公園最強の弟子 ウキタ   作:Fabulous

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今回と次回は二週連続宇喜田グラビア回だ!


魔拳! 1

 荒涼高校のとある教室、教室名が書かれている筈のプレートには何故か【新白連合(しんぱくれんごう)】と記されていた。

 廊下を通る生徒や教職員たちから奇異の目で見られているがそんなものは知らぬとばかりにその教室の中では複数の生徒たちがある一人の生徒の演説に聞き惚れていた。

 

「諸君ッ 我ら新白連合の手によってラグナレク・キサラ隊は壊滅状態ッ リーダーである南條 キサラも宇喜田 孝造隊長の活躍により負傷ッ 戦線復帰には暫くかかる!」

 

「うおおおお!」

「新白連合ばんざーい!」

「宇喜田隊長ばんざーい!」

 

 教室内は割れんばかりの喝采に満ち、演説者の語気は更に強くなる。

 

「つまりッ 我らは今まで誰一人として崩すことができなかったラグナレクの牙城を切り崩したのだッ この新島 春男(にいじまはるお)様の智謀によって!!!」

 

「総督!」

「新島総督!」

「新島大明神様!」

 

 演説者、新島 春男は拳を振り上げ高らかに聴衆たちへ向けて勝利を宣言した。教室内の熱気はピークとなり誰彼構わず雄叫びをあげ新島を称えた。

 

 新島 春男は歓喜に湧く部下たちを見下ろしながら悦に浸る。

 そもそも彼はこの荒涼荒涼2年生の歴とした学生であるが見た目はひ弱な男だった。そんな彼が何故自分よりも屈強な部下たちに慕われその頂点に君臨しているのかといえば、それは彼が卓越した頭脳や強運を持っているからではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が悪魔の皮を被った宇宙人だからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の両親は悪魔と宇宙人でありその遺伝子から繰り出される物理法則を超越した新島パワーと一部で呼ばれる超常現象は人の精神を汚染し運命すらねじ曲げることが可能である。

 

 更にこの男の抜け目の無さはあらゆる展開を想定し、常に最善を選択でき、世が世ならば天下に名を轟かせるほどの才気を保有しているのである。

 その頭脳から産まれる策で裏の裏を読み、悪魔と宇宙人の力をブレンドした新島パワーで隊員たちを洗脳し、今回のキサラ隊奇襲作戦でも彼が秘密裏に組織した新白連合の戦力は一兵たりとも失われず、勝利と言う事実のみを手にいれたのだ。

 

「ヒャ~~ハハハハ~~! オレ様を崇め奉れ~~!」

 

 予想通りの結果とは言えこれ程までに上手く事が運んだことに新島の気分も有頂天になったその時、彼の後頭部に鋭い手刀が叩き込まれた。

 

「何してんだ新島ッ!」

 

 手刀を新島に叩き込んだのは白浜 兼一であった。

 ケンイチの手刀で一瞬意識が無くなった新島だったが持ち前の宇宙人パワーで即座に復活し、ケンイチに向かって偽善的な笑みを浮かべながらすり寄った。一方のケンイチはそんなすり寄る新島を、悪魔か宇宙人を見るような目で見つめながら必死で引き剥がそうとした。

 

「おいおい何をするんだよ親友~? この前オレたちが助けに来なかったらキサラたちにやられてたかもしれないんだぜ~~」

「誰が親友だこの宇宙人! 助けてもらったことには感謝するがだいたいなんだ! この新白連合って!!」

 

 白浜 兼一と新島 春男は同じ中学出身の顔馴染みである。

 

 だがケンイチが新島に対して思う印象は最悪以外の何者でもなかった。

 白浜兼一は虐められっ子であった。中学時代、日々襲いくる不当な暴力にケンイチがなすすべなく虐げられる中、自称親友の新島 春男は当然のように無視。素知らぬ顔を決めこんだ。

 むしろ殴られ蹴られるケンイチを面白がり、彼を襲いにくる学校の強者たちのデータを収集するためにわざと揉め事を誘発させるような工作を何度もしており、ケンイチにとって新島は憎むべき腐れ縁であって間違っても友情など感じてはいなかったのである。

 

「水沼くん、説明したまえ」

「ハッ!」

 

