公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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武田ってもし女だったら宇喜田の最有力彼女候補になってたと思うんですよね。武田が惚れる要素しかないと思うんですよね。
そうでなければ兼一のハーレム候補でしょうね。


ケンイチVS武田!

「ボクも昔は今の君のように自分の身を省みず友人を助けに行ったものだよ。だけどね、いつだってそんなお人好しは損をするもんさ」

 

 武田は自分の過去を兼一に話した。

 彼は元々は将来を有望されたプロボクサーだった。だが大事な試合の前日不良グループに絡まれた唯一無二の親友と思っていた相手を助けるために拳を振るい結果として武田は試合に出られずその親友とも疎遠になり今の不良生活になったことを。

 

「能書きはもういい。兼一君、ボクは元プロボクサーだ。だからこの闘いではハンデとして左腕は使わない。この右手一本で闘おうじゃないか」

 

 宣言通り武田は右腕だけで構え左腕はハンドポケットのままであった。

 

「それとも、やっぱり降参するかぁい? ボクとしてはキミをラグナレクのキサラ様に引き合わせれば別に構わないからね」

 

「ボクには最強の師匠たちがついています。たとえボクサーが相手でも勝負を捨てたりなんかしません!」

 

 武田の明らかな格下に対する侮蔑に兼一も闘志に火がついた。この少年の非凡な才能は武術の才能ではなく、その諦めない信念にこそあった。

 

「最強……ね。その中にボクシングの師匠はいるかい?」

「いませんがそれがなにかっ!」

「だったら決まりだ。君にボクは倒せない」

「な、何故そんなことが分かるんですか!」

「決まってるじゃないか。ボクシングこそが最強の格闘技だからさッ」

 

 言うが早いか武田は兼一の顎めがけてストレートを見舞う。

 

 当たればそのまま顎を砕きかねない威力の右ストレートで武田は何人もの不良を屠ってきた。

 

 だがケンイチも負けていなかった。

 ケンイチは己の両手を胸元に構え繰り出された武田のストレートをギリギリまで引き付ける。

 

 いったいどうする? そんな疑問を持った武田だったが自分のストレートに余程の自信があった為構わず殴り抜ける。

 

「シッ」

 

 かけ声と共にケンイチは右手を中段受けの構えから開手し、手のひらを上に向ける。

 

 左手は、開手のまま手の甲を右ひじの下にそろえる。

 

 右手はひじを基点として内側に下げ掌を相手の方へ向け、

 

 親指側手首でストレートを受けると同時に左手は外側を通して右手と交差させた。

 

 

「なに!?」

 

 武田の目にはケンイチの両手がさながら円の如く回転して自分の絶対のストレートがいなされたように見えた。

 

「僕は毎日毎日最強の師匠たちから地獄のような修行を生き抜いているんです! あなたのボクシングにだって負けません!!」

「驚いたね、今のは空手の回し受けかぁい? 中々の出来映えじゃない。でもね……」

「何を減らず口を……ぐふっ!?」

 

 途端にケンイチはその場に膝をついた。

 

「顔面をガードすることに手一杯でボディーががらあきじゃない。ボクのストレートはオ・ト・リさ」

 

 武田は自分の右ストレートが無効果されることにその桁外れの動体視力で当のケンイチよりも先に理解していた。故に渾身のストレートがケンイチの回し受けに払われた瞬間即座に追撃のスイッチに切り替えボディーブローをおみまったのだ。驚くべきはその切り返しの速さ、ケンイチの目には最初のストレートしか見えてはいなかった。

 

「君もどうやら空手の他にも色々と武術を習っているようだね。だが不幸にもボクシングの師匠には出会わなかったようだ。お気の毒だね。打たせずに打つ。こんなシンプルで奥の深いゲームを150年以上も続けているボクシングの成長スピードは君の使う古くさい武術の比じゃないよ」

「くっ……」

 

