魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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 戦の流れに詳しくない俺から見ても、それは日本側優勢の一方的な戦いだった。

 きっと、そのまま司波兄が同行した部隊が勝利を収める。

 

 そう思っていたのだが、何故か司波兄と思われる人物が味方の兵隊に投げ飛ばされた。

 

 それからしばらくして、三人程の兵隊を残し、部隊は撤退し始める。

 話を聞く限り、どうやら沖から敵艦隊が向かってきていることが理由らしい。

 司波兄の魔法なら敵艦隊とかいうのも消し飛ばせるのではと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。

 おそらくそこが司波兄の魔法の限界なのだろう。

 ただ残っている三人の内の一人は、たぶん司波兄なので、まだ何かをするつもりではあるようだった。

 

 そんな考察をしていると、隣にいた司波妹が勢いよく後ろへ振り返る。

 何となくその行動が気になったので、俺は司波妹の視線を追った。

 

「それは今、あそこに迎えに行きたいということ?」

 

 その場の雰囲気から考えて、司波家のお手伝いさんは司波兄のいる戦場へと向かいたいと言い出したらしい。

 魔法が使えると言っても彼女は家政婦だ、あの場に向かって役に立てるのかと、少し疑問に思う。

 

「穂波、貴女は私の護衛なのだけど?」

 

 あぁ、この人、護衛だったんだ。

 護衛だというのなら、その存在は、きっとあの場で役に立つのだろう。

 

 何故なら護衛は守る人間だからだ。

 

 誰かを守る仕事をする魔法師だというのなら、彼女の使う魔法は、きっとそれに適した魔法なのだろう。

 

 司波家のお手伝いさん、もとい、司波家の護衛さんは、司波兄妹の母親から許可を得ると丁重に頭を下げて、戦場に向かっていった。

 

 なるほど、司波兄が看取っていた相手は彼女だったか。

 見えた予知では、怪我をしているようには見えなかったけれど。

 

 はて、何故彼女は命を落としたのだろうか?

 

 

*** 

 

 

 

 司波兄は大型の狙撃銃を手に持ち、どこまで飛ぶか試し打ちをするように銃口を斜め上に向ける。

 普通に考えれば、大型と言っても艦隊と比べれば、刀に爪楊枝で挑むようなものだろう。

 

 到底かなうものではない。

 

 しかしその行為には、きっと何か意味があるのだろう。

 

「あれは……」

 

 と思っていると、司波妹は司波兄の持つ銃について、何か知っているかのように小さく呟いた。

 司波妹を見ると、その視線に気が付いたのか、その銃について解説を始める。

 

「あの銃は、少し前に基地内の見学をさせていただいた際に見せていただいた物です。

 たしか、加速系と移動系の複合術式が組み込まれていて、最大十六キロ程の射程を持つのだとか……」

 

 加速系とか移動系とかは聞き覚えがある。

 それが組み込まれているという事は、司波兄の持つ銃はただの銃ではなく……。

 

「なるほど、つまり武装一体型のCTDか」

「CADです、月山さん」

 

 おっとこれは恥ずかしい、うろ覚えの言葉は使うものじゃないな。

 さてCTDは何のことだったか?

 心停止をした人間に使う医療機器の事だったか、あれはQEDだな。

 

 そんな無駄なことを考えていると、司波兄は試し撃ちを始める。

『千里眼』で見ていたが、その弾丸は艦隊に全く届いていなかった。

 

「……どうなのでしょう」

「とりあえず、艦隊との間ぐらいまでは越えたな」

「どうしてわかるのですか?」

「さぁ?」

「ご自分の事でしょう?」

 

 どうしてわからないのか、とまでは口に出さず、司波妹は問いかけてくる。

『千里眼』の事をわざわざ教えるつもりはない。

 そもそも『千里眼』がどういう原理の物なのか自分でもよくわかっていなかったりする。

 先ほどのはぐらかしはそういう意味のもので、ある意味では、はぐらかしている訳ではなかった。

 それらを踏まえた上で、俺は先ほどの銃の解説の礼に説明をした。

 

