公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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刃牙のアニメ楽しみです。夏放送らしいので今年の夏は熱くなるでしょう。


脱会リンチ!・1

「よう武田! すっかり左手治ったようだな、良かったぜ」

「ありがとう宇喜田。これも兼一君や岬越寺先生、そして君のお陰だよ」

 

 あの謎の金髪女にメッタクソにノサれた俺と武田は気がつけば岬越寺(こうえつじ)接骨院と言う診療所のベットで目を覚ました。そこでは申し訳なさそうに顔を赤らめている金髪女と武田と何処かで見た覚えのある少年がいた。

 俺が目を覚ましたことに気がついた武田は今のこの状況の説明をした。

 なんでも目の前の金髪女は風林寺 美羽(ふうりんじみう)と言い、武田と一緒に学校の屋上から落ちかけていた少年、白浜兼一(しらはまけんいち)とは友人だという。そこで気を失っている兼一と俺たちを見て勘違いをして逆上し、遅れて気を取り戻した兼一が慌てて自分の武術の師匠が経営しているこの診療所まで担ぎ込んだ。とのことだった。

 

 なんでこんな華奢な金髪女が満身創痍だったとはいえ俺と武田を一方的にボコれるのかほとほと疑問だったが、それよりも診療所の先生、岬越寺 秋雨先生が武田の腕が治ると言ったことでその疑問は消えた。

 岬越寺先生の話を聞いていくうちにみるみる明るい顔をなっていく武田を見て、俺は安心した。これならもう不良なんてもんにはならないだろう。

 その後に続く特殊な整体治療で地獄の悲鳴をあげる武田を他所に俺は白浜兼一に向き直った。

 

「白浜って言ったな。礼を言わせてくれ、お前のお陰で武田は立ち直ってくれた。ありがとよ」

「僕のお陰でなんて……僕はただ喧嘩をしただけですよ。立ち直ったのは武田さんの本質が善人だったからです」

「あったりめぇよ! 武田はいい奴なんだぜ。俺の親友だ」

「ひょっとして……あなたが宇喜田さんですか?」

「ああ、そうだぜ。荒涼高校3年、宇喜田孝造だ。てかなんで俺の名前知ってんだ?」

「武田さんから聞きました。仲のいい友達だって」

「そ、そうか? 参ったぜ、武田はいっつも大袈裟だからな~へへっ」

「良いですよね~友達って。僕なんか美羽さん以外に周りにいるのは人外師匠たちと宇宙人ですから……」

 

「はは! なんだそりゃ。ところでお前どっかで会ったよな?」

「あ、僕もなぜか見覚えがありますね」

 

 武田の処置中に俺と白浜はお互いのことを話し合った。するとよくよく二人で話してみると白浜は地獄の町内周回マラソンで偶に会うタイヤを引きずっていた奴だと言うことが分かった。

 それからは二人でそれぞれの師匠のことや修行の厳しさについて愚痴を言い合ったりしたが、白浜の話は俺の普段の修行や本部師匠が天国だったのだと認識した。いや、マジで白浜はよく生きてるな。尊敬するよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーよかったよかった! ところでもう授業終わりだろ? 一緒に帰ろうぜ」

「宇喜田、すまないが今日はボクシング部があるから付き合えないな」

「おお! ボクシング部入ったのか、お前みたいな有望株が入りゃ優勝間違いなしだな!」

 

「はは、顧問の富坂先生は元不良のボクを快く受け入れてくれたけどそう楽じゃないさ。入ってみて驚いたけどうちの学校のボクシング部は結構強豪がいるから油断はできないんだ。特に高山って奴はナルシストでいけ好かないが才能は一流なんだよ。まっ、ルックスはボクの方が断トツだけどね~」

 

「へ、へ~」

 

 その高島って奴は案外武田と上手くやれそうな気がする。こいつも相当なナルシストだしな。いや、カッコつけか? 

