公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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今回宇喜田は出ません。漫画なら表紙だけ登場です。
まぁバキならよくあることだよね!


喧嘩師!

 ここは梁山泊! 

 活人拳の達人たちが集う総本山! 

 

「美羽さんおはようございまーす!」

「おはようございます兼一さん。今日は日曜日ですから早いですね」

「はい! 弟子1号として頑張りますよ!」

 

 この日、白浜兼一は歓喜していた。白浜兼一は風林寺美羽に対する恋慕の気持ちを本人なりに密かに隠していたがそれはほぼ公然たる事実として知られていた。美羽自身もなんとなくケンイチが自分に好意を向けていることを察知しており、それこそ梁山泊の達人たちにはモロに筒抜けであった。

 そして本日、梁山泊は兼一と美羽以外は全員外出中であり文字どおり二人きり、ケンイチにとってはまたとないチャンスの日であった。

 

「み、み、み、美羽さんっ。最近学校の生活には慣れましたか?」

「はい! 荒涼高校の皆さんはよい人ばかりですし新体操部も楽しいですわ」

 

 風林寺美羽はケンイチが通っている荒涼高校に転校してくる以前は地元でも名門で有名な進学校である松竹林高校に属していたが、その持ち前の美貌や風林寺の血のせいで非常に悪目立ちしてしまい友人と呼べる存在が一人も出来なかったことを気にしていた。故に荒涼高校に転校してきた際はだて眼鏡を掛け髪を結い目立たないように徹しているがそれでも彼女は新体操部では期待のエースともてはやされやっぱり目立ってしまっていた。

 

「それに最近兼一さん以外のお友だちもできましたの! 今度遊びに出かける約束をしました♪」

「え! 誰ですかっそれッ」

 

 ケンイチは美羽の最初にして唯一のお友だちであることに精神的優位を感じていただけに新たに現れた美羽のお友だちに対して非常に危機感を持った。

 

「梢江さんと言う方ですの。とても優しくて気の合う方なんですよ」

「え……その人ってひょっとして女子ですか?」

「はい……そうですがどうかしました?」

「いえいえ! 良かったですねお友だちが増えてッうん本当に良かった! そうだ、一年先輩ですけど僕にも新しく友達が出来たんですよ。刃牙さんって言う人で不良に絡まれた僕を助けてくれたんですよ」

「まぁそれはよかったですわね。兼一さんも私も着実にお友だちを増やしていますわ!」

 

 美羽が互いの友人が増えることに純粋に喜んでいる一方で、ケンイチは素直に美羽の交遊関係が広がったことを喜べないことに激しく自己嫌悪した。

 

 

 

 

「あら? 正門が開く音がしますわね。どなたかお帰りになられたのでしょうか」

「えぇ!? なぜっ、今日は皆さん夕方まで帰らないのに……」

 

 美羽の言う通りケンイチの耳にも正門の門が開く音が聞こえた。

 梁山泊の正門は恐ろしく巨大であり常人ではまず開けることは不可能なほどの重量を持っている。それが開いたと言うことはつまりケンイチのつかの間の安息が終了したことを意味していた。

 

 

「ちょいとよろしいですかい、梁山泊ってのは此方ですか?」

 

 しかし師匠を迎えるためしぶしぶ表に出たケンイチと美羽だったが門の外にはエンジンを軽やかに蒸かしている黒塗りのベンツが停められ側には見知らぬ男が立っていた。

 

 男はオールバックに整髪された髪に高級そうなスーツで身を包み胸元には【花山】と刻印された金バッチが光輝いており、明らかに男の普通ではない経歴を示していた。

 男はケンイチたちを見渡すとゆっくり近づき名刺を取り出した。

 

「私は花山組の木崎と申します。本日は此方にお住まいの方にご用がありまして参りました」

「なんのご用でしょうか?」

 

 美羽が警戒しながら男に尋ねた。

 

「いやなに、先日うちの若衆が梁山泊を名乗る人物に可愛がられましてね」

 

 ケンイチと美羽はいったい誰がそんなことをしたのかと言うよりも、彼らならあり得ると直ぐ様納得した。現に美羽自身もケンイチの目の前でヤクザを一蹴したことがありこの手のトラブルは梁山泊では日常茶飯事であった。

 

「まあ! つまりは道場破りですね?」

 

 美羽は笑顔で受け答えた。美羽の予想外の明るさに木崎は少し戸惑ったような顔をした。

 

「そ、そう解釈してもらうと此方もありがたい。私どもにもメンツがありますからね。お言葉に甘えさせて、道場破りをさせていただきたい」

 

 木崎の言っていることは明らかな返しであることはその筋の素人であるケンイチにも直ぐに分かった。

 

