ミュージック   作:かなりかならま

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「二人っきりだね…」

昼休み、俺はいつもはだいたい食堂かコンビニで済ませてしまう。理由は単純明確、安いし楽だからだ。でも今日は違う。女の子を誘う!恥ずかしながらそんなことはしたことは無い。出来ればもう少し気持ちを整えたいところだが時計の針は容赦なく進んでいく。あと2分で昼休みだ。

 

「おい。」

 

菅原さんが俺を呼ぶ。

 

「逃げんなよ?」

 

「うっす。」

 

(マジで、この人俺で絶対に楽しんでるだろ。もう顔と声のトーンで分かる。くそ、絶対今度菅原さんの浮いた話を本人から引きずり出してやる…)

 

そんなことを思っているともう時間である。

 

「菅原さん、ちょっくら俺勝ち組になってきますよ。」

 

「…女と飯食ったくらいで勝ち組とか抜かしてんのか?それじゃあもう完全に童貞だぞ。」

 

「独り身の年数イコール年齢ですから。」

 

「え!?いやっ…すまん、俺が悪かった。」

 

(そこで謝る!?もう俺が可哀想すぎて弄れないとでもいうんすか菅原さん!?

はっ。いいですよ別に。確かに独り身の年数イコール年齢の俺だが実は中学時代に2回告られたことあるしっ。断ってしまったけどな。)

 

実を言うと俺は中学時代は部活のテニスにばかりで、恋愛のれの字も興味がなかったのだ。だから仕方ない。そう自分に言い聞かせている。

 

(それに、いつか俺だってこの気持ちを…)

 

「フゥ…それじゃあ、行ってきますよ。」

 

「おう。行ってこいや。」

 

涼風と会話をするようになったきっかけは最初全体で新人自己紹介の場を設けてもらった際に、あっちから改めて挨拶してきてくれてことで、その後たまたまあるゲームの話で盛り上がってしまったというまあ珍しくない出会いをした訳で、そっから少し話すようになったのだ。俺だって男だしゲームくらいやっていた。子供の頃は気にしていなかったがその涼風と話したゲームの制作会社はたしか此処、イーグルジャンプだったのだ。タイトルはたしか、フェアリーズストーリー。そして今俺らが製作しているのがそれの続編なのだ。

 

さて、もうすぐそこを曲がればキャラ班のブースである。

 

「涼風…」

 

カチッカチッ

 

そこにはまだパソコンと睨めっこをしている涼風の姿があった。他のキャラ班の人達はもう飯食いに行っちゃったぽいな…人がいない。涼風の対角の席に一人いるがイヤフォンをさしておりこちらに気づいてない。涼風も集中していて俺の声には気付いていない。

 

(ってか、凄いなキャラクターってこんな風に作られてんのかなんか今誘うのは悪い気もするな。)

「よし…」

 

俺はそのままキャラ班ブースを後にした。

 

 

 

 

結局俺は今日もコンビニで昼食を済ませることとなった。オフィスに戻ると涼風はまだ作業をしていた。本当に、よく頑張っている。

 

(じゃあ今度はしっかりと聞こえる声で…)

「涼風。」

 

「わっ!?」

 

少し驚かせてしまい、涼風はこちらへと振り向き目を丸くしてこちらを見つめている。手を胸にあて、その可愛らしげなリアクションに若干心を奪われるところだった。

 

「すまんいきなり。あ、あのさもし良かったらおにぎりの差し入れ持ってきたんだけど食うか?」

 

そう言って4つおにぎりの入った袋を手渡す。

 

「え!?音村君わざわざ買ってきてくれたの?」

 

「おう。2個好きなの選んでくれよ。いや、迷惑だったら別に良いんだ。ただちょっと涼風大変そうだったからさ。飯もしかしたらまだ食ってないのかな…って。」

 

「あっ…うん。たしかにまだだけどなんか悪いね?」

 

「いいって全然。それより仕事大丈夫そう?」

 

「クス…ありがと。うん、ちょっと遅れちゃってただけだから問題ないよ。実はもうあとは保存するだけだし。」

 

「良かった。じゃあそれなら俺もご覧の通り今から飯なんだ。此処じゃなんだし食堂で一緒にどう?おにぎりだけど…」

 

我ながらいいペースで言葉が出てくる。俺は涼風の目からそらさずに飯に誘うことができた。

 

「…」

 

しかし涼風は少し俯きながら、少し黙ってしまう。

 

(いや、なんだその間は…嫌なら嫌でいいんですよ。自分のブースで食うから…)

 

「いや、ごめん!わざわざおにぎり食いに食堂手のもおかしいよな。じゃあ、おれはこれで。午後もお互い頑張ろう。」

 

くそっ!おれの腰抜けとそう思いながらおれは自分のブースへ戻ろうと歩き始める。

 

「…食堂じゃなくて屋上で、良くない?」

 

「え…?」

 

涼風はやっとその重い口を開いた。おお!やった。でも屋上?おれは行ったことないけど、食堂より遠いぞ…?なんでわざわざ。…まあ、良いか風にも当たれて気持ちいいだろうな。

 

「ど…どうかな?」

 

涼風は頬を掻きながら言った。

 

「おう…!そうしよう。」

 

「あっよかった。じゃあ私飲み物買ってくるから先に行ってて!」

 

「あ、おう。わかった。」

 

そう言い残して涼風は自販機の方へ小走り気味で向かって行った。

 

(くそっ…コンビニを出た時になんか物足りないと思ったら飲み物かっ!ったく、おれってば気がきかねぇ奴だなあ…)