 

「ま、お前がまたボクシング頑張るのは俺も嬉しいぜ。ラグナレクともキッパリ縁切ってこれで心置きなく専念できるな。俺もこれからは道場だからお互い頑張ろうぜ!」

 

「……そうだね。じゃ、ボクはこれで」

 

 何故か暗い表情を浮かべた武田は俺と別れボクシング部の部室へと向かって行った。

 

(あの野郎……また何かくだらねぇことで悩んでやがんな。明日またあって問い詰めてやるか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃ!?」

 

 情けない悲鳴をあげて俺は道場の床に叩き落とされた。

 

「力だけで投げにいくな。もっと相手の動きに合わせろ」

 

 本部師匠が俺を見下ろしながら檄を飛ばす。

 

 武田と別れた後、俺は本部師匠の道場で本格的な技の修行をするために本部師匠と組手をしていた。

 結果はご覧の有り様だがな。

 

「どうした、もうギブアップか?」

「こんにゃろ~!!」

 

 見下ろす本部師匠の襟を捕ろうと一気に立ち上がり間合いを詰める。

 

「よっと」

 

 だが掴みかかった俺の手を本部師匠は当然のようにすり抜け強烈なカウンターの当身が俺の顎を打ち抜く。

 

「カッ──!?」

 

 目の前がぐらりと揺れたかと思うといつの間にか俺はもう一度床に倒れていた。立ち上がろうにも手足が痺れ全く力が入らない。

 

「トドメ」

「うぅ……ッ」

 

 床に倒れてなにも出来ない俺の目の前に本部師匠の足が勢いよく落とされる。これがマジの実戦だったら今頃俺の頭はパッカリ砕かれてただろう。

 

 組手が終わり本部師匠と向かい合いながら正座する。まだ頭がグラグラしやがる。

 

「さてと。これで分かっただろ。お前の闘い方は力に頼りすぎだ。武術においてお前の大きな体格はたしかに有利だがフィジカル頼みの闘い方は格下に勝ててもいずれは技術を持つ者に圧倒されるだろう。今のようにな」

 

「うっ……たしかに……」

 

 あの金髪嬢ちゃん、風林寺にノサれた時も俺は俺なりに必死で抵抗したつもりだった。だが俺の手は風林寺に一度も触れることすらできずまるで羽と闘っているような感覚だった。拳を掴もうとすればすり抜け襟を掴もうとすれば逆に投げられ地面に叩きつけられた。

 はっきりいって範馬刃牙と闘った時並みのボロ負けだった。

 

「そこで今日はお前に闘いにおける力の流れを知ってもらう」

「流れ?」

「そうだ。古今東西あらゆる武術家は古来より力の流れを知ることに苦心してきた。膨大で気の遠くなるような研鑽と練磨の果てに武術家たちはその流れを見つけ手にし達人と呼ばれるようになる。それは気でありチャクラであり第六感でありおよそ達人と称される武術家たちはこの感覚をマスターしている」

 

「も、本部師匠も?」

 

「達人になるにゃ超能力の一つや二つ身に付けんとなぁ……!」

「す、スゲェ……」

 

 俺の目には本部師匠が大きくなり眼に鋭い眼光が現れたように見えた。

 珠に本部師匠はスゲー迫力の凄みを醸し出すことがあるが達人っつーのはみんな本部師匠みたいに体がでかくなったり眼が光るもんなのか? 

 

「それをこれから俺が教えてやろうと思ったんだがお前は運がいい。この話をあるお方に伝えたら今日だけお前にご教授くださると言っていただけた」

「誰すか? あるお方って」

「今回限りの特別講師だ。それではお願いします、渋川さん」

 

 本部師匠が合図の声をだすと道場の出入り口が開かれる音が聞こえた。

 

 

「ほっほっほっ。この子が本部の弟子かいな。よろしくな、おデブちゃん♥️」

 

 

 背後からの声に振り替えるとそこには柔道着を身につけた小柄なじいさんが一人のポツンと立っていた。

 

 

「このお方は渋川 剛気(しぶかわごうき)殿。年も武術家としてのキャリアも俺の大先輩で渋川流と呼ばれる合気術の開祖でもある」

 

 

 本部師匠の説明ではその渋川さんはスゲェ武術家だと言っているが今、俺の目の前にいるのは……

 

