左頬骨に亀裂が走り脛椎は右に20度捻転した。

 

「あがッ……ガガガガ……かハァッ……」

 

 そして悲惨なことに僅か数秒でこれだけの重症を負ったにも関わらずボスは意識を保ち続けていた。

 

「ひりついた気配が漂っていると感じていたが貴様とはな……烈」

「馬 槍月殿。お会いでき光栄です」

 

 椅子からゆっくりと立ち上がった槍月は自身より一回り小さい烈を見下ろした。だがそこに油断は欠片もなかった。

 

烈 永周(れつえいしゅう)……今は烈 海王(れつかいおう)だったか? 懐かしいものだ、あの白林寺の小坊主が随分と出世したな」

「私も成長いたしました。もう、あの時の幼い私ではありませんッ」

 

 直立し対面する二人の武人。彼らの向き合う空間は互いの闘気が織り混ざり合うかのように歪んでいた。

 

「それは良いとして誰の差し金だ……白眉の奴じゃねーよな。鳳凰武侠(ほうおうぶきょう)でもない。とすりゃ黒虎白龍門会(こっこはくりゅうもんかい)か武術省の老い耄れどもあたりか?」

 

 黒虎白龍門会とは鳳凰武侠連盟と対を成す中国の二大武術団体である。鳳凰武侠連盟が義や情を重んじるのに対して黒虎白龍門会はそれら一切を排した冷酷なマフィアのような組織であり共に1000年以上の歴史を有しており、鳳凰武侠連盟の代々の長である馬 家はその歴史の中で黒虎白龍門会の首領を10人以上殺害しており両者の関係は冷えきるどころか怨嗟の炎で熱く燃え盛っていた。

 

 後者の武術省とは中国における海皇や海王、更にその下の洋王の認定に携わる公的機関である。此方も古くから存在する組織であり中国で行われる武術大会の運営や武術組織の管理監督を行っているが前述の鳳凰武侠連盟と黒虎白龍門会は武術省からは独立した組織である。

 

「どれも違います……(かく) 老師のご指示です」

「なに?」

 

 郭 老師と言う名を聴いた槍月は酒を呑む手を止め眼を見開いた。

 それまで不遜な態度を崩さなかった槍月が初めて見せた動揺であった。

 

「……ふんッ あの腐れ爺がッ! まだ生きてやがったか。海王にまで成っても師には逆らえないか? 烈よ」

 

「本来私がこの日本に来たのは近々行われる武術トーナメントに出場するためです。しかし白林寺から私闘の許可を頂けなかった私は郭 老師にこの日本に行く手筈を整えて貰いました」

「その見返りの代わりに爺が出した条件が俺と闘うことか。相も変わらずひねくれた爺だ」

「勘違いしないで頂きたい。私は郭 老師に言われたから貴方と闘うのではありません。此処へ来たのは私自身の意思です。私は貴方を倒し、トーナメントで優勝し中国武術が地上最強であると証明しにこの日本の地に降り立ったのですッ」

 

「まるで俺を倒すのが既に決まってるような口振りだな?」

 

「そう受け取って頂いて構いません。幼い頃、貴方を初めて見た時、その暗く狂気を秘めた瞳に私は恐怖した。二度とッ あの時の惨めな私には戻りはしないッ その思いで今日まで修行をしてきたのだッッ!」

 

 烈はそう言い放ち構えの姿勢をとった。腰を低く下げ空手の天地上下の構えの様に右手を下に、左手を上に配置してそれぞれの掌は握らず僅かにたゆませていた。

 

「ふっ……もっともらしいこと言って結局は憂さ晴らしじゃねぇか。ま、良いだろう。あの時のガキがどれだけ強く成ったか確かめてやろう。来い」

 

 対して槍月は酒の入った瓢箪を腰にくくりつけるだけで構えのようなものは取りはしなかった。

 

「ぐはッ。ちょちょっとお前らッ……何を勝手に……」

 

 臨戦態勢に入った両名の足元では顔中から血を流しているマフィアのボスが状況を理解できず戸惑っていた。

 

「この中国人はいったい誰なん──オワッ!?」

 

 槍月の胸元に目掛けて烈が崩拳を放つと槍月は右手でそれを掴み、受け止めた。

 一見無造作に烈の拳を掴んだその動作は、実のところ全く無駄は無く槍月がただの力自慢ではないことを烈は拳から伝わる技量で察した。

 

 しかしここで問題なのはボスであった。ビルの小さな密閉された事務室で放たれた達人の突きは周囲の大気を空気砲のように押し上げた。事務室の埃や書類は舞い上がり机や椅子は壁に激突し、窓ガラスは一斉に砕け散り真下の道路に降り注いだ。そしてその衝撃は勿論ボスをも巻き込みは重症の体に更なる鞭が打たれた。

