夏。日に日に気温が上がってきて、ついに今日は真夏日だ。通勤するだけなのに汗ばんできてしまうし、夏バテだってしてしまう。夏と言えば昔は楽しみにしていた季節であった。何を隠そう夏休みがあるからである。しかし、社会人となった今はゲームが完成するまでお預けだ。つまり何を言いたいのかといえば、今となっては夏は暑いだけの苦痛の季節だということだ。
夏休みが無いから夏は暑いだけといっても会社に出勤するのは別に嫌では無い。何故なら涼しいからだ。そう、会社へ来ればタダで涼むことができる。家だとエアコン代は馬鹿に出来ないし、俺自身もそのためあまり使わない、普段は扇風機で我慢している。しかし会社には多くのパソコンが稼働しているためパソコンが暑さにやられないように冷房はしっかり入れておかないとならない。故に、夏の間社内は天国と化すのだ。そしてそれは今日から三日間開かれる東京ゲーム展もその例外ではない。
その発売間近のゲームが集うその場所は実を言うと1日目は関係者たち専用の日となっている。大手がずらずらと並ぶ。テンテンドー、スニー、マクロソフト。ゲームはまあ好きだが作曲がしたくて偶然この業界に紛れ込んだゲームにあまり詳しくない俺でも一度は耳にしたことある名前ばかりだ。
俺は初めてということもあり、菅原さんや花さんからも行って来いとこの場へ駆り出されたわけだが、今は発売直前の物凄く忙しい時期であり、先輩方は来ないらしい。しかし、一人だとやはり心細い。俺はゆっくり歩きながらイーグルジャンプのブースへと向かう。
(色んな音がきこえるな……)
高校生の時は中学まで続けたテニスを止め、趣味の他にも軽音部に所属していた。いわゆる高校生バンドというやつで、これでも作詞作曲を担当していた。ずっと音が主役の世界にいた。俺でもある程度音の魅せ方は知っているつもりでいた。今まで音楽というジャンルで作曲してきた。でも、この場所へきて俺は少しゲームサウンドは、今まで俺が触れてきた音楽とは何か少し違う物を感じる。
(ここがイーグルジャンプのブースか……)
フェアリーズストーリーの紹介ムービーが流れている。キャラクターが生き生きと動いていて、背景画のグラフィックもとても綺麗だ。キャラの細い動きを再現しているプログロマーもすごい。
ーーそして、俺が作るBGMつまりはバックグラウンドミュージックは引き立て役である。
今までゲーム店にくるなどの経験はなく、社内でいわれるがまま作曲のみをしていた。ゲームとしての完全体を見たことが無かったのだ。別に主役が良かったとかそういった感情はないのだが、脇役として学ぶ所が沢山ある。うまく言えないが自己主張の仕方が違う気がするのだ。
「あ、音村君!」
俺がフェアリーズストーリーのムービーに夢中になっていた、その時だった。後ろから聞き憶えの高い声が聞こえた。後ろを振り向くとそこには一人こちら向かってくる涼風の姿が。メールでいると言うのは聞いておりキャラ班の先輩たちと一緒だとの話だ。しかし、周りを見渡してもキャラ班の先輩たちは見当たらない。
「す、涼風!キャラ班もこの時間にきてたのか。偶然だな。あれ?なんだよお前一人なのか?」
「うん。実はちょっと私の先輩がそれぞれみたいゲームあるから少し別行動しようって。」
「そういうことか。実は俺も丁度一人なんだよ。なんだかこっちの先輩たち忙しいらしくてな。」
「あれ?音村君は暇なんだ〜?」
なにやら小馬鹿にしたような表情で涼風は肘で俺の横っ腹をつつく。
「そ…そんことねぇよ!そんなこと言ったら涼風だって。」
「クスッ。たしかに!ごめんごめん。」
「でもさ。」
「ん?」
「俺、ここに来てよかった。」
「うん。私も。」
フェアリーズストーリーのムービーは二週目に突入する。
「実は私任されてたお仕事が全部やり終わって、今日重要NPCのキャラデザのお仕事をふってもらえたんだ。」
「あっ。そう言えばちょっと前メールで言ってたな。たしか、ソフィアちゃんだろ?」
「そう!あっ。今写ってるあの子!」
そこには、まるで涼風そっくりなツインテールの可愛らしい帽子をかぶったキャラクターの姿が映し出されていた。
