公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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刃牙らしさを活字で表現するのは難しいです。


修行開始!

 都内一等地の某所に居を構える大豪邸。純和風の邸宅は周囲に張り巡らされた高い塀によって世俗から隔離され、正門に印された巨大な葵の御紋が、屋敷の主の普通ではないステータスを示していた。

 

「~~♪」

 

 その庭先では一人の男が箒を手に掃除に勤しんでいた。

 

【警備隊長 加納 秀明(かのうしゅうめい)

 

 この邸宅の警備隊長を勤める男である。

 一見呑気そうに掃除をする姿はその実毛ほども油断はしておらず、仮に羽虫一匹の侵入であろうとも瞬時に気づく程の神経を屋敷中に張り巡らしていた。

 

「……?」

 

 そんな彼だが今日は朝、目が覚めた時からどこか違和感を感じていた。

 

(まただ……今朝から感じる不穏な予感。今日、何かが起こるのか?)

 

 よく見れば庭先には彼以外にも多くの屈強な警備員が巡回していた。もちろん平常ではあり得ない警備体制である。ただ、この日加納が感じた違和感を彼自身が信じた為である。

 

「皆ッ、警戒を厳にしろ!」

「「「はッ!」」」

 

(やれやれ、取り越し苦労ならとんだ間抜けだがどうかそうであってくれ)

 

 根拠と呼べる根拠は無かったがこの不穏な気配を彼は一度経験していた。かつて苦い敗北を味わった経験が彼の精神をはりつめさせていたのだ。

 

 加納が警備を展開してから数時間後、時刻は正午を回っても違和感は消えずむしろそれは近づいてくるようであった。

 

(なんなのだ……刃牙君がやって来るのか? いや、彼はこんな気配は発しない。もっと大きい……だが範馬様のような荒々しさはほとんど感じない。これは……まるで自然のような……)

 

 加納が気配の正体を探っていると、正門の呼鈴が来客を告げた。加納は自分の肌が泡立つような感覚を覚え遂に件の気配を人物が現れたと確信した。

 

(来た! 玄関からッ堂々とッ!?)

 

「ご、ご用件は?」

 

 ここに来て他の警備員も異常な気配に気づき慌ただしくなる。応対役の声も震えが出てしまった。

 

「徳川殿に会いに来ての。生憎あぽいんとは取っておらんのだが……」

 

 正門に設置された来客用のスピーカーから発せられた声はかなりの老人の声だった。この時点で加納は門の向こう側にいる人物の正体に気づいた。

 

「申し訳ありませんがアポイントが無い場合は……」

「待て、お通ししろ!」

 

 警備隊長である加納の激に追い返す気でいた応対役もおとなしく通すしかなく門を開く。だがその加納の命令に納得できない部下の一人が苦言を呈した。

 

「しかし加納隊長、本日来客の予定はありません。それを御老公様に話もせず門を開けるなどッ」

「君は今月新たに配属した新人だったな。大丈夫だ、あの方の訪問を拒む理由は無い。それに、阻むことも到底できん」

 

 その無茶苦茶な加納の言葉に部下は不信な表情を浮かべた後に急激に青ざめた。

 

「ま、まさかッ……噂に聞く範馬勇次郎様ですか!?」

 

【地上最強の生物 範馬 勇次郎(はんまゆうじろう)

 

 海外では別名オーガとも呼ばれる文句なしの最強の存在だ。彼の拳は鋼鉄をも打ち砕きあらゆる障害を突破する。どんな機関も彼を捕まえることはできずどんな権力にも縛られない。その力はアメリカを筆頭とした世界の大国が秘密裏に全面降伏するほどの腕力を持ちその筆頭であるアメリカは彼一人と友好条約を結ばざるをえないほどであり、闘いの中で生きる者たちから尊敬と畏怖の念を抱かれている。神にも等しい男の名前に加納はあり得ないと思いつつも身震いした。この屋敷の主と範馬勇次郎は知古の仲だ。当然加納も幾度となく対面したことがあるがこの度に寿命が縮む思いをしている彼にしてみれば、門の向こう側の人物が別人であると確信していた。

 

「安心しろ、範馬様ではない。範馬様に比べれば仏のような方だよ」

 

 

 

 徳川邸警備員 田中 実(たなかみのる)(24)は後にその日出会った人物についてこう語る。

 

「俺たちの中じゃ最強って呼ばれる加納隊長が震えてたんですよ。だから最初は遂にあの範馬勇次郎がやって来たのか! って思ったんですよね」

 

 田中が恐る恐る待ち構えていると、門から入ってきたのは大きな、とても大きな老人であった。

 

「ビビりましたよ。え? いや身長もそうですけどテレビでよく見るじゃないですか。ほら……筋肉ムキムキのおじいちゃんがバーベルとか持ち上げてるやつ。そりゃ凄いって思いますけどぶっちゃけ俺も鍛え続けてたら50年後とかにはできるんじゃね? とか思いませんか? でもあれは無理ですよ。キグルミなんじゃないのかと見間違うぐらいの筋肉が浮き出てるのが見えるんですよ、和服の上から。俺もこんな仕事柄ですから毎日鍛えてますけどどんな鍛え方したらああなるんだよってツッコミそうになりましたよ。まるでアメコミヒーローみたいな筋肉でしたもん」

 

 老人は加納と少し話をして母屋に向かっていった。

 

