ヒュルルル、ヒュルル、ヒュルルル……
風が、暗い森の中を駆け抜けていく。
昼間でも暗い、魔法の森――生えるキノコは魔力を宿し、満ちる空気は瘴気を含む。
普通の人間では大よそ来ることのない場所。
そんな森の中で、一人の少女がキノコを拾っていた。
おさげのある金髪に、黒いウィッチハット黒い服に白のエプロン風の前掛け。
手には箒を持ち、まるで童話の魔女を若くしたような少女が居た。
「お、これは良い奴だ。うんうん、もう10本程度あれば私の研究も――おッと!?」
風が吹いてその少女の、帽子を取り上げる。
くるくると風は一か所に固まり、帽子を弄ぶように攫って行った。
「あ!待て!!」
少女が帽子を攫った風を追って、キノコを集めた籠すら捨てて走り出した。
太陽がゆっくりと、里を照らしていく早朝――小傘の家でとある男が、試験管の水を紙に垂らす。
白い紙は、その液体に濡れるとうっすらと桃色に染まった。
その色を見て、オルドグラムは目を見開く。
クククと、小さく喉から声が漏れる。
「漸くだ……漸く、我実験が実を結んだぞ!!」
オルドグラムが試験管を手に大きな声で笑い声をあげる。
そして、早速と言わんばかりにノートに、研究結果を書き込んでいく。
「素晴らしい!!これは革新的な第一歩だ!!
はっはっは!!はぁーはっはっはっは!!!」
自らの研究を自画自賛するその後ろで、目の下にクマを作った小傘がゆっくりと布団から起き上がった。
「ねむい……もうすこし、静かにしてよ……」
あくびをかみ殺し、ぼんやりとした目でそう話す。
「おお、小傘か。今丁度我、研究が完成した所だ」
「なんの研究なの……?
ふぅあ……眠い……」
目をこすりながら、小傘が聞く。
正直な話彼の研究結果などに、ほとんど興味はないのだがオルドグラムは黙っていても勝手に嬉々として説明を始めるので、ここで少しでも興味のある振りをした方が賢いと小傘は知っている。
「妖怪とは妖力を持つ。そうだな?」
「え?うん、そうだよ」
「そして、妖力は物質にも宿る。
お前の様な傘、この前の包丁の様にだ」
オルドグラムが、白いボードを取り出しマジックで小傘の簡単な絵をかき、その周囲を囲むように円を書き、そこに『妖力』と書き込んだ。
「……ぐぅ……ハッ!?
そ、それで、それで?」
一瞬意識が飛んでいた気がするが、気を取り直して小傘が聞き返す。
「ふむ、この妖力は周囲に放たれるがそれを集めることによって、妖力――さらには魔力の再利用を可能にしたのだ。
この、紙を握ってみろ」
「紙?」
オルドグラムの差し出す紙を小傘が握ると、握った部分からほんのりと紅くなっていく。
「妖力を感知して、色が付く性質なのだ。
以前作ったものだが、大事なのはここからだ」
そう言って、今度はスポイトの溶液を紙に垂らす。
垂らした部分は、小傘が触れた場所よりも薄い桃色に変わった。
「?」
「この、水には妖力が宿っているのだ。
つまりは、この水から我は魔力を生成できる。
この水自体も簡単に、しかも大量に用意できるぞ」
自信満々と言いたげに、きりっとオルドグラムがキメ顔を作る。
「すごい!!すごいじゃない!!この水さえあれば、私の妖力を当てにしなくていいんだね!!」
それは小傘にとっての朗報、オルドグラムの魔術は小傘の妖力を元にする。
その為、オルドグラムが大きな魔力を使えば小傘は常に妖力に飢える事となる。
この水の存在は、小傘にとっての朗報だ。
「良かったぁ、前みたいな失敗作じゃないんだね……」
小傘が部屋の隅に置かれた、箱通称「小傘箱」を見る。
なんと言うか、倫理や人に対する思いやりが大きく欠如したオルドグラムの発明は、使用者の心を労わるという事を全くしない!!
今回こそ、誰にも迷惑をかけない発明だと、一人胸を撫でおろした。
「で、この水は何処から手に入れたの?」
「家の風呂場だ」
「は?」
オルドグラムの言葉に、小傘が固まる。
風呂場、お風呂場、湯舟……
「ま、まさか――」
何とも言えない嫌な予感が小傘の体を駆け巡っていく。
そんなはずはない、きっと、家の下に在る水源が妖力を含んでいるだけ――
「そう、風呂の残り湯だな」
あたかも、何事も無かったかのようにオルドグラムが、手の中に有る水の入ったビーカーを揺らしながら言った。
「いやぁあああ!!変態!!ド変態!!!