 

「グバァッ!? や、止めろッ 槍月ッ 俺がいるんだぞ!」

 

「中々の突きだが正直すぎる。実戦は初めてか? いずれにせよこの右手は貰ったぞ」

「そうでは無いことを証明しよう……【寸勁(すんけい)】」

 

「だからお前ら何を勝手に……やパッ!?」

 

 風圧で吹き飛ばされ倒れた机や書類の山から這い出たボスを襲う第二の衝撃が放たれた。

 手の内にある烈の右拳をそのまま握り潰そうとした槍月は寸前のところで危険を察知し手を離した。

 しかし極めて至近距離にも関わらず放たれた烈の寸勁は弾丸の如く再び槍月の胸元へ突き進む。

 

「ノーモーションの寸勁かッ! そんなものは弟子クラスにもできるわ! 【天王托塔(てんのうたくとう)!!】」

「むっ!」

 

 迫り来る烈の突きに対して槍月は右足を大きく踏み込むと同時に右手の掌打でもって烈の突きを相殺させた。

 

「アヒャ──ー!?」

 

 二つの大きな力がぶつかり合った瞬間は火薬やダイナマイトなどよりも強烈に周囲を震わせコンクリートとボスの骨を軋ませた。

 

「こ、こんな所にいられるか! お前らだけで勝手にやってろッ」

 

 ようやく理性が働き始めたボスはこの空間にいること自体が危険だと判断して出口の扉へ向かった。

 

「力ならばお前は俺に勝てん。だが他でもお前が俺に勝てるか?」

「確かに……拳豪鬼神の異名を持つ貴方に腕力では分が悪い。ならば私なりの力で正面から行かせて貰うッッ」

 

「グギャ!? 誰だッ 俺に椅子を投げたのは……ってキャー!」

 

 もう少しで扉に手が届きそうになっていたボスの後頭部を椅子が直撃した。

 

 ボスが振り向くとそこは嵐だった。

 

「カアァァッ!」

「ぬぅ……ッ なんて速さだッ」

 

 ボスは思った。

 

 

人間の手足って四本以上有ったっけ!?? 

 

 

 残像が残像を産みその残像は更なる残像を産む。

 烈が繰り出す手技・足技の数々は素早いなどと言う領域を越えた速度と正確さで槍月を強襲した。

 槍月は槍月で、ある時は躱しある時は受け止めまたある時は相殺させるなど此方も持てる技量を惜しみ無く使っていたが、僅かだが圧されていた。

 

 たった一発の突きですら部屋を滅茶苦茶にした彼らの攻撃も今や1秒間に数十発、下手をすればその更に上の攻防が繰り広げられているこの空間は一般人であるボスにとっては地獄でしかなかった。

 

「ゲェー!? 出口出口出口~! よしッ 取手を掴んだぞって──アバ──!?」

 

 取手を掴みさぁこれでこの狂った空間から抜け出せると笑みを浮かべたボスであったがそもこの空間にボスの幸せなどない。ボスが掴んだ取手に槍月か烈、どちらかの拳が流れ弾のように直撃した。

 

 あまりに哀れ。

 ボスの手は取手の破片が突き刺さり潰れたカタツムリのように見るも無惨な姿を晒した。これでは中華街からぼったくったミカジメで好物の寿司も食べれない。

 

「オグググ……クッソー! こうなったら窓から飛び降りて脱出す──ルルルグァ!?」

 

 

 もはや五体満足で逃げ出すのは不可能と判断したボスは残された唯一の脱出口である窓へと向かった。その判断は正しかったが、時既に遅し。

 

 窓に近づくために駆け寄ったボスの両膝をまたもや流れ拳が直撃した。

 

「ヒーッ……ヒーッ……ヒーッ……これは夢だッ 悪い夢なんだァァッ」

 

 死にかけのカナブンの様に床に倒れ手足をばたつかせながら順調に精神が崩壊していくボスを横目どころか全く気にせずに烈と槍月の闘いはヒートアップしていった。

 

「芸達者な奴だ。見世物としてはな」

「まさか、この程度で驚かれては困る」

 

 

 床が抜け落ちる。

 

「止めッ……」

 

「それだけ多くの技を身に付けたのは自信の無さか? 烈」

「ならばその身をもって知るがいいッ」

 

 天井が崩れ落ちる。

 

「もうッ……」

 

「ヌウゥゥゥァッッ!」

()ァァァァァッッ!」

 

 ボスが宙を舞う。

 

「~~~~ッッ!」

 

 ボスは思った。

 此処から生きて帰れたらもう悪いことは止めよう、と。

 クスリも売らない。 

 人も売らない。 

 鉄砲も売らない。

 弱い人に暴力も振るわない。

 

 田舎に帰って畑を耕して真面目にコツコツ生きていこう、と。

 

 

 だから──そう、だからこそ

 

 

 

 

 

「勘弁してくれェッッ

 

 

 勘弁してくれェッッ

 

 

 オレが悪かったァァッ! 