 水沼と呼ばれた青年は新島に敬礼をし、ケンイチに向き直る。

 

「新白連合とは、我らが新島 春男総督と白浜 兼一切り込み隊長を頂点とした対ラグナレクを主軸に結成された正義の武術団体であります!」

 

 ケンイチは水沼の邪念の一切ない澄んだ瞳を見て泣きたくなった。目の前に悪魔の被害者が大勢いるのだ。そんな彼らに正論は通じない。

 

「ご苦労。ま、そう言うことだ兼一。これから一緒に頑張ろうぜ」

「どういうことだよ!? 僕はそんな怪しいものに力は貸さないぞ!」

 

 ケンイチの反応は至極当然だった。

 新島 春男を知る者として、この男の誘いに乗って良かったことなど一つたりとして無かったからだ。

 

「おいおい良いのか? キサラ隊を倒したオマエや宇喜田はラグナレクの第一級指名手配犯だ。たった二人であのラグナレクの組織力と立ち向かえると思ってるのか~~?」

「ぐっ……」

 

 しかし悲しいかな、新島の言葉もまた事実であった。

 

 あの武田脱会リンチの後、ケンイチと美羽は少なくとも10回以上もラグナレクの構成員から登下校や修行中に襲撃を受けていた。いずれも雑兵でありケンイチや美羽の敵ではなかったが、こうも数や頻度が多いと圧倒的な技量を持つ美羽と違ってケンイチの体には生傷が絶えなかった。

 

 何より想い人たる風林寺 美羽との貴重なふれあいの時間を喧嘩などに費やしたくはなかったのだ。

 

 

「こう考えろ、俺たちはビジネスパートナーだ。 新白連合の名前があれば敵もおいそれとお前たちに手は出せない。互いにメリットがある」

「こっ、断る! 大勢で徒党を組んで威張るなんてラグナレクと同じじゃないか。僕はアイツらと一緒にはならない!」

 

 だがケンイチにも譲れぬ信念があった。彼の武術を学ぶきっかけは理不尽な暴力を正すための力を求めたからだ。だからこそ、自身が力を振るうのはあくまでも暴力を振るう者であって威張り散らす為のものではない。

 

 ケンイチの言葉に一緒にいた美羽は感心したように見つめ、新白連合の面々もばつが悪そうにたじろいだ。

 

「さぁ! 君たちもこんな宇宙人の甘言なんかに惑わされないで……」

 

新白連合ってのはここか~! 

 

 ケンイチが新白連合の面々を説得しようとしたところに教室の扉が乱暴に開かれ怒声が響いた。そこにはいかにもな風貌のチンピラたちが立っていた。

 

「な、なんですか貴方たちは!?」

 

「ぬ? お、オメーは白浜 兼一じゃねーか!? どうして新白連合なんかに……? 俺たちはラグナレクに逆らいやがった新白連合ってチームに報復しにきたんだよ!!」

 

 このチャンス。

 このチャンスを新島は見逃さなかった。

 

「ケ~~ケケケ! 愚かなりラグナレク! 白浜 兼一は我ら新白連合の切り込み隊長なのだ!」

「ええぇぇ!? 新島お前ッ 何を言い出すんだ!」

 

「なに!? 白浜兼一はやはり新白連合の一員だったのか!」

「それだけじゃねーぜ! 元ラグナレク突きの武田やバルキリーを倒した宇喜田 孝造も新白連合の隊長たちなのだ~!」

 

 

「「「な、なんだってー!?」」」

 

 新島の告白にラグナレクの兵隊たちのみならずケンイチも驚愕した。

 

「兄貴! 不味いっスよ!」

「八拳豪のバルキリーを倒した奴もいるんじゃヤベーぜ!」

「くっ……! 新白連合め~~覚えてやがれ! 退くぞ!」

 

「ヒャ~ハハハハ! 我ら新白連合の恐ろしさが分かったか~! あ、白浜 兼一が新白連合だってことたくさん宣伝してくださいね~! ケケケ!」

 

 新島はだめ押しとばかりに逃げ去るラグナレクの兵隊たちにケンイチと新白連合の関係性を強調して喧伝した。その一連の出来事をケンイチは呆然と見ていることしかできなかった。