 正確に胃を打ち抜かれたケンイチは未だそのダメージに苦悶し立ち上がれないでいた。そして肉体的苦痛もさることながら完璧に防いだと思った攻撃をパンチのスピード、つまりケンイチが毎日血反吐を吐く思いで培った技術を速さだけで突破されたことに激しく動揺していた。

 

「シックス、セブン……おやおや、この喧嘩はテンカウントでも敗けだよ? もう決着かい?」

「う、うおおおおおお!」

 

 ケンイチは立ち上がった。込み上げる胃の内容物を無理やり押し戻し震える足でなんとか立ち上がった。

 

「タフだねぇ~♪ そのまま寝ていたいだろうに」

「僕たちは勝負をしているんです! 決着をつけなければ終われない!!」

 

「……なるほど、メンタルだけは一流ボクサーか。その通りだケンイチ君。たとえ歯が折れようとも顎が砕けようとも倒れない、勝つまでリングに立ち続けてこそ真の戦士だ!!」

 

「……武田さん、あなたやっぱりボクシングを続けたいんじゃないですか?」

「なに?」

「あなたの目はただ無意味に人を痛めつける目じゃない。ボクシングを心底楽しんでいる人の目です」

 

 武田は舌打ちをして右手を上げ再び構えを取った。

 

「ボクも暇じゃない。そろそろ決めさせてもらうよ。兼一君……格闘技最速の技はなんだか知ってるかい?」

 

「最……速ですか?」

 

 急に聞かれたケンイチの口は答え出せない。

 

「フフ……飛燕(ひえん)音速(マッハ)稲妻(いなづま)、往年……格闘技には様々な異名がある。確かにこれらはその名に恥じない威力やスピードを持っているんだろう。けどね……可笑しいのはこれらの技は決して比喩と同等の速さも威力も無いってことさ。素人相手ならまだしもプロどうしならそう易々と喰らわないし効かない。だから君たち格闘家は工夫を凝らせたフェイントで相手の気を逸らそうとする。辛抱強く地味な攻撃で効果を待とうとする。結果訪れる意識の混濁によって初めてさっき挙げた比喩がようやく効果を発揮するんだよ。ボクシングがいい例さ。ボクたちはいつだって形容される比喩以下なのさ。あの無敵を誇ったアイアンマイケルも(アイアン)より強くはない。ファントムと呼ばれたボクシングの神、モハメド・アライのストレートだってスローカメラにはしっかり捉えられている。ところがだ兼一君、()()()()()()()()()()

 

 武田は話しながらケンイチとの距離を徐々に詰めてくる。そして二人の距離が五メートルほどの場所で足を止めた。

 

命中る(あた)。来ると分かり身構えていても、備えていても、思わず喰らう。たとえボクシング世界ヘヴィ級チャンピオンでもその技を喰らう前提でリングに上がる」

 

 ケンイチはどんな技が自分に繰り出されるのか分からなかったが武田の握り締める右拳から醸される不気味さは感じ取っていた。

 

「今から兼一君にそれを教えてあげよう」

 

「く、来るなら来てみろ!」

 

 ケンイチはガードを上げ急所である頭部と顎を保護すると共に両足はいつでも回避できるように意識を巡らせ両目はどんな動きも見逃さないよう神経を研ぎ澄まさせた。

 

 

「その技とは──」

 

 

 この時ケンイチはハッキリと見た。針の先も見逃さないと己に誓った筈の両の眼で、武田の右手が消える瞬間を映した。

 

 

「──ぶっ!??」

 

 

 鼻っ柱が一瞬陥没するほど速く重い衝撃を受けたケンイチはサッと鼻血が飛び散るのを押さえながらよろよろと後ろに下がる。

 

 

 

 

 

 

「──答えはジャブ。分かったところでもう遅い」

 

 

 

 

 

 

 空気を切るような音共にケンイチを襲った拳撃。それは武田が放った一発のジャブだった。

 

 