「『色覚異常』というものがある。

 特定の色を認識できないものだそうだ。

 後天的になる人もいれば、先天的になる人もいるらしい。

 昔、先天的の人間は就職のための健康診断で見るまで、自分が色覚異常だと気が付かなかった人が多かったそうだ。

 何故かって言うと、その人にとって、その色がない方が普通だったからだ。

 

 俺が何を言いたいかというと、俺にとっては見えることが普通で、俺とお前で何が違うか分からない。

 だから俺から見れば、なんでお前がわからないのかがわからない。

 つまりはそういう事だ」

 

 司波妹は俺の答えに納得したのか、別の質問を始める。

 

「銃弾が届いてすらいないという事は、多分目的の行動ができないと思うのですが、どうするつもりなのでしょう?」

 

 不安そうな声で質問する司波妹の気持ちは、俺には理解できない。

 

 知るか。

 

 と、会話を終わらせようかと思ったのだが、俺の耳には三人が射程圏内まで船が近づいてから作戦を実行しようといった内容の会話が聞こえていた。

 俺はそのことを特に意味があった訳ではないが、返答として、それを伝えることにした。

 

「射程圏内の二十キロぐらいに入るまで、その場で待つらしいぞ」

 

 司波妹は顔色を変えた。

 

 

***

 

 

 砲撃によって、沖合に水柱が立つ。

 その時点で、俺は『未来予測』を使った。

 見えた未来の中で、司波兄は、銃を斜め上に構えて魔法を発動しながら四発の銃弾を放つ。

 

 司波兄から少し離れた位置にいた他の二人は敵艦隊からの砲撃を防いでいた。

 しかし、二人の兵隊だけではその砲撃を全て防ぐのには限界があった。

 そこに、女性向きのデザインをした装備を着ている人物が到着する。

 

 それは未来予知で見た格好の人物で、司波兄がその死を看取っていた人物。

 間違いなく、司波家の護衛さんだった。

 

 司波家の護衛さんは俺の予想した通り守ることに適した魔法師だった。

 彼女の使う魔法によって、敵艦隊の砲撃がいくつも防がれる。

 

 その後、司波兄が放った銃弾は敵艦隊のすぐ上空に到達し。

 司波兄はその銃弾に魔法をかけた。

 

 その瞬間、銃弾はその大きさからは考えられないほど巨大な光の玉になり、六隻の敵艦隊を余裕で包み込む。

 ……その大きさならば敵艦隊の射程範囲に入る前に使っても届いたのではないだろうか?

 

 そして司波家の護衛さんは糸が切れたように崩れ落ち、津波から逃げる為に一人の兵隊に抱えられてバイクに乗りその場から離脱した。

 

 そこまで見て、俺は未来予測を止める。

 

 予知で見た風景から考えて、司波家の護衛さんはこの後死ぬのだろう。

 さて、では何故司波家の護衛さんは死んだのだろうか?

 

 残っていた敵兵に狙撃されたか?

 いや、予知で見た彼女にそんな傷はなかった。

 仮に傷を負っていたとしても、看取っているだけの時間があったのなら、司波兄ならば治せたはずだ。

 

 毒などの類だろうか?