 

「あ~~~? ……あっ、はいはい。よろしくお願いします」

「え~~~~??」

 

 どう見てもただのじいさんだ。てか普通のじいさんよりも小柄でその辺の小学生にも負けそうだ。それに耳が遠そうだ。

 

「こら。宇喜田、渋川殿に失礼だぞ」

「はははっ、いいですいいです。宇喜田ちゃん、私がそんなに弱そうですか?」

「あぁ、かなり」

 

 ぶっちゃけ合気道と言うのもプロレス以上に胡散臭い。プロレスは花田先輩みたいにな本物がいることは分かっているし、見た目だけなら筋肉モリモリで全員強そうだ。

 それに比べて合気道は地味で貧弱なイメージしかない。俺も柔道をやってるから合気道の理論は少しは理解できるがあんなものは所詮机上の空論だ。

 

 今の柔道界は力の柔道だ。

 小よく大を制するとか合気と呼吸力なんて思想は柔道じゃ幻想でしかない。

 子供の頃、町の柔道教室には背の小さい奴や痩せた奴、世の中で弱いとされるような奴らも結構いた。小さい時はみんな技術も力も団栗の背比べで俺も勝ったり負けたりを繰り返した。だがどんどん時間が過ぎて体が成長していくとそういう奴らが勝てなくなって体が出来上がる頃にはひ弱な奴は一人もいなくなっちまった。

 

「なら闘いましょうか。それが早いってもんだ、おデブちゃんよ」

「誰がデブだ! 俺の体がデカイのは贅肉じゃなくて筋肉だぜ」

 

「かかか! 赤い肉も白い肉も、肉に変わりはねぇよ」

 

 

 その時、渋川さんが巨大化して眼が光った……と見えた、多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高架線路沿いの狭い道が武田一基の自宅と学校の登下校ルートだった。

 

「…………」

 

 ボクシング部が終わりいつも通りその道を通っていた武田だったが先程から自分の周囲に複数の怪しい気配を感じ取っていた。

 

「誰だい? こそこそしないで出てきなよ!」

 

 武田が一喝するとそれを合図に前後左右あらゆる場所からぞろぞろと不良たちが現れた。彼らは悪意に満ちた笑みを浮かべその手に凶器を持った者も少なくはない。

 

 その中から頭にバンダナを巻いた一人少年が前に出る。

 

「古賀か」

 

 武田はその少年に見覚えがあった。

 古賀 太一。

 武田と共にラグナレク・キサラ隊に所属している不良であり【蹴りの古賀】と言う異名を持つ男だ。

 

「へへーん! ラグナレクを抜ける者は例外無く脱会リンチって決まってるのにバカだよね~。突きの武田ももうおしまいだよ」

 

 ラグナレクには鉄の掟が存在している。

 来るものを拒まず、しかして去るものは許さず。

 それがこの脱会リンチである。今までただの一人としてラグナレクを抜けて無事で済んだ者はおらず、構成員たちから恐れられ結果的に結束をより強固なものとしている。

 

「古賀、君が出てきたってことは当然あの娘もいるよね~。そうだろキサラちゃん!!」

 

 武田の声に呼応したかのようにブロック塀の上に一人の少女が現れた。

 

 帽子を被りTシャツに片方の足が破れたダメージジーンズを履いた特徴的なその少女は名を南條(なんじょう) キサラ。

 ラグナレクに8人存在する大幹部、八拳豪(はちけんごう)の一人であり北欧神話において戦場で戦士たちの魂をヴァルハラへと導き勝敗を決する【ヴァルキリー】の称号を持つ武田の元ボスであった。

 

 

「やぁ、キサラちゃん♪ こんな路地裏で待ち伏せなんて中々古風な告白じゃな~い?」

 

 武田はキサラに向かってキラリを歯を見せながら軽口を叩いた。

 そんな武田の態度を見てキサラが不敵に嗤う。

 

「相変わらずふざけた奴だね。でも今回ばかりはおいたが過ぎたよ。ラグナレクを抜ける者は脱会リンチで制裁する。それがルールだ!」

 