「みみ美羽さんヤバいですよ! ヤクザですよ! 絶対に逆鬼師匠かアパチャイさんがやっちゃったに違いありませんよ!」

「大丈夫ですよ。それにヤクザさんなら遠慮なくたくさん道場破り代を請求できますわ♪」

 

 現在進行形で梁山泊は貧窮に喘いでおり道場破りにも料金を課し貴重な収入源として重宝されていた。ちなみにまず間違いなく道場破りは無事では済まず、そのあとは剣星が経営している針灸院や秋雨の経営している接骨院に自動的に送られ治療代を更にふんだくる暴力団顔負けの悪辣なベルトコンベアが形成されている。

 

「では此方にお名前と道場破り代をこれほどお願いしますわ」

「え……名前? 道場破り代ですかい? し、しかも結構高いな……」

 

 木崎は戸惑いながらもペンと財布を取り出し万札を数えた。

 

「適正料金となっておりますわ♪」

 

 美羽は代金をホクホク顔で受け取りながらあっけらかんとヤクザ相手に吹っ掛けた。

 

「ま、まあよしとします。それでこの道場の先生はどちらに?」

 

「それが今は全員外出中でして、今日中には誰かは帰って来ると思いますわ」

「そうですかい。なら待たせてもらいますよ」

「いえ、ですので私か兼一さんがお相手致しますわ」

 

 木崎は目を開き美羽とケンイチを交互に二度三度見返し直後ニヤリと嘲笑した。

 

「お嬢さん、誤解しないでいただきたい。今回は一応道場破りの体を装っていますか我々は本気ですよ。子供の出る幕ではありません」

「私は子供ですが強いですわよ?」

 

 木崎はしょうがないと言った風な溜め息をつくと上着を開き内に備えた匕首を脅すように二人に見せつけた。

 

「これで、お分かりでしょう?」

 

「匕首ですか? でしたらしぐれさんが適当ですがあの方は多分今日は帰りませんし困りましたわ」

「美羽さ~~ん!!? おとなしく待ちましょうッ刃物コワイ刃物コワイ!」

 

 二人の全く正反対の反応に若干戸惑いながら木崎は兼一の方を向いた。

 

「やれやれ、そういうならそこの坊や。私と闘ってみるかい?」

「え!? 僕ゥ!?」

 

 突然の指名にケンイチは飛び上がった。

 

「女に手をあげる訳にはいかねぇからな。心配しなさんな、光ってる物は使わないよ」

「あ、ちょっとムカっですわ。兼一さん、ここはやはり私が」

 

 木崎の言葉に嘲られたと感じた美羽は一歩前に出た。

 

「わ、分かりました! ぼぼ僕が相手です!」

 

 美羽を危険な目に会わせたくない一心でケンイチは考えるよりも先に言葉が出てしまった。

 

「よーし。いいぞ坊や。なかなかの男だ」

 

 木崎もケンイチの男気に対して賛辞を送りもはやケンイチは逃げられる状況ではなかった。

 

「な、なら早速道場の方に……」

「お手間はかかせませんよ。ここで十分だ」

 

 木崎はケンイチたちがいる庭を指した。その目には確かな自信の色がケンイチに見えた。

 

「で、でも地面は危険ですよ?」

「ご心配なく……あたしらの日常は路上が戦場ですからね。下が土ならマシな方ですよ」

 

「……分かりました。では、ここでッ」

 

 ケンイチは戦闘の覚悟を決め構えた。ケンイチ自身も闘いの経験はあまりないが、ラグナレクの不良達との闘いは苦戦はすれどいまだ負けたことがないためそれなりの自信があった。

 

「ケンイチさん。落ち着いていつもの組手を思い出せば大丈夫ですわ」

 

 美羽もまたケンイチより遥かに見識を持っているため木崎が自分達より格下だと分かっていたからこそ、相手をすると名乗り出たのだ。木崎の体格は並み程度、殺気も無いことから匕首を振り回す危険も少ない、だとしたならば純粋な格闘になる。そうなればケンイチが負ける可能性は低いと美羽はこの時判断していた

 

「……あの、構えないんですか?」

 

 対する木崎は上着を脱ぎ手に持っただけで一切構えは取っていなかった。全くと言っていいほど闘志の欠片もケンイチは感じられなかった。

 

「ッッ来ないならこちらから行きますよ!」

 

 ケンイチは自分が見くびられてると思い怒りの拳を振るうため木崎に詰め寄る。ケンイチの逸った行動に美羽は嫌な予感を感じた

 

「あっ! 兼一さん、不用意に近づいては──」

「え? わわっ!?」

 

 木崎向けて突っ込んだ所に木崎は手に持っていた上着をケンイチ向けて頬り投げた。上着はケンイチの頭を覆い隠しケンイチは完全に木崎を見失ってしまった。

 

