敢えて何の力も無い側を書くのは楽しいですね。
ザザー、ザザー……
人里の中を優しい雨が覆っていく。
地に降る雨は、道も家も、人も獣も分け隔てなく濡らしていく。
「ふぅあ……暇だなぁ……」
とある貸本屋、鈴奈庵のカウンター席で店番を任された少女。本居 小鈴が小さくあくびをする。
店番中にあくびなど、客人に見せられた態度ではないが、今日はあいにくの雨。
子供も大人もわざわざ濡れてまで、趣味の本を手にしようとは思わないだろう。
「ふぅあ……阿求でも来ない――」
チリリーン!
「あ、いらっしゃいませ!」
来客を告げる、入り口の鈴の音に小鈴が姿勢を正す。
「失礼する」
入ってきたのは奇妙な姿の男だった。
小鈴は自身が過去に読んだ本の知識から、何とか男がどんな格好をしているのかを言葉にしようとしていた。
(あの、頭のって確かシルクハットだっけ?赤いしベルトが付いてるけど……
それにマントに、またベルト?)
コツコツと靴を鳴らして店の中を歩く男。
赤と黒のベルトが巻き付いたマントに、赤いスーツに巻き付くのは同じ様に黒いベルト。腰には銀色のステッキをぶら下げて、濁ったような瞳を本に向けている。
明らかに、普通の人間ではない。少なくとも人里でこんな奴を見たことは無かった。
(なんなのよ、コイツ……どう見ても怪しいじゃない……)
まさかの可能性を考え、小さく小鈴が身を震わす。
妖怪。この人の里にも妖怪と呼べる存在は居る。
本に目を落とし、相手に警戒をさせない様にじっくりと様子を見る。
ふむ。と小さくつぶやいて店の奥へと、入っていく。
小鈴の視界から消える怪しい男、だが恐らくこの男も――
「おい、女」
「ひゃ、ヒャイ!?」
突如後ろから声をかけられ、小鈴が持っていた本を手から落とす。
その本は自由落下を始め――
「落とすな。これは貴重なモノだぞ?」
瞬時にその男が、落とした本を空中で拾いあげた。
「ほう、魔術書の一種か。こんなものまであるとはな」
パラパラと斜め読みして、小鈴の居るカウンターに戻した。
「あ、え、えっと……」
「本を借りたい。これと、これと、これだ」
しどろもどろになる小鈴を無視して、男が数冊の本をカウンターに置く。
そのどれもこれもが、妖魔本又はそれに準ずる危険なモノだった。
当然だが、こんな危険な物を貸し出す訳にはいかない。
というかこれらは、奥に厳重にしまってあったハズなのだがどこで見つけたのだろうか?
「ごめんなさい、これは貸し出しは出来ない事になってまして……」
男が置いた本は貴重なものが多い、妖怪が書いた物や魔導士が弟子に当てた物など絶対数が少ない。
そしてもう一つの理由は、さっきも言ったようにこの本が危険であるという事。
タダの本ではない、これらは何かしらの力を秘めて、何かしらの形で暴走する可能性を常に秘めている。
被害者が本人だけとは、限らない。
最悪の場合によっては、人里すべてが被害を受ける事になるやもしれない。
「そうか……なら、写本はかまわないか?
机と、椅子、それと墨を貸してくれ」
「えっと、それなら構いませんけど……奥の机と椅子使ってください」
ごそごそと小鈴が紙と
本物を写す写本は、危険度は少ない。
ましてや、見様見真似で何か危機が起きる事も無いだろうと、小鈴は思っていた。
「礼を言うぞ、小娘」
マントを翻し、ハットを手に持って男は部屋の奥へと消えて行った。
「何だったんだろ、変な妖怪……」
少し休憩とばかりに、蓄音機の針をレコード盤に乗せて音楽を聴き始める。
手回しのハンドルが付いており、それを回す事で中にエレキテルがたまりレコード盤の音を奏でる仕掛けだ。
『~♪~~~~~♪~~~♪』
レコード盤を針がなぞり、ゆっくりと音楽が流れる。
「ふふっ」
雨の憂鬱な気分が音楽の中に解けていくように感じる。
湯呑にお茶を注いで、一息つく。
「はぁ、ちょっとぬるいかな?もう少し温度をあげて――――あ”」
小鈴が湯呑の隣、重なった本の下になっていた筆を見つけた。
その筆は確か写本に使うハズの筆で――
「しまった、コレ渡しそびれちゃった……うー、出来れば行きたくない……」
小鈴が筆を手にして、小さく唸った。
客商売としては、お客の要望は応えるべきだが正直言ってあの妖怪には関わりたくないというのが正直な感情だった。
「おい、小娘」
「うわっひょう!?」
急に件の妖怪に話しかけられ、小鈴が手に持っていた筆を取り落としそうになる。
空中を筆が3回転して、何とか小鈴の掌に戻った。
「あ、筆ですよね……?