 

「諸君ッ これから益々ラグナレクとの抗争は激しくなるが我らには白浜 兼一隊長や宇喜田 孝造隊長がいるッ なによりこの新島 春男様がついているッ 共に正義を貫こうぞ!!」

 

「うおおお! 新白連合バンザーイ! 白浜隊長バンザーイ!」

「バンザーイ!」

「バンザーイ!」

「バンザーイ!」

 

「新島! 何を勝手に──!」

 

 自分の目の前でどんどん事態が悪い方向に進んでいく状況に半ば泣いているケンイチは新島の胸ぐらを掴むが、新島は悪魔の笑みを浮かべそっと耳打った。

 

「おいおい兼一くん~~? 逃げていった奴らの報告で明日にでもオマエが新白連合の一員なのはこの町中に知れ渡るんだぜ? そうなりゃオマエが何を言おうが既成事実は覆せない。ま、仲良くしようぜ親友?」

 

 

 ケンイチは理解した。

 この男に出会ったこと自体が全ての間違いだったのだと。

 

 

「ううぅぅ…………鬼! 悪魔! 宇宙人!」

 

 願うことなら新島と初めて出会った中学時代に戻って自分自身に警告したかった。

 

 新島 春男に決して関わるな──と。

 

「契約完了……だな。ケケッ!」 

 

 結果、ケンイチは新島の提案をしぶしぶ受け入れ新白連合に半強制的に所属することとなった。

 

「覚えとけ、オマエがオレ様に逆らうなんて100億年早いんだよ。しっかしもう一人の勝利の立役者である宇喜田もいてくれりゃより効果的なプロパガンダに利用できたよにな」

 

「新島、宇喜田さんのこと知ってるのか?」

 

 ケンイチの問いに新島はニヤリと笑い、ポケットからタブレット端末を取り出した。

 

「オレ様の情報網を舐めるなよ? この学校の生徒でデータに無い奴は一人もいねぇよ。特に強い奴はな」

 

 新島はタブレット端末の情報を得意気に読み上げ始める。彼は趣味と実益を兼ねて学生ランキング、通称学ランと言う荒涼高校性のあらゆる分野での実力ランキングを自作していた。そのデータの膨大さと正確な数値化、更に新島本人の評価が加わったそのランキングは、某CIAの情報収集能力に勝るとも劣らない代物となっているのである。

 

「宇喜田 孝造。荒涼高校3年の不良高校生、元だけどな。学力はランキング外のドベだが喧嘩の腕っぷしは元エリート柔道家の才能を活かして抜群だ。奴はつい最近までバリバリ一匹狼の不良をしてたがある日を境に急にまともになった。授業にも真面目に取り組んでるそうだ」

 

「へぇ~そうなのか……」

 

 新島の説明はケンイチが改めて宇喜田のことをあまり知っていなかったのだと理解した。

 ケンイチにとって宇喜田は辛い修行体験を現在進行形で共有できる数少ない同志であり武田と同じように友達でもあった故に、宇喜田が不良だったと言う過去に少なからず驚いた。

 

「宇喜田なら学校に来てるよ」

「武田さん!? どうしてここに?」

 

 不良たちが逃げ去っていった教室の扉に武田が立っていた。

 

「いや~ボクもよく分からないんだけど新島と話している内に何故か新白連合に所属することになってたんだよ。見に覚えの無い念書まで書いてしまってて……」

 

 ケンイチが新島の方を振り替えれば怪しい笑みを浮かべていた。

 

「悪魔め……」

「ケケ!」

 

「そう言えば宇喜田さん、最近学校であっても元気が無いような……?」

 

 

 美羽もまた宇喜田を心配して武田に近寄ると、武田は若干頬を赤らめて答えた。

 

「そうなのさハニー。あの脱会リンチ以降からね……授業には出てるようだけど昼休みや放課後はまるでゾンビみたいに学校をフラフラと徘徊してるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、ケンイチはいつも通りに梁山泊にて修行をしていた。今日の修行相手はあらゆる【中国拳法の達人】 馬 剣星である。

 

「それでっ──どうにかして──宇喜田さんを元気づけようと──思うんですが──!」

「兼ちゃんの話からしてその宇喜田って子は罪悪感で参っているのよ」

 