 

 

 助けてくれェェッ~~~!」

 

 ああ無情。ボスの叫びは二人の闘いによって消え去った。

 ボスの苦難はまだしばらく続く。

 

 

 

 

 

 

 烈と槍月が闘いを始めた少し前。ケンイチと馬 剣星の娘 連華は、槍月と烈とがいるであろうビルに向かって中華街を走っていた。

 

「海王!? 何ですかそれ!」

「中国全土から選ばれた拳法の達人たちの中でも高位に位置する一部の達人にのみ与えられる名誉ある称号よ。中国じゃ今は12人の海王がいて今回この中華街に刺客として送り込まれたのはその海王の中においても最高の実力者と言われるのが烈 海王よ」

 

「どんな人なんですか?」

「中国じゃ知らない者はいない拳法の名門 白林寺で幼少の頃から最高の達人たちに拳法のいろはを伝授された最強の武術家よ。私のパパと同じくありとあらゆる中国拳法を修めた真の達人よ」

 

「そ、そんな凄い人がどうして刺客なんかになったんですか?」

 

 ケンイチは当然の疑問を述べた。

 

「そ、それは……あの人に言われたら断れる訳ないじゃない

 

 連華は口ごもりながら眼を逸らした。まるであの人と言う人物に怯えているようだった。

 

「あの人……?」

「え、えーとそれは……なに!? 今の爆発音!」

 

 連華が答えに窮していると辺り一体に鳴り響く爆音が轟いた。あまりの爆音に通行人たちは叫び声をあげたり腰を抜かしたりしていた。

 

「あっ! あのビルですッ きっとあそこに槍月さんや烈って人がいるはずです。急ぎましょう!」

 

 ケンイチは窓ガラスが割れそこから爆音と爆風が飛び出しているビルを見つけた。十中八九そこで達人たちが闘っているだろう。

 

「待ちなさい白浜 兼一!」

 

 ビルに急いで向かおうとしたケンイチの後ろ髪を文字通り鷲掴みした連華。ケンイチは動くことができずそのまま後方に引き倒され尻餅を衝いた。

 

「イテテッ!? な、なんですか!」

 

 振り返ればそこには驚くほど真面目な表情の連華がいた。

 

「アンタ……引き返すなら今よ。あそこに行ったらもう後戻りはできない。私やアンタなんか一瞬でミンチにできるような二人の達人がいるかもしれないのよ?」

 

 それは連華なりの思いやりであった。

 

 短い時間であったが白浜 兼一が悪い人間ではないことはすぐに分かった。何故自分の父がこの少年を一番弟子にしたのかは分からないが、兎に角今から自分が行く場所は間違いなく修羅場と決まっている。だからこそ自分たちのお家事情にこの根っからの善人を巻き込みたくはなかった。

 

「……いえ、ボクは行きます」

「どうして? アンタにとって馬家の事情なんて関係ないのに」

 

「確かにボクは連華さんや馬 師父のことを全て理解しているとは言えません。でも……」

「でも?」

 

「師父が……馬 師父が命を懸けて闘いに臨んだのなら、弟子のボクはそれを見届けないといけないッ それがボクの役目です!」

 

 

 ───ウソ……パパ? 

 

 

 連華は日頃ちゃらんぽらんな父が時たま見せる漢の姿をこの時、ケンイチに見た。

 

「……フ、フーン。アンタ、変な奴ね」

「さぁ! 行きましょうッ」

 

 ケンイチは連華の手を取り強引に引っ張った。

 

「え!? あっちょ、ちょっと~」

 

 突然手を握られた連華はぎょっとした表情を浮かべたがその手を振りほどきはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは梁山泊。

 

「これよりッ 梁山泊豪傑会議を始めるッッ」

 

【無敵超人】風林寺 隼人の招集により集められた剣星を除いた梁山泊の豪傑たち。

 梁山泊豪傑会議とは梁山泊の長である風林寺 隼人議長の命によってのみ開催される梁山泊の最高意思決定機関である。その決定は日本政府や国際情勢にまで影響を及ぼす程の力を持っている。

 

「で、ケンイチの野郎はアパチャイを買収して修行サボりやがったのか秋雨?」

「違うよ! アパチャイ何も知らないよ! ケンイチにお菓子貰って見逃したなんて口が裂けても言わないよ!」

 