「ほんとあっという間でしたよ。周りの皆も動けないんですもん。俺も一応警戒しないと、て思ったんですけど想像できなかったんですよ。え? 何がかって? なんて言うかその~、どこからどんな攻め方をしても絶対に勝てないっていうビジョンが見えるんですよ。銃とか使ってもあ……コレ無理だ、て思っちゃって。なんか人と対面してる感じじゃなくて、はは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徳川邸の居間では二人の老人が向かい合っている。一方は小柄な体躯ながら鋭い眼光を光らせキセルを吸い、もう一方は座っていても大の男を越えかねない身の丈を持ち明らかに筋肉質を逸した肉体が和服の上からでも分かるレベルで盛り上がっていた。

 

「して……やはりトーナメントにエントリーはしてくれぬか」

「徳川殿の願い、わしとしてもできれば無下にはしたくないが許されよ。武人として心惹かれぬことはないが我らは活人拳、無用な殺生はできぬ」

 

 小柄な老人の名は徳川 光成(とくがわみつなり)

 

 徳川幕府の末裔にして世界有数の財閥、徳川財閥の総帥。彼の力は時の総理すらも軽く上回りその意向を阻むことはそれこそ範馬勇次郎くらいしか出来ぬほどの権力を持っている。そしてそんな彼の裏の顔は東京ドームの地下六階に位置する《地下闘技場》で行われるルール無用の異種格闘技戦を主催する管理者でもあった。

 

 巨大な老人の名は風林寺 隼人(ふうりんじはやと)

 

 その生きざまから無敵超人の異名で世界中の弱き者たちから崇拝されている最高位の達人である。嘘か真かその力は海を割り大地を裂き雲を吹き飛ばすとされる生涯無敗の達人であり世界広といえども彼ほどの武人は存在せずとまで言われ武術界では範馬勇次郎・海皇・拳魔邪神・二天閻羅王などの伝説の武人と肩を並べる超人である。

 

 光成は険しい表情で何かを思案しながらキセルで肩を叩いていた。

 

「ん~~~~どうしてもダメかのぅ?」

「ダメですの♪」

 

 隼人の即答とも言える無慈悲でお茶目な返答に光成の眉間のシワが更に深まった。彼にとって目の前の老人を説得できれば自身の主催するトーナメントの純度がより一層増すことに繋がるのでなんとしても口説き落とすつもりであった。

 

「わしは別に殺し合いをしろとは言ってはおらん! ただ闘いたいAとBを引き合わせたいだけなんじゃッッ」

「たしかに武人としてこれ程までに心踊る舞台も無いことは事実ですじゃ。地下格闘技場のレベルはまさに最高峰。梁山泊の豪傑たちとも互角に戦う猛者たちがおりまする」

 

「その通りじゃ! 想像してみぃッ世界中から集められたファイターが集い地上最強の称号を懸けて闘う! 梁山泊の達人たちと地下格闘技場ファイターが戦う姿を!!」

 

 光成は唾を撒き散らしながら高齢を全く感じさせない語気で捲し立てる。

 

「ケンカ100段ッVS虎殺しッ

 哲学する柔術家ッVS小さな巨人ッ

 あらゆる拳法の達人ッVS海王ッ」

 

 光成が常に脳内で膨らませている想像の中でも一際夢見ているマッチメイクを語り出す。その姿はどう見ても私的好奇心が滲み出ていたが、隼人はそんな光成のことが気に入っていた。

 

「どうじゃ! どれもこれも今世紀最高峰の一大決戦じゃぞ!!?」

「いやはやたしかに魅力的じゃよ。ですがわしはおらんのですかの?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に光成の肩が飛び上がった。そんな光成の姿を見て隼人は意地悪く笑う。己が無茶を言ったのは理解しているが隼人自身も光成の言葉にほだされていたのも事実だったのでつい真面目半分からかい半分で言ってしまったのだ。

 

「い、いや~~~~風林寺殿は……そうじゃ! なんならエキシビションと言う形で勇次郎と……」

「おお~~勇一郎君の倅じゃな? それはそれは血が滾るまっちめいくじゃが……」

 

 思いもかけない隼人の一言に思い付きで放った一言がまさかまさかの展開を呼び込み光成の脳内で脳内麻薬が溢れだした。

 

「じゃろッ じゃろ!? そうじゃろぅッ!!?」

「ですがそれならより無理ですな。観客の安全を保証できませんしなにより東京ドームが無くなってしまいますわな」

 

 だがそんな極楽は長くは続かない。当たり前な結論に光成は冷水を浴びせられたようにしゅんとなると悔しそうに地団駄を踏んだ。

 

「カ~~~~~~~~ッッ、残念じゃッ、実に残念じゃッ」

 

「今のところわしらは弟子を育成することに精を出しておりまするからそれほど退屈ではないのですじゃ」

 

「なんと!? 弟子じゃと!?!?」

 

 またもや思いもかけない隼人の発言に光成は飛び付いた。

 

「ならばその弟子に……」

「ホッホッホッ、残念じゃがまだまだ未熟な弟子クラス。闘技場に行けばすぐさま殺されてしまうでしょうな」

「なにを謙遜するッ。梁山泊は活人武術界最強の称号持っておる。その豪傑たちはいづれも各流派で最強と称される達人たちばかりッ。そんなお主ら梁山泊の弟子ならばさぞや才能溢れる素晴らしいファイターじゃろッ」

 

 光成の中では既に、トーナメント表に表示される梁山泊最強の弟子の名が見えていた。そして闘技場正ファイターたちとの死闘を想像し涎を垂らしていたのだった。

 

