ゲーム会社イーグルジャンプに入社してら2ヶ月が過ぎようとしていた。6月になり、会社にもだいぶ慣れてきた。未だに慣れないのは、花さんのスキンシップくらいである。本人の前では口が裂けても言えないが控えめに言って気持ち悪い。根は良い人なんだ。もう一度言うが
本当に良い人なんだ!周りをよく見ていて部下からもなんだかんだ信頼はされているのだ。でも、ゲイだからプラマイマイナスです。ごめんなさい。
そして涼風とは相変わらず進展はしていない。それどころか最近顔を見ていない。最後に会ったのは…たしか、乗る電車が同じだった時はだったかな。まあ、会ってないと言っても一週間ちょいくらいだが…。久しぶりに彼女と話したいのだが俺がわざわざキャラ班ブースへ顔を出す理由も無いし、逆に彼女がこちらに来るとは考えにくい。そもそもそんな期待はしない。
「菅原さんならこの状況、どのように打開しますか?」
その日の夕方、退社時刻間際俺はもうこの際、この見た目からしてプレイボーイな感じの菅原さんに恋愛を教えて貰おうと考えていた。本人曰くそんなことは無いらしいが高校生の頃は結構遊んでいたらしい…それに、先週菅原さんから合コンに誘われたし。まあ、その時は断ってしまったが。
「うーん、まあ確かにその青葉ちゃん?にわざわざ会いに行くってのも、人によるだろうが…悪い印象を与える可能性はゼロではないよな。」
そしてこのように菅原さんは割と俺の相談にノリノリで答えてくれるので最近たまにちょっとした悩みを聞いてもらったりしているのだ。
「まあ、女心は分かりませんが、そりゃそうですよね。それに、いきなりグイグイ来たらキモいって思われそうで怖いっす。」
「でも、そんな心配する必要もないと思うけどな。まあ、俺の意見が参考になるんなら参考にしてくれや。」
そりゃもちろんなりますよ。さっきもサラッと涼風のこと青葉ちゃんって言っちゃってさ?絶対に俺には無理だ。おそらくがんばってあと5年かかるだろう。
「あざっす。」
俺は、そんなカックイイ菅原さんに敬意を払って軽くぺこりと頭を下げる。そう、男としての敬意を…!と言ってもまあ、プレイボーイにはなろうとは思わないが…
「それで、打開策の話だけどよ。とりあえず会えないんだったらメールでもしてみたらどうだ?別に嫌わているとかじゃない限り同期から連絡きたって悪い気はしないと思うぜ?それに今はSNSだって沢山あるんだしよ。」
「なるほど、今夜早速やってみます!」
「おう、がんばれよ。じゃあ俺はこれで。」
「はい!お疲れ様っす!」
退社する菅原さんに挨拶をし、俺も今日は早く上がれそうなので帰り支度を始める。
なるほど、メールか。確かにそれなら気軽で良いかもしれないな。…でも簡単故に案外悩むところがあるのも事実だ。あまりの長文送ったら引かれるだろうし、かと言って短文を送っても会話のキャッチボールはそう長く続かないだろう。つまり、ある程度の話題性を持った文をちょうど良い長さかつ自然な感じで送らなければならい。あれ…?もしかして、メールって予想以上にハードルが高いのでは?そう思いながらも帰り支度を終えオフィスをでる。そして、下へと降りるためにエレベーターのボタンを人差し指でそっと押した。
ん?涼風にメール?いや…まて何か大事なことを忘れてはいないか?そうだ。まず、そもそもだ。
「…俺ってば、涼風の連絡先知らねぇや。」
なんだかマヌケ過ぎて笑えなかった。頭を痒くもないのに掻いてしまう。なんか、自分のマヌケさに少しばかりイライラしてきたのだ。やけにエレベーターが来るのが遅く感じた。なんか本当に彼女にアプローチをするキッカケが無い。うーむ、どうしたものか。このまま片想いで終わるんだろうか。そりゃ、キッカケなんてそんなもの自分で作れと言われちゃおしまいだけど…しかし、エレベーターはもちろん来る。扉が開き、俺は乗り込んだ。
「…合コン、今度は行ってみようかな。」