【喧嘩100段】 逆鬼 至緒に非難の眼を向けられた【裏ムエタイの死神】アパチャイ・ホパチャイは、口元に付着しているスナックのクズに気づかず兼一を必死に弁護していた。

 

「どうやらそのようだ。しぐれの話では剣星を追いかけ横浜に向かったらしい」

「ん……電車に乗って行っ……た」

 

【哲学する柔術家】岬越寺 秋雨と【剣と兵器の申し子】香坂 しぐれはさも当たり前のようにケンイチの動向を皆に伝えた。

 ケンイチも薄々感づいているがケンイチの梁山泊内外の行動はほぼ全て師匠たちに把握されている。

 

 ちなみに本部流道場はそんなことはしていなかったが最近少し気になる高校生の弟子ができた為に自分や弟子の軍人に頼んで徐々に梁山泊のような監視を始めていることはその高校生には機密である。

 

「横浜? なんでまた剣星はそんな所に行きやがったんだ」

「う~む。皆には話しておくべきじゃな」

「何だジジイ。何か知ってやがんのか?」

「秋雨君とワシにだけ剣星が伝えてきたのじゃがな、どうやら剣星は兄の馬 槍月との因縁に決着をつける気のようじゃ」

 

「なにッ 馬 槍月だと!?」

 

 手に持っていた缶ビールを握り潰したのも気にせず逆鬼は声をあげた。

 

「馬 槍月……剣星の実兄でありその武勇は闇の社会においても知らぬ者はいない。おそらくは中国拳法最強の殺人拳を使う男だ」

「た、確かに驚いたが剣星もガキじゃねぇんだ。ケンイチが死なない程度に巻き込んでも決着は一人でつけるだろ。心配ねーよ」

「そう思っておったのだがの~」

 

 長老は困ったように自慢の長い髭を弄った。

 

「長老、何か私の知らないアクシデントが起こったのですか?」

 

「ワシもついさっき横浜にいる剣星の伯父から知らされたのじゃがな…………郭 海皇(かくかいおう)が動いたそうじゃ」

 

「「「!?」」」

 

 長老の告げた人物の名にしぐれ以外の面々の顔が一斉に強張った。

 

「なんと……ッ まさかそんなことがッッ」

「郭って……あの郭海皇かよ!?」

「アパパ……それかなりヤバイよ~!」

 

「かいお……う?」

 

 三者三様に驚き戦く梁山泊の豪傑たちとは裏腹にしぐれは郭 海皇がどの様な人物なのが心当たりがなかった。そんなしぐれを見かねて秋雨が注釈する。

 

「【海皇(かいおう)】とは中国最強の武術家の称号【海王(かいおう)】の更に上の称号だよ。中国全土に複数いる海王が100年に一度だけ行われる武術大会【大擂台賽(だいらいたいさい)】で闘い、そこだ勝ち残った優勝者のみに与えられる称号が【海皇】

 郭 海皇は約100年前に優勝し以降これまで実力でその座を守り続け、その存在は名実ともに中国拳法界史上最強の達人だ。実力は剣星や馬 槍月をも凌ぐと言われている」

「聞いたことあるぜ。なんでも理合を追求した究極の静の達人だってな。1度闘ってみてぇぜ」

「アパチャイも知ってるよ~! 昔お師匠から海皇にはケンカ売っちゃダメって教えられたよ!」

「とっても……長……生きだ……ね」

 

「長老は戦われた経験がおありなのですよね?」

「うむ……かといってもう何十年も前のことじゃからなぁ。元気にしておるかのぅ」

 

 長老はどこか懐かしげに遠い眼をした。

 

「郭 海皇は殺人拳に身を置いているわけではないがその思想はどちらかと言えば闇に近いものがある。もし本格的に彼と闇が手を組めば我々活人拳にとって大きな危機だ」

「おいおい不味いだろそりゃ! こんな事してねーで俺たちも早くケンイチの所に行かねぇと──」

「まぁ落ち着きなさい。何も郭 海皇本人が日本に乗り込んで来た訳ではない。乗り込んで来たのは彼の弟子じゃわい」

「弟子とは?」

「うむ。烈 海王と言う男じゃ」

「ほぉ……あの烈 海王ですか」

 

 秋雨は得心がいったように頷いた。

 

「前に剣星が話してた烈 海王って奴か? ヤバイ奴なのか秋雨」

「ヤバイかどうかはさておくが、まだ若いながらもその実力は海王の中でもトップクラスの真の達人……次期海皇候補と早くも持て囃されている男だ」

 

 秋雨の解説に逆鬼は早くこの場を離れたそうにそわそわと缶ビールや瓶ビールを弄った。

 

「おいおい、剣星は兎も角ケンイチの奴は大丈夫か? やっぱ俺たちも行った方が……」

 