「どうだい兼一君。近代武術格闘技における最速の技の味は?」

「これがジャブですか……たしか、空手における刻み(きざ)突き。まるで見えなかったです……」

 

「それがジャブさ。いろんな条件が揃ってやっと効果が発揮される他の格闘技の技と違ってジャブに求められるのは速度のみ。無条件で、堂々の正面突破。まさに男の技だよ」

 

 脳裏に思い起こされるのは師の一人である逆鬼 志緒(さかきしお)との修行だった。

 

 

「いいか兼一! 刻み突きってーのはつまりジャブだ。こいつを身につけた奴はボクシングや日本拳法でも優勝かっさらっちまうくらい強ぇ!」

 

 逆鬼がケンイチの前でジャブを行う。残像すら見えない突きがケンイチの顎、喉、心臓の三点を瞬く間に突いた。

 

「うわっ!? なるほど……でもなぜそれほど有効な技なんですか?」

「いい目の付け所だ。こいつの要はスピードだ。むしろそれしかねぇ。腰の回転を犠牲にして産み出した腕だけを使った早突きは容易に人間の動体視力を超えちまうのさ」

「すごいですね……弱点はあるんですか?」

「これといった弱点はない。あえて言えば普通の突きより威力が劣るところだが本物が打つジャブは大の男を打ちのめすのに十分だ! ま、俺の場合は構わず正拳突きで一発だがな! ガハハハ!」

 

 

 ケンイチの回想はジャブを喰らった鼻っ柱の痛みで現実に引き戻された。

 

「ほら、またいくよ?」

 

「くっ!」

 

 ケンイチはより目を凝らして武田のジャブを見切ろうとするがまたもケンイチの視界から武田の右手が完全に消えた。

 

「グハッ!?」

「おやおや、また喰らってしまったね」

 

「はぁ……はぁ……ぐっ、見えない……ッ」

 

 武田の言う通りまたも何の対処もできずにケンイチはジャブをもらってしまった。左頬にクリーンヒットしたジャブは口腔内を血で満たし脳を揺らした。

 

「恥じることはないよ。プロボクサーのジャブは人間の動体視力を凌駕する。そも避けるなんてことはできないのさ」

 

 とうとう武田は構えていた腕を下げ握手をするように手を差し出した。

 

「兼一君、ギブアップをおすすめするよ。考えてみるんだ。ボクがその気になれば今のジャブを一瞬で君にダース単位で叩き込める。本物のヘヴィ級が繰り出すジャブは空手の正拳突きに匹敵するんだよ。ちなみにボクのウエイトはライト級だけど破壊力はヘヴィ級だよ♥️」

 

 口の中の血の味を噛み締めながらケンイチはこのジャブの打開策を朦朧とした意識で模索する。

 

 

 

 

 

『ドラえも~~~ん!』

 

 ケンイチはある日梁山泊に駆け込んだ。

 

『やれやれ。兼一君今度はどうしたのだね』

『それが僕、今度はボクサーに目をつけられてしまってぇ~~殺されちゃいますよ!』

 

 迎えた秋雨に鬼気迫る顔で窮地を説明するケンイチだが秋雨以下他の師たちも普段通り冷静だった。

 

『なんだ兼一なさけねぇな。ボクサーの一人や二人ぶっ飛ばしちまいな!』

『それが出来れば苦労しませんよ~~。何か僕に技を教えてください! 相手がボクサーでも倒せる一撃必殺の技を!』

『ふむ……一撃必殺と言うことはつまり、相手を一撃で必ず殺す技と言うことだね?』

 

 秋雨が眼光が鋭く光った。

 

『え" いや、なるべく殺さない一撃必殺を教えてください……』

『難儀な願いだな兼一君』

 

 その威圧にすっかり当てられたケンイチは茹でた青菜のように縮こまってしまう。

 

『ホッホッホッ苦心しておるようじゃのう兼ちゃんや』

『長老!』

 