「だったらよかったのですがの~~ホッホッホッ」

 

 隼人は隼人でいつかあの場に立つ弟子一号の姿を想像し、更なる修業を課そうと決めたのであった。

 

 

 

 

 都内某所に広大な敷地に居を構える道場がある。その庭では二人の少年少女が談笑している。やや尖った髪先に穏やかな瞳を持つ少年は稽古着を身に纏っていた。少女は肩まで掛かる金色の鮮やかな髪を靡かせ身に付けているボディースーツからは年齢に不釣り合いなプロポーションを惜し気もなく披露し少年の視線を集めていた。

 

「ヘックショッ!」

「ケンイチさん、風邪ですか?」

「大丈夫です美羽さん! 風邪なんてへっちゃらですよ!」

 

 少年の名は白浜兼一(しらはまけんいち)と言うが学校ではもっぱらケンイチや腑抜けのケンイチ(略してフヌケン)と呼ばれ、不良の格好のターゲットとして日々虐められる典型的な虐められっ子であった。そんなケンイチの運命を変えたのが共に目の前にいる風林寺美羽(ふうりんじみう)だ。彼女はケンイチに武術を教え見事ケンイチは虐めっ子を撃退したのだ。

 そして彼女らがいるこの道場《梁山泊》は風林寺美羽の自宅兼ケンイチの修業場でありそこに住まう武術の達人たちによってケンイチは日々鍛えられている。

 

「お~~ケンイチィ~~。町内三周したのにずいぶん元気そうな面してるじゃねーかァ?」

 

【ケンカ100段ッ 逆鬼 志緒(さかきしお)!】

 

 まるで不良のような物言いをするこの男は空手の達人であり革ジャンとジーンズでキメて常にビール瓶を片手にしている姿は実に反社会的な印象を見るものに与えるが実際は半分その通りだったりする。一番に目につく面に走った横一文字の傷は痛々しさよりも彼の荒々しさや精悍さより一層高めていた。

 

「私の計算通りに足腰とスタミナが鍛えられてきたということだよ。明日からは修業量を1.7倍にして新たなコースも追加する予定だよ」

 

【哲学する柔術家ッ 岬越寺 秋雨(こうえつじあきさめ)!】

 

 古今和歌集を写経しながら答えるこの男は柔術の達人でありあらゆる芸術を極め文武両道の極地に至った人物である。その醸し出す印象は静そのものであり薄く開かれた瞳からは深い知性を感じさせる。

 

「兼ちゃんもだいぶ梁山泊に慣れてきたようね、おいちゃん嬉しいね」

 

【あらゆる中国拳法の達人ッ 馬 剣星(ばけんせい)!】

 

「……」

 

【剣と兵器の申し子ッ 香坂 (こうさか) しぐれ!】

 

 胡散臭い日本語を話す中国人の小男は中国で知らぬものはいない鳳凰武侠連盟の長であり中国4000年の奥義秘術を極めたと言われるが現在はエロ本を片手に塀の上に立っている日本刀を携えた女性の下半身を覗き見ている。

 女性はそ知らぬ動作で何処から取り出したのか手裏剣を剣星に投げつけた。女性は時代錯誤な上半身用の和服の下に鎖帷子だけを着込み下半身は褌を着用し上着の余りが辛うじてスカート代わりにしている大胆すぎるファッションで黙々と瞑想をしているが、時折ケンイチの方を片目でチラリと目配せし気にかけていた。その扇情的な姿からは一見すると想像できないが彼女は至って真面目であり古代近代問わずあらゆる武器に精通している達人である。

 

「修業は大事よー。敵をぶっ殺す為にも鍛えないとぶっ殺されるよー」

 

【裏ムエタイの死神ッ アパチャイ・ホパチャイ!】

 

 2メートルを越える巨体と聞くものが聞けば震えが止まらない異名を持つムエタイの達人である。彼はその経歴と出で立ちからは程遠いような朗らかな笑顔で恐ろしいことをあっけらかんとケンイチに言った。彼は悪意があるわけではなくただ自分の体験談を親切心で弟子のケンイチに言っているのだ。

 

 

 

活人拳(かつじんけん)

 

 一人の悪を斬り他の大勢を救う活人剣という侍の思想を己の五体のみで実践する考え方。

 ここは梁山泊! 【無敵超人 風林寺隼人】を頂点とする活人拳武術の象徴であり最強の武術を極めた達人が集う活人拳の象徴である。

 

 

「いやっ実は最近筋肉痛が酷くて……」

 

 そして彼、白浜兼一こそがその梁山泊が誇る弟子一号……と言う名の実験台である。彼は空手中国拳法柔術ムエタイ武器我流と、指南を受けているが実際は岬越寺秋雨の理論による最強の弟子育成計画の彼検体であり兼一は常に死と隣り合わせの修行をしていた。

 

「それはよい反応だ兼一くん。君の筋肉損傷が自己回復によって更なる成長・増強をしているのだよ」

「うぐッ……」

 

 ケンイチは秋雨には絶対に嘘を吐けないと既に諦めていた。

 

 加えて秋雨は医師としても達人クラスであり修行中のケンイチのダメージは全て適切にコントロールされている。

 

「ところで長老はどちらに?」

「長老ならば御老公の邸宅に伺っているよ」

「御老公?」

 

 聞き慣れない単語に兼一は疑問符を浮かべる。

 