「ええいッ卑怯な! どこだ!?」

 

 直ぐに上着を払ったケンイチは美羽の前で恥をかかされたことに顔を赤くさせながらその元凶を探した。

 

「ケンイチさん! 後ろッ」

「喧嘩の途中で余所見はいけないな」

 

 美羽の叫びで咄嗟に振り返えろうとしたケンイチだったが其れよりも早く木崎の腕が後ろからケンイチの首をロックした。

 

「ぐっ!?」

「終わりだ坊や。スリーパーが極っちまったらタップするか気絶するかの2択だぜ?」

 

 ケンイチは朦朧とする意識の中で自分の不用意さに腹を立てていた。美羽の助言があったのにまんまと相手の手の内で踊らされてしまったことを激しく後悔しタップだけはするまいと誓うのがせめてもの抵抗だった。

 

「根性のある坊やだッしばらく寝てな!」

 

 木崎も手に感じる感覚から決してこの少年はギブアップするまいと悟り更に腕の締め付けを強めた。

 一気に脳に送られる血液量が減り視界がブラックアウトしかけるケンイチの脳内で梁山泊の師匠の一人である岬越寺秋雨とのある日の修行を思い出した。

 

 

 

『いいかね兼一君。完全に極ったスリーパーをほどくのは至難の技だ。だから我々はスリーパーは絶対にかけられないように気を付けるが君はまだ未熟だからそうはいかないだろう』

『岬越寺師匠、ではどうすればいいんですか?』

『なに、簡単だ。技を技で脱しようと思うから難しい。死にたくなければ時には技でなく、見苦しい行為も辞さないことさ』

 

 

 

 

 

「ぐわっ!?」

 

 突如木崎が鈍い悲鳴をあげケンイチのスリーパーをほどいた。

 

「て、てめぇ足を……」

 

 木崎の右足は革靴ごと鉄のスタンプを押したように潰れていた。ケンイチが意識を失う寸前の踵で力一杯踏みつけたのだ。

 

「なるほど……スリーパーで密着した相手の足を踏みつけて拘束を解く。加えて普段兼一さんは足腰を重点的に鍛えているからこそより強力な踏みつけが出来るのですね」

 

「さっきはよくもやってくれたな~喰らえ! 山突き! カウロイ!」

 

「ぐっはッー!?」

 

 ケンイチの連撃をまともに喰らい木崎は鼻や口から血を流しながらその場に倒れた

 

「やりましたわ! 兼一さんの勝利ですわ」

「う、うおお! すごい! 僕、ヤクザに勝ったぞ~~ッ」

 

 

 その時、黒塗りのベンツのドアが開いた。その音に木崎が気づくと鼻から垂れた血を高級スーツで気にも止めず急いで拭いダメージで震える足をなんとか引き立てその場で礼をした。

 

「に、2代目ッッ!」

 

「うげ!? なんだこの人……ッ」

 

 

 

 

 ─────大きな漢だった──────

 

 その漢は一目で圧倒的な存在感を見るものに与えていた。真っ白な特大のスーツに高級革靴をそつなく着こなし金バッチを胸につけている様は木崎と同じく反社会的人間であると分かる。しかし明らかに同格ではなかった。

 眼鏡越しの鋭い眼光は、迂闊な質問を挟ませない。身の丈は風林寺隼人にも負けず巨大であり、スーツの下にあるであろう濃密な肉体をありありと主張させていた。

 だがしかし、この漢の最も端的な特徴はまだあった。

 

 

 ─────────(キズ)──────────

 

 

 一度それを見た者を怯ませずにはいられない程の深く大きく刻まれた無数の切創。

 

 左額から右頬に向けて一閃。

 右顳顬から口元を縦断し左頬に向けて一閃。

 

 とりわけ漢の顔面に走る2本の疵がケンイチと美羽の視線を集めていた。

 

 

 文句のつけようのない、巨漢であった。

 

 

 

「……申し訳ありません、2代目」

「な、何ですか! 貴方も道場破りですか!?」

 

 ケンイチは新たに現れたヤクザにも果敢に構えを取った。しかしケンイチには見えていなかった。

 

「兼一さん……ッッ、その方から離れてください……!」

 

 美羽はその漢を見た瞬間に悟っていた。ケンイチには見えていないもの、感じていないものを察知していた。目の前の巨漢から感じられる力とケンイチとの力の差、そして────

 

 

 

 ────己との圧倒的戦力差を……! 