俺はボソっと呟いた。…ダメだ。ネガティヴになるのは俺の悪い癖だ。まず一週間会ってないだけだ。班もブースも違うんだ。こんなの普通だ普通。でも、初めて、明確に、恋って難しいなと思った。エレベーターの扉が閉まる。何故かはわからないが、なんだかスローモーションを見ているようだった。
「すいませーん!乗りまーす!」
その声が聞こえた途端に再び扉が開いた。おそらくエレベーターの外側のボタンが押されたのだろう。
「アハハ。ゴメンね。音村君がエレベーター乗るのが見えて、私走っちゃったよ。」
いきなり目の前に現れて舌を出しながらそう言ったのは涼風だった。一週間振りに見た彼女は…うん、可愛いな。
「あ、いや全然気にしなくていいよ。なんか久しぶりだな。」
と、俺はがんばって通常運転を振る舞う。
「そうだね。実は最近忙しくて私帰るの遅かったから。」
彼女はそう言ってエレベーターに乗り込んだ。そうか高卒だもんな、仕事をするのにも他の社員よりもまだ時間がかかるのだろう。疲れてるはずなのにニコニコと笑っている彼女を少し心配しながらも
「そうだったのか。お疲れ様。」
俺からのねぎらいの言葉はこの一言だった。なんだか”高卒だから”なんて言うのは彼女に失礼な気がしたから。そしてエレベーターの扉が閉まった。今度は早送りを見ているようだった。
「ありがと!…ねぇねぇ、音村君って今日この後時間ある?」
「え!?あぁ。あるけど…」
俺は思わず息を呑む。
「もし良かったら、夜ごはん何処かで食べて帰らない?」
驚いた。まさか涼風の方からそんな提案をしてくれるなんて…
「…どうかな?」
涼風は俺の顔を覗き込見ながら続けていった。俺としたことが選択肢は”行く”しか無いのにもかかわらずあまりにも突然の出来事に返事をするのを忘れていたようだ。
「行くに決まってる…!」
「え!?よ、良かった。随分と気合い入ってるね?あ、もしかして音村君はすでに腹ぺこ?」
はい。天然ご馳走様です。それにしてもまさかこの俺にこんなイベントが訪れるなんて。うん、ここだ、此処しか無い。今日こそが涼風の連絡先を聞き出すチャンスだ。イケる、俺なら出来る…!と俺はそう自分に言い聞かせる。
「あぁ…腹ペコだ!早く行こうぜ…!」
「え…?あ、う…うん!」
そしてエレベーターを降り、ビルを後にした俺たちは涼風のリクエスト最近新しく出来たというイタリアンのお店へと入店。聞くところによると涼風は彼女のお母さんが今日友達と食事に出かけているらしく、青葉も外で食べてきな。と言われてしまったらしい。
それにしても高そうな店だな…明らかに一人暮らしの新入社員が来るところでは無い。対する涼風は最強の実家暮らし。家に帰れば暖かい飯と風呂が確保されている。家族と住めば家賃だけでなく食費や光熱費が浮くのだ。つまり、涼風には金がある。
「…げっ。」
嘘だろ?4桁の品しかメニューに無いじゃないか。しかも量少なそうだな…って、ダメだダメだ!女と飯に来てケチる男が何処にいるんだ?いや、いない。此処はスマートにこの1400円のパスタを…
「す、涼風は決まったか?」
「あ、うん!」
「すいませーん。」
おれは若干震えた声で店員さんを呼び止める。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「こ、このきのこの贅沢クリームパスタと…」
「たっぷりチーズインハンバーグで!」
「かしこまりました。」
チーズインハンバーグ…たしか1380円…なんだよ涼風俺より安いじゃないか。なんか安心したよ。
「あのね此処のお店ハンバーグがすっごく評判良いんだよ!実は私ハンバーグ大好きでさ、一回来てみたかったんだよね!」
ほう、なぜそれを注文する前に言ってくれ無かったんだ。そしたら俺もハンバーグを頼んだのに…まあ、涼風が喜んでるなら別に良いんだけど。少しばかり涼風と話をしていると案外直ぐに料理が運ばれてきた。
「わあ!美味しそう!」
涼風はそう言って目を輝かせながらスマホで料理をパシャり。
「ねぇこっち来て見てみて音村君!綺麗に撮れた!」
若干興奮気味に涼風は言った。俺は少しばかり席から立ち上がり涼風のスマホを除き込む。