 ケンイチは梁山泊の中庭にて剣星と組手を行っていた。そこいらの不良なら難なく倒すケンイチの猛攻を剣星はエロ本両手持ちで攻撃をいなす時のみ片手で対応、しかも視線は完全にエロ本に向けられていた。

 

「──罪悪感ですか!?」

「そうね。たぶん宇喜田君はキサラと言う女の子を傷つける気は無かったのよ。だけどつい力が暴走してしまったのよ。顎に打つね」

 

「ぐっ──なんの!」

「ほう! よく受け止めたね、偉いね兼ちゃん」

 

 梁山泊の師匠たちと行われる組手では時たま師匠が攻撃を予告することがあるが、ケンイチは未だそれを防いだり躱すことはできなかった。

 

 しかし今回のケンイチは一味違った。脱会リンチにて大勢の不良を倒したことでケンイチには自信がついていた。

 そして剣星は梁山泊の師匠の中でも比較的にケンイチに優しい師匠であった。これがアパチャイや逆鬼の場合、攻撃の予告はすれども弟子クラスでは絶対に防ぐことも躱すこともできない一撃を放つことが間々あり、秋雨やしぐれの場合はケンイチに対して徹底的に厳しくギリギリ反応できるかできないかの攻撃をするためこれもケンイチにとって酷であった。

 

 そこに来て剣星と言う男は修行のご褒美に美羽やしぐれのお宝写真を進呈したり梁山泊内に設置されている露天風呂に美羽やしぐれが入浴している最中にケンイチ伴って覗きに行ったりと、師匠と悪友の両面でケンイチに接しており何だかんだで馬 剣星はケンイチに最も優しい師匠であった。

 

 つまり剣星の予告攻撃は今、ケンイチの眼にはっきりと見えていたのだ。

 剣星の放った掌底はケンイチが顔面でクロスさせている両手で完全に防がれていた。

 

「兼ちゃんもようやく心身ともに成長してきておいちゃん嬉しいね。これはご褒美よ!」

「えっ──ちょ!?」

 

 その場で大きく地面を踏み締めた剣星。

 

 地震と勘違いするほどの揺れがケンイチの足に伝わった瞬間、それまで己の腕でガードされ威力が完全に死んでいたはずの剣星の掌から恐るべき衝撃がケンイチを後方に吹っ飛ばした。

 

「おーい兼ちゃん。大丈夫かね?」

「ウグググ……そ、そんな、確かに防げていたのに!」

 

 梁山泊の塀まで吹っ飛ばされ息も絶え絶えに起き上がったケンイチは鼻から噴き出す血や全身の痛みよりも今起こった出来事が信じられない様子であった。

 

 もちろんケンイチは剣星がその気になれば簡単に自分を吹っ飛ばせることが出来ることは理解している。

 だが剣星は先ほどケンイチと立っていた場所から一歩も動かずに掌底だけで体格だけなら勝っているはずのケンイチを数十メートル後方の塀にまで叩きつけたのだ。やられた方からすれば手品か何かのようすらには思える一撃だった。

 

「今のは中国拳法の発勁(はっけい)ね。地面を踏みつける震脚(しんきゃく)で生まれたエネルギーを下半身から上半身へと伝えたね。さっきの場合は伝えたエネルギーを掌へと乗せ寸勁(すんけい)と言う至近距離用の発勁を放ったね」

 

「へ~殆ど馬 師父の掌は密着してたのに凄い威力でした!」

「所謂タメと言うやつね。おいちゃんのクラスになれば寸勁に空間は必要なく達人同士の戦いとなれば化勁(かけい)と呼ばれる力を受け流す技術が生死を分けるね」

 

「さっすが中国拳法ッ 氣と言う物ですね!」

 

 まさに漫画や映画で見られる中国拳法の真髄を体験してケンイチは感動していた。この梁山泊では空想の武術伝説が実践されていることにケンイチは改めて師匠たちの偉大さを誇りに思った。

 

「これで兼ちゃんも分かったね? 自分の意のままに力を振るえなければそれは武術ではないね。剥き出しのナイフと一緒よ」

「そ、そうなんですか……」

「他人事ではないね。兼ちゃんだっていつ相手に大怪我負わせるかおいちゃん分かったもんじゃないね。心配よ」

「しゅ、しゅみません~~」

 