 

 

 目の前に現れるまで美羽が気づかないほど静かな、とても静かな、およそ漢の見た目からは信じられないほど静かな気であった。

 だがしかしその内に秘める気は漢の全身から放たれ美羽の皮膚を刺していた。それは梁山泊の豪傑たちとも遜色ないほどであると、美羽の直感は告げていた。

 

「にッ2代目!」

 

 興味のないように踵を返しベンツに戻る巨漢を慌てて木崎が止めに入る姿を見て美羽は内心ホッとした。もしこの漢が自分達に牙を剥いたらとても助かりはしない。そんな想像が頭を過っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「まぁそう言わずゆっくりしていってくれたまえ、ヤクザ君たち?」

 

 

 

 

 

 

 

 背後からかけられた言葉にヤクザたちが振り返ると巨漢の前には梁山泊の豪傑が一人、岬越寺 秋雨が立っていた。

 

「岬越寺先生!」

「秋雨さん!」

 

 救世主の登場に安堵の声を漏らすケンイチたちとは対極に、木崎と巨漢は秋雨を睨み付けていた。だが、木崎は怒りに燃える表情をするも巨漢のほうは驚きとどこか嬉しげな表情をしており、二人が秋雨向ける感情はまるで別物だった。

 

「いや~すまないね。忘れ物を取りに帰ってみればなんとも不穏な状況だ。それにこの大男君は兼一君や美羽では歯が立たないだろうしね」

 

「2代目! こいつです! このヒゲが若い衆を病院送りにした野郎ですッッ」

 

 木崎が秋雨を指差し叫ぶ。だが巨漢はそんな木崎の言葉を聞いていないのか秋雨の顔をただ一点に見続けた。

 

「ヒゲ……まあいい。原因は3日前のあれだね。彼らにはすまないことをしたと思ってはいるが私はヤクザが嫌いでね。つい虐めたくなって────」

 

「おんどりゃぁぁぁッッ!」

 

 秋雨の挑発のような弁明に激昂した木崎は匕首をスーツから取り出し秋雨向かって突き立てた。

 

「おっと、危ないね」

 

 匕首が秋雨の腹部に到達するかしないかと言った距離で秋雨は一歩だけに前に進んだ。すると不思議なことに木崎の匕首は秋雨の真横を通りすぎた。

 

「兼一君や美羽にそれを使わなかったのは誉めてあげるが君にもお仕置きだよ」

 

 木崎が秋雨の声に反応して振り返るとそこに秋雨はいなかった。

 

「喧嘩の途中で余所見はいけないな」

 

 真下で発せられた声に視線を下に向けた木崎の意識は秋雨の目にも留まらぬ速さで繰り出された顎へのアッパーカットによって脳から弾き出され、衝撃によって身体が一瞬宙に浮いた後にわざわざ顔面に添えられた秋雨の掌底によってそのままの勢いで地面に叩きつけられ木崎の意識は地に溶けた。

 

「うわぁぁ! 大丈夫ですか木崎さーん!?」

 

 ケンイチは秋雨の心配よりも先にものの数秒で地面に沈みこんだ木崎の状態を危ぶんだ。梁山泊の豪傑たちはその気がなくとも普段の日常でこういった犠牲者を量産し続けているからだ。加えて今回はその中でも比較的にまともな秋雨が唯一積極的に力を行使するヤクザが相手でありケンイチは先程まで感じていたヤクザに対する恐怖が一転して彼らに同情した。

 

「大丈夫さ兼一君、死んじゃいない。確かにいつもよりやり過ぎたのは認めるよ。彼が君にした仕打ちに怒りが沸いてしまったからね」

「……」

 

 秋雨は巨漢に向き直る。巨漢は依然として無言だが先程までズボンのポケットに入れていた両手を出していた。

 

「君のその姿。多くの人が勘違いをするだろうが私には判る。賭けてもいい。君は間違いなく未成年だ」

 

 秋雨の発言はケンイチと美羽に衝撃を与えた。

 

「そ、そんなバカなですわ! どう見たってこの方は──」

「そ、そ、そ、そうですよ! こんな未成年いるわけ無いじゃないですか!?」

 

「いや、私の観察眼は達人並みだ。疵や服で見にくいがその肌の色艶やハリからして17から19辺りだろう。間違っても20代ではないと断言できる」

 

 ケンイチと美羽の戸惑いは至極当然の反応だった。

 

 ケンイチは目の前に佇む巨漢の容姿や立ち振舞いからは幼さなどどこにも感じられず酒やタバコも禁止されている人間の風貌とは思えなかった。

 美羽もまたケンイチ同様に驚いていたが、ケンイチとは違い単に容姿と年齢の差に驚いているだけではなかった。巨漢の手は巨漢の顔面と同じく疵が走っていたがそれ以上にその手から醸し出される力の密度に驚愕していた。美羽の目に写る巨漢の手はまるで何十年も武術の修行に明け暮れた達人の手に見えており、それが自分とさほど年の変わらない10代だということに同じ武を志す身として信じたくなかった。