 それもない、他の三人には毒を受けた様子はなかったし。

 軍で使うフルフェイスタイプのヘルメットに、ガスマスクのような機能が無いとは思えない。

 

 

 何故彼女が死ぬのか解れば、気まぐれに助けようと思っていたのだが、そうもいかないようだ。

 

 

***

 

 

 司波家の護衛さんの死因は、現実時間に於いて、彼女が魔法によって砲撃を防いだときにようやく察することができた。

 

 俺の『千里眼』は、魔法師が魔法を使った時、スポンジのように彼等彼女等の中で何かが萎んでいくのが見える。

 ただその何かは、例えに出したスポンジのように、直ぐに元の大きさに戻っていく。

 

 しかし、彼女は違った。

 彼女の中にあった何かは火のついた蝋燭の様だった。

 それも、酸素が充満した部屋の中で灯された蝋燭だ。

 俺はその時はじめて知ったのだ。

 魔法師は、魔法の使い過ぎで死ぬ。

 

 彼女の死因は、魔法の使い過ぎだろう。

 

 彼女の死を、もう防ぐことはできない。

 今から空間置換を使って、彼女をこの部屋に呼び戻せれば助かるかもしれないが、戦場にいる三人は死ぬ。

 ……いや、司波兄は何となく生きてそうな気もするが。

 まぁそれについては置いといて。

 

 俺は命に重さはないと思っている。

 天秤の二つの皿の片方に百人の命、もう片方に一人の命が乗っていたとしても、重さのない命がどちらかに傾くことはないと思っている。

 価値を決めるのは測り手だ。

 三人の命と一人の命。

 どちらを救うか。

 俺は選ぶことを放棄した。

 

 四人を救える方法はあるか。

 俺の能力では無理だ。

『空間置換』を使っても、敵艦隊の砲撃の量と広さはどうにかできるレベルではない。

 

 四人を部屋に持ってくることは出来るが、それでは今迫っているであろう脅威を対処する者が居なくなってしまう。

 

 では、どうするか。

 どうしようもない。

 俺はいつも通り、見ているだけだ。

 

 そのことについては何も思わない。

 ただ何かしようとは思っていた。

 

 そんなことを、爆ぜる弾丸を見ながら考えていた。

 

 

***

 

 

 一人はバイクを運転しようとしていた。 

 一人はバイクのタンデムシートに跨ろうとした。

 一人は力尽き倒れた一人を抱えようと走り出した。

 

 二人が飛び、一人が駆ける。

 

 空間置換で移動した室内で、飛び上がった二人はバランスを崩し倒れ、駆けた一人は壁にぶつかり倒れ、倒れていた一人は起き上がることはなく。

 助かったにも関わらず、誰一人立っていないその光景はちょっとした芸術に見えた。

 

「おかえり」

 

 その光景を横目に、俺は呟くように言った。

 

 

 

***

 

 司波兄妹とその母親に見守られ、軍の人たちが救護しようと慌てる中。

 

 司波家の護衛さんは、もう彼女を治すことが出来ないのだと悟り、項垂れる司波兄に語る。

 これは寿命だから仕方がないのだと。

 

 そんなわけがない。

 見ていたからわかる、彼女の死は魔法の使い過ぎだ。

 本人もわかっているのに何故嘘をつくのだろう。

 理解ができない。

 

 司波家の護衛さんは続けて語る。

 

 自分は誰かの盾になるために生まれたのだと。

 今日その役目を終えたのだからこれは寿命なのだと。

 その役目を命じられたからではなく自分の意志で果たしたので幸せだと語る。

 

 それは本当だろうか?

 意志もなく生まれ、理由もなく役目を決められ。

 それでも誰かの為に死ねて幸せだというのなら。

 彼女は護衛として死ぬよりも、家政婦として生きていた方が幸せではないのだろうか。

 分からないな。

 

 司波家の護衛さんこと、『桜井(さくらい) 穂波(ほなみ)』さんは最期に語る。

 選ぶ自由のなかった自分が、死んでもいい理由を選ぶことができ、その為に死ぬチャンスを自分は逃すつもりはないのだと。

 

 あぁ、そうか。

 俺は自分が、今、生きているのは、ただの趣味なのだと思っていたけど。

 ひょっとしたら、俺もそのチャンスがほしいと思っているから、今もこうして生きているのかもしれない。

 

 初めて俺は、実在する人物に共感した。

 

 




誤字報告ありがとうございます。

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