さぁ、どんどん話が進みます。
魔法の森のとある店――ひっそりと佇む商店があった。
店の外にまで大量に飛散している、もの、モノ、物……
古ぼけた傘に、タヌキの置物、進入禁止の標識には、なぜか黒電話が器用に置かれている。
この不思議な店の名は香霖堂。
半妖の男、森近霖之助の経営する道具屋である。
いささか現代人には古臭いと思われそうな道具の数々は、霖之助の大切な商品だ。
中には外界の物を拾い、中には自分で作った物もある。
だがどれもこれも大切な商品だ。霖之助は今日も人の滅多に来ない森の奥で、道具たちとともに客人を待ち続けているのだ。
「はぁー、今日も暇だな。ま、魔理沙が来ないだけましか……」
カウンターで頬杖を突く、白髪の高身長の男がこの店の店長の森近霖之助だ。
『まし』と言っているが、その表情には小さな憂いが見て取れた。
カタカタ……カタカタ……
「あ、またか……まったく」
小さくため息をついて、霖之助が部屋の隅に置かれた商品の一つであるグラスを手に取る。
幻想郷では若干珍しいガラス製のグラスだ。
だが、このグラスはただのグラスではない。
「はぁ、もう少し
ため息をつく霖之助の手の中で、グラスがその言葉に応えるように動くのをやめた。
「一回見てもらう――いや、もったいないけど破棄かな……?」
困ったようにして、眼鏡の弦を指で押す。
ことの初めは数か月前、店の整理をしていた霖之助の目の前で、突然陳列してあったグラスが震えだしたのだ。
道具には『普通』でない物が時たま混ざっている。
妖力が宿るもの、意思を持ったもの、作成者の呪いが込められた物。
「君は何が欲しいんだい?」
手に持ったグラスに語り掛けるが、残念ながら霖之助にはそのグラスの意図は測り知れなかった。
うんともすんとも言わず、しかし主張だけはしっかりしてくるグラスを手に霖之助が本日何度目かになるため息をついた。
霖之助は気が付いていない。そんな油断した彼を覗く瞳があることを……
「ふぅ……お茶でも淹れるかな……」
読んでいた本を閉じて、固まった体をほぐすように背伸びをする霖之助。
少し席を外そうとして立ち上がった時、何者かが素早く静かに走ってきて、角材を持って霖之助の頭上に思い切り振り下ろした!!
「ぐぅ!?」
霖之助は薄れゆく意識の中、お尋ね者の妖怪がこっちを見下ろしているのを見た。
人里、その中にある小傘の仕事場にて――
「よく来た、よく来た。まぁゆっくりしていけ」
偉大なる魔術師にして屈指の不審者であるオルドグラムが、座布団をたたき来客を迎える。
「あーえっと……旦那の迎え、痛み入る……です」
非常になれない、敬語もどきで来客――天邪鬼 鬼人 正邪が座布団に座る。
「そう固くなるな。リラックスするが良い」
「りら、く?」
意味が分からないとばかりに、正邪が首をかしげる。
その様子を見たオルドグラムはそうだったとばかりに、言葉を選ぶ。
「ゆっくりと寛げという意味だ。残念ながら魔力を最近使いすぎたせいで、我が持て成すことは出来んがな……
そうだ。我が趣味で作った甘味が有るのだ。食べていくが良い」
戸棚の中にあった茶色い焼き菓子を持ってくるオルドグラム。
日本刀を短くしたような包丁で、その焼き菓子を一人分に切り分け始める。
あまりに無防備な姿を見て正邪の中で、悪意が小さく囁く。
(こいつはいい機会なんじゃないか?
相手は魔力切れの魔術師――いつも偉そうにしている此奴に、一泡吹かせるチャンスだ!!こいつを人質どころか、高そうな魔導書を売り払って……いや、わたしの下克上計画に協力させるもの良いな!大事なところで捨て駒にしてやって――)
「おっと――!」
正邪がシメシメと心の中で笑みを浮かべた時、オルドグラムの持つ包丁が不自然な軌道を描いて正邪のほうへと飛び掛かった!!