 

「そんな少年をヤクザに引き入れ認めているこの男にはキツイお灸を据えなければならないと思ったのだよ」

 

 岬越寺秋雨は文武両道の達人であると共にたぐいまれな人格者であった。その心は正義に満ち、子供や平和を愛しそれを守るためならば自分の命を危険にさらしてでも守りぬく。そんな男であったからこそ目の前に立つ少年が哀れでならなかった。そんな少年をヤクザにしてしまった世間に、木崎に、少年の家族に、少年自身に、そしてそれを見過ごしていた自分に義憤を感じていた。

 

「いまからでも遅くない、そんなバッチは無用の長物だ。その見に余る力をもっと善いことに使いなさい。必要なら私が力になるよ」

 

 秋雨は巨漢の前に自分の手を差し出した。

 

「……お嬢さん」

「は、はいですわ?」

 

 しかしそんな秋雨には目もくれず巨漢は開口一番に美羽に近寄った。

 

「生憎持ち合わせがこれしかないが道場破り代だ。よろしく頼む」

「へ?」

 

 巨漢はズボンのポケットから長財布を取り出し財布ごと美羽の手に握らせた。美羽は財布の分厚さと重さで明らかに束が入っていることを掌で感じ口を開けたまま固まってしまった。

 

「岬越寺さん、と言うわけです。道場破り……させてもらいます」

 

 巨漢は岬越寺の前で拳を握り締め構えたが、その構えにケンイチは驚いた。

 

「な、なんだあの構えは? あれじゃ胴ががら空きだぞ」

 

 ケンイチは巨漢の構えを見たことがなかった。それもそのはずで巨漢の構えは両の拳を高く振り上げた極端なアップライトであり完全に胴のガードがされていなかった。

 

「臨時収入は嬉しいことだが子供を痛め付ける趣味は私には────」

 

 その起こりをケンイチは全く捉えることが出来なかったがかろうじて美羽は捉えていた。

 

 会話の途中で放たれた巨漢の拳。それに両の手を添える秋雨。

 ここまでが美羽に見えたものだったがその次からは美羽もケンイチにも見えた。

 

 秋雨は元いたはずの場所から数十メートル離れた場所に立ち、対する巨漢は秋雨に振り下ろした右拳をじっと見つめていた。

 

「ふぅ……すごいパンチだ。あまりの衝撃につい手首を外してしまったよ」

 

 秋雨の言葉通り巨漢の右手は不自然な形で曲がっており内から皮膚を押し上げる骨の隆起が見てとれた。

 

「す……ごい。でもなにが起こったんだ?」

「流石ですわ。あの大男さんの尋常ではないスピードの攻撃に秋雨さんは合わせたんですわ」

「合わせた?」

「回避するのではなくあえて当たり両手の絶妙な力のコントロールをもってしてダメージとなりえる衝撃を逃がし同時に関節を外す。まさしく武……ですわ」

 

 ケンイチも美羽も秋雨の実力を少なからず知っているがそれでも眼前で起こった絶技を前にして感動を覚えずにはいられなかった。

 

「勝負あり、ですわね。いくら相手の方もお強くても秋雨さん相手に片腕では敵いませんわ」

 

 勝敗が決し弛緩した空気が漂った美羽とケンイチだったが、巨漢が行った行為に戦慄した。

 

 それはまるで列車の連結作業のような鈍く大きな音だった。

 

 巨漢は自分の左手で右手首を正常な場所に収めてしまった。

 

「うげっ!? あの人力ずくで関節を戻しちゃったよ!」

「そ、想像したくもありませんわ。タフな方ですわね」

 

 その大胆さには秋雨も感心していた。

 

「ふむ、素晴らしい精神力だ。だが接骨医としてはその応急措置はおすすめできないね。無理矢理やっては軟骨や神経を傷つけてしまう」

 

「やっぱり強ぇなァ……岬越寺さんよ、昔のまんまだぜ」

「どういう意味だい? 君は私を知っているかい」

「あんたとは知り合いだ。初対面じゃねぇ、親父もあんたに会いたがってたよ」

 

「親父? ……2代目……ヤクザ……花山……まっまさか君はッ──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは私が彼女の父を殺してしまった為身寄りをうしなってしまったしぐれを引き取り香坂殿に預けたすぐ後のことだった。当時の私は深い自責の念に駆られていた。そんな時、ある暴力団とトラブルになり私はその組の組長の家に話し合いをしに行ったのだがいつの間にか殺し合いになってしまった。

 

「かかってこんかァッ!」

 