(マジか、涼風こいつ自分をモデルにしたのか?めちゃくちゃ似てるじゃないか。)
「涼風、お前これ自分意識した?」
「いや!違っ!これは八神さんがふざけて仕様書を…!」
てをわたわたとさせながら涼風は言い訳をしている。
「なんだよそれ。仲良いんだな。でも、そうだよな。初めてのキャラデザだもんな」
「うん。」
「涼風は夢に向かって一歩前進だな。」
「ありがと。でも道のりは長いよ。私はあの八神さんを最終的には超えないといけないから…」
涼風はほおをかきながら自信なさげに呟く。そう、涼風が目指しているのはメインキャラデザ。会社でメインは一人だ。クレジットに記される名前は一つだけである。同じ環境下で圧倒的な人間がいるっていうのは楽じゃあない。
「もっと自信持っても良いんじゃね?俺が言うのも変かもだけどさ。」
でもそれでも、真っ直ぐな人間は強い。
「多分、そう言った凄い人達にとって一番驚異なのって技術あるなしもそうだけど、きっと涼風みたいに真っ直ぐな人間だ。」
俺はいつもとは違って彼女の目を見てそう言うことができた。涼風もなんとも言えない表情をしている。
「クスッ。音村君は優しいね。」
「…別に。」
俺は微笑む彼女からまた視線をそらしてしまう。
涼風は本当に夢にも仕事にも真っ直ぐで凄いと思う。彼女ならきっと夢を叶えるだろうとおもっている。しかし、そんな確実に一歩ずつ前に進む彼女をみてそれと同時に違う感情が心の底から湧き出てくる。なんだろうかなんか、負けてられない。
「…俺は、音で人の心を動かしてみたい。」
漠然としていて、具体性に欠ける。でもそれくらいでちょうどいいのかも知れない。なぜならもともと、音楽に明確な優劣は存在しないのだから。
ゲームは一人では作れない。ストーリー、プログラム、グラフィック。それぞれの良さを最大限引き出すのが音楽だ。印象、感情がそれによって大きく左右される。グラフィックが素材なら、BGMは香辛料。味付けだ。味付けで作品のテイストは変わる。
一見影の薄い音響。グラフィックと違い形が見えない。
望むところだ。
もちろんただ作曲するのも楽しい。でもそれぞれの班が作った歯車が綺麗に噛み合う瞬間というのは、ゲームを作るというのは、多分俺が思っているよりもずっと気持ちがいいだろう。
「いつか涼風がメインになったらさ、俺がそのデザインの良さを完璧に引き出せるような曲をつくってやるよ。」
夢とは少し違うかも知れない。だが初めて、そして明確に、俺の中で作曲という趣味が趣味ではなくなった瞬間であった。
「楽しみにしてるね。」
涼風もそのように言ってくれて少し救われた気分だった。なんかチョット恥ずかしいこと言ったなと感じていたから。握っていたペットボトルが濡れている。それは結露した水分か、それとも俺の手汗か。どちらかはよくわからない。
俺は多分、いい方向に変わっていけている。そう思いたい。
「なんか、いきなり変なこと言ってすまん。でもさ、こういう仕事って多分モチベーションは凄い大事だろうしな」
「そうだね。あっ、そう言えば音村君テンテンドーのスマッシュシスターズの新作ブース見た?」
「え、あのゲーム新作でるのか!?」
そこには公式から新作がでるとの発表がされていた。
「そうそう!一緒に行こうよ!」
「いくいく!」
本当に涼風は、ゲームが好きだ。楽しそうに喋る。涼風からはやる時間がないのにゲームを買ってしまうという悩みをよく聞かされる。まあ、俺は仮にやる時間があったとしても買う金が無いのだから悩む必要がない。まったく贅沢な悩みだな…と少し嫉妬したりもしてしまうこの頃。
涼風がゲームの話に夢中になりながらブースへと向かったその時であった。
「ひっ!?」
突然話が途切れ何やら口をパクパクさせながら慌てた様子である。
「おい涼風?いきなりどうした?」
「は、はじめさんにゆんさん…!?なんで先輩たちは逆側のスニーのブースへ行ったんじゃ…音村君!やっぱり違うブースへ行こう!」
そう言って涼風は俺の手を引っ張る。
