ミュージック   作:かなりかならま

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「好きです」

いつもより10分早起きした。その10分でいつもより長く洗面台の鏡とにらめっこをした。冷蔵庫から昨日準備したアレを取り出す。

 

下着は私のお気に入りのピンク色。そしていつものようにお気に入りの桜の髪留めを付け……

 

「ない‼︎」

 

私は通勤電車から降りるといつもより、ちょっぴり早歩きで会社へと向かう。その道の途中にあるお店のショーウィンドウに映る私の顔は引きつっており自分でも緊張しているんだとわかった。

前髪を直して、私は自分の頬をパンッ!と叩く。

 

「よしっ‼︎」

 

私は会社へとたどり着くといつもとは違い今日は階段でオフィスへと向かった。

 

「おはようございます!」

 

私は挨拶をしながらブースへと足を踏み入れると、キャラ班の先輩達は目を丸くして私を見つめている。そんな一斉にジロジロみられると少し恥ずかしい

 

「え!?どないしたんや青葉ちゃん!?」

 

「イ……イメチェン……?」

 

「今日はいつものツインテールじゃないの?」

 

今日は髪を下ろして、ロングストレートの髪型だ。ある人が褒めてくれた髪型。なんてったって今日は特別だから。

 

「イメチェン……ではないんですが、そうですね勝負服みたいなもんですよ!勝負髪ってやつです!」

 

私が両手を腰に当て胸を張ってそう言うと、先輩方はお互いに目を合わせて軽く微笑んだ。

 

「ははーん、なるほどな。どうりで気合い入ってたんやな青葉ちゃん」

 

「が……頑張って……!」

 

「大丈夫ー?ちゃんと甘いやつ持ってきた?」

 

私は少し息を静かに吸って敬礼のポーズをとった。

 

「はい!」

 

私は自分のデスクへ腰を下ろし。カレンダーを見つめる

 

今日は2月14日、バレンタインデーだ。

 

 

それでも仕事は仕事。しっかりと働かなければならない。勝負は今日のお昼休み。あらかじめ音村君にはメールでお昼ご飯を一緒に食べようとお誘いしておいたのだ。午前中は休憩時間にキャラ班でチョコパーティをして楽しい時間を過ごしたせいか時間が経つのが早い昼休みまで後5分。いや、調子に乗ってつい私がウイスキーボンボンを食べ過ぎて酔ってしまったというのが大きいかも

 

しかしその残り5分はあっという間に経過した。私はその瞬間大きな深呼吸をして席を立つ。

 

「頑張ってな青葉ちゃん」

 

「応援してるよ!」

 

別にお昼休みにチョコを渡すなど私は一言も言っていないのにいつもからかってくる先輩達はガッツポーズをしてそう言ってくれた。私ったら顔にでていたのかな……

 

「はい。ありがとうございます!」

 

私は笑顔でそう言い残し音響班のブースへと向かおうとする。すると、誰かが私の肩をトントンと二回叩いた。なんだろうと思い振り向くとにっこりと笑うひふみ先輩の姿が

 

「大丈夫。その髪型……可愛い……から……」

 

と優しい声で私の背中を押してくれた

 

「はい。行ってきます」

 

ああ、私は先輩に本当に恵まれているな。

 

 

「音村君」

 

私は音響班のブースからひょこっと顔を出し彼の名前を呼んだ。すると彼はいつものようにこちらを振り向いて

 

「おう、いくか」

 

と、相変わらずの低めの声で返事をし席から立ち上がる。すると音村君はこちらへの歩みを止め

 

「あれ?今日はいつものツインテールじゃないのか」

 

「うん」

 

彼は今どんな心境なんだろうか、私にはわからない

 

「どうする?昼飯一緒に食うなんて久しぶりだよな。何食いたい?」

 

私は迷わず口を開く

 

「屋上で食べない?」

 

「え?屋上?」

 

