流行り病で外に行けない皆さんの、楽しみになれれば幸いですね。
「あさ……か、おきなきゃ……」
疲れた顔をして小傘が、眼を覚ます。
外から差し込むまぶしいほどの光は、今日が晴れた日の朝であることを告げている。
何時もよりも体が重い気がする。
「晴れてる……オルドグラム、オルドグラムどこ!?」
勢いなく小傘が布団から身を起こすし、部屋を見回すがグリモワールは何処にもない。
その事実を理解した瞬間、更に体が重くなりため息をこぼす。
だが、いつもより広く感じる部屋から帰ってくるのは静寂だけだ。
「帰って来てない、の?」
口に出す途中で声がかすれて消えていくのが自分でも分かった。
その声に応えてくれる肝心の相手は居ない。
分かり切っていたが、つい口をついてしまった。
「…………」
居間の机の上では、昨晩奮発して作った料理がすっかり冷めてしまっている。
「食べて欲しかったのに……」
残念そうに、小傘は冷めきった料理に手を伸ばす。
昨日オルドグラムは、大雪が起きるという異常事態を解決に向かった。
一度は帰って来たオルドグラムだが、その後すぐに散歩に出ると出かけ、それ以来戻って来ていない。
「どこ、いっちゃったんだろ?」
なんだか急に心にぽっかりと穴が開いてしまった気がする。
ふと視線を上げた瞬間、小傘は手にした料理を取り落とした。
「あ、ああ……なんで、なんで!?なんで!!」
小傘の視線の先、そこに在るハズのオルドグラムの研究室の扉が消えていた。
昨日までは確かに存在していたハズなのに。
それを機に、小傘は一気にオルドグラムの私物が無くなっている事に気が付いた。
「ない、ない……ない!」
何時か彼が作った道具の完成品、彼が錬成したという小さな金の塊、何時か針妙丸を飼うと言って作りだしたドールハウスまで。
改めて部屋を見回すとオルドグラムの持ち物だけが無くなっている。
「昨日の杖!」
昨日オルドグラムの持ち帰った杖があったはずと、玄関まで走る。
「あ……」
小傘の目の前で、杖が先端から消失していく。
「あ、あ……」
消えていく。オルドグラムの痕跡が。
あの魔法使いが居たという確固たる証拠が消えてしまう。
「なんで、なんで、なんで!?」
半場パニックを起こしかけて、小傘がハッと顔を上げる。
「オルドグラムって……どんな顔してたっけ?」
たった今まで考えていた相手の顔が浮かばない。
一年ずっと同じ部屋で寝起きしていた相手の顔が、思い出せない。
「魔法……なにかの、魔法?」
最初に思い至ったのはその可能性。
誰かが、何かの道具を使って、自分からオルドグラムの記憶を奪おうとしているのだと小傘は考えた。
「はぁ、はぁ……」
小傘はとっさに外に出て、周囲を見回す。
何処かで誰かが何かをしていないか、必死になって周囲を見回す。
「あやややや?これはこれは、おはようございますー」
「!?」
上空から掛かる声に身を構えると、射命丸が新聞を片手に降りてくる所だった。
「はい、今日の文々。新聞ですよー。
それにしても、いやー、まさか裸足で飛び出してまで取りに来てくれるなんて、新聞の製作者としてうれし限り――」
「オルドグラムをみてない!?」
射命丸の言葉を無視して、小傘が尋ねる。
「おるど?はて?何か外来の読み物ですか?」
射命丸の言葉に、小傘の背中から血の気が引いていく。
「オルドグラム、オルドグラム・ゴルドミスタだよ!」
「ずいぶん長い名前ですね。推理小説の犯人の名前ですか?」
射命丸の言葉にふざけている様子は全くない。
ただ単純に、初めて聞く単語に反応してと言った様子だ。
「ごめん、ちょっと寝ぼけてたみたい……」
小傘がとっさにウソをつき、話を収束させに掛かる。
これ以上聞いても成果は得られないと、小傘は判断したのだ。
「ふむ……そうですか、ではでは~」
一瞬訝しがる表情を見せたものの、射命丸はそのまま飛び立っていってしまった。
手に残ったのは届けられた新聞だけだ。
「私も、忘れちゃうのかな?」
射命丸にとってオルドグラムは相性の悪い相手だった。
何度も辛酸をなめさせられた相手を、彼女があっさり忘れるとは思えない。
