皆さま今年もよろしくお願いします。
地霊殿の暗い廊下を一人の男が歩いていく。
薄い紺の作務衣に、簡素なスリッパ。
純日本風の服装だが、それでも本人の顔立ちのせいか外国人だと分からせる。
だが、西洋風の容姿と日本風の服装が意外にもマッチしているから不思議である。
「…………」
男、オルドグラムが立ち止まり自身の歩いてきた方向を振り返る。
廊下の奥にはさっきまでいた書庫が有る。
事実今も彼の手には、数冊の本が握られている。
だが視線を下におろすと――
「なぁ~う!」
「くぅ~ん」
「めぇ~!」
足元を猫が頭をこすり付け、犬が甘えた様子で寝転がり、なぜか羊がぼんやりとこちらを見ている。
そして――
「…………ちゅう」
子ネズミの親子が、遅れてやってくる。
それらすべての瞳が、オルドグラムを見据える。
「…………チぃ」
次から次へとやってくる動物たちに、オルドグラムが舌打ちをする。
「散れ、ケダモノ共。我は忙しいのだ」
しっしと、手で追い払う動作をする。
だが動物たちは一切取り合おうとはしない。
各自が思い思いの方法でオルドグラムにまとわりついてくる。
「くどいぞ……貴様ら――」
苛立たし気にオルドグラムが動物たちを振り払おうとする。
その時――
「おにーさーん!」
廊下の向うから、白い服の女が走って抱き着いてきた。
背中の羽を広げながら、全力でぶつかってくる。
地霊殿に住んでいるお空とかいう妖怪だ。
「ふん……」
オルドグラムが手に持つ本を放り投げる。
そして自身の体の実体化を解除し、お空を回避する。
再度実体化して、落ちて来た本を回収する。
ドォーん!
「いったぁ~い……」
壁に頭をぶつけたお空が、涙目でオルドグラムを見る。
「カラスよ、やめるのだ。
我の体は魔力が不足している。
この体も辛うじて形を保っているだけで、触れられれば簡単に形を失ってしまうのだ。
動物ならまだしも、妖怪の力ならなおさらだ」
「うにゅ?」
お空は全く理解できないと言ったように、首をかしげる。
「貴様に話した我が愚かだったか……」
オルドグラムは踵を返し再度進んでいく。
「おにーさーん!」
背後から再度突っ込んできたお空によってオルドグラムの体が、バラバラになった。
「この!愚かカラスめが!」
「ふぅ~あ……暇だなぁ……」
与えられた客室で小傘が寝転がりながらあくびをする。
「ええい!奴らは一体なんなのだ!!邪魔であることこの上ない!!」
オルドグラムが怒声を上げ、ちゃぶ台を殴りつける。
「うぇひぃ!?びっくりした~」
その音に、横になってウトウトしていた小傘が目を覚ます。
「ここの生活は確かに快適だ。だが、だがだ!
正直言って退屈なのだ……我としては一刻も早く地上に戻り安寧な生活に戻りたいのだ。
このままではゆっくりと腐っていくだけだ!退屈とは精神を殺す猛毒なのだ!
だが、魔力が足らん!圧倒的に、絶対的に、絶望的に足らん!」
オルドグラムの魔力は先日のネクとの戦闘で枯渇していた。
「けど、ゆっくりだけど回復はしているんでしょ?」
「確かに魔力の自動生成は可能だ。
だが、その自動生成にも魔力は使うし、効率も悪い。
何よりも、現在の体を
そう言うオルドグラムの体はやはり少し透けている。
先日入手した魔術書を読むための解読魔法を使うための魔力すら不足していた。
「要するにじっとしてるしかないけど、それにしては退屈だって事?」
「端的に言えばそうなる」
「……確かに暇だけど、別にいいんじゃないかな?
忙しいよりはずっと良いよ……だから……すこし、ね……る……」
オルドグラムの前で小傘が小さくいびきをかき始めた。
「むぅ……」
寝入った小傘を見ながら、オルドグラムは小さくため息をついた。
そして諦める様に部屋を出ていった。
「ちぃ、小傘め。だらけよって……事態は好転してはいないというのに」
再度逃げる様にやって来た書庫で、指先のみを実体化して机の上に置いた本を読む。
「……我の興味をそそる物は少ないな」
どれもこれも古い歴史ばかりでオルドグラムには退屈だった。
「なら、怖い話でもする!?」
突如オルドグラムの座る椅子の下から、こいしが顔を出した。
「怪談に興味はない」
あっさりそう言うと、本に目を戻す
「え~?けど、実際にある話だよ?」
なにか上機嫌なのか、笑みを浮かべながらこいしがオルドグラムの周りをまわる。
驚かれなかったのが不満の様だった。
「……うっとおしい、これだから子供は嫌いなのだ」
「ぶー!子供じゃないもん!ぜったい年上だもん!