 武田の周りを取り囲む不良たちが徐々に包囲を狭める。キサラの合図で一斉に武田を襲うつもりなのは明白だった。

 

 顔には出さないが背中は冷や汗で濡れている武田はポケットから携帯を取り出した。

 それを見て不良たちは通報されるのではとたじろいだがキサラは至って冷静だった。

 

「なんだい警察でも呼ぶ気かい? 無駄なことさ、この場を切り抜けたところでラグナレクを裏切った罪に時効は無いよ!」

 

 キサラの言うことはその通りだと武田も思っていた。ここから逃げ出せても根本的な解決はありえない。キサラたちにも面子がある。造反者を野放しにしてしまえば内にも外にも示しがつかないのだ。これはもうどちらかが潰れるまで続くそういう戦いだ。

 

「フッ──」

 

 武田の持つ携帯の中には恩人である白浜兼一(しらはまけんいち)や親友である宇喜田孝造(うきたこうぞう)の連絡先が入っていた。おそらくあの二人ならば一も二もなく自分を助けに来てくれるだろうと確信にも似た友情を感じていた。

 

 

 だが、しかし、

 

 

「──勘違いしてもらっては困るな。ちょうど新しいのに買い換えようと思ってたのさ!」

 

 武田は手に持っていた携帯を放り投げた。

 

 武田にとってこれはあくまでも個人的な問題でありそれにケンイチや宇喜田を巻き込むことなど彼の選択肢には初めから無かったのだ。

 

「ハン! いい男だね~。お前ら、やっちまいな!」

 

 キサラの合図で不良たちが一気に武田目掛けて押し寄せる。

 武田は完治したばかりの左手を握りしめファイティングポーズをとり覚悟を決める。

 

「来い!!」

 

 全ては自分一人でケリをつける。そんな悲壮な覚悟を持った武田だったが、投げ捨てた携帯が偶然にも白浜兼一の携帯に繋がったことを彼は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼーッ……ゼーッ……ゼーッ」

「カッカッカッ! どうしたおデブちゃん、もうバテたか? 走り込みが足らんぞ~」

 

 肩で息をする俺を嘲笑うかのように、じいさんは俺に密着するほど近い背後から話しかける。

 先程から始まったじいさんとの組手は俺が攻めて攻めて攻めまくっているが一本どころか未だ有効や技ありすら取れない。ちなみに審判は一応本部師匠が務めているがほとんど我関せずだ。

 

「ひょひょひょ~♪ 鬼さんこちら~手の鳴る方へ~♪」

 

 しかもこのじいさん、組み付こうにもまるで俺の体をすり抜けるように身を躱され開始から10分は経ったが指一本も触れられない状態が続いている。

 

(な、なんなんだよッッ このじいさん! 妖怪か! 妖怪なのか!?)

 

「考えごとかい。どうでもいいが足元がお留守だよ」

「おわっ!? ぐぇ……ッッ」

 

 強烈な足払いで俺は一瞬宙に浮き真横に倒れる。受け身はとれたがそれでも頭がグラグラするほどの衝撃と、こんな小さなじいさんに好き勝手に合気なんて眉唾でコテンパンにされてることの衝撃で気を失いそうだった。

 

 

「かかっ……! なんじゃ? 本部の弟子って聞いたから期待したが案外とろい兄ちゃんだな。本部も見る眼がないのう~」

「……お恥ずかしい」

 

 畳の上に突っ伏しながら本部師匠の申し訳なさそうな声が聞こえ流石にカチンときた。

 

「本部師匠は悪くねぇだろ! この野郎!」

「お?」

 

 怒りの瞬間エネルギーをバネにして畳の上を這うように俺は素早くじいさんの片腕の袖に飛び付いた。

 

「捕ったぜ! 俺の勝ちだじいさん!!」

「なんでい、やればできるじゃねぇかよ」

「へっ! 避けるのが上手くたって一度掴んじまえばこっちのもんだぜ! 覚悟しな!!」

 

 俺は一気にじいさんの袖を引き寄せ一本背負いの姿勢を取った。

 