「ほら!今日は2月の割には暖かくて気持ち良いし!」

 

「……そうか。じゃあまず近くのコンビニでなんか買うか」

 

そう言ってオフィスの外へ向かう彼の背中を私は追いかけた

 

 

 

 

結局買ったのは、ツナマヨと梅のおにぎり、食べるおにぎりは初めて彼と一緒にお昼を食べたあの日と同じだ。音村君は背伸びをしながら気持ち良さそうに風に当たっている。

 

元日のあの日音村君は自分のことを自分で変わったと言った。私から見ても分かる。彼はなんか変わったと思う。外側ではなく内側が。いろんな意味で明るくなった気がする。うまく言えないけど自分に自信がついたような感じ。それを私のおかげなんで彼は言っていたけど私はそうは思わない。彼自身の力で前向きになっていってるんだ。でも、私のおかげなんて言ってくれて、彼の側に私の居場所があるような気がしてとても嬉しかった。

 

『感情に理由なんていらないだろ』

 

前に、確かそんなことを音村君から言われたっけ……寧ろ理由なんかわからない方が良いのかも知れない。この私の感情をすべて言葉で表せてしまえるのならば多分それは別に恋の相手は音村君じゃなくてもいいってことなんだと思う。

 

「音村君!」

 

もしでも敢えて好きである理由をつけるとしたら

 

”一緒にいて心地いい”

 

これで十分だと私は思う

 

「ん?どうした?」

 

私は、昨日頑張って作った手作りのチョコレートを用意していた。それを両手でもって彼に差し出す。心臓の脈の音が身体中を駆け巡る。心拍の振動が脳まで伝わってくる。段々と熱くなっていく耳。

 

瞬間、さっきまで吹いていた風が急に止んだ。

 

「好きです」

 

 

 

 

 

 

先程嘘のように止んだ風はまた優しく吹き始め、彼女の髪を揺らしている。返事を待っているであろう頬を真っ赤に染めた涼風を見て俺ははっとした。

 

『これからもその髪型なのか?』

 

『ううん。これからこの髪型は特別な時だけにしようと思う』

 

俺は、なんて幸せものなんだろう。正直震えた。彼女からそんな風にーー特別に思われていたなんて。そんなこと、ないと思ってた。普通そうだ。まさか自分の好きな人が自分を好きだなんて……

 

「涼風の好きな人って俺だったのか」

 

あの時涼風は、好きな奴の眼の前であんな相談していたのか。度胸ありすぎだろ

 

「うん」

 

涼風は目を瞑って震えている。そうか、怖いんだ。今が終わるんだから。もしかしたらそこから何も始まらずに全部ぶっ壊れるかも知れないんだから。

 

俺は涼風の方へ歩みよって、包みを受け取った。俺も、精一杯答えなきゃならない。

 

「ありがとう」

 

こんな時なのに、俺は目を逸らさずに真っ直ぐ涼風の目を見ている。俺はそうしなければならない。

 

「……」

 

涼風はまだ黙ったままだがその瞑った目が少しずつ開いていく

 

「俺はこれから、ずっと隣で涼風を見ていたい。夢を叶える時も、その先も」

 

俺なんかのために勇気をだしてくれて本当にありがとう。本当にそう思う

 

「あ……グスッ……えぐ……」

 

俺がそう言うと涼風は、緊張から解放されたのか急に涙を浮かべて鼻をすすりながらこちらを見つめている

 

俺は、彼女をこちらへ抱き寄せて

 

「俺も……好きです」

 

と、おれも泣きそうになりながらそう囁いた。今この場合想いを伝えるのは全然、涼風よりイージーゲーム。でも、それでも、なんかやっと言えたなぁってなった。

 

「あ、あり……ありがぁ……どぉ……」

 

泣きながらも笑顔で涼風は言った。俺が聞いたこともないような声で。こうして俺たちはお付き合いすることになった。

 