少なくとも人間よりは長生きにきまってるもんね!」
こいしがほほを膨らませる。
「我は人間だ。だが、魔術を修め数百年の時を過ごした。
並みの人間と同じにされては困る」
「むむむぅ……あ!そんな事より、怖い話、怖い話!」
「我は興味は無いと言ったが?」
オルドグラムの言葉を無視して、こいしが語り始めた。
「実はね?街道の外れに、古い家があってね?
もう何年も使われてないんだけど、そこに立ち寄る妖怪たちが次々具合を悪くして生んだって!
私も行ったことあるけど、ほんの少しいただけでなんだか体から力が抜けちゃうの!
きっと、あそこで死んだ幽霊の呪なんだよ~」
恐怖をあおる様に、こいしがおどろおどろしい口調で話した。
「ほぉう?その話、興味があるな。
聞かせてもらおうか?」
オルドグラムの言葉に、こいしが顔をほころばせた。
「起きろ。起きるのだ小傘よ」
「むにゃむにゃ……まだ、夜中のお昼だよ……」
「寝ぼけるな!」
「ひゅあい!?なになに!?」
オルドグラムの怒号に小傘が跳び起きた。
「さてと……小傘よ。少し付き合ってもらうぞ」
「え、いいけど……どこ行くの?」
オルドグラムの言葉に、小傘が反応する。
布団から体を起こし、よだれをぬぐう。
「詳しい場所の名など、我は知らん。
だが――ここから、約2キロほど離れた場所だな……
今回ばかりは魔力が惜しい、小傘よこれを頼む」
その言葉と共にオルドグラムが姿を失い、同時に
「約2キロ……微妙に遠いね」
オルドグラムの眼鏡を掛けながら、小傘がステッキを地面から引き抜く。
『急ぎではない。貴様とて時間は余っている身であろう?』
有無を言わせぬ態度でオルドグラムが言葉を放った。
「此処だ、止まれ」
オルドグラムの声に導かれた小傘が、オルドグラムの2度目の指示に足を止める。
「ここだ、って……何もないじゃない?」
小傘がたどり着いたのは、旧地獄の街道の外れ。
妖怪の姿はまばらで、栄えているとは言えない場所だ。
寂れた家が並んでいる。
いや、辛うじて『家』と断定出来るだけで殆ど『廃屋』と言っても構わない朽ちた建物に過ぎない。
今はもう住人を失った家の残骸が並ぶばかりだ。
「ね、ねぇ、気味が悪いよ……」
帰ろ?と小傘がつぶやくがオルドグラムは取り合わない。
「こいしに聴いたのだ。この周辺は妖怪が住み着きにくいそうだ。
仮に住み着いたとしても、体調を崩し直ぐに引っ越してしまうらしい……」
「え、なに?なんで今、そんなトコにわざわざ来てるの!?」
小傘が更に怯え傘を強く握るり、恐怖を誤魔化す。
「小傘よ。この家の中に入れ」
「いやいやいや!!なんで!?絶対にイヤだからね!」
オルドグラムの言葉を小傘が必死になって否定する。
「いやか?」
「イヤだよ」
「どうしても?」
「どうしてもイヤ!」
オルドグラムと小傘が数度問答を繰り返す。
そして――
「ならば仕方がない。我が行く。
傘を
「え、ちょっと――」
次の瞬間オルドグラムのグリモワールが、小傘の傘に絡みつき飛び出した。
そのまま傘はドリルの様に回転しながらドアを突き破り家の中へと飛んでいった。
「な、なんで~~~~!!!!?」
小傘が慌てて、自身の半身を追い求め家の中へと走る。
ギュルルルルルルルルルルル!!
家の中で、傘はまだ回転しながら床を掘っていた。
見る見るうちに傘は床を突き破り、地面へ。
更に地面までもを掘り進める。
「お、オルドグラム!?何して――」
ガギン!
鈍い音と共に、傘の回転が止まる。
「ちょっと……今の音……なに?なんの音?
私の傘……壊しちゃった……?」
泣きそうな顔をして、小傘がオルドグラムのグリモワールに詰め寄る。
「我がそのような事するワケ無いであろう?