大変態魔術師!!!鬼畜!!特殊性癖指定!!」
耳まで真っ赤になった小傘が、顔面に熱を感じながら今もビーカーを揺らし続けるオルドグラムを罵倒する!!
「……何を慌てているのだ?」
小傘のなぜこのような態度をとるのか、全く分からないといった顔をしてオルドグラムが尋ね返した。
「うっさい!!何考えてるの!?
ど、どう考えたって変態じゃない!!
も、もう、ありえないくらい変態じゃない!!
まさか、私が寝ている内に、変な事してないよね!?」
責め立てる態度から一転、今度は自身の胸を抱くようにして小傘が怯え始める。
そう、自分はあまりにも無防備だったと小傘は反省した。
相手は男なのだ。本に魂を取りついた存在でも、偉大な魔術士でも、相手は立派な男。
ひょっとしたら、研究の合間についムラムラ来て傍で寝ている自分を魔法で目覚めない様にして……
「オルドグラムのけだものー!!ビースト!!アニマル!!
わ、私の体は自由に出来ても、心まではそうは成らないんだから!!」
「体?自由?ふっ……」
小傘の言葉に対して、オルドグラムが鼻で笑った。
「ちょ、ちょっと!?その、馬鹿にした反応は何なんですか!?」
ぷんすかと怒りながら、オルドグラムに詰め寄る。
「小傘よ、良く聞け。確かに我は生物学上、人間の雄だ。
生物である以上、繁殖の本能はある。魂だけの存在となってもその事は変わらない。
だが、良く聞け小傘よ。お前は道具が化けた存在、種族は妖怪だ。
我は感情を持ってしゃべりだした道具に欲情はしない。
そして、これがもっとも重要なのだが――お前の見た目は
私の好みではない――私の好みではない――私の好みではない――私の――
「うわぁああああん!!それはそれでいやぁああああ!!」
明らかにこちらを馬鹿にした様な言葉と、はっきりと言われた『好みではない』という拒絶の言葉に小傘の自尊心が大きく傷ついた!!
「ヤレヤレ、どうすればよいのだ?」
流石に乙女心は理解出来ないオルドグラム、困った顔を一瞬だけして再度小傘の風呂の残り湯の入ったビーカーを手に研究に戻ろうとした。
小傘に背を向けた瞬間、オルドグラムの肩がつかまれる。
「とりあえず、そのビーカーから手を離そう?
世間一般では好ましい行為じゃないから……」
泣いている様な、あきらめたような何とも言えない顔をした小傘が、オルドグラムを諫めた。
「ふむ……」
何か、底知れぬものを感じたオルドグラムは珍しく大人しく従った。
「はい、此処が魔法の森だよ」
小傘が自身の腰にぶら下げていた魔導書を触り、オルドグラムを召喚した。
「魔法の森……スンスン……なるほど」
物質化したオルドグラムが、僅かに鼻を鳴らし空気中に感じる、瘴気を感じ取る。
オルドグラムから、ビーカーを取り上げた小傘は、代用意見として人里から離れた魔法の森へとオルドグラムを案内していた。
「空気中に存在する瘴気……素晴らしいな、ここはまるで金銀財宝が湧きだす鉱脈だ」
新な場所にオルドグラムが目を輝かせる。
「そう……よかったね……」
だが、小傘は気乗りしなかった。
魔法の森には、出来ればあまり会いたくない魔女がいる。
『彼女』は困ったことに、希少な力などを見ると欲しくてたまらなくなるらしい。
もし『彼女』にオルドグラムという存在が分かった場合、どんな手段を取るか分からないのだ。
そして、小傘がもう一つこの場所を嫌う理由がある。
それはこの森にあふれる瘴気その物、魔力には関係の無い小傘にとってこの瘴気は毒であり、何か間違ってオルドグラムに半日以上付き合わされることに成った時の事を考えると、なんとしてもオルドグラムを近づけたくはなかった。
「じゃ、私此処で待っ――てぇ!?」
「さぁ行くぞ!!森の奥はもっと、瘴気があるに違いない!!」
「え――ちょっと!?」
オルドグラムは自身のベルトを伸ばし、小傘をぐるぐる巻きにするとそのまま森の奥へと飛び立った!!
