忘れ傘とグリモわーる   作:ホワイト・ラム

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今回はちょっとしか過去回です。
謎のベールに包まれたオルドグラムの過去が、少しわかります。


小傘と猛暑の夢の世界

時は夏真っ盛り!太陽が大地を容赦なく焼き、その熱気が否応なしに人々や動物、はては妖怪からまでも体力を奪っていく!!

 

みーん、みんみんみん!

 

じりじりじりじりじりじり!!

 

じーく、じーく、じーく、じーく……

 

セミの鳴き声をうっとおしく感じながら、部屋の中で横になる小傘がため息をついた。

 

「あーづーい……もう、いやぁ……」

蒸し風呂の様な部屋の中、少し横になって転がって、数分待つだけで床に自分の汗がシルエットとして残るのだ。気分よくいられる訳がない。

 

「まったく、なんとだらしない妖怪であろうか?嘆かわしい……」

オルドグラムが大げさな動きで自身の額を抑える。

 

「……そういう、オルドグラムだって実体化してないじゃん。

幽霊状態じゃない……じゃない」

 

「魔力の消費が少ないのだ。何が問題なのだ?」

半透明に透けて見えるオルドグラムに小傘が苦言を呈す。

なんというか、死者だという事すら思わず忘れてしまいそうになるほど、彼はこの世界に慣れ親しんでいる。

 

(私だったら、死んだ上で目覚めた時が800年後だったらもう少し慌てるんだけどな……)

あきれ半分、尊敬半分で小傘がオルドグラムを見る。

 

「はぁ……あついなぁ……」

そういいつつ、2色の瞳はオルドグラムを捉えていた。

 

「……なぜ、我を見る?」

小傘の視線に気が付いたオルドグラムが口を開く。

 

「……なんか、涼しくなる道具だして」

一縷の望みをかけて、小傘がオルドグラムを見やる。

 

「ほら、うちわだ」

 

「…………………………ええ…………」

渡されたうちわを見て、小傘が何とも言えない嫌そうな顔をする。

 

「もーやだー!!あついあついあつい!!

ちっとも雨も降らないし、お客さんも来ないし、熱いし!

汗でベタベタするし、オルドグラムもこのタイミングで役立たずだし!!」

バタバタと小傘が転がった状態で暴れだす。

当人たちは知りはしないが、ここ数日歴史的猛暑に幻想郷は襲われていた。

だからと言って、何とかする手立てなど人間にはありはしないのだが……

 

「そんなに、暑いのか?

ふむ……どうした物か……」

顎に手を当て、オルドグラムが何かを試案する。

 

「涼しくする道具有るの?」

 

「規模は巨大だが……あるにはある。

この暑さだ、貴様も夜は眠りが浅くなっているだろうしな……」

オルドグラムが指を鳴らすと、本のページが開く。

そして、そこから現れるのは――

 

「ナニコレ?ただの枕じゃない、それに眠りが浅いって?」

 

「これは『真実・枕(ま・まくら)』という、道具だ」

何の変哲もないタダの枕だ。

多少、装飾は金糸を使っているのか、高級そうに見えるがなんの変哲もない枕に見える。

 

「快眠になるだけの枕ってことは無いよね?」

疑いの目で小傘がオルドグラムの出した枕を見る。

 

「快眠に導く効果はある。だが、この枕の真価はそこではない。

この枕は――はて?何だったか……」

 

「オルドグラム!?忘れたの?」

まさかの言葉に小傘が再度驚く。

 

「いや、思い出した。思い出したぞ。この枕は現実を改変する力があるのだ」

 

「は?はぁ!?」

思った以上の規模に、小傘がまたしても驚いた。

 

「え、あの……私今日驚いてばっかりだけど……

この枕、そんな事出来るの?」

 

「眠ることで夢の世界へアクセスするのだ。

夢とは意識ある生命体の、共有のゾーンなのだ。

皆が眠りにつくと『夢』という巨大な、世界に連れていかれる。

そのあやふやな世界を形にするのが、この道具の能力。

不確かな夢を、この道具は現実として、固定する」

 

「え、えっと……どういうこと?」

 