心配せずとも、魔力で表面をコーティング済みだ。
貴様の傘にはキズ所か泥すら着いていないハズだ」
「あ、ほんとだ……」
言われてみれば、傘は全く変わった様子はない。
「じゃ、じゃあ、あの音は?」
「コレだな」
穴の下から、よくわからない機械が取り出される。
「ナニコレ?」
小傘が目の前の、機械を見る。
4つの輪が平行に並び筒を形作っている。
真ん中にはやや歪な球体が見え、筒自体には複雑な歯車がゆっくりと何かを刻みながら動いている。
さっきの鈍い音は、コレにぶつかった音の様だった。
「『疑似仙術起爆弾頭』だ」
「……なんか、ヘンな名前だね。
あ、案外軽いね」
小傘が不思議なその機械を持ち上げる。
金色の歯車が規則的に動き、何処となく見ていたくなる。
「なんに使う道具なの?」
「破壊兵器だ、ここいら一帯を吹き飛ばす程のな」
「え!?――――わ、わっと!?」
オルドグラムの言葉で、小傘がソレを落としそうになる。
「おっと、気を付けろ?間違って起爆させたら少なくとも我と貴様は
「もう、やだぁ……」
さっきとは違う意味で泣きそうな顔をして小傘が爆弾を抱える。
「仙人を知っているか?東洋に伝わる超人たちだ」
「しってるよぉ……この前も、ヘンなマフラーした自称仙人に絡まれたばっかりだよ……」
投げやりな様子で小傘が答える。
「ふむ。まぁいい。我はその仙人が自然の力を取り込み自身の力とする能力を疑似的に再現する事に成功したのだ。
使用する前に地面に埋める事により、『気』と呼ばれる力を内部に蓄積し魔力に変換する。
そして使用時に発動させることにより、強大な力を発動させるのだ。
『気』を溜めれば溜めるほど、威力は強大になり範囲もまた広がる。
まぁ、『気』を溜めるメカニズムが解明しきれていないせいか、貯蓄するまでに時間が異様に掛かるのが欠点だが……ふむ、臨界突破、暴発寸前まで溜まっているな。
我が後、ひと月来るのが遅かったら、地底は崩れ去っていただろうな」
「もういやぁ!どうにかしてよぉ!!」
滂沱の涙を小傘が流す。
話を聞いているウチに、いろいろと限界が来てしまった様だ。
「案ずるな。我が目の前に居るではないか?」
小傘の前でオルドグラムが自身を実体化させる。
「小傘よ、動くな?そのままだ――」
カッ!
オルドグラムのステッキが爆弾の一部に突き刺さる。
「我が無策でここまでくる訳があるまい。
我の目的は最初からここに溜まりに溜まった魔力よ!
この力を手に、地上に帰るぞ!」
「さっすがオルドグラム!頼りになる~!
最初から魔力の補充が目的だったんだね?
やるー!かっこいい!すごーい!」
「ふはは、無論だ。さて、我に大量の魔力が帰ってくる。
我が技術と魔力!この二つが揃えば恐れる物など何もないに等しいわ!」
「「あははははははは!わははははははははは!」」
小傘、オルドグラムの両名が気分良く笑い合う。
笑い合うのだが――――
ツルン!
「わははは――アレ!?」
精神をさっきまで疲弊していた小傘、その体は本人が思っていた以上に疲弊しており、ついつい爆弾から手を滑らせてしまった。
「貴様、何を――」
やっている。とオルドグラムが言おうとした時、爆弾が地面に落ちる。
そして――
『起動を承認します爆発まで後10秒』
「オルドグラム、これって……」
『9、8、7……』
「いかん!起爆装置が作動した!!」
「え、ちょ……っとぉおおお!?」
『4、3、2、1――0』
次の瞬間、爆弾が光を放った!!
「あら、今、揺れたかしら?」
地霊殿でさとりが書類から目を離し、僅かに感じた揺れをお燐に尋ねる。
「え、どう……ですかね?」
しかし気が付かなかったお燐は、頬を掻いて誤魔化した。
「……まぁいいわ。さっさと仕事を終わらせましょう」
さとりはため息をつくと、再び机の書類に目を落とした。
「……っぷはぁ!生きてる?……生きてるー!!」
爆心地では小傘が必死に自身の傘を抱きしめ、自身の無事を確認する。
「これ……どうなったの?」
爆心地であるハズの家は当然倒壊済み。
だが、それ以外の廃墟は無事なままだ。
地面を見ると円形に焼け焦げており、また小傘の周りだけ円形に焼け焦げていなかった。
「…………我の力だ……」
「あ、オルドグラム!!」
小傘の背後、オルドグラムが実体化して現れた。
だがその表情は酷くすぐれない。
「爆発の瞬間、貴様を守る障壁を張った。
だが、いくらか魔力を吸収したとはいえ、装置が起爆すればこの地下が崩れ去る可能性は十分あったのでな。
家の外にもう一枚障壁を張ったのだ。
そして、装置の周囲にももう一枚……
結果として、装置に張った障壁が威力を押え、家の外に張った障壁を破ることは無かった。
だが、我と貴様を守るのは流石に肝が冷えたぞ……」
酷く疲れた顔をしてオルドグラムがため息をこぼす。
「えっと……ありがとう……だよね?」
いろいろ考えると釈然としない部分もあるが、オルドグラムは確かに自身を助けてくれたのだろう。
「魔力を大量に使ってしまった……やれやれ……せっかく手に入れたというのに……
もう少し、魔力を吸収しておきたかった物だ……」
何度も、何度もオルドグラムがため息をこぼす。
「だが……地上に帰るには十分だ。
行くぞ小傘。我らの家に戻るぞ?」
「うん……うん……」
なんだか疲れた様子のオルドグラムの言葉に小傘も同じくうなづいた。
うーん、なんだか勘がなまった気がしますね。