「なぁ秋雨よー! やっぱり今からでもじじいの所に行ってトーナメントにエントリーしようぜッ」

「くどいぞ逆鬼。長老がお決めになったことだ。我々の決定よりも長老が優先だ」

「どういうことですか、逆鬼師匠?」

 

「トーナメントだよ。地上最強を決める、な」

「逆鬼ッ」

 

「いいじゃねぇか秋雨。御老公ってのはな、あの徳川の末裔で言ってみればスゲー金持ちなんだよ。そいつが道楽でルール無用の闘技場を夜な夜な開催してるんだがこんど世界中から最強の男を集めて闘うトーナメントを開催するってんで俺たち梁山泊にも参加してくれって要請されたのにじじいが断りやがったんだよ!」

 

 苛立ち紛れに逆鬼は手にしたビール瓶を握りつぶした。

 

「やれやれ……逆鬼、我々は活人拳だ。徳川殿の主催するトーナメントは生死を問わない厳しい闘い。それに出場する戦士たちも多くが達人級であり君が出場すれば手加減はできず血は避けられまい。長老は分かっておられるのだよ」

「へ~~そんなトーナメントが……はっ、まさか僕にそのトーナメントに出場させるつもりですかッ!?」

「兼ちゃんが参加したらオシッコ漏らして終わりよ。そのトーナメントは本当の強い男だけが出場を許された大会ね」

「な、なーんだ。よかった~~あはは」

「よくありませんわッ。なんで断ってしまうんですの、そんなお金持ちの方が主催する大会なら優勝商品もきっと凄い物に違いありませんわッ。梁山泊の経済状況がどれだけ貧窮なのか皆さんご存じですわよね!?」

 

「み、美羽さん……」

 

 風林寺美羽は特段金銭にがめついわけではない。この活人拳の総本山梁山泊は現在進行形で貧窮に喘いでいた。理由は梁山泊の安定した収入はケンイチが梁山泊に納める月額のみであり達人たちの収入は全て不定期であった。そのため梁山泊の家計を一手に引き受けている美羽にとっては収入の確保は急務であった

 

「残念だが美羽。基本的に優勝者に与えられるものは勝利の栄光のみ。今回は古代パンクラチオンのベルトが贈られるらしいがそれ以外は一切の金品の贈与は無い。もともと徳川殿は日頃闘技場を主催しているがそこでもファイトマネーは発生してはいない。もちろん賭博も」

 

「なーんだ残念ですの……」

 

 その優勝商品のベルトは時価十億円の価値があるのだがそんな話を美羽にすれば余計に話が拗れる為、秋雨はあえて内緒にした。

 

「でも……そんな大会にどうして師匠たちのような達人が命懸けで闘うのでしょうか?」

 

「決まってるだろ、最強の称号を獲るためだよ」

「そう。それが優勝賞金も何も出ない徳川殿の闘技場が廃れない理由。あの場は間違いなく世界トップレベルの達人級が集う場所だ。そこで勝利することは即ちリアルな最強の称号を獲ることができると多くの武人が考えているのだよ」

 

「武術の世界は野蛮ね。空手対柔道、拳法対ムエタイ、

 武器対無手、我流対伝統、他のスポーツではあり得ないような異種対決が平気で行われるね」

「アパパパ、アパチャイも昔リングで拳法や武器使うやつしこたまぶっ倒したよー」

「ボクも……いっぱい……相手した」

 

「兼一くん。所詮武術家は自分や自分の流派が一番強いと思っているしまたそうなりたいと思っているものだ。だが現代の多くの国ではケンカ、美しく言えば決闘は御法度だ。しかしルールのある場で闘おうにも競技では不完全燃焼、やり過ぎれば追放される。そのようなフラストレーションを溜めた武術家の為にと徳川殿は闘技場を主催し続けているのだ。誰もが、己の内に潜む獣を解放させることができるからね」

 

「岬越寺師匠も……ですか?」

 

 兼一は目の前の梁山泊で最も獣とは無縁そうな師匠に問いかけた。

 

「…………さぁ、どうだろうね~~」

 秋雨は不敵に笑った。

 

「あはは……あは……は」

 

 ケンイチは無茶苦茶な師匠ばかりいるこの梁山泊で、岬越寺秋雨が最も恐ろしいと思ったのであった。

 

「折角久し振りに遠慮なく闘えると思ったのによ~。それにこの俺が参加しないで勝手に空手が負けちまって地上最強が柔術にでもなっちまったらたまんねーぜ!」

 

 逆鬼はわざと秋雨に聞こえるように宣った。

 

「……それはどういうことかな? 逆鬼……」

 

 当然その声をキャッチした秋雨は顔色一つ変えずに振り替える。しかしその声色は明らかに普段以上の重さがあった。

 

「空手が最強だからに決まってるだろ? ま、あれだ。今回のトーナメントは独歩(どっぽ)の親父も参加するらしいから優勝は貰ったな」

「……なるほど。日本最大のフルコンタクト系空手団体神心会(しんしんかい)館長の愚地独歩(おろちどっぽ)氏の実力は私も知っている。だがだからと言って彼が優勝するとは限らない。真剣勝負とはそう言うものだ。空手が最強と言うのも少々早計ではないかね?」

 

「ムエタイよ! ムエタイが最強よ!」

「香坂流が……最強だぃ……」

 

