入学式の会場である講堂は、その開場時間とほぼ同時に入ったにも関わらず、既に何人かによって少し席が埋まっていた。
さて、彼等彼女等は一体何時講堂に来たのだろう。
近くに座る友人と思われる人物達と彼等彼女等は会話などをしているが。
俺には彼等彼女等が新入生の緊張を和らげる為に学校が用意した役者たちに見えてしまう。
もちろんそんなはずはない。
俺がそんな発想をしてしまった理由は、きっとこの前読んだSF小説のせいだろう。
ところで、俺は達也を置いて一人で会場にきた。
彼は今頃、自分はこの学校の生徒会長だと語る人物と会話をしているはずだ。
俺は読書中に予知でその人物と出会う未来を知り。
かなり話が長引きそうだったので、俺はその人物と出会わないうちにこっそりとベンチから離れて先に講堂に向かったのだ。
俺は中央の通路沿いから少し後ろの方に座る。
きっと本来ならば、奥から詰めていった方が良いのかもしれないが。
とくに座席に指定はなく、先に来ていた生徒も前の方に行ったり後ろの方に行ったりと自由だった。
なので、俺もそれに習って出入りのしやすい席に座ることにしたのだ。
入学式の開演までは、まだかなり時間がある。
俺はさっきまで読んでた長編小説とは別の、もう一冊の本を読みながら時間を潰すことにした。
***
「置いていくなんて酷いじゃないか、ツクヨミ」
俺が読書をしていると、司波達也がどこか疲れた様子で話しかけてくる。
どうかしたのかと聞くと、彼は生徒会長に絡まれたと答えた。
予知で少ししか見ていなかったが、そこまで疲れるようなことだったのだろうか?
だとしたら、逃げてきて正解だったな。
達也は俺の前を通り、隣の椅子に座る。
広々と設置された座席は、足を延ばさない限り、通行の邪魔にはならない。
前の席との間隔はそれを計算した広さなのだろう。
特に苦も無く通り抜けた達也を見て、俺はそう思った。
「いいのか?」
主語のないその言葉の意味が解らず、俺は文字列から目を離して達也を見る。
しかし、達也は「お前はそんなこと気にしないか」といって会話を切り上げた。
そして達也は俺が読んでいた本のタイトルを見て、本を貸してもらえるかと俺に問いかけてくる。
俺の持っている本は全て妹の物なのであまり又貸しはしたくないが、彼は借りた物を汚したりするような人物ではない。
俺は制服のポケットから先ほどまで読んでいた長編小説を取り出し、達也に渡す。
そういえば、彼は読書の時は端末を使っていなかっただろうか?
俺は端末の機能はあまり知らないが、彼は端末内の書籍は既に読み飽きたりでもしたのだろうか。
いや、たしかこういう場での端末の使用は控えた方が良いという話を聞いた気がする。
電話の機能すらろくに使わない俺は、端末に関するマナーをあまり知らない。
彼がマナー故に端末を使わないのか、読み飽きた故に端末を使わないのか。
今を知り、過去と未来を測れる俺の能力は心が読めない。
しかし、たとえ読めたとしても、よく考えれば彼が何を思って端末を使わなかったなんて、どうでもいい話だと俺は気が付く。
視線を文字列に戻して、俺は読書を再開した。
***
「あの、お隣は空いていますか?」
俺に話しかけられたような位置で聞こえた言葉は、おそらく隣の達也に語り掛けた言葉だった。
というのも、俺の席の隣は通路で、もう片方には達也が座っているからだ。
つまり俺の隣に空席は無い。
いつもなら読書中に聞こえる会話は声をかけられている時でもない限り無視している。
では、何故今聞こえた言葉に興味を示したのかというと、読んでいた本があまり面白くなかったからだ。
文香曰く、官能小説はセリフに出来ない、もしくはセリフにしてしまうと面白みに欠ける感情表現や、人間の特徴の伝え方が小説を書く上でとても参考になるのだそうだ。
読んでみて、なるほど、確かにその通りかもしれない。
そう思った。
しかし、それと内容が面白いかというと話は変わってくる。
他の官能小説の中には面白い物語が書かれている物もあるのかもしれないが。
少なくとも、今読んでいる本は、あまり面白い内容の物ではなかった。
という訳で、入学式が終わるまで睡眠でも取ろうかと思っていた矢先にそんな言葉が聞こえ、俺は興味を示したのだ。
まぁ、直接関わるのも面倒だったので、俺は文字列から目を離さないように彼等の会話を聞くことにしたのだが。
達也から許可を得た少女は、その後ろからさらに三人ほど連れて、達也の隣に並んで座る。
どうやら彼女達は四人で並んで座れる席を探していたらしい。
俺と達也の座る席の周りは前後を含めてかなり空いていた。
何故かは分からないが、達也のヤクザ的オーラのせいかもしれない。
それから達也と四人の少女は自己紹介を始める。
彼女達の名前に関してはちゃんと聞いていなかった。
どうせこの場限りの付き合いで、三年間ろくに関わる事はないだろうと思ったからだ。
それから眼鏡を掛けた少女は、俺に視線を向けた。
「えっと、そちらの方は?」
「あぁ、彼は月山 読也。俺と同じ中学を卒業した友人だ」
自分で名乗ろうと思っていたが達也が代わりに紹介してくれたので、俺は彼女達と関わらずに済むことが出来た。
そういえば俺、達也と友人だったんだ。
「見ての通り変わった奴だが、悪い奴じゃないよ。
気にしないでくれ」
ちょっとまて。
自分で言うのも何だが、今の俺は、例えば教室の通路側の角の席に座る無口な学生ぐらい印象に残らない地味な人間だと思っている。
そんな俺の、一体どこを見て変わった奴だと判断できる要素があるというのだ。
まぁ関わるのが面倒なので口に出さないが。
それから達也は、四人は同じ中学から来たのかと問う。
会話の流れや状況からして、四人も俺達と似たような関係なのかと聞いたのだと思う。
答えは否だった。
なんでも、講堂の場所が分からず、案内板を見て場所を確認していたところで四人は出会ったのだそうだ。
俺は『千里眼』で場所を把握していたが、全員がそういう知覚能力を持っているわけではない。
これだけ広い学校だ、迷ってもしょうがないだろう。
そんな会話をちらほら聞いていると、講堂内で入学式開始を告げるアラームが鳴る。
いつの間にか前後の空いていた席も埋まっていた。
俺は本をポケットにしまい、入学式が終わるまで睡魔に身をゆだねることにした。
誤字報告ありがとうございます。