「ふっははっは!!素晴らしい!!瘴気だ!!魔力だ!!ここはまさに財宝の山!!」
「ぎぃやぁああああ~~~~~!!」
凄まじいテンションで、枝から枝と飛びはねるオルドグラムとそのその後ろを引っ張られながら飛んでいく小傘。
「ほうほう、これ――むぅ!?」
ヒュルルルヒュルルルン!!
オルドグラムの前方から、風の音と共に何かが飛んで来た。
それは人の様に手足を持ち、しかし異様な長さと胴の細さで――
「妖怪の類か?面白い!!」
オルドグラムがステッキを召喚して、構える。
そして――
バシン!!
「手ごたえ、無し――か」
一瞬がっかりしたような、顔をして自身のステッキを見る。
「これは――ゴミだな」
ステッキに刺さった、黒いぼろ布を引き抜き興味なさげの捨てる。
何か聞こうとして、小傘が気絶しているのに気が付く。
「小傘……起きるのだ」
「う~ん、う~ん……残り湯魔法はイヤぁ……ハッ!?
オルドグラム!?」
頬を叩かれ、小傘が目を覚ます。
覚ましたが――
「あれ?ここ、魔法の森だよ……ね?」
きょろきょろと小傘があたりを見回す。
それもそのはず、あの『風の様なモノ』が通り過ぎた後には――
「息が、楽……?」
「ああ、瘴気が無くなった、あの風が集めたのか?」
オルドグラムの言うように魔法の森の特徴である、瘴気がほとんど感じられなくなっていた。
「ふぅ、とんだ無駄足だ」
諦めた様に、オルドグラムが本からシートを召喚して、座る。
「けど、瘴気さえなければ、ここも案外いいとこ、かな?」
横目で、嫌に肥大化したキノコを見ながら小傘が苦笑いを浮かべる。
「そうだな――だが、たまにはこういうのも悪くない」
パチィン!
オルドグラムが指を鳴らすと、再び音もなく本が開き、ページから食器が召喚されてカチャカチャと自動で軽食の準備が出来ていく。
数分後には、ちょっとしたサンドイッチとお茶と茶菓子が2人分には多い程並んでいた。
「おおっ、便利!」
小傘がパチパチと手を叩き、喜ぶ。
「これは、私が編んだ魔術式だ。とある一定の行動しか出来ないが、物体に記憶させることで、自動で行わせることが出来る。
今回組み込んだのは『もてなす』の行動だ。
食器たちは、我魔力によりもてなすという動きを見せる」
自慢げに話すオルグラムに、小傘はサンドイッチを手にしながら聞いた。
「ふぇ~、ふふぉふぃへ!(へぇ~、すごいね!)」
「ふん、魔力は例の実験で余裕があるからな。
まぁ、研究の合間の気分転換だと思うかな」
「あー、この道具たちは私の残り湯で……」
何だがとても嫌な気分になった小傘だったが、数秒後にはサンドイッチのおいしさにそんなことは忘れてしまった。
その日の夜――
「漸く見つけたぜ……お前!!
私の帽子をよくも!!」
草を踏んで、魔理沙がボロボロの帽子を頭にのせて風の塊を睨む。
ヒュルルル!!ヒュルルル!!!
「うるせぇんだぜ!!こんのォ!!」
魔理沙の手に八卦炉が出され、こちらに向かってくる風の化け物に光線を照射する!!
ヒュルル……ひゅる、るる……
これが決めてとなったのか、風の塊はほどけて霧散していった。
「妖怪の様に本体は無し、ただ大量の瘴気を集めていただけ?
誰がなんのために?」
ぱさッ……
魔理沙の足元、一枚の紙が落ちる。
魔女としての勘でこの紙が、何なのか魔理沙は分かった。
「コレ――魔法の、一種か?」
それは特定の事柄を起こさせる、魔術のプログラムだった。
そのプログラムは『集める』。
一枚の紙単独で、半永久的に動くそれは魔理沙すら見たことのない、魔術式だった。
「こんな事が出来る魔法使いが居るのか?」
非常に不気味な物をみた気がして、魔理沙は紙を持ってそそくさとその場を後にした。
魔法の森ってやっぱり、妖怪にもつらいイメージです。
魔法使い以外集まらないイメージですね。