きっと彼女もまた何らかの手段で、オルドグラムの記憶を消されたのだろう。
いや、きっと彼女だけではなく……
「私は、忘れないから……」
小傘が渡された新聞を強く握った。
何時か自分も忘れてしまう可能性に恐怖を覚えながら。
「そうだ、覚えておかなきゃ……オルドグラム事!」
小傘は今の自分が覚えているオルドグラムの全ての事を、紙に書きだすべく家の中へと戻っていく。
そして、居間に戻ると一冊の本が置いてある事に気が付いた。
それはいつも自身の腰にぶら下がっていた本によく似ていた。
「オルドグラム?オルドグラ――っ!?」
小傘がその本に手を振れた瞬間、静電気の様な小さな衝撃が走りその本を取り落とす。
その次の瞬間、ページが一人でにめくれ黒い霧が本から漏れ出し、人の形を作る。
「!?」
そして、ソレは明確に姿を持ち始めた。
小傘はその姿に見覚えがあった。『彼』の名は――
「あーあ、あーあ……最後の最後で消え損ねたか……ダッサイなぁ」
「ネク……!」
オルドグラムの名を語るもう一人の魔術師だった。
「どうしてここに――!」
小傘がネクをにらむ。
だが、そんな事など気にしないとばかりにネクは涼し気な顔だ。
「いやだなぁ。ボクはキミのラブコールに答えただけだよ?
ボクだってオルドグラムだからね」
ニヤニヤと嫌な笑みをネクは浮かべる。
「ちがう……私が呼んだのは――」
「おっと、良いのかな?初代が居ないのにボクの機嫌を損ねて?」
ネクが好戦的な表情を浮かべる。
そうだ、ネクはオルドグラムと同じ魔術師。
その気になれば、一介の妖怪に過ぎない小傘など一ひねりだ。
だが、ここで下がる訳にはいかない。
「ネク!オルドグラムをどうしたの!」
精いっぱいの虚勢を張り、声を荒げる小傘。
「初代?初代がどうしたの?」
ネクはたった今自身の放った言葉を、一瞬遅れて理解した。
「そうか、初代が消えたんだね?」
その瞬間、小傘の顔が怒りを孕む。
「おっと!ストップストップ。
ボクは何もしてないよ、全て初代が選んだ事さ」
「教えて、オルドグラムがどうしてるのか、知ってる事全部」
しずかな小傘の声に、ネクが浮かべていた笑みを消す。
「そっか、そんなに初代が心配なんだ?
けど、弱小妖怪のキミじゃ出来る事なんて、何もないと思うけど?」
「…………」
小傘はネクの言葉を黙って聞いていた。
「それに――」
ネクは小傘から、視線を逸らす様に体を翻した。
「ボクはね、初代が大っ嫌いなのさ!
あの傲慢な性格、無駄な自信に満ちた言動、派手すぎる姿!
全部!全部!!全部!!!大嫌いだ!!
アンなのに『オルドグラム』を名乗る資格はない!!」
一気に感情を爆発させてネクが怒鳴った。
そして、再度小傘の方を向く。
小傘は尚もネクを睨んだままだ。
「……へぇ?」
二人の視線が絡み合った。
一瞬の沈黙、それを破ったのはネクだった。
「いいよ……初代の事は大っ嫌いだけど、ボク君の事は結構好きなんだよね……」
ネクは自身のグリモワールから、いくつか道具を取り出す。
「魔力の残滓は十分……そうか、ここが初代の拠点……
なら、グリモワールと現実の空間を繋いだ後くらいあるハズ」
ネクが壁に触れ、何かマーキングする様にペンで印をつけていく。
「多分初代は、耐えきれなくなったのさ」
作業をしながらネクがつぶやいた。
「何に?」
「それは言えない。聞きたいなら初代の口から直接聞きなよ。
ボクなら初代のグリモワールへ君を送り付けられる。
「グリモわーるの中に……?」
小傘が思い出すのは、今は消えたオルドグラムの実験室への扉。
「けど、本当に良いのかな?」
ネクが一拍子息をつく。
「あそこは心の世界だ。いや、心なんてキレイなモンじゃない。
魔導書とは純粋な欲望や願いが抽出されて出来た場所だ。
暗く、醜く、どろどろと煮えたぎる、世界理を犯してでも叶えたい欲望の集まりさ。
そんな世界へ、キミを無理やり送り込む。
繋げることは出来る、けど帰れる保証はない。
初代はそこに居る、けど見つけられるも保証はない。
それでもそこに行くつもり?君たち妖怪は精神に重きを置いた存在だ。
他人の心に感化されれば、在り方なんて簡単に歪んでしまうだろうね?