「なんでぇ秋雨、まるで柔術が勝つみたいな言いぐさじゃねーか」

「風の噂で渋川(しぶかわ)流柔術の開祖、渋川剛気(しぶかわごうき)殿が参戦すると聞いた。あの方が相手では流石の愚地氏も苦戦は避けられないだろう」

「げッ!? あの渋川のじじいかよッ。年考えろよな~~元気すぎるぜ」

 

「秋雨どんも逆鬼どんも油断してないかね? 今回は我が中国から【海王(かいおう)】が参戦するね。優勝いただきね♪」

 

 剣星がそんな二人の会話にエロ本片手で割り込んできた。

 

「ほう……中国拳法の達人にのみ贈られる称号【海王】を持つ者が、か。しかし最近の《中国武術省》は【海王】の認定を乱発しているとか……」

 

「あ、秋雨どんもたまに笑えない冗談言うね……ッ。今回はあの【闘神(りゅう) 海王】が治める中国きっての名門《白林寺(びゃくりんじ)》が生んだ天才【(れつ) 海王】ね。おいちゃんと同じくあらゆる中国拳法学んだ男前ね。柔術も空手も敵じゃないね」

 

「ムエタイよ! ムエタイなら全員ぶっ殺すよ!」

 

「ヘッ、拳法や柔術なんかに空手が負けるかバカ野郎!」

 

 その一言、そのたった一言でこの場の雰囲気は一変した

 

「拳法……」

「柔術……」

「「なんか?」」

 

 主に二人の達人の琴線に触れた。

 

「空手の歴史は数百年ね。おいちゃんたちの中国拳法は4000年の歴史、それを今ここで味わってみるかね逆鬼どん……」

「柔術が積み上げた研鑽の歴史、空手や拳法には決してたどり着けない境地に至ったことを教えても良いだろう」

「おもしれぇ……いっちょここで地上最強を決めてやろうじゃねーか……!」

 

 三人が互いににらみ合いあわや一触即発の修羅場へと変貌した梁山泊。三人の達人から放たれる圧倒的な気の奔流はさながら巨大台風の暴風のようにケンイチと美羽を吹き飛ばしかけていた。

 

「逃げろ~~! 美羽さん一緒に逃げましょー!」

「きゃっ、兼一さんどこ掴んでるんですかッ」

 

 

「面白そうな話をしておるの~~」

 

 ケンイチが美羽を連れて逃げようと表門に近づいた瞬間三人の達人がピタリと動きを止め門を注視した。

 

 

「ならばわしも参加しようぞ!!!」

 

 

 門が勢いよく開くとそこには梁山泊の主、【無敵超人 風林寺 隼人】が三人の気よりも更に巨大な気を放ちながら現れた。その気は木々を押し曲げ大気を震わし大地を揺らした。

 

「いやー拳法も柔術も良いとこあるよな~」

「まったくだ。ここは一つオセロで勝負といこうか」

「ずるいね秋雨どん。麻雀で勝負よ」

 

「ムエタイよ! ムエタイで勝負よ!」

「ボクら……蚊帳の……外」

 

 風林寺隼人の超人的な気に当てられた梁山泊の豪傑たちはそれまでの闘気だけで人を殺せそうな雰囲気から打って代わり不自然すぎるほど普通に仲直りをするしかなかった。

 

「全く……大人気ないやつらじゃわい。兼ちゃんただいま」

 

「おおお帰りなさい長老。話に上がっていた徳川さんの家からの帰りですか?」

 

「おおそうじゃそうじゃ。徳川殿にしつこくトーナメント参加を誘われての~断るのに窮したの」

「長老がそんなに困るってことは相当相手方は粘ったんでしょうね」

「それがもう恐ろしいほどの説得じゃったわい。徳川殿はねごしえーたーの才能あるのう。徳川殿には、わしらは弟子一号の育成に掛かりきりじゃからと断った手前これからはもっと兼ちゃんをシゴかなければのう~~」

「え?」

「そうだな。トーナメントに出場できない鬱憤は兼一の修業にぶつけるか」

「では明日からは修業量を2.1倍にしよう。余裕を持ってと考えていたがまあ兼一くんなら耐えられる筈だ」

「なぁに。ぶっ倒れてもおいちゃんの持ってる秘薬の漢方ですぐに復活させるね」

 

「いや~~ッ師匠たちに殺される~~!」

 

 

「我らが弟子一号の達人への道はまだまだ遠いの~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の通っている学舎、荒涼高校の正門前では朝の登校時間で学生たちで賑わっていた。本部師匠に弟子入りし不良も辞めると宣言した手前、自室の机の引き出し深くに眠っていた教科書を引っ張り出しての登校だ。家を出る際には不良卒業宣言を昨日の夜打ち明けた親父とお袋に泣きながら見送られこんな自分の人生もまだまだ捨てたものじゃないと思った。

 

「やあ宇喜田、おはよう。いい朝だね」

「あ、宇喜田じゃん。おっひさ~」

 

「よお武田。それと古賀も」

 

 偶然にも俺は校門前で武田と古賀に出会った。古賀と言うのは武田と一緒につるんでる不良仲間でラグナレクにも入っているいけ好かない野郎だ。

 

「宇喜田も屋上でサボりに行くかい?」

「いや、いい。今日から授業に出るよ」

 

 俺の宣言に武田は目を丸くした。

 

「……どうしたんだい、君らしくもない」

「不良はやめだ。とりあえずだけどよ、俺は進む道を見つけたんだよ」

「あはは。でも今更授業に出たって留年確定じゃん宇喜田~」

「うるせー! 心意気の問題なんだよ」

 