 ケンイチが苦心していると障子の向こうから梁山泊長老風林寺隼人が現れた。

 

『武術は何も一撃必殺だけじゃないぞ。それを証明するために、ほれアパチャイ。今日から兼ちゃんにあれをミッチリ教えてあげなさい』

『アパ、わかったよ! 血のションベンとまらなくなるまでシゴクよ!!』

 

 長老に指名された裏ムエタイの死神は無邪気な笑みを浮かべて全力疾走でその場から逃げようとするケンイチの胸ぐらを掴み庭先に引きずっていった。

 

 

 

 

「ギィヤァァァァァ!」

 

「ど、どうしたんだい? 突然悲鳴なんかあげて……」

 

 突然叫び声あげたと思えば怯えるように頭を抱えぶつぶつと何かを呟き続けるケンイチに武田は警戒して距離をとる。

 

「来ないならこれでKOだよッッ──」

 

 うずくまるケンイチに戦意ゼロと感じた武田は止めのパンチを見舞おうと一気に距離を詰める。

 だが完全に潰えたと思ったケンイチの戦意が武田の近づく足音で爆発した。

 

「キェェェエ! カウロイ!」

 

 いきなり自分の懐に飛び込んだケンイチに武田は面食らうがすぐに冷静に対処する。

 ケンイチは武田の頭部を両手で掴みにかかるが武田の動体視力がそれを完璧に見切り空を掴むだけに終わる。

 

「ムエタイの膝蹴りかいッ だがそんな遅い技をボクサーが喰らうとでも──」

 

「テッ・ラーン!!」

 

 予想外のローキックが武田の足を襲った。

 

「ぐっ……ローキックだって!? だがこんなもの急所に当たらなければどうと言うことは……なに!?」

 

 追撃のローキックを繰り出したケンイチの動きを見て、余裕をもってか躱そうとする武田の膝が突如死んだように動きを止めた。

 

「テッ・ラーン!!」

 

「ぐあぁ!!」

 

 2度目のローキックヒットを許した武田の足はとうとう堪えきれず本日初めてのダウンとなった

 

「武田さん、あなたのジャブは確かに速い。でも辛抱強く地味な攻撃だって案外効きますよ?」

 

 ケンイチはアパチャイから今日まで何度も【テッ・ラーン】つまりムエタイのローキックの修行を受けていた。

 数十回を優に超える気絶、そしてケンイチにはひた隠しにされている臨死体験すら乗り越えケンイチはついにボクサーの命であるフットワークを殺す技を手に入れた。

 

「このぅ!」

 

 震える足で殴りかかる武田のジャブをケンイチは扣歩・擺歩の要領で簡単に躱す。

 

「無駄です。いくら腕だけのパンチとは言え足腰が利かなくなってしまえばジャブの速さも半減してしまう。あなたのジャブはもう死んでいます」

 

「なにくそー!」

「無駄です!」

 

 苦し紛れのジャブをケンイチは片手で掴んだ。今の武田にはその程度のジャブしか打てなかった。

 

「もう見えます。武田さん、友情を否定するあなたですがそんなあなたの瞳には悲しみが宿っています。あなたは……」

「うるさい! 友情なんてものにすがったせいでボクは全てを失ったんだ!! そんな君に負けるか!!」

 

 ケンイチに握られた拳を振り払うと武田は最後の力を両の足と右拳に集中させる。

 

「ボクだって負けられない! 何故なら……」

 

 

 

 ケンイチの強靭な足腰のバネが産み出す瞬発力が間合いを詰める。

 それを迎撃せんとコンクリートの地面を目一杯踏みつけて繰り出す武田渾身の右ストレート。

 

 

 

 

 無意識の内に両名の制空圏が激突し僅かながらも武田の制空圏が押されやがて圧される。

 

 そして完全に武田の制空圏を侵食したケンイチは今度こそ完璧に武田の頭を両手でロックする。

 