「え――!?」
「拙いな」
妄想の中でオルドグラムをこき使う姿を想像していた正邪の反応が一瞬遅れる。
だが手から解き放たれた包丁はそんなことお構いなしで正邪に向かい――
コンっ……
「っ痛!?」
急に包丁は力を失い、床に落ちて転がった。
「おお、正邪よ。貴様は運が良いな。角に当たるとは……」
「な、なななな……な……」
説明されて初めて理解できた正邪は、その言葉に小さく震えだす。
角、頭に生えている小さな小指の先端ほどの長さの角に当たったらしい。
「アッぶねーな!!しっかり握りやがれ!!」
猫など被っていられないとばかりに、正邪が怒りに任せて畳みかける。
「すまない。今回ばかりは落ち度はこちらにある。
何分、実体化している魔力も惜しいのだ」
オルドグラムはそう言って、半透明になった自身の右手を見せる。
「あのなぁ?こっちはもう少しでケガをするところだったんだぞ!?
え”え”!?偉大なる魔術師さんよ?嫁入り前の子、傷モンにするトコだった――」
「正邪、第二刀だ!」
「はぁ?」
正邪が、オルドグラムの指さすほうへと顔を向けると――
しゅん!!
何かがすさまじい勢いで、正邪の前を通り過ぎた!!
空中に正邪の赤いメッシュが入った髪が数本空中に飛ぶ。
「な――――んじゃ、こりゃ!?」
避ける正邪を追うように、再度空中に浮かぶ包丁が正邪を狙う!!
「以前我が手に入れた妖刀の一種だ。三つにへし折って小傘が包丁にしたのだが――」
「この通りとっても元気ですってか!?」
しゃがんで畳を転がりながら正邪が叫ぶ。
ちゃぶ台を立てて、盾の様にするがその瞬間、包丁が突き刺さる!!
「ああもう!!旦那!!なんか手立てはないの――か?!」
正邪の目の前、宙に浮いた包丁がオルドグラム胸にまっすぐと飛んでいき――
「だ、旦那ぁ!!」
オルドグラムの体を音もなく
「言ったであろう?我は霊体だ、と」
「だんなぁああああああ!!!」
一瞬でもオルドグラムを心配した正邪が自己嫌悪に陥って頭を抱える。
「心配は無用だ。この騒ぎもすぐに収まる」
その言葉通り、オルドグラムは尚も飛来し続ける包丁を目視で追う。
「――そこだ」
軌道を読んだオルドグラムが飛び上がり、素早く右手の親指と人差し指を実体化させ――
パシッ!
「つかんだぞ」
オルドグラムが指2本で捕まえた包丁に、手早く『封』と書かれた札を張ると包丁はおとなしくなった。
「おー!流石旦那だ!!」
正邪が手をたたいて、オルドグラムを誉めたたえる。
「なぁに、簡単なことだ」
ドヤ顔をして、オルドグラムはまんざらではないといった表情で、再び座布団に座る。
札を張った包丁で菓子を切ると、皿にのせて正邪に出す。
「我が作った、物だ。食え」
「い、いただきます……」
正邪は思わず反射的に、令を言ってフォークで菓子を口に運んだ。
「いわゆるスポンジケーキに属する物だが……
ふむ、気に入ったようで何よりだ」
静かにもくもくと食べ続ける正邪を見て、オルドグラムが満足気にため息をつく。
「もっとあるぞ、食うか?」
「…………頼みます」
静かに差し出された皿にオルドグラムが再度ケーキを乗せる。
(あー、うまいなぁ……逃亡中は碌な物食べてなかったからな……)
正邪は気が付くとすべてのケーキを食べ終わっていた。
「はぁー、食った食った……」
正邪が寝転がり満足気に、腹を撫でる。
「あ、そうだ。旦那、これやる……
ちょっとぬす――じゃなかった、手に入れたからさ」
正邪が取り出すのは、気絶させた香霖堂から盗みだしたグラスだった。
「これは――」
オルドグラムの表情が気に入ったのか、正邪は自慢げに話し始める。
「踊るグラスか?」
「んだよ?知っているんじゃんか……けど流石旦那だ」
正邪の言葉などオルドグラムには話半分だった。
「なぜだ?なぜ……我はこれを
知っている。そのことがオルドグラムにはひどく不確かで不気味に思えた。
初めて見たのに、明確に存在する既視感。もはや気のせいと呼べるレベルではなく……
「なぁ、旦那。これ、光に透かすとなんか浮き出るんですよ?」
正邪がそう言ってグラスを、透かす。
するとコップの表面にうっすらと浮かぶ紋章のような物が。
「これは……サインだ……そう……製作者の……サイン?」
「だ、旦那!?」
オルドグラムがとっさに、さっき持っていた包丁の封をはがし、部品をばらし始める。
柄を分解して、その奥に刻まれたさっきのコップと
「今思えば、これも見たことがあったのか?
