忘れ傘とグリモわーる   作:ホワイト・ラム

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今回の話は少し特殊になります。
応募いただいた魔道具が出るのですが、今回は少し変わった感じになりました。


店主と花と永遠の献身

日傘をさしたチェックのベストを着た緑髪の女が一つの鉢植えを指さす。

「この花を一つ」

 

たった一言で、世界が変わる瞬間がある。

出会い、別れ、成功、失敗、希望、絶望など等。

『人との出会いは宝』などと説法をしていたのは、妖怪寺の女僧侶だったか。

 

この男は、その言葉の意味を今日初めて理解した。

白い指先、日傘から覗くその顔。女のすべてが全て男を魅了した。

男は齢20数年でようやく、心躍る相手に出会った。

 

「……なにか、問題でも?」

一行に動かない花屋の店主に、女性が眉を顰める。

 

「ただ今、は、はい!」

そう言って男は慌てて鉢植えを抱き上げ、そろばんを叩く。

男の仕事は花屋。生花を育て斬り、時に花束にし、時に店の開店祝いとして必要とされる。

多くの者は花程度と、軽んじるが男は自身の仕事に誇りを持っていた。

『祝い事にも、凶日にも送れるのは花のみ。』それは先代の言葉だった。

プライドばかりで、仕事一筋。浮いた話など影も無し。

だが、今日初めて、男の心は踊っていた。

 

「は、はい!!また来て下さいね!!」

まぁ、そんな事はさておき。今日、この日、この花屋の主人は偶然通りかかった女に恋をした。

それだけは確かだった。

惚れたハレたの恋色沙汰。それは誰にもある物で――

そして、相手を思い眠れぬ夜があるのは、何時の時代も同じ物で――

 

「はぁ……うつくしい人だ……俺もあんな人と一緒に……」

考えるのは将来の事。

店を続け、意中の女を嫁に貰い……仕事から帰ると妻が赤ん坊を背負い夕食の準備をしている。

 

『お帰り、あなた』

 

『ああ、今帰ったよお前』

質素でだが確かな幸せ。そんな日が来ればいいなと、布団の中で妄想に走る。

都合のいい妄想を眠るまでするのが男の日常となっていた。

 

 

 

「ん、あれ?」

ある日、店の商品の一つに見なれない花が有るのに気が付いた。

大きな陶器製の鉢で、薄紫色の花弁が揺れている。

花屋をやっている彼だが、こんな花は見た事も無い。

 

「おっかしいな……仕入れに紛れ込んだ?それとも……」

考えつくのは、突然変異。花と花が偶然交わって新種が生まれる。という事が無いわけではない。無論可能性は非常に低いのだが……

 

「なんだか、綺麗じゃないの!」

初めてみる花だが、不思議と男は気に入っていた。

何か、心の中すっと受け入れられるような、不思議さだった。

だからだろうか?花屋はその花を売り物とせず、自身の家となっている店の2階へもっていった。

 

「いいね、パッと明るくなった様だよ」

殺風景だった部屋が少し明るくなった気がして男は眠った。

そして、次の日――

 

『貴方。朝餉の準備が出来ましたよ』

 

「ん、あ……あんたは?」

男が目を覚ますと、目の前には薄紫の着物を着た若い娘がいた。

当然だが、男にこんな知り合いは居ない。

 

『おはようございます――私の名は「愛妻花」と申します』

白くほっそりした指をついて、お辞儀をする。

 

『貴方様が、私の新しい主人様でございますね?』

 

「主人?何の――」

視界の端、机の上の昨日の花が消えている事に気が付く花屋。

思い返せば、彼女の着物の色も――

 

『はい、昨日、旦那様に拾っていただきましたから』

 

「そうか、そうなのか……あの花の」

旦那は再度その女のいう事を信じた。

この幻想郷では、妖怪や妖精は珍しくはない。今回も特になにも考えずその愛妻花を受け入れた。

それがどれだけ異常で、恐ろしい事かも知らずに……

だが、その事も愛妻花の笑みに誤魔化されてしまった。

 