 

 ぞわり、とした寒気を感じた武田は顔面に迫る膝を予見した。

 

 

「友情は取引じゃないからだ!!」

 

 

 予見通りケンイチの【カウロイ】膝蹴りが武田の顔に吸い込まれた。

 

「ぐ、ぐわー!」

「あ!?」

 

 あまりの衝撃に後方に大きくはね飛ばされた武田は勢いあまり屋上に設置されたフェンスを突き破ってしまった。

 

「掴まれ!」

 

 咄嗟に屋上から身を乗りだし手を出したケンイチの手を武田が掴みなんとか転落は免れた。

 

「くそー! なんてこった!!」

 

 だが武田は体の全てが宙に浮いた状態でぶら下がるようにケンイチの右手だけに掴まっているギリギリの状態だった。

 地面までの高さは優に数十メートルで転落すればまず間違いなく命はない。たとえ運が良くても悲惨な結果を想像させるには十分な高さであった。

 

「左手を使ってください! このままでは落ちてしまいます!」

 

 ケンイチは未だに左手をポケットに仕舞い込んでいる武田に苛立ち声を上げた。

 

「…………すまない。ボクの左手は動かないんだ……」

 

 武田はポケットからだらりと垂れ下げされた左手をケンイチに見せた。

 

「ど、どう言うことですか!?」

「言っただろ? 友人を助けるために不良たちと闘ったと。そこで負った怪我がもとでボクの左腕は2度と拳を振るえなくなったのさ」

 

 ケンイチは押し黙った。

 武田が何故不良に身を落としたのか、その理由が分かったからではない。もう2度とボクシングが出来ないと語っている際、万力のように右手を握り締める武田の手から伝わる無念さを感じていたからだ。

 

 

「……手を離すんだ兼一君。体を張って人助けなんかしてみろ。必ず後悔するよ? ボクみたいにね」

「…………ッッ」

 

 武田は既に死を覚悟していた。こんな自分の人生にいい加減嫌気がしていたからだ。

 

「……駄目です。あなたにだって、帰りを待つ人はいるはずです!」

 

 だがケンイチも諦めるはずがなく更に屋上の縁に身を乗りだし武田を掴む手に力を入れ歯を食い縛る。

 

 そもそもこんな状況になったのはケンイチの責任が大きい。目の前の死に行く命を見捨てられるほど、ケンイチは薄情でも冷酷でもなかった。

 

「君も強情だね……ッ そうだ、ならボクのことを少し教えてあげようか。ボクがいかに助ける価値もない男だと言うことか分かるはずさ」

 

 武田は今すぐ転落死の危険があるにも関わらずゆっくりと口を開いた。

 

 

「ボクには宇喜田と言う不良仲間がつい最近までいたんだ。180センチもあるガタイのくせにいつもトレードマークのサングラスとポケットチーフを欠かさない洒落た男でね。クラスこそ違えどボクは彼に妙な親近感を持っていたよ。後で分かったけど彼はボクと同じここの3年生で同じく夢破れた元柔道家だった。彼は少し暴力的で反則行為も辞さない男だったが卑劣ではなかった。喧嘩は常に全力で挑み勝った後も相手を辱しめはしなかった。それに女性や子供には不器用ながらも紳士でね、自然や動物にも彼は驚くほどの博愛をもって接してたよ。その優しさで彼は当時荒んでたボクにも明るく接してくれてね、随分救われたよ。彼は不良と言う世間の評価とは違って善い人間だった。なぜ不良をやっているのかと思うほどにね。この学校で出会った唯一の友と言える存在だった」

 

 武田は自分でも驚くほどにとうとうと宇喜田のことを語った。

 

 

「けどね、宇喜田は踏み外した道に自力で戻った。彼はある日を境に不良を止めてしまった。理由は分からないが今となってはもうどうでもいいさ。結局残ったのはボクと言うマヌケ一人。だからボクは彼との縁を自分で切った。ま、彼もきっとせいせいしてるだろうさ。所詮はボクの独り善がりの友情ごっこだったのさ。ふふふ……どうだい兼一君、バカな話だろう?」