 確かにケンイチは宇喜田のことを心配する余裕など本来は無かった。ケンイチの見立では宇喜田は自分よりも武術の才能のある存在であった。そしてあの武田脱会リンチでは明らかに自分よりも強いであろうキサラと言うラグナレクの幹部を文字通り軽く捻って倒したことでその強さをまざまざと見せつけられたのだ。

 

「師父! もっとボクにご教授をッ」

「残念だけどおいちゃんの今日の修行はここまでね」

 

 強くなる決意新たにしたケンイチは気勢を削がれてずっこけた。

 

「えぇー、いつもならまだ始まったばかりですよ?」

 

 ケンイチはあからさまに不満な態度を表した。本来弟子と師匠の関係ならば不遜と言わざるを得ないケンイチの態度も、さして咎めようともしないのがこの梁山泊のケンイチと師匠たちとの良い意味での関係性であった。

 

「今日はこれからちょっと用事があるのね。その代わりといってはなんだけどアパチャイにおいちゃんの代役を頼んだね」

 

「アパー! アパチャイと組手するよ兼一~!」

 

 ケンイチの背後にぬっと現れたのは【裏ムエタイの死神】アパチャイ・ホパチャイであった。彼は子供のような屈託無い笑顔で両手に嵌めたグローブをシャドーボクシングの要領でマシンガンのように乱射していた。

 

 このアパチャイと言う師匠は梁山泊一優しい心を持っているとケンイチ含め誰もが認める所であるが如何せん手加減を知らないと言う弟子育成においては致命的な欠点を持っていた。その欠点が祟りケンイチは本人の記憶には残っていないがアパチャイの岩をも砕く一撃をまともに喰らい一度臨死体験を経験し死人をも蘇らせるスーパードクターの顔も持つ岬越寺 秋雨の全力の救命措置で生き返ると言う壮絶な過去があった。

 

 記憶に残っている事でもミット打ちの最中に突然ミットで殴られ宙を舞い上がり、武田 一基との闘いのためにアパチャイから伝授されたテッ・ラーン(ローキック)は血のションベンが止まらなくなるまで体に覚え込ませるなどその危険性は梁山泊一だとケンイチは心身ともに理解していた。

 

「いや~~~!!! 馬師父カムバ~~ック!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後8時を周り日が落ちた街中も、その街はきらびやかな夜のネオンが昼とは全く違った景色を形作っていた。

 

 

 横浜中華街

 

 

 神奈川県横浜市中区山下町一帯に存在する日本随一のチャイナタウンである。そこは単なる中国を模したハリボテではなくそこに住まう人々もまた中華に思想に基づく人民たちが多い場所である。

 

「ここが横浜中華街か。馬 師父を尾行してここまで来ちゃったけど横浜にいったいどんな用事なんだろう?」

 

 そんな夜の繁華街で当てもなく彷徨いているケンイチは、アパチャイに自身の妹である白浜 ほのかから渡されたお菓子をあげて買収し、修行を切り上げて梁山泊を出ていった剣星を尾行し横浜まで来てしまっていた。

 

「けどな~馬師父は途中で見失っちゃったしこれといって当ても無いからどうしよう……」

 

 尾行、と言っても実際の所は剣星にバレバレであったケンイチは中華街に着いた途端にあっけなく撒かれてしまい途方に暮れていた。

 だがここまで来た手前ただで帰るわけには行かないと徹底的に街中に剣星がいないか眼を光らせていると、何かににぶつかり転んでしまった。前方不注意である。

 

「あ、すみませんっ」

不好意思(すまない)、此方こそ失礼した」

 

 剣星を探すのに夢中になり前を見ていなかったケンイチがぶつかったのは中国人風の男だった。

 だがそのことにケンイチは心中驚いた。ケンイチは、ぶつかった感触からして電柱か何かのような大地に固定された強靭な物体だと思っていたからだ。

 慌てて謝るケンイチにその中国人は初め中国語で恐らく謝罪と受け止められる言葉を言い、ケンイチにそれが伝わっていないと判断して改めて流暢な日本語で謝罪をし、倒れたケンイチに手を差し伸べた。