「だから落ち着けと言うておるじゃろう逆鬼。剣星も己の弟子をむざむざ死なせはしないじゃろ。それに烈 海王の師は郭 海皇の他にもおる。白林寺の(りゅう) 海王じゃ。彼に教えられた男ならば弟子クラスの者を悪戯に巻き込みはせぬじゃろうて。可愛い弟子が心配なのは分かるが兼ちゃんならこのくらいの危険は良い経験になるじゃろう」

 

 長老に図星を突かれたのか逆鬼は電気ストーブの様に顔を赤らめた。

 

「ば、バカ野郎! 俺はただ兼一が梁山泊の弟子として情けねぇ姿見せねぇか気になっただけだぜっ」

 

 恥ずかし紛れなのか瓶ビールを片っ端から手刀で断ち斬る逆鬼を梁山泊の面々は生暖かい瞳で見つめた。

 

「……素直じゃない奴だ」

「う……ん」

「アパチャイ知ってるよ。そう言うの過保護って言うんだよ!」

「アァ!? 何か言ったか!!!」

 

 

 

 逆鬼 至緒。梁山泊一過保護な師匠である。

 

 

 

 

 

 

 時間は現在へと戻る。

 烈 海王と馬 槍月の傍迷惑な死闘の舞台となったマフィアのアジトであるビルは、闘いの余波で崩壊寸前にまで損傷していた。

 

「速さだけでは俺は殺れんぞ」

「死はあくまでも結果。 私と貴方……どちらが強いかと言うだけのことッ」

 

 向き合う両勇に致命傷は無いが傷の多さでは烈の圧倒的な手数によって槍月がより傷ついていた。

 

「お前本当に郭の爺の弟子か? 甘ちゃんめ、いつか死ぬぞ」

「私の師は郭 老師だけではないッ」

 

 言うが早いか烈が槍月に迫る。

 

「やはり甘いッ 【烏龍盤打(うりゅうぼんだ)!】」

 

 烈の飛び出しを待っていたかの様に槍月は、全身を回転させながら掌打を烈に放った。

 

 遠心力によって手に気血を送り込むことで硬質化された手足でもって敵を叩き潰す剛の拳である。

 

 

 

「グヌッ───!」

 

 リーチの差──

 

 両勇の交差した拳は体格で勝る槍月に軍配が上がった。

 

 水月にめり込んだ槍月の掌打は烈の胃と肺を押し上げ一時的な呼吸不全を起こすと同時にそれらの臓器にダメージを与えた。

 

「終わりだ、烈。郭の爺にはお前の首を送るとしよう」

「……ッ」

 

 槍月の掌打が烈に決定打を与えたのに対して烈の拳は槍月の胸に触れているだけで槍月は蚊に刺された程度の感覚しかなかった。

 

 槍月が止めの寸勁を入れようとし、誰もが烈の命運は絶体絶命と考えるこの状況─────

 

 

 

 

「────私の師は……ッ

 

 

 

 ────烈は極めて冷静だった。

 

 

「なに?」

 

 

 槍月の戦力と己の戦力、

 そこから想定しうる戦闘の過程、

 己の被る被害、

 

 ただ真っ向から立ち向かっても馬 槍月は決して倒せないであろうことを。

 

 

 全ては烈の予想通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 劉 老師ッ……白林寺の皆が、私の師だッッ」

 

 

 烈の本日最大の震脚は崩れかかった部屋の床を完全に崩落させる一撃となった。

 

 瓦礫や気絶したボスと共に両勇はそのままの姿勢で落下していく。

 

「ここに来て八極の寸勁か。無駄だ、いくら海王とて空中……それも0距離では大した───」

 

 槍月の指摘通りコンクリートの床を踏み抜く程の強力な烈の震脚によって発生したエネルギーは瞬く間に烈の拳へと伝わっていたが、空中……それも完全に拳が槍月の体と密着している状態での寸勁ではたかが知れている

 

 ───烈のこの攻撃に自分は耐えられる。

 

 己の安全を確信した槍月は防御の為の意識を攻撃へと向けた。

 

 槍月のこの自信は長きに渡る武の人生から導き出された結論と言うよりは、かつて己がまだ中国にいた頃に出会った小さなか弱い少年に対する油断が大きかった。

 

 己の姿を見ただけで怯え口を開くこともできなかったあの小僧に人生の殆どを殺人拳で彩ってきた己が負けるはずがない。

 

 それは槍月の執念のような殺意だった。

 

 

 

「甘いの貴方だ、拳は既に完成している。呃啊(フンッ)! 

 

 

 だが、その油断が槍月の命取りである。

 槍月は計りかねた。己が相対している相手は小僧ではなく、4000年の悠久の歴史から代々受け継がれている母国の守護神 烈 海王だと言うことを! 