いや、そうじゃない……これは、これは!!」
オルドグラムが自身の魔導書を撫でる。
表面にあるのは、自身の名と自身の紋章。
そう、コップにも妖刀にも刻まれた、同じ紋章。
「なぜ、なぜなんだ!!」
「旦那!?どうしたんだよ旦那!!」
「正邪……我を、連れていけ……お前に知る限り最も魔術に詳しい存在のいる場所に連れていけ!!」
鬼気迫る顔でオルドグラムが正邪に迫った。
「オルドグラムー!オルドグラ……あれ?」
小傘が帰ってきて、買い物したものを畳の上へ置いていく。
荷物を台所に運んでもらおうと、呼んでみるが返答がない。
「おっかしいな……本の中で魔術の研究?それとも昼寝?」
小さな疑問を持って、小傘がオルドグラムの本体である魔導書を置いたちゃぶ台へと歩いていく。
「オルド……あ、れ?」
ちゃぶ台の上。そこには何もなかった。
慌てて小傘が今日の朝の記憶を漁り始める。
あの不遜で寛大な魔法使いの本体は、いつもの定位置通りちゃぶ台の上のはず――
だが、何度見てもちゃぶ台の上には『何もない』。
何度記憶を掘り返しても、ここに置いたはずだ。
「なんで!?た、確か本人は魔力が無いから休むって言ってたけど……
盗まれた?勝手に出て行った?」
あり得る可能性を次々小傘が考えるが、どうにも答えは出ない。
軽いパニックに陥りかけた時――
ガシャン!!
「ひゃうん!?」
突如後ろからした音に、驚き小傘が飛び上がる。
後ろにあるのは、幻想郷には珍しいガラス製のコップ。
当然こんなものは自分の家にはないはずだし、その下にある紙が非常に怪しい。
「あ……オルドグラムの字だ……」
気が付くと、それが彼の置手紙だと分かる。
「えーと、何々……?『出ていく、お前は自由だ』?
え、これって……???」
小傘の背筋に寒いものが流れる。
シンプルな言葉。
『出ていく』と『
そしてここにいないオルドグラム。
小傘の手から手紙が落ちる。
「捨てられた……オルドグラムに?」
カタカタと小傘本人が自分でも驚く位に震え始める。
「なんで、なんで?え、え?」
訳が分からないまま、落とした手紙の文面を再確認しようとして手が震えて失敗する。
カタン!
いつまでそうしていただろうか?気が付くとあたりはすっかり日が暮れて、夜の帳が落ちそうになっていた。
「あ、寝てた……?ねぇ、オルド……」
小傘はオルドグラムを呼ぼうとして、自分が捨てられたことを思い出した。
「ああ、そっか……」
力なく再び寝転んで、視線を入り口の扉へ向ける。
あの音はおそらく夕刊が来たのだろうと思うが――
「え、ちょっと!?これ!!」
小傘が立ち上がり新聞の文面を慌てて確認する。
そこには、非常に大きな見出しで――
『お尋ね者妖怪大暴れ!!!里の自警団を壊滅状態へ!!』
の文字と、正邪がこっちに中指を立てる写真、そしてその腰には――
「これって……まさか」
小傘にとっては非常に見慣れた魔導書があった。
金髪の子は名前を憶えてもらっていないのに、天邪鬼は覚えてもらえるという事実。