 

 武田は既にケンイチの腕から手を放していた。それをケンイチがなんとか繋ぎ止めている現状だった。

 

「……貴方はバカだ」

 

「ふっ、ようやく分かったかい。さぁ早くその手を放──」

 

「貴方は嘘つきだ! 人を信じないと、期待などしていないと言っているのに、何故そんな悲しい顔をしているんですか!!」

 

「な、なにを……」

 

 

 ケンイチの言葉に武田は頬を伝う涙に気づいた。何の涙なのかは分からないフリをした。

 

「本当は信じたいんでしょうッッ!? 人の善意を! 宇喜田さんと仲直りしたいんでしょう!? 絶対に助けますッ 必ずあなたに人の善意を信じさせてみせます!!」

 

 ケンイチは武田掴まえている右手に全神経を集中させ一気に持ち上げた。

 61キロの武田の体がゆっくりとだが確実に持ち上げられていく。

 

「ば、バカな……片手だけでボクを持ち上げるなんて!?」

 

「うおおおお!」

 

 ケンイチは武田を片手一本で屋上の縁まで引き上げた。

 

 だが力を使い果たしたケンイチはフッと気を失い武田と入れ替わるように屋上から転落した。

 

「け、兼一君!」

 

 武田は思わずケンイチを助けるために宙を蹴った。

 

 冷静考えれば二人とも地面に真っ逆さまな愚策中の愚策だったがこの時武田の心中にはケンイチを助けることしか頭になかった。

 

 

「─────ッ」

 

 臓器がフワリと浮いたような感覚がまるで永遠のように感じた時、武田の脳裏にあの快活で優しいサングラスをかけた男が過った。

 

 

 

 できることならもう一度彼に会いたい。

 

 

 

 しかしそれはもう叶うことの無い望みだった。

 そもそも武田たちが今日屋上でケンイチと喧嘩すると言うことを宇喜田は知らない。それに現在の時刻は授業時間真っ最中。武田のこの危機を察知して授業をほっぽりだして屋上まで駆けつける、そんな奇跡は起こるはずがなかった。

 

 

 

 そして永遠のような無重力状態が遂に終わりを迎える。

 

 

 

 

 地面に吸い込まれるように落下する自らの運命を武田は呪った。

 

 武田は思った。せめてもう少しだけ宇喜田やケンイチと早く出会っていたら……と。

 

 武田は最後の瞬間に宇喜田を友と認めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 今か今かと死の瞬間を恐れていた武田だったが妙なことに一向その気配がないことに武田は恐怖で閉じていた目を恐る恐る開いた。

 

 

 そこにはいつも屋上で仰向けに寝転んでいるときに見る美しい青空があった。

 手探りをすると硬い屋上のコンクリートのざらついた感触が伝わってきた。

 

 武田は助かっていた。そしてそれはそこにいる筈の無い人物の言葉によって決定付けられた。

 

 

 

 

 

「間に合ったぜ武田ァ! とどっかで見たことある坊主!」

 

「う……き……た?」

 

 

 

 

 武田の目の前に奇跡が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(授業を真面目に受けるのがこんなに辛いとはなぁ)

 

 

 昼下がりの教室で俺は国語の授業を頭半分に聞き流していた。国語教師である小野先生は荒涼高校一チョロい先生と3年生の間では知られているからかクラスの連中も他の授業の課題をやったり寝ていたりとみんな思い思いに過ごしていた。

 俺も欠伸を力なく噛み殺し教室の窓の外に広がるグラウンドや反対側の校舎をボケーと眺めて終了のチャイムが鳴るのを待っていた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 授業終了まで残り10分ほどになった時、ぼんやりと向かいの校舎の屋上を見ていた俺の視界に妙なものが映った。