 

 

「こ、これは────!?」

 

 槍月が咄嗟に攻撃の為に集中していた気を体の内と外である内功・外功へを送ったが全ては後の祭りであった。

 

喝啊(ハァッ)!」

 

 超至近距離の間合いで、足場もなく、空中と言う極めて不安定な状態にも関わらず放たれた烈の拳は槍月を穿ち抜いたかのように突き刺さった後、槍月は吐血しながらは後方の壁に激突した。

 

 

「フッ───ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

 ビルの下階に崩れる様に着地した烈も同じく吐血した。

 

 超至近距離からの一撃を槍月に与える為とは言え、あえて此方から差し出した手打ちの被弾は後一歩間違えれば反撃どころかそれで終わっていた程の威力であった。

 

「グォ……ォッ!  ま、全くのゼロ距離からここまでの寸勁とはなッ」

 

無寸勁(むすんけい)……油断した貴方ならばこれが絶好の一撃となる……郭 老師の御言葉です」

 

 またも郭海皇の名を出された槍月はこれまでに無いほど顔を歪ませ憤怒の表情と気を放出した。

 

「あの腐れ爺がッ……グゥゥゥ……良いだろう、もうお前を小僧とは思わんッ 烈 海王!」

 

 吐血も構わず槍月は烈の懐に飛び込んだ。

 烈と槍月は共にダメージが深いものの、槍月は怒りのエネルギーによって烈を上回った。

 

「我が絶招(奥義)で葬ってくれるッッ」

 

 

 

 手負いの達人ほど恐ろしいものはない。

 烈は心臓と頭部の守りを堅固にする構えを取った。これで一先ずは一撃で死ぬことはない。そして槍月の攻撃を受けきった後、ダメージが回復した己がカウンターで槍月に止めを刺すと考えた上でだ。

 

「ぬ!?」

 

 

 だがここで烈は槍月の拳を見て戸惑った。

 槍月は明らかな殺意をもって此方に向かって来る。だが突き出されている両手の行き先は自身の腹部だ。それも拳の形から掌打を打つようだ。

 

 急所を守護っているからといって他の部位を捨てるほど烈は浅はかな武術家ではない。急所以外の部位ならばいかなる打撃であろうとも耐えきれるだけの内功・外功を鍛えているのだ。

 

 それが分からない槍月ではない。ならばこの拳の意味するところは一つだと烈は結論付けた。

 

「囮の拳など貴方らしくもないッ 覚悟!」

 

 両手は囮でありおそらく蹴りが本筋であろうと当たりを付けた烈は、囮の拳をあえて受けた。

 

 そしてその上で、その本命の一撃を真っ向から打ち破ってみせると烈は構えた。

 

 郭 海皇から長い放浪生活による槍月の油断や無寸勁を使うことをアドバイスされたことに烈は一抹の不公平感を覚えていた。最後くらいは真っ向からあの馬 槍月と向き合い勝ちたい。それでこそ、師や己に誇れる勝利となるだろうと。

 

「あえて受けるか。愚か者め」

 

 だが、これこそ郭 海皇が烈 海王を馬 槍月に引き合わせた理由であるとこの時の烈は知りもしなかった。

 

 

 

さぁ何が出る! 

 蹴りか!? 

 拳か!? 

 それとも暗器か!? 

 

何が出ようとも私は構わんぞ!! 

 

 

 

 

 

 万全の体勢で槍月の本命の一撃を待っていた烈は眼を疑った。

 

 槍月が繰り出したのはまたも掌打、部位も同じく腹部だ。

 

 

バカな!? 何故!? また囮なのか!? 

一体なんの意味が────

 

「死ぬがよい、烈 海王」

 

 

 槍月の意図を計りかねた烈は出遅れてしまった。冷静に考えればどう考えても不自然だった。

 だが、馬 槍月を出し抜き、一撃を与え、熱くなっていた烈は皮肉にも今しがた槍月に言ったように油断していた。闘いにおける重要な判断力を失っていた。

 

 

 

「そこまでね!」

 

「ぬ! 貴様は──」

「貴方は!?」

 

 突如現れた乱入者

 

 

 3発目の掌打が烈の腹部叩き込まれる直前、槍月の拳を馬 剣星が止めていた。

 

「剣星か!!!」

「剣星殿!!!」

 

 槍月が怒りや悲しみを含んだ複雑な表情を浮かべるのに対して烈は試合を邪魔されたことに今にも爆発しそうな形相だった。

 

 

「師父!」

「パパ!」

 

「ありゃ、兼ちゃんに連華……来ちゃったのね」

 

 