 確かに古賀の言う通りで俺も武田も出席日数的に今年の卒業は無理だ。だがなにも俺は卒業するためだけに学校にくるんじゃない。自分が誓った信念のために行動しているんだ。

 

「……そうかい、分かったよ。なら良い子になった君にとってボクらみたいな不良は邪魔だろうね」

「何言ってんだよ。俺とオメーはダチだろ? なあ、一緒に授業に出ようぜ。ラグナレクが抜けずらいなら俺も行ってボスに頭下げるからよ」

 

「……ラグナレクに入らないなら精々我々に逆らうなよ。あばよ宇喜田」

「あ、おいっ待てよ武田!」

 

 武田は足早に俺の前から消えていってしまった。俺はなんとも言えない苦い味がした。

 

 

 

 

 

「宇喜田の奴もつまんない奴になっちゃいましたねー武田さん。シメちゃいますか?」

「もう奴のことは忘れろ。あの程度の兵隊なら他にいくらでもいる」

「他ってことは筑波をやったっていう一年の白浜なんとか?」

「そうだな、手始めにそいつをキサラ様に引き合わせるぞ」

「ハーイ♪」

 

 

(宇喜田……すまない。君は良い奴だ。だが不良を辞める選択はボクにはできない。だからこれ以上ボクみたいな不良には関わらないでくれ……)

 

 武田は拳を握り締めながら屋上へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「てなことがあったんスけど、どうしたらいいと思いますか本部師匠」

「俺はお前の武の師匠になった訳であって人生の師匠になった覚えはないぞ」

「そうっスけど人生経験は俺より上じゃないスかぁ」

 

 その日、学校を終えた俺はその足で本部師匠の下へと向かい武田のことを相談していた。

 

「まぁ確かに友人のことは確かに心配だな。不良グループの抗争で最近はこの辺も物騒になってきたからな」

「そうなんですよ。なんとかやべー連中から引き離したいんスよ。いい考えないですか?」

「う~~ん」

 

「あはは、ムリムリ。親父はあんまり友だちいないから青春の問題なんて相談することが間違ってるよ」

 

 俺の後ろから声がして振り替えるとそこにはテレビや雑誌で見た顔があった。

 

「……花田。いつ来た」

「ついさっきでーす。ちょうどいまオフなんで」

 

「れ、レスラーの花田ァ!?」

 

 間違いない。FAW所属プロレスラーの花田がそこにいた。

 

「あ、俺のこと知ってる? 君みたいなガタイの男はみんな長田さんとか梶原さんのファンだから嬉しいな~」

 

「な、なんでここに?」

「俺の弟子だからだ」

 

 本部師匠があっけらかんと言い放った。

 

「え!? 本部師匠の弟子ィ!?」

「そ。一回破門されたけどね♪」

「珍しいじゃないか、お前が昼間から来るなんて」

「いや~~後輩が出来たって聞いたからどんな可愛い娘が入ったか見ようと思ったんですけど案の定ムサイ男でガックリですよ」

 

(悪かったな、ムサイ男で)

 

「ねー師匠、うちも神心会みたいに女子部作りましょうよー。そしたら俺も毎日来ますからー」

「まったく……片っ方潰したのに相変わらずだな。興業もはかどっとるようだし」

「そりゃあうちには俺と言うスターがいますからね。巽さんには負けますけど」

 

「うおぉ! グレート巽の名前が出たッ。すげぇ! 」

 

 グレート巽、プロレスを知らない奴でも一度は聞いたことがあるであろうスターの名前が出てきたことに俺は興奮した。

 

「おお嬉しい反応だねぇ。しかし君いいガタイしてるね。一回うちに来る? 運が良ければ巽さんにも会えるかもだよ」

「マジすか!?」

 

「コラコラ、うちの弟子を弟子が引き抜くな! これから稽古なんだから静かにしてろ」

「へーいすんません」

 

「す、すみません。興奮しちゃって……」

 

 

 俺は柔道着に着替えて道場に本部師匠と対面する形で正座をする。これから修行が始まると思うと怖さ半分嬉しさ半分といった胸中だ。

 

「まぁ、若いからな。花田のようなプロレスラーに憧れるのも分かる。たがこれからは本部流の時間だ。最初だからまずハッキリさせとこうか。宇喜田、柔道と柔術は違う」

「え?」

「俺が思うに、柔道はスポーツ格闘技であって武術ではない。異論はあるだろうがな」

「はぁ……」

「そもそも柔術とはなんだ?」

「え……と……それは……敵を、投げる?」

 

 俺は自信なく答えた。

 

「……当たらずとも遠からずだな。宇喜田よ、柔術とはな……戦場格闘技だ」

「せん……じょう?」

「遠い昔、侍たちが合戦場で武器を失った際でも闘える為に編み出されたのが柔術だ。つまり元は殺人術だ」

 

「殺人……」

 

「殺し合いという非日常。だがあの時代ではそれは決して珍しいことではない。むしろ敵を殺さねば己が殺される時代。そこで生まれた柔術はまさになんでもありだ」

 

 心なしか本部師匠は徐々に嬉しげに語っているように見えた。

 

「柔術はもちろんのこと、剣術、槍術、弓術、馬術、砲術、忍術、兵法術。その他多くの技に精通してこそ柔術。それを目指すのが本部流だ」

 

「忍術って……」

 