『さ、せっかくの朝餉が冷めてしまいますわ』

愛妻花は男を伴って、食卓へと案内する。

そこには、焼き魚、だし巻き、みそ汁、漬物とおいしそうな料理が並んでいた。

 

「これ、お前が?」

 

『はい、私は旦那様に喜んでいただけるのが、一番の幸せですから』

失礼します。の言葉と共に箸を手にして――

 

『お口を開けてください』

 

「な、おまえ……」

料理を差し出してくる。すぐ近くに見える愛妻花の姿に花屋は否応なしに胸の鼓動が高まる事を感じた。

少々やりすぎなところもあるが、愛妻花の献身的な愛情とも呼べる態度は花屋が望んだものその物だった。

 

「おハナ。行ってくる」

 

『はい、行ってらしゃいませ』

愛妻花のおハナと名を付け、花屋は大切にした。

彼女はもはや、花屋の大切な存在へと変わっていた。

そんな日常が永遠に続くと思っていた。

 

 

 

「邪魔をする」

ある日花屋におかしな男が姿を見せた。

黒い洋装に、赤いベルトが無数に巻き付いている。

右の腰には羊皮紙の黒い本。左には侍の様に銀色のステッキ。

内側が赤く、外が黒いマントをなびかせていた。

その姿は幻想郷でも決して多く見る物ではなかった。

 

「あ、いらっしゃ……」

そしてその男は何も言わず、店の中を物色し始める。

 

「あの……なにを、お探しで?」

 

「《愛妻花》という花を探している」

男の言葉に、花屋の胸が跳ねた。

その言葉は店主には身に覚えのあることで……

 

「そんなもんウチには無い!!帰ってくれ!!変な難癖付けんな!!」

店主は乱暴にその男を押し出そうとした。

だが、その男はびくともしない。

 

「ここにあるのは分かっている。大人しく渡すのが貴様の身の為だぞ?」

 

「無いもんは無い!!帰れ!!」

取り付く島もないという店主の態度に、男の目がすっと細まった。

 

「ならば、仕方ない……」

男が腰のステッキに手を伸ばした。

 

「すとっぷ!すとっぷ!!オルドグラム何してるの!?」

その瞬間小柄な少女が走って来て、男を止める。

 

「む、小傘か。今からこいつを始末して、道具を探すつもりだ」

 

「何してるの!?ダメって言ってるでしょ!!あ、すいません。すぐに帰りますから!!」

小傘と呼ばれた少女が、男の手を引いて帰っていく。

 

「はぁ……」

一先ず去った、危機に店主が胸をなでおろした。

危機は去った。そう、何も問題が起きるはずはない。

そのはずだった。

 

 

 

『貴方!!なんですか、あの人は?』

 

「客人だ!お前が口を出す事ではない!!」

もう何度になるか分からない口争い。

おハナは献身的だったが、同時に病的なまでの嫉妬深さがあった。

花屋に来る女性客と世間話をすれば不機嫌になり、会話に他の女性の事を出せば眉を吊り上げる。

花屋はだんだんとおハナがうっとおしくなっていった。

そしてある日、それは起きた。

 

「じゃ、また来るわ」

 

「はい、お願いします!」

幽香が笑みをこぼしか帰っていく。

今日はおハナを迎えて初めて、幽香が店にやってきた日だった。

淡い恋心を抱いていた、花屋の心はここに来て再度、幽香に傾いた。

そうだ、口うるさいおハナなど捨てて……

 

『貴方、あの女はだれ?ずいぶん楽しそうでしたけど?』

後ろにおハナが立っていた。

 

コイツは、思い出に浸る事も許さないのか?

 

花屋の店主の心にそんな気持ちが湧いた。

そしてそれは態度に出た。

ため息をついて、店の2階へとおハナを連れてくる。

 

「彼女は客人だ。いつもお前は仕事の邪魔ばかりする。

花屋が女の客と話す事の何がおかしい?

いいか?お前は俺の仕事を邪魔しているのだぞ?