 その組長、花山 景三(はなやまけいぞう)氏には一人息子がいた。話し合いの場でそれを知った私はしぐれの父のこともあり未熟にも怒りを抑えられなかった。

 

 しぐれの父は闇の刀鍛冶だった。深い山の中で天涯孤独のしぐれを拾い娘として育て父娘二人それなりに幸せに暮らしていたが、彼は重い病を患ってたいた。自分の死期を悟っていた彼は娘に闇に染まった男の無惨な最期を自分の命をもってして教えようとしていた不器用な愛を持つ男だった。私はそんな彼の思い描く最期を飾る人間に選ばれてしまった。結果的に私は彼を殺してしまいしぐれからたった一人の家族を奪ってしまった。あのとき、崖から落ちていった彼の顔は今でも時折夢に出てくる。父を失ったとしった時のしぐれの涙も私は忘れることが出来なかった。

 そんなこともあってか、私は花山氏の自宅に訪れた際にご自身と家族のために引退を、と花山氏を説得しようとして彼の逆鱗に触れてしまい殺し合いになってしまった。

 

「子供の前で父を殺すのはもう沢山だよ」

 

 花山氏は強い男だった。武術家ではなかったが、もし武術を志していたのなら達人になれたであろうと思うほどの気迫を持つ人物だった。

 とは言えやはり私の敵ではなく勝負にもなりはしなかった。

 

「見逃す気かッ」

「ヤクザは嫌いでね。だが子供は関係ない。幼い子供から父を取り上げるのも不憫だ。その子をヤクザにさせないと誓うならば警察に連行はすまい」

 

 まだ若く未熟な私の行いは愚かな独り善がりの偽善だったが、この時の私はそれが正しいと思っていた。生きていればこそ、それが父と子の為だと強迫観念にも似た衝動が私の背を押していた。

 

「……そいつは出来ない相談だ」

「なに?」

「ヤクザってぇのはな、誰でもなれる。だが男を立て続けることは誰にもできることじゃねぇ。そうさ、ヤクザはさせるもんじゃない。テメぇで勝手になっちまうのさ。特に花山家の漢はな」

「呆れ果てた男だな貴方は。そんな詭弁で己の命や息子の人生を散らすつもりですか?」

 

 花山氏はそんな私の脅しなどで心を揺らしはしなかった。そればかりか圧倒的な実力差がありながらも私を真っ直ぐに見つめ自分の考えを堂々と述べた。

 

「ん?」

 

 私の足元に少年が近寄ってきた。しぐれと似たまだ幼い少年だった。

 少年は倒れ付した父を見下ろす私の前に立ちはだかり私の足を予想以上に力強く殴った。

 

「ははッすっこんでろとさ。ありがとよ。でもこっからは父ちゃんの役目だ」

 

 花山氏は少年を抱き抱えると自身の背においた。

 彼は長ドスを抜き上着を脱ぎさり私に背を向けると彼の背中には大きな刺青が描かれていた。

 

「こいつぁ侠客立ち(おとこだち)ってんだ。花山家の男子に受け継がれる男の鏡さ」

「……芸術的センスは感じるがそれがなんだというのかね。ヤクザの脅しの道具にされるとは絵が哀れだ」

「カタギのあんたにゃそう見えるだろうな。だがいいんだ。他人に分かってもらう必要はない。この背中の侠客を俺たちはずっと目指してきたんだからな」 

「君たちヤクザは度々侠客を騙る。だがそれは大抵自分の暴力を正当化させるための方便に過ぎない。そんな輩を私は何人も見てきた」

「耳が痛ぇ。そうさ、任侠、侠客、極道、ヤクザ、だがどんなに取り繕っても所詮俺たちは暴力団だ。だがな……この背中のような漢もいるってことは俺が示さねぇとならねぇ。その為に生きてる馬鹿たちが大勢いたってことを示さねぇとならねぇ。俺がその様を受け継いでると示さねぇとならねぇ……!」

 

 花山氏の気迫は鬼気迫る勢いだった。この時点で既に片足と片腕は少なくともまともに使えないようにしていたのだがそんな負傷は気にも止めず両腕を高く大きく広げ仁王立ちをしていた。まるで背中の男が乗り移っているかのような錯覚さえ覚えた。

 

「方便極まるだな。馬鹿なことを言ってないで真面目に働きたまえ。その有り余る力を世のため人のために使わないのは何故か。私利私欲に走っているからだよ」

 

「その馬鹿に俺らは命張ってンだよッ!!」

 

 

 決着は直ぐについた。

 手配した救急車と警察に連行される花山氏を見送るまで1人残された彼の息子が私を穴が開くほど見続けていた。

 

「君のお父さんはしばらく帰っては来ないだろう。私を恨むなら……」

 

 きっと父を連れていかれ不安なのだろうと早合点した私は少年を安心させようとしたが、少年の瞳に不安や恐怖の色は何処にも無かった。

 

(なんだこの子は? まったく動揺していない。いやそれどころかこれではまるで……無? ……バカなッ……この若さで!?)