「全生命体の夢は全体で巨大なエネルギーをもつのだ。

だが、夢である以上明確な形は持たない。皆が皆、自由に夢を見ているからだ。

だが、この枕はそのエネルギーを現実世界へ取り出せるのだ。

夢のエネルギーを持って、この世界に夢を実体化させるのだ」

再度オルドグラムが説明するが……

 

「うん、わかんないや!」

小傘にはさっぱり理解できなかった。

 

「……見た夢が現実になる。これで良いか?」

 

「すごい良く分かった!」

ため息をつきながら発したオルドグラムの言葉に、小傘が漸く理解を示した。

 

「あれ、それって……けど、見る夢なんて操れなくない?」

絶対的な道具の唯一にしてあまりにも大きすぎる欠点。

 

「それと、こいつが叶えるのはその夢を見た時の寝言に限られる」

思い出したと言いながら、オルドグラムがさらに付け加える。

 

「使いにくい!?

はぁ……オルドグラムの道具ってどうして、こう欠点があるかな?」

 

「我とて神ではない。ありとあらゆる、事態を想定しその全てに対処するなど出来る訳無かろう……

無論、なるべくその欠点を消して行っているのだが」

微妙にオルドグラムの口角がひきつっているのが分かった。

 

(あ、不機嫌……)

小傘が目ざとく、その特徴を見つけた。

こういう時はあまり刺激しない方が良い事を、小傘は知っている。

 

「だが、ある程度夢をコントロール術はある。

枕の下に、この紙を入れるのだ。

紙に見たい夢の内容をかけば、無意識に作用して夢の形を形作れるのだ」

 

「すごい!!そんな道具が有るなら、なんで最初に使ってくれなかったのよ!!」

 

「それはだな…………む?思い出せん……なぜだったか?はて?」

珍しく、言い淀むオルドグラム。

何時も意見をしっかり持っている彼にしては、非常に珍しい。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと……怖くない?

分からないとか、すごく怖いんだけど!?」

未知への恐怖で小傘が震える。

小傘は知っている、オルドグラムは困った意味で自信家だ。

なぜ、使用しないか忘れているだろうが、それでも自分の道具の安全性を証明するために、自分を平然と実験台にするだろう。

 

「心配するな。すでに布団は敷いてある」

 

「あーもう!!予想した通り!!」

いつの間にか敷かれていた布団をオルドグラムが叩く。

 

「さぁ、寝ろ」

 

「いや、今は眠くない――」

 

「当身!」

 

「はぁうふ!?」

高速で後ろに回り込んだ、オルドグラムの手刀が小傘の意識を刈り取る。

そして、そのまま布団の上に倒れこんだ。

 

 

 

「え、なにここ……」

小傘が目を覚ましたのは、雲の上。

何処までもふわふわと続く、巨大な雲海。

頭上には太陽が浮かび、空の片隅には、何かの道具が無数の群れを成してゆっくりと行進している。

明らかに、現実ではない空間。それが容易に夢だと教えてくれる。

 

「……なんというか、オルドグラムの思い切りの良さがダメな方に、進んだ結果だなぁ……オルドグラムは毎回、無茶苦茶というか、力づくというか――ん?」

空の遥か彼方。

こちらに向かって何かが飛んでくる。

それは弾丸の様に、ブレる事すらなく一直線に飛んでくる漆黒のバレット!!

 

「あわわわわわわ!?」

 

キィンんん―――!!

 

ドォん!!

 

「いやぁぁああああ!!!」

小傘のすぐ横、その塊が着弾し、土煙と衝撃を上げる。

大地が揺れ、パラパラと上がる砂。

その中に見知ったシルエットが有った。

 

「待たせたな。小傘」

 

「お、オルドグラム……」

爆風でめくれたスカートを治しながら、小傘起き上がった。

 

「えっと、私の夢の中にさらっと入って来たね。どうやったの?」

 

「現実世界で、我も眠ったのだ。貴様の腹を枕替わりにしている」

その言葉を聞いて、小傘は顔が真っ赤になった。

 

「ちょっと!?バカ!スケベ!エッチ!!