「金的、目潰し、その他急所攻撃、現代の柔道はもちろん格闘技全般で禁止される行為も武術では当然に行使される。勝つためにだ。極端な話、機関銃を使ったっていい」

 

「いやいや、それは……」

「卑怯か? 相手が自分を殺そうとしている場合はどうだ。自分の愛する隣人が危機に瀕している場合はどうだ。もし戦争が起こった場合はどうだ」

 

「……」

 

 俺は何も言えなかった。

 

「もっとも……普段は当然使うべきではない。相手の生命またはその後の人生に重大な影響を及ぼしてしまう技など先程あげた例ぐらいでしか使用は許されない。許されるべきではない。宇喜田よ、俺がお前に教える柔術とはそういう武術だ。人格形成も結構だがやっていることは人を殺傷せしめる技の伝授だ。教える俺と教わるお前、双方にそれなりの責任が生まれる」

 

「……責任スか」

 

「そうだ。だから約束しろ。教わった技をケンカ程度には決して使うな。まして素人相手は尚更だ。人はお前が思うよりも簡単に死ぬ、死んでからでは取り返しがつかない。十字架を背負う覚悟をお前は持っていないし持つべきでもない」

 

「……ウスッ」

 

 そこに冴えない中年男の本部師匠はどこにもいなく、一人の立派な指導者がいるように見えた。正座をしてるのに、俺よりデカく感じた。

 

「そうか……では取り敢えず町内5周だな。行ってこい」

「へ?」

「聞こえなかったのか? 町内5周、三時間以内だぞ」

 

「いやいやいや、今の流れなら技の伝授とかそういうのじゃ……」

 

「お前は基礎がそこそこできてはいるが所詮そこそこだ。たいした貯金じゃない、が無いよりマシなレベルならこれからはより基礎を鍛える。鍛えて鍛えて鍛えまくる。無論、技も同時に教えるが今日は取り敢えず走れ」

 

「で、でもよぅ……」

 

「ほら、残り二時間五十八分だ。もたもたしてるとタイヤでもくくりつけるぞ」

 

「行ってきます!」

 

 

 俺は柔道着に着替えて急いで道場を発った。

 

「親父~~最初から飛ばし過ぎじゃない? あんまり厳しいと辞めちゃうかもよ」

「それならそれでいい。あいつは向いてなかったと言うことだ」

 

 

 

 

 

 俺は道場から少し離れた街道を走っていた。

 

「クソッ、町内5周って一周何キロあると思ってるんだよッ」

 

 柔道をしている為スタミナには自信があったがやはり走り込みはいつ何度やってもキツイものがある。

 

「ん?」

 

 町一周の半ばまで差し掛かると、目の前から一人の少年が俺と同じように走ってくるのが見えた。

 

「ぐわぁぁ~~~~! すり減るゥ~~タイヤと僕の何かがすり減る~~!」

 

 そいつは悲鳴を上げながら腰にくくりつけられたタイヤを引き摺りながら猛然とダッシュをしていた。

 

(スゲ……あいつ、タイヤごと……)

 

 俺はさっきまで文句ばかり言っていた自分が急に恥ずかしくなった。目の前を恐ろしい速さで走り去っていった奴は俺以上の苦行をしているのだ。しかもそいつは俺よりよっぽど小さな身体で俺以上の努力をしていたのだ。

 

「やぁ宇喜田くん」

「花田……先輩!?」

 

 気を取り直して走り始めると後ろから花田が走りながら俺と並走してきた。

 

「花田でいいよ。頑張ってるようだね、付き合うよ」

「いいんすか?」

「レスラーもロードワークは大事だからね」

 

 しばらく並走していると花田が俺に話しかけてきた。

 

「ところでなんで親父、うちの師匠に弟子入りしたの?」

「そりゃ強い男だからっすよ」

「そぉ? ま、確かに強いけど……でも強くなりたいなら他にもっと有名どころはあるじゃない。神心会(しんしんかい)北辰会館(ほくしんかいかん)とかさ」

「それ空手の道場じゃないすか。俺は腐っても柔道家スから」

「へぇ、結構しっかりしてるぅ~。親父も気に入るわけだ」

「そう言う花田さんはどうしてなんすか?」

 

 俺は逆に花田こそ、どうして本部師匠の弟子なのか聞いた。

「俺ぇ? そりゃ女にモテたいからだよ。つっても途中でプロレスに浮気しちゃったけどね♪」

 

 花田はどこまで本気なのか分からない笑みを浮かべた。

 

「さ、あんまり駄弁ってると時間に遅れるからペースあげるよ~~」

「え、ちょっとこれより速くは流石に……」

 

 花田は颯爽と俺の前に躍り出て直ぐ様視界から消えていった。俺はその後ろ姿を呆然と見送るしか出来なかった。

 

 その後、息も絶え絶えに道場に帰ってきた俺を、本部師匠と先に俺を追い抜いた花田が出迎えてくれた。

 

 

 

「お、ちゃんと時間内に帰ってこれたか。図体によらずスタミナはあるな」

「な、なめんなよ……これでも……トレーニングは、してるんだぜ……」

「お疲れ~~はい、スポーツドリンク」

 

 花田はタオル片手にドリンクを俺に差し出した。

 

「あ、ありがとうございます」

(花田先輩……俺より速いペースでゴールしたってのにまったく息切れしてねぇ)

 

「よし、息も調ったようだしいっちょ組み手でもやるか。花田、相手してやれ」

 