 

 唖然とした。少年に近づいて初めて感じたが彼から発せられる気は達人も呼ばれる武人たちとまるで遜色がなかった。そればかりか武術を極め達人に至ったと思える自分でも未だに至ることが出来ない無の境地にこの少年は至っていたのだ。

 この年端もいかない無垢な少年が! 

 

「おじさんの名前……」

 

 冷静な声色だった。少年は私に恨み言を言うわけでもなくただ一言、私の名を尋ねた。

 

「…………岬越寺 秋雨だよ。よかったら君の名前を教えてもらってもいいかな?」

 

 知りたいと思ってしまった。花山氏の息子の名を、この純粋な少年の名を、遥か巨大な可能性を秘めた男の名を。

 

「……僕の名前は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───花山 薫(はなやまかおる)です」

 

 秋雨の回想は巨漢、もとい花山の名乗りで終わりを告げた。

 秋雨は改めて眼前の見た。あの記憶の中の幼かった少年がこれほどまでの男に成長していたことなんとも言えない感動が涌き出ていた。

 

「おおきく……本当に大きくなったのだな、花山君」

「いつぞやはどうも。カリ……返しにきやした」

「そうか……あの時の少年がこれほど逞しくなるとは……立派な男になった。しかし君はお父さんの道を追っていってしまったようだね。実に残念だ」

 

「全力で……いかせていただきます……!」

 

 花山の構えにその場の誰もが目を疑った。

 

「ほ、砲丸投げ?」

「あれでは到底防御などできませんわね……はなから捨てているのですわ」

 

 花山は上体を大きく後方に移動させ拳を握り振りかぶった。その姿はケンイチが思ったようにさながら砲丸やハンマー投げの動作であり間違っても武術の試合でする構えではなかった。

 

「その構えにこれまでの所作……君は武術の素人だね花山君」

 

「え!? うっそォ!」

 

 ここに来てさすがのケンイチも花山が当然何かの武術の達人であると思っていただけに秋雨の指摘でそも素人だとは信じられなかった。

 

「私もまさかとは思っていましたが……おそらく本当ですわ」

 

「君の筋肉……僅かだが触れて分かった。マッスルトレーニングや薬物などで作られた不自然な発達は一切見受けられない。全身が異常なほどにナチュラルな成長発達の筋肉で覆われている。おまけに筋肉以上に鍛練しづらい骨格も人並外れている。その肉体……パワーは言うに及ばないがスピードも顕著だ。唯一スタミナが今一つだが総合的に評価すれば君の身体能力はとっくに達人級(マスタークラス)だ」

 

 秋雨は妙に納得していた。あの花山氏の息子ならばそれも当然なのかも……そんな馬鹿な理論でも、花山氏ならばと思えるほどの男だった。

 

「ならば私も全力でもってして相手をしよう……!」

 

 秋雨が上着を脱ぐとそこには筋肉の鎧があった。

 

 小柄な筋肉だった。だがそれは秋雨が独自の理論とトレーニングによって神からスピードとスタミナをそっくりそのまま頂いた彼の人生の結晶だった。

 その肉体は指一本で鉄柱を曲げ100㎏を超える地蔵を振り回す。そこから繰り出される投げは人智を越え、地面に叩きつけられる前に遠心力で脳の血液が減りブラックアウトしてしまうとされている。

 

「……いきます」

「正直だな君は」

 

 

 

 秋雨のプランは既に完成していた。おそらくまず間違いなく放たれるであろう花山の右拳。それを回避するのはそう難しくない。だがあの巨体では当身や締め技はおそらく不可能。それならばそれこその柔術である。巨体の大きなものを小さいものが制する。これを秋雨は何十年も研鑽しいつしか達人と呼ばれるようになったのだ。

 

 直後、花山の拳が放たれる。先程の拳よりも数倍速いスピード、だが決して捌けない速さではなかった。

 

 ────捕れる! 花山の拳に触れた瞬間秋雨は確信した。

 

 

 

「ッッッ!??」

 

 

 顔よりも大きな花山の拳が秋雨の両手ごと顔面を打ち抜きそのまま梁山泊の母屋まで吹き飛びまるで10トントラックが衝突したようなその光景を見たケンイチは秋雨が死んだと思った。

 

 

「はは…………ッッ! 効いたよっ……」

 

 

 だが秋雨は死んではいなかった。口元から出血しながらも瓦礫から立ち上がった。

 