 

 それは突然屋上のフェンスにぶつかりフェンスごと空に投げ出された。そしてそのままグラウンドに落ちていったフェンスとは別のものが屋上の縁にぶら下がってまるでそれは人みたいな形で……。

 

 

 

(なんだ、あれ? ん~~~~~~……人? …………人ォ!? てゆーかあれもしかして──)

 

「武田ァ!!?」

 

 思わず授業中に大声をあげてしまうほど俺はビビった。数十メートル離れた距離ではあったがいつも見慣れたあいつの姿を間違えるはずがなかった。

 

「ど、どうしたんですぅ……? 突然立ち上がって大声をあげるなんて……」 

 

 

 小野先生の注意で今が授業中なのに気づいた俺だったが、既に行動を決意した俺には関係なかった。

 

「先生!」

 

 小野先生は俺の大声にビクッと肩を震わせ涙目になった。

 

「な、なんですかぁ~~宇喜田くん。お手洗いですかぁ?」

「はい! そうです! もう限界なんです!!」

 

 俺の盛大な告白にどっとクラスが笑いに包まれたが今は些細な恥など関係なかった。

 

「そ、それは大変ですねっ、授業はいいから早くお手洗いに行った方がいいですよぉ」

「はい! 行ってきます!」

 

 小野先生の許可が出るや否や開いた教室のドアも閉めずに全速力で屋上へと走った。

 

「廊下を走ると危ないですよ~~」

 

 俺は心の中で先生に謝罪しながら全速力で廊下を駆け抜けながら屋上へ向かった。だがうちの高校は全校生徒800人以上のマンモス校で無駄にでかく広い。逸る気持ちとは裏腹になかなか目的の屋上には辿り着かなかった。

 

(チクショーッ! なんで武田があんなところにぶら下がってるんだよ! それにあいつを支えていた奴が引き上げてくれればいいけどもし落ちちまったら……)

 

 教室の窓から見かけた武田はもう一人の生徒らしき人間に支えられていたように見えた。そいつが頑張ってくれればいいが人一人持ち上げるのはかなり難しい。柔道でもお互い平行な畳の上に立っているからこそ相手を投げることができるのだ。俺ならまだしも普通のやつなら10秒も持たず武田を持つ手を放してしまうだろう。

 

 そうなれば武田は地上の硬いアスファルトに激突して…………

 

「えェいしゃらくせェ! 待ってろよ武田ァッッ!」

 

 走りながら頭を過る最悪の結果を振り払い俺は更に足を前に出し屋上を目指した。

 

「武田ァ! 大丈夫か!?」

 

 

 ようやく屋上にたどり着き武田の名を呼んだ。

 

 だが屋上には武田や武田を掴んでいたもう一人の姿はどこにもなかった。

 

「た、武田……まさか……そんな…………あ!?」

 

 最悪の想像が現実になりかけていた瞬間、俺の視界の端でなにかが動いた。

 

 

 

 手だ! 

 

 

 

 壊れたフェンスの更に奥、屋上の縁に辛うじて掴まっている手が確かに見えた。

 

「武田!」

 

 タッチの差だった。

 

 急いで駆け寄りその手を掴むとその手は武田の腕を掴んでいた男だった。そしてその男のもう片方の手には武田がギリギリのところでぶら下がっていた。

 

「ヌオオオオオ!!」

 

 全身の筋力を総動員して二人をなんとか引き上げると武田ともう一人の謎の男もボロボロで気を失っていた。

 どこかで見たことがあるのは気のせいだろうか? 