そうしたら、君は君でなくなる――」
ネクが小傘をじっと見る。
「ねぇ、小傘ちゃん。やっぱり初代なんて捨ててボクの物にならない?
勿論どんな理由が有っても捨てたりなんかしない、一生ボクの所有物として大切にそばにおいてあげるよ?」
それは何時か、初めてネクにあった時とよく似た言葉だった。
だが――
「ごめん、
ネクの一指し指が小傘の唇を押える。
「そこまで聞ければ、馬鹿でも答えは分かるよ。
うん、仕方ないけど、まぁ良いよ。
つなげてあげる、行っておいで……」
ネクが自身のグリモワールを広げた。
空中に複数の魔法陣が現れる。
そして、ネクがページに手を掛けて――
びりっ!びりり!!
ページを破り捨てた。
「な、にして――!」
小傘がいきなりのネクの行動に目を白黒させた。
「魔力の残滓がある、くさびを打ち込むなら……ここだね」
懐から釘を取り出し、オルドグラムの研究所の扉のあった壁にページを張り付けた。
「ちょっと!?」
「静かにしてよ。今、切れかけた扉との繋がりを必死でつなぎ合わせているんだ」
ネクがさらにページを破る、破ったページを張り付ける。
この作業を何度も繰り返していく。
そしてダンダンと、破れたページで前にあった扉を囲む様な形になっていく。
「はぁはぁ……まだ、まだ終わらないよ……」
憔悴したネクが床に、ボロボロになったグリモワールを置く。
そして、そこに手を置き魔力を通わせる。
青白い光が本を中心に、魔法陣を作り上げる。
床に置いたグリモワールを始まりに、床板を伝い壁を伝い、壁に貼られたグリモワールのページへとつながる。
そして、青白い魔力の光はかつてソコに在った扉の形を真似る。
「アクセス開始……魔力同調……ノイズ修正……強制アクセス……疑似マスター権使用……開錠要求……ひらけ……開け……開けぇ!!次元の扉ぁ!!」
魔力が迸り、描かれた扉が僅かに開く。
「ありったけの魔力を注いだ……僅かだけど、初代の居る場所に繋がってる。
行きなよ。ここからはキミの仕事だろ?」
ネクが汗を浮かべて小傘に視線を投げる。
「うん、行ってくる。ありがと、ネク」
一瞬ためらいを見せて、魔力の扉に手を掛けその中に小傘が入っていく。
ネクはその姿を確かに見送った。
その瞬間、ネクの足が砕け床に倒れる。
「さてと、今度こそ本当に終わり、かな?」
自ら引きちぎったグリモワールのページが燃え始めた。
所詮は偽物の仮初品。無理を通せばこうなるのは分かっていた。
ネクはあくまで道具の保管庫の鍵であり、魔導士ではないのだ。
「ふふっ……最後に、嫌がらせしてやった……」
小さく笑みを浮かべると、ネクはその場で崩れ落ちた。
その瞬間、魔力のドアに綻びが生まれ、扉の形を失い始めた。
だが、ネクはやり切った顔をして満足気だ。
「あーあ……結局フラれちゃったか……ちぇ、未練たらたらでかっこ悪いったらないよ……」
崩れていくドアを見ながら、ネクは消滅していった。
800年にわたる道具達を補完する鍵は満足気に笑みを浮かべてその役目を終えた。
出来れば、後1話くらいでこの話を終わらせたいですね。
無論、物語はまだ続きますが。