寝てる私に何をしてるのよ!!」

無駄だと分かりつつも、夢の中で腹を押さえながら抗議の声を上げる。

 

「ふんッ」

 

「あー!ついに何も言わなくなった!!しかも鼻で笑った!!」

 

「そうですわ、ボウヤ。女性を無碍にする物ではありません。

(わたくし)そう、教えましたわよね?」

突然ふりかかる、聞いた事の無い声。

 

「だ、だれ!?」

この世界は夢の世界。当然だが、ここには自分と侵入してきたオルドグラム以外はいないハズ。

しかし――

 

「ごきげんようボウヤ。久しぶりですわね?」

 

「ぬぅ!?貴様は――ドレミー……」

 

「はい、ご名答ですわ」

サンタのような赤い帽子、黒いワンピースに白い球体が付いた少女。

 

「だれ?」

 

「さっきボウヤが言いましたわ。ドレミー・スイートですわ」

小傘の目の前で、牛のような尻尾がスカートから出てきて揺れる。

 

「私は夢を管理する仕事をしていますの。

滅多にありませんが……誰かがおかしなことをしない様に、監視するのも仕事なんですのよ?」

 

「む、むぅ……」

 

「オルドグラム!?」

声を絞り出すオルドグラム。

その顔は今まで小傘が見た事ないほど、あせりに満ちていて大量の汗が流れていた。

 

「私の事はす~かり忘れていた様ですわね?

でなければ、こんな暴挙しませんものね?」

なじる様にドレミーが、雲に乗ったままオルドグラムの周囲を回る。

 

「おお、思い出した!!思いだしたぞ!!

貴様の名!!貴様の役職!!我は眠りにつく間、貴様と共に在った!!

そうであろう!!ドレミー・スイート!!」

 

「漸く思い出した様ですね、ボウヤ。

生まれたばかりの貴方を世話してあげた恩を忘れたとは言わせませんよ?」

ふわふわと浮かぶドレミーに、オルドグラムが苦い顔をする。

 

「うむ、思い出してきた。この道具は、貴様の能力に感化され作った物だった。

我とした事がすっかり忘れてしまっていた」

オルドグラムが今ここにない『真実・枕(ま・まくら)』の事を指して話をする。

 

「えっと昔に知り合い?」

 

「ええ、そうですとも」

小傘の前に雲の上に寝転がりながらドレミーがやってくる。

そしてパラパラと本をめくり始める。

 

「初めて出会ったのは800年ほど前ですわね。

魔導書が封印されて、眠りについた付いたボウヤはこの世界に来たのですわ。

もっとも、何時も居た訳では無いのですけど」

にんまりとドレミーが笑って見せる。

 

「ドレミーよ。ボウヤはやめるのだ」

 

「お断りですわ。ボウヤの事は生まれたすぐ後から知っていますもの。

私にとってはボウヤは何時まで経ってもボウヤなのですわ」

 

「むぅ……」

到底小傘が言えないであろう言葉を聞いて、オルドグラムが困ったような顔をする。

先ほどと同じように、こちらもあまり見た事の無い表情だった。

 

「け・れ・ど!前に言ったはずですわ。夢に干渉するのは許せませんと。

ですから、退場ですわ」

ドレミーが指を鳴らすと、夢の中の空間がたわんだ。

 

「あ、ちょっと!?」

そして、ヒビが入ってオルドグラムと小傘を吸い込んだ!!

 

「ドレミー!!」

 

「この道具は没収しておきますわね。()()()

オルドグラムの話もむなしく、ドレミーはこちらを挑発する様な笑みを浮かべ、真実・枕を回収していってしまった。

 

 

 

 

 

「いたっ!?っ~~……」

後頭部を打ち付け、小傘が目を覚ました。

ドレミーの言葉通り、小傘の下にあった枕はなくなっていた。

そして、腹に感じる圧力。

 

「すぅ……」

 

「うえぇ……重い……」

小傘の腹の上、オルドグラムが頭を乗せて眠っていた。

 

「むぅ……暑いな……」

不機嫌な顔をしてオルドグラムが目を覚ました。

 

「ね?暑いでしょ?」

 

「ああ、そうだな……」

ドレミーに言われた事を気にしているのか、バツが悪そうにオルドグラムが答えた。

彼の露骨なまでの誤魔化しに、小傘はこれ以上触らないで上げようと、優しく思った。

内心、いつもは見れないオルドグラムの表情が見れた事と、それが自分以外の人物によるものだと思い、うれしいが少し嫉妬も混じった複雑な感情を抱いた。

だが、そんな感情も暑さのせいにして、すぐに忘れる事にした。

 