 

 

 

「いつから?」

 

その後、二人でおにぎりを頬張っていると涼風がいきなりそう問いかけてきた。

 

「なにがだよ?」

 

俺も首をかしげて聞き返す

 

「あの……その?音村君が私のこと……」

 

ゴニョゴニョと涼風の声はだんだんと小さくなっていく。涼風言いたいことはなんとなくわかった。

 

「5月くらいにはもう惚れてた気がするよ」

 

俺は、恥ずかしながらもそう言って頬杖をつく

 

「え!?あ……そ、ソウナンデスカ」

 

そうすごい早口でそう言った涼風は俺から見ても明らかに信じられないといった表示をしている。俺だって驚きだ。まさか両想いだったなんて

 

「あのさ、せっかく付き合うんだし下の名前で呼んで欲しいなーなんて!」

 

すると、涼風は急にいつもの笑顔に戻り頬をかきながら言った

 

「お、おう……」

 

最初は、無邪気な涼風にペースを乱されていた俺だけど。なんだかんだそれは今後も変わらない。そんな気がする。

 

「俺も……楽って呼んでくれたら良いさ」

 

俺は若干目を逸らしながらそう言った。なんか懐かしいなこの感じ。惚れてすぐの時みたいだ。

 

「いいの!?」

 

「いや、そりゃいいだろ」

 

なんでお前はダメなんだよ。はい。天然ご馳走様でした。まあ、俺自身も名前でちょっと呼んで欲しいなんて思ったりしてしまったしな。

 

「じ、じゃあ……ら、楽君?」

 

「……」

 

「楽君?」

 

……おっと、危ねえ。なんか、意識がぶっ飛びそうだった

 

「おう。なんだい?あ、青葉?」

 

気恥ずかしいさでぎこちないそんな会話は本当に新鮮で、本当に自分でも社会人かよと突っ込みたくなるほどの初々しい会話。まるで高校生の恋愛みたい。いや、中学生でもとおるかもな。

 

「いや。呼んでみただけです」

 

「はい。呼ばれてみただけです」

 

「あれ!?音村君そんな切り返しするっけ!?」

 

そんなに、反応するのかというほど涼風はびっくりしている様子だ。俺は空を見上げる

 

「いつもこんなんだよ俺は」

 

菅原さんとか、旧友とはだいたいこんな感じだし。好きな人の前にいる俺が寧ろイレギュラーなのかもしれない。なんというか、涼……青葉ともこんな冗談いい合える関係になれたら楽しいだろうな

 

「クスッ。そっか楽しみだな。じゃあこれからいろんな音村君がみれるかもね!」

 

少し小馬鹿にしたような口調で青葉は俺の横っ腹をつつく

 

「ハハ。かもな」

 

気持ちいい風が吹いている。

 

「せっかくだし食べてみてよ。それ」

 

指を指す先には、先程くれた包み。俺はわかったと頷いてリボンを解く。

 

「すげえ。クッキーか?」

 

星型のチョコクッキー。もしかしてこれって。そう思い俺続けて言う

 

「もしかして、青葉手作り?」

 

「そ、そう!一応私なりに頑張ってみました……」

 

「なんか、本命みたいだな」

 

「本命だよ!?」

 

「そうだったそうだった」

 

俺は青葉から貰ったお菓子を手にとって一口食べた。自然と笑みがこぼれてしまった。彼女はそれを見て笑っている。それがなによりも嬉しかった。

 

「美味しい」

 

「はぁ……よかった」

 

青葉はため息をついて安心した様子で俺を見つめる。

 

「午後も頑張れそうだ」

 

「えへへ。私は逆に嬉しくて仕事にならなそう」

 

「そんなにかよ」

 

まあ、とか言ってちゃんとやるんだよなコイツは。

 

これからは前よりちょっぴり近くで俺は応援していてあげられるようだ。青葉の。

 

 


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