 

そう思いながらもエレベーターに乗り込み屋上へと到着。見事に誰もいない。誰かしらいるのかと思ったが案外そうでもないらしい。まあ、たまたま今日が誰もいなかっただけだと思うが。

 

「フゥ…」

 

おれは一つ設置されているベンチに腰掛けた。菅原さんは文句言ってくるだろうが。最初はこんなもんだろう。

 

おれがそんなことを思っていると二本のお茶を持ってきた涼風がやってきた。

 

「お待たせ!お茶でよかったかな?」

 

「あぁ、うん。ありがとう。いくらだった?」

 

「えぇ!?いいよ別に!その…おにぎりのお礼と思って頂ければ…」

 

「そ、そっか!じゃあお言葉に甘えて…」

 

「…」

 

俺はお茶を受け取ろうと手を伸ばしたのだが、涼風が急に黙って周りをキョロキョロと見渡しはじめた。

 

「…?どうした?急に黙って。」

 

「二人っきりだね…」

 

(いやいやいや!わざわざ言わなくていいから!せっかくいま平常心だったのに!変に意識しちゃうじゃねぇか!)

 

「…そ、そうだな。」

 

 

 

ピト…

 

改めてお茶を受け取ろうとしたら、ほんの少し彼女の指とおれの指が触れてしまった。彼女の指はヒンヤリと冷たかった。

 

「っ!?」

 

ボトッ。咄嗟に手を離してしまい。ペットボトルを落としてしまった。くそっ…どんだけ余裕がないんだよおれはっ!指が触れただけだぞ!?

 

彼女の少しひんやりと冷たいその指の温度がまだ俺の指に残っている。まるでまだ、手が触れているみたいだ。

 

「あわわ!ご、ごめんね!わ、私がいきなり手を離しちゃうから!」

 

手をワタワタさせながら涼風は言った。

 

「い、いや!俺こそすまん!」

 

「…」

 

「…」

 

どちらも、指が触れたことに関しては一切触れなかった。

 

「食うか。昼休みが終わっちまう。」

 

「あはは、そうだね。じゃあ頂きます。」

 

ガサゴソ。おかかと昆布、梅にツナマヨ。これが俺の好物のおにぎりである。そして買ってきた4種がそれにあたる。ちなみにその中から涼風はツナマヨと梅をチョイス。

 

(涼風おまえはいいセンスをしている。いや何目線で物を言っているんだ俺は…)

 

「音村君。」

 

「ん?」

 

「音村君はお仕事順調?」

 

「あぁ、おう。結構楽しい。先輩も皆んないい人達だしな。」

 

「確か、音響班だっけ?」

 

「そうそう。もともと音楽が好きでさ。趣味で作曲とかしているうちにそういう関係の仕事に就きたくてなってさ。それに意外にコンピュータサウンドとかって趣味の延長で仕事になってる人多いらしい。」

 

「作曲!?凄いね…」

 

「そんなことは無いよ。涼風だってさっきパソコンの画面みえたんだけど、可愛かったよあのキャラクター。涼風が作ったんだろ?凄かった。」

 

「ありがと。でもグラフィッカーのお仕事も楽しいけど、実は私には他に夢があって。」

 

「そうなんだ。じゃあその夢がこの業界に入ろうと思う理由ってことか。」

 

「うん…私、八神さんに小さい頃から憧れててさ。キャラクターデザイナーになりたいんだ…!」

 

目を輝かせながら彼女が言う八神さんこと八神コウはフェアリーズストーリーのキャラクターデザインを担当している人だ。

 

(そうか…憧れの人と一緒に仕事できるのか。そりゃ、モチベーション上がるわ。)

「でも、涼風って凄いよな。高卒だろ?就職しようってその時に決断できるってこともそうだしさ。それに夢だってちゃんとあって。あっ、もしかして工業高校出身とか?」

 

そう、ぶっちゃけコンテンツ産業とかって技術あってナンボの世界だと思うし、高卒が採用されたってのがまず凄い。まあ、専門学校卒も厳密に言えば資格を持った最終学歴は高卒なのだが…それに倍率普通に高かったぞ…

 

「いや、私普通高校だよ。」

 

「へぇ。進学とかは考えなかったの?」

 

「考えてたよ。私実は行きたい大学もあって、頑張って合格もしたんだけどさ。それを蹴ってきちゃった。」

 

「え?そうなの?…ちなみに大学名とかって聞いても?」

 

「○○美大。」

 

(○○美大!?く、くそ…涼風って頭良かったのか…)

 

なんか悔しい。勉強が全くできなかった俺からしたらちょっと羨ましい。勉強せずに趣味に没頭していた俺が悪いのであるが。

 

「すげぇな。涼風の決断を否定するわけじゃないけど、なんか勿体無いな。おれ、勉強できないからちょっと嫉妬しちゃうよ。」

「まあ、私ももし大学へいってたらどうなってたんだろうって考える時もあるんだけどさ…でも、それでも目の前にチャンスがあるんだったら。可能性があるんだったら挑戦してみたいって思ったんだ。」

 

なんか。俺が思っている以上に涼風は凄い奴だった。なんか色々と彼女の仕事に対する思いがしれてちょっと嬉しい。

 

「叶うといいな。」

 

「クスッ。ありがと。見ててよ、叶えてみせるから!」

 

「応援してる。」

 

少し彼女との距離が縮んだと感じたのは俺の気のせいじゃないと嬉しいな。


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