 

「しぇ、谢谢……うっ!?」

 

 ケンイチが片言の感謝の言葉を言い差し伸べられた手を握ると、その中国人の手に驚いた。

 

 まずは見た目、浅黒の肌に無数の小さな古傷がびっしりと刻まれている。

 次に感触、ゴツゴツとした成人男性の手ではあるが尋常ではない皮膚の厚みや拳ダコが発達しており間違いなく武術経験者、それもかなりの年月に渡って鍛え上げた拳であった。

 最後にその握り、まるで重機か何かに引っ張られているのではと錯覚するほどの力強い握りと引く力はこの中国人の男の並外れた筋力と体幹の強さが現れている。 ケンイチはその手を握った瞬間、例え今この瞬間に自分が不意討ちをしても自分は絶対に勝てないと理解した。

 

「君は武術を経験しているのか? 良い拳を持っている」

「そ、そう言う貴方こそ凄い拳ですね。師匠たちみたいです」

 

 ケンイチは改めて目の前の中国人の男を見上げた。

 ケンイチよりも10㎝ほど高い身長で宇喜田と同じ位か少し低い位だ。

 髪の毛を後ろに束ね編み込む所謂辮髪(べんぱつ)に中国服とカンフーパンツのスタイルはさながら昔の映画に出てくる拳法家そのものだ。

 

「君にも師がいるのか、それは良いことだ。所で私は人を探しているのだが馬 槍月(ばそうげつ)と言う男を知っているだろうか? この写真のビル近くにいるはずなのなのだが」

 

 男はポケットから写真を取り出しケンイチに見せた。写真にはビルの名前とおぼしき取り付け看板とピンボケし不鮮明ながらも大柄な髭面の男が写っていた。

 

「え、槍月ですか? いえ、知りません。でも……」

「そうか分かった。君、もう遅い時間であり今日は特にこの中華街は危険だ。早く帰りなさい」

「あっ……ちょっと!」

 

 ケンイチの話が終わる前に中国人の男は踵を返して夜の繁華街に消えていった。

 

「……槍月は知らないけど剣星なら知ってるって言おうと思ったんだけどなぁ」

 

 

「ちょっとアンタ。そこのアンタよっ白浜 兼一!」

 

 中国人の男が去っていった方向をぼんやりと見ていたケンイチの後ろから、突如甲高い女性の怒気を孕んだ声でケンイチは自分の名を呼ばれた。

 振り返るとそこには頭の両脇に特徴的な2つの大きな鈴のアクセサリーを付けたチャイナドレスの少女がケンイチを睨んでいた。

 

「ふーん。アンタが白浜 兼一ね?」

「え、はい……そうですけど。どうしてボクの名前を?」

 

「……フン!」

 

 まさに不意討ちであった──

 

「グハ!?」

 

 ──チャイナドレスの少女は見知らぬ女性から自分の名前で呼ばれ困惑しているケンイチの水月(みぞおち)にめり込むほどの突きを見舞ったのだ。

 

「うぇぇ……な、なんで……ッ!?」

 

 くの字に折れ曲がりよろよろと踞ったケンイチはその場で強烈に込み上げる吐き気に苦しんだが夕食を食べずに横浜に来たことが幸いであった。そうでなければ今頃ケンイチはアスファルトに全てをぶちまけていただろう。

 

「信じらんない! 受けるか躱すかしなさいよッ アンタそれでもパパの一番弟子ィ!?」

 

 少女の方は悪びれる所か軽蔑したような目線で眼下のケンイチを詰った。

 

「パパ? 一番弟子? 突然殴っておいて君はいったい何を言ってるんだ!」

「馬鹿ッ 自分の師匠のことも分からないの!? 私は名は馬 連華(ばれんか)! アンタの師匠、馬 剣星の実の娘よ!!」

 

「えええぇぇぇ!!?」

 

 水月の痛みなど吹き飛ぶ衝撃が絶叫となって中華街に木霊した。

 

 先ほどの中国人の男とはまた違った衝撃。

 ケンイチは改めてじっくりと馬 連華と名乗った少女を観察する。

 

 まず眼。

 猫のようにつり上がった目付きはキツイ印象よりも凛とした気風を感じさせる。

 