(極った! 自分で言うのもなんだが最高の形だ! 一本もらうぜじいさんッッ)

 

 じいさんの体重が背中越しに伝わってくる。まるで流れるように、数十キロの人間をふわりと投げる感覚はいつ感じても堪らない。これだから柔道はやめられない。合気道なんてのは結局柔道より弱い非実戦武術だぜ。

 

「武術家の……それもおいらの袖を取って無事ですむわけねェよなぁ……宇喜田ちゃん」

 

 耳元で何かじいさんが呟いたがどうでもいい。もうじいさんの体はあと数十センチで畳に激突する。文句なしの一本だ。

 

 俺は構わず最後の一押しをしたがその時不思議なことが起こった。

 俺は間違いなくじいさんを一本背負いで畳に叩きつけた。叩きつけたはずだったんだ。

 なのに何故か畳に人がぶつかる聞き慣れた音が聴こえない。

 

 

(足だ。 

 

 足が畳に着地している。

 

 

 誰のだ? 

 

 

 じいさんの? 嘘だろ──)

 

 

 直後俺の体は重力から解放された。それまで一本背負いのためにガッチリ踏みしめていた道場の畳が何故か消えた。

 

 浮いた。

 

 どんなマジックを使ったのか知らないがじいさんに一本背負いをかけていると思ったらいつの間にか俺が一本背負いをかけられていた。

 信じられるか? 80キロの俺を背負ってるんだよ、このじいさん。

 

 

(あれ? 

 

 なんで俺、天井見てんだ? 

 

 

 だって俺は今じいさんを投げてるのに……あれ? 

 

 

 ……ひょっとして……投げられてるのって……)

 

 

 

 

「~~~ッッ!?」

 

 今日一番の快音が道場に響き本部師匠が一本を告げる。俺は背中に伝わる衝撃で全身の内臓が飛び上がり脳が揺れた。

 

「お見事な一本です。流石は渋川殿」

「ははっ、若いってのはいいねぇ。警察連中はみんな私にビビって本気で向かってこねぇからよぅ」

 

 じいさんは心底残念そうに首を振った。だが俺はそれどころではなかった。

 

 

「……カハッ…………ェェ……ッッ」

 

 

 急激なGでせりあがった俺の横隔膜は肺を押し潰し息が全く出来ない。そして胃袋もまたGによるパニック状態に陥り食道を通過し口腔内に内容物を逆流させた。

 

「吐くなら便所で吐け」

 

 便所までヨロヨロと這っていく俺の後方から爆笑するじいさんの笑い声がいつまでも聴こえた。

 

 その声を聞きながら便器に突っ伏す俺は、いつか絶対に一本を取ってやろうと心に決めた。

 トイレの中なのは格好がつかないが……

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし不思議だぜ。じいさんみたいな小っせぇ体でなんで俺を投げ飛ばせるんだ? ひょっとして実はマッチョ?」

 

 トイレでスッキリした俺はさっき投げられたことが納得いかずじいさんに詰め寄った。

 

「ほほっ。私の細腕じゃ瓦も割れんよ。宇喜田君や、この手を握ってみぃ」

 

 そう言うとじいさんは立ち上がり右手の人差し指を俺の前に突き出した。促されるまま俺も立ち上がり右手でその指を握ると渋川さんがニヤリと笑い次の瞬間俺の両膝がガクンと潰れた。

 

「え!?」

 

 まるでいきなり両肩にウエイトリフティングのバーベルを乗せられたような感覚だった。実際は勿論俺はじいさんの人差し指を握ってるだけだし、じいさんはただ人差し指を俺に握らせているだけで何もしていない。

 

「な、な、なぁ!?」

 

 驚き反射的に手を離そうともしたが何故か、どうしても手が離せない。そして見えないバーベルの重量はより重くなり俺は歯を食い縛る。端から見たら完全に変人だ。

 そんな俺の反応をまるで楽しむようにじいさんはニヤニヤ笑っている。

 

「おお、よく耐えるの。なら次は上だ♪」

「え? おわッッ!??」

 

 