 

 

 

 

翌日

「小傘よ、喜べ!!この暑さの対策が完了した!!」

 

「え!本当!?」

オルドグラムの言葉に、小傘が体を起こす。

 

「無論だ。といっても根本的な解決ではないが……

一先ず、『対策』という形だ」

申しわけ無さそうにするオルドグラムだが、小傘にとってこれ以上の朗報は無かった。

何はともあれ、彼の道具という希望、無き後、この地獄の様な暑さを切り抜ける方法があるならばそれにすがるしかなかった。

 

「我の魔道具ではないが……

以前外界から流れて来た書物から、完成させた道具だ。

使うがいい」

小傘の目の前に、木で出来た大きなタンスが置かれる。

 

「ナニコレ?」

 

「外界の道具――冷蔵庫だ。

もっともこれは冷気が下に落ちる性質を利用して、物を冷やすにとどまっているがな」

オルドグラムが冷蔵庫と呼んだタンスの、上から2段目を開ける。

そこから、一本の瓶を取り出した。

 

「あ、()()()ってやつ?」

以前紅魔館でみた、西洋の酒の名を小傘が口に出す。

 

「違う。我はあまりアルコールは得意では無いのだ。

これは、ただのぶどうジュースだ」

そう言ってオルドグラムはさらに下の段から、グラスを二つ取り出す。

 

「うわ、冷たい……」

ひやりとしたグラスの感触と、更にそこに注がれるぶどうジュースに小傘の期待が高まっていく。

 

「あ!冷たい!おいしい!!」

久しぶりに感じる涼に、小傘が目を輝かせる。

 

「こんなにすごいのに、魔法じゃないの?」

 

「単なる物理法則だ、魔術的な部分があるとすれば、冷気を循環しているくらいだ。

もっとも、こっちも錬金術に近いのだが……」

いつもの様にオルドグラムが自慢げに話しだす。

 

「箪笥の段は、全部で4つだ。

一番上は使えんが、下の三つは使える。

好きな物を入れて冷やすが良い」

 

「うん!分かった!!

……あれ?けど、なんで一番上は使えないの?」

 

「冷気の元が入っているのだ。開けた拍子に逃げられると困る」

小傘の疑問にオルドグラムがぶどうジュースを飲みながら答える。

 

「なるほど、確かに冷気の元が逃げたら困る――

逃げる様なものが入ってるの!?」

まさかの回答に小傘が語気を荒げる。

 

「い、一体なにが――!?」

恐々としながらも、小傘は箪笥の一段目を開けてしまった。

そこに居たのは――!

 

「むぅー!むむぅ!!むふぅ!!」

手と足を縛られた氷の妖精チルノ!!

何時もは勝気な彼女も、縛られ閉じ込められるという恐怖の体験に、目に涙を浮かべている。

 

「あわわわわわ!?」

100%アウトな構図に、小傘がチルノを取り出そうとする。

だが――

 

「良いのか?そいつが居なく成れば、お前は再び暑さに苦しむ事に成るぞ?」

 

「うぐ!?」

オルドグラムの言葉に小傘はゆっくりと、チルノに向き直り……

 

「……ごめんね、チルノちゃん。

明日には出してあげるから」

その言葉に、チルノが驚き抵抗を強める。

 

「むぐぅ!?むぐぅー!!むぐぅー!!むぐぐぅ!!」

しずかに箪笥を締めた。

締めると同時に、チルノの声も聞こえなくなり、小傘の罪悪感が薄れる。

 

「ああ、私もすっかり悪の魔法使いに毒されてしまったんだね……

今まで、悪い事だけはしない様にしてたのに……よよよよ……

あ、冷えたジュースおいしい……」

さっきより少しだけ、すっぱく感じるジュースを飲みながら小傘がつぶやいた。

 

オルドグラムにも苦手な相手がいるのだなーと、何となく小傘は親近感を持ちながら杯を傾けた。




ドレミーさんって、強キャラのイメージありますね。
キャラ自体も好きですが、なかなか出しにくいのが難点。

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