パシャ。
「おい!?」
涼風のスマホの画面に写っていたのは料理の写真では無く内カメラに映る俺と涼風の顔だった。
「えへへ…いただき!」
「お、おう…」
なんだこれ…夢か?涼風お前、なんだその顔、可愛い過ぎか?いや、違うか天使か。
「じゃあ食べよっか!」
「あ、おう。」
なんだか完全に涼風のペースだ。なんか俺だけ心拍数上がってて馬鹿みたい。あぁ…でもこの時間が一生続いたら良いのにな。そう思いながら俺はフォークをとった。
*
「ご馳走様様でした。」
俺と涼風は手を合わせた。いや、それにしてもまじで美味かったな。流石は1400円のパスタ。コンビニ弁当3個分なだけはある…
しかし、問題は此処からだ。死んでも女に財布を出させてはならない。菅原さんが言っていた。いや、俺にだってその位はわかる。確かに彼女に誘ってもらった食事だ。割り勘だって今時別に普通といえば普通だ。でもまだ18の女の子と割り勘とか俺のプライドがまず許さない。ここは、自然にレジまで俺が先に辿り着き俺が払うよ。と一言言えばそれで完璧だ。よし、楽勝だ。
「じゃあもう夜だし、食べたばかりだけどお店出る?」
涼風はそういって席を立とうとする。俺的にはいつまでも涼風となら店にいても良いのだがまあ時間も時間だしこれに俺は頷いた。
「よし、じゃあ行くか。」
俺も席を立ち、涼風の少しばかり前を歩きレジへ向かう。それにしっかりレシートは俺の手の中で準備万端だ。
「すいません、お会計お願いします。」
レジには合計金額が打ち出される。俺は直ぐに財布からお札を取り出そうとするのだが
「お会計別々にすることってできますか?」
なんと涼風がレジの店員さんにストレートに料金を割り勘で払っても良いですか?と言い出したのだ。クソ…涼風の奴、大人しく奢って貰えば良いものを…!
「いや、いい。財布をしまってくれ涼風。ここは俺が持つ。」
「え!?いや私から誘っといてそんなの悪いよ!」
そんな涼風を無視して俺はレジへと向きなおる。
「あっ。すいません細かいのなくって…5千円札でも構わないですか?」
「ちょっと!?」
「ふふっ。大丈夫ですよ。」
あろうことか店員さんにも笑われてしまった。少し恥ずかしかったがまあお会計は無事に終了したので一安心だ。
*
「ほ、本当にお金大丈夫?」
「大丈夫だって。」
「ゴメンね、奢って貰っちゃって…今度なんかお礼するから!」
「いいっていいって。」
すっかり外も暗くなり、もう6月なのに半袖だとなんだか肌寒い。店から駅までは徒歩15と少し歩く。
「…全く。なんかズルいなぁ。でも音村君、今日はありがとうね!」
「おう。こちらこそ。ま…また良かったら飯行こうな。」
「うん!」
本当に礼を言いたいのはこっちだっつーの。でもなんだ?なんか大事なことを忘れているような…あっそうだ。
連絡先…‼︎
すっかり忘れていた。不味いな…タイミングなんてレストランでいくらでも作れただろうに…クソッ、失敗したな。
「あ…あの!音村君!」
そんなことを考えていると急に涼風が少し前を歩いている俺を呼び止めた。
「ん?どうした?」
「き…今日撮った写真とか、音村君にも送ってあげたいんだけど。」
そ、それはほしい。今日撮ったってことはつまり、あのツーショットも…
「お、おう。ありがと。」
「それで…さ。お、音村君の連絡先を教えてもらっても、よろしいでしょうか…?」
「…っ。も、もちろん!」
俺もスマホを取り出した。お互いにアドレスを教え会い。ついでにSNSも互いに登録しておいた。今は便利な時代で写真はトークルームに送るだけで共有することができる。
ピコン。
「お!きたきた!」
「クスッ…音村君急に写真撮られたから変な顔。」
「ハハ!ひでぇな。」
まさか、涼風の方から…
その後駅へと到着し、電車に揺られるのだが身体が浮いている感じがしてあまり落ち着かなかった。まず女の子の連絡先なんて持ったことなかったし…それにしても凄く、嬉しかった。
*
「ハァ…緊張した。上手くいって良かった…今日は頑張ったぞ。私…!」