 信じてほしい。俺の足を地面が蹴り上げた。本当なんだ。

 

 それまで肩に乗っていた見えない重りが一瞬で消えたかと思うと俺の体は重力を無視して天井に向かって跳ね上がった。

 

「出血大サービスじゃッッ 回れ~~!」

 

 ようやく手が離れたと思ったら俺の側頭部をじいさんが勢いよく弾くと俺は─────

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

 ────回った。風車みたいにクルクルと。だから本当なんだって。

 

 

 

 

 

 

「今夜はもう……飯食えねぇな……うぇ」

 

 回転が収まり2度目の便所から帰ってきた俺はじいさんの力の流れについての講義を受けた。

 

「流れを読むだけじゃ4流。本物ってのは自分は勿論のこと相手の力の流れを掴んで操るのよ。今のがまさにそれだな」

「流れ……ッスか」

 

「単純に指を握る動作だけでも人間は身体中の筋肉、骨、神経を複雑に操ってる。しかも無意識でな。私の合気道はレスリングや柔道よりもその無意識を意識して操る。人間の反射ってのは本能だ。そこを突かれりゃどんな達人もただの人間だ」

 

「な、なるほど~~~ッ」

 

 強烈すぎる体験学習はしっかりと俺の脳裏に刻まれすんなり理解できた。何をされたのかはさっぱり分からないがメチャクチャ凄い技術なのはなんとなくでも体感で分かる。

 

「合気道の基本は死なず殺さず、だ。宇喜田ちゃんもスジは悪くねぇ。今日のことをしっかり意識して喧嘩しまくりゃそのうち掴めるよ」

「マジか!? 俺も本部師匠やじいさんみたいになれるのか!」

「調子に乗るな宇喜田。その為にはもっと血を流せって意味だぞ。渋川殿もお人が悪い」

「有望な若者を見るとつい崖から突き落としたくなってよ。この年になると師匠の気持ちがようやく分かってきたのよ、私はちょいと厳しめだけどね♥️」

 

 特別講義が一段落した頃、俺の携帯が着信を知らせた。発信元を見ると白浜からだった。

 白浜とは武田との一件以来同じ武術を志すものとして息も合って連絡先を交換していた。

 

「スンマセン、ダチからの電話なんで」

 

 非難めいた本部師匠の冷たい視線を背中で受けながら携帯の応答ボタンを取る。

 

「全く……礼儀作法はよろしくないな」

「良いじゃねぇかよ本部。あのぐらいの年頃の友人は大事じゃよ」

 

「もしもし、白浜か? 今修行中だから急用以外は後にして──」

 

 飯の誘い程度なら後でかけ直そうと思っていたが電話越しから聴こえる白浜の様子は明らかにただならぬ気配だった。

 

「宇喜田さん! 武田さんが危ないんです!!」

「なに武田が!? 詳しく教えてくれ白浜!」

 

 白浜の話によると武田は今この瞬間にラグナレクの連中に襲われているようだとのことだった。

 

「あのカッコつけ野郎……脱会リンチがあるなんて一言も言わなかったじゃねぇか」

 

 今日、武田と別れる時に少し様子がおかしかったのもそのせいだと今なら分かる。

 

「宇喜田さん! 武田さんの帰り道で高架線路がある場所を知ってますか? そこで武田さんが襲われてるはずなんです!」

「それなら知ってるぜ! 前に一緒に帰ったとき高架線路があったぜ!」

「本当ですか!? なら場所を教えてください、僕が助けにいきます!」

「バカ野郎ッッ 俺も一緒に行くぜ!! あいつはやっとボクシングを取り戻したんだ、脱会リンチなんかであいつの夢を壊させやしねぇ!」

 

 白浜と落ち合う場所を告げ電話を切ると俺は急いで身支度を整える。

 

「ダチがピンチなんで助けに行きます! 本部師匠! じいさん! 今日はありがとうございました!!」

 

 止められても行くつもりしかないので俺は応えを待たずに道場を飛び出した。




出来れば大擂台賽もアニメでみたいです。動く海王(笑)・海皇をこの目で見たいです。

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