「おい。なんでだよ。見ようぜスマシス。どうせあとで合流すんだろ?なんで先輩たちから逃げるんだよ。」
俺が逆に涼風を引っ張り返す。
「い、いやそれは……やっぱりちょっと恥ずかしいと言うか……」
「恥ずかしい?」
なぜか顔を赤らめる彼女とそんなことをしていると茶髪でショートヘアの女の人と金髪でまるでお姫様のような格好をした女の人がこちらへやって来た。先ほどのキャラ班の先輩たちだ。
「あっ!やっぱり青葉ちゃんだ!」
と茶髪の先輩が言う。先ほどの会話を聞く限りでは名前は、はじめかゆんであろう。スニーのブースは間逆だというのにどうしたのだろうか。
「は、はじめさんなんでこんなところにいるんですか!?」
聞くところによるとこちらの茶髪先輩がはじめさんというらしい。
「いやぁ…それが行こうとしていたブースが予想以上に混んでいてさぁ…先にこっちきちゃったんだよ。ん?あれ?青葉ちゃんそっちの子は?」
茶髪先輩はこちらに気づき首をかしげる。
「ど、どうもっす。涼風さんと同期の音響班の音村です。」
「あっ。あぁ…!確か新人の!ど、どうもです。うちの青葉ちゃんがお世話なっております!」
お世話なっておりますなんて可笑しなことを言って頭をペコペコと下げる先輩に俺つられて、いやいや。とペコペコしてしまう。
「もう。はじめったら何バカやっとるんや。」
そう、茶髪先輩を突っ込んだのは金髪の姫先輩である。
「ごめんな?君に名乗らせといてはじめったら自分は名乗らんとペコペコペコペコ。ちなみに私はキャラ班の飯島ゆんていうんや。よろしゅうな。ほら!はじめも自己紹介せんと!」
「ごめんって……私は篠田はじめ。ゆんとは違ってモーション班。」
「は、はい!宜しくお願いします。」
「ところで、音村君と青葉ちゃんは今からどこいこうとしてたん?」
「あぁ。俺たちは今丁度先輩たちがいたテンテンドーのブースに一緒に行こうと……」
「へぇ。なんや青葉ちゃん!新人君同士仲ええやん?」
「いやいや!そんな!」
(い、いやいやそんな!?)
涼風は飯島先輩のその質問に首を軽く横に振りながらそう言った。俺は顔には出さなかったものの実は少しばかり傷ついたことは内緒である。
「もしかして、言い出しっぺははじめだけど青葉ちゃんも別行動賛成してたのってこのためやったん?」
すると飯島先輩は涼風に近づき耳打ちでこちらに聞こえない声で何やら言っている。
「ち、違いますよ‼︎居るのは知ってましたが音村君とは偶然あったんですよ‼︎」
涼風も小声でなにやら抗議しているようであった。
「なんや?そうなんか。つまらんなぁ……」
なにを話しているのかよくわからないが篠田先輩はじーっとその二人を見つめていた。
「よしっ!じゃあ私とはじめは今からスニー行ってくるから青葉ちゃん達はテンテンドーのブース行っとって。30分後外で待ち合わせな。あまり長いもしちゃあかんし。」
「あっ…はい!またあとで!」
「後で話聞かせてーな?」
飯島先輩はなにやらニヤつきながら涼風に何かを言い残して篠田先輩と人混みの仲へ消えていった。
「うぅ…」
「なんだって?」
「……スマシス。凄かったから早く二人共見に行った方が良いってさ。」
なぜか若干ふてくされながら、歯切れが悪く涼風はそう言った。
「……じゃあ、いきますか。」
「うん。」
*おまけ。
「はじめ、どう思った?」
「いや〜、まだ確定じゃないでしょ。」
「でも、はじめが某イタリアンレストラン近くのおもちゃ屋さんに行った時みたんやろ?青葉ちゃんが男つれてレストランにはいっていくとこ!」
「そうだけどさー?あれが音村君なんて保証ないし。同期なんだったら仲良いの当然っちゃあ当然じゃない?」
「でもあの慌てようやで?あないな青葉ちゃん初めて見たわ。」
「そうだよねぇ…でも飲み会の時彼氏はいないって言ってたじゃん?」
「え?そうなん?私寝てもーてよく覚えとらんわ。いや、でも飲み会て新人歓迎会やろ?あれ4月やで、まだデキてないやろ。」
「まぁ、確かに。仮にデキていたとしても青葉ちゃんはなぁ……」
「「絶対隠す。」」
「だよねー。」
「同感や。」