 次に髪。

 耳のようにピンとなっている2対の髪はまるで動物の耳のように動いている。連華の感情を反映しているのか現在怒髪天の如く逆立っていた。

 

 最後にスタイル。

 豊満である。

 チャイナドレスと言うスタイルがはっきりと分かる衣服を差し引いても余りあるはち切れんばかりのバストが激しく自己主張している。

 香坂 しぐれや風林寺 美羽と言ったダイナマイトボディを持つ両名と共に梁山泊で寝食を過ごしながらも南米の捕虜収容所施設の方がマシと思えるような過酷な地獄巡り生活を強いられている健全な男子高校生のエロ眼は見逃さなかった。

 

「はぁー。資料では知ってたけどまさか本当に白浜 兼一がこんな奴だなんて……馬家の名折れよ」

「し、資料?」

「アンタのことはとっくに調べはついてるのよ。馬家の情報網は世界中にあるんだから。何せ私のパパ、馬 剣星は中国本土に10万人の弟子を持つ武術団体【鳳凰武侠連盟(ほうおうぶきょうれんめい)】の最高責任者なのよ!!」

 

「ば、馬師父が結婚してて父親で最高責任者?」

 

 師である馬 剣星の知られざる姿を一気に教えられケンイチの頭は混乱していた。そもそも梁山泊の女性陣から常に軽蔑されているエロ魔神師父に結婚相手がいた事実にケンイチはショックを受けていた。

 

「それなのにパパったら、めんどくさいなんてくだらない理由で私たちをほっぽって日本でアンタみたいな才能0の男を弟子にしてるなんて……はぁ」

 

 疲労が溜まっているのか連華は大きくため息を吐いた。2対の髪も心なしか元気が無いようにしなだれている。

 

「とにかく! 私はパパからアンタを無事に中華街から帰せって言われたの。分かったら大人しく家に帰りなさい。ただでさえここは今マフィアが活発になってて危ないのに馬 槍月(ばそうげつ)海王(かいおう)までやって来ててんやわんやなのよ分かる!?」

 

「馬槍月? 海王? 何ですかそれ」

 

 つい先ほど聞いた名と全く聞きなれない2つの名を耳にしたケンイチは連華に質問した。

 連華はしまっと言うような表情を浮かべ2対の髪がわなわなと震えている。自分自身に怒っているようだった。

 

「……これは言うなってパパに言われてたんだったわ。今のは忘れなさい」

 

 明らかにはぐらかされたと感じたケンイチは更に追及する。

 

「馬 槍月って名前は聞き覚えがあります。その名前の人を探してる中国人っぽい人にさっき会いましたけど……」

 

「嘘!? どこ! ねぇ何処であったの!?」

 

 ケンイチが中国人の男の話を口にした途端にそれまでつっけんどんな態度だった連華の眼の色が変わり、ケンイチに詰め寄り肩を大きく揺さぶった。

 

「うわわわっ! さっきここの通りで会ったんですよ。馬 槍月を探しているから知らないかって写真を見せて……」

 

「写真!? どんな写真!」

 

「何処かのビルとピンぼけした髭の大きな男の人が写った写真ですよ」

「間違いないわ、馬 槍月よ! ビルの名前は覚えてる!?」

「は、はい……」

「でかしたわ! 教えなさいっ今すぐに!!」

「そ、その前にボクに状況を教えてください」

「そんな暇は私には無いの! ほら早く教えない白浜兼一!」

 

 連華の横柄な態度に新島も認めるお人好しのケンイチも流石に少し怒った。

 

「へぇ~そうですか。なんだかビルの名前を急に忘れちゃったなー。さっきまでは覚えてたんだけどなー」

「な!? アンタ私をおちょくってんの!!?」

 

 明らかに見下していたケンイチによってこの場を交渉の場に変えられ、主導権を握られてしまったことにプライドを傷つけられた連華はギリギリと歯軋りを鳴らし鬼の形相でケンイチを睨んだ。

 ケンイチはケンイチで今にも噛みつきそうな雰囲気の連華に背中で汗をかきながらポーカーフェイスを貫いていた。

 

「ヌグググ……あ~もうッ 分かったわよ! 言えばいいんでしょ言えば!」 

 