分かったなら、奥に帰り家事でもしていろ!!」

語気が上がり、おハナが肩を震わせうつむく。

 

「俺のやり方が気に食わないなら、出ていった構わんぞ?出ていけ!!」

出ていかないだろうという、一種の傲慢さが花屋にあった。

だが、その一言は決して踏んでいけない地雷を踏み抜いた。

 

 

 

『おかしい、おかしい、おかしい、おかしいのよ!!そんなの、おかしいわ!!

私が、私がこんなに愛しているのに!!私の、私のきもちが!!!』

けたたましく、自身の頭を掻きむしるお花。

 

その瞬間、おハナの姿が変わる。

人間と同じだった顔にヒビが入り、肌の下から覗くのは無数のツタがうごめく姿。

愛おしさを感じさせる外観は、わずかに残し全身にまとわりつく危険な力。

 

 

 

「あ、あああ、あああ!!」

絡みつかれ、身動きすらまともに出来ないその恰好で、花屋は窓から飛び降りた。

自身がどうなろうと関係ない。たった今、目の前にある恐怖から逃げ出すべく、その身を空中に躍らせた。

 

「あ、がぁあああ……」

だが()()()()()。絡みついたおハナは決して離れる事もせず、それどころか尚も全身に体の根を伸ばしていく。

 

「ゆ、許して、くれ……俺が、悪かった!だから……!!」

 

『ダメよ。ええ、ダメね。許さない……けど、愛しい愛しい貴方を放したくないの』

だからね?蠱惑的に、おハナの口が動いた。

今まで見た事の無い位、ゾッとする声だった。

 

『貴方を取り込む事にしたわ。貴方の血も、肉も、骨も、魂も……

ぜんぶ、全部、ぜぇーんぶ……私の物にするの……貴方の全部を使って私を支えてね?

そうすれば貴方は、私の中でずーっと生き続けるの。

さぁ、食べるわよ?貴方の全部を食べるわよ?』

 

「い、いぐ、あ!?」

おハナの言葉通り、細かい根が男に絡みつく強さを変えた。

血管を探る様に、根の先を突き入れ耳の中や、口の中にまで侵入してくる。

これではまるで苗床だ。

自身は花を育てる為の、養分にされているという事実に、言いようもない恐怖を感じた。

 

「た、たすけ……」

手を伸ばすが、人通りの多い通りに声は届かない。芋虫の様に這いずって表通りを目指す。

ズリズリ……土を引っ掻き、体を引きずる。

歩けば1分も掛からない距離だが、今の花屋にとってそれは遥か彼方の世界に思えた。

 

『ダメよ?ダメよ……逃げてはいけないわ……』

おハナのツタが、花屋の手に絡みついて動きを阻害する。

それどころか、今度は後方へと逆に引きずられていく。

それにより、表通りまでの距離が遠のく。男の微かな希望が遠のいていく。

 

「い、……や……」

この後に待つのは、確実なる『死』

きっとすぐに殺してはくれない。食虫植物の様に自分はゆっくりゆっくりと養分を奪われていく。何もできなくなり、すべてをおハナに奪われて誰にも知られず花の養分へとされてしまうのだろう。

喉に絡みついた、根が酸素の量を意図的に調節しているのか、だんだんと意識がかすんできた。

 

「やはり貴様か」

 

「…………」

今にも消え入りそうな声で、男の声が響いた。

 

『なに、あなた?今私は……』

 

「異端魔術五属の一つ、気体(ガス)――『着火(マッチ・ファイア)』」

銀の杖の先端が地面に転がる石をつき、火花が散った瞬間。

おハナに炎がまとわりつく!!

 

『――い、ぎゃぁああああああ!!!』

炎を消す為か、ゴロゴロと必死になって地面を転がるおハナ。

それと同時に花屋が解放されて、肺が酸素を求めて激しく餌付いた。

 

「はぁ、ハぁ……あ、あんたは……」

 

「貴様には関係の無い者だ。さてと、愛妻花を回収するか……」

そう言って、何の感情も宿していないような冷たい目を、尚も燃えるおハナに向ける。

 

『あ、、あん……た……』

燃えるツタを尚も、花屋に向けて伸ばすが――

 

「哀れだな」

男の放った、ステッキの一線でツタが切り落とされた。

 