「え~~嫌ですよー。せっかく汗も拭いたのにー」

「いいからやれ」

 

「ちょちょちょっと待った! 流石に走った直後ってのは……」

「男なら組手が出来て嬉しくないのか?」

「だから、いまどんだけ俺が走り込んだのか……」

「はいはい、本当に親父ったら……ま、いっか。宇喜田くんなら汗なんかかかないと思うしね」

 

 花田は自分のスポーツドリンクを投げ捨てると俺の前に立ち構えに入った。

 

「……いいんすか? 俺は組手で手は抜かない主義だぜ」

 

 俺も花田の前に立ち構える。

 

「あれ? お疲れなら延期でもいいよ俺」

 

 花田が小馬鹿にしたようにおちょくる。

 

「気が変わったよ。レスラー相手に柔道家が負ける訳にはいかねぇ」

 

 プロレスファンの俺だからこそ漫然と脳裏に浮かぶのはプロレスの虚実。

 見せる格闘技と言えば聞こえはいいが、御約束の攻撃、御約束の防御、御約束の展開、御約束の結果…………所詮は体がでかい奴の取っ組み合いと言うイメージが拭えない。対する俺はグレはしたが柔道と言う武道にひたすら取り組んできた。正直負ける気がしない。

 

「……それは俺がレスラーだから言ってるのかな? なら心配無用さ。胸を借りるつもりできてよ」

 

 俺の挑発に花田もカチンときたのか今までのおちゃらけた雰囲気が一変した。これは期待ができる。

 

「よし、俺が審判をやろう。反則は……まあいい。とりあえずやってみろ」

 

「え、そんなんで大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫♪ 金玉潰したりはしないから♥️」

 

「始めッ」

 

 

 本部師匠の合図で花田に全神経を集中させる。

 

 

(しっかしどんな攻めをすりゃいいんだ? レスラーだから打撃や投げには強いよな……本部師匠の弟子だから柔道も知ってるだろうし……)

 

「あれあれ~~どうしたのかな宇喜田くん。これは組手なんだから遠慮せずにどんどん来なよ」

 

 いきなり攻めあぐねた俺に花田がさっきの挑発のお返しとばかりおちょくってきた。そういえば花田はプロレスでもこういうふざけた挑発で相手をよく怒らせていた。

 

(舐めやがって……よし決まった。襟を掴むと見せかけて足蹴りだ。スッ転ばせてやる!)

 

 攻めの戦略を完成させた俺は早速花田に掴みかかる。花田の襟をガッチリと握り締めいかにも投げをすると相手に意識させてからの足払い。喧嘩でもよく使う戦法で初見ならまず引っかかる。

 

「セイッ!」

 

 俺はプラン通り襟を掴んだ瞬間相手の重心が移動する感覚を手から察知すると同時に右足で思い切り花田の足元を払った。

 

「おっ、なかなか良いプランだね。でも蹴りが様になってないよ」

 

(び、びくともしてねぇッ!?)

 

 俺の足払いは花田の足を完璧に捉えたはずだった。だがインパクトの瞬間まるで電柱に蹴ったような錯覚を感じるほどの揺れのなさにど肝を抜かれた。

 

「どうしたの~~。胸を借りるつもりでだよ」

 

 

 花田は依然として棒立ちで反撃の気配すらない。

 

(よーし、なら……)

 

「ちょっと手加減しただけっスよ! 次はおもいっきりいきますから、まさかよけないっスよね?」

「ふふふ……そうこなくっちゃ。いいよ、きなッ」

 

(かかったな……狙いはさっきと同じ足ッ…………)

 

 俺は再び花田の襟を掴みに近づき組つこうとする。しかし流石に2回目は花田も防御の姿勢を取る。

 

(じゃないッ!)

 

 と、見せかけて意識が上半身に向いた瞬間に右足を振り上げる。

 

(金的ッ! もらった!)

 

 不良時代このフェイントを避けた奴はいない。誰もがなすすべなく地に沈むコンボだ。いくらプロレスの花田でも金的は効くに違いないはず故の攻撃だった。だが、

 

「へー結構クレバーな戦法も出来るんだ。でもそこはもう懲り懲りだよ」

 

「なッ!?」

 

 花田の金的目掛けて放った俺の右足は花田の内股に完全ガードされていた。

 

(読まれた!? クソッ、ならこのまま投げるしか……)

 

「じゃあそろそろ俺の番ね」

 

 花田が不敵に笑うと俺の組み付きを難なくほどきその場でジャンプした。花田の腰が丁度俺の目線まで上がるほど高く跳躍した花田の上半身が、俺の前から消えた。

 

「ヒュウッ」

 

 

 

(     これは……      

 

あれだ……  デカイッ

あの…………技     見たことある

 

ドロップ…………今からやられるッ

 

 キッ──────………………………………)

 

 

 

 

 そのあとのことは覚えてない。だって俺……

 

「10カウントォー勝者花田ァ! カンカンカン~~♪」

 

 俺は花田のドロップキックをまともに胸に喰らって道場の壁まで吹っ飛ばされ気を失った、らしい。今思い出してもよく死ななかったと思ってる。鍛えていて良かった。

 

「あれ? ひょっとして俺、やり過ぎちゃった?」

 

 花田は気を失った宇喜田に覆い被さりながら困り顔で本部を見つめた。本部はそんな二人を見つめながら溜め息を吐いた。

 

「やりすぎだバカ」

 




頑張れ宇喜田!
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