 

 武田はと言うと俺の方をまるで幽霊を見たような心底信じられないものに出くわした表情をしていた。

 

「う、宇喜田? 本当に宇喜田かい? どうして、ボクみたいな……何故なんだ……」

 

 

「バカ野郎! 不良だろうが他人だろうが死にそうな人間がいたら助けるだろ! 普通! お前はい~ッッつも難しく考えすぎなんだよ!!!」

 

 これだ。

 こいつはたまに小学生でも分かるようなことを分かってないところがある。

 やっぱりバカだ。こいつ。

 

 

 

 武田ともう一人の謎男を助けた後、俺は武田に何故こんなことになったのか事情を聴いた。

 武田が言うにはこの謎の男の名は白浜 兼一(しらはまけんいち)と言う荒涼高校(ここ)の1年生で、強いと有名の空手部副将筑波(つくば)を倒した為武田はラグナレクへの勧誘を勝敗の条件にして喧嘩をしていたのだと言う。しかし信じられないことに武田は白浜に負けてしまい、その時運悪く屋上から転落しかけた際に白浜が手を差し伸べギリギリで転落死を免れたが白浜が闘いのダメージで気を失ってしまいあわや二人とも地面に激突という場面に、偶然俺が現れ事なきを得たと言う訳だった。

 

「武田、お前まだラグナレクにいたのかよ。いい加減そんな変な奴等と付き合うなって言っただろ!」

「宇喜田……何故そこまでボクに構うんだい。何故ボクを見放さないんだい……ボクは不良だ、君に酷く屈辱的なこともしてきた……なのに何故……どうして?」

 

 武田は心底分かりかねたような表情で俺に問いかけた。なるほど、こいつはやっぱりアホだ。

 

「ばか野郎がッ さっきも言ったろ? ダチだろ俺たち」

 

「……こんなボクを、まだ友達だと思っていてくれるのかい? 宇喜田……」

 

「当たり前だろ。それによ、俺も言わせてくれ。武田、すまなかった」

「……なんのことだい?」

 

「お前の左腕が動かねぇってこと、知らなかったとは言えボクシングやり直せとかプロになれとかいろいろ無神経なこと言っちまって本当にすまない! 許してくれッ」

 

「宇喜田……」

 

 

 俺は武田から左腕が動かない理由を聞かされ自分が今までどんだけ武田に辛いことを言ってきたか反省した。初めて会った時から見かけた左腕をポケットに入れていて変だとは思ってたけどまさかそんな理由があったとは思わなかった。

 

「俺はよう……お前に希望持って楽しく生きて欲しかったんだ。不良やってる時の俺らってよ、ほら、楽しいことなんて喧嘩ぐらいだったじゃん? 俺は新しい道場に通いだしたから良かったけど俺ばっかりまともになるのもなんか違うってゆうかよ……俺はお前と一緒にいたいんだよ」

 

 

 

「うぅ……う……うぐ……」

 

 武田は突然その場でむせび泣いた。いったいどうゆうことだ? 

 

「だ、大丈夫か武田!? どっか怪我でも痛むのか!」

 

 慌てて駆け寄ると武田はせっかくの男前の顔を涙で台無しにしながら顔を上げた。

 

「うき……たぁ…………ッッ」

 

「た、武田?」

 

 

 

「ありがとう……ッッ」

 

 

 

 

「……よく分かんなェけど……これで仲直りってことで良いよな?」

 

 

 端から見りゃ気色悪いことこの上ないが、抱きつき涙ながらに礼を言う武田を俺はそのまま受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と武田が感動の仲直りをしていると、屋上へと続くドアが勢いよく蹴り開けられた。

 

 

「大丈夫ですか兼一さん! あ、あなた方……よくも兼一さんをッッ 許しませんわ!」

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

 

 そしてその後俺と武田は突然屋上に現れた謎の金髪女にノサれた。今まで味わったことがないくらいボコボコに。

 ちょっと泣いてしまったのは秘密だぜ。

 

 




私が宇喜田好きになったのは原作4巻の屋上から落ちた兼一と武田を宇喜田が助けたのがきっかけでした。それまで使い捨ての武田の取り巻きAだと思っていた私の予想を覆す嬉しい誤算でした。マジで宇喜田みたいな友達いたらなと思います。

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