『あ、そんな……わたしは、ただ、愛して……』

 

「道具に、そんな感情が有る訳ないだろう。貴様が感じていたのは我のしたプログラムに過ぎない。

お前の持つ感情は全て、作られた偽物だ」

 

『ふざける……おぶぅ!?』

その言葉と共に、おハナの頭部をその男は踏みつぶした。

 

「おハナ……」

花屋の店長が見ている前で、おハナは消え腰にぶら下げた本の中へと吸い込まれて消えていった。

本を閉じると男は、表通りへ向かって歩き出した。

 

「こいつはもらっておくぞ。貴様には過ぎた物だ。

――最も、もうこれを所持していたいとは思わんだろうがな」

そう言うと、洋装の魔法使いはお花――いや、『愛妻花』を閉じ込めた自身の本に撫でながら帰っていった。

まるで嵐が過ぎ去ったように、男の元には騒がしさの残響だけが残った。

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

花屋が力なく、仕事をする。

花を捨てて以来、どうにも力が入らない。ばたばたと、あの日常が夢ではないかとさえ思ってしまう。愛妻花もあの男も、今思えばいまいち現実感が無い。

だが、胸にぽっかりと開いた穴のような感覚は消えずに残っている。

 

原因は分かっている。あの花だ。恐怖から解放されないのではない。

むしろその逆である。

 

「はぁ……」

意識しないとため息が出てしまう。

それだけ花屋の男の、あの道具に対する依存度は高かった様だ。

最期には死すら感じた恐怖の対象だったが、それでもあの花がくれた物は大きい。

もう、店を早めに閉めて帰ってしまおうとも思うが――

 

「家に居ても、一人か……」

家に帰れば、なおの事あの花を思い浮かべてしまう。

『ただいま』の挨拶も無ければ、『お仕事お疲れ様です』の労いも無い。

道行く親子連れが、非常にうらやましくなる。

居た頃は良かった。家の中がパッと明るくなった気がした。

 

「はぁ……さみしいねぇ……」

 

「あら、ずいぶん辛気臭い顔してるのね?」

 

「あ、いらっしゃいませ!」

いつの間にか客が来ていたのに、それに気づく事も無かった様だ。

 

「そんなんじゃ、誰も来てくれないわよ?」

 

「あ、客さん……」

反射的に挨拶をした相手に、花屋がようやく答える。

日傘をさした女――最近妖怪だと知った相手、風見 幽香だった。

 

「ここの花はいつも楽しそうなのに……今日はそうでもないみたいね?」

 

「え、花が?」

幽香の言葉に、花屋が首をかしげる。

 

「花を見てるとね、解るものなのよ。

その花を育てた人間がどうしたのかってね。

花だって生き物なの、人間の様に意思表示しないけど、ちゃんと喜んで、怒って、嫉妬だってするんだから」

 

「そうだったんですか……そうだな、そうだよな!!

俺を心配してたのは、こいつらも一緒か!

俺はバカだな!ここに心配してくれる奴らがいたんだからよ!!

うっし!いつまでもい、こうしちゃ居られん!

花は綺麗なうちに売ってやらんとな!!」

花屋が笑顔を取り戻す。

幽香はそれに対して、笑みをこぼす。

 

「んで、お客さん。本日はなんの御用で?」

 

「今日は買い物もあるけど……うちの花を見に来てほしいの。

少し元気が無いようで」

 

「分かりやした!んじゃ、早速行きましょう!」

本来は相手が妖怪であるなど、警戒すべき点はあるのだろうがそんなことも今は気にならない。

全身に力をみなぎらせて、花屋が立ち上がる。

 

「うふ、もう心配ない様ね」

幽香がその様子を見て、密かに笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

なお、花屋の初恋の相手が、ひまわりの丘に住む凶暴な事で有名な妖怪で会った事が判明し、あっさり失恋するのは別の話。




愛妻花

『献身的な愛憎』がプログラムされた魔道具。
持ち主を認識すると、相手を献身的に愛することが出来る。
過去に多くの人間を虜にしたが、もし花を裏切るような事をすると、襲い掛かってくる。

ヤンデレってむずかしい……
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