「完璧に捕らえた……はずだった。いや、確かに捕らえることはできた。タイミングを合わせ、拳に触れ、拳を掴んだ。だが受け流すことは出来ず。人としてそんな君の成長を喜ぶべきか……それとも柔術家として己の未熟を恥じるべきか……おそらく、両方なのだろうね」

 

「……まだ、やるかい」

 

「勿論だとも、弟子の前でいつまでも不覚は取れない。それに、こんな素晴らしい試合を終わらせるなんてあり得ないさ」

 

 

 

 ケンイチは後に梁山泊の師匠たちに語った。

 

 二人はこの時、確かに笑っていたと。

 

 

 

 花山は再びあの構えを取る。心なしか先程よりも更に深く、重く、大きな構えだった。

 

「私が悪人ならどうするつもりだい。本当に純粋だな君は」

 

 共に間合いに入った両名。制空圏がどうこうと言うレベルではない程、花山ににじり寄る秋雨の姿にケンイチも美羽は生きた心地がしなかった。

 

 二人の気がぶつかり、混ざり、溶け合うほど接近し、秋雨がもう一歩踏み出すと、

 

 

 

 

 花山が動いた。

 

 信──────

 

 花山の拳が秋雨の左顎を捉えるが秋雨は動かない。

 

 ────て───

 

 秋雨の左顎に花山の拳が完全に当たり衝撃で下顎がズレルも秋雨はまだ動かない。

 

 ──たよっ─────

 

 ついに秋雨が動いた。首をコロのように回転させると同時に体全体も回転させ拳をいなすとそれまで花山の内にいた秋雨は一瞬にして外側に回った。そして右脇で花山の右手を、掌で右肘をガッチリと掴み、左肩を花山の右脇に入れ込んだ。

 

 この間、1秒未満。

 

 ────山──君っ───

 

 

「セイヤァァァァッッ!!!」

 

 ケンイチも美羽も聞いたことがない程に大きな秋雨の掛け声と共に秋雨は花山の拳の勢いと一体となり右手ごと

 花山を投げた。

 160キロを優に超える花山を投げるためか秋雨は足を大地にしっかりと根を張り腕は血管を浮かび上がらせるほど力ませ全身の筋肉を総動員させた。

 

 

 

 花山は何が起こったのかまだ分からなかった。完璧にアジャストしたはずの拳は当の秋雨を喪失し、気付けは何故か秋雨は己の右腕と同化していたのだから。

 それまで大地を踏みしめていた両足は宙をばたつかせ、平行だった目線はいつの間にか地面を、と思ったら次の瞬間には空を映していた。

 

 投げられた。

 

 その事実に花山が気づいたのは、それから5分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のネオンが煌めく都内の何処かのバー。そこに岬越寺 秋雨と花山 薫は共にカウンターに座っていた。

 二人の前に置かれたワイルドターキーの入ったグラス、秋雨は水割りをちびちびと呑んでいたが花山はオンザロックを難なく一気にあおった。花山がグラスを置くと秋雨が語りだした。

 

「そうか、私のしたことは結局君や君のお母上から父親を取り上げてしまっただけだったのだな……」

 

 花山 薫の父、花山 景三は秋雨と出会った後まもなく敵対組織との抗争で命を落とした。花山の母も4年前に癌でなくなっていたことを秋雨は花山の口から聞き、改めて自身の過去の行いを悔いた。

 

「どうか……お顔を上げてくんなせぇ。俺も親父も恨んじゃいません。それに親父もよく俺に言ってました、いい喧嘩だったと」

 

 対して花山は言葉通り怒りも悲しみも見せず秋雨を気づかった。その瞳は優しさに溢れていた。

 

「……ありがとう。花山君」

 

 秋雨はターキーのグラスを一気に飲み干すと、囁くように呟いた。

 

「今度……トーナメントにでやす」

「徳川殿のかね?」

「はい」

「無事ではすまないよ」

「覚悟の上です」

「……そうか。応援しているよ」

 

 

 

 それから他愛なない会話を続けターキーのボトルが空になる頃、秋雨が立ち上がった。

 

「そろそろおいとまさせてもらうよ。これ以上未成年の飲酒を容認するのもどうかと思うしね」

「そうですかい……また会いましょう」

「そうだね。なら今度会ったときお願いがあるのだが……」

「なんですかい?」

 

 秋雨はアルコールで赤くなった顔がまた少し赤くなった。

 

「……気絶した君を介抱した際に見たよ、その背中。本当はお父上の時から一目見て惚れていた。美しい絵だ。今度模写させてくれないか」

 

 どんな願いが来るのか気になっていた花山もこれには笑ってしまった。

 

「……ああ、いいですぜ。秋雨さん」

 

 

 




今後も宇喜田が表紙グラビアだけの回は多々あると思います。

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