 根負けしたのは連華であった。ケンイチは心の中でガッツポーズをした。

 

「馬 槍月はパパの、つまりアンタの師匠である馬 剣星の実の兄なのよ」

「お兄さん!? 師父のですか!」

「剛の槍月に柔の剣星……共に当代最強と謳われた拳法家よ。でも性質は正反対。活人拳のパパに対して槍月の拳は殺人こそ武の本質とする殺人拳を扱う武術家で二人はお世辞にも仲の良い兄弟ではなかったと言われていたわ。けど少なくともパパは兄である槍月を今でも兄として愛しているわ。でもある日、槍月は人を殺めて中国を去ったわ。それ以降、槍月は世界を放浪し裏社会で殺人を続けて生き、パパはそんな槍月を止めるためにこれまで生きてきたのよ」

 

「あの馬 師父にそんな過去が……」

 

 ケンイチはあのエロに弱くエロ仲間でもある剣星にそのような壮絶な過去があったことに息を飲んだ。梁山泊での剣星はそのような過去があることなどおくびにも出さずにいつも明るくふざけた調子でケンイチたちと接していたからだ。

 

「アンタなんかに私たちの立場なんて分からないでしょうね! 鳳凰武侠連盟は活人拳が絶対なのに門派に、それも最高責任者の兄に現役バリバリの殺人拳の犯罪者がいるだけでどんだけ居心地が悪いか! 武術省からは毎回毎回小言を言われて大変なのよ! ただでさえ馬家は海皇に目の敵にされてるのに……!」

 

「す、すみません」

 

「そんな時に槍月がこの横浜の中華街に潜伏してる情報を掴んだパパを、私は中国に連れ戻す為に日本まで足を運んだってのに当の本人は私にアンタのおもりを任せて姿を眩ます! パパの一番弟子はこんなありさま!」

 

「す、すみません……」

 

 ケンイチは剣星が責められているのに何故か自分が責められているような居心地の悪さを覚え何故か本気で謝ってしまった。

 

「……そしてもう1つ情報が有ったのわ。馬 槍月を捕まえる国家権力は存在しない。だからこそ槍月の後始末は私たち鳳凰武侠連盟に中国武術省は一任してたの。だけどある人がその決定をねじ曲げ馬 槍月に刺客を送り込んだのよ」

 

「刺客ですか?」

 

「ええ。その情報を聞いたからこそパパはアンタを私に任せて急いで槍月を探しに行ったわ。何せその刺客は私たち中国人にとって知らぬものはいない母国の護神、海王(かいおう)なのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし馬 槍月のことは我ら鳳凰武侠連盟に一任するとの武術省からの決定が……いえっ確かにこれまで我々は馬 槍月を捕らえられませんでしたが何も野放しにしていたわけでは……」

 

 横浜中華街で営業している飲食店 逆麟飯店の事務室で、眉毛の異様に長い老人が平身低頭で受話器越しの相手と会話をしていた。

 彼の名は馬 良(ばりょう)。通称白眉 伯父(はくびシェーフ)と呼ばれる中華街のまとめ役であり馬 剣星の伯父でもある。

 

「どうかお考え直しを……ッ 海王と馬家が争うなど死人が出ますぞ!」

 

 普段の白眉を知る者ならば何事かと驚く程に、受話器越しの相手の一言一言に額に汗を垂らし肩を揺らし視線をキョロキョロと動かし瞬きを繰り返していた。明らかに異様である。

 

「……ッッ 分かりました。最早貴方に何も言いませぬ……ですが全ては剣星に任せます」

 

 交渉は決裂した。白眉は苛立ち紛れに勢い良く受話器を叩きつけ机ごと電話機は木っ端微塵に粉砕された。

 

 

 

 どうしても行くのか? 死ぬかも知れぬぞ

 ──これは私の使命。もしもの事があれば娘たちを宜しくお願いします

 

 

「ここまで馬家が気に食わぬのかッ 郭海皇(かくかいおう)め! ……どうか無事であってくれよ、剣星」

 

 

 

 

 白眉は死を覚悟した甥の無事を天に願った。




刃牙道の更なる超展開を願っています。(ツンデレ中国人が生き返るのだけは勘弁な!)

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