今持って行こうと思って――」
「かまわん、自前の物がある。
そんな事よりも、一冊分終わった。これは何処へしまえばいい?」
しどろもどろになる小鈴に対して、その男が一冊の本を差し出した。
「え、あ……もう、終わった?」
「ああ、後紙の補充を頼めるか?今までの分は使いきってしまったのだ。
ああ、墨も頼む。2冊目と3冊目に掛かりたい」
そう言ってその男は、本とほぼ同じ厚さの紙の束を持ち出す。
「は、はい……!」
小鈴はにわかには信じがたいモノを見た気持ちになって、混乱する頭を抑えながら予備の墨と紙を差し出す。
「すまんな、感謝する」
男は頭を下げると再び店の奥へと、入っていった。
「いった、どうやったんだろ?」
小鈴の手元には、さっきの男の残した写本がある。
パラパラとめくると、そこには寸分狂わない本物そっくりの写本が有った。
仮にこれを本の形に製本すると、違いなど分からないだろう。
「…………」
じっと見ている内に小鈴の中に、ムクムクとさっきの男に対しする興味が湧いてくる。
凄まじく高速でそして正確な写本の技術。
それは明らかに人間では不可能な技術。それは安易にあの男がやはり人間ではない事を意味している。
「ちょっとだけなら……人里は一応非戦闘地帯だし……」
恐怖よりも、興味が先行した小鈴が自らの好奇心に任せて店の奥へと消えて行った『例の男』の姿を追う。
「(お邪魔しまーす……)」
何時もの店なのに、自然と声が小さくなってしまう。
暗がりの奥、蝋燭の火に照らされ男が机に向かっている。
幸いな事にまだ、2冊目の写本には入っていない様だ。
小鈴は息を潜め、その男の手元に注目する。
トン――
男が、自身の腰にぶら下げた一目で上等物だと分かる羊皮紙の本を机に置く。
「再度、プログラムをするか」
男の手には、件の自前の筆があった。
そして、本が一人でに開き空中にゆっくりと青い光が、複雑な円を作り出す。
自身の店に在る本で見たことがある。あれはたしか魔法陣という魔法使いが使う記号の様なモノだった。
「プログラム起動――『写す』」
それが一枚の札のような物へと収束していき、その札を筆に張り付けた。
「
その言葉と共に、筆が起き上がり男のめくったページの内容を白紙の紙に書き込んでいく。
それもすさまじいスピードで。
だが男がするのは、写したいページをめくるだけ。
たったそれだけの動作で、素人ならまる一日かかる仕事があっという間に終わっていくのだ。
小鈴は舌を巻いた。
「所で――我に何か用か?」
男はこっちにすでに気が付いていた様で、蝋燭の明かりに怪しく照らされた顔を半分だけ向ける。
「えっと、お茶!お茶を持って来て――」
「すでに飲んでいるよ」
小鈴の言葉を遮る男の手には、良い香りを立てる真っ赤なお茶が握られていた。
こちらもさっきまで無かったハズの物だが、どういったトリック何だろうか?
「小娘――覗きとはあまり褒められる趣味ではないな。
特に――魔術を使う所を見られるのを嫌う者達を相手にする時は特にだ」
小鈴がほんの一瞬、瞬きの為に目をつぶった時、その男の姿は書き消えていた。
そして、ピタリと首に当たる銀色のステッキ。
「自らの術を秘めておきたい者は意外と多いのだ。我の様にな?」
「あ、ひ……」
小鈴はいつの間にか、自身の後ろに立っていた男にステッキを突きつけられていた。
怯えた顔で、ガクガクと歯を鳴らす。
「我魔術を他者に見せてはならん。噂させてもならん。
今見た物を誰にも言わず、自らの心のうちにしまっておけるか?」
男の手袋をした指が小鈴の首を撫でる。5本の指が白い小鈴の細い首をゆっくり撫でていく。
「だ、誰にも言いません!!」
「よろしい。なら信じよう」
小鈴言葉に男は満足気な顔をして、小鈴の首から手を離す。
丁度写本が終わったのか、忙しく動いていた筆が自らの役目を終えて、コトンと机の上に倒れた。
「…………え、う……」
緊張から放たれた小鈴が絞められても居ないのに、喉が酸素を欲し胸が激しく上下した。
そんな姿に男は目もくれず、写し終わった写本の束を手にする。
「む?焦げ臭いな」
「え?あー!!」
小鈴が自分がさっき置いていったお茶のヤカンの事を思い出す。
ほんの少しこっちに来る為だと、油断して火をつけっぱなしにしてしまったのだ!!