 更に遅れてケンイチと連華も駆けつけ周囲の雰囲気は混沌に包まれた。

 

「馬 槍月に烈 海王……やっぱり凄い気当たりねッ」

「うわっ! ビルが滅茶苦茶だ……ってここに人が倒れてますよ!? 重症だ!」

 

 ケンイチのすぐ側には気絶し瓦礫に半ば埋もれかかっているマフィアのボスが横たわっていた。ケンイチの指摘に連華は冷めた視線を向ける。

 

「あっ、こいつはここのマフィアのボスよ。ほっときなさいよそんな奴。二人の闘いに巻き込まれて死ななかっただけで十分幸運ってものよ」

 

 

「剣星殿ッ! 貴方との槍月殿との因縁は聞き及んでいますが今は邪魔をしないで頂きたいッッ」

「同感だ。武人同士の闘いに横槍を入れるなど誰であろうと許さんぞ」

 

 

「兄さん……烈殿も、これ以上暴れるのならば私も手を出すね。そうなれば三人の内確実に二人死ぬね」

 

 

私は一向に構わんッッッ

 

 

 大気が震える程の覇気を纏った烈の怒声に剣星は困ったように帽子を深く被った。

 

 

「生き残っても五体満足とはいかないね。この後に控える武術大会に参加すると徳川殿に伝えたのならば、万全の状態で挑むのが徳川殿や他の選手たちに対する礼儀と言うものね」

 

「…………」

 

 烈は依然、頑として意思を曲げるつもりはないと直立していた。

 頑なな烈の態度は初対面の兼一にこの烈 海王と言う人物は相当に頑固な人なのだろうと言う印象を与えた。

 

「それに、勝負の続きと言うのなら既に決着は付いているね。烈殿の敗けね」

 

「何を言っているッ 私はまだ闘え────ガハァァァッッ!!?」

 

「わー!? 突然血を吐いた~!」

 

 いきなり自身の敗北を宣告された烈は非常に怒り剣星に詰め寄ろうと足を動かすと、烈の体は突如としてくの字に折れ曲がり大量の血を吐きだした。

 

「何だッ!? こ、こんな……いつ──!?」

 

 烈自身も驚きのことで痛みよりも驚愕が勝っていた。信じられないような顔で自分が吐き出す血を眺めていた。

 

「先ほど烈殿が受けた掌打は兄さんの奥義、兇叉(きょうさ)。ガンマナイフの原理を応用し、浸透勁の寸勁を体内のある一点に交差するように複数放ち威力を飛躍的に高め対象を破壊する殺人拳ね」

 

 烈は苦痛に顔を歪ませると同時に己の迂闊さにようやく気がついた。自身が受けたのは3発中2発……2発でこの威力なのだから剣星が止めてくれた3発目を喰らっていれば恐らく今頃……

 

「ふ……不覚────」

 

 

 込み上げる血と後悔の念に苛まれながら、烈は気を失った。

 

「他人の奥義を勝手にぺらぺらと話すな、剣星」

「兄さん……まだこんなことを続けているのですか」

 

 いつもの剣星ならば冗談の一言でも言いそうだがこの時の剣星はケンイチが信じられないくらいに真面目だった。

 

 

「何はともあれ……ここでこうしてお前と会ってしまったのは何かの運命だろう。構えろ」

 

 感動の兄弟の対面ではない。

 二人の間に漂うものは一方は哀愁でありもう一方は殺意だった。

 

「兄さんッ まだやり直せます。共に故郷へ帰りましょうッ」

 

 剣星は手を差し伸べる。剣星に取って槍月はどれだけ年月が経とうとも血の繋がった家族だ。家族だからこそ兄の凶行を止められなかった責任も現在まで痛感している。

 

「笑止、お前と共に行く道などとうに捨てたわ! 構えろ剣星ッ」

「……貴方は烈殿との闘いで深手を負っています。その傷では……」

 

 槍月は致命傷こそ負っていないが烈の無寸勁によって内臓に相当のダメージを負っていることを剣星は気づいていた。剣星も兄と決着はをつけなければと思いここまで来たが、これではとても尋常な勝負などできなかった。

 

「侮辱する気か?」

 

 剣星の気後れに槍月は気を荒立てる。武人としての矜持を傷つけられたのだ。

 

「兄さんッ 私は兄さんを」

 

 

 

この俺を……侮辱する気かァッッ!! 