走って確認すると、すでに火が広がり始めていた。
今はまだ壁だけだが、本という燃えやすい薪に引火したらそれこそアッという間だろう。
「燃える!!家が!店が――アッツ!?」
小鈴がヤカンの湯を壁に掛けようとして、ヤカンで指を火傷する。
尚も火は大きく成りだし、遂には本に届こうとした時――
「異端五元素が一つ『気体』よ。我名により変質せよ」
後ろに立っていた、男が指先を炎に向けて鳴らす。
ステッキを空気中で素早く動かし、何かを虚空に描いたと思えばまるで最初から何も無かったかのように、その炎は書き消えてしまった。
「え?火が……」
「丁度写本も終わった様だ。今回は興味深いモノが見れた。
また来るよ。小さな書店の小さな店番よ」
呆然とする小鈴を他所に、男はそれだけ言うとまるで煙が風で霧散する様に一瞬にして形を失い何処かへ消えて行った。
そのあまりにあっさりした消えっぷりに、夢の様だと思いそうだが、机の上に置かれた写本の墨と紙に対する料金から、あの男が小鈴の夢の中でみた幻では無い事が分かる。
まるで雨音に紛れて消えてしまったような、不思議な感覚だけが残った。
「っていう事が有ったのよ」
小鈴が自身の友人である阿求に事の顛末を話す。
「ちょっと……口封じされてるんじゃないの?」
「いや、あれ以来何にもなくて、タダの脅しだったんじゃない?」
嫌そうな顔をする阿求に対して、小鈴があっけらかんと答える。
「全く、今度はいきなり恋愛小説でも書くつもり?
出だしは良いんじゃない?何も知らない男と雨の本屋での、邂逅。
ミステリアスな感じを生かせれば、結構人気でると思うわよ?」
阿求が顎に手を当てながら、話して見せる。
「そんなんじゃないから!!っていうか、相手結構と年上っぽいし……」
「あら、そんな事気にしてるの?べつに人と人外の異種奇譚は結構あるわよ?
身近なものでは1400歳差の夫婦とか?」
「妖怪の基準じゃない!!けど、あの人は魔法を使ってたし――」
「魔法使い?話を聞く限り該当する人はいないけど?」
「阿求も知らないって事は、最近外から?」
自分でも不思議と声を荒げてしまった小鈴。
「うーん……それでも情報くらいは来ても良いハズだけど……
警戒した方が良いのは確か――けど、小鈴また会ってみたいと思うでしょ?」
「ま、まぁ……それは……」
自らの目の前に、新たなる『未知』がある事を知った小鈴。
決して友好的でない態度、しかしその友好的でないが完全に敵愾心を向ける訳でもない、付かず離れずの距離感。
その距離感と彼の見せた魔術は好奇心旺盛な、彼女を大きく刺激した。
「あんまり深入りしない方が良いと思うけど?」
「あーあ、けどまた会ってみたいなー
魔法も少しは教えてもらいたいかも……特にあの本を写すヤツ」
そんな事を言いながら小鈴が、机の頬杖を突いた。
「いつか絶対妖怪相手に痛い目を――」
「おどろけー!!」
店の入り口から、小傘が姿を現し両手を大きく広げて見せる。
「見ることに成るわよ?」
「けど、興味があるものは仕方ないじゃない?」
「無視しないで!!無視しないでよ!!うわーん!!」
全くの効果が無かった小傘は、悲しそうな顔をしながら走って店を出ていった。
「妖怪がみんな
「んなわけないじゃない。バカな事言わないで」
小鈴と阿求が小さく笑い合った。
「オルドグラムの嘘つき!!あの店の子は臆病って言ってたじゃない!!」
「お前の実力が不足しているだけだ。我に関係はない」
一人ぶつぶつと腰に下げた本に文句を言って小傘は今日の獲物を探しに出ていった。
個人的なイメージですが、鈴奈庵はしょっちゅう燃えているイメージ。
紅魔館の爆発とどちらが頻度が高いんでしょうか?