 

 

 激しく興奮した為大きく咳き込んだ槍月だったが、傷んだ体を気力の力で動かし剣星に迫った。

 

「クッ────兄さんッ すまない!」

 

 

「馬 師父────!」

 

 

 ケンイチの眼には何が起こったのかはもちろん見えない。だがこの勝負の結果は誰が見ても明らかだった。

 

 

 

「グフッ────!」

「兄さん……やはりその体では……」

 

 

 当然、と言うべきか。

 槍月は膝から崩れ落ち力なく項垂れた。剣星の勝利である。

 

 

 その勝敗が合図のようにいままで辛うじて無事だったビルの柱に亀裂が入り鉄骨やコンクリートが大きな唸り声を立てた。

 

「パパ! ビルが崩れるわ、早く逃げましょう!」

「師父! 危ないですよ!」

 

「行け、剣星。俺は残る」

「……」

 

 

 

「兼ちゃん、連華、マフィアのボスと烈殿を連れて急いででここから離れるね」

「そ、そんな!? 槍月さんはいいんですか!」

 

 兄を見捨てる。それはケンイチが知る馬 剣星ではあり得ない選択だった。

 

「兼ちゃん……兄を武術家として死なせたいね。ならばその役目は弟であるおいちゃんね」

 

「し、師父……」

 

 早々と兄に背を向け出口へと向かう剣星の顔はケンイチには見えない。

 だがケンイチには見えた気がした。その悲しい背中が。

 

「……構うな剣星の弟子。お前もよく覚えておけ、人殺しの最後などこんなものだ」

 

「……行きましょう兼一。私たちが口を挟んでいいことじゃないわ」

 

 

 

 正しい選択肢とはなんなのか。

 師の心中を察するならば、弟子になって一年も経っていないケンイチが口を挟むべきではないことだろう。

 師が何十年と考え抜いて出した答えがこれならば、弟子は黙って従うのが本来の師弟の在り方なのかもしれない。

 

 

 

たが──────

 

 

 

「ボクは認めない。こんな悲しい兄弟の別れなんて!」

 

 

 生憎と白浜 兼一は普通の弟子ではなかった。

 

「なっ!? 危険よ兼一~!」

 

 瓦礫が降り注ぐ中、槍月に向かって走るケンイチに連華は度肝を抜かれた。

 連華は父の出した答えに従った。それが正しいとは思わなかったがだからといって自分にできることなど無いと思っていたからだ。それなのに目の前のあの少年はなんだ? 彼は自分よりも遥かに劣る実力しかない非力な男だ。なのに何故? 

 

 連華は遠ざかるケンイチの背中を見続けた。

 

「さぁ槍月さん! ボクの手を取って下さい! 自分から死ぬなんて馬鹿げてます!」

 

「お前……」

 

 槍月の眼には不思議な光景に映った。目の前の少年がかつて幼い頃の剣星に見えたのだ。

 まだ若く、仲の良かった少年の日の思い出が槍月の中で想起された。

 

「全く……剣星も不思議な弟子を育てたものだな。いいだろう、死ぬのはやめだ」

「本当ですか!? 約束ですよ! ──うわっ!?」

 

 槍月の伸ばした手をケンイチが取ろうとすると、槍月はそのままケンイチの胸に手を押し当て剣星たちの元まで突き飛ばした。

 

 

 

「また()ろう……剣星」

「に……兄さん……!?」

 

 

 

 

 その後、マフィアのボスは警察に自主して中華街に平和が訪れた。

 烈 海王は剣星と白眉の中国4000年の治療によって回復し、騒ぎを起こした償いとして白眉の店で暫く働くことを自ら申し出た。そして仕事の合間に己の未熟を恥じて更なる修行を行っている所を連華のねだりによって自身の修行の傍ら彼女に武術指導などもすることとなった。

 

 連華は海王と修行できることにウキウキしていると共に、少しだけ気になる少年のことを想い今日も看板娘として元気に働いている。

 

 剣星は暫くの間元気がなかったがある日兼一に小さく「ありがとう」と礼を言い、その次の日からはまた美羽やしぐれにセクハラをするようになった。

 

 兼一はと言えば修行をサボった罰で秋雨の緻密な計算から導き出された兼一がギリギリ死なずに達成できるペナルティトレーニングを課せられ、罰則期間中は「いっそ殺せ」が口癖となった。

 

 

 

 

 そして馬 槍月は……

 

 

 

 

「やれやれ……剣星の弟子め。勝手に約束などしやがって」

 

 

 どこかの路地裏で瓢箪片手に酒を呑む槍月の表情は穏やかなものだった。

 

「小僧との約束を破ったとあっては、馬家の名折れ…… 柄でもないか」

 

 槍月はもう一度大きく酒を呷る。夜空には月が出ていた。

 

「俺の小生意気な弟子は今頃どこで何してるやら……たまには構ってやるか」

 

 

 

 決して破れぬ、口約束

 

 

 




烈さんはどうしてよりによってそれを喰らっちゃうかな~みたいな展開が多くて歯痒いです。
そこが可愛い所でもあるのですがね。

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